【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
屋敷の門を出て、アルシェは一つ背伸びをした。
屋敷内に居る時に着ている平服ではなく、
これは屋敷から追い出された、という訳ではなく、休暇なので外出しようとしているだけだ。
アルシェはベリルから、週に二日の休みを貰っている。
休みの日は好きにして良いという話だったので、“フォーサイト”の皆に会い、フルト家の様子も見ようと思った訳だ。
屋敷に来る前までは、全てを捨ててきたつもりだったが……アルシェはベリルに感謝していた。
こんなに良くして貰っていいのか、と心配になるぐらいに。
ふと、数日前の事を思い出す。
男の情事を盗み見てしまった事を。
……いつか自分も、ああいう事をするのだろうか、とアルシェは考えた。
……怖い。
怖いが、悪くはない。
ほんの少し頬を緩めつつ、アルシェは“歌う林檎亭”へと向かった。
昼前の“歌う林檎亭”では、“フォーサイト”の面々が集まっていた。
机を囲んで三人で何やら話している。
アルシェは安堵しながら、声を掛ける。
「みんな。久しぶり」
「……ん?あ、アルシェか!?何でここに居るんだ!?」
ヘッケランが驚き、ロバーデイクとイミーナも目を瞬いた。
そして、イミーナが椅子から立ちあがり、アルシェの頭を撫でた。
「どうしたの、アルシェ?もしかして、本当に逃げて来ちゃったの?」
「え?……いや、違う。そうじゃない」
「でも、その服装……側室をクビにでもなった?」
「それも違う」
アルシェはベリル邸での話をした。
素晴らしい労働環境であることを。
当主が優しいことを。
自分は大丈夫なのだと安心させるように語ったが、“フォーサイト”の面々の顔は徐々に険しくなった。
そして、リーダーであるヘッケランが口を開いた。
「アルシェ、何で俺達にそんな話をするんだ?」
「え?」
「俺達が日銭を稼ぐのに、身を削ってるのをバカにしたいのか?」
「ち、違う。そういう訳じゃない」
普段のヘッケランらしからぬ様子に、アルシェは戸惑った。
何か気に触るような事を言ってしまったのか。
そんな戸惑うアルシェに、イミーナも頷いた。
「そうやって私達のことを見下しに来たんだ?」
「ち、ちがう。私はただ皆と──
「言い訳はしなくて結構よ」
なんで、どうして、とアルシェの中で言葉が渦巻く。
ロバーデイクに助けを求めようと目を向けるも、彼は気まずそうな顔で目を逸らした。
ここに味方は居ないのだと、アルシェは悟った。
「みんな……」
そうしてようやく、自分がどれだけ無神経な事をしていたのか理解した。
みんなで苦労して来た事を忘れて、
確かに、腹が立つだろう。
「いつまでここに居るつもりなんだよ。とっととその愛しのベリル様ん所に帰れ」
ヘッケランの言葉に思わず息が詰まり、泣きそうになる。
「……分かった。で、でも、また来てもいい?」
アルシェの言葉に、ヘッケランが顔を逸らした。
その表情は見えない。
「いい訳ねぇだろ。二度と面を見せるな」
「…………うん、分がった」
アルシェは涙を浮かべながら、席を立った。
そして、逃げるように“歌う林檎亭”を後にする。
胸の内にあったのは後悔だけだった。
◇◆◇
「……あのさ、ヘッケラン。さっきのは言い過ぎじゃない?」
「うっせぇな。アレぐらい言わないと、アイツまたここに来るだろうが」
イミーナの言葉に、ヘッケランはバツの悪そうな顔をした。
不機嫌そうな顔はなく、少し傷心しているように見える。
ロバーデイクも息を深く吐いて、後頭部をかいた。
アルシェが戻ってくるかも知れないと、“フォーサイト”の面々は想定していた。
それが悪い知らせならば全力で助けようと、そう話もつけていた。
だが、逆に新たな居場所が素晴らしい物だとしたら……。
「こんなドロップアウトの
少し考えれば分かる話だと、ヘッケランは口にする。
商人に身請けされ、側室となったアルシェ。
その影に非合法な
商人は面子を大事にする。
真っ当な商人なら信頼が少しでも傷付かないよう、悪事からは距離を取るものだ。
「……まぁね。私も賛成してたし。寧ろ、アンタに辛い役割を押し付けちゃったね。偉そうに言ってごめん」
「気にしてねぇよ、イミーナ」
ヘッケランは己の恋人であるイミーナから顔を逸らした。
気まずい雰囲気の中、話題を変えようとロバーデイクが口を開いた。
「アルシェさんが新しい居場所を見つけられた事をまずは喜びましょう。そして──
「今後、“フォーサイト”はどうするか……って事だな」
ヘッケランは腕を組んで、机に置いていた酒を口にした。
「アルシェが帰ってくる余地は無くなった。抜けた
「無理ね。そうそう出てくるものじゃないでしょ……第三位階の
「だよな」
三人で顔を合わせて、ため息を吐いた。
抜けた仲間の代わりを探そうとすれば、自力で探す必要がある。
しかし、第三位階の
冒険者でも高ランクでしか存在しないような優れた人材だ。
例え、居たとしても……それだけの力量がありながら、
背中を預けられないような仲間は必要ない……寧ろ、邪魔だ。
「……ヘッケラン、チームはこれからどうしますか?」
「そりゃ解散しかねぇよ。三人での冒険は危険だ……いつか確実に破綻する。それとも冒険者に戻るか?」
「ご冗談を。人を助けるのに神殿の顔色なんて伺いたくありませんから」
三人の目線があった。
「解散すんなら、ロバーはどうすんだ?」
「開拓村で畑仕事でもしますよ。それと、神官の真似事も悪くないですね。お二人の方こそ、どうするのですか?」
ヘッケランとイミーナが顔を合わせた。
「は?なんで私達、まとめられてんの?」
「知らないと思っているのですか?きっと知らないのはアルシェさんだけです」
イミーナが頬を引き攣らせ、ヘッケランは苦笑した。
二人が恋人だということは仲間に明かしていなかったのだ。
「あー、あー?あー!いや、ロバー、隠してた訳じゃないんだ!な?」
「くく……面白いぐらいに慌てますね。安心して下さい、他意はないですよ」
意地悪そうな笑みを浮かべるロバーデイクに、ヘッケランとイミーナは顔を合わせてため息を吐いた。
「どうするかは決まってないが……まぁ、なるようにはなるだろ」
「そういう事にしておいて置きましょう。それで──
「こいつをどうするか、だな」
机に置かれたの依頼の書かれた紙だ。
アルシェが抜けてすぐに届けられた依頼。
帝国貴族からの依頼であり、王国国土内にある遺跡の調査だ。
他国の国土調査なんて冒険者にはできない。
だからこそ、
高額の報酬、そして調査内容次第では追加の報酬もある。
内容は遺跡調査であり、多少のモンスターは居るだろうが危険度は低い。
他の
情報の裏取りをしたが、怪しい点はなかった。
だが、それが逆に怪しい。
汚れ仕事というものは何かしらの怪しさを持つ物だ。
美味しい仕事には裏がある……というのが、“フォーサイト”の共通認識だ。
だが──
「
ヘッケランの言葉にイミーナとロバーデイクが頷いた。
「さて、今回の依頼、受けるか?」
「構わないと思います」
「イミーナは?」
「いいんじゃない?怪しい所もないんでしょ……先立つ金は必要だしね」
「なら、決まりだな」
ヘッケランは依頼が書かれた紙を手に持った。
そして、笑みを浮かべる。
「こいつを俺達、“フォーサイト”の最後の冒険としようぜ」
「ヘッケラン、そんな縁起でもない言い方をしないで下さい」
ロバーデイクの言葉に、ヘッケランは苦笑した。
◇◆◇
仲間達と喧嘩別れをしたアルシェは、実家であるフルト家に帰って来ていた。
先程の出来事に傷付きはしたが、それは傍に置く。
時間は有限であり、やるべき事を全て終えてから落ち込もうとアルシェは考えた。
……いいや、強がっていた。
やるべきことに集中する事で傷心から目を背けていたのだ。
アルシェは自分の服を見た。
“歌う林檎亭”という治安があまり良くない場所にも行くため、舐められないよう
折角、有力者に嫁いだというのに、その格好は何だと。
応接室で、そんな不機嫌な父と母に向かい合う。
そして、アルシェはテーブルの上にある見覚えのないガラス細工を見て目を細めた。
明らかな高級品……前に来た時は無かったものだ。
「……まだ無駄遣いをしてるの?」
「無駄ではない。いつも言ってる、これは必要な消費だと!」
父の怒声に、アルシェは心が冷えていくのを感じた。
「借金は?ちゃんと返した?」
「お前は誰に向かって口を聞いているんだ!当然に決まっているだろう!」
「……そう」
最低限の事はしているらしい。
だが、このガラス細工……安い買い物ではない。
そんな金はもうない。
借金を返せば、残った金で節制をして生活すると思ったが……。
「もう、うちは貴族ではない。贅沢をしている余裕なんて──
「違う!あの糞ったれな愚かな愚帝が死ねば、我が家はすぐに貴族として返り咲く!我が家の百年を越える歴史を絶やしてはならん!これはそのための投資なのだ!」
父の言葉に母が頷く。
自分の小さな世界に囚われて、現実が何も見えていない。
何も分かっていない。
本当に愚かなのは、父と母だ。
アルシェは力なく首を振った。
「私はもう家に金を入れられない。その意味が分からないの?」
「それがどうしたというのだ!義父の家が困っているのだ!あの商人も援助するだろう!」
「……そんな事はない」
「どうせ下賤の民だ、その財は貴族の為にあると自覚している!お前の口添えがあれば援助するに違いない!」
アルシェの中で何かがキレた。
こんな両親が居なければ、帝国魔法学院を中退する事はなかった。
こんな両親が居なければ、“フォーサイト”に迷惑をかける事はなかった。
こんな両親が居なければ……。
アルシェは椅子から立ち上がり、父と母を睨んだ。
「もういい。貴方達とは縁を切る」
その声に激昂したのは父親だった。
愚か者でも、アルシェに縁を切られると“まずい”と理解できるようだ。
「何を言っている!お前を今まで育てて来た恩を忘れたのか!」
「もう恩は返した」
“フォーサイト”として、危険な依頼をこなしてきた。
得た金の殆どを家に入れて来た。
渡してきた金はかなりの額になる。
今まで、甘えすぎて来た。
この愚か者達が父母としての自覚を持ち、良き家族になれると思って来た。
いいや、願っていた。
だが、もう無理だ。
諦めた。
もっと早く、こうしていれば良かったと頷く。
「貴様っ──
立ちあがろうとする父を、アルシェは睨む。
数多くの死線を潜り抜けて来た
怯んで何も言わなくなった父親を見て、アルシェは踵を返した。
もうここには戻る事はないだろう。
そう考えつつ、扉を開けて──
「クーデリカとウレイリカはどうするつもりだ。金がなければ、あの子達を養う事はできんぞ……!」
「そうよ!あの子達の幸せのためにも、馬鹿な真似はやめてちょうだい!」
父と母の言葉を聞きながら、それでも無視し、部屋を出た。
そして、未練も一切なく後ろ手で扉を閉めた。
廊下を歩きながら、アルシェは口に中が乾いていくのを感じた。
今まで、父と母を援助して来たのは、妹達の為でもあった。
今も妹達の事を想う気持ちは変わらない。
懐に入っている金貨を見る。
自身の主から頂いた賃金だ。
これで、妹達を連れ出して……とは行かないだろう。
妹達の衣食住を整えるだけでは、足りないからだ。
まだ幼い……家族が必要なのだ。
メイドを雇うにしても金は掛かる。
将来の事を考えれば、沢山の金が必要になる。
せめて自分は同じところに住まなければ……そう考える。
そう悩んでいると、小走りする音が聞こえた。
「お姉さま……!」
それは自身の妹であるウレイリカとクーデリカだった。
「ウレイ、クーデ……」
「お姉さま、帰って来てたの?」
「うん。さっきね……二人とも、元気にしてた?」
「元気だよー」
「私も元気!」
二人の妹に手を伸ばして、アルシェは抱きしめた。
まだ小さく幼い、歳の離れた妹達。
この天使のような二人を守る事が、自分の役目なのだと強く感じた。
「…………」
その為に出来ることは、何があるだろうか。
自分一人の力では無理だ。
それなら、どうすべきか。
……アルシェは二人を強く抱きしめた。
アルシェはベリル邸まで帰って来ていた。
予定を全て終えて、意気消沈しながら帰って来た。
仲間達からは疎遠にされ、家族との縁も切った。
本当の意味で、もうここしか帰る場所はない。
ため息を吐いて、扉を開け──
「あ!お帰りなさいませ、アルシェ様」
そこに居たのはメイドの一人……シクススだった。
長い金髪を持つ容姿端麗で巨乳のメイドだ。
頷きながら、アルシェは玄関に入った。
身支度をしているが……視線を感じる。
振り返ると、シクススがジッと見ていた。
「……どうかしました?」
「え?いやぁ……そ、そのぉ……」
シクススは歯切れ悪そうに、アルシェから視線を逸らした。
この屋敷にいる三人のメイドは、自分に対して無関心だ……その筈だった。
アルシェとしては、こうして話しかけて来る事に違和感を感じていた。
「何か私が粗相でもしましたか」
「いえ?そういう訳ではなくですね……う、うーん?」
シクススは腕を組んで悩み……そして、ポケットから何かを取り出した。
それは小さな袋に入ったクッキーだった。
そして、それをアルシェに向かって突き出した。
「落ち込んでる時は、甘い物を食べるのが一番良いですよ……って」
「…………え?」
アルシェは困惑した。
急に心の距離を詰めて来られて、少し怖く感じた。
そんなアルシェの様子を見て、シクススはバツの悪そうな顔をした。
「え、えへへ……実はラズロ様から叱られちゃいまして。アルシェ様も“仲間”になるのだから、仲良くしなさいって」
「……そうですか」
原因は何であれ、仲良くしようとしてくれるのは嬉しい。
アルシェは頷いて、渡されたクッキーを手に取った。
そして、それを口に含んだ。
「……甘い。すっごく甘い」
「お腹も凄く膨れるので、お気に入りなんですよ」
疲れた脳と体に甘さが染み渡る。
幾分か気分がマシになっていくのを感じた。
「ありがとうございます、シクスス様」
「え、いえいえー……ちょっとは足しになったなら幸いですよ」
シクススはそのままニコニコと笑みを浮かべながら、アルシェの顔を覗き込んだ。
「悩み事があるなら、ベリル様に相談すると良いですよ」
「え……でも、これは私の問題だから……」
「そんなの関係ないですよ。あの御方はお優しいので……ね?」
そう言いつつ、シクススはアルシェに笑みを向けた。
そうして、アルシェはベリルの居る書斎の前に立っていた。
部屋の前に来たのは良いが、それでも入る勇気がなかった。
自分を助けてくれた恩人に、妹の事を相談する。
これ以上のことを望んだらバチが当たらないか。
彼の機嫌を損ねてしまうのではないか。
そう思うと怖くて、部屋が開けられずにいた。
悩んで、悩んで、悩んで……そして、アルシェは扉にノックした。
入るように促す声が聞こえて、アルシェは扉を開けた。
「もう帰って来たのか、アルシェ。久々の休暇は楽しめたか……って、どうした?その顔」
ベリルの指摘に、アルシェは思わず自分の頬に触れた。
メイドのシクススにも指摘されていたが、どうも落ち込んでるような顔をしているらしい。
「……色々とありまして」
「そうか。取り敢えず、座るか?」
ベリルに促されて、アルシェは応接用の机の前に座った。
そして、ベリル自身も何やら瓶の壺を手に向かいに座った。
瓶の中には茶色い何かが入っていた。
「……あの、それは?」
「落ち込んでる時には甘い物が効くんだよ。食べるか?」
「……い、いただきます」
この人、シクススと同じ事を言っているな。
なんてアルシェは思いつつ、促されるまま茶色い……四角形の硬いバターのような物を口に含んだ。
ほんの少し苦くて、すごく甘い。
ミルクのような風味も感じられて……口の中ですぐに溶けて無くなった。
「……すごく美味しい」
「もう一つどうだ?」
本来なら遠慮するべき所だが……アルシェはもう一つ手に取り、口にしてしまった。
そんなアルシェに男は優しげな笑みを浮かべた。
「それで、何をそんなに悩んでるんだ?」
「…………その、えっと」
アルシェは言葉が詰まった。
本当に話して良いのか。
話す事によって迷惑をかけてしまうのではないか。
そういったアルシェの悩みを見透かすように、男は笑みを浮かべた。
「言うだけなら
アルシェは思った。
この人は信用できる人だ。
優しい人だ。
だから……話すだけなら、話すだけなら……そう、話すだけなら問題ない筈だ。
意を決して、アルシェは口を開いた。
「……実は──
まず実家の状況について話した。
借金は返済できたが、無駄遣いは続いており、いずれまた借金をしそうなこと。
それに憤り、縁を切ると言ってしまったこと。
そんな家に妹達を残していること。
──という事があって」
妹をどうべきか、という事は言わずにアルシェは話を終え──
「アルシェ」
「……はい」
真剣な顔でベリルが視線を向けた。
アルシェは息を呑み、目を瞑った。
怖かったのだ。
この場所から追い出されたら、もう帰る場所がないから……。
「ウレイリカとクーデリカ、だったか。妹達の事が大切なんだな」
「はい、大切です」
「その二人が安らかに過ごせるよう、どうにかしたい……というのが悩みか?」
「……そうです」
アルシェの言葉に、ベリルは少し悩ましげな顔をした。
そして──
「簡単な話だな。ここに引き取れば良いじゃないか」
目を見開く。
アルシェも考えてはいたが、決して口にしなかった事を……男は口にした。
最も望ましいが、迷惑が掛かってしまうからと黙っていた事を口にしたのだ。
「っ、ですが迷惑がかかる、かと」
「迷惑じゃないさ」
男が事もなげに笑った。
その笑みを見て、アルシェは縋りたくなってしまった。
「……いいのですか?」
「いいとも。アルシェはもう俺にとって身内だ。身内の家族は……俺に取っても身内だろ?」
「……でも」
アルシェが顔を上げると、男は普段通りの笑みを浮かべていた。
「俺は善良な人間が頑張っているのに報われないと、嫌な気分になるんだよ」
「……ベリル様」
「だから、アルシェ……まぁ、俺が言うのも何だが……今までよく頑張って来たな。後は頼ってくれていい」
その言葉に、アルシェは目を見開いた。
今まで、ずっと頑張って来た。
行きたかった学校を辞めて、家族を養う為に命懸けの依頼をこなして、贅沢する父母の裏で節制をして、戦って稼いで、稼いだ金を無駄遣いされて、積み重ねた借金の利子を払って、やりたい事から目を逸らして、やらなければならない事をして……そして、そうして、今まで頑張ってきた。
それを労ってくれる人はいなかった。
父母はそれが当然だと考えていた。
妹達には言えていない。
“フォーサイト”のみんなには秘密にしていたから。
だからこうして、自分の頑張りを労われて──
「う゛……」
「ん?」
「ゔぅ……ゔぅぇ……ぇ……」
アルシェは号泣した。
とめどなく流れる涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、嗚咽を漏らした。
「え、泣……あ、アルシェ?」
目の前で恩人の男が慌てている。
申し訳ない気持ちになるも、それでも涙が止まらない。
「ゔぅ……ゔっ……ゔぅぇえ……」
「ほ、ほらハンカチあるから。これで顔でも拭いてくれ……」
「ありがどゔございまず……ゔぅ」
泣き止まなければと理性は訴えている。
だが、痙攣するように揺れる心の所為で、溢れた感情が涙となって零れ落ちる。
そうして泣いて、泣いて、泣いて。
長い時間泣いたような気がして。
今まで泣けなかった分、全部泣いて。
濡れた頬のまま、アルシェは顔を赤くして俯いた。
「……お見苦しい所を、お見せしました」
「あー、うん?いやいや、泣く事は悪い事じゃない。気にしなくて良い……ちょっとビックリしただけだから」
ベリルの言葉に、アルシェはまた泣きそうになり……堪えた。
また泣いてしまうと、更に迷惑が掛かると分かっていたからだ。
そんなアルシェに、男は視線を向けた。
「妹達は今週中には迎えに行こう。こちらにも準備があるからな」
「……ありがとうございます」
精神が落ち着き、そしてアルシェの中に湧いて来たのは申し訳なさだった。
恩を返せていないのに、更に与えられてしまった。
その事実はアルシェの心に焦燥感を与えた。
しかし、それは『返さなければ捨てられてしまう』という後ろ向きな感情ではない。
『どうにかして恩を返したい』という純粋で前向きな感情だ。
故に、アルシェは自分ができる事を考えた。
しかし、何も思いつかなかった。
「……ベリル様」
「ん?」
「私は……感謝しても、感謝しても仕切れません。何か、私に望む事はないでしょうか」
「望む事?いやいや、そんなに気にしなくていい……俺の友人が言っていたよ、『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』ってな」
何と無欲なのだろうか。
そう思いつつも、アルシェは男へと視線を戻した。
「ベリル様が望むのであれば、なんでもします」
「……ん?なんでも?」
「はい、なんでもします」
依頼や契約、約束を大事にする
相手の望みに応じて、どんな事でもすると宣言するのは危険と言って良い。
そんな認識を持ちながらも、アルシェは敢えて口にした。
「……なんでも」
その意味をよく知りながら、それを覚悟として口にした。
ベリルの顔が歪む。
嬉しそうな、罪悪感が湧いてそうな、でもやっぱり嬉しそうな……でもやっぱり……と表情が続き──
「……なら、アルシェ」
「は、はい」
ベリルが席を立ち、アルシェの横に座った。
そして、肩に手を置いた。
「今夜、俺の寝室に来てくれるか?」
夜、男が寝室に女を誘う。
その意味をアルシェは知っていた。
脳に浮かぶのは先日、盗み見てしまった男女の営み。
激しくまぐわう二人の男女。
心臓が早鐘のようになる。
そして──
「分かり、ました……行かせて、頂きます」
顔を真っ赤にして、アルシェは頷いた。
その心にあるのは不安……緊張……そして、それを上回る期待と歓喜だった。
下腹部が熱くなるのを、アルシェは感じ取っていた。
本編外のifを書いても良い?
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書いても良い
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本編のみ書いて欲しい
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