輪廻の輪の転生ゼウス~前世知識に基づいてギリシア神話で穏便生存(?)ルートを目指したら…~ 作:oosima
○神代 黒海某沿岸地帯 山岳密林地域 ニュンペー・ナイアス族集落○
「何処にいるのー!?」
「聞こえてるなら返事をしてー!」
ユピタの身に只ならぬ異変が起きた晩が明けた翌朝、彼が滞在していたニュンペーの隠里はその身を探す声があちこちより立ち昇っていた。
「ねー! 空からはどうー!?」
「駄目ー! 普段の彼なら何かしら隠蔽系の魔術を用いてない限りはあの時折見えるキラキラした魔力の粉みたいなのを立ち昇らせるんだけどー…今はそう言うのも全く見えないよー! 隠蔽魔術をかけてるにしても足跡も途中で途切れてるしー!」
上空からもユピタと共にこの里へ来たケライノらハルピュイア達も捜索に加わっていたが、まだ姿は見つかる気配が無かった。
その捜索隊には、ユピタと共にこの地へ来ていたアテナとアルテミスの姉妹も当然加わっていた。
「…しかしあのユピタが姿をくらますとは…。あの時…あいつの身に…何が起きたんだ?」
「…知らないわよ。けれど…あの時のあいつの顔…まるで…あいつの顔を借りた得体のしれない何かそのもので…けれど…最後の最後で、いつものあいつに戻って姿を晦ましちゃったから…けど…何か…不思議な感じが…」
「不思議な感じ?」
「…何というか。あの時の…あの怪物みたいな姿を思い出すと…普段のあいつが…あいつ自身も気付いていない…偽物の姿みたいな感じがしてきてー…」
だが、懸命に捜索している二人だが、その話題に触れるたびにためらいを覚えてしまう。
「…言われてみれば確かにそうだな。何というか…普段のユピタは…嘘は言っていない。だが、何というか…普段のあいつ自体が…まるで、あの得体に知れない大きな力を封じている…人の形をしたような何かな感じが…たびたびしていた…?」
二人はその話題に触れるたびに歩みが遅くなるが、何度かした果てにアルテミスはひどく不安を覚えた表情でとうとう立ち止まってしまう。
「…ね、ねえ…お姉ちゃん。あいつ…じゃなくて、あの子を探すのは…少なくとも…今は止した方が良いんじゃないかな…?」
「アルテミス?」
「…あたし…あの時の変貌したあの子…本当に怖かった。まるでー…メディア様の魔術の授業の時に教わった…
「…けれど?」
「…それ以上に、その状態で…普段の時に戻って…逃げてと言った時のあの子…すごく悲しそうな顔してたから…今、見つけたら…もっと傷つけるんじゃないかって…」
「…………」
そのアルテミスの暗く沈んだためらいがちの言葉に、彼女と共にあの場にいたアテナは深い共鳴を覚えて自然と歩が止まってしまい、少しの間だが二人の動きは止まってしまう。
「だったらあなた達二人はここで止まって待っていたら。私はあの子を普段の真面目系むっつり助平なあの子へ戻すために探すのは続けるから」
「…!? この声は…?」
「あ、あんた…!?」
その二人の動きを取り戻したのはいつもの軽い表情だが、何故か今この場ではそれが頼もしさに変って見えるヴィーナであった。
「良い意味で気になる男子との付き合いが深くなったり長くなったりすれば微妙な面も見えてくるものよ。その後にどうするかは男の子も相手の子も自由でしょ」
「いや、それはそうだがー…」
「じゃあ、ちょっと聞くわよ」
「ぬお!?」
いつも通りのヴィーナにアテナは少し引き気味になるが、彼女に距離を一瞬で詰められると思わず仰け反って倒れそうになるも、彼女に引き留められてその下腹部を静かに撫でられる。
「この子達を父無し子にしたいのかしら?」
「…それは…っ…」
少し目力が強めになって言葉が真剣みを少し帯びたヴィーナのその言葉に、アテナは自身と彼女に宿る同じ父を持つ命を思い出して、普段の意志の強い戦士の表情を取り戻す。
「…俺も探しに行くぞ。この子に父親に生まれる前に捨てられた子供なんて名は着せたくないし、俺自身もそんなクズに騙されただけの女なんて呼ばれたくない、何よりあいつが子とその母を見捨てた男なんて呼ばれる場面は見たくない…」
「…あたしも行くわ。まだ借りは返せていないもの。飛行船の時とか救われたり…その時に卑猥なことをされた分も…」
アテナの気に触発されてかアルテミスもキッといつもの狩りに臨む時の強い表情を浮かべる。
「…そ、じゃあ決まりね…行きましょうか。私も…あのたくましい男の子の証を味わえなくなるのは嫌だしー♪」
「うわ、一気にさっきのかっこいい場面が台無しにしやがったわこの女」
「…まあ、ヴィーナらしいな」
そうして高まった緊張もセクハラ発言でちょうどいい塩梅に薄められると、美女三人組はユピタ捜索を再開した。
「…うーん、ユピタ君…中々見つからないですよねー…」
数時間後、まだ見つからないユピタの捜索に参加しているメンバーのための食事の準備をしていたヘスティアも心配している表情を浮かべていた。
「…まあ、あのコカトリスの毒を受けて生きていたあの子の生命力からして…そう簡単に逝くとは思えないけど…」
ヘスティアが働く厨房にはカリストの姿もあった。
「…ところでですけどー、ユピタ君が逃げる原因になったあの異変を引き起こしたっぽいサルマキスさんって今はどうなってるんですかー?」
「あー、まだ毒が癒えたばかりで満足に動ける状態じゃなかったユピタに逆夜這いしたサルマキスなら、さすがにヴィーナが見せてくれた回想の時ほどじゃないけどお腹が膨らんだ状態になって地下牢で寝かせているわ」
「そ、それー酷くないですか? 経緯はあれですけどー…妊婦さんなのに…」
「まー牢屋と言っても他のと違って清潔にさせてあるし、監視もかねて医術に詳しい子も配置しているから大丈夫だと思うわよ。前科持ちだからそこまでしてやらなくてもいいって子も多いし…」
「前科持ち? それってどんなのですか?」
「あー、あの子ね以前に妖しいフードで姿を隠した魔術師に得体のしれない魔術を習っていたんだけど、その中にー相手を催淫状態にしたり、それで交わった相手から力を奪ったり、中には体ごと吸収して我が身の一部にするって術があるのよ。あなた達がここに来る前にもその術で過ぎた悪さをしたから別の地下牢に閉じ込めていたのよ。まーあなた達があの空飛ぶ船で来て落ちたところがその時の地下牢のちょうど真上で、あの時の衝撃でか地下牢が崩れたからその時に死んだと思ってたけど…まさか生き延びてまた乗っ取りを企もうとしていたなんてねー…」
「…そうですかー。でも…そんな人でも…ユピタ君のことをまだ知ってるかもしれないのでー…」
「おーい、外れの洞窟も探したけど見つからなかったー」
「そろそろ正午だし昼飯もちょうだいー」
「あ、お疲れ様ですアイグレーさんにエコーさん。これ、パンが焼けたばかりなのでー…」
そうして二人が言葉を交わしながら働いている厨房には捜索隊のメンバーが体力回復のためにしょっちゅう出入りしているが、その彼女達からも芳しい言葉は聞けなかった。
結局、日が明るい内はユピタの姿を見つけられたという報告は入る気配はなかった。
「…はあ、ここまで探しているのにまだ見つからないなんて…あの子…何処に行ったのよ?」
更に数時間後、夕日も更に沈んでいって空も東側から夜の闇がだいぶ色濃くなっていった時間帯、アルテミスはまだ捜索を続けているものの肩はだいぶ力を失って下がっており、足取りもとぼとぼとして顔には焦燥と不安が色濃くなっていた。
「…幸いにも、今日は満月で空も雲もほとんどないから、私なら素でも他の子の昼間と同じくらいに見えるし動けるけど…でも、なんでかなー…何か月が出てる晩…特に満月に近づくとー…身が熱くー…けれど力が増してくような感覚がするというかー…それも、初めてそれを覚えた時も…あの子…ユピタと初めて会った時みたいに…まるでその時が初めてじゃない…前に何度かたくさん経験したような感じがするというかー…?」
その状態のアルテミスにとって一番の頼りは、今宵の夜空を広範囲にほんのりと明るくしている満月だったが、今宵は口にしたその感覚がやけに強く、今こうして満月を見上げたら歩みも止めて魅入られ続けてしまう。
(…今宵の月は何か…不思議と綺麗に…詳しく…大きく見える…い、いや…こんなことしてる場合じゃないのに…あたしは何をして…え!? な、何か月がー…!?)
今宵はやけに美麗且つ巨大に見える月にアルテミスは急いでいるのを覚えているのにずっと魅入られ続けてしまいそうになるが、そこで視界を大きく埋めた月の表面がまるで鏡のように今の自分の姿とその周囲を映しだしている光景を見てしまう。
「…っ!? な、何この感じ…何でーあたしが月にいてー…!? み、見間違いでしょー…い、いや…今度のはあたしが小さくなって周りの風景が大きく見えるけどー…やけに広く細かく見え…!?」
それをはじめ気のせいだと思ったアルテミスだが、もう一度確かめるとより広範囲に同じ現象が起こり、その端辺りにユピタが昨晩に去る前に見せた、淀んだ瘴気のような黒の稲妻とそれを縛る澄んだ輝きを放つ鎖のように生じた普段のに近いユピタの稲妻の小さな塊が一瞬だが生じたのを確かに見た。
「…この目にした光景は…まさかこっちにもーーーーー…あ! あった! もう見えないけどさっきの場面で感じた気配がほんの少しだけだけど残って…! も、もう一度…また映ったわ! よし、次はー…!」
やがて月に映る映像と現実の自分の周囲がリンクしていることに気付いたアルテミスは、それをたどってユピタの気配が残る箇所をたどっていく。
その行為を何度か繰り返すと、やがてアルテミスは月を直視していなくても、それが夜空を輝いている間は自身の視界に月から見ているような地上の自分達の映像が見えている感覚を身につけ、それによって山を走る獣のごとき速度と跳躍力で山林の間を突き進んでいく。
「…ここは、あの子がいるわね…!」
やがてアルテミスは集落から相当離れた山林の中にある岩山にたどり着き、その谷間から流れ出てくるユピタの匂いと気配を濃厚に感じてその中へ遠慮なく飛び込む。
(…う! 何か…進むたびに…あの子が近づくたびや満月のたびに覚えていた…胸が大きく敏感になって…下のお腹が内から熱くなってきて…足が落ち着きを失って付け根が湿り気を強めていく感覚が…あ、もう目の前に来たわね!)
その間にもアルテミスは我が身を内側より羞恥とそれ以上の甘さと懐かしさのする熱の感覚が強まっていくのに戸惑いつつも、とうとうユピタが隠れているだろう大きな岩の前についた。
「こらユピタ! あんた何かまた女の子にいかがわしいことをしあったりしたらしいけど今度は逃げるなんて最低よ! 男ななら出てきなさ…っ!?」
その大岩をアルテミスは姉妹の例にもれず剛力と魔力で荒々しくどけるが、そうして差し込んできた月光で晒しだされた少年の姿は彼女の予想にないものだった。
「…っ…あ…ぐぅぅ…!」
岩陰に隠れていたユピタの今の姿は、血の気が引いた全身を覆う肌の各所に古く打ち捨てられた人形のようなひび割れが無数に生じており、ヒビからは去る直前に漏らしていたような漆黒の瘴気のような稲妻がバチバチと湯気のように漏れ出ており、それを抑えるように全身を普段の彼の澄んだ雷が形を得たものである鎖が縛り上げていた。
「…ア、アルテミ…ス…何で…ここに…? い、いや…今はそれよりも逃げ…!?」
その状態ながらも気配に気づいたユピタは弱弱しくも瞼が開いて虚ろな瞳を見せるが、そこでその惨状に言葉を失ったアルテミスの手からボロッと零れ落ちた大岩に被さられて彼女の視界から再び消え、更にその衝撃か他の大岩も倒れ掛かってきてユピタは埋まってしまった。
「って何やってのよー!? この子を父無し子にするつもり―!?」
「…あ! しまったーーーーーーーーー!!」
そこでアルテミスが何かに気付いたのをその後ろ姿で気づいて後を追ってきたヴィーナの悲痛な絶叫で、アルテミスは我に戻って二人で大急ぎで大岩をどけ始めた。
「…だ、大丈夫かしらあの子達…レアさんのお願いで魔法の水晶玉で毎日様子を見て…何度か見に来てるけど…」
その様子を非常に微妙そうな表情でメティスは別の岩陰よりこっそりと盗み見ていた。
次回、ギリシャ神話で三大ヴァージン代名詞だったあの子(の同位体?)が、この世界では他の二人(の同位体?)と同じく大人の階段を駆け上がる予定です。