※この作品はR-18です。

【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話   作:口だけの淫魔

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#89 茶会

ケラルトは簡易ベッドで目を覚ました。

木組みの板の上にマットレスを置いただけのベッドだ。

 

首都ホバンスにはケラルトの私室があり……勿論、そこにはベッドもある。

聖王国の神官団団長としての部屋にすらベッドがある。

 

しかし、今こうして簡易ベッドで寝ていたのには理由がある。

 

目を擦り、水差しから水を口にして……その部屋にあるちゃんとしたベッドの上で眠る女の側に寄る。

 

 

「おはようございます、カルカ様」

 

 

帰って来ない言葉を投げて、頬を撫でる。

 

ケラルトはそのまま、カルカの服を脱がせ始めた。

生活魔法で水を作り出し、濡らした布で身体を拭いていく。

 

不思議なことにこの睡眠状態では食事を必要としない。

だが、人は生きているだけでも汚れていくものだ。

 

ケラルトはまだカルカが目を覚ましていた頃のことを思い返す。

彼女は自分の美容に気をつけていた。

いつか現れるであろう自分の婿のためにと、身体を磨いていた。

 

そんな彼女の裸体は、同性であるケラルトにとっても魅力的に見えるもので──

 

 

(申し訳ありません、カルカ様)

 

 

雑念を振り払い、身体を拭き続ける。

飲食を必要とせず、排泄もないが……ここ最近は何故か、カルカの股間周りがじっとりと濡れているように感じる。

重点的に拭くと……「ん……っ♡」とか「あ……♡」とか甘い声を漏らす。

ケラルトはそれに聞こえないフリをしつつ、無心で身体を清めた。

 

こんなこと、他人に任せられる訳がない。

だからこそ、ケラルトが自ら進んで眠るカルカの世話をしていた。

 

その後は新しい衣服をカルカに着させて、ケラルトの朝の日課は終了とした。

 

そのまま、次は自分の体を清める番だ。

服を脱いで……鏡に映った自分の裸体を見る。

 

二十代を過ぎた身体。

十代で結婚する事が多い聖王国において、嫁ぎ遅れ……と言われるような年齢。

 

 

(はぁ……)

 

 

それでも、まだ男にとっては魅力的な身体だと自分を鼓舞した。

 

いそいそと全身を覆う黒い服を上下へ身に付けて、その上から修道服に腕を通す。

そうすれば神官団長として相応しい格好にもなる。

 

最後に姉とお揃いの白いカチューシャを付ける。

今日は髪を括らず、その長髪を下ろす。

やっとホバンスへ戻って来れたのだから、少しは普段の装いをしたかった。

 

そして、ケラルトは鏡に向き合った。

ほんの少し、不謹慎とか言われない程度に化粧を終えて……眠るカルカの頬を撫でた。

 

 

 

 

 

そして、カルカの寝室から出た。

このような寝室を共にしてしまうような普段からの過保護が、“カストディオ姉妹と聖王女カルカには肉体関係がある”という噂の原因になっている事は、ケラルトも理解していた。

しかし、それでも、時には醜聞を越えて行わなければならない事があるのだと、ケラルトは一人で頷いた。

 

道中の神官に復興状況を伺いつつ、簡単な指示を出す。

仕女にカルカの面倒を見るよう指示を出して、髪を耳にかけた。

 

少し、疲れる。

普段から聖王女であるカルカの庶務を手伝ってはいた。

しかし、眠っている今、その全てがケラルトの手の中にある。

姉であるレメディオスに任せづらい、そんな仕事が。

 

ため息を一つ吐き、そのままケラルトは目的の部屋に入った。

扉のすぐ側にある盗聴防止の魔法道具(マジックアイテム)を起動して、席に着く。

 

まだ誰も来ていない。

明確に時間を約束した訳でもなかったからだ。

 

 

「…………」

 

 

神官服の袖から化粧道具の入った小さな袋を取り出す。

その中から小さなガラス製の爪やすりを出して、爪を整え始める。

 

 

「……あ」

 

 

綺麗に整えていたのに、と少し割れた左手の薬指の先を見る。

魔皇バアルに吹き飛ばされた時に怪我をした所為で、少し歪な形をしている。

それでも時間が解決してくれるだろうと、どこかぼんやりと考えていた。

そして、現状はこの爪先とは違って、時間が解決してくれる訳でもない、と。

 

 

そして──

 

 

部屋にノック音が響いた。

ケラルトは慌てて爪やすりを袋に戻して、視線を扉に向けた。

 

 

「入っていいですよ」

 

 

……と、口にして。

盗み聞き防止の魔法道具(マジックアイテム)を起動していたことを思い出した。

 

 

「…………」

 

 

誰に聞かれた訳でもなく恥を感じながら席を立ち、部屋の扉を開けた。

 

そして部屋の外にいた二人を見て、目を瞬いた。

 

 

「あら……お二人、ご一緒ですか?」

 

 

そこには姉であるレメディオスと、ベリアルの姿があった。

ベリアルは腰に手を当てつつ、自分の後頭部を掻いて苦笑した。

 

 

「その辺で“偶然”、合流したんだ。なぁ、レメディオス」

 

 

どこか含みのあるような言葉だが、ケラルトは納得し──

 

 

「そ、そうだぞ。私とコイツは偶然、そこで会ったんだ! 偶然だぞ!」

 

 

レメディオスの言葉に片眉を上げた。

姉は嘘を吐くのが下手で、先程の発言から嘘が滲み出ていた。

何が嘘なのか、までは分からないが……後ろめたい感情があるのは確かだ。

 

 

「……そうですか? では姉様も、ベリアル様も部屋にお入り下さい。立ち話も、なんですから」

 

 

取り敢えずここで問い詰めても仕方あるまい、とケラルトは部屋に二人を入れた。

ここは王城にある応接間の一つでよくカルカとカストディオ姉妹の三人で使用している、密談用の部屋だ。

 

今は城主であるカルカが不在で、代わりにベリアルという外様がいるが……それほど、気にしてはいなかった。

無意識のうちに、そこまで信用してしまっていた。

 

 

「何か飲みますか? お二人とも」

 

「あ、なら私は紅茶を用意してくれ」

 

 

客よりも先に手を挙げた姉に苦笑しつつ、ケラルトはベリアルへ目を向けた。

 

 

「なら、すまないが俺も同じものを用意して貰っても良いか?」

 

「良いですよ。承りました」

 

 

少し申し訳なさそうにしているベリアルに笑みを浮かべて、ケラルトはティーポットを用意した。

生活魔法で湯を沸かして、用意するだけだ。

レメディオスには出来ない事で、聖王女にさせる訳にもいかないからと、ケラルトが率先してやっている。

 

そうして用意したティーポットと、3つのティーカップを机に置く。

そして、紅茶をティーカップに注ぐ。

 

 

「はい、姉様」

 

「うむ、ありがとう」

 

 

こういう時に礼を言えるような素直さは美徳だ。

そう思いつつ、ベリアルにも渡す。

 

 

「ベリアル様も」

 

「あぁ、悪いな。感謝する、ケラルト殿」

 

 

その言葉を聞いて、ケラルトは微笑むような顔の下で満面の笑みを浮かべたい気持ちだった。

やはり価値観の合う男がいい。

自分の立場と釣り合う貴族の男は、誰も彼もが女を道具や快楽の元としか見ていない。

下卑た目を向けるか、歳若く神官団長となった自分を侮るのか。

その両方か。

 

こうして、素直に感謝の言葉を述べてくれるだけで、ケラルトからすれば好印象となる。

 

 

ケラルトのやつ、やけに機嫌がいいな──と、レメディオスはこっそり思っていたが、ケラルトは気付いていなかった。

 

ケラルトは自身にも紅茶を用意して、机につくと……何やら、ベリアルが虚空に手を突っ込んでいた。

物を収容する魔法なのだと、何となく認識はしていた。

その実、それがどんな魔法なのか検討も付かないが。

 

 

「……お、あった」

 

 

そんな虚空から、ベリアルが取り出したのは──

 

 

「……え?」

 

「おい、ベリアル。何だそれは」

 

 

金属製の箱のような物だった。

過度な装飾が施されており、何やら高級品なのだとわかる箱。

 

それをベリアルは机の上に置いた。

 

 

「これか? これは菓子だな」

 

 

そう言いつつ、金属製の箱を開けると……鳥籠のような形をした三段組の受け皿……ケーキスタンドが姿を現した。

そこにはスコーンや、生クリームの乗ったタルト、ケラルトも知らない薄紅色の丸い菓子が乗っていた。

 

ケラルトは驚いて、ベリアルに目を向けた。

 

 

「……あ、あの、これはどこから……?」

 

「俺の魔法で異空間に保存していたものだ。魔導国の……俺の屋敷で、メイドが作った菓子だ。出立前に用意して貰ったものだな」

 

「……そ、そうですか」

 

 

思わず、額に手を当てた。

魔導国で、ということは少なくとも十日以上は経過している筈だ。

だというのに腐った様子もなく、まるで出来立てのような菓子。

ベリアルの収納魔法は時間すら停止しているという事になる。

 

そんな魔法が存在するのであれば、交易に革命が起きてしまう。

海で取れた魚を新鮮なまま、内陸の王城で食べる事が出来るのだとしたら……金に糸目を付けない者も居るだろう。

使用に期限がある治癒薬(ポーション)を収納し、戦場に持ち込めば長期間の戦闘を可能にする。

 

凄まじい魔法だ。

それをさも当然のように使用しているのだから、ケラルトが頭を抱えても仕方はない。

 

そもそも……給仕でもなく、専属の料理人でもない自分が入れた紅茶に対して、豪勢過ぎるお茶請けだ。

少し気が引けるのだが──

 

 

「ベリアル、食べても良いか?」

 

 

レメディオスは何も考えず、そんな事を口にした。

ケラルトがギョッとして顔を見るよりも早く──

 

 

「あぁ、好きにしてくれ」

 

 

ベリアルが許可を出したので、そちらに目を向けた。

視線に気付き、何か悪い事でもしたか?と不思議そうな顔を浮かべるベリアルに、ケラルトは苦笑して……レメディオスの方へ視線を戻した。

 

姉はよくわからない薄紅色の焼き菓子を口に入れた所だった。

 

 

「む、甘い……うまいな! 何だこれは!?」

 

 

テーブルマナーを捨ててきたかのような声量に、ケラルトは頬を引き攣らせた。

対してベリアルは、気にする事もなく頷いた。

 

 

「口にあったのなら俺も嬉しい。それはマカロンだな」

 

「なに? 私の知っている奴はもっとベトベトしていて、茶色い奴なのだが……」

 

「そうなのか?」

 

 

ベリアルが一瞥して来たので、頷く。

 

 

「そうですよ。私も見た事ありません」

 

 

ケラルトもレメディオスの意見に同意だった。

こんなに可愛らしい見た目をした菓子ではなかった筈だ。

 

そんな二人の視線にベリアルは少し困惑した様子だった。

 

 

「なら、文化の違いか……?俺の知っているマカロンは、最初からこんな形だったが」

 

「む、味も全然違うぞ」

 

 

レメディオスの言葉にケラルトも興味が湧いた。

元々、小難しい話をするつもりでベリアルと姉を呼んだ。

菓子を食べるつもりはなく──食べたいが──我慢して、議事進行をするつもりだった。

 

 

「……では、私も」

 

 

だが、レメディオスがそこまで言うなら、とケラルトもケーキスタンドの上にあるマカロンに手を伸ばした。

 

 

「……あ、すみません、ベリアル様。いただいてもよろしいですか?」

 

「構わないとも。寧ろ、全部食べて貰って良いぐらいだ」

 

 

ベリアルの言葉に少し恥じらいを感じつつ、ケラルトはマカロンを一つ手に取った。

 

 

「待て、ケラルト。全部は食うな。私も欲しい」

 

 

……姉の言葉は無視して、ケラルトは口先でマカロンを半分齧った。

さくさくとした食感……恐らく、苺が入っているのだろう、爽やかな匂い……そして中に入っていたバタークリーム。

それらがケラルトの口の中に広がり……思わず、表情が緩んでしまった。

 

 

「……あ、美味しい……」

 

 

あまりにも美味だった。

あまりにも好みだった。

 

少しの間、その甘みを堪能して……そして、ベリアルの視線に気付いて顔を引き締めた。

 

 

「あっ、えっと、大変、美味ですね……これは簡単に作れる物なのですか?」

 

「そうだな……俺の屋敷に居るメイドなら、殆どが作れる筈だな」

 

「……料理の技能があれば誰でも作れる、という事ですか?」

 

「そうなるかな」

 

 

良い話を聞いた、と思った。

 

 

「では、このマカロンを魔導国で量産する計画などありますか?よろしければ、聖王国にも卸して頂きたいのですが──

 

「ケラルト……お前、また金に目が眩んでいるぞ」

 

「ち、違います! 姉様、何を言っているんですか!」

 

 

姉の言葉にケラルトは怒った。

図星でもあったが。

 

この菓子ならば、聖王国でも売れるだろう。

しかも、貴族に高値で。

ケラルトが直接、魔導国から卸して、貴族に対して高価に売り捌く。

これによって貴族から金を巻き上げて、聖王国上層部への影響力を削ろうという考えだったのだ。

 

決して私欲を満たそうだなんて思ってはいない。

そんなケラルトに対して、ベリアルは苦笑した。

 

 

「あー、ケラルト殿? 申し訳ないが、このマカロンは俺の屋敷でしか作られていなくてな……手間も掛かるし、材料も希少だ。レシピを共有したからといって、量産できる物でもない」

 

「……そ、そうですか。残念です」

 

 

思い描いていた計画が、絵空事だったのだと理解してケラルトは落胆した。

 

 

「だが、個人的に持ってくる程度なら構わない。この戦いが終わった後、定期的に持って来ようか?」

 

「それは……っ、えっと、その……お願いします」

 

 

そんな、個人的な食欲から迷惑をかけたい訳ではなかったが……それはそれとして、非常に美味だったのは確かだ。

定期的に味わえると言うのであれば、甘えたいとも思ってしまう程には。

 

それに、これからも聖王国に来てくれるというのは、単純に嬉しい。

これ程の戦力を持つものが出入りしているとなれば、他国も亜人も聖王国を攻めづらくなる。

 

……後は単純に、個人的に会いたいだけなのだが。

 

 

「しかし……こうなると、私の淹れた紅茶が見劣りしてしまいますね」

 

 

思わず、自嘲する。

誰もが思うであろう事を先に自虐することで、マシに思わせようとケラルトは──

 

 

「ん? いや、何が?」

 

 

心底、不思議そうな顔をしているベリアルを見て、ケラルトは……思わず、笑みを浮かべてしまった。

 

 

「いえ……何でもありませんよ」

 

「ならいいが……」

 

 

やはり、好ましい。

ケラルトは笑みを隠そうともせず、ケーキスタンドから生クリームの乗ったタルトを手に取り、口に含んだ。

 

優しく、甘い味が口の中で広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、遅れましたが今後の方針について話をさせて頂きたいです」

 

「んむ」

 

「あぁ、頼む」

 

 

ケラルトがそう口にすると、スコーンを口にしたまま、レメディオスが頷いた。

対してベリアルは紅茶を机に置きながら、頷いた。

 

 

「ローブル聖王国内に侵入していた亜人に関して、残党を含めて粗方狩り終えた……というのが聖騎士達の報告になります。姉様、間違い無いですが?」

 

「……んくっ。ん、あぁ、グスターボもそう言っていた」

 

 

レメディオスは口に含んでいた物を飲み込み、頷いた。

聖騎士団でも、事務や頭仕事が得意な副団長がそう言うならば……と、ケラルトは自分の耳に入って来た情報が間違っていなかったのだと確信した。

 

そして、視線を正面へと戻した。

 

 

「当分は森や廃墟などに潜伏している亜人を警戒し、聖騎士を巡回させます。復興作業に合わせて、民兵だけではなく一定以上の力量を持つ聖騎士を派遣し、護衛する予定となりますね。神官団も同行予定です」

 

 

ケラルトがそう口にしつつ、ベリアルに目を向ける。

ベリアルも理解と同意から頷いた。

その様子を見て、ケラルトは言葉を繋ぐ。

 

 

「復興状況に関しては、魔導国からの援助により目処は立っています。ありがとうございます、ベリアル様」

 

「いや、礼には及ばない。本国が決めた事だからな」

 

「それでも、今の聖王国を代表して感謝を」

 

 

ケラルトが頭を下げると、合わせてレメディオスも頭を下げた。

それにベリアルが苦笑しているのを見つつ、ケラルトは顔を上げた。

 

 

「しかし、問題は……」

 

「魔皇バアルだな」

 

 

レメディオスが口に含んでいたスコーンを紅茶で流し込み、頷いた。

 

 

「はい。どこに居るのか不明で、いつ攻めてくるのかも不明です。そして……あの悪魔を討たない限り、聖王女であるカルカ様が目を覚まさないため、真に事態の収束はあり得ません」

 

「そうだな」

 

 

ベリアルの同意を聞いて、ケラルトは少し目を細めた。

 

 

「つまり、それがいつまで、どこまで、期間などなく……こちら側から仕掛けられない以上、どれだけ時間が掛かるかは不明です」

 

 

魔皇バアルがいつ現れるのか。

明日なのか、今日なのか、来月なのか、来年なのか、10年後なのか、そもそも……二度と現れないのか。

その間、魔導国から援軍として来ているベリアルを借り受け続けるのは、現実的ではない。

 

そもそも、国のトップであるカルカの不在が伸びてしまえば、南部貴族が付け入る隙を作ってしまい、取って代わられる可能性がある。

そうなれば、旧体制側であるカストディオ姉妹が冷遇される事は想像に難しくなく、間違いなく国家防衛の力が低下する。

 

今は魔皇バアルという脅威に対抗すべく、力を合わせるべきではあるが……直接的な被害に遭っていない南部の貴族達は、政治のことばかり考えている。

魔導国からの援助についても、保守派閥が「アンデッドの統治する国家からの援助など」と苦言を呈している現状だ。

 

時間は問題を解決しない。

それどころか、時間は問題を悪化させる。

 

それが現状だ。

 

 

「確かに、そうだな」

 

 

ベリアルの同意を見て、ケラルトは少し怯える。

もし、この男が居なければ。

この男が居ない時に、魔皇バアルが来れば……どうなるのか。

 

カリンシャの再現……いや、それどころではないかも知れない。

あの時、魔皇バアルは本気ではなかった。

だがもし、亜人を撃退された事に怒っていた場合……自分も、姉も、国民も、皆殺しにされてしまうだろう。

 

それがどうしようもなく恐ろしい。

そして、それが最も現実に起こりそうな事だというのが恐ろしくて堪らない。

 

机の上に置いた、白い指先が震える。

神官団の団長として、このように怯える事はあってはならない事だとケラルトも自覚している。

 

それでも、怖くて、不安で──

 

 

「魔皇バアルに関しては、俺が何とかする。だから、そう気負わなくていい」

 

 

ベリアルの言葉に顔を上げた。

姉であるレメディオスもギョッとした顔をしていた。

 

そして、ケラルトより先にレメディオスが口を開く。

 

 

「勝てるのか?」

 

「まぁ、多分……いや、勝てるな」

 

 

どこか曖昧だが、自信に満ちた様子にケラルトは目を瞬いた。

だが、レメディオスは心配そうな顔をしていた。

 

 

「……本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「俺は臆病なんだ。自分が死ぬ危険性のあるような選択は取らないさ」

 

「「…………」」

 

 

その言葉にケラルトとレメディオスは「嘘だ」と思った。

何となく、彼は自分が大切にしている物のためなら、命まで賭けてしまいそうだと……そう思ったからだ。

 

だが、敢えて指摘はしなかった。

 

そんな態度がどうしようもなく頼りになり、恐怖を和らげてくれる事を実感していたからだ。

 

安堵の吐息を吐いたケラルトに気付いてか、気付かずか、ベリアルは視線をケラルトへ戻した。

 

 

「ケラルト殿。取り敢えず、魔皇バアルが次に現れるまでは当分、滞在するつもりだ。同行していたナーベについては一度、魔導国に帰還させるが……」

 

「はい、構いません。私から何か言う権利はないですからね」

 

「ん? いや、そこまで卑下しなくても……」

 

「実力差は自覚しているつもりです」

 

 

頭を下げたケラルトに対して、ベリアルは片眉を上げて……視線を向けた。

 

 

「ケラルト殿、俺は……人間の価値とは、強さだけで決まるものじゃないと思っている」

 

「……え?」

 

 

思わず頭を上げると、レメディオスが少し訝しむような顔でベリアルを見ていた。

 

 

「力がある、財力がある、知恵がある。それは素晴らしい事だが、それらで劣っていようと人は無価値じゃない」

 

「……そう、でしょうか?」

 

「自論だが……人の価値は意思の強さにあると思っている。何かを成し遂げたいという想い、誰かを守りたいという願い……その意思の強さこそが人の価値だと、俺は思っている」

 

 

そう言いつつ、ベリアルは紅茶を飲んだ。

ケラルトは視線を逸らし、レメディオスを見ると……何やら理解していなさそうな顔で頷いていた。

 

ケラルトはその様子に少し呆れつつも、ベリアルに視線を戻した。

 

 

「ですが、どれだけの想いがあろうと……力が無ければ国も民も……守りたい物を守れません」

 

「そうだな。なら、聖王女陛下は無価値だと思うか?」

 

「そんな事は……!」

 

 

ケラルトは思わず、席を立った。

 

確かに、そうだ。

自分の言っている事は、カルカの想いを無碍にして、蔑むような価値観だ。

その事実に気づいて、ケラルトは自らを省みて……恥じた。

 

 

「……申し訳ありません。私は間違っていた事を言っていたようですね」

 

「いや、別にケラルト殿が間違っているという訳ではない」

 

「え?」

 

 

ケラルトは困惑しつつ、ベリアルを見た。

 

 

「ケラルト殿の価値観を否定するつもりはない。ただ、俺が思う価値観を口にしただけだ。それを無条件で受け入れる必要もないし、聞き流すのも自由だ」

 

「……では何故、そんな話を、私に?」

 

 

聞く必要のない言葉を口にする意味は何か。

何故、そんな話をしたのか。

 

そう考えて問いかければ──

 

 

「俺は、ケラルト殿を下に見た事はないと、そう伝えたかっただけだ」

 

 

そんな素直な言葉が返って来て……それはつまり、ベリアルから見て自分は意思の強い人間だという事で……顔が、赤くなった。

 

 

「……ベリアル様は随分と人誑しなのですね」

 

「……ん? いや、そういうつもりで言ったわけでは──

 

 

ベリアルが口にするより早く、レメディオスが脇腹を突いた。

 

 

「人の前で妹を口説こうとは良い度胸をしているな……!」

 

「いや待て。口説いたつもりはないぞ」

 

「無自覚でやっているなら尚、性根が悪い!」

 

「冤罪だ」

 

「うるさい! 言い訳は無用だ!」

 

 

レメディオスの不躾な態度に、普段なら呆れて文句も言いたくなる所だが……今は助かっていた。

ケラルトの心臓はばくばくと煩い程に高鳴っていたからだ。

 

容姿に優れ、財力を持ち、強く、優しい理想の男が……自分を対等に見てくれている。

価値のある人間として見てくれている。

 

それがどれだけ嬉しくて……喜ばしい事か。

 

そんな感情を顔から隠そうとしているのだ。

レメディオスが気を引いてくれて助かっていた。

 

 

そんな中、ベリアルはレメディオスをあしらって視線を戻した。

 

 

「すまない、話の腰を折った。ケラルト殿、話を進めてくれるか?」

 

「は、はい……!」

 

 

心臓を高鳴らせながら、ケラルトは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっぶねぇ〜!

ボロが出る所だった。

 

俺は内心、ビクビクとしながら正面に座るケラルトを見ていた。

 

見ろ、あの腹黒そうな笑みを。

一見、ただただ優しそうに見えるが……彼女が敵対する者に悪辣な手を取る事を俺は知っている。

だからこそ、警戒している。

 

いや、めっちゃ可愛いんだが。

めちゃくちゃ可愛いんだが。

警戒しなければならない。

 

ケラルトは頭がいい。

少なくとも俺よりは頭がいい。

 

魔皇バアルの襲撃時期について、俺はラズロと打ち合わせで一週間ほど後を予定していた。

だからこそ、聖王国に居座っても何の問題もないと思っていたのだ。

 

しかし、ケラルトに疑念を抱かれていた。

魔皇バアルがいつ攻めて来るかも分からないのに、魔導国の権力者でもある俺が居座り続けるのは変だと。

 

確かにそうである。

魔皇バアルが短期間で聖王国に戻って来る事を知っているのは俺だけだ。

勘づかれてしまったか、と思ったが何とか誤魔化す事には成功した。

 

いや、騙されているフリをしているだけかも知れないが。

 

少なくとも確証はないだろう。

疑念も、疑念のままであれば何とかゴリ押しできる。

 

 

ケラルトは強敵だ。

 

 

彼女は陰謀渦巻く聖王国の貴族達相手にたった一人で立ち回り、恐れられている存在だ。

そんな彼女に俺の付け焼き刃で何とかなるのか。

うう、胃が痛い。

 

レメディオスが妹であるケラルトをベタ褒めするのも分かる。

現地人でも最高位クラスの神官で、政治に強く、しかも美人で可愛い。

有能過ぎる美人神官、それがケラルトだ。

 

そんなケラルトが急に目の前で自虐し始めるからビックリした。

これは誘われているのかと思って擁護したが……なんか、本心みたいだった。

 

ケラルトに価値がないのであれば、俺はいったいどんなゴミカスになってしまうのか。

俺なんかチンポに脳を支配されている何十股のクズ人間だぞ。

 

……まぁ、擁護した内容は俺も本心だ。

 

確かに俺はケラルトよりも金を持っていて、力もある。

だが、それはズルで手に入れたようなものだ。

血の滲むような努力の上に成り立ってはいない。

 

だから俺は、意思の強い女が好きだ。

気が強いとか、気が弱いとか、奥手だとか、そういう話ではなく……自分の意思を持って、何かを成し遂げようとする女が好きだ。

 

聖王女であるカルカも、レメディオスも、ケラルトも、この国の民を守ろうと努力している。

それは俺からすれば好感が持てる。

転移前の世界に居たアーコロジーの権力者に比べれば、天と地の差がある。

 

権力者としても、一人の人間としても、女の子としても、めちゃくちゃ好きだ。

 

……この国に亜人けしかけといて何を言ってるんだ、って話ではあるが。

 

だからこそ、目の前で卑下されたら「それは違う」と言いたくもなる。

 

 

「話は以上です。ベリアル様から何かありますか?」

 

 

……っと、話が終わった。

ケラルトの方へ目を向けると……ん?

ケーキスタンドの上に、まだ生クリームのタルトが残っているな。

 

 

「俺からは何もないが……ケラルト殿、そっちは食べないのか?」

 

「あ、いえ……ベリアル様が食べられるかと、思いまして」

 

 

つまり、遠慮の塊か。

確かに、本来このケーキスタンドには菓子が4つずつ乗っている。

これはカルカ、レメディオス、ケラルト、俺で食べるためにメイドに用意して貰ったからだ。

 

まぁ、作戦が急に変更となってカルカが寝てしまっていたため、一個ずつ余るのだが。

 

いや、それならマカロンとスコーンも一個ずつ余る筈なんだが……。

 

ちら、とレメディオスを一瞥すると……目線を逸らされた。

いや、別に責めるつもりは全く無いんだが。

食べて貰いたくて用意した訳だし。

 

まぁ、他の2種をレメディオスが食べたのなら、これはケラルトに譲って良いだろう。

 

 

「いや、俺はいい。魔導国に帰ればいつでも食べられるからな。ケラルト殿に譲ろう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

ケラルトがいそいそと生クリームの乗ったタルトを手元に引き寄せた。

口に合わなかったかも、なんて一瞬考えていたが、違っていたようで嬉しい。

 

俺は美味しい食べ物を、可愛い女の子と一緒に食べるのが大好きだからな。

なんというか、可愛い女の子が喜んでくれていると嬉しいんだよな。

……いやまぁ、男でも嬉しいけど。

女の子の方が100倍嬉しい。

 

ケラルトが生クリームのタルトを口に運ぶ。

あまり注視しても失礼かと思い、紅茶を飲みつつ……視界の端でケラルトの方を見る。

 

少し頬を緩めて食べる姿は、可愛らしい乙女のようで……俺のナニ……いや、そういう感情ではなくてな。

少し微笑ましい気持ちになる。

 

そうして食べ終えて、ケラルトは俺を見た。

 

 

「このような物も用意して頂き、ありがとうございました」

 

「いや、喜んでくれたのならうちのメイドも喜ぶだろう」

 

 

そう言いつつ……ケラルトの唇に生クリームが付いているのを見た。

 

可愛い。

あ、違う。

 

じゃなくて、これ指摘するべきなのか?

いや、流石に恥ずかしいだろうし……どこかのタイミングで取れるだろうし、ここは静観を──

 

 

「おい、ケラルト。口にクリームが付いているぞ」

 

「え?」

 

 

あ、おい、バカ!

レメディオス!

 

ケラルトはハンカチで、慌てて口元を拭って……恥ずかしそうに視線を逸らした。

めちゃくちゃ可愛いが、あんまり凝視するのも悪いか。

 

こうして見ていると、ただただ可愛くて良い女の子なのだが……その実、南部貴族に恐れられているのだから不思議なものだ。

 

俺がニヤけそうな顔を堪えつつ、外面の良い笑みを浮かべると……ケラルトは頬を赤らめさせた。

 

……異性への耐性が低過ぎて、ちょっと心配になるレベルだな。

 

俺はケラルトが淹れてくれた紅茶を口にしながら、そう思った。

 

 

 

……さっきから俺の服の袖を引っ張っているレメディオスを、意図的に無視しながら。

分かってる分かってるから……今夜ちゃんと埋め合わせしてやるから、今はやめてくれ。

 

 

 




無限に書きたい話があるのでエタりません

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