【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
日中、草原の中を複数台の馬車が走っている。
様々な魔法効果を付与した高級品の馬車を引いているのは、
更にそれらの馬車を守るように、数十人の騎士が馬を走らせているのだから、馬車に乗っている者が何者なのか考えさせるには十分である。
馬車を護衛している騎士達……それらは殆どが屈強な男だった。
だが、その中に一人だけ……先頭を走っている騎士のみ、女だった。
名はレイナース・ロックブルズ。
バハルス帝国において最強の騎士である”帝国四騎士“の紅一点、”重爆“のレイナースである。
そんな彼女が守っている要人とあれば、自ずと正体も分かる。
馬車にはバハルス帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード=エル・ニクスが乗っているのだ。
レイナースの主人であるジルクニフは現在、謝罪の為にナザリック地下大墳墓まで向かっている最中だ。
何でも、帝国貴族の独断専行により、ナザリック地下大墳墓を治めるアインズ・ウール・ゴウンという魔術師が怒っているのだとか。
その報復として、複数の騎士と
どこまでが真実かはレイナースは知らない。
だが、事実、自身の部下だけではなく、同僚の四騎士の一人も殺害されている。
その死体は魔法鎧ごと木板のように押し潰されているというのだから、報復に来た
恐ろしい話だ。
それが真実ならば、ナザリックとは……アインズ・ウール・ゴウンと敵対すれば帝国は無事では済まないだろう。
逃げ出せるのであれば、逃げ出したい。
行かないので良いのであれば、行きたくはない。
だがしかし、レイナース・ロックブルズは“帝国四騎士”であり、立場のある人間だった。
拾って貰った恩を返さなければと使命に駆られる程の殊勝な人間ではないが、それでも恩知らずな真似をするつもりはなかった。
それに──
(この呪いを解く方法も、見つかるかも知れませんわ)
髪で隠した右半分の顔……そこで疼く痛みを感じた。
レイナースは元々、由緒正しい貴族家の令嬢だった。
当時から家の領地に現れるモンスターを討ち、美しき女騎士として名を馳せていた。
しかし、ある時……自らが討ったモンスターの死に際の呪いにより、顔の右半分を醜く変化させられてしまった。
膿を分泌する醜悪なその容姿に、婚約者から婚約破棄され、貴族家からも追放されてしまった。
皮肉にも……呪われた怒りからか、追放後にレイナースは凄まじい力を手にした。
結果、レイナースは帝国最強の四騎士の一人となり、ジルクニフの力添えにより実家と婚約者に復讐を果たした。
だが、それだけではレイナースは満足していない。
この顔の呪いを解かなければならない。
レイナースはいつも、空想をしている。
呪いが解けたら……髪型を変えてみたい。
呪いが解けたら、何処かに行きたい。
何処でもいい。
遠くに行きたい。
何処かに、誰かと。
自らの容姿に負い目を感じる事もなく……遠くへ。
己の顔に向けられる奇異の視線もなくなれば、きっと……。
「…………」
レイナースは鎧の裾からハンカチを取り出し、顔を拭った。
白いハンカチが黄ばんでしまう程の膿が滲み出ていた。
顔を歪めた瞬間──脳内に人の言葉が響いた。
先行部隊による<
ナザリック地下大墳墓に到着し、現在はメイドから歓待を受けている……と。
レイナースは馬の足を緩めて、後続の馬車に並走させる。
そして、ノックをする。
「陛下、レイナースです」
声を掛けると、馬車の扉が開いた。
そして、そこに自らの主である“鮮血帝”ジルクニフに姿を見た。
「先程、先行していた者達から──
「レイナース。遠慮は要らん。馬車に入れ」
「……はい。では、失礼させて頂きます」
レイナースは馬上から、馬車の入り口へと飛び移った。
外の馬はレイナースの部下である騎士が引いていった。
レイナースは空いた席に腰を落とす。
隣には帝国四騎士の一人、“雷光”のバジウッド・ペシュメルが座っていた。
向かいの席には皇帝ジルクニフと……帝国最強の老
帝国の有力者が揃い踏みしている中、レイナースは先行部隊から得られた情報を報告した。
「なるほど。地下墳墓の中にメイドか。やはり……常識のない。警戒など無意味かも知れんな。いざという時は転移魔法で撤退する事も視野に入れなければならない」
ジルクニフの言葉に、”雷光“バジウッドが頷いた。
「でしたら陛下。俺達が、転移魔法を使うまでの間ぐらいは時間稼ぎしますよ。相手がどれだけ大人数だろうとも、ね」
バジウッドの『俺達』という言葉にレイナースは顔を顰めた。
「私は自分の身の安全を第一に考えさせていただきますわ」
不躾なレイナースの言葉にバジウッドは呆れた顔をしたが、ジルクニフは笑みを浮かべた。
「構わないとも。その約束は有効だからな」
レイナースは頷いた。
約束……それは帝国四騎士に任命されるにあたって、ジルクニフと交わした取引のことだ。
レイナースに忠誠心はない。
恩は感じているが、命を捨てるほどではない。
故に契約しているのだ。
どんな事があろうともジルクニフを守る。
だが、それは自らの命の危機に瀕していない時に限る、と。
馬車の中が微妙な空気になる中、馬車はそのまま草原を走り続けた。
◇◆◇
レイナースの報告から一時間ほどして、ジルクニフはようやく馬車から降りる事が出来た。
そして、その光景を見て目を瞬いた。
何もない草原……そこにポツリと立った一戸建てのログハウス、そして巨大な格子門。
(ここがナザリック地下大墳墓……?想像していたよりも……)
小規模な場所だ。
たった一度の魔法行使で多数の騎士や
「陛下。馬車に乗せてきた者達を降ろしますか?」
横から聞こえた文官の言葉に、ジルクニフは首を振った。
「待て。まだその必要はな──
瞬間、ログハウスの扉が開き、二名のメイドが現れた。
そして、その姿に絶句した。
着ているのはオーソドックスなメイド服だ。
だが、そのメイド達の容姿は……あまりにも優れていた。
王国や聖王国の美姫に劣らない程の美しい容姿。
これが帝国内で、どこかの貴族の娘であれば……利用価値があると囲っていただろう。
後宮に入れる事も視野に入れていた。
だが、ここは何もない草原であり、彼女達はナザリック地下大墳墓のメイドなのだろう。
(人間か?いや……違うな。人間ではない、と言われた方が納得できる)
ジルクニフは左右の配下に目を向ける。
レイナースは嫉妬の表情を浮かべている。
フールーダは……驚いたような顔をしているが、悪癖は出ていない。
ならば、これは魔法による幻術などではないのだろう。
直後、メイドの一人……妙齢のメイドが頭を下げた。
「お待ちしておりました。ジルクニフ・ルーン・ファーロード=エル・ニクス様。私は皆様を歓迎するように任せられた。ラズロ・ミュー・シグマと申します。後ろの者は──
「補佐のルプスレギナ・ベータと申します」
背後の褐色のメイドも頭を下げた。
どちらも非常に美しい容姿と仕草をしており、思わずジルクニフは放心していたが……即座に、人好きのする好青年な笑みを浮かべた。
「これはご丁寧にありがたい。貴女達のような美しい女性をつけて下さったアインズ・ウール・ゴウン殿に心より感謝したい」
世辞と共に二人のメイドに顔を向ける。
……表情に変化はない。
彼女達程ではないが、優れた容姿をしているジルクニフだったが……人好きのする演技に、彼女達は僅かたりとも動揺をしなかった。
帝国内の貴族子女であれば黄色い声で騒ぐのだが──
(これでも女相手には自信があったのだがな……しかし、これ程の容姿のメイドとは。これでは”贈り物“の意味はなかったか)
ジルクニフは背後にある馬車に乗せてきた貴族の令嬢達を思い出した。
彼女達はジルクニフが自信を持って『優れた容姿』をしていると言える若い女達だ。
場合によってナザリックへの贈り物とする予定であったのだが……目の前のメイド達に比べれば『醜女』と言われても納得してしまう程だ。
(贈り物としての意味がなくなったか。だが……いや、このメイドを従えているのがアインズ・ウール・ゴウンなのだとしたら、その配下に割り当てるという意味でも、まだ利用価値はあるか)
彼女達は帝国の未来の為に、その身を捧げる覚悟をしている筈だ。
それが家の存続のためであったり、鮮血帝の命令に背く事による死から免れるためであっても。
ならば、その身をどう扱おうともジルクニフの勝手なのだ。
(女好きの幹部でもいれば、贈り物としても意味がある。懐柔し、帝国に利のある情報を求める事だって出来るだろう……だが、今はまだ、見せない方が良いか)
より有効な一手として扱えるよう、今はただカードとして切るのは避けておこう。
ジルクニフは内心でそう考えつつ、メイド達に目を向けた。
「では、ジルクニフ様。この場にて……僅かながらの、歓迎を致します」
メイドであるラズロの言葉に違和感を覚えたジルクニフだが、頷いた。
そこから、ジルクニフの常識を破壊するような現実を何度も見せられた。
天気が悪いからと操作する魔法……フールーダが言うには第六位階を遥かに越える魔法を、メイドが行使した。
そして、小間使いのように“
“
帝国内の魔法省の奥に一体のみ存在する……フールーダですら操る事のできない、一体で帝国を危機に陥れられるというアンデッド。
それが五体も使役されており……あまつさえ、小間使いのように使われているのだ。
ありえない。
それが、この場にいた全ての者達の感想だった。
フールーダは自身を遥かに上回る魔法の気配に狂喜していた程だ。
自身の今まで捧げていた人生は何だったのかと……そして、更なる高みに触れられるのかと感動していたのだ。
そこでようやく、ジルクニフは事の重大性を理解した。
帝国からの謝罪……それは、強力な地下大墳墓の主と友好関係を結ぶためのものだった。
しかし、違う。
ナザリック地下大墳墓は、強力などという言葉で表せる物ではなかった。
今すぐに全てを投げ打ち、帝国の存続のために捧げられる物を全て捧げなければならないのだと知った。
「……陛下、逃げてもよろしいですわよね?」
すぐ横からレイナースが怯えた顔で耳打ちした。
その言葉にジルクニフは苦笑した。
「どこに逃げると言うんだ?だが、逃げたいと言うのなら逃げれば良い。その時は……帝国とは無関係の人間として扱うが」
「……仕方ありませんね」
レイナースは机を用意している“
この場で逃走する方が危険なのだと、察したのだ。
「準備が整いましたので、是非ともこちらでお寛ぎ下さい」
メイドの……ラズロの言葉に諦めて、ジルクニフは椅子に座った。
それにつられるように、他の者達も続く。
「軽食と飲み物をご用意しました。何か用があれば、メイドにお声掛け下さい」
そう促されて、ジルクニフは机の上の焼き菓子を手に取った。
普通ならば毒などを警戒するべきなのだが……これ程の力量差を見せつけられれば、そんな気も失せる。
その気になれば皇帝一人どころか、このまま帝国を滅ぼせるような相手だ。
毒など、警戒する意味はない。
「……美味い」
口にした焼き菓子も、飲み物も……あり得ない程に美味だった。
ジルクニフは皇帝という立場であるため、帝国内の最上位品を口にしている……にも関わらず、絶句する程に美味かった。
そして、口にしただけで活力が湧いてくるような気がした。
何か、魔法的な効果があるのかと……そう疑ってしまう程に。
そうして少し、舌鼓を打っていると──
「お待たせしました。アインズ様の準備が整いましたので……あちらの門までお越し下さい」
死刑宣告に等しい言葉を耳にした。
僅かに震えそうになる膝に手を打ち、ジルクニフは立ち上がった。
「では、全員ではなく幾人かで行かせて頂きたい」
死地へと向かう者達へジルクニフは目配せをした。
そうして……草原に残ったのは、忠誠心のないレイナースと、近衛の半分だけだった。
ジルクニフは、フールーダとバジウッド、秘書官と部下達を連れてナザリックへと足を踏み入れた。
◇◆◇
草原に残されたレイナースは、肩身の狭い思いをしながら椅子に座っていた。
残された騎士達も同様であり、美味すぎる飲み物と軽食を手にしながらも食欲を湧かせてはいなかった。
極端な緊張の中、レイナースは僅かに震える手で柑橘系の飲み物が入ったグラスを手にした。
(こんな所、来なければよかった……)
レイナースは後悔していた。
ここで死ぬかも知れない……望みを成し遂げられる事もなく。
極度のストレスの中、顔の傷口が疼く。
レイナースは懐からハンカチを取り出して、顔を拭った。
膿がついて黄ばんだ布の存在に、今は苛立つ余裕もなく──
「…………」
すぐ側でメイドの……恐らく、この場で最も偉いラズロと呼ばれていたメイドがレイナースを見ていた。
慌てて、レイナースは頭を下げた。
「っ、申し訳ありませんわ。お見苦しい物をお見せしました」
内心では僅かな嫉妬を感じていた。
メイドは美しい容姿をしていた。
レイナースが欲していても、取り返せない美貌を持つメイドに……頭を下げなければならない。
それも自らの失態ではなく、忌まわしい呪いによる産物の所為で。
内心に黒い物が渦巻いても仕方ないだろう。
だが、ラズロは笑みを浮かべた。
「いえいえ、こちらこそ興味本位で見てしまい申し訳ありません」
その醜い姿を見て、僅かにも表情を歪めなかった。
その事実にレイナースは驚いていた。
帝国のメイド達なら、初見であれば誰も彼もが顔を背けたというのに。
そんなレイナースに、ラズロは目を細めた。
「そちらは何かの呪い、なのでしょうか?」
その言葉に、レイナースは目を見開いた。
「分かるのですか?」
「はい。恐らく、解呪の難しい呪いなのでしょう。でなければ、治癒などの処置をしている筈ですから」
それもそうか、と思いつつレイナースは息を呑んだ。
忘れていたが……このナザリック地下大墳墓に来た理由を思い出したのだ。
「……この呪いを解く方法に、何か心当たり等ありますでしょうか?」
そうだ。
レイナースの生きている意味……全てを投げ捨ててでも成し遂げたい願い。
その為ならば、この恐怖も乗り越えてみせよう。
これだけ強力なアンデッドを使役し、凄まじい魔法を行使する集団なのだ。
この呪いを解く方法だって知っているかも知れない。
「いえ、申し訳ありませんが……私は存じ上げません」
しかし、返ってきた言葉は期待した物ではなかった。
「そう……ですか」
落胆。
それが彼女達に露見しないよう、表には出さなかったが……内心では、深くため息を吐きたい気分だった。
「ですが、我が主人であれば知っているかも知れません」
「……っ、本当ですか!?」
「はい。確証はありませんが──
再び口を開いた彼女から、期待できるような言葉が飛び出した。
フールーダ以上の
確証はないと言ってはいるが、今のレイナースは藁にでも縋りたい気持ちだったのだ。
「よろしければ、こちらからお話ししておきましょうか?」
「……よろしいのですか?私としては嬉しいのですが、ご迷惑にならないかと……」
「いえ、我が主は優しい方なので……ご迷惑などとは思いませんよ」
ニッコリと微笑むメイドが、その美しさも相まってレイナースからは女神に見えた。
この呪いが治るかもしれない。
そう考えると、心も高揚してくる。
力量差による恐怖なども薄れて、レイナースは笑みを浮かべた。
「では、アインズ・ウール・ゴウン様までご伝達をお願い致します。私は帝国四騎士、“重爆”のレイナース・ロックブルズですわ」
彼女の主であるアインズへと、名を伝えて貰おうとレイナースは口にしたのだが──
「あぁ、申し訳ありません。アインズ様も私の主ではありますが……直属の主ではないのですよ」
「そう……なのですか?」
レイナースは少し疑問に思ったが、アインズが国主であり、このラズロというメイドは何しかの大貴族……帝国でいう公爵家のメイドなのかも知れないと考えた。
「はい、私の主の名は……ベリアル、と言います」
「ベリアル様、ですか。その方が呪いに関して詳しいのですね?」
「はい、とても……ですから──
ラズロがまた、笑みを浮かべた。
「きっと、レイナース様も気に入りますよ」
その発言に少し違和感を覚えつつも、レイナースは頷いた。
この呪いが解けるのであれば、どんな事でもする……そんな決意を胸に抱きながら。
◇◆◇
ナザリックの中へと足を踏み入れた、ジルクニフは驚愕に顔を歪めていた。
あり得ない程に豪勢な装飾。
皇帝であるジルクニフですら見た事がないほど繊細な芸術品。
これ程に華美な物は見た事がないと断言できる建築品。
これ程の財を持ち、“
どんな物を帝国から贈ろうとも、その欲を刺激する事はできないだろう。
スラムの子供であれば砂糖菓子一つでどんな命令でも聞くが、皇帝であるジルクニフならほんの少しの興味も湧かないように……ジルクニフの持つ如何なる財宝も、ナザリックの中では塵芥に等しいだろう。
背後の配下達も、豪勢な様子に呆気に取られ、己の矮小さに震えている事だろう。
震える足から視線を上げれば……正面には巨大な扉。
凡そ、人の住む居住区にはありえない程の規模の扉だ。
いや、本当に人の住む居住区ではないのだろう。
ここは神の住まう神殿なのだ。
そうでなければ、納得出来ない。
(アインズ・ウール・ゴウン……これ程の存在だとは……)
ジルクニフは乾いた口の中で、奥歯を噛んだ。
自身の中でナザリックに対する当初の想定から立案していた策を思い出す。
……どれもこれも不可だ。
今回の件、ナザリックと友好を結ぼうなどと思い上がった事は考えられない。
ジルクニフがすべき事は……ここを生きて帰り、帝国が滅びないように言い包める事……それだけだ。
「この奥が玉座の間です。どうぞ、お入り下さい……アインズ様はそちらでお待ちです」
ここまで案内してくれたメイド……ユリ・アルファと名乗る黒髪のメイドが頭を下げた。
その言葉と共に、巨大な扉が開いた。
その扉の先にあった景色に、配下達が息を呑んだ。
だが、それを誰が咎められると言うだろう。
広く、天井の高い部屋。
白磁のような壁に金の装飾。
黄金と宝石で彩られたシャンデリア。
幾つもの大きな旗。
これのどこが墳墓なのか。
ジルクニフは目を見開いた。
中央に敷かれた真紅の絨毯。
その左右に並んでいるのは……悪魔、ドラゴン、アンデッド、巨大な昆虫、精霊……纏まりのない異形達。
だが、その異形達は誰も彼もが……帝国を滅ぼせるような凄まじい威圧感を放っていた。
配下達の掠れた悲鳴が耳に聞こえた。
震えからか、小刻みに金属の音が聞こえた。
そこでようやく、ジルクニフは理解した。
アインズ・ウール・ゴウン相手に国家の存続を願う……?
自分の役目は帝国を守ること?
違う。
今、この場で、人類存続の危機に立たされているのだ。
ジルクニフは今、人間……いや、亜人も含めた全ての種族の存続に関わっているのだと理解した。
ジルクニフは視線を上げた。
真紅の絨毯の先、階段の上に側近と思われる者達が並んでいる。
銀髪の美少女や、二足歩行の昆虫……蛙顔の悪魔……そして、
その中心に、玉座に座るアンデッドが座っていた。
あれこそが死の具現……超越者であり、この地を支配するに相応しい存在。
(あ、あれが……アインズ・ウール・ゴウン、か)
身を包む装飾品のどれもこれもが、帝国の職人の人生を賭けても作れないであろう逸品。
剥き出しの白骨の眼は空洞でありながら、血のように赤く輝いている。
”やはり“人間ではなかった。
ジルクニフは納得していた。
寧ろ、人間であれば驚いていた。
これ程の力を持つ人間などいるとは思えなかったからだ。
そんなアインズの左右には、羽と角の生えた悪魔が二人並んでいた。
片方は……白いドレスを身に付けた美女。
もう片方は、黒いスーツを身に付けた美丈夫。
どちらも人間に似た容姿をしていたが、明らかに異形だった。
「……行くぞ」
足を止めている配下達に声を掛けて、ジルクニフは階段の前へと足を進めた。
精神防御用のアイテムを身に付けてはいるが、それでも感じられる耐え難い恐怖。
これがアインズ・ウール・ゴウン。
これが”神“なのか。
内心では恐れて……いいや、畏れている。
だとしても、ジルクニフはその怯えを顔には出さない。
ここで失態を犯せば、人類は滅ぶだろう。
脳裏に過ぎる様々な後悔。
己の一手は、眠っていた虎の尾を踏むような……いや、虎であれば可愛い程のバケモノの側でタップダンスをしてしまったのだ。
被害を最小限に食い止めて、この場を生きて帰る。
生きて帰られなかったとしても、人類を存続させる。
それがジルクニフが今、感じている使命だった。
そして、階段の下まで到着したジルクニフに対して、羽の生えた美女が見下ろした。
「アインズ様。バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード=エル・ニクスがお眼通りをしたいとのことです」
冷えるような無感動な声で、羽根の生えた女がアインズへと声を掛けた。
その声に、この地の支配者が重く頷いた。
「良く来たな。バハルス帝国皇帝よ。私がこのナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンだ」
バハルス帝国皇帝……その呼称に、ジルクニフは奥歯を噛んだ。
名を呼ぶ価値すらないと、そう考えられているのだ。
そうでなければ、名前が長過ぎて覚えられていないか……そんな訳はないだろう。
ジルクニフは現実逃避から戻り、アインズへと顔を向けた。
「歓迎を心から感謝します。アインズ・ウール・ゴウン殿」
即座に、ジルクニフは膝を付いた。
それに従い、放心していた配下達も膝を付いた。
もう少しでも友好的な雰囲気があれば、頭を下げなかった。
ナザリックの主と皇帝、その立場が同格である事を示すつもりだった。
しかし、今、既にこのアインズ・ウール・ゴウンからは見下されているような感覚があった。
ならば、頭を下げなければならない。
ほんの少しの不興が、人類を滅ぼす事となるのだから。
「まずは貴殿の墳墓……いや、この地に
「良い、結構だ」
アインズの言葉に、フェメール伯爵の首が入ったツボを持った配下が固まった。
そして、アインズの目が赤く輝いた。
「お前達の考えている事は私にも分かる。この地に足を踏み入れたかったのは帝国の意志だろう。それを蜥蜴の尻尾でも切るように、その貴族の首を差し出す……」
そして、手に持つ王笏のような物で地面を鳴らした。
「反吐が出る」
感じたのは威圧感、そして恐怖。
後ろから配下達のか細い悲鳴が聞こえた。
何か、しくじったのだと理解するには遅くなかった。
ジルクニフの顔に冷たい汗が流れた。
「も、申し訳ない、ゴウン殿。しかしながら──
「謝罪は不要だ。もう帰ってくれて結構。我々もこれから忙しくなる」
その言葉に、ジルクニフの顔は青褪めた。
「忙しくなる、とは……」
「決まっているだろう。お前達のお陰で良く分かった。誠心誠意、出会い頭に土下座でもしていれば慈悲を与えていたが……口にするのは言い訳だ。そんな国と共に歩める訳がない」
精神防御用の
そう考えてしまう程、ジルクニフは震えていた。
「ここで貴様らを殺すような真似はしない。だが、帝国の存続は──
「少し良いか?アインズ」
突如、アインズ・ウール・ゴウンの言葉を隣に居る羽根の生えた美丈夫が止めた。
そして、ジルクニフは目を見開いた。
彼は先程、『アインズ』と呼んだ。
敬称もなく、ただ、アインズと。
「どうかしたか、ベリアル」
「まだ、そこの皇帝を見限るには早いんじゃないか?」
「……ほう?」
目前で、この地の支配者であるアインズと対等に話し始めた。
あの、ベリアルという悪魔は……他の配下達とは立場が違うのだろうか。
「彼も帝国を治める身だ。対外的な面子の為に、欺瞞だとしてもそう振る舞う必要があるという事だ。内心でどう思っていようと……そうだろう?ジルクニフ殿」
「あ、あぁ!そうだとも!」
まるで地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、ベリアルの発言はジルクニフにとって救いに感じられた。
「俺はバハルス帝国を少し見て回ったが、彼は優秀な皇帝だ。帝国も悪い国ではない。どうだろう、一つの失態は許してみても良いんじゃないか?」
何が何だか分からないが、ジルクニフは今、瀬戸際に立たされているのだと理解していた。
そして、このベリアルという美丈夫に自らの命を預けているという事も。
手汗を感じながら、ジルクニフは縋るような目でベリアルを見ていた。
◇◆◇
なーんで、モモンガさん、こんなにキレてるの。
ビックリし過ぎて、思わずこの場で止めてしまったじゃないか。
元々の流れでは、皇帝であるジルクニフを許して、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を誕生させる流れだった筈だ。
だから、俺もニコニコ笑顔でモモンガさんの隣でボーッと突っ立っておけばいいやーって気持ちだったのに。
急に話の流れは変わるし、モモンガさんが帝国を滅ぼす云々とか言い始めるし、慌てて口を挟まざるを得なかった。
ちら、とジルクニフを見る。
縋るような目で見ている。
可愛い女の子にされたらドキっとするが、イケメン皇帝陛下にされても嬉しくない。
「なるほど。ベリアルは、帝国を許すべきだと言いたいのだな?」
モモンガさんの言葉に、視線を戻す。
「そうとも。滅ぼすには早計だと思う。誰だってミスの一つや二つ、するだろう?」
頼む、帝国を滅ぼさないでくれ。
というか、無闇に人を殺さないでくれ。
俺としては、人が死んでも罪悪感は湧かないが……それでも、無辜の民が死ぬのは倫理的にダメだって分かってるし。
止められるなら止めるべきだろ、多分。
モモンガさんは玉座に座ったまま、一つため息を吐いた。
そして、俺へと目線を戻した。
「……良いだろう。皇帝ジルクニフよ、我が友に免じて、此度の件は水に流そうじゃないか」
「は、はっ!ありがとうございます!」
ふー、良かった。
何とかなったな。
俺が内心で安堵していると、モモンガさんがジルクニフへ視線を戻した。
「だが、貴殿らの失態から理解できた事も事実。静かに暮らしていようと、害を成す愚か者がいるのだとよく分かった。ナザリックは表に立ち、権威を示さなければならない」
モモンガの言葉にジルクニフは顔を青ざめた。
あー、ナザリックが表に立つって事は……まぁ、人類存続の危機に見えるよな。
分かる、分かる。
それをどうにか軌道修正できないかと必死に考えてるんだろうな。
……お、何か覚悟したっぽい顔をしたな。
「で、では、ゴウン殿、この地に国を作り、その国を貴殿が王として支配するのはどうだろうか。であれば、権威も示せると思うのだが……」
「ふむ。だが、新興の国を認めるにも時間が掛かるだろう?」
「であれば、我が帝国が最大限の後援を行いたい。その力や権威の保証も我々が行おう」
「なるほど……それは確かに良い考えだ」
何とか国も出来そうだ。
良かった良かった。
「では、我が帝国は貴殿らの支配する国と同盟を結びたい。将来を見越して」
「良いだろう。その妙案を以て、貴殿らの罪も許そう」
「あ、ありがたい。恩に着るよ、ゴウン殿」
同盟……というには、あまりにも腰が低いな。
属国の方が近いだろう。
だが、ジルクニフは今、最大限、帝国のリスクを排除しようとしている。
そういう所は偉い。
流石は一国の皇帝だ。
そのまま、国を作る事に決めたモモンガさんと、ジルクニフとのやり取りは続いた。
外交官を置くとかどうとか。
そうして、ジルクニフはモモンガさんと同盟者として認定されて、ナザリックを後にした。
配下達は、めちゃくちゃ腰抜かしていて可哀想だった。
◇◆◇
玉座の間。
自らの主であるアインズとベリアルが離席した後、階層守護者のみで集まっている。
「しかし、何故、アインズ様とベリアル様は皇帝の前であのようなやり取りをしたのかぇ?」
吸血姫であるシャルティアの言葉に、
「確かに、帝国をどうするかは、二人で事前に話していた筈だと思ってたけど……」
普通、客人の前であのような方針の違いを見せる理由がない。
だとすれば、意見が違うという話になるのだろうが……そんなもの、会談前に話し合っている筈なのだ。
ぶっつけ本番で、急に会談するような事はないだろう……とアウラは考えていた。
「アア、偉大ナル御方ノ意見ガ異ナル様子ナド、皇帝ニ見セル必要ガアルトハ思エナイガ……」
二本足の昆虫、コキュートスも首を傾げた。
誰も彼もが真意も分からぬ中──
「……くくくく、君達は気付いていないのかね?」
ナザリック一の知恵者であるデミウルゴスが口を開いた。
「え!?分かるんですか?」
「無論、アルベドも理解しているようだがね」
「ええ、もちろん」
守護者統括であるアルベドも頷いた。
その様子に周りの守護者達は驚いた。
「ど、どういう意味があったでありんすか?」
「皆、少しは考えるべきだ。偉大なる御二方の深淵のように深い叡智を、少しでも理解する努力をすべきだね」
「勿体ぶらずはやく教えて欲しいでありんす」
デミウルゴスは眼鏡を指で直し、守護者達を見渡した。
「では、まず皇帝の思考から読み解くとしよう。あまりにも強大な国家……そう、アインズ様が建国される国が出来た場合、皇帝はどうすると思う?」
「それは、偉大なる御方の慈悲に感謝し、屈服するんじゃない?」
「そう出来るのは偉大なる御方の威光を感じられる者だけさ。それが正しいのは事実だが、時として人は無知から愚行に走る事もあるのだよ」
そう言いつつ、デミウルゴスは呆れたような笑みを浮かべた。
「彼等は今頃、こう考えている筈だ。『国主となるアインズ・ウール・ゴウンは難しいが、その友であるベリアルであれば与し易い』と」
「それは不敬過ぎでありんす。直ちに殺すべき──
「シャルティア。それが偉大なる御二方の考えなのだ」
デミウルゴスの言葉に、アルベド以外の守護者が目を見開いた。
そんな守護者達を見渡し、デミウルゴスは頷いた。
「ずばり、飴と鞭だ」
「飴と鞭、ですか?」
マーレの言葉にデミウルゴスは頷いた。
「アインズ様が帝国に対する鞭となり、ベリアル様が飴となる。相手に恐れを抱かせつつ、友好的に振る舞う事ができる戦術なのだね」
「なるほど、流石は至高の御二方でありんす。まことに凄すぎんす」
シャルティアが讃えると、アウラとマーレ、コキュートスも頷いた。
その様子を見て、デミウルゴスは笑みを浮かべた。
「結果、今、皇帝はナザリックを瓦解させるためにも必死にベリアル様の気を引こうと策を考えているだろう。しかし、それも全て、お二人の手のひらの上に過ぎない」
そして、眼鏡を指で押し上げた。
「恐らくは私達の知らない場所で打ち合わせもしていたのだろう。いやはや……流石はアインズ様、流石はベリアル様。その叡智には驚かされるばかりだね」
デミウルゴスの言葉に、守護者達が頷いた。
「流石ハ、至高ノ御方ダ」
「さっすが!完璧にここまで考えていたなんて!」
「凄いです!」
叡智を讃える声が玉座の間に鳴り響いた。
「へぐぢ!」
「風邪ですか?父上」
「……いや、どこかで誰かが変に買い被ってるんだと思う」
オホ声
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