パトリシアがチンポリスの警備責任者候補になった翌日。
俺は中央広場に並んだ料理と酒、それから集まりすぎた面子を見渡していた。
「今日はパトリシアの新人歓迎会だ」
戦争の直後に街へ来て、盗賊を地面へ埋め、面接中に変な発言までしかけた新人である。
色々と不安はある。
でも、せっかく働いてもらうなら、まずは普通に歓迎したい。
そう思っていた。
「新人は明朝五時集合だ」
フェラリルが、俺の隣で当然のように言った。
「何で?」
「王たる者、新人の生活習慣を見極めねばならん」
「新人だけ朝五時とかイジメだろ」
その横では、クラウディが大きな桶を抱えていた。
湯気が出ている。
「歓迎会なら湯を用意せねばならん」
「広場で温泉を始めるな」
さらにビーチクは、新人用らしい黒い制服を広げていた。
胸元には、銀糸で立派な乳首が刺繍されている。
「警備員であることが一目で分かる意匠だ」
「何の警備員だと思うんだよ」
「巨大乳首展望台の」
「まだ建ってないだろ!」
パトリシアは、そんな三人と俺を見比べていた。
白銀の髪に、大きな魔女帽子。
不安そうな赤い瞳が、乳首付きの制服で止まる。
しばらく迷った後、彼女は困ったように笑った。
「皆様……本当に、私のためにここまでしてくださるのですか?」
「まあ、歓迎会だからな」
「朝五時からありがとうございます……」
「パトリシアだけ朝五時からいたの!?」
そう言ってから、パトリシアはもう一度制服を見た。
「……これは着るのですか?」
「着なくていい!!」
ビーチクが不満そうに鼻を鳴らす。
「優れた防犯意匠なのだが」
「乳首が防犯に寄与した歴史はねえよ!」
フェラリルは腕を組んだまま、パトリシアへ視線を向ける。
「夜は何時に寝る」
「十二時頃です」
フェラリルの耳がぴくりと動いた。
「遅い。マイナス十ポイント」
「歓迎会で減点するな!」
「王は九時に寝る。就寝前の口臭管理は?」
「歯磨きと口腔洗浄を欠かしません」
「なら採用」
「採用済みだよ!」
パトリシアは少しだけ笑った。
「歓迎されている実感が、少しずつ湧いてまいりました」
「いやどの辺で?」
答えは聞きたくなかった。
少し離れた席では、王国側から顔を出していたナメトとハインリッヒも料理を受け取っていた。
「新人歓迎会って、王国の人間まで参加するんだな」
「停戦中とはいえ、今は同じ街に滞在していますから」
ハインリッヒは穏やかに答える。ナメトは料理より、広場の向こうに見える温泉街を気にしていた。
「ところで歓迎会の後って、精液温泉とか――」
「行きませんよ」
「まだ最後まで言ってない!」
「顔に書いてあります」
「そんなぁ」
広場の端では、シオンが鍋の前に立っていた。
「新人歓迎会なら、私も生料理を作ります!」
「待ってください、シオン」
シュナは笑顔のまま、鍋を自分の方へ引き寄せた。
「今日はお皿を運んでください」
「生料理は?」
「お皿を」
「分かりました!」
シオンは大きく頷き、料理皿を抱えて走り出す。
パトリシアが小声で聞いてきた。
「……シオン様は料理がお得意ではないのですか?」
「得意だよ」
「では、なぜ止めるのですか?」
「得意=美味いではないからだよ」
「?」
その説明を理解しなくていい。
ゴウンは料理よりも、自分で持ち込んだ冊子を机へ積み上げていた。
表紙には『ナザリック=ヘルス式・新人研修』と書かれている。
「お前は他国に何を持ち込んできたの?」
「歓迎の資料」
ゴウンは一枚目を開いた。
「第一項。至高の御方であるアイン=イクイク=ウンコ=ゴウンをちゃんと尊敬すること」
「研修の内容じゃないだろこれ」
「第二項。至高のゾンビへの接客」
「いらねえ」
「第三項。アンデッドエステの業務見学。男性専用」
「もっといらねえ!」
アルベドがゴウンの肩を掴む。
「アインズ様!この女を新人研修の名目で近づけるおつもりですか!?」
「アインだっての」
「私はそのような不届きなことはいたしません!」
パトリシアは慌てて頭を下げた。
「警備の仕事を通して、皆様が安心して暮らせるよう努めます」
「今は、ね。小娘」
「今後もです」
「信用できないわぁぁぁ!!」
「いや何で!?」
パトリシアは少し困ったように杖を抱えた。
「でしたら、まずは皆様が安心して歓迎会を楽しめるよう、周辺の安全を確認してまいります」
「今日は客なんだから座ってていいよ」
「ですが、歓迎会の治安維持も警備員の務めです」
嫌な予感がした。
案の定、広場の隅では酒樽を抱えた男が大声を出していた。
「けぇ!!地面から復活した男、実質地面師のちんちんぴらぴら!略してちんぴら様のお帰りだァ!」
「昨日まで地面に埋まってた奴が、今日もう歓迎会に混ざってんじゃねえ!後、地面師でもねえ!」
ちんぴらは酒を煽り、近くにいた王国兵へ絡んでいる。
「戦争の後は酒だろ!飲め!」
「私は勤務中で――」
「飲まねえなら、このちんぴら様が泣くぞ!」
「脅しが弱い!」
パトリシアが前へ出た。
「ちんぴら様」
「おう!」
ちんぴらは妙に嬉しそうに振り返る。
「歓迎会の場で、他の方へ迷惑をかける行為はお控えください」
「無理」
「そうですか」
パトリシアは少しだけ残念そうに頷いた。
「では、静かにしていただきます」
杖が光る。
「『強制平伏(ニード・ダウン)』」
ドゴン!!
ちんぴらの身体が、酒樽ごと石畳へ叩きつけられた。
酒が飛び散り、広場の隅にいたフェラチオの足元まで流れていく。
「祝いの席でなんて無粋な……祝いの舌だ」ペロッ
「足元の酒舐めんなや」
「ちんぴら様ァァァ!」
盗賊の手下が泣いた。
「また地面に帰っちまったァァァ!」
「生まれ故郷みたいに言うな!」
パトリシアは杖を下ろし、俺達へ丁寧に頭を下げた。
「歓迎会の治安維持、完了しました」
「お前の歓迎会だぞ!!」
「皆様のお役に立てたなら、よかったです」
本人が喜んでいるなら、もういいのかもしれない。
いや、よくない。
⸻
歓迎会が終わった午後。
俺達は役所の会議室で、戦後の観光PRについて話し合っていた。
戦争の噂が広がったせいで、チンポリスへ来る商人や旅人はまだ少ない。
街の復旧も進んできた今、温泉街や市場、人間と魔物が一緒に働く様子を見せれば、少しは印象も変わるはずだ。
「観光PR動画と、新しいパンフレットを作ろう」
俺は白紙のパンフレットを机の中央へ置いた。
「温泉と市場、宿、街並みを普通に載せる。まずはそれでいい」
「中央に巨大乳首展望台を置け」
ビーチクが、白紙の真ん中を指で叩いた。
その指をクラウディが横から押しのける。
「中央は妾の湯じゃ」
「お前ら一枚のパンフレットに全部住もうとするな!!」
フェラリルはパンフレットの上端に線を引いた。
「朝五時の街も必要だ。王の起床と共に始まる、澄んだ空気を撮れ」
「観光客寝てるだろ!」
ゴウンが、パンフレットの余白を指差す。
「ナザリック=ヘルスとの姉妹都市提携もここに」
「してないだろ」
「今からする?」
「しない」
「アンデッドエステの初回割引券をつけようと思ったのに」
「むしろ提携したくなくなるわ!」
アルベドがゴウンの肩へ抱きついた。
「至高の御方のお姿を表紙にすれば、全世界から客が集まりますわ!」
「俺のグラビア!?」
「骨格標本の写真を表紙にして誰が来るんだよ!」
「至高の御方ですわよ!?」
「骨じゃん」
ディア風呂が、いつもの営業スマイルで手を上げる。
「動画でしたら、精子の流れを視覚化しましょう」
「何の流れって言った?」
「観光客が街へ入り、温泉へ向かい、心身を整え、また街へ還元される。その循環を生命の流れとして――」
「それを精子で説明するな!!」
会議室の端では、停戦協議の合間に呼ばれたアナルベルトがパンフレットを眺めていた。
「他国の人間として、一つ言っていいか」
「何?」
アナルベルトは巨大乳首展望台の完成予想図を指差した。
「これは表紙にしない方がいい」
ビーチクの眉が動く。
「なぜだ」
「他国への説明が難しすぎる」
「説明すればよいではないか」
「説明したらもっと印象が悪くなる」
「分かる」
「貴様まで同意するな、下劣スライム」
「リムルって呼べよ!」
パトリシアは議事録へ目を落としたまま、控えめに発言した。
「犯罪者の平均制圧時間も、掲載いたしますか?」
「載せない」
「昨日時点では、一人あたりおよそ二・七秒です」
「速すぎて観光客が怖がる!」
パトリシアは少し考えた。
「では、四秒と表記しますか?」
「そういうことじゃねえよ!!」
ビーチクが頷く。
「防犯意識の高さを示すには有効だ」
「お前は賛同すると思ったよ!」
会議は開始十分で壊れた。
それでもベニマルとシュナ、リグルドが何とか内容を整理し、夕方には撮影が始まることになった。
市場では、人間の商人とゴブリンの店員が並んで野菜を売る。
温泉街では、クラウディが湯気の向こうで眠っていた。
「クラウディ、起きて! 観光PRなんだから!」
「寝ている姿も湯の効能じゃ」
「効能を本人で証明するな!」
翌朝。
フェラリルの希望で、まだ薄暗い朝五時から撮影が始まった。
「もっと自然にしてください!」
撮影係が言うと、フェラリルは歯ブラシを咥えたまま胸を張る。
「余は常に自然だ」
「歯ブラシ咥えながら王の威厳出すな!」
街の外れでは、ビーチクが未完成の巨大乳首展望台予定地を、完成した建築物みたいな角度で撮らせていた。
「もう少し下から撮れ」
「更地しか映ってねえよ!」
「未来を撮れ」
「カメラに未来を要求するな!」
パトリシアは警備員の制服を着て、撮影現場の端に立っていた。
乳首の刺繍はベニマルが全力で止めた。
その代わり、胸元には小さな盾の刺繍が入っている。
ようやく普通の新人警備員らしく見える。
足元に、地面から首だけ出したちんぴらがいなければ。
「おい!俺を背景に使うんじゃねえ!」
「治安維持の実例です」
「犯罪者の平均制圧時間の、モデルケースだな」
ゴウンが腕を組む。
「二・七秒だった?」
「記録更新中です」
「更新すんな!」
次の日。
完成した試作映像を見た俺は、しばらく何も言えなかった。
市場。
温泉。
人間と魔物が一緒に働く街並み。
早朝五時に歯を磨くフェラリル。
湯船で眠るクラウディ。
巨大乳首展望台の完成予想図。
地面へ沈められるちんぴら。
「……温泉と乳首と骨折しか映してないんだが」
パトリシアは試作映像を真面目に見直す。
「街の特色は、十分に伝わっております」
「伝わってほしくない特色ばっかなんだよ!」
⸻
その夜。
撮影機材が片付けられた役所の廊下で、パトリシアは一人、記録用紙を見つめていた。
歓迎会では、皆が騒がしく迎えてくれた。
警備の仕事も任せようとしてくれた。
観光PRの会議では、誰もが本気で街を良くしようとしていた。
方法が、かなりおかしいだけで。
パトリシアは筆を取り、報告書へ書き込む。
『住民は概ね友好的。警備体制は過剰。犯罪者への初動は極めて速い。巨大乳首展望台は未完成』
そこで筆が止まった。
「この国は……本当に危険な魔物の国なのでしょうか……」
遠くから、ちんぴらの悲鳴が聞こえた。
「危険だぞォォォ!俺の下半身がまだ戻ってこねえェェェ!!」
パトリシアは少し考える。
「……報告書の表現に悩みます」
「誰か俺を助けろォォォォォ!!」
チンポリスの観光PRは、たぶん成功する。
何をPRしているのかは、まだ誰にも分からない。
つづく……