戦争が終わった翌日。
チンポリスの中央通りでは、王国兵と魔物達が同じ道で瓦礫を運び、負傷者へ水を配り、壊れた柵を直していた。昨日まで殺し合いかけていた連中が、今は一緒に復旧作業をしている。
見た目だけなら、かなり平和だ。
「停戦協議と負傷者の経過観察が必要だ」
アナルベルトが腕を組む。
「しばらく滞在させてもらう」
「分かった。今すぐ帰って王国側だけで話が進んでも困るしな」
「助かる」
その横で、ナメトだけがすごく良い笑顔をしていた。
「では、その間に精液温泉の評価4.9を確認できますね!!」
「お前は何しに残るんだよ!!」
「経過観察です!」
「何の!?」
ハインリッヒが淡々と答える。
「ナメトの精液温泉への適応状況」
「聖女まで乗るんじゃねえ!!」
ケツエンドは既に書類を抱えていた。
「停戦協議。負傷者名簿。修繕費。王国兵の宿泊手配。賠償問題」
紙を一枚めくる。
「あと精液温泉への公務利用申請」
「却下ァ!!」
「もう書いた」
「書く前に聞けよ!!」
⸻
王国側の宿泊場所として使われることになったのは、温泉街で一番大きな宿だった。
門前には、双頭のサンダードラゴンが当然のように立っている。
右の頭が言った。
「宿泊費」
左の頭も言った。
「通行料」
アナルベルトが止まる。
「ここは宿だぞ」
右頭が頷く。
「宿の中を通る」
左頭も頷く。
「つまり、通行料」
「出入口しかねえだろ」
「宿泊費は一泊一人金貨三枚」
「高いな」
「通行料は一回金貨四枚」
「宿泊費より高い理由を説明しろ」
「大型車扱いだから」
「人間しかいないぞ」
双頭竜の二つの顔が、同時にゴウンを見た。
「骨」
「大型」
「俺、骨格標本じゃねえんだけど」
ゴウンが胸を張る。
「魔王なんだけど?」
右頭が答える。
「魔王料金」
左頭も答える。
「追加金貨五枚」
「アンデッド差別じゃん」
アナルベルトが額を押さえた。
「……この国は、宿に入るだけで交渉が必要なのか」
「俺も昨日知った」
「お前国のトップだろ」
「施設の料金設定まで把握してるトップがどれだけいるんだよ!」
そこへ、アルベドが宿の二階窓から勢いよく飛び出してきた。
「アインズ様のおまんこぉぉぉぉぉぉ!!」
「アインだっての」
ゴウンが即座に訂正する。
アルベドは王国の一行と、後ろに並ぶ兵士達を見渡した。
「至高のおまんこヘルスで、ついに他国と交友しておられるのですね!?」
「意味わかんねーしなんでお前二階から来たんだよ」
「あと、俺の国の正式名称はナザリック=ヘルスだから」
ゴウンが補足する。
アナルベルトは静かにゴウンを見た。
「……お前の国、何という名だ」
「ナザリック=ヘルス」
「今の説明を聞いた後だと最悪だな」
「俺もそう思う」
ナメトが遠慮がちに手を上げる。
「ナザリック=ヘルスにも温泉はありますか?」
「ないよ」
ゴウンが答えた。
「アンデッドエステならある。男性専用」
「いらねえ」
「初回割引あるよ。抜きあり」
「いらねぇぇえええええ!!」
ゴウンは俺の肩へ骨の手を置いた。
「至高のゾンビが相手してくれるから」
「どこが至高なんだよ!!」
「腐れ手コキなどの技術が」
「聞いてねえよ!!」
アルベドが誇らしげに胸を張る。
「アインズ様の御自慢ですものね!!」
「俺自慢した覚えねぇんだけど!?」
アナルベルトは、ほんの少しだけ俺から離れた。
「お前達、本当に魔王なのか」
「いやアインに比べたら俺は割と普通だろ!?」
「比較対象が悪すぎて判断できん」
⸻
宿の大広間では、本来なら停戦協議が始まる予定だった。
ところが、椅子に座るより早くフェラチオが俺の前へ降りてきた。
「おいリムル!余も戦場で活躍したぞ!」
「お、おう」
「敵兵へ一発も当てずに森を消し飛ばし、進軍を止めた上に口淫願望も抑えた」
「それは活躍というか脅迫だろ」
「戦争を止めた」
「言い方だけ聞けばそうだな」
「余は賢い」
温泉上がりの髪を拭きながら、クラウディが横から入ってくる。
「それを言うなら妾もじゃ」
「お前何したの?」
「戦の最中でも妾の湯を守った」
「うんそうだね」
「兵が温泉へ近づくたび、眠らせて湯船へ沈めた」
「それは普通に危ないだろ!」
「湯温は適温じゃ」
「そこじゃねえよ!!」
フェラチオがクラウディを見る。
「余の方が活躍した」
「妾の方が静かに戦を終わらせた」
「余のクレーターの方が大きい」
「妾の湯船の方が深い」
「張り合う場所が終わってる」
二人の後ろで、ディア風呂がいつもの営業スマイルを浮かべていた。
「この戦争……何者かの垂らすの意思を感じますね」
「何が!?どこに!?」
「人間と魔物。憎しみと疑念。偽りの死体。そして本物の血」
ディア風呂は静かに頷く。
「全てが、何かを垂らすために――」
「戦争を精液みたいに語るな!!」
アナルベルトが俺を見る。
「お前の国では、まともな奴ほど少ないのか」
「まともな奴はいる!」
「誰だ」
「ベニマル」
「一人だけか」
「シュナもいる!」
「前に陰核退場と言っていたが」
「……なんでその記憶あるんだよ」
⸻
役所の会議室では、リグルドとケツエンドが大量の書類を前に向かい合っていた。
ケツエンドは死んだ目で報告書を読み上げる。
「王国側の負傷者三十四。魔物側の負傷者二十七。建造物の損壊は――」
「ちょっと待て」
リグルドが紙束の一枚を持ち上げた。
「巨大乳首展望台予定地の防衛壁、という項目は何だ」
「損壊建造物だ」
「まだ建造されていない」
「では未完成建造物」
「更地だぞ」
「しかし防衛壁はあった」
「ビーチクの野郎が勝手に生やしただけだろ!!」
ケツエンドが真顔で答える。
「書類上では、存在したものが壊れたら損害だ」
「事務官こわ」
「戦争の後を思うと胃が痛い」
「分かる……だがこれも次期国王の為」
ケツエンドは、リグルドを無視して次々と書類を差し出した。
「停戦協議の議事録」
「書こう」
「王国兵の宿泊名簿」
「書きますぞ」
「二国間の謝罪文案」
「……まぁ書くか」
最後に精液温泉の公務利用申請が出てくる。
「破る」
⸻
街の外れでは、ビーチクが戦争で壊れた街道や民家には目もくれず、更地の前に立っていた。
「工事を再開する」
「待て」
ベニマルが即座に止める。
「優先順位を考えろ。戦争で壊れた箇所が先だ」
ビーチクは図面を広げた。
「我の優先順位は明確だ。巨大乳首展望台。その周辺景観。そして戦争で壊れた箇所」
「優先度低っ!!」
「少なくとも三位には入っている」
「そこ誇るな!!」
俺は少し離れた場所から、そのやり取りを眺めていた。
ビーチクは相変わらず、俺を見ようとしない。戦争中はあれだけ殴り合ったのに。
「お前」
俺が声をかける。
「何だ、下劣スライム」
「俺に不満があるなら言えよ〜?」
ビーチクの眉が動いた。
「……何?」
「我慢してたのか〜?最初から俺の仲間になったつもりはないのに、街に住んで、建築して、展望台まで作って」
「フン」
ビーチクは腕を組む。
「最初から貴様の仲間になったつもりはない」
「でも乳首展望台は完成させる?」
「完成させる絶対完成させる絶対」
「『俺』の街で?」
「工事期間中だけだ」
「何年?」
「百年」
「住民じゃねえか!!」
ビーチクは露骨に嫌そうな顔をした。
「貴様は本当にうるさいな」
「だって昨日、俺の捕食に仲間になる能力ないって分かったじゃん」
「それが何だ」
「お前が自分の意思で残ってたなら、俺ちょっと嬉しいし」
ビーチクは何も言わず、図面を見下ろしていた。ベニマルも口を挟まず、二人の様子を見ている。
やがてビーチクは、そっぽを向いたまま口を開いた。
「相変わらず貴様は下劣でカススライム……だが、多少は貴様のことを認めてやってもいい」
俺は瞬いた。
「え?」
「リムル」
一瞬だけ、空気が止まった。
「お前今、俺の名前呼ばなかった!?」
「……」
「え!? 初めてじゃない!?」
「知らん」
「え、待って。もう一回言って」
「殺すぞ、下劣スライム」
「おい戻すなよ!! せっかく良い空気だっただろ!!」
「貴様が台無しにした」
「俺!?」
ベニマルは小さく息を吐いた。
「主殿。とりあえず、工事再開は止めます」
「何で俺に言うの!?」
ビーチクが図面を抱え直す。
「止められるものなら止めてみろ」
「戦後初日に内戦始めるな!!」
⸻
夕方になり、ようやく停戦協議らしい話が始まりかけた頃だった。
ハインリッヒはシュナと並び、王国兵と魔物の負傷者へ治癒魔法をかけている。
「傷の深い方からこちらへ」
シュナが穏やかに案内し、ハインリッヒは薬草を取り出した。
「この薬は、食事の後に飲んで」
「料理も出るんですか?」
「ええ。陰核女王のシュナ様が作ってくださるそうよ」
「様はやめてください」
「でも、綺麗な服も作れて料理もできて結界も張れる方でしょう?」
「……ありがとうございます」
二人は、いつの間にか服の話を始めていた。
「その髪飾り、素敵ですね」
「ハインリッヒ様の装飾も。今度、似た形で作ってみましょうか」
「本当に?」
「ええ、陰核縫製で」
横で治療を受けていたナメトが、小声で呟く。
「女性同士、仲良くなるの早いな……」
ハインリッヒが振り返った。
「ナメト」
「はい」
「温泉へ行くのは治療が終わってからよ」
「まだ何も言ってませんよ!?」
「顔に出てる」
「そんなぁ」
その時、街の門から悲鳴が聞こえた。
「盗賊だ!!」
「観光客を襲ってるぞ!!」
俺達が駆けつけると、門前では武器を持った盗賊らしき男達が数人、馬車を囲んでいた。人間の商人と魔物の旅人、昨日までの不穏な空気を知らない観光客達が怯えている。
「金目の物を出せ!」
「戦争の直後なら兵も手薄だ!」
「この街は魔物が治安を守ってるんだろ!? なら迂闊に人間には手を出せねえ!」
「最低の読み合いすんな!!」
俺が叫ぶと、盗賊の一人が振り返った。
「何だお前」
「魔王だよ」
「え?」
「だから魔王」
盗賊達が固まる。
「……逃げ――」
「ご安心ください」
静かな声が、門の外から聞こえた。
全員が振り返る。
そこにいたのは、大きな魔女帽子を被った白銀の髪の女だった。青と黒を基調にした服から長い耳が覗き、どこか気弱そうな赤い瞳が盗賊達を見ている。手には装飾の多い杖。
女はおそるおそる、俺達の前へ出た。
「殺さず、穏便に解決いたします……」
「おお」
俺は思わず頷いた。
「珍しく話が分かる人だ」
女は杖を両手で握りしめる。
「まず、両脚を砕いて逃走手段を奪います」
「俺の知ってる穏便と違う」
盗賊達が慌てて武器を構えた。
「何だこの女!?」
女は少しだけ怯えたように肩を震わせる。
「すみません……すぐ終わらせますので」
杖が光った。
「『強制平伏(ニード・ダウン)』」
次の瞬間、盗賊達の身体がまとめて地面へ叩きつけられた。
ドゴン!!
石畳が沈み、盗賊達の武器が砕ける。
「足がァァァァ!!」
「ご安心ください」
女は優しく言った。
「致命傷ではありません」
「骨折はしてるだろ!!」
「逃げられないので、これで交渉できます」
「交渉前に交渉材料を粉砕するな!!」
女は俺の方を見た。
「……治安維持のお仕事を募集していると聞いたのですが」
「今、ちょうど治安乱してるよ君が」
俺は地面に埋まった盗賊達を見る。
動けない。
でも、生きている。
確かに、ものすごく治安は維持されている。
「名前は?」
女は深く頭を下げた。
「パトリシア=パイズリッドと申します。元傭兵団の制圧術師です」
「すげえ名前」
俺はベニマルを見る。
ベニマルも俺を見る。
その後ろで、ガマンダがパトリシアの顔を覗き込んでいた。
「あらぁ……顔は綺麗なのに発想が物騒すぎるわねぇ♡」
クラウディも、眠たそうに頷く。
「騒ぐ者を静かにするなら、妾の湯にも向いておる」
ディア風呂が、完璧な笑顔で手を叩いた。
「素晴らしい。風呂の治安が、より垂らせますね」
「風呂の治安は垂らすな!!」
パトリシアは首を傾げた。
「……採用、でしょうか?」
昨日まで戦争だった。
今日は停戦協議だった。
そして明日からは、多分この女が観光客を地面へ埋める。
俺は頭を抱えた。
「とりあえず、面接からな」
「はい。よろしくお願いいたします」
パトリシアは、ほっとしたように微笑んだ。
地面に埋まった盗賊達は、まだ泣いていた。
つづく……