※この作品はR-18です。

【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話   作:口だけの淫魔

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#73 奪還会議

参謀長に連れて来られた部屋は、カルカが眠っている部屋とは別室の会議室のような部屋だった。

大きな机を囲んで、ケラルト……と、戦場でも見た聖騎士団の副団長、高位の神官らしき女……それと、聖騎士団長レメディオスが座っていた。

 

怪我はないようだが、本調子ではないようで椅子にもたれ掛かっている。

 

凄いな、もう起きたのか。

ラズロにあんなに派手に吹っ飛ばされたのに。

やはり優秀な信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)を多く抱える聖王国を褒めるべきか、あれだけ吹っ飛ばされても軽傷で済んでいるレメディオスを褒めるべきか。

 

そんなレメディオスは室内に入った俺をジロジロと不躾な視線で見て……隣に座っている聖騎士団の副団長に耳打ちをしていた。

 

 

「……ふん、こいつが?……イサンドロ、本当に強いのか?」

 

 

小声で喋っているが聞こえているぞ。

 

副団長は少し慌てた様子で、レメディオスの言葉に頷いていた。

 

……まぁ、とやかく言うつもりはないけどさ。

確かにめちゃくちゃ失礼な態度だが、この程度で怒るような俺ではないし?

実際、急に他国から救援に来た高官が、自国の最上級の戦力を遥かに上回っているのだと信じたくもないだろう。

 

うんうん、分かる。

……うん、ナーベラル連れて来なくて良かった。

 

そんな中、参謀長は気まずそうに椅子を引いた。

 

 

「ベリアル様……その、こちらへ。どうぞ」

 

 

レメディオスの声が聞こえていたんだろうな。

俺は気にしていないが、気が気ではないだろう。

 

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

礼を言いつつ、椅子に座る。

 

げっ、レメディオスの対面じゃん。

少し目線を逸らすと、ケラルトが頷いていた。

 

 

「では、全員集まりましたので魔皇バアル対策会議を始めさせて頂きます」

 

 

会議……と銘打っているが、実際には俺が来るまでに聖王国内の意識合わせは終わっているだろう。

これは恐らく、彼等が決めた方針を俺に知らせるための形だけの会議だ。

既に取り決められた聖王国側の答えを一方的に押し付けるのではなく、俺を含めた会議の中で出た答えとすることで、魔導国側にも責任を押し付けるつもりだ。

 

小賢しいが、俺に害がある訳でもないし、不快でもない。

彼等なりに、聖王国を救うため出来る事をしているだけだ。

 

そう考えていると、ケラルトが机に大きな地図を出した。

 

 

「現在、魔皇バアルの居場所について、残念ながら確認できていませんが……配下である亜人達の居場所については報告が上がっています」

 

 

ケラルトが地図上の、ここ城塞都市カリンシャと、首都ホバンスの間に広がる大地を指差した。

 

 

「亜人達は魔皇バアルのカリンシャ侵攻を囮として、半壊している要塞線を抜けて内地へ侵入……そして都市部を攻撃しました。現在、確認出来ているだけでも都市プラートと他小都市の幾つかが占拠されています」

 

 

地図上の拠点をケラルトが指差した。

俺以外の参加者は……特に驚いた様子はないな。

やはり事前に情報を得ていたか。

 

誰も彼も憂鬱な顔をして……いや、例外が一人いた。

レメディオスは義憤に駆られているようだ。

顰めっ面をしながら地図を見ている。

 

 

「これから、首都ホバンスに残っている民兵と、我々カリンシャの部隊で亜人を挟み撃ちにし、掃討します」

 

 

ケラルトが地図の上にチェス……っぽい駒を置いた。

置いてある場所は首都ホバンスと城塞都市カリンシャだ。

 

 

「プラートを占拠した亜人達は、そこを足掛けにして首都ホバンスへの侵攻を企てています。そこでホバンス内の聖王国軍は防衛を選択……迎撃ではなく、籠城させて時間を稼ぎます」

 

 

内心、感心する。

……想定していた通りの答えだからだ。

 

 

「亜人達の戦力がホバンスへと向いている間に、カリンシャに居る行軍速度の速い聖騎士と一部の神官を聖騎士団長である姉様……レメディオスが牽引し、手薄となったプラートを速やかに奪還します」

 

 

デミウルゴスが事前に話していた『魔皇バアルによる攻撃後、聖王国はこう動くだろう』という想定、そのままだ。

恐るべきはデミウルゴスの知略だな。

 

デミウルゴス曰く、最低限の知恵を持つ者の想定はし易いとのこと。

本当のバカは想定外の愚行をする所為で読めないそうだ。

 

そういう意味では、聖王国はデミウルゴス基準で最低限の知恵を持っているという事になる。

 

 

「神官団、及び参謀、本隊はカリンシャに待機します。私達はプラートや小都市から撤退しようとする亜人の掃討と、要塞線を突破しようとする亜人が内地へ侵入しないよう国境で待機します」

 

 

ケラルトが駒を二つ取り出し、カリンシャに置いた。

 

 

「聖王の近衛部隊に関しては……彼等の本職は聖王女の護衛です。昏睡状態であるカルカ様はカリンシャから離れられない為、近衛部隊にはカリンシャの防衛に専念して貰います。都市奪還の手助けは出来ないでしょう」

 

 

もう一つ、駒をカリンシャに置いた。

 

 

「冒険者に関しては……その、今回の戦闘で……実力不足を実感した、と言っていまして……残念ながら、聖王国から撤退すると──

 

 

机が少し揺れている。

震源地は、と視線を向けると、レメディオスが険しい顔で貧乏ゆすりをしていた。

 

 

「……姉様」

 

「っ、すまない。だが、聖王国の危機という一大事に、職務を放棄するとは……何という腑抜けた奴らだ。恥ずかしくないのか?」

 

「姉様、冒険者達とは雇用関係です。聖王国を拠点としていない者も居ますから、自らの命を優先する彼等を責める訳には──

 

 

その瞬間、レメディオスが机を叩いた。

駒が倒れ、地図の上を転がる。

 

 

「無辜の民が苦しんでいるんだぞ?弱き民を救うのに騎士も冒険者も関係ない!力を持つ者の義務だ!」

 

 

レメディオスの言葉に、聖王国の関係者は少しバツの悪そうな顔をした。

それは正論であり、理想論である。

気高い信念ではあるが、他人に押し付けるには重過ぎる。

 

レメディオスの言葉にケラルトは少し顔を顰めつつ、俺をちらちらと一瞥した。

俺が不快にならないか、心配しているのだろうか。

……レメディオスに見えないよう、「気にしてないよ〜」と小さく手を振っておいた。

 

そんな俺の仕草を見て、ケラルトは少し安堵の息を吐いた。

 

 

「……話を戻します。明日の昼前、聖騎士団と一部神官の混合部隊、都市奪還部隊がカリンシャから出立します。そして、それに関して……ベリアル様に少し話があるのですが──

 

 

ケラルトは俺へ視線を向けた。

 

 

「ベリアル様とナーベ様、お二方に都市奪還部隊に参加して頂く事は出来ないでしょうか?」

 

「……ふむ」

 

 

それはつまり、魔皇バアル討伐という本来の目的から外れて、聖王国を手助けして欲しいという願いだ。

 

 

「勿論、魔導国本来の目的から外れる事は重々承知しています。ですので、参加して頂ければ……本来、冒険者に支払う予定だった報酬全てで支払わせて頂きますので……どうか──

 

「いや、不要だ」

 

 

今回の目的は、聖王国に対して恩を押し売りする事だ。

報酬の権利については全て放棄し、あくまで人情として救援する形にしなければならない。

 

なのだが──

 

 

「っ、分かりました。では、聖王国の予算から金銭などを用意致します。金額については、こちらの都合もあり……終戦後に要相談という形になるのですが……」

 

 

ケラルトは俺の返事を『報酬が足りないぞ』という意味だと判断したようだ。

いや……それとも、どうしても金で解決したいから、理解していないフリをしているのか。

 

彼女は聡明だ。

タダより高いモノはない、と言うように、魔導国に恩を押し付けられる事を回避しようとしているのだ。

……なるほど、一筋縄ではいかないか。

 

 

「金銭での報酬は不要だと言っている」

 

「っ、で、でしたらっ、聖王国内の領土の譲渡を──

 

 

ケラルトが顔を青くしながら、俺に提案してくる……そんな中、レメディオスが机を叩き椅子から立ち上がった。

 

 

「お前! さっきから聞いていれば、何が不満だ! この国の危機に、手を貸せないというのか!」

 

 

俺は不満だとか言ってないのだが……何をどう解釈しているんだ、レメディオス。

 

 

「あ、姉様っ!落ち着いて下さい!」

 

「これで落ち着いていられるか! 今も民が亜人どもの被害に遭っているんだぞ! カルカ様が不在の今、我々が正義を掲げて守らねばならない! だというのに、金勘定の話などと!」

 

 

レメディオスは顔を真っ赤にして俺を睨んだ。

睨まれるような事、俺は言ってないし、してないと思うんだけど。

 

というかレメディオス、俺の話を聞いていないのか?

……あー、そうか。

ケラルトと俺の小難しいやり取りが理解できず、俺が聖王国を救う気がないと勘違いしているのか。

 

 

「いや、俺は別に報酬などなくとも、聖王国の手助けをするつもりだぞ」

 

「なんだと!? ……なんだと?」

 

 

そう口にするとレメディオスは少し怒った後……呆けた顔をして、鼻を鳴らした。

 

 

「っ、ふん! ならいい! 最初からそう言え。ケラルトも、それで問題ないだろう?」

 

「……姉様」

 

 

ケラルトが呆れている。

政治が下手なのは構わないが、掻き乱すような発言はして欲しくないという事だろう。

 

レメディオスは聖騎士団の団長で、ケラルトは神官団の団長。

地位は同等程度だ。

聖王女カルカが眠っている今、二人の発言力は大きく、等しい。

 

レメディオスが「カラスは白い」と言えば、それを訂正する事もケラルトには難しいのだ。

国内での話ならともかく、外交相手に「ごめーん!今さっきのナシ!」とは言えないからな。

 

……ケラルトも大変だな。

内心、同情しながら頷いた。

 

そのケラルトは疲れた顔で、会議室内の全員を見渡した。

 

 

「……はぁ。では、明日の昼前に姉様が牽引し、聖騎士と神官の一団はプラートへ出立します。道中、小都市を奪還しつつ、最終的にプラートへ到着する予定です」

 

 

ケラルトは地図上の、プラートとカリンシャの間にある都市部を幾つか指差した。

 

 

「私とカルカ様はここに残り、カリンシャを亜人対策の本部とします。首都ホバンスと奪還部隊の情報連携を行い、補佐に努めます。質問がある方はいますか?」

 

 

ケラルトは周りを見渡す。

聖騎士、神官、参謀、誰も言葉を発しなかった。

まぁ、俺もだ。

 

 

「では、解散します。明日出立する部隊の方は、よく休み英気を養って下さい」

 

 

ケラルトの言葉にレメディオスは顔を顰めた。

本当ならば、今すぐ都市の奪還に向かいたいのだろう。

民を守るため、亜人と戦い、被害を増やさぬよう早く向かいたい。

その気持ちは分かる。

 

しかし、夜間の行軍は危険だ。

亜人は夜目が利くのもあるが、疲労困憊の騎士や神官では亜人に勝てないというのもある。

レメディオスが問題なかろうと、部下は無理だ。

故に、明日の日中に出立するのだろう。

 

そして、それを理解しているからこそレメディオスは言葉に出さず、不機嫌な様子を見せているのだ。

 

 

「あぁ、それと……ベリアル様は後で話したい事がありますので、残っていて貰ってよろしいですか?」

 

「ん? あぁ、構わない」

 

 

話?

話って何だ?

 

そう考えている俺を他所に、会議室から人が出ていく。

不機嫌そうなレメディオスも、聖騎士団の副団長に両腕を引っ張られ、会議室から連れ出されてしまった。

 

という訳で、会議室内は俺とケラルトの二人っきりだ。

可愛い女の子と密室……何も起こらない筈もなく……なんて、何も起こらないか。

 

 

「ベリアル様、少し片付けを致します。話はそれからでよろしいですか?」

 

「あぁ、構わない。手伝おうか?」

 

「いえ、それほど手間は掛かりませんので」

 

 

ケラルトが机に置かれた地図を片付けている中、俺は黙って彼女を見ていた。

 

光の角度で金髪にも見える綺麗な茶髪を、今は後ろで括りポニーテールのようにしている。

神官団の団長服は魔皇バアルによって破損させられた為か、予備であろう一般の神官服を着ている。

 

そんなケラルトは、レメディオスとも似た整った容姿をしているが、彼女に比べて少し穏やかな顔立ちをしている。

だが、その顔は疲労困憊という様子で、少し心配になるぐらいだ。

 

親友である上司は昏睡。

姉は猪突猛進で空振り中。

部下からの期待は重い。

 

そりゃ疲れるだろう。

 

 

「……あの、ベリアル様? そう、見られていると落ち着かないのですが……」

 

「ん? あぁ、すまない」

 

 

ジロジロと見ているのがバレて、思わず謝る。

 

まぁ、でも可愛い女の子を見るのは楽しいからな。

ケラルト、可愛いんだよな。

 

こうして辛い状況の中、必死に頑張ろうとする意志の強さ……責任感の強さは、俺にとって好ましい。

……いやまぁ、辛い状況を作っているのは俺達(ナザリック)なのだから、何様なんだって話ではあるんだろうが。

 

 

「…………」

 

 

少し、目を瞑り、思考する。

 

本来であれば、ケラルトは非業の死を遂げる。

ナザリックの聖王国支配計画によって殺害され、魔導王の名誉を高めるため……死体すら、辱められる。

それはカルカもそうだ。

レメディオスも……その忠義心や実直さを利用され、道化のように振舞わされて死ぬ。

 

それに比べれば、俺の案はマシだ……なんて、ただの自己擁護でしかない。

 

彼女達を苦しめているはナザリックで、俺だ。

 

その事実を噛み締めた上で、疲労困憊のケラルトを見る。

 

少しぐらい、優しくしたって良いだろう。

聖王国とか魔導国とか、恩とか、作戦だとか、そんな事も関係なく。

それが自己満足でしかない事は理解した上で、優しくしよう。

 

 

「すみません、お待たせしました」

 

 

そんな事を考えていると、ケラルトが会議資料の片付けを終えて俺へ視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、お待たせしました」

 

 

ケラルトはベリアルの対面に座った。

 

 

「いや、大丈夫だ。それで、話って?」

 

 

気にしていない素振りで、ベリアルはそう口にした。

……心なしか、少し優しげな表情に見える。

それは恐らく、優しければ良いと願う自分が見せている、現実逃避なのかも知れないが。

 

 

「まず前提の確認なのですが……ベリアル様は魔皇バアルを討伐する事を第一優先とされていると思います」

 

「……そうだな」

 

 

返事に少し時間が掛かった。

 

ケラルトは思案する。

魔皇バアルの討伐を最優先としていないのか、と。

であれば何が目的か。

 

判別するには情報が少な過ぎる。

ケラルトは視線をベリアルに戻した。

 

 

「ですが、魔皇バアルと相対した際、聖王女カルカ様の奪還を優先して頂けませんか?」

 

「……つまり?」

 

「カルカ様の魂を奪還できぬまま、魔皇バアルを討伐した場合、魂の在処が分からなくなる可能性があります……ですので、討伐可能な状況であったとしても、カルカ様を優先して頂きたいのです」

 

 

情けない願いだという事はケラルトにも分かっている。

しかし、願わずにはいられなかった。

 

聖王国には、カルカは必要だ。

南北で亀裂が起きている聖王国をまとめ上げて、平和を作り出せるのは彼女だけだ。

 

ケラルトには、カルカが必要だ。

彼女の笑顔に救われてきた。

誰もが笑える国を作りたいという願いに、その身を捧げていた。

 

この国を導く者として、神官団の団長として、ケラルト・カストディオとして……カルカは必要だ。

 

しかし、ケラルトや聖王国には、カルカを救う力がない。

だから、力ある者に懇願するしかない。

ケラルトには懇願する事しかできない。

 

 

「……それはつまり、魔皇バアルと戦っていたとしても、聖王女陛下の身を案じて、場合によっては加減しろ、と?」

 

 

それがどれだけ難しい事か、ケラルトは理解している。

魔皇バアルと相対して、どれだけ強大な悪魔だったか……理解している。

 

 

「……難しい頼みだとは理解しています。それでも、貴方にしか頼めない願いですから……聖王国には……私には、もう……」

 

 

ケラルトは右腕で、自身の左肩に触れた。

震えている。

 

恐怖だ。

魔皇バアルへの恐怖、信念が折られてしまう事への恐怖、親友を失う事への恐怖。

 

それを払拭する為ならば、自分の何を捧げてもいいとケラルトは思った。

そして、視線を上げて……席を立った。

 

 

「……ケラルト殿?」

 

 

少し困惑しているベリアルの側に寄りそう。

そして、頭を下げた。

 

 

「……どうか、どうか、カルカ様をお助け下さい。助けて頂けるのなら、私の事を好きにして下さって構いません」

 

 

金も、土地も、不要だとベリアルは言った。

魔導国は聖王国からの恩が欲しいのだと、ケラルトは理解した。

それは魔導国の方針で、ベリアルは何も受け取る気がないのだろう。

 

ならばもう、ベリアル個人に訴えかけるしかない。

金が不要ならばもう、女でしか懐柔する方法が思いつかない。

 

 

「身も心も好きにして下さって構いません。貴方が望むのであれば、何でも致します。死ねと言われれば、死んでも構いません」

 

 

景色が涙で歪む。

 

怖くない訳がない。

確かに、目の前の男は自分を助けてくれた。

感謝はしている。

だとしても、怖い。

 

ケラルトに、男との経験はない。

好いた、好かれたと恋愛をした事すらない。

そんな事を考えられないほど、身を粉にして国に尽くしてきた。

 

聖王女であり、親友であるカルカの信念を信じて、足を進めてきた。

それはケラルトだけの願いではない。

カルカの、レメディオスの、国民の願いだ。

 

だから、それが失われるぐらいなら──

 

 

「ですから、カルカ様をどうか……助けて下さい」

 

 

頭を下げたまま、涙が溢れる。

自分の情けなさや、これからの不安、現状のどうしようもなさ……それらが入り混じって、涙がぽたぽたと床へ落ちていく。

 

 

「……顔を上げてくれ」

 

 

ベリアルの声に、ケラルトは顔を上げた。

そこにあったのは優しげな顔だ。

 

 

「まず、そんな事をして、俺を動かそうとしなくていい」

 

 

その言葉に、ケラルトは心臓が締め付けられるような不安を覚えた。

この身体に、ベリアルを惹き寄せる価値が無かったのだと教えられたからだ。

 

これでは、カルカを救えない──

 

 

「わ、私はっ……望むような奉仕は出来ないかも知れませんが、必ず、貴方のことを──

 

「いや、だから無理をしなくて良いんだ」

 

「無理を……? 無理なんて……」

 

 

ケラルトは困惑した。

国を救う為、親友を救う為だ。

喜んでこの身を捧げられる筈だ。

 

無理なんて、していない──

 

 

「好きでもない男にそんな事をしなくてもいい。俺が聖王女陛下を助ける事を約束しよう」

 

「……そ、それは……どうして、ですか?」

 

 

聖王国に恩を売る為だとしても、それはあまりにも困難過ぎる。

無報酬で、そこまでする義理はない筈だ。

 

そう考えて問いかけたケラルトの質問に、ベリアルは少し困ったような顔で頬を指で掻いた。

 

 

「……助けたいから、じゃダメか? 特に理由はないんだ」

 

「…………え?」

 

 

そんなふざけた話があるのか。

何かを誤魔化しているのか。

 

ケラルトは疑う。

あまりにも自分に都合のいい返答だったからだ。

 

そんなケラルトに対して、ベリアルは視線を戻した。

 

 

「逆にケラルト殿は何故、聖王女陛下を助けたいんだ?」

 

「それは……それが、正しい事だからです」

 

「その為だけに、全てを捧げられるのか? 正しさの為だけに」

 

 

そう言われて、ケラルトは言葉が詰まった。

国の為、民の為……それはある。

その正しさに、正義という信念に身を捧げてきた。

だが、その正しさの為だけで身を捧げる事は出来ない。

 

そう、本当の理由は──

 

 

「カルカ様は……私の、友人です」

 

 

ケラルトは少し、思い返した。

 

聖王城の宮殿の陽だまりの中、姉を含めて三人で語り合った事を。

その信念に心から同調し、協力者として後押しする事を決めた時の事を。

権力争いの激しい聖王国の貴族連中の中で、家族を除いて唯一気を許せる親友の事を。

 

それらが全て失われる。

塵のように無意味に捨てられる。

 

そんな事が許されていいのか。

 

 

「……彼女が居なくなるなんて、どうしても……それだけは避けたいのです」

 

 

いいや、許せない。

 

泣いて、喚いて、縋って……それでも、カルカを助けたい。

そう思った。

 

 

「ですから……その為なら、私は何もかもを捧げる事が出来ます」

 

 

彼女が居なくても聖王国は滅びはしない。

次の聖王が現れるだけだ。

 

だが、彼女が居なくなればケラルトの世界は滅びる。

三人で語り合う、陽だまりのような世界は滅びてしまう。

 

そんな未来を避けられるのならば、どれだけ嫌な事だってしよう。

身体を捧げて、心を捨てて、傷付けられてもいい。

 

 

「……俺はケラルト殿程、強く想っている訳ではない」

 

「…………」

 

「だが、方針としては同じだ。彼女に生きていて欲しいから、助ける。そこに理屈はない」

 

 

ケラルトはベリアルに視線を向けた。

そこには……何の思惑もなかった。

純粋にそう、「助けたいから助ける」というふざけた、だが……カルカの願いと同質の願いがあるように見えた。

 

 

「……信じても、良いのですか?」

 

 

ケラルトは喉まで上ってきた声を飲み込み、少し悩んで、言葉にした。

普段、腹黒な貴族連中とやり合っている女とは思えないほど、実直な質問だった。

それ程までに彼女は揺らいでいた。

 

 

「ああ、聖王女陛下は、必ず目を覚ます。約束しよう」

 

 

その揺らぎに、男は頷いた。

 

聖王国内の会議では、カルカが目を覚まさないかも知れないと話されていた。

レメディオスは、助けたいと言ってはいたが……それが魔皇バアルという困難から目を逸らした現実逃避のようなものだった。

 

だが、ベリアルは確信を持ったように頷いた。

それは途轍もない説得力があって、ケラルトの内心の不安を払拭する力強さがあった。

 

心臓が高鳴った。

 

 

(……え?)

 

 

こんな状況で不謹慎だというのに、心臓が高鳴った。

顔が熱くなる。

 

親友が昏睡していて、国が滅びるかも知れない危機だというのに、心が揺れていた。

 

それは、初めて感じる感情で……まるで──

 

 

「……ケラルト殿?」

 

「っ、は、はい! 何でしょうか……!?」

 

 

考えてみれば、これほど優良な男は居ない。

聖王国を救える力を持つ強者であり、容姿に優れていて、懐が広く、情が深い。

 

考えてもいなかったが、そう。

夫にするならば、こんな男が良いと……思えるほどに。

 

そう自覚すると、ケラルトは自身の顔が熱くなっている事を自覚した。

不謹慎で、恋なんてしている場合ではないというのに、どうしようもなく熱くなっていた。

 

 

「……そうか、まだ信用できないか?」

 

 

押し黙っていたケラルトの様子を誤解して、男がそんな事を言った。

 

 

「い、いえ、そういう訳では……」

 

 

否定はしたいが、理由は言えない。

この感情を言葉にする事は、今は出来ない。

全てが終わってからならまだしも、今はまだ。

 

 

「なら、先程の約束に同意しても良いか? そちらの方が安心できると言うのなら、ケラルト殿の事を好きにさせて貰う。そして、俺は聖王女陛下を助けよう」

 

「……へっ!?」

 

 

それはつまり、そういう事なのか。

身も心も好きにされてしまうのか。

頂かれてしまうのか。

 

男性経験が0に等しいケラルトにとって、その約束はあまりにも刺激が強かった。

自分から言った約束ではあったが、意味が少し変わってしまっていた。

 

 

「そうだな……ケラルト殿には──

 

 

抱かれるのだろうか。

抱かれてしまうのだろうか。

いや、嫌ではない。

寧ろ、嬉しいのだが、心の準備が──

 

 

「聖王女陛下を助ける事が出来たのなら、俺の頬に接吻でもして貰おうかな」

 

 

……ケラルトは目を瞬いた。

 

 

「……え? あ、え? そんな事で良いのですか?」

 

 

あまりにも、ショボ……慎ましい願いに、ケラルトは困惑した。

だが、そんなケラルトを見て、ベリアルは笑みを浮かべた。

 

 

「美女から接吻されるんだ。それだけで男は頑張れるってものだ」

 

 

歯の浮くようなセリフだ。

普段のケラルトであれば一蹴するようなセリフだったが、生憎、今のケラルトは全く“普段通り”ではなかった。

 

 

「美女、ですか? そ、それは、その……ありがとうございます。ですが、私はそれほど……」

 

 

美女と褒められた事に嬉しくなり、顔を赤くして……謙遜した。

実際、自身の容姿が平均値より整っている自覚はある。

だが、ケラルトは日頃、この国……どころか、他国を含めても、最高峰の美女であるカルカと共に過ごしている。

そして、ベリアルがお供に連れていた“美姫”ナーベも、ケラルトを上回る美女だった。

 

だからそう、ベリアルに褒められても素直に受け取れずにいた。

 

そんなケラルトを見て、ベリアルは何かに気付いたようで……その手を、ケラルトに伸ばした。

 

 

「少し失礼」

 

「……え、えっ?」

 

 

そして、頭の……頭頂部に触れた。

硬い、男の手だ。

熱が感じ取られているみたいで、気が動転する。

 

 

「…………」

 

 

真剣な表情で、ベリアルはケラルトを見ていた。

その視線に心臓がうるさいほど鳴り響いている。

 

 

「……あ、あの、ベリアル様? どうかされましたか?」

 

「……ん? あ、あぁ、すまない。少し気になる事があったんだ」

 

「気になる事、ですか?」

 

「……あぁ、えっと、そうだな……随分と整った容姿をしているな、と」

 

「……え?」

 

 

それは本音に聞こえた。

だが、質問の答えを誤魔化したのだと思った。

 

それを指摘しようと思うが、恥ずかしくて声も出ない。

黙ってベリアルの視線を向けていると、少し申し訳なさそうな顔をしつつ手を引っ込めた。

 

 

「……悪かった。こう、べたべたと異性に触られるのは嫌だったな……すまない、謝るよ」

 

 

そう謝罪をされて、ケラルトは言葉を飲み込んだ。

そして、首を小さく横に振った。

 

 

「い、いえ……構いません。別に嫌、ではありませんので……お気になさらず」

 

 

触れられていた手の感触が、まだ残っている。

その硬さや、力強さに……ケラルトは、安心感を得ていた。

 

幼き頃に父に撫でられた時のように。

母に抱きしめられた時のように。

怖いものから守ってくれる、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

そうして、ベリアルとの会談は終わった。

自室へ戻ったケラルトは疲労に身を任せて、カルカの寝るベッドに突っ伏した。

 

 

「…………」

 

 

それも仕方のない話だ。

普段の何倍もの重責に身を苛まれていたのだから。

親友である聖王女が日頃、どれだけの重積を請け負っていたのか。

その事実を噛み締めて、ケラルトはカルカの手を握った。

 

 

「……カルカ様」

 

 

名前を呼んでも返ってこない。

その事実に対する寂しさを感じつつ、不安は僅かなものだった。

 

 

「……約束、してくれましたから」

 

 

触れた手の感触、言葉。

彼になら任せられると、そう微睡の中で暖かな感情を抱いた。

 

そしてケラルトは、気を失うように眠った。

その日は……悪夢を見る事は、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっべ、<悪夢(ナイトメア)>を解除するの忘れてた……と気付いたのは先程、ケラルトと顔を合わせて話をしていた時だ。

半年以上前に掛けていたのに、解除していなかったのだ。

 

それは、その……あの晩からずっと悪夢を見ていたということ。

マジで?

 

流石に俺も、罪悪感を感じていた。

気付いた瞬間、慌てて解除をしたが……不自然に頭を撫でてしまった所為で疑われてしまっただろう。

 

う、うご、うごご……誤魔化す為とはいえ、また“気障”な台詞を吐いてしまった。

ケラルトも言葉を詰まらせて、気まずそうにしてたし……好感度も下がってしまったに違いない。

 

そもそも、聖王女を助けてくれるなら身体を好きにして良いですよ……なんて言われるという事は、逆に言えば俺の印象が最悪という証拠なんだ。

 

まず、無理矢理に女を抱くのが好きな男だと思われているという事だ。

それは事実だが、無理矢理より和姦の方が好きだ。

可愛い女の子に好かれる事が大好きなんだよ、俺は。

 

そして、対価が無ければ聖王女を救う事もしない薄情者だと思われているという事。

これもまぁ、事実ではある……結局の所、慈悲とかそんな感情で人助けしている訳ではなく、自己満足でやってる事だし。

 

……あれ?

ケラルトの俺を見る目って正しいのでは?

 

いやいやいやいや、正しいから問題なのだ。

俺の仕事はカルカ、ケラルト、レメディオスに対して、魔導国を仲間だと思わせて、俺への好感度を引き上げる事だ。

 

デミウルゴスが「聖王女とあの姉妹が邪魔ですね」と思わないよう、服従させるのが目的だ。

力か、政治か、愛情か、何でも良いから、魔導国に従うようにしなければならない。

 

そして、その三つの中なら愛情が一番平和な選択肢だ。

自らの意思で従っているのだから。

 

最悪の場合、俺が一発強姦(レイプ)して洗脳すれば良いのだが……それは本当に最悪の手段だ。

アレは人の在り方を変えてしまう劇物だ。

 

……とにかく、明日以降、俺はレメディオスと共に都市奪還をしなければならない。

ケラルトと接触する機会が減ってしまう。

であれば、彼女の好感度を稼ぐのは一旦、後回しにしてレメディオスの好感度を……好感度を……。

 

あれ?

レメディオスを惚れさせる事って可能なのか?

 

 

「ベリアル様、あの下等生物(ゲジゲジ)に何か不快な真似をされたのですか?」

 

「ん? いや、別に? そういう訳じゃないぞ」

 

 

というか、それ以前にナーベラルと一緒にいて大丈夫なのか?

 

間違いなく、トラブルが起きる。

好感度とか言っている場合ではない。

 

二人とも悪い()ではないんだろうけど……ちょっとトラブルメーカーだからなぁ。

 

あ、ちょっと胃が痛くなってきた。

 

 




ちなみにカルカの方の解除漏れについては気付いていない(ポンコツ)

誰好き?

  • カルカ・ベサーレス
  • ケラルト・カストディオ
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