【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
ベリアル宅への物の持ち込みなどが終わり、ドラウディロンは魔導国の視察を行う事となった。
視察、と言ってもベリアルに牽引されて観光するようなものだが。
(ここで可能な限りベリアルと接近し、親密になっておかなければ……)
内心、ドラウディロンはそう決意していた。
都市をビーストマンから取り返せたとはいえ、ビーストマンの脅威は去っていない。
魔導国から支援を引き出すためにも、ベリアルを惹きつけなければならない。
(よし。恋愛の基本とは接触回数の増加……だったな?本で読んだ知識が通用するかは分からんが、試してみなければわからんし……)
ドラウディロンは腕を組みながら、唸った。
(そうと決まれば視察の際に、手でも触れれば良いだろう。何か自然なタイミングで……どうにかして)
自国の為にと、責任感を胸にベリアルと屋敷の外に出たのだが。
オォォオォォォオ──
「ひぇっ」
屋敷の門番として立っていた、アンデッドに驚いて腰を抜かしてしまった。
それはベリアルが竜王国にも連れて来ていた死霊の騎士だ。
ドラウディロン自身も宮殿内から、竜王国の外にいる姿を遠見していたが……こうして間近で見るのとでは、勝手が全く違っていた。
あまりにも、恐ろしい。
背筋が凍る思いだ。
気を強く保たなければ歯をがちがちと鳴らしてしまいそう。
おしっこもちびりそうなほど、怖い。
「……大丈夫か?ドラウディロン殿」
「だ、大丈夫。大丈夫だ」
足は震えている。
あのアンデッド兵に一歩も近づきたくない。
歩けない。
つまり、大丈夫ではなかった。
そんなドラウディロンを見て、ベリアルは少し視線を逸らしてメイド……ラズロへと手を振った。
その様子を見て、ラズロは即座にベリアルの側まで来た。
「ベリアル様、お呼びですか?」
「あぁ、デスナイトを数日間、納屋にでも移してくれるか?彼には悪いが」
「いえ、ベリアル様の指示ならば喜んで引き受けると思いますよ。では少々、お待ち下さい」
そうラズロは口にしてから、デスナイトと呼ばれた死霊の騎士へと向かっていった。
そうして、デスナイトと幾つか会話をしているラズロを見て、ドラウディロンは目を瞬いた。
「あ、あのメイド殿は怖くないのか?」
「怖い?……あー、いや、怖くないんじゃないか?」
ベリアルは少し言いづらそうにしながらも、頷いた。
「そうなのか……凄いな」
ドラウディロンは密かに、ラズロと呼ばれたメイドに尊敬の念を向けた。
戦う力もない、恐らく竜王の血を引く自身より弱い普通の人間にも関わらず、主人の命令であんな凶悪なアンデッドに指示出来るのだから。
デスナイトは言葉を喋れず、何やら唸っていただけだが、ラズロの言葉を理解したようで彼女と共に納屋へと向かっていった。
その姿を見て、ドラウディロンは胸を撫で下ろした。
「すまないな、ベリアル殿」
「いや、確かに慣れていなければデスナイトは怖いからな。当然の反応だ。寧ろ、ドラウディロン殿が来ることを知っていたのに、あそこに配備したままな俺が悪かった。すまない」
「そ、そうか?」
明らかにドラウディロンの不手際にも関わらず、ベリアルは寧ろ謝って来た。
そこには嫌味な部分も、責めるような部分も読み取れず、ドラウディロンは息を深く吐いた。
少しするとラズロが、デスナイトを引き連れず、一人で戻って来た。
「ラズロ、デスナイトは?」
「二週間ほどの休養を与えました。本人も納得してくれているようでしたよ」
「なら良かった」
ドラウディロンは、あのアンデッドにも感情があるのかと感心を抱いた。
命令するがまま、という訳ではなく一個人としてベリアルは扱っているのだと。
そう考えると、先程の反応は失礼だったのではないかと息が苦しくなる。
改めて、何か弁明するつもりはないが。
だって怖い物は怖いのだから。
「しかし、ベリアル殿。私が言うのも何だが、あのアンデッドは屋敷の護衛だったのだろう?その……屋敷から離して良いのか?」
「ん?あぁ……いや、屋敷の護衛自体は問題ない。あのアンデッド以外にも侵入者対策の
「うむ?」
警備にアンデッドが必要ではないのなら、何故、あのアンデッドを置いているのか?
不思議に思うドラウディロンに、ベリアルが笑みを向けた。
「そうだな、どこから話すべきか……エ・ランテルは元々王国の領地だ。俺を恨んでいる住民が居てもおかしくはない。そう思わないか?」
「それは……そうなのか?」
「そうだ。だからこそ、デスナイトだ。彼は顔が怖いだろう?」
「……うむ」
おしっこがちびりそうになるぐらい怖い。
「あぁして門番にしておけば、侵入する前に戦意が喪失するって訳だ。あそこで思い止まってくれるなら、罪人じゃない」
「なるほど、ベリアル殿は民の事を考えているのか」
「……ん?いや、面倒ごとが起きないようにしているだけさ」
ドラウディロンは内心、ベリアルのことを見直していた。
統治者として、何も考えず恐怖で縛っている訳ではないのだと。
最後のも……本心のような声色だったが、恐らくは照れ隠しの謙遜なのだろう。
自身の考えに、ドラウディロンは納得して頷いた。
そうして、ドラウディロン、ベリアル、ラズロの三人は屋敷の外に出た。
転移で来たので知らなかったが、ここは魔導国の中心部にあるようで……周囲を見渡すと高い外壁が均一の離れた距離に円を描くように見えた。
屋敷の方へと振り返れば、先程まで自分の居た屋敷の豪勢さに目を丸くした。
竜王国内にいる豪商の屋敷、その何倍も大きく、手入れが行き届いていたからだ。
離れにある馬車小屋で、ラズロが馬車を手配していたが──
「ば、馬車の馬もアンデッドなのか?」
「あぁ。アンデッドの馬車は、御者も不要で疲れ知らず……便利だぞ?」
ドラウディロンの目の前には、馬車に繋がれた馬型のアンデッドがいた。
さっきのデスナイトに比べれば威圧感も少なく、忌避感もない。
……まぁ、平時に出会えば裸足で逃げ出したくなるようなアンデッドではあるが。
さっき見たアンデッドよりは……と恐怖も感じなかった。
ドラウディロンの恐怖センサーは、デスナイトとの遭遇でブッ壊れてしまったのだ。
そうして、ドラウディロン含め三人はアンデッドの馬車に乗ったのだが──
(ゆ、揺れない……尻が痛くない!地面が舗装されているからか?)
ドラウディロンは魔導国内の道路が石畳で埋められ整備されている事に気付いていた。
竜王国では道路の整備など、命の危機であるビーストマン達への抵抗に比べれば……と後回しにしている事だ。
大通りは整備されていても、全体の施工率は半数を下回る。
この整備された道路が馬車が揺れない原因かと思ったが──
(いや、それだけではない。アンデッドの馬は、普通の馬と違ってムラがないのか。一定間隔、一定の歩幅で歩いている)
馬車を引く馬も、十分な調教によって、まるで時計のような精密さで馬車を引くのだが……アンデッド馬はそれ以上に精密で、規律の取れた動きをしていた。
(それと単純に、この馬車の性能か。恐らく、幾つかの
ドラウディロンは内心、何度も頷いた。
(……欲しい。公務で領に向かう際、尻が痛む……それが解消できるのなら、何としても欲しい……っ)
支援を頼む身でありながら、高級馬車を貰えないかと強請る……そんな事が出来る筈がない。
ドラウディロンは物欲を感じつつ、それを飲み込んだ。
手の届かない高級装飾品をみてウットリする町娘のようだと、自分で自分を評価した。
そんなこんなで、アンデッド馬車で街中の道路へと入った訳だが──
(あれは亜人!ゴブリン!?狼型の……亜人まで?コボルトなのか!?)
街中を歩く住民の殆どは人間だったが、中には亜人も居た。
ビーストマンに近しい、獣のような種族の者もいて肝を冷やしてしまう程だ。
「……ベリアル殿。亜人達が住んでいるのは知っていたが……その、不躾な質問をしてしまうのだが、治安は大丈夫なのか?」
「……皆、内心どう思っているかは分からないが、表立って問題が起きた事はないな」
ベリアルは微妙そうな顔でそう答えた。
「そうか……そう、なのか」
ドラウディロンは馬車の外を見て、そう口にした理由を理解した。
魔導国内では、アンデッドの兵が警らをしている。
あんな恐ろしい者がいる所で犯罪を犯そうなんて出来るのは、余程の怖いもの知らず……いや、ただの馬鹿だ。
人間種と亜人種、その両方から恐怖の対象となるアンデッドが居るお陰で、対立は起きないのだろう。
ふと、ドラウディロンの視界に人間とドワーフが手を取り合って、建築作業をしているのが見えた。
そんな彼らの仕事を補助すべく、スケルトンが資材を運んでいる。
(……種族の共存、か)
ビーストマン相手にできるとは思えない。
奴らは人間を食糧として見ている。
不可能だ。
だが、ビーストマンではないとしても。
魔導国では人間種と亜人種、アンデッドとの共存を実現している。
それも普通であれば不可能だと切り捨てるような、夢物語なのは確かだ。
それが良いことか。
悪いことなのか。
ドラウディロンに断言できない。
ただ、“すごい”と思った。
褒める訳でもなく、貶す訳でもなく、すごい事なのだと。
こんな国は、自分では作れない。
運営も出来ない。
(力量だけではなく、王としての品格も……敵わない、か)
ドラウディロンは窓の外から視線を逸らし、少し目線を下げた。
……そんなドラウディロンを見て、ベリアルが笑みを向けた。
「少し馬車を降りよう。良いところを知っているんだ」
「え?あぁ、分かった」
突然の提案にドラウディロンは内心、首を傾げながらも頷いた。
そうして、馬車置き場に駐めて、馬車から降りた。
石畳の感触を足で確かめつつ、ドラウディロンは周りを見渡す。
馬車の中から見るのとでは、勝手が異なる。
数は多くないが亜人が駆け寄ればすぐの距離にいると思うと緊張する。
思わず震えていると、ドラウディロンの手に何かが触れた。
「ドラウディロン殿、エスコートさせて貰ってもいいかな?」
それはベリアルの手だった。
その瞬間、ドラウディロンは使命を思い出した。
この男を籠絡しなければならないのだった、と。
魔導国に来てから、非日常過ぎて頭からすっかり抜け落ちていた。
「う、うむ。頼んでもいいか?」
「喜んで」
そうして恐る恐る、ベリアルの手を握った。
硬い、男の手だ。
だが、力は最小限で優しく握られた。
(……す、少し照れ臭いな)
こういう真似をした事は今までなかった。
産まれた時から王として振る舞っていて、女として振る舞える事など……ビーストマンの脅威に晒されている竜王国では無かったからだ。
少し頬を赤らめながら、商店の横を通り過ぎ……ドラウディロンは、ショーウィンドウに自分の顔が反射しているのを見た。
(…………)
……兄に連れられた妹、といった感じだった。
少なくとも、恋人のようには見えないだろう。
顔から熱が、冷めていくのを感じた。
勝手にうかれて、バカみたいだとドラウディロンは自虐した。
そうしてそのまま、ドラウディロンはベリアルに手を引かれて少し歩き……定期的に亜人にビビりながらも、目的地へと到着した。
「ベリアル殿?ここが良いところ、なのか?」
「あぁ、そうだ」
それは屋台だった。
太陽も傾いている今、店じまいをしようと、店主の妙齢の女性が片付けをしていた。
ベリアルは魔導国の首都、エ・ランテルの都市長……つまり竜王国でいう宰相のようなものだ。
このような場所に足を運ぶのは珍しく思えた。
そんな店主にベリアルが話しかけた。
何やら気さくに話しかけており、店主も恐る恐ると言った様子だが……恐怖を感じてはいないようだった。
(……恐怖ではない。敬われているのか)
そうしてベリアルは店主に金を渡していた。
店主は最初、受け取ろうとしなかったが、ベリアルの押しに負けて渋々といった様子で受け取った。
そして、ベリアルは商人から何やら二つ、商品を受け取ってドラウディロンの元へ戻って来た。
「ほら、これどうぞ」
「え?あ……ありがとう?」
受け取ったのは茶色くてざらざらした、冷たい何かだった。
その下は小麦で出来た生地らしきもので包んである。
「ドラウディロンはアイスクリームを食べた事はあるか?」
「あ、あるにはあるが……」
ドラウディロンは困惑しつつ、手元のアイスクリームを見た。
『口だけの賢者』が広めた物で、竜王国にも情報自体は来ている。
ただ、竜王国では物を冷やす氷やら
ドラウディロンも一度だけ食べた事がある。
牛の乳の臭みがあって、あまり美味しくはなかったが、面白い氷菓子だと思っていたが。
こんな茶色のアイスクリームなど、見た事はない。
ドラウディロンが困惑していると、ベリアルはすぐ側でアイスクリームを舐めた。
……食べられるものだと、ドラウディロンに示してくれているのだろう。
(……っ、ええい、ままよ)
ドラウディロンは手元のアイスクリームへ舌を伸ばした。
そうして舐めてみれば──
「っ!?」
言葉にならない声が漏れた。
甘くて、臭くない。
独特の僅かな苦味が、甘さを引き立てており、美味だ。
冷たくはあるが、冷た過ぎない絶妙さで舌触りも良い。
(何だこれは……っ、魔導国ではこんなものが、市民にも手に入るのか!?)
ドラウディロンは警戒していた心も忘れて、アイスクリームを夢中になって舐め始めた。
そうして気付けば、手元のアイスクリームは無くなっており……小麦で出来た容器すら完食していた。
「……あ」
そう、食べ終わってから気付いた。
接待相手である筈のベリアルを無視して、夢中で味わってしまったのだと。
「す、すまな──
「気に入ってくれたようで何よりだ。ドラウディロン殿」
謝罪の言葉を遮られる。
それが意図的なタイミングだったのだと、ドラウディロンは気付いていた。
ドラウディロンに恥をかかせないための、ベリアルの気遣いだったのだと。
「あぁ、大変美味であった……して、ベリアル殿。あれは一体何なのだ?」
「最近、魔導国の農村で栽培している『カカオ』という植物を使ったアイスクリームだな」
かかお?
聞いた事のない果物だと思いながらも、ドラウディロンは頷いた。
「あんなに美味いものを街の屋台で出しているとは……採算は取れるのか?」
「魔導国には優秀な魔法技師が居てな。他の国に比べれば、
「なるほど……」
話を聞き、ドラウディロンは得心した。
魔導国は魔法技術に於いて、竜王国……いや、魔法学院すら存在する帝国よりも先に行っているのだろう。
先程食べたアイスクリームも、優れた技術によって生み出される、豊かさの象徴なのだ。
そう考えると、ベリアルが何故、ドラウディロンにアイスクリームを食べさせたのか理由も分かる。
「魔導国は優れた魔法技術を持っているようだ。ベリアル殿は、私にそれを見せたくて、ここまで連れて来てくれたのだな?」
ドラウディロンは納得した顔で頷いたが──
「ん?いや、違うけど……」
ベリアルは困惑した顔をしていた。
「え?」
「ん?」
お互い困惑した表情を浮かべた。
ドラウディロンは自身の推察が否定され、何を間違えたのかと困惑した。
しかし、困惑しても答えは出ない。
当人に聞くしかなさそうだ。
「で、では何故?何故、ここに私を連れて来たんだ?」
そう問いかけると、ベリアルは少し困ったような顔をしながら、後頭部を掻いた。
そして、少しだけ情けない顔をして笑みを浮かべた。
「ドラウディロン殿が何か思い悩んでいるように見えたからな……ああいう時は甘いものでも食べて、気を紛らわした方が良いと思って。余計な世話だったかもしれないが」
その言葉にドラウディロンは目を瞬いた。
自身が悩んでいた事に気付かれていた。
それは魔導国に来てから常識を覆すような様々な光景に驚き、取り繕う余裕がなかったからだとドラウディロンは自覚した。
そして、その落ち込んでいるドラウディロンを見て……ベリアルは気を利かせてくれたのだ。
励まそうとしてくれたのだと、ようやく理解した。
国主としての計略や、知謀でもなく、ただの気遣いだったのだと。
「……いや、気遣い感謝する。緊張もほぐれたよ」
ドラウディロンは笑みを浮かべた。
意図的に浮かべる媚びた笑みではなく、心の底からの笑みだった。
魔導王の事は分からないが、この男のことは信用しても良さそうだと、ドラウディロンは思った。
少なくとも悪人ではないのだろう。
「……しかし、ドラウディロン殿?」
「む?なんだ?」
ベリアルの声のトーンが少し下がった。
何かしてしまったのかとドラウディロンは不安に思い──
「口元にアイスクリームがついているぞ?これで拭くといい」
ドラウディロンは顔を真っ赤にしながら、受け取ったハンカチで口元を拭いた。
屋台を後にして、馬車に戻った。
空も茜色になっており、屋敷に戻るためだ。
道路では街灯が灯り始めている。
そんな中、ドラウディロンはふと疑問が湧いた。
「ベリアル殿、先程の屋台の店主とは顔見知りなのか?」
「ん?あぁ、そうだが?」
それなりに親しそうな態度で会話しており、そう推測するのも当然であった。
「よく行っているのか」
「あぁ。側室の妹達がな……学校の帰りに連れて行けとうるさくてな」
「ほう……ん?」
聞き捨てならない言葉に、ドラウディロンは片眉を上げた。
(ベリアル殿には側室が居るのか……しかも、妹の面倒まで見ているとは。言葉の通りなら、妹達とは若い少女なのか?)
正妻が居ない事は調査済みであったが、ベリアルの性事情については知らなかった。
しかし、側室が居るという情報はドラウディロンにとって僥倖でもあった。
ベリアルは人間の女に対して発情するという事が分かったからだ。
つまり、自分にも
そんな会話をしながらも、馬車は屋敷まで戻って来た。
屋敷に帰って来たドラウディロンは、そのまま大部屋に通されて、メイドに促されるまま席に着いた。
「先にアイスクリームを食べてしまったが、夕食にしようと思う。構わないか?」
「あぁ、構わない」
ドラウディロンが頷くと、すぐに食事の用意が始まった。
大部屋の机にシーツが敷かれて、銀の皿に乗せられた様々な料理が運び込まれる。
それは同様の内容がベリアルと、ドラウディロンの正面に置かれた。
(こ、これは……凄いご馳走だ)
しかし、何が何やら分からない。
肉……だと思うもの。
魚……らしきもの。
野菜……なのか分からないもの。
唯一分かるのはパンぐらいだ。
ドラウディロンは困惑しつつ、メイドに声を掛けた。
「すまないが、料理名を教えて貰っても良いか?」
「はい。デミサーモンのシェリービネガーマリネと、蛤とアスパラガスのヴルーテ、ランドシャークのポワレと──
「????」
ドラウディロンの頭の中には疑問がみっちりと詰まっていた。
何を言っているのかサッパリ分からなかったからだ。
ちら、とベリアルの方を見ると、ドラウディロンと異なり反応すらしていなかった。
普段から食べているだけの事もあり、この小難しいメニューについても理解しているのだろう。
(す、凄いな。これが何なのか全て理解しているのか)
生活基準の違いを感じつつも、ドラウディロンは頷いた。
そうして、ドラウディロンは食事を始めたのだが──
(何だこれは!?美味すぎる!)
一言では言い表せない複雑な味だが、調和が取れている。
美味という快楽が脳を滅茶苦茶にしているのではないかと心配になるぐらい美味い。
そうして野菜を口にして、肉を口にしようとして……ドラウディロンは手を止めた。
「……ドラウディロン殿?」
その様子に気付き、ベリアルは声を掛けた。
「すまない、口に合わなかったか?」
「いや、そんな事はない……とても、美味い。感動すら覚えている程だ」
それはドラウディロンの本心だった。
こんなに美味しいものは初めて食べた。
目の前にある贅沢の限りを尽くしたい料理。
きっと、全て食べればお腹いっぱいになれるほど。
そんな料理を前にして、ドラウディロンはフォークを動かせずに居た。
「……どうかしたのか?」
「いや……」
客人として出されたのだから、口にするべきだ。
ドラウディロンはそう考えつつも、手をつけられずに居た。
「……話してくれないか?」
そんなドラウディロンに対して、ベリアルは優しく声を掛けた。
……迷惑を、かけている。
その事実を噛み締めて、ドラウディロンは口を開いた。
「……竜王国ではまだ食事にありつけず、飢えている子供も居る。ビーストマンに占領された都市から救出された街の人間は、難民として……国の炊き出しで飢えを凌いでいる」
こんな話は食事の場ですべき事ではない。
それはドラウディロンにも分かっている。
「だというのに、責任ある立場の私が……こんな、贅沢な食事をして良いのかと……」
それでも、胸の内を明かしたかった。
「すまない、ベリアル殿。不快な話を聞かせてしまったな」
無意識のうちに、甘えていたのだ。
ドラウディロンは生まれた時から王になる事を義務付けられていた。
滅びゆく国の女王として、“
物心がつく頃には、自身より立場が上の大人はおらず、己の一挙一動が国に作用した。
甘える事はできず、気付けば大人になっていた。
そんな中、こうして……自身より強者である男を前にして、甘えてしまったのだ。
それが愚行である事は分かっている。
分かってはいる。
分かっているからこそ、謝罪の言葉を口にしたのだ。
ドラウディロンは口を噤んだ。
そんな事をしても、迷惑が掛かるだけだと分かっていたのに……自分がしてしまった愚行に目線を下げる事しか出来ずに──
「ドラウディロン殿」
名前を呼ばれて、ドラウディロンは顔を上げた。
その顔は怒りでも、哀れみでもなく……ただ、何かを尊ぶような顔をしていた。
「その感情は一国の主として、素晴らしいものだと俺は思う。昔、俺の住んでいた国では……そんな考えを持つ指導者は居なかった」
ベリアルの言葉に、ドラウディロンは驚いた。
あれほどの力を持っているというのに、と。
「俺自身、今、自分が人を束ねる立場として……あの頃、俺が忌み嫌っていた指導者と同様の存在になっていないか、分からない。ずっと不安なぐらいだ」
「っ、ベリアル殿は……そんな、事は……」
否定する事は容易かった。
だが、その否定の言葉を受け入れて貰えるとは思えず、ドラウディロンは言葉を飲み込んだ。
「だからこそ、俺はドラウディロン殿の事を尊敬している。一国の王として、身を粉にして努力しているドラウディロン殿のことを……尊敬している」
「……わ、私を?」
「あぁ。嘘じゃないとも」
ドラウディロンは困惑した。
人智を超え、空想や神話すら超えた凄まじい力を持つ男が……自分のことを尊敬していると語ったのだ。
何の冗談か、慰めなのか、そう思い疑いそうになるが……男の目は真剣そのものだった。
「しかし、その生き方では疲れてしまうだろう?身も心も」
「……それは」
嘘ではない、と思えるほどに。
「だからこそ、この魔導国に居る時ぐらいは責務のことを少しは忘れて欲しい。そう考えてしまうのは、俺の身勝手で……余計なお世話だとしても」
「…………」
ベリアルの言葉に、ドラウディロンは反応できずにいた。
どう返せば良いか、分からなかったからだ。
そんなドラウディロンに対して、男は少しぎこちない笑みを浮かべた。
「……あぁ、食べ辛いと思うのならば、俺に無理矢理食わされていると思ってくれれば良い。歓待される客人として、食べなければ俺に失礼だ……なんて、俺の所為にしてくれて構わないさ」
そうして、男は言葉を締め括った。
その言葉を聞いてドラウディロンは思わず、その甘い誘惑に乗ってしまいそうになった。
他人の所為にして、自分の重荷を押し付けてしまえばいいと、そう思ってしまいそうに──
「ありがとう、ベリアル殿」
「……ドラウディロン殿」
「しかし、私はベリアル殿の所為にはしない。私の意思で、食事をさせて貰うとする」
「そうか……」
「その気遣いは非常にありがたいが……私は、一国を束ねる王だからな。ベリアル殿の所為にはしない」
ドラウディロンは自らの意思で、食事に手をつけた。
自らの弱さで、他人に責任を押し付けるなんて……竜王国の女王に相応しくない振る舞いだ。
自分のすべきこと。
そして今、ここで悔やんだり憂いても物事は好転しないなら……その気持ちを飲み込み、客人として振る舞うべきだとドラウディロンは理解していた。
「……強いな、ドラウディロン殿は」
「……何の冗談だ?ベリアル殿に言われれば嫌味にしか聞こえないぞ」
魔法一つでビーストマン達を撃退した男に言われれば、首もかしげたくなる。
「あぁ、いや、そういう意味ではなくて」
「ふふ、分かっている。ちょっとした冗談だ」
困った表情を浮かべたベリアルを見て、ドラウディロンは笑みを浮かべた。
心の距離がほんの少し、縮まったような気がする。
ほんの少し頬を赤らめて、胸の鼓動を高鳴らせて、食事を口に運んだ。