【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
ローブル聖王国、北部。
城塞都市カリンシャ。
隣接するアベリオン丘陵、そこに生息している亜人達に対する最終防衛地点だ。
聖王国で最も強固な城壁により守られている。
だが、カリンシャは現在、魔皇バアルによって半壊……いや、殆どが破壊されていた。
家屋の大半は焼かれ、水路は兵士や悪魔の死体から流れた血により腐敗し、石畳も所々砕けており馬車を走らせる事すら憚られる惨状だ。
そんなカリンシャの高層地区に存在する籠城用の城。
そこが無事であったため、聖王国軍は一旦の拠点として、使用する事にした。
現在、城塞には何人もの負傷者が担ぎ込まれ、治療を受けている。
それはケラルトの姉であるレメディオスもだ。
幸いにも──装備している
魔皇バアルによる攻撃を受けた際、衝撃を受け止めきれず内臓が揺れて気絶したらしい。
現在、聖騎士団では団長のレメディオスが昏倒中であるため、副団長のイサンドロが指揮を取っている。
だが、副団長という立場もあり、より高度な立場である神官団の団長であるケラルトも共同で指示を行っていた。
それはカルカが率いていた聖王の近衛部隊にも言える事だ。
神官団、聖騎士、近衛、冒険者。
それらの対応を、ケラルトは一人でこなしていた。
負傷者の収容が終わったケラルトは、少し疲れた様子で要人用の一室に座っていた。
その側……ベッドには、主君であり親友でもある聖王女カルカ・ベサーレスが眠っていた。
怪我は魔法で治したため、いつも通りの姿ではあるが……まるで、死んでしまったかのように眠っている。
カルカの頬に手が伸びる。
そのまま少し撫でて……何も反応がない事に落胆し、目を細める。
心が折れそうになる。
親友も、姉も、今は目を覚まさない。
重責を担うのは構わないが、それでも……心細い。
そう、ケラルトが意気消沈していると──
扉に対するノックの音が、部屋に響いた。
カルカに触れていた手を引っ込めて、少し離れる。
そのまま椅子に座り直して、扉へと視線を向けた。
神官か、聖騎士か。
休む暇もなく、まだまだ忙しいらしい。
「……どうぞ、入ってくれて構いませんよ」
そう口にすると、扉が開き……そこに居たのは、魔導国から来たベリアルだった。
「失礼する」
「っ……」
ベリアルはあの魔皇バアルとも対等に渡り合っていた、魔導国から来た……何者か。
名前は分かる、ベリアルだ。
しかし、それ以外は何も分からない。
ケラルトは魔導国内の内情に関して、あまり詳しくはない。
聖王国と魔導国内に国交が無いため、仕方のない話だ。
思わず、ケラルトは身体を強張らせ警戒する。
「負傷者の治癒は完了した。少し良いか?」
そう問われて、ケラルトは頷いた。
「え、えぇ……はい、問題ありません」
そうして、ベリアルが部屋に入って来たのだが……どうにも、同行者がもう一人居た。
十か二十か、自分より少し若そうな、それでも目つきの鋭い黒髪の女だ。
冒険者らしい服を着ており、外套も身に付けている。
あんな冒険者を、聖王国は雇っていただろうか?
そう不思議に思っていると、ベリアルが視線を向けて来た。
「彼女はナーベ。魔皇バアルを撃退したモモンの所属する“漆黒”の一人で、魔導国から同行して貰った」
“漆黒”、という言葉にケラルトは覚えがあった。
元々王国に在籍していたアダマンタイト級冒険者チームであり、あの魔皇バアルを撃退したモモンがリーダーだったという。
ケラルトは魔皇バアルという存在を恐れていたため、関連の情報は他よりも多く収集していたのだ。
視線をナーベに向ける。
非常に美しい容姿をした女だ。
“美姫”という二つ名で呼ばれるのも理解できる。
ケラルトは自身の容姿にそれなりの自信を持っていたが、彼女の前に長く居ると自信を失ってしまいそうだ。
「…………」
そのナーベが無言で、無表情……いや、少し睨むような目でこちらを見ている。
何かしてしまったのか、とケラルトが不安に感じていると──
「ナーベ、挨拶してくれ」
「はっ」
ベリアルの言葉にナーベが頷き、視線をケラルトへと戻した。
「“漆黒”のナーベ……です。今回、リーダーのモモンさ──んが、所用で魔導国から離れられないため、私が足を運んだ……ました」
所々、片言だ。
話すのが苦手なのだろうか。
続いて、隣のベリアルが口を開いた。
「それで俺がベリアル。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国家運営補佐長兼エ・ランテル都市長だ」
国家運営補佐長?
エ・ランテル都市長?
前者は聞いた事がなく、後者は魔導国の首都だった筈。
ケラルトは困惑しつつも、それらの肩書きから目の前の男が魔道国内でも地位の高い男なのだと納得した。
アダマンタイト級冒険者であるナーベが敬っている様子なのも、高官であるのなら頷ける。
姿勢を正して、ケラルトも頭を下げる。
「私はローブル聖王国の最高位神官及び、神官団団長、ケラルト・カストディオです」
そのまま握手すべく手を差し出すと、ベリアルが握って来た。
少し心臓が高鳴った気がする。
それは、あの魔皇バアルにも対抗し得る強さを持つ男に触れたからか……それとも、別の理由か。
親友と姉が眠っている今、そんな事にうつつを抜かしている余裕はない。
ベリアルと握手を終えたケラルトは、そのままナーベに向けて手を差し出した。
「…………」
しかし、無反応だ。
「…………?」
先程の片言具合といい、あまりこういう文化のない国から来たのだろうか、と困惑していると……ベリアルが咳払いをした。
直後、ナーベは手を伸ばし、握手をして来た。
滑らかな肌をした指先に触れ、同性ながらも少し驚いてしまった。
そうして握手を終え、ケラルトはベリアルに目を向けた。
「ベリアル様。この度は聖王国の窮地を救って頂き、ありがとうございました」
「いや……まぁ、聖王国の危機だ。困っている時はお互い様だ」
ベリアルは苦虫を噛み潰したような、気まずい顔をしている。
魔皇バアルを撃退したが、聖王女であるカルカを助けられなかった事が気掛かりなのだろうか。
カルカを救えなかった事に罪悪感を抱いているのであれば、それはケラルトにとって好都合だった。
「それで、ベリアル様。助けて頂いた身で図々しい願いなのは理解していますが……聖王女陛下……カルカ様の魂を、魔皇バアルから奪還する手助けをして頂けないでしょうか?」
魔皇バアルは強敵だ。
聖王女、聖騎士団長、神官団の団長が三人で掛かっても全く歯が立たなかった。
そんな相手と戦う事を依頼する。
断られても、おかしくはないが──
「俺は魔皇バアルを討つ為に、聖王国に来た。元より、そのつもりだ」
その言葉に、ケラルトは安堵した。
何故、聖王国と交流のない魔導国が救援してくれたのかと訝しんではいたが、魔導国も魔皇バアルを難敵だと考えていたのだろう。
姿を現した今、討伐できる好機だと捉えたに違いない。
そして、目的が聖王国の救援ではなく、魔皇バアルの討伐であるのならば、一方的に恩を売られる心配はない。
それ故の安堵だ。
だが、聖王国の窮地を救ってくれたのは事実。
そして、ケラルトの依頼によって助けに来てくれたのも事実。
無報酬、という訳にはいかないだろう。
後々で魔導国側から請求されるぐらいなら、今のうちに話題に上げておいた方がいい。
そう考えたケラルトは、ベリアルへ視線を戻した。
「では、カルカ様を助けて頂ければ、こちらで感謝として報酬を用意致します。ただ……聖王国の資産ではなく、私個人の資産からになります。充分な報酬を出来るよう努力しますが……それでも構いませんか?」
魔導国に救援を依頼したのは、聖王国ではなく、あくまでケラルト。
そう対外的にも示さなければならない。
聖王女がアンデッドが支配する魔導国に助けを求めたなどと知られれば、国外の法国……でなくとも、聖王国南部の反カルカ派貴族に非難されるのは間違いない。
そういう意味では、ベリアルが軍ではなく、個人的に来てくれたのは都合が良かった。
流石に軍隊規模に対する報酬は、カルカ個人の資産では報酬として払い辛い部分があったからだ。
そう考えての言葉だったが、それに対してベリアルは──
「いや、報酬は不要だ」
「……え?」
「俺やナーベも魔皇バアルは危険視している。今回、聖王国内で姿を現したのだから、討伐できる機会だと踏んで救助に向かった次第だ。結果的に聖王国を救う事にはなるだろうが、恩を感じる程ではない」
ケラルトは困惑していた。
報酬は不要だと、ベリアルは言っているのだ。
例え、魔皇バアルを討伐する事が目的であったとしても、貰える報酬を断るというのは意味不明であった。
それは魔導国の権力者である故の無欲さなのか。
思わず、冒険者であるナーベを見た。
しかし、不満はなさそうだ。
冒険者とは功労と報酬のやり取りを重視する職業の筈なのだが……魔皇バアル討伐に対して、魔導国から報酬が出ているのか?
だとしたら何故か?
推理しつつ、ケラルトは一旦頷く。
「で、では……そのように。ですが、よろしいのですか?」
「あぁ、“誰かが困っていたら助けるのは当たり前”だからな」
「……感謝致します」
また、この言葉だ。
窮地を救って貰った際も、ベリアルはそう言っていた。
その言葉は……すぐ側で寝ているカルカも口にするような、慈悲の言葉だった。
慈悲深いのは良い事だ。
だが、慈悲だけでは、国は回らない。
聖王国でもそうだ。
国主であるカルカは慈悲深いが、ケラルトはどちらかというと冷徹な自覚がある。
カルカの信念を尊んでいるが、そのカルカの邪魔をする者をケラルトは秘密裏に排除している。
といっても、暗殺するなどという直接的な手段ではなく、政治的なスキャンダルを見つけ出して告発するような行為だが。
国のためには、時に冷徹な振る舞いが必要になる。
ケラルトはそう信じている。
では、この男はどうか?
無償の善性だけの人間なのか?
いいや、違う。
この男が慈悲深いかは分からない。
だが、愚か者ではない事は分かっている。
であれば、何か思惑があって動いていると考えていいだろう。
ベリアルの表面上の優しさに甘えず、その裏を考えて行動するべきだ。
そう考えて、ケラルトは顔を上げた。
「でしたら、聖王国内で活動する際に必要な食料、費用などは私が出します。それぐらいはさせて頂いても?」
「……あぁ、それは有難い。感謝する」
ケラルトの言葉にベリアルは少し迷ったような顔をしたが、すぐに頷いた。
ケラルトは少し、考える。
……何故こうも、報酬を貰う事、費用を出される事に難色を示しているのか。
恐らく、聖王国に対して“恩”というものを押し付けたいのではないか、と考えている。
報酬のやり取りがあれば、聖王国に対する救援は慈善事業ではなくなる。
だが、報酬のやり取りがなければ……それは慈善事業となり、聖王国に対する“貸し”となる。
ケラルトであれば、その“恩”やら“貸し”を返して欲しいと言われようが、聖王国に不利益があるならば拒否できる。
それだけの図太さがある。
しかし、カルカであればどうか。
彼女は助けられた”恩“や”貸し“に対して、報いるよう動くだろう。
そんな義理深さ……いや、甘さを彼女は持っている。
そして、聖王国のトップはカルカだ。
最高位の神官であるケラルトも国家運営に対して介入は出来るが、判断するのはあくまでトップであるカルカ自身だ。
つまり、目の前にいるベリアルの一見、無欲に見える行動は、聖王国に対して大きな足枷となる危険性があるのだ。
(……これを考えたのは魔導国の王でしょうか?それとも、この男?どちらかは分かりませんが、切れ者に違いありませんね)
魔皇バアルの召喚した悪魔を撃退し、本人をも退けた強者でありながら、政治の分野でも明るい。
ケラルトは脅威に感じながら、それでも対抗手段を探す。
どうすれば、その”借り”を払拭できるか。
もしくは“借り”を使われても問題ないよう、聖王国に対して有効的な関係を作るべきなのか。
……思考しつつも、ケラルトはベリアルへ視線を戻した。
「魔皇バアルの討伐に際して、聖王国軍と共同作戦を行なって頂きたいのですが、よろしいですか?情報を連携した方が勝算も高いと思われますから」
魔皇バアルに対して、聖王国軍が出来る事は殆どない。
少なくとも戦力としてはあてにならないだろう。
聖騎士団の団長であるレメディオスですら、全く歯が立たないのだから。
(でも、それでも……)
魔皇バアルの討伐は“魔導国と聖王国で連携して討伐した”という形にしなければならない。
そうでなければ、討伐後の聖王国内に置いて、北部の責任が問われる形になってしまう。
国民から税として徴収した金銭や、徴兵した兵が無意味だったと知られてはならない。
間違いなく、南部反カルカ派からの批判により、北部カルカ派の地位が脅かされる。
そうなれば、例え魔皇バアルが討伐されたとしても聖王国は揺らぐ。
それは避けなければならない。
「あぁ、それは構わない。聖王国が助力してくれるなら、俺も助かる」
そのケラルトの思想を読んだか、読んでいないのか……断定はできないが、男は頷いた。
恐らくは前者だ。
恩を売りたいのは前提として、聖王国を貶めたい訳ではないのだろう。
「では、首都ホバンスまで戻り、一度作戦を──
そう話し始めたと同時に、扉を叩く大きな音が響いた。
ベリアルの行ったノックなどではなく、殴るような音だ。
「……ベリアル様、少々失礼します」
間違いなく、何か急ぎの用事だ。
小さな用事であれば、目前のベリアルやナーベを優先するが、緊急であるのなら話は別だ。
ベリアルも理解しているようで頷いた。
ケラルトが立ち上がり、扉を開くと──
「ケラルト団長、急ぎ伝令があります!」
顔を青くして汗を流している参謀長の顔があった。
只事ではなさそうだ。
「どうしましたか?」
ケラルトが少し不安を感じながらも、続きを促すと──
「亜人達が聖王国内部に侵入!プラートが陥落したとの情報が!」
「な……えっ?そ、その情報の信憑性は!?」
「複数系統の部隊から<
「そんな……」
ケラルトは膝から崩れ落ちそうになった。
プラートは城塞都市カリンシャと首都ホバンスの間に存在する大都市だ。
そこが占領されたという事は、カリンシャを無視して首都であるホバンスへの足掛かりにされたという事。
何とか崩れそうになる足を堪えて、ケラルトは気丈に振る舞う。
魔皇バアルによるカリンシャの襲撃は陽動だった。
本命は亜人による都市部の占拠、そして首都への攻撃だ。
「……民間人の被害は?」
「冒険者達の協力もあり、殆どの市民は避難できていたそうですが……それでも、少なくはないかと」
最悪の事態だ。
カリンシャで魔皇バアルに勝利できていれば、まだマシだった。
プラートに帰還して、そこで亜人を掃討すれば良い話だ。
しかし、現在、カリンシャ内の兵士は疲弊している。
戦いに負け、士気も低くなっている。
実力者である聖騎士団長レメディオスも、聖王女カルカも昏倒中。
これでは、亜人との戦いも危うい。
「…………」
ケラルトは少し悩み、ベリアルへ視線を向けた。
「……ベリアル様、申し訳ないのですが、少々、席を外して頂いてよろしいでしょうか?今後の方針について、聖王国内でも協議させていただきたいのです」
「ん?あぁ、構わない」
「……では、参謀長。ベリアル様達を客室へ案内して下さい。その後、こちらに戻り、聖騎士団も含めて打ち合わせをしましょう」
そう言い切ると、ケラルトは参謀長から視線を外し、ベリアルへと戻した。
「ベリアル様。方針が決定次第、連絡させて頂きますので……それまで、少しでもお休みいただければ」
「分かった。感謝する」
「では、案内をお願いします。参謀長」
何てことはない、そんな様子で頷くベリアルとナーベを連れて参謀長が部屋を出た。
誰も居なくなった事を確認して、ケラルトは椅子に深く座り込んだ。
「……はぁ」
確かに、聖王国側で協議するために退室して貰ったのは事実。
だが、精神的な疲弊が限界に達しており、少しの間で良いから一人になりたかったのも事実。
「……どうすれば、いいの?」
弱音が漏れる。
魔導国から来た二人は、魔皇バアルと戦うために聖王国へ来たと言っていた。
亜人達をけしかけたのは魔皇バアルではあるが、直接的な関係があるかも分からない。
ベリアルに対して、聖王国の都市を亜人から救うために手を貸して欲しいと言って……まかり通るのだろうか?
答えはきっと、否だ。
彼等の目的は魔皇バアルの討伐。
聖王国の救済ではない。
「……カルカ様」
ケラルトはまた、ベッドに眠っているカルカの頬を撫でた。
今、自分を支えてくれる親友は居ないのだと、噛み締めながら。
◇◆◇
俺達が通された客室はベッドが二つあり、それなりの広さがあった。
他国の高官を泊まらせるには物足りないが、この城はそもそも軍事拠点だ。
贅沢は言ってられない。
そんな部屋の隅で、少し威圧的な空気を発している女が立っていた。
「ベリアル様が来られているというのに退室を命じるとは、
“漆黒“のナーベ。
正しくは、ナザリック地下大墳墓の
彼女は今、ケラルトに対して苛立ちを覚えているようだ。
「ナーベ、そう怒らなくていい。俺は気にしてないから」
「いえ、ですが至高の御方に対して──
「良いんだ。ここに来る前に言っただろう?今回はどれだけ苛立っても、友好的に振る舞ってくれと」
「……っ、はい、申し訳ありません!指示を忘れて私情に走るなどナザリックのメイドとして不出来!如何様にも処罰を──
「あー、いや、良いから。うん、次から気を付けてくれたら良いからね」
正直に言おう。
ナーベラルが、面倒臭い。
彼女は人間に対してのあたりがキツ過ぎる。
人間は価値のない下等生物だと思っているし、それを取り繕おうともしない。
モモンガさんも、よく彼女と冒険者活動出来ていたな。
トラブルとか多発していただろ、絶対。
「しかし、ベリアル様。何故あの
顔はめちゃくちゃ可愛いし美人だが、目付きと態度が悪すぎる。
聖王国内でトラブルを起こさないか心配だが……しかし、連れて来た理由はある。
今回、漆黒のモモンは魔導国でお留守番となっている。
モモンが聖王国を救っても、民衆からの好感度や名誉がモモン個人にしか付かず、魔導国に対する”恩“にならないからだ。
だから俺が来たというのもあるが、俺だけしか来なかった場合、聖王国から懐疑的な目を向けられる心配があった。
前回の竜王国と異なり、聖王国にはまだ余裕がある。
そして魔皇バアルという存在から、既に相対した経験のある冒険者を連れていけば、ケラルトやレメディオスから信頼を得られると考えたのだ。
ちなみに案を出したのはデミウルゴスだ。
一理あるが……とんでもない欠陥がある事を俺は知っていた。
ナーベラル・ガンマはポンコツだ。
他のプレアデスと異なり、人間と友好的に振る舞う事が下手くそ過ぎる。
カルマ値がドベ寄りのルプスレギナですら、嘘でも人間に対して有効的に振る舞えるというのに。
だから、聖王国に連れて行くのは正直……俺は反対だった。
しかし、もしデミウルゴスに「ナーベラルはポンコツだから、聖王国には連れて行きたくない」なんて言えばどうなる?
間違いなく、デミウルゴスはナーベラルを叱責する。
偉大なる至高の御方に失望されていると叱るだろう。
それどころか他の守護者にも話すに違いない。
そして、今、ナザリックの面々は俺やモモンガさんに失望される事を何よりも恐れている。
他のギルドメンバー達がナザリックから離れたのを、失望されたからと考えているからだ。
そんな中、俺がナーベラルに失望したと思われたらどうなる?
ナーベラルが自決しかねない。
自決しなくとも、鬱になっても仕方ない。
そこまで落ち込んで欲しい訳ではなく、俺はトラブルを起こしたい訳ではない。
故にこうして連れて来たのだ。
まぁ”漆黒“の一人として振る舞えているのだから、問題ないだろうと思っての事だが──
「ナーベラル、これから聖王国を影から支配するにあたって、表に立つであろう人間とは友好的な関係になっておきたいんだ。分かるか?」
「……?影からではなく、武力で支配し、聖王国など属国にしてしまえば良いのではないでしょうか?」
全然ダメだ。
話自体は理解しているのだろうが、人間は下等!我々に支配されるべき!って思想から離れられていない。
そうあれ、と俺達に作られたのだから彼女自身が悪い訳ではなく、俺達が悪いのだろうが……困ったなぁ。
「あのなぁ……この世界には我々でも敵わない強者が居るかも知れない。そんな強者達と敵対しない為には、ナザリックの立場は”善“……少なくとも“悪”であってはならない」
他のプレイヤーやら、真なる竜王やら。
それらと敵対しないためにも、ナザリックが悪の国家と思われてはならない。
故に、聖王国を力付くで奪うのではなく、操れるようにするのが得策なのだ。
「ベリアル様。至高の御方を上回る強者など、この世界に居るとは思えませんが」
信用してくれるのは嬉しいが、ナザリックからの信用は信用ではなく妄執に近いのだ。
強い敵が居るかも知れない、という言葉に「そんな事はない!至高の御方は負けない!」なんて返す……それが妄執でなければ何なのか。
「ナーベラル。以前、ナザリックに人間が侵入した時があっただろう?」
以前、というのは
人間、といってもプレイヤーの話。
だから、今この話としては不適切かも知れないが……敢えて俺は、この話題を振る。
「……はい。ですが、それも最終的にはナザリックの勝利として──
「それでも被害は出た。最終的に勝てたとして、ナザリックが傷付くのであれば……それは完璧な勝利だとは言い難い」
プレイヤー及び傭兵NPCによるナザリックに対する大規模な侵攻。
その際、ナザリックは最終的にプレイヤーを殲滅することに成功したが……多大なリソースを吐かされたのは事実だ。
ゲームであったあの頃ですら手痛い出費だったというのに、資源の薄い転移後の世界でもし同様の損害を与えられたら……回復不能の被害になりかねない。
俺は視線をナーベラルへ戻した。
「本当の最善とは戦いにすらならないことだ。一方的な武力をもって、そもそも争いに発展させないか……敵対する理由を消すか、どちらかだ」
「……なら、前者でよろしいでのは?偉大なるナザリック地下大墳墓に対して、下等生物どもなど──
「今、仮想敵の戦力すら推測できない。であれば、敵対される可能性がある理由を、予め回避しておくのがナザリックの利益となる。分かるか?」
「……それは、はい」
納得はしていないが、理解はしたようだ。
まぁ、ナーベラルは外の世界と交流しているNPCの一人だ。
この世界の人間やモンスターがユグドラシルに比べて遥かに脆弱で、貧弱で、脅威にすらならないと結論付けているのだろう。
気持ちは分かるが、結論ありきで行動するのは拙い選択だ。
「だから今回、聖王国とは表面上、協力関係となる必要がある。恩を売り、民衆や聖王女達の感情を惹きつける必要があるんだ。もし、ナーベラルがそれをご破産にすれば、ナザリックに多大な不利益となる。そうだな?」
分かるだろう?と視線をナーベラルに向ければ、彼女は焦った表情で頷いた。
「は、はい!ですが私はナザリックに不利益など与えるつもりでは……!」
「ナーベラルがどう思っていようと、その態度が不利益に繋がる事もある。心の内を変えろとは言わないが、態度として出さないで欲しいんだ」
そう俺が言うと……ナーベラルは顔を真っ青にした。
「も、申し訳ありません……」
この世の終わり、という顔で俯いている。
……やっぱり俺、説教が下手なんだよな。
活動の方針を変えて欲しいから説教したのだが、彼女には脅しのように聞こえたのかも知れない。
ナーベは俺に失望される事を恐れている。
そして、先程の説教は聞き手によっては『お前には失望したぞ』と言っているようにも聞こえるだろう。
そして、これ以上失望させられたら……ナザリックを去ってしまうぞ、とも。
そうではない。
俺がナザリックから離れる事など、絶対にない。
例え何があろうと、外でどれだけ人を愛そうとも……俺の居場所はナザリックにある。
それは転移前の世界で、友と作り上げ、友と育て、友の記憶が詰まった場所だからだ。
だから、その友が作ったナーベラルのことも……俺は大切に思っている。
「ナーベラル」
「……っ、はい」
名前を呼べば、息詰まったような顔で頷いた。
……少しぐらいフォローするか。
「聖王国の遠征が上手く行けば、ナザリックから褒美が出るように俺が手配しよう」
「……えっ、あっ、よろしいのですか?私のようなメイドに?」
「あぁ、寧ろナーベラルのようなメイドだからだ。ナーベラルは慣れない場所でよく頑張ってくれている。その努力は評価されるべきだ」
「あっ、は、はい……!勿体なきお言葉、ありがとうございます!」
先程とは一転、ナーベラルは嬉しそうな顔をしていた。
といっても、表情が乏しい彼女からすれば、ほんの少しの表情の変化だが。
それだけご褒美が欲しいのか。
具体的に何が欲しいとか聞いてはいないが、俺に出来る範囲なら何でもしてあげよう。
そうして話を終えて二、三時間後。
部屋にノックの音が響いた。
俺は部屋に展開していた盗聴防止用の防音魔法を解除し、そのまま扉を開けた。
そこに居たのは、先程、俺達を客室まで案内をしてくれた参謀長だった。
「ベリアル様、ナーベ様。聖王国側での会議は終わりました。ケラルト団長がお呼びですので、来て頂けますか?」
「あぁ、それは勿論──
そう口にして、ナーベラルを一瞥した。
「ナーベは室内に待機していてくれ。少し席を外させて貰う」
「畏まりました、ベリアル様」
いや、だって……会議後に呼び出されたという事は、ケラルト以外の人間が居る可能性もあるという事だ。
そんな中、ナーベラルを連れて行けば……トラブルが起きてもおかしくはない。
だから、彼女には悪いがここで待って貰う事にしよう。
「…………」
しかし、これもその場しのぎでしかないだろうな。
聖騎士団の団長レメディオスが起きたら……うん。
レメディオスは反アンデッドであり、魔導国を疎んでいる。
ケラルトも魔導国を敵対国家として認識しているだろうが、それでも彼女は聡明で、少なくとも表面上は失礼な態度も取らないだろう。
レメディオスは愚直で、自身の正義感に忠実な女で、裏表がない。
俺への態度も、それはもう酷い事になる事が予測できる。
その時、ナーベラルが側に居たら……と考えると、気分が重い。
ナーベラルも裏表がない性格だからだ。
「……はぁ」
気分の重さを誤魔化すべく、俺はため息をひとつ吐いた。
エッチなシーンは当分ありません
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