【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
#24 帝国・アルシェの事情
バハルス帝国。
リ・エスティーゼ王国から北東に存在する国家であり、若き皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスを主とする帝国である。
彼は鮮血帝と呼ばれており、帝国の有益になるものを優遇するが、その逆ならば即座に排除する冷酷さを持ち合わせている。
そんな皇帝ジルクニフが排除した貴族家……いや、元・貴族のフルト家。
お家取り潰しとなり、全ての権限を奪われ、今はただ一般的な平民家となっている。
……その筈だが、帝都アーウィンタール……帝都の一画、高級住宅街に大きな邸宅を持っていた。
ただ周囲の邸宅は寂れている。
庭の手入れを怠り、門の汚れすら放置している。
鮮血帝に身分を剥奪され、維持費用が払えなくなった元・貴族達が手放したからだ。
現実を見据えて、貴族という在り方をやめて、細々と生きていく……そんな道を選んだ者は多い。
身分を剥奪されて尚、これまでと同様の生活が出来ると思っている者は愚か者だ。
そんな愚か者の家……フルト家。
その家の前に、一人の少女が立っていた。
痩せぎすの、十代中盤から後半の少女だ。
艶やかな整った髪を肩ほどで切り揃え、整った目鼻立ちをしている。
ただ表情に笑みはなく、今も少し強張った顔をしている。
手には
服もローブの下に厚手の服……防護目的の手袋と靴も履いている。
その姿は冒険者……実際には、冒険者組合を通さない
それでも彼女は、この愚か者のフルト家の娘だ。
名前を、アルシェ・イーブ・リイル・フルトという。
彼女は少し手入れを怠った門を開けて、邸宅の中に入る。
長年、フルト家に勤めてきた老執事であるジャイムスに案内され、応接室へ向かう。
今は住んでいないが、昔はここに住んでいた家だ。
案内などされずとも向かう事は出来るが、貴族は様式を守りたがる。
アルシェはその事実に鬱陶しく感じるも、案内のまま応接室へと入った。
「おお、お帰りアルシェ。待っていたぞ」
そこには彼女の父と母が居た。
品の良い顔に、品の良い服、華美な装飾品。
貴族らしい貴族という二人だ。
そんな親から目を逸らし、応接室にある……絵画を見た。
前に来た時はなかった。
……また、無駄遣いをしたのだろう。
フルト家には借金がある。
貴族という身分を鮮血帝に奪われたにも関わらず、彼女の父母は現実を見ていない。
いつか、誰かが、どうにかして、鮮血帝を討ったその時に、フルト家は再興するのだと信じている。
故に、苦難の中でも、例え今の身分が貴族でなかったとしても……貴族としての振る舞いをやめない。
不必要なほどに大きな家を持ち、雇う必要のない侍女や執事を雇い、必要のない贅沢品を買う。
貴族としての見栄だと、彼等は言う。
そんな金は何処にもないと言うのに。
アルシェの両親は貴族という立場を信じて、働きもしない。
働かず、そんな事を続けていれば、財は底をつく。
貴族時代の貯蓄は既になく、贅沢をするために借金をする日々。
アルシェはそんな両親の尻拭いをするために、
冒険者組合を通さず、依頼人から直接依頼を受けて、金銭を得る。
ルールもなく、代わりに身を守る保証もない。
だが、それに見合う見返りがある。
莫大な借金を返すには、普通の冒険者では無理だった。
幸い、アルシェには優れた魔法の才能……そして、生まれながらの
現在、アルシェは“フォーサイト”という
そうして得た金で、借金を返しているのだが──
(本当に、くだらない)
あの絵画は幾らしたのか。
その金は何処から出たのか。
恐らく、借金がまた増えたのだろう。
アルシェは辟易していた。
稼いでも、稼いでも……両親は無駄遣いをする。
貴族としての立場を捨てれば、生きていけるだけの金を稼いでいると言うのに。
娘が命懸けで稼いできた金でする事が、これなのか。
既に情はなかった。
それでも、アルシェがこの家から離れられない理由があった。
二人の妹、クーデリカとウレイリカの存在だ。
歳の離れた、まだ幼い妹達のためにもフルト家を見捨てる事は出来ない。
金を稼ぎ、家に入れる。
そうしなければ、すぐにでもフルト家は崩壊し、妹達も……そう、アルシェは考えていた。
「それで、ここに呼んだ理由は?」
アルシェは椅子にも座らず、二人の両親へと目を向けた。
父母に対する感謝の念も、とうに擦り切れた。
彼等とする挨拶や、世間話すらも不快に感じる。
また金銭の要求か。
それとも
そう考えていたが──
「ああ、喜べ。お前の嫁ぎ先が見つかったのだ!」
「は?」
事態はそれよりも、厄介なのだと知った。
「帝都内の商人だが、随分と裕福でな。お前の身請けをしてくれるそうだ。もう
「ちょっと待って……私、そんな急に嫁ぐなんて──
「そうすれば、フルト家に金銭を援助してくれると言っていた」
金銭、という言葉にアルシェは目を細めた。
「……幾ら?」
「金貨四百枚だ」
アルシェは息を呑んだ。
異常な金額だった。
金貨三枚あれば帝都で、一般的な平民家が一月は暮らせる。
そんな金貨が四百……フルト家が現在抱えている借金、金貨三百枚を返金してもお釣りが来る。
残った金貨百枚を上手く運用し、慎ましく暮らせば……クーデリカとウレイリカが大人になるまで、耐えられるのではないか。
そう、アルシェは試算した。
そして、直後に疑念が湧き出た。
「それは本当の話?金貨四百枚なんて用意できるの?」
「あぁ、嘘ではないとも。既に金貨二百枚を受け取っている。残り二百枚はお前が嫁いだ時に、受け取れる事になっている」
内心で、罵倒が出そうになった。
何が既に受け取っている、だ。
そんな事をすれば、この話を受けざるを得ないではないか。
……いや、この両親は既に受けさせるつもりだったのだ。
アルシェならば断らないと、彼等は確信している。
父は典型的な貴族で、娘の嫁ぎ先は親が勝手に決める物だと信じている。
ここで断れば、今まで育てた恩がどうだと怒鳴るだろう。
母は娘が裕福な家に嫁ぐ事を喜んでいるように見える。
そこに娘本人の意思などない。
それに……例え、どんな思惑だろうと、彼等は“売った”のだ。
自分の娘を、娘の了承もなく、金銭を対価に商人に売り捌いたのだ。
その事実に、本当に……本当に僅かに、ジャム瓶の底のようにこびり付いていた父母への情も……綺麗さっぱりに無くなってしまった。
「…………」
そして、アルシェは金貨四百枚という価値に疑念を抱いた。
自身の容姿が人より少しは整っている自覚があったが……それでも、金貨四百枚の価値はないと自覚している。
なら、この金は何か。
アルシェを繋ぎ止める鎖のような物だろう。
どれだけ頑張っても返済できない金を用意し、例え『どんな事があっても』裏切れないように仕向けている。
つまり、年若い自分の身体を、好き勝手にするための金なのだ。
アルシェは下唇を噛んだ。
彼女の語っていた、凄惨な話……女を物として扱う男達の話……それらがアルシェの脳に反芻した。
アルシェの脳内に景色が浮かぶ。
中年の大柄の男に抑えつけられ、暴力を振るわれながら犯される自分の姿が。
足が僅かに震える。
それでも、アルシェは父母へ目を向けた。
「……分かった」
心底、嫌だった。
それでも、アルシェは頷く事しか出来なかった。
既に受け取ってしまった二百枚の金貨……そして、妹達のため。
アルシェは自らの身体、尊厳……そして命すら捧げる覚悟をした。
「予定では三日後。この家に馬車が着く。それまでに準備をしておけ」
三日……。
決して短くないが、それでも俗世に別れを告げるには短すぎる時間だ。
アルシェはその事実を噛み締めつつ、再び父へ目を戻した。
「……それで、商人の名前は?」
「ベリル商会のベリル、という名前だ」
その名前を、アルシェは心の中で繰り返した。
帝都の大通りから離れた宿屋、“歌う林檎亭”。
そこはアルシェが普段から寝泊まりしている宿であり、
そんな“歌う林檎亭”の一階、食堂兼酒場で四人で机を囲んでいる。
その中の一人、アルシェが口を開いた。
「……という訳で、もう皆とは
アルシェは、これまでの事を仲間に話していた。
黙っていた実家の借金、妹のために
三人の仲間……ヘッケラン、イミーナ、ローバデイクは険しい顔で話を聞いていた。
「今まで黙っていて悪かったと思ってる。もし不利益が出るなら、保証も──
「ああ、そうだな。黙っていたのは悪い事だ」
“フォーサイト”のリーダー……ヘッケラン・ターマイトが頷いた。
そして、険しい顔から一変、穏やかな安心させようという笑みを浮かべた。
「だが、俺達は仲間だろ。アルシェを責めるような奴はいねぇよ……な?ロバー」
話をふられた、がっしりとした肉体の男、ロバーデイク・ゴルトロンが苦笑した。
「何故、私に聞くのですか。無論、責めたりはしません」
「私もよ。気にする必要なんかないわ」
「……みんな」
「それより、その商人が気になるな。ベリル商会だったか?」
ヘッケランが口を開いた。
声色は少し厳しい。
「ロバーデイク、聞いた事はあるか?」
「いいえ、ありませんね」
「イミーナもか?」
「……王国で最近、アダマンタイト級に昇格した冒険者がそんな名前だった気がするけど」
「俺が言ってるのは商人の話だ。別人だろ」
三人が少し悩ましげな顔をした。
そして、イミーナがアルシェを一瞥した。
「でも、金で女を囲おうなんて碌な商人じゃないわ。金貨四百枚ってのも……怪しいし」
「それもそうですね」
ロバーデイクが頷く。
それはアルシェも懸念している事だ。
あまりにも胡散臭く、真実味のない話。
聞いた事もない商人家が大金を払い、貴族崩れの子女を囲う理由が分からない。
アルシェは普段から表情に乏しかったが、今、不安が顔に少し浮かんでいた。
そんな顔を見て、ヘッケランが慌てて口を開いた。
「ま、まぁ、なんだ?ヤバくなったら、逃げ出せばいい。そん時は俺達、全員で帝都から逃げようぜ。な?」
「え、ええ、はい。勿論ですよ」
その言葉にイミーナとロバーデイクが頷いた。
思わず、アルシェは涙ぐんだ。
「……皆、ありがどう」
そんなアルシェの様子を見て、三人は頬を緩めた。
その日は夜遅くまで、皆で食事と酒を楽しんだ。
普段の摂生に比べれば、無駄な贅沢にしか見えないが……その思い出が糧になれば良いと、他の三人が支払ってくれた。
自分には勿体無い程の、良い仲間を持ったと……そうアルシェは感謝をした。
そして、時が過ぎ……当日の昼。
フルト家の門前に、馬車が止まった。
その様子をアルシェは、普段の
華やか過ぎない、貴族らしい品のある服装だ。
普段よりは動き辛いが、ドレスにしては動き易いデザインとなっている。
これもまた、母が勝手に購入した無駄遣いのドレスだ。
今、こうして使えているのだから無駄遣いではなくなったけれど。
母は嫁入り道具と称して、家の化粧品やらを荷物に纏めていたが……自分の娘が、嫁に行くのだと呑気に考えているに違いない。
その実態は愛なんて物もない、身請けであり……正妻になれるかすら分からないのだが。
ため息を吐きそうになりながら、アルシェは馬車を見た。
車輪には
車体部分も恐らく、魔法が付与されているだろう。
馬も……恐らく普通の馬ではない。
魔力を秘めた瞳を持ち、何らかの魔獣を使役しているように見える。
金貨四百枚が端金に見える程の高級馬車に、アルシェは頬が引き攣るような笑みを浮かべた。
なるほど、ベリル商会というのは凄まじい経済力を持ち合わせているようだ。
そんな馬車から一人の妙齢のメイドが降りてきた。
そのメイドは美しい所作で、アルシェと両親に対して頭を下げた。
「お待たせしました。アルシェ様をお迎えに伺いました、メイドのラズロと申します」
フルト家のどんな侍女よりも美しく、品のある所作だった。
見惚れていたアルシェは、慌てて頭を下げた。
「お越し頂き、ありがとうございます……アルシェ・イーブ・リイル・フルトと申します」
だが、父と母は頭を下げなかった。
商人家相手なのだから、貴族である自分達はメイド相手に頭を下げなくて良いと思っているのだ。
内心で舌打ちをする。
彼等は財力で見栄を張るだとか言っていた。
だが本人達は、自身より財力がある者を見ても謙らない。
貴族気取りもいい加減にして欲しい。
「では、こちらが約束の残り半分です」
妙齢のメイドの……ラズロが金券板を父母に渡した。
あそこには残り金貨二百枚が振り込まれているのだろう。
あの金券板……二枚が自分の価値か、そう思いつつ息を深く吐いた。
そんなアルシェにラズロが笑みを浮かべた。
「では、アルシェ様はこちらへ」
アルシェは促されるまま、馬車に乗った。
父母は娘の門出を祝うような様子だ。
現実が見えていない。
実態は娘を売って、金を得ている話なのに……その自覚がない。
そして、愛する妹達はこの場には居ない。
居れば大泣きしてしまう事が分かっていたからだ。
馬車の中は豪華絢爛、という様子だった。
金色の複雑な刺繍や、柔らかなクッション……どれもこれも、本物の貴族が使う馬車より質が良い。
柔らかな座り心地に戸惑っていると、ラズロが視線を向けてきた。
「座り心地が悪いですか?アルシェ様」
「い、いえ、そんな事はありません」
慌てて首を横に振る。
そんなアルシェを見て、ラズロは笑みを浮かべた。
「それほど緊張しなくても良いですよ?ち……ベリル様はお優しいお方ですので」
「は、はぁ……そう、なのですね」
母が口煩く言っていた礼儀作法を全力で思い出しつつ、頷く。
その『ベリル様』について幾つか質問したい気持ちが湧き出るが、無作法だと思い飲み込む。
このラズロというメイド……恐らく、ただのメイドではない。
美しい容姿に落ち着いた姿……歳は確実に自分より上で、母より少し若いぐらいだろう。
気になるのは、その存在感だ。
それを人はカリスマ性と呼ぶ。
アルシェは確信する。
屋敷に複数人、メイドを雇っているのならば彼女がメイド長で間違いないだろう。
馬車が動き出し、少し揺れる。
揺れるが……僅かな揺れだ。
乗り物酔いの心配はなさそうで、安堵する。
そんなアルシェにラズロが目線を向けた。
「アルシェ様。馬車に積み込んだ荷物について、伺ってもよろしいですか?」
「あ、あれは……その──
母が渡してきた嫁入り道具だ。
家具などはないが、化粧道具や、肌着など……それなりの価格がする逸品だ。
こんな馬車を見た後では霞むけれど。
「それと、
どうしても捨てられず持って来た。
父と母はもう
あれは仲間との思い出の品でもある。
フォーサイトとして冒険の日々が刻まれた大事な装備品なのだ。
「あら、そうなのですね」
「……不快でしたら、申し訳ありません。その……処分を──
「いえいえ、その必要はありません。構いませんよ。安心なさってください」
緊張するアルシェに、ラズロが微笑みかけた。
それだけで、彼女は悪い人ではない……とアルシェは思った。
だが、メイドが善人だからといって、その雇い主が善人とは限らない。
実際、フルト家の執事は有能だが、雇い主の二人は無能だ。
安心する事は出来ない。
馬車に揺られ……と言っても帝都内の舗装された道を、
元々は貴族の邸宅だったのを改修したのだろうか、少し年季を感じさせる屋敷だった。
だが、良い意味でだ。
汚れや、破損がある訳ではなく、落ち着いた年季を感じさせる。
「着きましたよ、アルシェ様」
「あ、ありがとうございます。ラズロ様」
ラズロに感謝して、馬車から降りる。
「ラズロ、で良いですよ?」
「……お、畏れ多いです」
「あらあら。構いませんのに……謙虚なのは良い事ですけれど」
笑顔を浮かべるラズロに頭を下げる。
この屋敷での自分の立ち位置は妾か、側室か、愛人か……玩具なのか。
それも分からない今、彼女を敬わない訳にもいかない。
ラズロが門を開き、屋敷の大きな扉を開けると……中には三人のメイドが並び、頭を下げていた。
アルシェは息を呑んだ。
その三人のメイドが美しい容姿をしていたからだ。
服であるメイド服も素晴らしい物に違いない。
「「「お帰りなさいませ、ラズロ様」」」
口を揃えて言葉を発する彼女達に、ラズロはため息を吐いた。
「私に頭を下げる必要はないわ。シクスス、フォアイル、リュミエール……各自、持ち場へ戻りなさい」
「はい」
「了解です」
「了解致しました」
三者三様に返事をして、解散した。
その様子を見ていたアルシェは、やはりこのラズロというメイドは普通のメイドではない……と確信していた。
「申し訳ありません、アルシェ様。お迎えの挨拶だと言うのに、貴方の事を無視してしまい……」
「え?あ……いえ、構いません」
確かにそうだ。
アルシェは客人なのだ。
だというのに、あのメイド達はアルシェを無視してラズロへの挨拶を優先した。
歓迎されていないのではないか。
そう思い、息を呑む。
メイド達との確執……これからの生活が厳しいものになる事を想像して、心が折れそうになる。
「私からキツく叱っておきますので」
「っ!いえいえ!私は気にしていませんので!」
慌てて、アルシェは首を振った。
ここで彼女達が叱られたら、まるで告げ口のような形になってしまう。
そうなれば表面上は友好的でも、確執は深まってしまうものだ。
「……よろしいので?」
「よ、よろしいです」
「ふむ」
ラズロは自身の顎に手を当てて、少し悩み……そして、アルシェへと視線を戻した。
「では、貸し一つという事で」
「貸し、ですか?」
「ええ、私の父上がよく言っていました。借りたものは返さなければならない……それは善意とて同じと」
ラズロの言葉に目を瞬く。
彼女は恐らく、良い所の生まれだ。
きっと、貴族の次女や三女なのではないかとアルシェは思っている。
そんな彼女の父とはつまり、貴族の当主に違いない。
そんな当主が言う言葉なのか、と感心した。
貴族は自身の立ち位置に執着し、他人の善意を当たり前と受け止める奴が多いからだ。
「ラズロ様のお父上は、素晴らしい人なのですね」
「っ、ええ!そうです!分かりますか?やはり父上の素晴らしさは、間接的と言えども伝わるモノなのですね!」
「えっ──
急に顔を上気させ、ラズロがアルシェの手を握った。
品のある立ち振る舞いから一転し、満面の笑みを浮かべていた。
……のだが、急に真顔に戻った。
「……すみません、取り乱しました」
「い、いえ……大丈夫です」
優れたメイドだと思っていたが……いや、まだ思っているが、想像以上に人間味のある人のようだ。
そちらの方が、アルシェとしては好感を持てるが。
「ごほん。少し話を戻しますが……貸しは貸しです。ここで何か困った事があれば遠慮なく言って下さい。私が対処致しますので」
「ありがとうございます、ラズロ様」
「……些細な事ならば、貸しなど関係なく助けますので、言ってくださいね?」
笑顔を浮かべるラズロに、アルシェは頭を下げた。
彼女はこの屋敷で信用できる人間だ。
意気消沈していた心が少し、穏やかになっていくのを感じた。
そうして、彼女の案内のもと屋敷の中を移動する。
屋敷の主であるベリルは書斎にいるらしい。
足を進める度に、アルシェは不安を感じていた。
見目麗しいメイド達……金で買われた自分。
想像できる最悪の未来図。
これからどんな生活が待ち受けているのか考えるだけで、足取りも重くなる。
そうして、長いような短い時間が過ぎて──
「ここが書斎です。入りますが、くれぐれも無礼がないように」
「は、はい」
ドレスの裾を握りしめて、頷いた。
それと同時にラズロがドアをノックし……開いた。
左右の壁には本棚があり、沢山の書物が並んでいる。
奥の窓からは光が入ってきていて……机に向かっている男を照らしていた。
「ベリル様、アルシェ様をお連れしましたよ」
「ん?あー……もう、そんな時間だったか?」
男が席を立ったと同時に、アルシェは目を瞬いた。
自身の想像していたような中年の変態親父ではなく、二十代中盤ぐらいの美しい男が立っていたからだ。
黒い髪、赤い目、服装は……平服のように見えた。
混乱するアルシェに、美丈夫が顔を向けた。
「すまないな、アルシェ。本来ならば、君が来るのに合わせて、俺が直接迎えるべきだった」
「い、いえいえ!そんな事は……だ、大丈夫です!」
ぐるぐると頭の中で回る。
自分は実の父母に売られて、変態商人に買われたのではなかったのか?
困惑しつつ、落ち着かない気持ちのまま、男と目線を合わせる。
「っ、お世話になります。アルシェ・イーブ・リイル・フルトと申します」
「これはどうも、ご丁寧に。ベリル・アルバートだ。よろしく」
男が伸ばした手を、アルシェは臆しながら握った。
「昼食は食べたか?」
「い、いえ……」
「だったら何か軽食でも食べながら話そう。ラズロ、準備をお願いしても良いか?」
「かしこまりました」
男がラズロの方へ視線を向ければ、恭しく頷いて部屋を後にした。
「さて、立っているのも何だ。座って話そう」
「はい……」
アルシェは自身を買った商人と出会っても、怯えずに振る舞おうとしていたが……それでも今、緊張していた。
美丈夫の風貌に、優しげな振る舞い……どれもこれも想定外だったからだ。
アルシェは緊張しながら、椅子に座った。