※この作品はR-18です。

【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話   作:口だけの淫魔

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エッチなシーンはありません


#31 死出への誘い

帝都アーウィンタール、その北市場。

そこは活気の中心である中央市場に比べて、人が密集するような鬱陶しさがなく、並ぶ露天に目を向けながら歩いても問題ないほどだ。

 

アルシェはかつて仲間が言っていた事を思い出す。

曰く、穴場。

“フォーサイト”の仲間であるヘッケランやロバーデイクも、冒険で使うアイテムをよく買いに来ていた。

勿論、アルシェも同行していたため、この場には慣れている。

 

だが──

 

 

「本当にここで良かったのですか?」

 

「ん?あぁ、気になっていたからな」

 

 

商人……にしては裕福な商人であるベリルを連れてくるには、少々見窄らしい場所だ。

見渡せば、露天に並ぶ商品はどれも草臥れている。

使用回数が減った使い捨ての魔法道具(マジックアイテム)やら、拾ってきた冒険者の遺品、使用用途の分からない発掘品。

商人の目に適うとは思えない。

 

露天の商人も、普段は冒険者や請負人(ワーカー)をしているような同業者達が多い。

冒険の最中に発見した不要なアイテムや、パーティで使用していた中古品の装備など……商人や魔術組合を通さず、直接売っているのだ。

 

普通の商人なら気にもしない場所。

冒険者にとっては掘り出し物を探す場所。

それが帝都北市場だ。

 

しかし、ベリルは興味深そうに見ていた。

 

 

「普段、冒険者や請負人(ワーカー)達がどういった物を買っているか……どういう生活をしているか気になるからな」

 

「……そうですか?」

 

 

殊勝な人だな、とアルシェは思った。

 

そして、自分を連れている理由も分かった。

請負人(ワーカー)としての意見が欲しいのだろう。

 

 

「……アルシェ、これはなんだ?」

 

「あ、それは──

 

 

時折、アイテムの使用用途や、どういった層に人気なのかを話しながら足を進める。

こういったことはヘッケランが得意だったけれど……なんて思いつつ。

 

まるで逢引き(デート)みたいだ、なんて考えれば少しは胸が高鳴る。

恐らく、ベリルはそんな事を考えていないだろうが。

 

 

「しかし……あまり有用なアイテムはないんだな」

 

「えぇ、まぁ……使用回数が沢山残っていたり、綺麗なものは中央市場に流るので」

 

「……『掘り出し物』は偶に掘り出されるから『掘り出し物』ってことか」

 

 

ベリルは少し落胆したような顔をした。

何か期待をしていたのだろうか、とアルシェは考えた。

 

そして、ベリルが頭を掻いた。

 

 

「アルシェは何か気になった物はあったか?」

 

「いえ……特に」

 

「そうか。なら中央市場に移動するか」

 

 

その言葉にアルシェは頷いた。

出会った当初に比べて、ベリルとの関係は随分と気安いものになった。

アルシェが畏まりすぎるとベリルが嫌そうな顔をするからだ。

 

同僚である側室のクレマンティーヌに至っては、不敬を通り越して失礼な物言いをベリルにしている時がある。

それに対してベリルは、嬉しそうに会話をしているのだから……アルシェも多少は口調を崩したのだ。

それは、クレマンティーヌに対するほんの少しの嫉妬と憧れからくるものだと、アルシェも自覚していた。

 

アルシェは自身より一回り背が高い、美丈夫の顔を見上げた。

すると、視線に気付いた男が視線を下げた。

 

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ……」

 

 

見惚れていたとは言えない。

ベッドの上なら口に出来るが、公の場でそんな事を言うのは恥ずかしい。

 

アルシェはベリルから目を逸らし──

 

 

「……あ」

 

 

よく見知った半森妖精(ハーフエルフ)の姿があった。

請負人(ワーカー)チーム“フォーサイト”のイミーナだ。

 

駆け寄って話しかけたい衝動に駆られる。

先週、突き放された件について、話をしたかった。

 

だが今、アルシェはベリルと共に居る。

主人である男の元を離れるのは失礼ではないかと、そう考え──

 

 

「知人でも見つけたか?」

 

「っ……はい」

 

 

アルシェはベリルの言葉に頷いた。

態度に出てしまっていたようだ。

 

 

「そうか。なら行っても良いぞ?俺はここで商品を見ているからな」

 

 

ベリルは適当な店を指差した。

あまり興味を惹けるような物がない店だった。

故に、アルシェは理解した。

ベリルは自身に気を遣っているのだろうと。

 

 

「……で、では失礼、します」

 

「ああ、行ってこい」

 

 

アルシェはベリルに頭を下げて、踵を返した。

感謝の気持ちに満ちながら、アルシェはイミーナの元へと駆け寄り……肩を叩いた。

 

 

「イミーナ」

 

「……アルシェ?」

 

 

イミーナはしまった、という顔を浮かべた。

少なくとも嫌悪の顔ではなかったことに、アルシェは安堵の息を吐いた。

 

そんなアルシェにイミーナは困惑した顔をした。

 

 

「何でここにいるのよ」

 

「ベリル様……私の主がここに来たいって言ったから」

 

「……え?居るの?」

 

「あそこに」

 

 

アルシェが離れた場所で露店を見ているベリルを指差した。

しかし、イミーナはそれを見て慌てた。

 

 

「は、はやく戻りなさいよ!自分の主人を待たせるなんて、怒られるわよ?」

 

「大丈夫。許可は取ってるし、ベリル様はそんな事では怒らない」

 

 

アルシェの言葉に、イミーナは目を瞬いた。

そして、少し悩ましげな表情を浮かべた。

 

 

「……でも、何で私の所に来たの?」

 

「だって、先週……あんな事を言われたから。気にしてる」

 

「……逆効果だった、って訳ね」

 

 

イミーナはため息を吐いた。

対して、アルシェは態度で理解した。

あの日の発言はやはり、本心からの言葉ではなかったと。

 

それさえ分かれば、アルシェはもう言及するつもりはなかった。

謝罪を求めるつもりはない。

きっと、自分のために行った芝居だったのだから、と。

 

そう考えれば、次にする事は一つだった。

 

 

「イミーナ、着いてきて。紹介するから」

 

「……え?正気?私、請負人(ワーカー)なんだけど。あの人、裕福な商人なんでしょ?」

 

「それを言ったら私も請負人(ワーカー)だけど」

 

「……それもそうね」

 

 

イミーナは少し悩んだが、アルシェの言葉に頷いた。

自身がアルシェの主と話す事によって生まれるリスクよりも、アルシェの主がどんな人間か理解する事によって得られる安堵を優先したのだ。

 

イミーナが知っている主の情報としては──

金で女を買う男であること。

複数の女を囲っていること。

裕福な商人であること。

アルシェ曰く優しい人であること。

 

それぐらいだ。

フォーサイトが得られる外部の情報と、アルシェの話す内容は乖離している。

故にイミーナも気になっているのだ。

アルシェが騙されていないか、と。

 

 

アルシェはイミーナを連れて、ベリルの元へと向かった。

すると、当人が顔をアルシェへと向けた。

 

 

「どうかしたのか?アルシェ」

 

「いえ、はい……ベリル様に、仲間……ええと、“フォーサイト”の仲間を紹介しようと」

 

「……あー、そうか?そうか」

 

 

ベリルは履いているズボンを叩いて、イミーナへと向き直った。

気楽に少し笑みを浮かべていた。

 

対して、イミーナは驚愕と共に緊張していた。

 

 

(顔が良いって、アルシェは言ってたけど……言葉以上の容姿ね)

 

 

整った目鼻、すらりと伸びた身長、筋肉質だが太くない身体。

悪徳商人らしくない容姿だ……女遊びは激しそうだが。

恋人であるヘッケランがいなければ、自分も靡いていただろう……なんて、イミーナは考えた。

 

そんなイミーナに、ベリルは手を出した。

 

 

「商人のベリルだ。よろしく」

 

「“フォーサイト”のイミーナよ。よろしく」

 

 

気安い態度に、気安い態度で返した。

請負人(ワーカー)という立場は、相手に舐められない事を重要視している。

正規の組合を通していないため、舐められた場合……報酬の削減やら、無理難題やらで潰されてしまうからだ。

 

故にイミーナは砕けた態度で反応したのだが、男は気にしなかった。

 

 

(ふぅん。結構、寛容なのね)

 

 

イミーナはそう思いつつ、自身の頸を撫でた。

緊張を紛らわせるための癖だ。

そして、ベリルへと目を戻した。

 

 

「アルシェは上手くやれてるかしら?」

 

「あぁ、勿論だとも。随分、優秀で助かっている」

 

 

そうベリルがアルシェを一瞥したのを見て、イミーナもアルシェへと視線を向けた。

顔を赤くして、少し嬉しそうに微笑んでいる。

 

 

(あのアルシェがねぇ……恋する乙女の顔ね、あれは)

 

 

イミーナの知っているアルシェは、表情に乏しく、いつも何かに追われていて、落ち込んでいる事が多い少女だった。

そんなアルシェが今、年相応の少女らしい振る舞いをしている。

 

それだけでイミーナは、少なくともアルシェが今、心の底から幸せなのだろうと思った。

 

 

そこからいくつか、世間話をした。

その中で“フォーサイト”の話題へと移った。

 

 

「優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)を引き抜いて悪かったな」

 

「ええ、まったくよ。アルシェは“フォーサイト”のエースだったのよ?酷い話じゃない?」

 

「何か補償した方がいいか?」

 

 

本心から言っているのだろう。

イミーナはそう感じ、首を横に振った。

 

 

「必要ないわ。仲間の恩人から金を取るほど落ちぶれてないし」

 

「しかし、魔法詠唱者(マジックキャスター)が居なくなれば、パーティの安定感も落ちるだろう?」

 

 

イミーナは目を瞬いた。

この男、冒険者について随分と詳しい。

ただの商人ではない、という事か。

 

 

「まぁね。お陰で“フォーサイト”は解散よ?」

 

「え?」

 

 

疑問の声を上げたのはベリルではなく、アルシェだった。

混乱した様子のまま、アルシェはイミーナに対して口を開いた。

 

 

「な、なんで?」

 

「さっき言った通りよ。貴女の代わりは見つからないし、次の依頼をもって解散ってわけ」

 

「私の所為──

 

「自惚れないで。これは個人の問題じゃなくて、パーティの問題。それに円満解散だから良いじゃない?」

 

 

イミーナはアルシェの言葉を笑い飛ばした。

それに対してアルシェは少し複雑そうな顔をしていたが、最後は頷いた。

 

 

 

 

しかし、ベリルは険しい顔をしていた。

 

 

 

 

そして重々しく口を開いた。

 

 

「……次の依頼とは?」

 

「言えないわよ。請負人(ワーカー)と言えども、そういうのは厳しいし──

 

「教えて欲しい」

 

 

イミーナは目を細めた。

先程の自身の言葉を無視している訳ではないのだろう。

だが、その上で知りたいというのだ。

 

別に口止めに金を払われている訳ではない。

アルシェの嫁ぎ先の印象を良くするためにも、話した方が得策か……とイミーナは頷いた。

 

 

「王国領土内にある遺跡の探索よ」

 

 

そう答えれば、ベリルはまた眉を顰めた。

 

 

「いつからだ?」

 

「それは……明後日には帝都から出発するわ」

 

 

男の口数が少ない。

しかし、苛立っている様子はない。

 

 

「……やめておいた方がいい」

 

「……どうして?」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)が居ないのに、どうしてそんなリスクを負う必要がある?」

 

 

質問に対する回答としてはズレている。

だが、心配してくれているのだろうか……とイミーナは考えた。

 

しかし、依頼を受けたのは“フォーサイト”の決断。

外様の人間にとやかく言われても、止めはしない。

 

 

請負人(ワーカー)を廃業するなら、先立つお金は必要だから。仕方ないでしょ?」

 

「……金か」

 

「そうよ。あんたも商人なら分かるでしょ?お金は必要よ」

 

 

そうイミーナが言うと男は少し、視線を逸らし……戻した。

その頃には、表情も明るいものに戻っていた。

 

 

「いや、悪かった。部外者が君達の行動理念に口を出すべきではなかったな」

 

「いいわよ、気にしてないから」

 

 

イミーナは感心した。

弁えている。

それに、殆ど他人である“フォーサイト”に対して心配もしてくれた。

 

この男は悪い人ではなさそうだ。

アルシェを任せても問題ない……そう確信した。

 

イミーナは息を深く吐き、アルシェの頭を軽く撫でた。

なんとなく、撫でやすい位置にあったからだ。

 

アルシェは少し嫌そうな顔をしたが、ベリルの居る手前、何も言わずに受け入れた。

 

 

「じゃあ、私は用事があるから、この辺で」

 

 

離れていくイミーナに、アルシェは手を振った。

 

 

 

 

 

ここに来て良かった。

そうアルシェは思った。

 

仲直りが出来たからだ。

請負人(ワーカー)を辞めるとしても、会う機会はあるだろう。

胸の奥から暖かい気持ちになれた。

 

そうしみじみと思いながら、アルシェは自身の主の顔を見上げた。

 

 

「…………」

 

 

無言で、何か考えるような顔で……離れていくイミーナの後ろ姿を見ていた。

 

 

「……ベリル様?」

 

 

思わず、アルシェは声をかけた。

すると、ベリルはいつもの表情に戻った。

 

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「……いえ、何か気にしてる様子だったので」

 

「いや、少しな。くだらない事を考えていただけだよ」

 

 

そう言いつつ、ベリルは目を細めた。

 

 

「本当にくだらない……自己嫌悪だ」

 

 

その言葉の意味を、アルシェは理解できなかった。

だが、問いただす気にはならなかった。

 

 

「アルシェ、中央市場に行こうか」

 

「え……は、はい」

 

 

隠したがっているように見えたからだ。

隠してる上で吐露してしまった言葉に聞こえたからだ。

 

少し不思議に思いつつ、アルシェは男の後ろを追いかけるように足を進めた。

離れていくイミーナとは、逆の方向へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央市場は、活気に溢れていた。

馬車も通れるようにと幅広く作られた中央。

遮るような柵を隔てて歩道もる。

道の脇には夜には灯りとなる魔法の街灯が並んでいる。

 

幾人かの騎士が警らしており、治安維持の観点でも優れている。

 

そんな場所をアルシェは、ベリルと歩いていた。

食べ物の屋台や、八百屋、肉屋……服の店に、家具の店。

揃わない物はないと言えるほどの品揃えだ。

 

 

「すごい活気だな」

 

 

ベリルの言葉にアルシェは頷いた。

そのまま冷やかすように店を見て回る。

 

魔法道具(マジックアイテム)はベリルの商会で取り扱っている物の方が質がいい。

服や食品ですらもそうだ。

 

なので、買う物も見つからず、ただの市場調査のようになっている。

 

 

「……少し小腹が空いたな。どこかの食堂にでも入るか?」

 

「はい」

 

 

そう言って、ベリルはアルシェを連れて店に入った。

宿屋と直結している食堂は、冒険者や請負人(ワーカー)で溢れている。

昼時を過ぎたというのに、随分と活気に溢れた店だ。

 

 

アルシェとベリルは案内された席に通された。

机に置かれたメニューを、ベリルが手に取った。

そのまま懐から眼鏡ケースを取り出し、魔法道具(マジックアイテム)の眼鏡をかけた。

 

ベリルは書類を読む時、この眼鏡をよく掛けている。

その仕草が妙に格好良くて、見惚れていると……視線があった。

 

 

「ん?アルシェも好きに頼んでくれていいぞ?ここは俺が払うからな」

 

 

ここは……というか、ここも、だとアルシェは思った。

この男と一緒に居て、金を払った事がないからだ。

常に先回りして支払われている気がする。

 

アルシェはそう思いながら、メニューを眺める。

こうしてベリルに拾われていなければ、買えなかったであろう値段。

ここは想像以上に上等な店のようだ。

 

 

注文後、出てきた食事を口にする。

ベリル邸で出されるメイドの作った食事に比べれば味は落ちるが、悪くはない。

寧ろ、これだけ繁盛している食事処より上等な料理を作れるメイドが異常なだけだ。

 

 

「アルシェはもう今の生活に慣れたか?」

 

「……ええ、はい。メイドの方達も優しいので」

 

 

アルシェの言葉にベリルは目を瞬いた。

 

 

「ラズロが、か?」

 

「いえ、シクスス様も、フォアイル様も、リュミエール様も、です」

 

「……そうか」

 

 

その言葉に、ベリルは息を深く吐いた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、あの娘達は人げ……んん゛っ、余所者に対して厳しい態度を取りがちだからな。仲良くしてくれてるなら俺も嬉しい」

 

 

アルシェは頷いた。

確かに、商会に来た初日の態度は悪かった。

しかし、それもいきなり外からやってきた自分に対する警戒からだろう。

そう考えれば、気にする事もなかった。

 

 

そんなアルシェにベリルが目を向けた。

 

 

「アルシェは今、幸せか?」

 

 

単純な質問だった。

だが、難しい質問でもある。

幸せかどうか、それは明確には答え辛い不明瞭な物だからだ。

 

しかし、アルシェは迷わずに頷いた。

 

 

「はい。借金に追われる事もなく、妹達と一緒に暮らせている……私は幸せです。それに──

 

 

アルシェは目線をベリルへと向けた。

何故か、少し不安そうな顔をしていた。

 

 

「私はベリル様のことが、好き、なので……」

 

 

口にしている途中で気恥ずかしくなっていた。

 

将来の事を考える時、昔は未来が見えなかった。

どうにか騙し騙し、幸せになるために努力し続けていたが、幸せになれる未来が見えなかった。

 

だけど、今は違う。

これからも、一緒に居たい。

一緒に居られれば。

そんな未来が朧げに見えている。

 

 

「……アルシェ、俺はお前に隠している事が幾つかある」

 

「……それは、はい」

 

「その内容を話す事は……今は出来ない」

 

 

何となく察していた。

館に週の半分は帰って来ない。

それも理由を教えてくれない。

 

何処にいるのか。

何をしているのか。

 

それは分からない。

 

 

「しかし、アルシェや……二人の妹を傷付ける事はないと誓おう。生涯を持って面倒を見る……何があっても、必ずだ」

 

 

それは告白(プロポーズ)のように聞こえた。

だが、アルシェは違うのだと悟った。

声色が重かったからだ。

冗談ではなく、真実として告げたのだろう。

愛を囁いているというよりは、責任に対して全うすると誓っているように聞こえた。

 

それは何故か。

……アルシェには思い当たる節があった。

 

 

「私も、その隠し事が何であっても……ベリル様と一緒に居たいです」

 

 

クレマンティーヌと会話して、ラズロと会話して……そして、ベリル本人と話して気付いた事がある。

彼は自己評価が異様に低いのだ。

 

何を隠しているかは知らないが、その隠し事を知られたら、周りから皆が逃げてしまうと考えている。

 

自身に対する好意を信頼できない。

 

クレマンティーヌも、ラズロも……ベリルが自己嫌悪しそうになれば積極的に話題を変えていた。

何とかしたいと思っている証拠なのだ。

 

故にアルシェは……アルシェも、彼女達のように支えられたら、と思った。

 

 

「……アルシェ」

 

 

アルシェの言葉に、ベリルは目を細めた。

信頼はしていない目。

だけど、信頼したいと思っている目。

 

アルシェは表情に乏しい自身の頬を緩めて、微笑んだ。

 

 

「なので、いつかベリル様の秘密を教えて下さい。私のことを信頼できるようになれば」

 

 

心からの言葉だ。

 

自身の立場を守ってくれるから、この男が好きな訳ではない。

良い食事や住居を提供してくれるから、この男が好きな訳ではない。

妹達を守ってくれたから、この男が好きな訳ではない。

 

男が男だから。

彼が彼だから。

ベリルがベリルだから。

 

その話し方が、接し方が、優しさが、態度が、振る舞いが好きなのだ。

そう思いを言葉に込めた。

ほんの少しでも、自分の覚悟が伝わればと。

 

そんなアルシェを見て、ベリルは少し目を見開き……頷いた。

 

 

「……いつか話そう。今はまだ話せない……だけど、それはアルシェが信頼できないからではなくて……あー、俺が不安なだけだ」

 

 

そう口にしたベリルは普段よりも少し、幼く見えた。

女の子を取っ替え引っ替えしてそうな、そんな風貌なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急な物音が、食堂で響いた。

アルシェが、そしてベリルも音がした方へと目を向けた。

 

そこには一人の女が倒れていた。

 

 

「ご、ごめんなさいっ……ごめんなさい」

 

 

赤い髪は短く切られており、見窄らしい服装をしている。

特徴的なのは耳……長い耳が途中で切り落とされている。

森妖精(エルフ)だ。

 

そんな女が頬を抑えて蹲って、怯えた顔で謝罪の言葉を繰り返している。

 

殴られたのだろう。

そう思い、アルシェは加害者へ目を向けた。

 

切れ長の目、整った容姿の男。

腰に剣……胸当てもしている。

 

アルシェには覚えがあった。

初対面ではあったが、話は聞いた事がある。

森妖精(エルフ)の奴隷を囲っている、人格に難がある天才剣士……請負人(ワーカー)チーム”天武“のエルヤー・ウズルス。

 

そんな男の顔は怒りに満ちていた。

 

 

「何を大袈裟に倒れてるのですか。立ちなさい!」

 

 

帝国の奴隷制度が改定され、短くない時が経過した。

奴隷らしい人間の奴隷など、帝国にはもう居ない。

 

だが亜人や森妖精(エルフ)は例外だ。

彼女達はスレイン法国にとって捕らえられ、”教育“によって身も心もへし折られた奴隷だ。

人間として扱われる事はなく、飼い主であるエルヤーという男に逆らう事はできない。

そして、外様が咎める事も出来ない。

 

法的には問題のない行いだ。

だが、それでもアルシェは不快に感じた。

 

”フォーサイト“の仲間であるイミーナは半森妖精(ハーフエルフ)だ。

彼女がどれだけ苦労していたかは知っている。

そして森妖精(エルフ)が人間と大して変わらない事も。

 

アルシェは他の帝国民に比べて、森妖精(エルフ)に対する偏見が薄かった。

……そもそも、エルヤーの行動自体は森妖精(エルフ)に偏見がなくとも、普通の価値観を持っていれば不快に感じる物ではあるが。

 

 

「ご、ごめんなさい……ま、待ってください……」

 

 

エルヤーに立つように促された森妖精(エルフ)は腰を抜かしているようで、足を震わせて立てずに居た。

 

 

「ノロマが。いい加減にしなさい!」

 

 

エルヤーが森妖精(エルフ)の服を引っ張り、立ち上がらせた。

その際、見窄らしい服をしていたため、服がはだけて……胸が露出した。

 

森妖精(エルフ)は容姿に優れる者が多い。

どれだけ見窄らしい格好をしていても、見目麗しい女がそんな事になれば……食堂の男達が好奇の目で森妖精(エルフ)を見ていた。

 

 

(……最悪。本当に……死ねばいいのに)

 

 

嫌悪感を感じながら……アルシェは、その光景から視線を逸らした。

あの行為に違法性はない。

咎める事はできない。

 

どれだけ不快でも、飲み込むしかない。

 

そう考え、ベリルの方へ目を向けた。

ベリルはエルヤーと森妖精(エルフ)を見ていた。

だが、食堂の男とは違い好奇の目ではなく──

 

 

見た事がないほど、嫌悪に満ちた顔をしていた。

 

 

その様子にアルシェは少し驚きつつ、安堵し……首を横に振った。

そして、ベリルの服の袖を掴んだ。

 

 

「……ベリル様、ダメです」

 

 

今にも食ってかかりそうなほど、ベリルは怒っているように見えた。

これほど怒っているのをアルシェは見た事がなかった。

 

だから、アルシェは止めた。

エルヤーは帝国の闘技場でも不敗の剣士……そして、あの行動に違法性は一つもない。

関われば怪我で済まないかもしれないのだ。

 

アルシェに止められ、ようやく気付いたようでベリルは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 

「悪いな、アルシェ」

 

「いえ……気持ちは分かるので」

 

 

そう口にして、自分に嫌気がさした。

それでも……どれだけ不快でも、不条理でも、自分の愛する主が傷付く可能性は避けたい。

 

そんなアルシェの耳に、再び悲鳴が聞こえた。

見るべきではないが……目を、そちらに向けた。

 

エルヤーが森妖精(エルフ)の胸を乱暴に掴んで……いや、つまんでいた。

森妖精(エルフ)は涙を浮かべており、悲痛な顔をしている。

 

 

「いい加減になさい!また殴られたいのですか!」

 

「ひ、ひぃっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

そうしてまた、エルヤーが腕を振り上げた。

また、頬を打つつもりなのだろう。

 

 

ガタリ、と椅子が動く音がした。

 

 

アルシェが反応して、そちらを見れば……ベリルが席から立っているのが見えた。

あまりに不快なので退店するつもりか、と一瞬思ったが……その時にはもう、エルヤーの元へと足を進めていた。

 

 

まずい。

 

 

アルシェが慌てて席から立とうとするが──

 

 

「そこまでだ」

 

 

ベリルがエルヤーの腕を掴んでいた。

 

 

「……何ですか?貴方は」

 

「そういう不快な催しをするな。飯が不味くなる」

 

 

相手は剣士、それも帝国でも最強格の“天武”エルヤー。

こちらはただの商人。

 

アルシェは顔を青ざめながら、椅子から立ち上がった。

 

ここで怪我をさせれば……メイド達や、クレマンティーヌに顔向けが出来ない。

 

 

「人の質問には正確に答えるべきですよ……手を離しなさい」

 

「離せば、この娘を殴るだろ」

 

「当然です。しかし、気付いていないのですか?法は私の味方をしている……貴方がしている事の方が問題視される事に」

 

「……そうだな」

 

 

エルヤーの言っている事は事実だ。

ベリルの行動は決して賢い行動ではない。

 

どうにか止めなければならない。

だが、どうやって止めれば良いか分からない。

 

アルシェは距離感を掴み損ねていた。

 

 

「聞こえていないのですか?早く、手を、離しなさい」

 

「殴らないと誓うのなら手を離そう」

 

 

険悪な空気が流れる。

アルシェは冷や汗を掻いた。

どうすれば、この場を収められるか分からない。

 

 

「離さないのであれば、力ずくで振り解きますが。怪我をしても知りませんよ?」

 

「……やってみるといい」

 

 

売り言葉に買い言葉だ。

まだ、エルヤーが一定の冷静さを保っているから剣を抜いていないが……もし、剣を抜けば……喧嘩では済まない。

 

アルシェは服の下の、自衛用の短杖に触れた。

何かあれば、即座に魔法を放つつもりだった。

 

エルヤーが腕に力を込めた。

 

……しかし、何も起こらない。

妙だ。

 

 

「……っ!?」

 

「どうかしたのか?振り解くんじゃなかったのか?」

 

 

エルヤーの腕は完全に固定されていた。

びくともしないようで引いて、押そうとしているが……それでも動かない。

 

アルシェは困惑した。

ベリルが筋肉質な身体を持っている事から、それなりに力があるとは思っていた。

だが、オリハルコン級に匹敵する剣士の腕を、商人が完全に止められる訳がない。

 

 

「貴様……っ、何をした」

 

「何もしていない。お前が何も出来ていないだけだ」

 

 

エルヤーが腕を引く。

びくともしない。

 

エルヤーが腕を押す。

びくともしない。

 

エルヤーは羞恥と苛立ちから顔を歪めて、赤くしている。

 

 

「……この私っ、エルヤー・ウズルスを侮辱しているのか!」

 

「そうだが?今更だろう」

 

 

アルシェや周りの客が困惑している中、エルヤーは憤怒の表情を浮かべた。

 

 

「貴様!」

 

 

瞬間、エルヤーが空いた腕で剣の柄を握った。

 

 

(っ、まずい!何か魔法で妨害しないと!)

 

 

アルシェは短杖を手に持ち、魔力を込め──

 

 

 

 

ボキボキボキッ!

 

 

 

鈍い音が、響いた。

 

 

「い、ぎゃああぁっ!?」

 

 

悲鳴をあげたのは、エルヤーだ。

彼の手首から先が変な方向へ曲がっていた。

 

ベリルがエルヤーの腕を凄まじい力で握り、骨をへし折ったのだと分かった。

 

 

「わ、私の、腕がぁっ!?」

 

「……まずいな、力加減を間違えたか」

 

 

明らかな異常に、野次馬になっていた周りの客達がどよめいた。

悲鳴を上げる女性客もいた。

 

ただの商人が、闘技場でも不敗の天才剣士の腕を、素手でへし折ったのだ。

異常な光景に、アルシェは唖然としていた。

 

 

「……あー、やってしまった」

 

 

腕を折った側のベリルがそんな事を言いながら、エルヤーの腕を離した。

エルヤーが床に転がり、のたうち回っている。

 

 

「く、くそぉっ、お前ら!何をぼうっとしている!治癒魔法をかけろ!奴隷ども!」

 

 

エルヤーの言葉に、青髪の森妖精(エルフ)が回復魔法を発動し始めた。

痛みに蹲るエルヤーは、ベリルに視線を向ける余力すら無いように見えた。

 

そんな彼らを無視して、ベリルはアルシェの元へ来た。

 

 

「……悪い、アルシェ。逃げるぞ」

 

「え?」

 

 

ベリルが机に、金貨を数枚置いた。

そして、アルシェの腕を引いて食堂の出口から抜け出そうとした。

 

 

「ちょっ──

 

 

周りで見ていた野次馬達が、ベリルから逃げるように道を開けたため、スムーズに退店する事が出来た。

 

喧騒に隠れるようベリルが早足で歩く。

それにアルシェは困惑しながらも追従した。

 

 

「ま、待ってください、ベリル様っ」

 

 

混乱からアルシェがそう口にすると、ベリルはそのまま路地裏で足を止めた。

人影のない中、アルシェはベリルと向き合った。

 

ベリルは……先程の怒りの表情ではなく、焦った顔をしていた。

 

 

「……悪いな。騒動を起こすつもりはなかったんだが……我慢が出来なかった」

 

 

本当に後悔しているようだった。

毒気を抜かれたアルシェは、ベリルの力についての疑問より先に……ため息が口から出た。

 

 

「……どうして、そんなに怒ったのですか」

 

 

奴隷である森妖精(エルフ)の扱いに対して嫌悪する事はあっても、あぁして喧嘩を売るというのは……何というか、らしくないとアルシェは思った。

今、こうして後悔している事からも、カッとしてやったのだろうが……何がそれだけ、ベリルを怒らせたのか気になった。

 

ベリルは首の後ろを掻きながら、息を深く吐いた。

 

 

「無抵抗の女を痛ぶる様子に苛立ってな。同族嫌悪って奴だ」

 

「同族……?」

 

 

ベリルとエルヤーが?

アルシェは困惑した。

全くそんな事はないはずだ。

 

 

「同じだ。俺とあのクズは、大して変わらない……あぁ、クソ。本当にしくじったな。ラズロやモモンガさんに怒られる……何て言い訳をすればいいんだ」

 

 

ももんが、という聞き覚えのない名前を気にしつつも、アルシェは首を振った。

 

 

「同じじゃない、です。あんなのと一緒にしないでください」

 

 

そんなアルシェの言葉に、ベリルは言いようのない顔をしていた。

そして、ため息を吐いた。

 

 

「……そうか。そうだな。そうでありたいが」

 

 

ベリルはそう呟きながら、アルシェに視線を戻した。

 

 

「取り敢えず、今日は家に帰ろう。本当に悪かったな、アルシェ」

 

「いえ……正直、私もエルヤーには腹が立っていたので。その……ざまぁみろ、と思いました」

 

「……はは、そうか。なら良かった」

 

 

アルシェの言葉に、ベリルは苦笑した。

……しかし、どうやって腕を折ったのか。

力技ならば、どうしてそんなに強いのか。

 

 

ベリルの秘密は、自分の想像できる以上の秘密なのかも知れない。

そう、アルシェは考えていた。

 

 

「……最悪の場合、帝国から撤退しなければならないか。本当に失態だな」

 

 

ベリルの呟いた悪態は、アルシェの耳には届かなかった。

イミーナは

  • NTR快楽堕ち
  • 交配実験の苗床
  • フォーサイトと無事帰還
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