【R-18】オバエロ:至高の淫魔がスケベする話 作:口だけの淫魔
「南部に避難していたカスポンド様が戻られる、という話が来ました」
「……ん? カスポンド……というと、聖王女陛下の兄上か?」
お茶の会で、ケラルトが急に発した言葉に俺は首を傾げた。
この場にはケラルト、レメディオス、俺しかいない。
いつもの密会だ。
「はい。カリンシャを襲撃された際、有事のことを考えて避難していただいて居ました」
「そうだったのか」
「はい。それで、戻ってくる理由としては……王都に聖王が不在であること。それに加えて、聖王女派閥である私が聖王の代行をしていること。それが気に食わない、南部貴族の差金でしょうね」
「なるほどな。しかし、カスポンド王兄殿と、ケラルト達は敵対しているのか?」
「……いえ、そうではありませんが……」
「……歯切れが悪いな」
苦虫を噛み潰したかのような顔をするケラルトを見て、俺はレメディオスに視線を向けた。
彼女の意見も聞きたかったからだ。
「んむっ……ん? なんだ?」
口の中にあるスコーンを紅茶で流し込みつつ、レメディオスが俺へ目を向けた。
「レメディオスから見て、王兄殿はどんな方だ?」
「悪い人ではない。カルカ様も信用しておられた。カルカ様不在の今、聖王の代理に最も相応しい御方だ」
そう呑気に口にするレメディオスに対して、ケラルトはため息を吐いた。
「姉様、南部貴族は“代理”などという悠長な事を許してくれません。カルカ様が眠っている今、不在である事を理由に正式に王位を継承させようと企んでいるのです」
「なに!? それは本当か? あの、カスポンド様がか……!?」
「事情は複雑なのです。このまま放置すれば南部貴族の王位継承権を遠く持つ、私欲に塗れた者が南部で聖王を自称します。そして、聖王国を南北に割る可能性があります」
「非常事態だぞ、今は。正気か?」
「人の欲というのは、それほど恐ろしいのです。カスポンド様は自らが王位を継承する事で、最悪の事態を回避する目的があるのでしょうね」
「……なるほど?」
話半分ぐらいしか理解していなさそうなレメディオスの返答に、ケラルトが乾いた笑みを浮かべて……俺を一瞥した。
大丈夫、俺はちゃんと話聞いてるから。
「ですから、猶予は短い訳です。魔皇バアルを一刻も早く討伐しなければ、カルカ様の──
瞬間、轟音がした。
「な、なに!?」
「なんだ!?」
慌てる二人と共に、視線を俺は窓の外へと向ける。
それは炎だった。
空が真っ赤に染まる程の強烈な炎が、城壁を囲むように吹き上がっていた。
「ベリアル様、これは……?」
「魔皇バアルの仕業だな」
つまり、ナザリックの自作自演である。
ケラルトとカルカは、その炎がかつて王都を取り囲んだ炎と同様であると察したようだ。
急いで机から立ち上がった。
「姉様は聖騎士達を集めて迎撃の指示を! 私はカルカ様を避難させてから、司令部に移動します!」
「分かった! ベリアルは!?」
二人の視線が俺へ向いた。
「俺はケラルトに着いて行こう。魔皇バアルの姿が見えない今、無闇に街へ降りても仕方ないしな」
ケラルトは確かに、と納得したようだ。
レメディオスは……考える事を放棄して、頷いたみたいだ。
そうして俺達は席を立った。
うーん、ナイスタイミングだ。
カスポンド王兄の話を聞いていた時、このまま長引かせるには拙いな……と、丁度思っていた所だったんだ。
ローブル聖王国はカルカ・ベサーレスに統治させる。
これはナザリックの決定事項だ。
南部側の聖王を立てられると、折角引き入れたケラルトやレメディオスの影響力が落ちる……というのが理屈だ。
感情論で言えば、二人が落ち込む姿を見たくないというのもある。
理想は聖王国の支配者である聖王女カルカを、俺の支配下に置く事で間接的な統治を行う事だ。
それが、作戦立案者であるデミウルゴスの最大目標でもある。
とにかく、王兄であるカスポンド・ベサーレスに王位を継承させないためにも、今すぐにでも魔皇バアルとの決着を演じなければならない。
元々、カスポンドの話を聞く前から、作戦実行はする予定だったが……まぁ、そういう事もあるだろ。
カルカを王城の奥へ、護衛と共に隠した俺達は王城の上層階にある臨時司令室へ来ていた。
人が結構いる。
聖騎士や神官達、その中でも指揮系統に関わる上官達だ。
「全員、揃っていますか!?」
ケラルトが声をかけると、聖騎士系の文官が立ち上がり首を横に振った。
「神官の集合は遅れていますが、聖騎士は殆ど城の外部で迎撃の姿勢を取っています。そしてレメディオス団長は──
ドアが乱暴に開かれ、レメディオスが大股で部屋に入ってきた
「所定の経路に聖騎士を配備した! 魔皇バアルは!? 奴の姿は見えないか!?」
切羽詰まった様子のレメディオスはケラルトを一瞥して……俺を見た。
ついでにケラルトや参謀、士官も俺を見た。
あ、これ何か喋らないと行けない感じか。
ため息を堪えつつ、口を開く。
「魔皇バアルの姿は見えない。だが、あの炎の壁からも、近くに来ていると予測できる。王国の時と同じだ」
俺の言葉にレメディオスは頷き、ケラルトは目を瞬いた。
「あの炎……どのような効果があるのですか? ベリアル様は何か知っていませんか? 王国襲撃の際にも発現していたと聞いていますが」
ゲヘナの炎。
俺の知ってるユグドラシルの情報を教えても、何故知っているのか?という話になるし……王国で開示されていた情報のみを提供しよう。
「あの炎は見た目だけのものだ。実際には熱くもないし、誰だって通り抜けられる」
「なに? 通れるのか?」
ケレメディオスの言葉に俺は頷く。
「あぁ、通れる。一般人でも抜けられるだろう。他の効果は知らない」
俺の言葉にケラルトが小さく挙手した。
「ベリアル様。でしたら、炎の中にいる者を退避させて……外側から攻撃させるのはどうでしょうか?」
ケラルトの提案にレメディオスが首を傾げた。
「なに? 何故だ? ケラルト、理由は?」
「王国では、炎に包まれた中から悪魔が発生していたと聞きます。でしたら外から囲む事で、逃げ道を塞ぎ、乱戦になるのを防ぐのはどうかと」
「なるほど! それは良い作戦だな!」
レメディオスとケラルトが俺を見た。
俺としては……あ、いや、辞めてほしいなーの気持ちだ。
別に悪魔召喚は炎の中だから発生していた訳じゃないし、意味がない。
今回の主目的は炎の輪というリングの中で、俺が魔皇バアルと戦っているところを観戦して貰うのが目的だ。
聖王国での、魔導国の立ち位置を良くするために、俺の戦いを見せびらかす必要がある。
だというのに市民も聖騎士も、全員が外に行かれては意味がないじゃないか。
だから、止めたいのだが……中々どうして、ケラルトは賢しい。
立案した計画は正しく、俺がダメだと言える雰囲気ではない。
よし、屁理屈を捏ねよう。
「……王城を占拠された場合、どうする? 攻城戦は受ける側が有利だと思うが」
「なに!? それは確かにそうだな……! ケラルト、どうする!?」
「ベリアル様。城の内部に私を含めて、神官と聖騎士を残します。聖騎士のみ城壁の外へ退避させる事で、都市中央の王城と城壁の外で、城下町の悪魔を挟み撃ちにします」
「なるほど! ならば問題ないな!」
レメディオスがうるさいし、ケラルトは賢い。
賢いが──
「……王城の防衛がそう上手く行くとは思えないな。魔皇バアルが王城に攻めてくればどうする?死ぬつもりか、ケラルト」
言葉の裏に見える自己犠牲のような、自分の命をベットする作戦に片眉を上げた。
「いいえ、死ぬつもりなどありません。勝算を少しでも上げられるならば……それだけです。それに、もし、殺されても……仇は取ってくれますよね?」
「…………」
取るよ、取るけどさぁ。
万が一にも死なない方向性で作戦を組んで貰いたい。
そう考えていると、レメディオスが唸った。
「ならば私も残るぞ!」
「姉様はダメです。戦力が内側へ過剰に集まってしまいます。姉様とベリアル様は城壁に待機して、外側から攻撃して下さい」
「だが! しかし……! なぁ……!?」
レメディオスが俺へ助けを求めてきた。
いや、俺も困ってるんだよ。
理屈としてはケラルトの方が正しい。
少ない犠牲で最善の結果を手に入れようとしているのは、指導者の立場として正しい。
そして、そんな“正しさ”に対して感情論で反論できるほど俺は“人間”ではないし、別の作戦を立案できるほど賢くはない。
ならば、どうすべきか。
答えは単純だ。
「……む? ベリアル、変な音がしないか?」
トラブルで有耶無耶にして誤魔化す、これに尽きる。
俺は会話しながら、こっそりと
軋むような音が部屋に響く。
最初は小さく、少しずつ大きく。
最初に気付いたのは五感に鋭いレメディオスで、呼び掛けに聞き耳を立てた他の士官達も気付く。
「……っ」
側にいたケラルトが不安そうな顔を浮かべているので、思わず肩を引き寄せた。
さっきまで命を捨てるとかどうこう言ってはいたが、やはり怖いものは怖いらしい。
その上で命を賭けようとしているのだから、ケラルトのそれは無謀ではなく勇敢なのだと分かる。
かわいい。
軋む音にレメディオスが室内の一点へ目を向けた。
それは、壁だ。
屋外に接する壁に亀裂が入っていて──
「全員、壁から離れろ!」
俺の声に、室内の全員が反対側へと逃げ出した。
直後、亀裂は放射状に広がり……壁が粉砕された。
砕けた瓦礫が散弾のようにケラルト達へと向かうが──
「<
即座に魔法の大楯を全ての人間の前へ、壁となるように生成する。
瓦礫の散弾は盾に防がれたが、その全てを防げた訳ではない。
いくつかは神官や聖騎士の腕や足に当たり、致命傷ではないようだが……床に転がった。
だが、ケラルトとレメディオスは無傷だ。
……え、だって、万が一にも怪我しないように細心の注意を払って防御したし?
いや、他の奴ら相手が適当だったって訳じゃなくて、ほら、優先順位ってあるじゃん?
っと、自分の中で言い訳を考えていると──
「あ、ありがとうございます……」
腕の中にいるケラルトが感謝の言葉を口にした。
レメディオスは俺に感謝するよりも、砕けた壁の外を警戒しているようだ。
「いいさ」
俺はケラルトの肩を撫でて、壁の外へ目を向けた。
そこには山羊と人間を足して、触手の尻尾と蝙蝠の翼を生やした悪魔の姿があった。
『おっと、間が悪かったかな? 人間どもよ』
そう、魔皇バアル。
俺の淫魔獣形態を模した偽物の姿が、そこにあった。
心なしかちょっと呼吸が荒い気がする。
……俺が急に呼ぶから、慌ててすっ飛んで来たな?
ごめん。
内心謝ってると、背後のレメディオスが唸った。
「お前はっ、魔皇バアル!」
『なんだ、頭の悪い雌猿も居るではないか』
「黙れ! 我が聖剣の錆にしてやる!」
吠えながら剣を抜きつつ……それでも、レメディオスはゆっくりと俺の側へと寄ってきた。
逆上しかけてはいるが、ここで手を出しても無意味な事は理解しているらしい。
うんうん、偉いぞ。
『お前のような阿呆に用はない。用があるのは貴様だ……魔導国のベリアルよ。俺に逆らう資格のある者は生かしておけん』
魔皇バアルが俺を指差した。
その様子の態とらしさに苦笑しつつ、俺は魔皇バアルへ顔を向けた。
「用があるのは俺も同じだ。聖王女陛下の魂を返して貰う」
脳内の台本を読みながら、手に<
レメディオスは自分が足手纏いになることが分かっているようで、手を出さずに見守っている。
ケラルトや神官、聖騎士達は魔皇バアルの威圧に押されて動けずにいた。
『聖王女……おっと、これの話か?』
魔皇バアルの手元に光り輝く水晶が現れた。
それを見てケラルトが一歩前に出ようとする。
「カルカ様っ……!」
「待て、ケラルト」
「っ……す、すみません」
俺が手で遮ると、落ち着きを取り戻したようで俺の後ろに戻った。
ここで出られても困る。
めっちゃ困る。
あのさ……第三者の会話が挟まると、俺も必要なアドリブが増えちゃうから。
誰かカンペ出してくれよ、アドリブ入る度に監修してほしい。
覚えてるセリフを詠唱するだけで必死なんだよ、俺は。
『ククク、お優しい事だ。足手纏いを守ろうとはな』
一世一代、ってワケじゃないが、絶対に演技だとバレてはいけない演劇が始まった。
胃が痛い。
◇◆◇
ケラルトを庇うように、ベリアルが前に立った。
手には魔法で創造した赤い結晶のような剣が握られている。
目前の、強大な悪魔……この聖王国をメチャクチャにした魔皇バアル相手には、少し心許ない剣だ。
だが、それでも……この男ならば何とかしてくれるという漠然とした信頼があった。
そして、それと同様の不安も感じていた。
負ける筈がない。
しかし、負ければ?
相反する二つの希望と不安が、ケラルトの胸を苛む。
「それはお前が持っていい物ではない。返して貰うぞ」
声に、僅かに視線を上げる。
庇うように立つベリアルの声は、少し緊張しているように聞こえた。
仕方あるまい。
魔皇バアルとはそれほどの強者なのだ。
部屋の状況へ目を向ける。
参謀や士官、聖騎士や神官の半分ほどは先程の瓦礫で怪我をして、戦闘不能になっている。
残りも、魔皇バアルを前にして戦意を喪失している。
唯一立ち上がって剣を構えているのは姉であるレメディオスだけだ。
しかし、レメディオスも魔皇バアルに切り込めずにいた。
相手がどれだけの強者か理解しており、ベリアルの邪魔をしてはならないと理解しているのだろう。
『ククク、これが欲しいか? ならば奪うがいい。奪えるものならな』
魔皇バアルの挑発に、ベリアルが僅かに横へズレた。
ケラルトや聖王国の者が巻き込まれないように配慮しているのだと、ケラルトは理解した。
自分の前から離れていくベリアルを見て、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。
怖くて、不安で……何よりも、ベリアルを失いたくなくて。
そんなケラルトをベリアルは一瞥して、頷き……微かに笑みを浮かべていた。
この場に似合わない、微かな笑みだ。
そこからは大丈夫だと、心配するなと、そう言外に込められている気がした。
「どうだ? この場で聖王女陛下の魂を返すと言うなら、無駄な怪我をせずに済むが」
『ほう、見逃してくれるのか?』
「まさか。楽に死なせてやると言っているんだ」
『見え透いた挑発だ』
「それはお互い様だろう?」
『……強がるなよ、下等生物が』
言葉を交わしつつも、ベリアルと魔皇バアルは互いに距離を詰めて、引いて、ズラして……自身に有利な位置になるように、だろうか?
聖騎士のような戦士職ではないケラルトには分からない。
恐らく、既に戦いは始まっているのだろう。
思わず姉を、レメディオスを見る。
レメディオスはベリアルの足取りに合わせて右往左往していた。
少し不可解そうな顔をしている所から、この戦いが相当な高位だと察する。
『……そろそろ、此方から手を出させて貰うとするか』
「いいや、俺から行かせて貰うぞ」
まるで確認しながら順番を決めるかのような発言だ。
これもまた揺さぶりなのだろう。
ケラルトは感嘆した。
ベリアルは純粋な剣士としての力だけではなく、駆け引きをこなす知恵もあるのだ。
そして、ケラルトは身震いをした。
魔皇バアルもまた、同様の力と知恵を兼ね備えているからだ。
『……良いだろう、来い』
魔皇バアルがそう口にすると同時に、ベリアルが突進した。
踏み込んだ床が砕けるほどの、踏み込み。
離れていたケラルトですら、瞬間的に加速したベリアルを見失いかけた。
真正面で向き合っている悪魔ならば、どう見えたことか。
ガキンッ!と何かが金属音のような音が響いた。
「ちっ、なるほどな……」
『<悪魔の諸相:剣戟の蹄>』
魔皇バアルが口にした何か、それはおそらく魔法ではなく、悪魔が得意とする術のようなものだとケラルトは悟った。
魔皇バアルの手の甲から鋭い剣のような物が生えていたからだ。
それでベリアルの剣を防いだのだろう。
魔皇バアルは片手でカルカの魂を持ち、もう片方の手に剣を生やしている。
それに相対しているベリアルの持つ……赤い結晶の剣に亀裂が入り、砕けた。
思わず、声が漏れる。
「そ、そんな……」
ケラルトの悲鳴のような声を聞いたレメディオスが、ゆっくりと側へとよってきた。
視線をそのレメディオスへと向ける。
「……姉様」
「問題ない筈だ。ベリアルは剣を魔法で生成出来る。一本折れた所で、危機とは言えないだろう……信じるんだ、アイツを」
そう口にしつつも、レメディオスの顔は険しかった。
武器をぶつけ合って、一方的に砕かれたのだ。
それはつまり、真正面の打ち合いで歴とした実力差があることを指し示している。
そう分かった上で、ケラルトを怯えさせまいと気を利かせたのだ。
そんなケラルトとレメディオスを魔皇バアルは一瞥した。
そんな魔皇バアルに対して、ベリアルが庇うように立つ。
「おっと、余所見か? 随分と余裕があるんだな」
『あるとも。お前の武器では、この俺を傷付ける事なぞ叶わん』
「そう焦るな。これも試させて貰う……<
ベリアルの手に、再び赤い結晶で出来た剣が現れた。
それはバチバチと小さく爆ぜるような音を響かせ、稲妻のようなものを発生させていた。
先程までの魔法の武具とは違う……ケラルトにも理解できた。
『無理矢理に位階を上げたか』
「生憎、今の俺は手数が限られているんでね」
『くくく、それもそうだな』
ベリアルの言葉に、ケラルトは理解した。
彼は今、自分たちを巻き込まないように魔法を制限しているのだと。
足手纏いになってしまっているのだと。
思わず、奥歯を噛んだ。
自分の無力さを嘆く事など、これまで殆どなかった。
政治の駆け引きでも、信仰系魔法の才能でも、練度でも……誰にも負けたことはなかった。
そんな聖王国の最高神官である筈の、神官団の団長であるケラルトですら足手纏いになっている。
その事実に悔しく思っていた。
別に国のために戦いたいとか、魔皇バアルに復讐したいとか、そのような思いはない。
あるのはただ、ベリアルの力になりたいという想いだった。
そんな事を考えているケラルトの前で、再びベリアルが魔皇バアルへと迫った。
同時に、魔皇バアルが爪を振るう。
ベリアルの剣と、魔皇バアルの爪が衝突する。
爆ぜるような音が響き渡り、空気がケラルトの頬を叩いた。
そして、反動で弾かれるように、互いに距離を取った。
ベリアルの持つ魔法の剣は……傷一つないように見える。
対して、魔皇バアルの腕から生えた剣が──
『なるほど、見掛け倒しではないようだな』
ひび割れて、砕け散った。
「それはどうも」
これなら勝てる。
そうレメディオスも、ケラルトも考えた瞬間──
『少し強く行くとしよう……<悪魔の諸相:金剛の魔爪>』
魔皇バアルの手から薄く虹色に輝く、金剛のような爪が生えてきた。
口振りから、先程の剣のようなものよりも上位の術だろう。
緊張した面持ちで、ケラルトは食い入るように凝視した。
ベリアルと魔皇バアルが向き合っている。
ケラルトも、レメディオスも、参謀も、士官も、文官も、息をすることすら忘れてしまいそうなほど、見つめていた。
そして──
先に動いたのは魔皇バアルだった。
金剛の爪を振るい、ベリアルへと襲いかかる。
それに対してベリアルは──
ふと、ケラルトの方向からベリアルが何か呟いているのが見えた。
何を、どうして今なのか、ケラルトが少し不思議に思っていると……悪魔の爪と、ベリアルの剣がぶつかった。
『流石だな……俺の魔爪と同格とは。だが甘い』
魔皇バアルが力を込めて、ベリアルを押し潰そうとする。
そして、ベリアルは抵抗しているが……ゆっくりと押されている。
間違いなく、体躯の差が原因だ。
こうして押し合う時、体が大きければそれだけで有利になる。
そんな事は子供でも分かる道理だ。
『どうした、そんなものか』
「…………」
ケラルトは思わず声を漏らしそうになる。
このままでは負けてしまうのではないか、と。
レメディオスは剣を構えたまま、立ち尽くしている。
ここで手を出しても足手纏いにしかならない、と。
カストディオ姉妹はただ何も出来ず、無力なまま魔皇バアルとベリアルを眺める事しかできなかった。
『さぁ、何とかしてみ──
瞬間、ズバン──と、何かが切断される音が鳴り響いた。
『なに?』
剣と拮抗していた魔皇バアルの腕が切り飛ばされたのだ。
ケラルトは困惑した。
ベリアルの剣は魔皇バアルの爪と鍔迫り合っていた。
そんな中、どうやって……と。
しかし、魔皇バアルの足元を見た瞬間に、その疑念は晴れた。
そこには赤い結晶で出来た斧が、突き刺さっていたのだ。
「
そう言いつつ、ベリアルは手元にある水晶のような……カルカの魂を見せびらかした。
腕を切られ、よろけた魔皇バアルから奪ったのだ。
『自慢げに見せびらかしているようだが……この程度の傷など!』
魔皇バアルが唸り声をあげると、切断面から腕が再生した。
信仰系の治癒魔法ではなく、悪魔の術だろう。
『無駄な手荷物もなくなった……これで俺も両腕を使える。依然、お前は何も、有利になってなどいない』
「負け惜しみか?」
ベリアルは煽るように笑みを浮かべて、レメディオスを一瞥した。
「レメディオス」
「……っ、なん──
「受け取れ」
そして、カルカの魂である水晶のようなものをレメディオスへ“投げ”渡した。
「なっ、あっ!?」
レメディオスは慌てて受け取り、頬に汗を流していた。
「お前っ! なん、なんて事を……っ!」
愛する主君の魂を投げ渡すなどと。
一つ、レメディオスは文句を口にしようとしたが……魔皇バアルとベリアルが向き合っている状況を思い出し、不服そうに押し黙った。
「二人とも。奪われないように持っていてくれ」
そう口にしたベリアルからは信頼を感じられた。
レメディオスは思わず、といった様子で何度も頷いてしまった。
ケラルトは……内心、魔皇バアルが本気で奪いに来たら、どう抵抗できるのかと不安に感じていたが。
『随分と大事そうに抱えているが、人質など俺にはもう必要ない。ここで貴様を殺すからだ』
「……っと、理屈としてメチャクチャだな」
ベリアルが何か小さく呆れるような声で呟いていたが、ケラルトとレメディオスの耳には届かなかった。
『ククク、ここからが本番だ』
直後、魔皇バアルが翼を広げた。
飛翔しようとしているのだと気付いたレメディオスが、一歩前に出た。
「お前、魔皇バアル! 逃げるつもりか!?」
『お前はつくづく愚鈍だな。自身より弱い羽虫を相手に逃げる道理などあるものか』
冷たく言い放ちつつ、魔皇バアルが飛び上がった。
砕けた王城の壁、その先にある空へと浮き上がる。
閉じていた羽を広げた魔皇バアルが、ケラルトには大きく見えた。
視覚的に、だけではない。
恐ろしい<絶望のオーラ>を放っているからだ。
『ベリアル。貴様との戦いの場に、ここは質素で狭すぎる。ついて来い、相手をしてやる』
そのまま浮き上がり、ホバンスの城下町……その上空を陣取った。
民が逃げ惑い、恐怖に震えているのが見える。
当然だろう。
自身が蟻だとしたら、頭上で竜の王が踊っているようなものだ。
無力な民からすれば、相当な恐怖だろう。
神官団の団長であるケラルトですら、怯えて身を震わせているのだから。
「……二人とも、無理に加勢しようとせず、待っていてくれ。俺は行く」
そんな中、ベリアルが足を砕けた壁へと向けた。
魔皇バアルが待つ上空へ、何らかの魔法で飛ぶつもりなのだろう。
思わず、ケラルトは駆け寄って──
「ま、待ってください!」
引き止めるように、ベリアルの腕を掴んでしまった。
「……ケラルト?」
「……あ」
ケラルトは自分でも理屈が分からなかった。
魔皇バアルを倒せる可能性があるのは、目の前にいる男だけだ。
この男の勝利が聖王国の救済へと繋がり、この男の敗北が聖王国の滅びへと繋がる。
ここで引き止める事に、意味などない。
だというのに、引き留めてしまった。
命のやり取りをしている最中に、ただ自分の無意味な感傷で引き留めてしまった。
「……なんだ? どうかしたのか?」
「……あ、あの」
何を口にすればいいのか、ケラルトには分からなかった。
引き止めはした。
心配だったからだ。
どこか遠くに行ってしまうかもしれないからだ。
「ええと……」
ただ不安で、心配で。
母親の不在に、怖いからと縫いぐるみを抱く子供のように……本能的に、引き止めてしまった。
だが、それは大人がやる事ではない。
ましてや、聖王国の神官団、その団長がやるべき事ではない。
「…………」
ただ黙って視線を俯かせる。
そんなケラルトの頭に手が置かれた。
「安心してくれ。必ず魔皇バアルは倒す」
「っ……」
違う。
そうではない。
ケラルトが心配しているのは『魔皇バアルが倒せるか?』ではなく、『ベリアルが無事に帰って来られるのか?』だ。
魔皇バアルを倒せたとしても、もしも、万が一にも、相打ちになれば……それは何も喜ばしい事ではない。
だから──
「か、必ず……っ」
「……うん?」
「必ず、無事に帰ってきて下さい……それだけが私の、望みですから……」
想いを口にした。
願いを言葉にした。
これから死地に向かう男に対して向ける言葉ではないだろう。
それでも、言葉にした。
そんなケラルトに対して、ベリアルは笑みを薄く浮かべた。
「……あぁ、無事に帰ってくる。約束しよう」
抱き寄せられて、軽くハグをされた。
しがみつきたくなるほど安らかで、落ち着く。
ゆっくりと男が離れていくに連れて、名残惜しいと思ってしまう程に。
ベリアルはケラルトから離れて、レメディオスを一瞥した。
「レメディオスは心配してくれないのか?」
「していない、と言えばウソになる。それでもお前なら勝てると、信じているだけだ」
「そうか?」
「そうだ」
鼻を鳴らして、レメディオスは腕を組んだ。
「…………」
でも、何か言いたそうな顔をしている……とケラルトは思った。
そして、そんな姉の脇腹を肘で突いた。
「…………」
ここで話しておかなければ後悔する事もあるだろうと、言葉にせず伝える。
レメディオスは無言のまま閉じていた目を、ゆっくりと開き……ベリアルを見た。
「……死ぬな。死んだら、殴る」
レメディオスが心配するように口にした言葉があまりに物騒で、ケラルトは呆れた。
対して、ベリアルは苦笑した。
「そうか、なら死ねないな。俺もレメディオスに殴られたくない」
それは少し朗らかで、この場に似つかわしくない笑みだった。
そして──
「二人とも……これ以上待たせて、ヤツがどうなるか俺にも分からない。だから、行ってくる」
二人を置いて、ベリアルは<
「ベリアル様……」
自ら死地へと飛び込む男を見て、ケラルトは神官らしく……祈る事しか、出来なかった。
そんな様子を神官や、参謀、士官達は見ていた。
「……なぁ、ケラルト団長って……」
「言うな。そういう空気じゃないだろ」
「……ショックだ」
そして、三人の関係性を知り……場違いながらも、神妙な顔をしていた。
◇◆◇
「さて、と」
ローブル聖王国、上空。
俺は魔皇バアルと向き合っていた。
『よく来たな、ベリアル。この俺が貴様に引導を──
「ちょっと待ってくれ。タイムだ、タイム」
『……承知した』
ここまで上空に来れば、声が聞こえる奴も居ないだろう。
念の為、盗聴防止の魔法を掛けつつ、<
その間、魔皇バアルは手持ち無沙汰なのか固まっていたが。
「ラズロ、ちょっといいか」
俺が声を掛けたのは目の前の『魔皇バアル』──
『あ、はい!父上、どうかなさいましたか?』
ではなく、”ここには居ない“ラズロに対してだ。
目の前に居る『魔皇バアル』は本物ではない。
あ、いや、まぁ本物は俺なんだが。
普段、演じてくれているラズロではない。
つまり、偽物の偽物という訳だ。
でなければ、演技とはいえ腕を切り落とすなんて事はしない。
「こいつ、殺しても良いんだよな?」
『はい! ……どうかしましたか? 何か至らぬ点でも──
「いや、そうじゃなくてな。思ったより完成度が高くて……こう、本当に殺して良いのか不安なんだ。可哀想じゃないか?」
目の前に居る魔皇バアルの正体、それは……俺に化けたラズロが召喚した、
俺に討伐されるためだけに召喚された哀れな召喚モンスター、それがこの魔皇バアルの正体だ。
これを俺が倒す事で、聖王国の騒動を終わらせる……予定だったが、少し問題があった。
弱すぎる。
そう、弱すぎるのだ。
少し、ややこしい経緯がある。
まず、ラズロが俺をコピーした。
その時点で俺の全力が100だとしたら、60ぐらいに性能は落ちていた。
ここまではいい。
次に、ラズロは自分が召喚した
これで30ぐらい。
さらにレベル補正やら込みで、能力値は減少……結果、俺の20%程度の力しかない貧弱な『ハリボテ魔皇バアル』が誕生した。
もしかしたら、レメディオスにタイマン勝負で負けるかも知れない。
それぐらい弱い。
これでは彼女達の目を欺く事は出来ない。
という訳で、俺は持っているスキルや魔法を総動員して、バフを盛りまくったのだ。
生命力を代償に位階を強制的に上げたり、他のモンスターを生贄に捧げて能力値を上昇させたり、能力値を上昇させる使い捨てのアイテムを装備させたり。
結果、100%……には、限りなく遠いが、現地民基準では相当に強い召喚モンスターへと姿を変えた。
ラズロが召喚し、俺が手塩をかけて強化した『ハリボテ魔皇バアル』。
それを壊す……いや、殺すのは何だか勿体無い気がしているのだ。
『遠慮は不要ですよ、父上。この子は父上に倒されるために呼び出された子ですから……使命を全うできて嬉しいと思う筈です』
「なら良いんだが……あー、なぁ? お前はいいのか?」
俺は目の前に居る魔皇バアルに声を掛ける。
『構わん。それが我が宿命とあらば』
何とも威圧的な雰囲気で、話してくる。
これは俺の仕草をコピーした……という訳ではなく、ラズロの仕草を真似した訳でもない。
まぁ俺の性格を真似した魔皇バアルよりも、彼女達が考える邪悪そのものである魔皇バアルの方がより邪悪な敵に見えるだろう、という考えだ。
「なら、良いんだが」
そして──
「ラズロ、確か……コイツに縛りは無いんだったよな?」
『はい。『全力で父上を殺せ』です』
召喚モンスターである『ハリボテの魔皇バアル』は、俺の指揮系統に存在しない。
ラズロの命を忠実に聞くモンスターだ。
召喚モンスターは、本来ならば召喚主に対する攻撃力が低下する。
しかし、召喚主の主人に対してならば全力の攻撃が可能だ。
手を抜いている様子がバレたら困るからな。
全力で相手をしてもらう、という訳だ。
『あ、でも『確実に殺せるような状況なら、殺害ではなく拉致誘拐を優先しろ』としています』
「……そうなのか?」
『……申し訳ありません。万が一にも父上が敗北する……なんて事はあり得ない事だと認識しております。私の杞憂で父上を不快にさせたのなら──
「いや、いい。世の中に絶対は無いからな、セーフティを付けるのは気が効く証拠だ。褒めはしても、責めはしない」
『……ありがとうございます!』
一瞬、声色が妙齢モードになっていたな。
まぁ、その程度で不敬に思う俺じゃないし。
俺の事が心配だとか、そういう気持ちはありがたい話だ。
「他、何か俺に共有しておくべき情報はあるか?」
『……あ、えーっと、あの……ありません』
「……ん?」
何かあるだろう、これ。
俺は首を傾けながら、<
「何かあるのか? 俺に言えない事が」
『……はい』
「俺が“言え”と言ってもか?」
『……どうしても、“言え”と言うのであれば』
少し強張ったラズロの声に、俺は息を吐いた。
「そうか。分かった。なら、言わなくていい」
『よろしいので?』
「あぁ、まぁな」
ラズロが言えないという事は、守護者統括以上の存在が関与している。
そして俺に自白を強要されても渋るという事は、かなり上の存在となる。
それこそ、創造主である俺以外に、ラズロにそんな事を言える存在は……一人しか居ない。
アインズ・ウール・ゴウン。
つまり、ナザリックの支配者であるモモンガさんだ。
モモンガさんが俺に内緒で何かをしている。
だが、恐らく俺に損失があるような行動では無いだろう。
なら、気にしない方がいいし、無理に聞こうとするのも……ラズロが可哀想だ。
「じゃあまた、後でな。さて、と……」
俺は<
「待たせたな」
『構わぬ。我が主の命ならな』
「そうか、なら始めよう。これ以上待たせても、下の奴らが不審に思うだけだろ」
俺は<
“ウェポンクラフター”の魔法で作った武器を、“サイ・ウォリアー”で浮かせる事で、両手持つ以上に武器を扱える。
ま、俺の本来の闘い方じゃないが──
『<
対して、魔皇バアルに扮した
『<
……俺の偽物の方が、本来の召喚士兼魔獣使いの戦い方をやってるな。
だがまぁ、見栄えとしては少々悪い。
この国を救う側としては、正々堂々……なんて言い難いが、それなりの戦い方が必要だ。
集団を召喚して私刑ってのは正義の味方っぽくないし。
「さて、俺を待ってくれている女の為にも、少しは良い格好をさせて貰おうか」
地上からレメディオスとケラルトが見てくれている。
マッチポンプの戦いではあるが、ここを完遂しなければ……最悪の場合、ナザリックの誰かが、聖王国を“無かった”事にするだろう。
それは困る。
だからそう、全力で演じさせてもらう。
聖王国を救う英雄という“役割”を。
俺は宙に浮か剣を一つ手に取り、魔皇バアルへと向き合った。
次回は早めにアップします