【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
赤茶色の大地が、眼前には広がっている。
緑なく、血に染まったような不毛の荒野。
エ・ランテルの南西に位置する呪われた地、カッツェ平野。
普段はアンデッドが蔓延る地であるが、今は大量の生者が並んでいた。
片方は王国の兵であり、もう片方は帝国の兵。
王国の兵は殆どが徴兵された領民であり、農村などで子を持つ父や、働き盛りの若者である。
対する帝国の兵は専業の兵士であり、彼らの練度は王国兵を遥かに上回る。
この地に居る王国の兵は約二十四万五千。
対して、帝国の兵は六万。
その人数差は大きくかけ離れているが、それでも帝国の兵達は微塵も恐れてはいない。
人数の差、練度の差……そしてこのカッツェ平野の立地。
様々な観点から、力関係は拮抗しており、いつも通りの小競り合いになる事が予測できる。
帝国とすれば、こうして王国の農民をカッツェ平野にまで引き摺り出し、農作物の生産効率を落とせれば目的を達成している。
これは勝敗を決めるための戦ではなく、国力を削るための戦なのだ。
そう、普段通りならば──
荒野、珍しく晴れた空の下。
高台の上で肌寒い空気を感じながら、レイナースは王国の兵達を見下ろした。
王国兵も帝国兵も開戦を待っている。
そんな中、彼女は野営用のテントの前で待機していた。
本来、レイナースは帝国四騎士ではあるが、本国の防衛……という名の留守番をする予定だった。
しかし、魔導国の重鎮であるベリアルが戦場を視察したいとジルクニフに申し出たため、面識のあるレイナースが駆り出されてしまった。
その事に不服はない。
好いた男の護衛ならば、問題はない。
無意識の笑みを浮かべていると、テントからベリアルが現れた。
「悪いな、レイナース。外で待たせてしまうとは」
「いえ、構いませんわ。私は護衛ですから」
「……俺に護衛は必要ないんだがな」
ベリアルが口にした言葉にレイナースは苦笑した。
確かに、この男の方が自分より強いだろう。
しかし、「はいそうですか」とは言えない話だ。
この仕事はジルクニフの厳命なのだから。
護衛、とは名ばかりの、監視を任されているのだ。
何か不審な事はしないか、少しでも手の内が見れないのか……ジルクニフから託された任務。
ベリアル自身に危害を加える事はないため、レイナースは納得して引き受けた密命だ。
レイナースに、男は視線を戻した。
「だがまぁ、そうだな……レイナース。この戦場は何がどうなるのか、俺にも分からない。何か不測の事態があれば、俺を頼って欲しい」
「……いえ、ベリアル様の方こそ、です。何かあれば、私のことを盾にして下さっても構いませんわ」
レイナースはそう口にしつつ、自分の心情に少しだけ驚いた。
レイナースは自身の主であるジルクニフが危険な目に遭っても、守れるという自信がなければ逃げ出すつもりだ。
だというのに、ベリアルの危機には自ら盾になりたいと思ってしまう。
絆されている、その自覚はあった。
しかし、レイナースの言葉にベリアルは嫌そうな顔をした。
「女を盾にしてまで生き延びたいとは思えないが」
「私は、女である前に騎士ですから」
そうは言いつつも、そのモチベーションは好いた男の為という、何とも女々しい理由なのだが。
「それもそうか……すまない、気に障ったか?」
「いえ、お気になさらず。ご厚意からの発言だとは分かっていますので」
話は平行線のまま、すれ違っていくが……雰囲気が悪くなる事はない。
互いに互いの身を案じての言葉なのだから。
「そうか……兎に角、開戦を待つとしよう」
「はい、そうですわね」
荒野の地を踏み締めて、ベリアルは腕を組んだ。
レイナースはちら、と視線を向ける。
服装はいつも通り。
何らかの皮で作られたジャケットと、爬虫類らしき革のパンツ。
それらは帝国で作られる市販品とは比べ物にならない精度で、一つの綻びもなく作られた衣服だ。
鎧など分かりやすい防具ではないが、何かしらの
そして、レイナースは離れた場所、帝国の本陣に目を向けた。
そこには……多数のアンデッドの兵士が居た。
帝国四騎士であるレイナースですら悪寒と、死の予感を感じてしまうほどの兵。
そこから目を逸らして、ベリアルへと視線を戻した。
「アレらの兵はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の騎士ですか?」
「ん?あぁ、アインズさんの作った兵士だな」
作った、という言葉に、レイナースは思わず頬を引き攣らせた。
帝国四騎士であろうと蹴散らせる兵が幾百、しかも、それを“作った”?
酷い冗談だ。
あぁ、冗談であれば……どれほど、良かったか。
それ程までに魔導国と帝国には、力量の差がある。
それはレイナースも重々承知していたつもりだったが、こうして形として見せられると気が引けてしまう。
「……ベリアル様は、恐ろしくはないのですか?」
「ん?何が?」
心底分からなさそうな顔をしているのを見て、レイナースは少し悩んで……どうしても、気になってしまい、言葉を口にした。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が……いえ、その力を恐ろしくは思わないのですか?」
それは失礼な言葉だ。
この場でベリアルに不敬だと罵られ、殺されても仕方がないだろう。
それでもレイナースが口にしたのは、男はこんな事では怒らないという確信があったからだ。
「あー……そうだな。確かに、そう思っても仕方ないか……」
実際、ベリアルは納得したような顔で少し悩んで……レイナースに視線を戻した。
「まぁ、結論としては怖くないな」
「……何故、ですか?」
「友人だからだ」
「それはそうかも知れませんが……それでも、あれほど強大な力を持っている相手であれば、恐怖を感じたりしませんか?」
レイナースはそこまで口にして、失言だと気付き口を噤んだ。
こんな、責めるような言葉を吐きたい訳ではなかった。
「ん?いや、俺とモモ……アインズさんとの間に、それほど力の差は──
瞬間、アンデッド達の居た場所から、巨大な光の魔法陣が展開された。
文字か記号かも分からない模様のような陣が宙に浮かんでいる。
「あれは……?」
「アインズさんの魔法陣だな」
それが見掛け倒しではないことに、レイナースは気付いた。
途轍もない魔法を行使しようとしているのだと理解した。
「っ……!ベリアル様、魔導王陛下は何の魔法を使われるのですか……!?」
「超位魔法だな」
「超、位……?」
魔法には一般的な騎士よりも、多少は詳しい自負を持つレイナースですら困惑した。
魔法というのは一位階から十位階、そこまでしか存在しない筈だ。
超位、というのは一体、何なのか?
「此処に来る前に、加減するよう言っておいたが……拙いな」
「拙い……ですか?」
「……もし使う魔法が俺の想定通りなら、王国兵を殺し過ぎてしまう」
その言葉にレイナースは目を細めた。
「それは……喜ばしい事なのでは?戦争をしているのですから……」
そんなレイナースの言葉に、ベリアルは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「どんな事にも程度はある。もしあの魔法が俺の想定通りだとすれば、これから起こるのは戦争なんかじゃない。虐殺だ」
「虐殺、ですか?」
困惑するレイナースの目の前で、男は普段浮かべている軽薄な笑みを顰めた。
「……レイナース、少し席を外す。俺だけでアインズさんの元まで行こう」
「っ、それは困りますわ!私はあなたの護衛ですから……!」
「付いて来られては俺が困る。寧ろ、レイナースには必ず、この場所から出ないで欲しいぐらいだ」
「……そんな、それはっ……ベリアル様は、あんな……バケモノ染みた力を見て、何故、恐怖を感じないのですか!?」
レイナースはどうしても、男をあの場所に行かせたくなかった。
あのアンデッドの兵士達も、アインズの使う強大な魔法も……全てが劇物だ。
あまりにも強靭で強大。
例え、敵対していなかったとしても……危険過ぎる。
そんな場所に行って欲しくない。
愛する男に危険な場所へ行って欲しくはない。
その為になら足に縋り付いて、足手まといになってもいい。
だから──
「レイナース……お前は勘違いしている」
「……勘違い、ですか」
「あぁ……確かに、アインズさんは強い。俺が争えば、十中八九俺の負けだ」
「でしたら──
「ただ、それは一対一だった場合だ」
「……え?」
「集団戦ならば……俺の勝率は六割って所だな」
「……なに、を?」
「確かにあの力は、俺にとっても危険だが……レイナースが言うほど、俺は脅威だと感じていないという事だ。心配は不要だ」
レイナースは困惑した。
目の前に居るこの男と、魔導王が同格?
あのような強大なアンデッドの兵を生み出す
「……まぁ、いい。兎に角、必ずここで待機してくれ。例え、何があっても本陣には来るな。分かったな?」
「それは……ですがっ──
「約束してくれ、レイナース。頼む」
懇願するような目、言葉。
それにレイナースはたじろいだ。
目の前の男が危険な場所に行くのであれば盾になるべきなのに、それをこの男は望んでいない。
それは優しさではあるが、力の差による隔絶のようにも感じる。
実際に、それだけの力の差はあるのだろう。
だから、そう……レイナースは悩み、悩む。
そして、悩んで──
「……畏まりましたわ」
自身の力不足に、奥歯を噛みながらも頷いた。
「……悪いな。帰ってきたら、説明でも何でもしよう」
そう男は口にして、地面を蹴った。
瞬間、男は超高速で宙を駆けた。
その光景にレイナースは気圧されながらも……目を閉じた。
「…………っ」
身に付けた重鎧が軋むような音がする。
それはまるで、レイナースの内心を表しているような気がした。
◇◆◇
げーっ、まずい、まずい、まずいって!
俺は表面上、深刻な顔をしながらも、内心でめちゃくちゃ焦っていた。
モモンガさん、三日前に「あまり派手な魔法は使わない方が良いと思う」ってアドバイスしたじゃん!
なーんで、原作通りの魔法を使おうとしてるんだよ。
ちょっと十万ぐらい殺して終わり!にする予定だったのに。
これじゃ原作通り、二十万近く死んでしまう。
それは流石に看過出来ない。
慌てて、俺は帝国軍の本陣の側に着地する。
久々に身体能力フル活用して走っている気がする。
焦って走ってきたが、これ転移の方が速かったか?
いや、この距離だと、どっこいどっこいだろ。
あー、でも、こうやって空飛んでる姿見られる方が拙いか?
だめだ、焦り過ぎて混乱している。
とにかく、あの魔法は中断させないと──
あ、間に合わなかった。
モモンガさんの作り出した魔法陣が消失し、超位魔法<
黒い風のようなものが、王国兵達の間を突き抜けた。
それは実際には風ではない。
それは“死”、そのものだ。
揺らぐ事もなく、流れる事もなく。
ただ不変の、全ての生物にいずれ訪れる未来が……現在へと、手繰り寄せられた。
その結果……王国軍の左翼、約七万人。
その命が、全て──奪われた。
「……あちゃー」
人間のみならず、馬さえも。
一瞬で息絶え、操り糸を切られた人形のように力なく地面に転がった。
派手な演出もなく、ただ唐突に、彼等は死を迎えたのだ。
超広範囲の即死魔法。
それが<
ではない。
まだ、<
失われた命は呪いとなり、空をも犯す漆黒の球体へと姿を変えた。
王国の頭上に、まるで空に穴が空いたかのような闇が現れる。
そしてそれは、熟した果実のように……大地へ、落ちてきた。
そして溶ける。
黒い汚泥は、即死させられた兵士や馬、全ての生き物を飲み込み、形を変えて──
『メェェエエエエエエエエエッ!!』
巨大な触手の化け物が五体も生み出された。
その景色を見て、硬直する帝国兵士達。
仕方あるまい、それだけ衝撃的な景色なのだから。
自分の身にアレが降り掛からなくて良かった、なんて口が裂けても言えないだろう。
敵に同情してしまうほど、悍ましいのだから。
俺はそんな帝国兵の頭上を通り過ぎて、モモンガさんの近くに着地した。
「ひ、ひっ!?」
直後、モモンガさんのすぐ側に居た騎士……あぁ、四騎士のニンブルか。
ニンブルが俺を見て驚いていた。
あんな光景を見せられた直後、すぐ側に人が落ちてくれば、驚きもするだろう。
そうして、ニンブルの声に気付いたモモンガさんが振り返った。
「あぁ、ベリアルさんか。見てくれ、最高記録だ」
そして、その声色から自身がどれだけ恐ろしい事をしたか、その自覚はなさそうだった。
「素晴らしいだろう。恐らく五体も召喚できたのは、古今東西を見渡しても私しか居ない。これは本当に凄い。他の者達にも自慢したいぐらいだ」
魔導王らしく
<
これほど大人数を殺すような機会はゲームではなかったのだから、仕方あるまい。
そう、この世界はゲーム(ユグドラシル)ではない。
だからこれは……虐殺だ。
大虐殺と言っていい。
だというのに、モモンガさんは少しも憂いていない。
異形種となり精神が変容していたのだろう。
殺しても、憐憫は少しも感じない。
だが、それは俺も同じだ。
王国兵が大量に死んだにも関わらず、「あー、やっちゃたな」程度にしか思えない。
俺は最低限、人間の味方として振る舞いたいからこそ、こんな事はしない方が良いと思っているだけだ。
心を痛めている訳ではない。
これがナザリックの為なのだと言われたら──
モモンガさんが納得しているように、俺も納得する。
というかそもそも、二十万殺すのはダメで十万ぐらいなら良いや、って考え方自体が、人の命を蔑ろにする異形種の考え方だからな。
人の命を数で捉えているのは俺も同じだ。
なーんて考えている俺の横に居た、モモンガさんの付き人をしている
「アインズ様っ!おめでとうございます!凄いです!」
「うむ、ありがとうマーレ」
そして感謝を返したのを見て、俺の横にいるニンブルも慌てて、弾かれたように拍手をする。
「す、素晴らしい魔法です!」
「ありがとう」
そして、モモンガさんは俺へと視線を向けた。
……まるでテストで高得点を取って、親に褒めて貰おうと見せびらかす子供みたいだ。
内心、ため息を吐きつつ……俺はゆっくりと拍手をした。
「おめでとう、アインズさん」
「はははは、ありがとう。ベリアルさん」
少しも死んだ兵士達を憂う事はなく、モモンガさんは笑い声をあげた。
まぁ、俺も憂うつもりはないけど。
俺も
心の形が人間とは違う。
人がどれだけ死のうと、苦しもうと、自身の利益を追求してしまう。
それは同じだ。
俺とモモンガさんに違いがあるとすれば、人間だった頃の価値観を捨てたがらない俺と、気にもしないモモンガさん、というだけだ。
俺は、きっと……周りに恵まれていただけだ。
好いた女達や、俺の側に居てくれるラズロ……彼女達の存在が、俺を人たらしめているだけだ。
だから、モモンガさんを非難するつもりはない。
そして、否定するつもりもない。
「さて、では可愛らしい子羊達で追撃するとしよう。これから、王国の兵士を踏み潰す」
そう提案するモモンガさんを、当然だ、という顔でマーレが見上げた。
対してニンブルは悍ましいバケモノを見るような目でモモンガさんを見た。
俺は……そのどちらでもなく、モモンガさんへと笑みを浮かべながら口を開いた。
「なぁ、アインズさん。子山羊で追撃するのは、やめないか?」
その言葉に、モモンガさんは首を傾げた。
対して、ニンブルは驚いたような顔をしていた。
「ふむ?それは何故だ、ベリアルさん」
「あまり全てを片付けてしまうと、帝国の仕事もなくなってしまう。帝国にも面子という物がある……だろう?ニンブル殿」
そう言いつつ、ニンブルへと目を向ける。
彼は困惑したような顔を浮かべつつも……俺の発言の意図に気付いたようで、大きく頷いた。
「え、ええ!ここから先は帝国にお任せ下さい!もう十分、魔導王陛下の実力は理解致しましたので!」
「む、そうか……」
きっとモモンガさんは今、「でも折角、子山羊をいっぱい召喚できたのになぁ。勿体ないなぁ」とか考えているのだろう。
だが、これ以上、王国の民を殺されては困る。
俺は原作のように、王国に滅んで欲しい訳ではない。
ここで王国の兵士……つまり、徴兵された農民を虐殺されれば、農作物の生産能力が低下し、餓死者が大量に出てしまう。
ラナーは……まぁ、悲しまないだろうし、イビルアイも憐れむ程度だろうが……ラキュースは違う。
責任を感じて悲しむだろうし、大規模な虐殺を行えば、ナザリックに敵対心も抱くだろう。
それは、その……避けたい。
結局、今、俺の根底にあるのは、好いた女達に幻滅されたくない、という俗物的な欲求だ。
だが、それでも押し通させて貰う。
これはきっと、人間的に正しい要求だからだ。
「モモンガさん。黒山羊はナザリックに回収させて、残りは予定通り帝国兵に追撃させよう」
「……なるほど、分かった。では、マーレ。黒山羊を頼めるか?」
モモンガさんは完全には納得していないようだったが、俺の言葉に一応の納得はしてくれたようだ。
「は、はい!お任せ下さい、アインズ様!」
マーレが杖を持って、黒山羊達の方へと駆けて行く。
恐らく転移させて、ナザリックに帰還させてくれるのだろう。
そして、モモンガさんは俺を一瞥し、ニンブルへと視線を戻した。
「さて、それでは本来の予定通り、帝国軍が追撃するのか。違いないな?」
それは脅しのような威圧感を孕んでいた。
たっただ一度の魔術で七万の兵を殺したにも関わらず、まだ満足していないのだ。
既に王国兵は恐慌状態で、逃げ惑っている。
そんな彼等を追撃するなんて、敗走兵に背後から攻撃するような物だ。
そんな事は帝国兵の誰もが分かっているだろう。
それでも──
「か、畏まりました!我々の方で追撃させて頂きます!」
あの、強大な力が自分自身に……帝国に……守るべき民へ降り掛かるぐらいならば、と。
そう考えた。
そんな怯えによって武器を構えた帝国兵を一瞥し、モモンガさんはニンブルへと視線を戻した。
「あぁ、そうだ。我々もアンデッド兵団による追撃を行う。構わないか?」
ニンブルは身体を硬直させた。
嫌なんだろう……嫌なんだろうなぁ。
あんなバケモノどもと肩を並べて戦いたくないのだろう。
「っ、承知しました!魔導王陛下のお心のままに!」
でも、まぁ、ニンブルに断れる訳がない。
あんな景色を見た後じゃあ、仕方ない。
……っと、黒山羊が戦場から消えていく。
マーレがナザリック内の誰かと協力して、転移させているのだろう。
「では、そろそろ時間だ。ベリアルさんも、どうかな?」
ちら、とモモンガさんが俺を見た。
どうかな、って……虐殺のお誘いって何だよ。
いや、別に……俺はやりたくないんだが?
「いいや、今日は戦場の視察が目的だったからな。俺は自陣に帰らせて貰うとしよう」
「……そうか」
露骨にモモンガさんがガッカリとした。
遊びに誘ったのに断られた子供みたいだな。
ちょっと申し訳ない気持ちになるが……まぁ、女の子達に嫌われたくないし。
「では、お二人とも。俺は失礼する。何かあれば<
そう口にすると、ニンブルがすがるような目で俺を見てきた。
明らかに虐殺を推し進めようとするモモンガさんより、その虐殺を止めようとする俺の方が与し易いと考えたのだろう。
だが、俺もナザリックの創造主の一人だ。
虐殺は気が引けるが、それがナザリックの為ならば飲み込む程度の価値観を持っている。
勝手に優しいとか、人間味があるとか思われても困る。
でもまぁ、訂正する必要もない。
俺は踵を返して、レイナースが待つ自陣へ戻るべく、転移を発動させた。
◇◆◇
レイナースは、その景色を見て、大粒の冷や汗を流していた。
突如、大量に死んだ王国の兵。
そして、現れた巨大な黒いバケモノ。
そのどれもが理解し難く、そのどれもが恐怖を煽る。
背後で待機している、レイナースの部下達も怯えた顔をしている。
「なぁ……あれ……」
「魔導王陛下は……」
ヒソヒソと話す彼等を止める事は、レイナースには出来ない。
今はただ内心の恐怖を吐き出させて、少しでも軽くしたいと考えるのは当然のことだからだ。
そう考えていると……黒いバケモノが、突如消失した。
魔法のような光景……いや、アレもアインズ・ウール・ゴウン魔導王の御業なのか。
そうレイナースは考えた。
そんなレイナースの横で、突如、土を踏み締める音が聞こえた。
慌てて、レイナースは槍を構え──
「おっと……どうした?レイナース」
「ベ、ベリアル様……でしたか。申し訳ありません……」
槍を収めた。
「いや、いい。あんな景色を見た後だ。気が立っても仕方ないだろう」
先程の、地獄のような景色を再現したアインズ・ウール・ゴウン魔導王の友人……そして、曰く、そんな魔導王に「集団戦ならば勝ち越せる」と口にしたベリアル。
霧がかかったかのように、自身の内心が分からなくなっていた。
とにかく、と、怯えた様子の部下達に離れるよう手で指示した。
失言をされては困るからだ。
そうして、この陣の中でレイナースはベリアルと二人っきりとなった。
気まずい空気の中、先に口を開いたのはレイナースの方だった。
「……その、説明して頂けますか?」
「あぁ。と言っても、何が聞きたい?」
レイナースは悩んだ。
あの魔法は一体何なのか?
黒いバケモノの正体は?
アンデッドの兵団は?
これからどうするのか?
何故あんな大規模な魔法を行使したのか?
あんな恐るべき虐殺を行った魔導王と、本当に同格なのか?
その気になれば同じ事ができるのか?
帝国をどうするつもりなのか?
そんな様々な事が頭に過ぎり、レイナースは唇を噛んだ。
乾いた感触が舌に触れる。
極度の緊張とストレスで口の中の水気が無くなってしまっている。
そうして、何から聞くべきか考えて、考えて──
「ベリアル様は……帝国と争う予定は、ありますか?」
そう、口にしてしまった。
それは状況の説明を乞うというよりも、当人に対する質問のような物だった。
だが、それでもベリアルは少しも嫌そうな顔をしなかった。
「いいや?俺にはないな。というか、もし魔導国と帝国が争うような事があっても、止めようと思ってるぐらいだ」
「……そう、ですか」
その言葉にレイナースは顔を青ざめた。
ベリアルは帝国と敵対しない。
だが、魔導国は分からないという。
虐殺を行ったアインズ・ウール・ゴウンがもし、帝国と事を構えようとした場合、それをベリアルは止められないかも知れないのだ。
そう、レイナースは捉えた。
そして、怯えた。
身体が震えている。
死への恐怖、強大な力への恐怖に。
そんなレイナースを見て、男は──
「レイナース」
鎧の上から、抱きしめた。
「あ、あの……ベリアル様?何を……」
レイナースは顔を熱くさせながらも、困惑した。
このような場で抱きしめられるとは思ってもいなかったからだ。
「もし何が起きたとしても、俺がレイナースを守ろう。だから、そう怖がらないでくれ」
そう口にされて、レイナースは確かに安堵を感じていた。
抱きしめられて、守ると言われて……内心の霧が晴れていくような気がした。
だが、それでも、まだ……恐怖は感じている。
「……何故、私をそこまで守ろうとしてくれるのですか?私には何も……返せる物など、ありはしないのに」
理由のない庇護。
そこに不信感を抱いてしまうのは、きっとレイナース自身が臆病だからだ。
ベリアルの腕の中でレイナースは僅かに震えた。
本当に僅かだが、ベリアルはそれに気付いたようだ。
故に安心させようと、ベリアルは笑みを浮かべた。
「それは勿論、俺がレイナースの事を愛しているからだ」
その言葉にレイナースは顔を上げた。
「……そう言ってくれるのは嬉しいですわ。私も貴方の事を慕っていますし……でも、どうして……そこまで、私の事を愛してくれるのですか?」
それはレイナースがずっと抱いていた疑問だ。
既に身体を、一度は重ねている。
レイナース自身、男のことを愛おしく思っている。
それこそ、あのアインズ・ウール・ゴウンと同等の力を持っているベリアルに対して、恐怖を感じていない程に。
信頼はしている。
だが、それでも。
レイナースに自信はなかった。
呪いによって醜くなった顔も、我の強い性格も……男受けしないことをよく分かっているからこそ。
「……あー、そうだな。では、まず最初から話すとするか」
ベリアルはレイナースを抱きしめていた手を緩めて、目の前に立った。
「元々、俺はレイナースに恩を売って、帝国とナザリックを繋ぐ情報源にしようとしていた」
「……そう、なのですか」
レイナースは内心、落ち込んだ。
やはり、愛しているというのは嘘で、四騎士という地位が目的だったのかと──
「だが、まぁ、一緒に居る間にな。苦境に立たされても尚、より良い道を掴もうとするレイナースの強さを……綺麗だ、と思ったんだ」
「え?」
「俺にはそんな強さはない。苦境に立たされると、逃避してしまうぐらいだ」
「そ、そんな事は……」
「あるんだよ、レイナース」
レイナースは目を瞬いた。
男の顔は過去を後悔するような顔だった。
先程の言葉は、心の底からの自己評価なのだと思った。
「ベリアル様……」
そして──
「それにレイナースは顔も可愛いし、性格も好みだし」
「え?」
「手足もすらっとしていて、スタイルもいい。いじらしい所とか、かなり俺好みで……」
「あ、あの……?」
急に変な方向に話が進み始めた。
レイナースは顔を赤くさせながら困惑した。
「気付けば、幸せになって欲しいという欲求に駆られていた。レイナースに惚れたんだ、俺は」
「……そ、そう、なのですか?」
「あぁ」
「そう、ですか……」
好きな男に愛を語られて、嫌な気持ちになる女は居ない。
顔を熱くさせているレイナースに、ベリアルは視線を向けた。
「だから、何があっても俺はレイナースを守ろう。これから先、何があっても。見返りも要らない……惚れた女ぐらい、俺に守らせてくれ」
そう言われて、レイナースは内心の恐怖が小さくなっている事に気付いた。
この男は確かに、あの大虐殺を行った魔導王と同等の力を持っているのかも知れない。
しかし、それでも、自分の知っているベリアルなのだ。
優しくて、格好付けで、少しスケベで、抜けている所もある……そんなベリアルなのだと、レイナースは思った。
どれだけ強くても、自分が好きな男なのだと。
そう気付いた。
だからこそ、もう恐怖は抱いていなかった。
どれだけ大きな力が側にあったとしても、彼ならば守ってくれると思ったからだ。
安い女だ、と自虐しつつもレイナースはベリアルに目線を戻した。
「……ありがとうございます。ですが、そういう話はその、もう少しムードがある場所でお願いしたいのですが」
照れ隠しではあるが、帝国四騎士という立場上、このように対応するのが正解だ。
呪われた地、カッツェ平野で……それも、戦場でするべき話ではないだろう。
「あー、うん。そうだな……じゃあ、続きは今度、ナザリックに招待してでもしよう。構わないか?」
ナザリックに?
いや、そもそも続きがあるのか?
「それは……はい。お願いしますわ」
レイナースは困惑しつつも、頷いた。
そんなレイナースの前で、男は気楽な笑みを浮かべた。
「それで?他に質問はあるか?大方、ジルクニフから情報収集するように言われているのだろう?」
レイナースは顔を少し顰めた。
バレている。
だが、当然か……と息を深く吐いた。
「……申し訳ありません、ベリアル様」
「いや、いい。言えない事は言わないだけだ。好きに質問してくれて構わないさ」
その言葉にレイナースは安堵して、幾つか質問した。
魔法の事やら、その経緯についても。
ゆっくりと、語らうように。
◇◆◇
「何なんだ、これは!?」
ジルクニフは資料を机に叩き付けた。
カッツェ平野での王国との戦争……いいや、魔導王による虐殺の報告書だ。
帝国の士官達による報告と、四騎士であるニンブルとレイナースによる報告だ。
たった一度の魔法で七万もの兵が死んだという、信じ難い……だが、信じざるを得ない情報。
更に、生み出された黒いモンスター。
もし、動員していれば、この程度の被害では済まなかったであろう事を予測させる。
「……して、やられたか……!」
ジルクニフはレイナースから送られた資料……つまり、ベリアルから聴取した情報にも目を通した。
曰く、ベリアルは魔導王を諌めて、これ以上の虐殺を止めようとしていたらしいこと。
この強大な魔法に関しても、もっと質の低い物を使用するように忠言したとのこと。
対して、ジルクニフは……アインズ・ウール・ゴウンの実力を見極めようと「出来るだけ、派手な魔法を使ってくれ」と言ってしまった。
これでは、この虐殺の原因が誰なのか……責任を押し付けられるような物だ。
「くそっ……!」
きりきりと胃が痛み出したジルクニフは、机の鍵を開けて引き出しから瓶を取り出した。
そして、そこから胃薬を取り出して飲み干した。
ほんの少しマシになったような気がした。
そして、ニンブルの提出してきた資料を手に取った。
曰く「魔導王陛下はアンデッドなのだから、生者の命を奪うのは当たり前なのだろう」と。
それに対して「ベリアル様は比較的、人間に近しい感性を持っているように見えた」と。
そこからジルクニフは考えた。
アインズ・ウール・ゴウンと、ベリアルの間では価値観の差があり、確執もあるのではないか、と。
レイナースの資料、つまりベリアル自身の解答からも、そう考えることが出来る。
ベリアルには、ジルクニフがレイナースに対して情報を得るように密命した事は悟られていたらしい。
だというのに、ベリアルは魔導国の内情や、魔法の正体を説明してくれた。
これはつまり、ベリアルが魔導国に対して、内心で敵対しているという事を示しているのではないだろうか。
それは誰に?
今、この資料を読んでいる男……つまり、ジルクニフに、だ。
(……どうにか、彼をこちら側に引き摺り込む事は出来ないのか?)
レイナースの資料には、魔導王とベリアルは同等の力を持っており、集団戦ならばベリアルの方が優れているとまで書かれていた。
勿論、それはベリアルの自己申告であり、確実に信じられる、という程の情報ではないのは確かだ。
だが、そんな敵対した時の情報を態々、帝国に漏らした理由は何か。
これは、裏で手を組み、共に魔導王を倒さないか?という誘いだとジルクニフは受け取った。
「どうするべきか……」
ジルクニフは悩んだ。
人間国家では現在、対ナザリックの同盟が組まれつつある。
先日の大虐殺から、法国も危険視するようになったからだ。
もし、このベリアルの出した情報が、ジルクニフに反抗の意思があるか燻り出すための罠ならば……人類の敗北だ。
帝国だけではなく、ありとあらゆる人間国家が滅びると考えていいだろう。
「くそっ、いったい、どうすれば……!」
魔導国は力任せの愚かな国ではない。
その力と同様に人から外れた叡智を持つ魔導王も居るのだ。
何が正解か分からず、ジルクニフは頭を掻きむしり──
「あ……」
その指の隙間に、抜けた髪が挟まっているのを見て、ジルクニフは顔を青ざめさせた。
ジル虐。
次回は、レイナースの話。