八奈見さんの“これ”で温水君がいっぱい負かされるお話、はじまりはじまり
~ある日の文芸室~
「ねえねえ、温水君知ってるでしょ……教えてよ」
「……」
「なに?お口チャック?……それとも観光地のおサルさん?」
「俺はれっきとしたホモサピエンスだよ、八奈見さん」
間違っても日光東照宮に飾られていない。
「そうだね、言うことも見ることも聞くこともできるよね……じゃあ、教えてよ」
「……察して」
「エッチ」
「————ッ」
短い言葉が一番心を切り裂く。
まるで、というか完全に尋問の状況にある。何故、八奈見さんは詰め寄ってくるのか。パイプ椅子に座って向かい合う八奈見警察官は、それを手に更に詰めてくる。
「ねえ、これ」
ジト目で睨みながら、パラパラとめくってそれを見せつけてきた。
指をさしているのは挿絵のページ。
よくある青春ラブコメの、ワンシーンが切り抜かれて挿絵になっている。誰が見てもわかる豊満な乳房を持ったヒロインが、主人公に対して怒り叫ぶシーン。
それはいい、そこまでなら何も問題は無い。ただ、その台詞が問題なのだ
……次また同じことやったら“これ”だからね!
「えっと、うん……流行りのネタ」
「そっか、じゃあさ……温水君、知ってて黙ってたんだ」
「……ッ」
× × ×
少し時を戻す。
それは今のこの放課後の時間からさかのぼって、たまたま移動中に見かけたこの学校の有名なバカップル二人。もとい、袴田草助と姫宮華恋の痴話喧嘩のワンシーン。
原因はすこぶるどうでもいいのだが、とにかく彼氏である袴田に怒って姫宮さんはこれを言ってしまったのだ。
『草介、次また同じ事したら“これ”だからね!』
自慢の胸を両側から抱え、何かを挟む行為を見せつける。
言わんとするのは、つまるところセンシティブ。大変人気があり、特に8月13日にはたくさんのその手のイラストがネットに増えてしまい否応なしにいいねやブックマークで親指が忙しくなってしまう、あの行為について姫宮さんは袴田に言っていたのだ。
念を押しておくとあの場は当然学校であり、そして人の視線も普通にある。
その場で意味を知る者は俺を含めて絶句、何やってんだと呆れていたら、たまたま隣にいた八奈見さんは俺に訪ねてきたのだ。意味を
「ねえ、温水君……私あの時さ、聞いたよね。華恋ちゃんの言ってた“これ”ってなんだろうねって」
「えっと、はい」
「知ってたんだ」
「……知ってました」
知らないと言っていたのに知っていた。
嘘を付いたことは悪いことだが、あの場であの二人が口にしていた代名詞が胸を用いたプレイだとは言えるはずがない。本当に、公共の場で何叫んでんだあの二人は、大変けしからん
袴田の奴、姫宮さんに、あの姫宮さんの……うん
「温水君、エッチなこと考えてるでしょ」
「八奈見さん、これは不可抗力なんだ……八奈見さんだって」
考えざるを得ない。言い訳としては下の下、だが衝動で口にしてしまった。
あきれられて、また言われてしまうと身構えた。そういうとこだよと、今回ばかりはどういうとこだよとは返せない。
「……うん」
「え?」
なのに、意外にも
「まあ、仕方ないとは思うね、うん」
「??」
頷いてきた。
嘘を付いていたことを糾弾するつもりで始まった会話かと身構えていた。
だけど、よくよく見ると八奈見さんは感情的ではない。
それか、感情を出せないでいる?
「……今、無性に温水君にお仕置きがしたい」
「それは、仕方ないかも、しれないね」
制裁一つでこの尋問が片を付くなら、それでもいい。
だけど、見えてこない。
「……」
手が届く距離、互いに隣り合っているからそれも当然。
しかし見えない、八奈見さんは何を言いたいのか、近くなのにわからない。
「ねえ……あの、さ」
「……うん」
ジト目で睨むことを辞めて、今は、何とも言いがたい。
言いたいことを喉元まで持ってきて、結局出す言葉を直前で変えている。
言いたい言葉は、その胸の奥に隠れていて見えない。
「…………あの時、さ」
「?」
切り出してきた。
手が触れている。届く距離だから、八奈見さんの手が押さえるように、俺の手に触れている。
「え、あ……袴田が、怒られてた時のこと」
「そう……華恋ちゃんがさ、その……おっぱいのエッチ、してやるぞって脅した時のこと」
「————ッ」
「うぅ……もう、ああもうッ……パイズリッ!……パイズリ、してたんだって、温水君は気づいたんでしょッ!」
「声、声大きいからッ」
憤っている八奈見さんに、俺は落ち着いてと声をかける。けど、一度漏れ出た不機嫌は止まらない。
何ゆえ怒っているのか、何がきっかけか
……思い返せ、何処に原因が
「……想像したの?」
「え?」
「だから、華恋ちゃんのその……ぱい、ずりッ」
「……ッ!?」
恥ずかしそうに、噛みしめながら八奈見さんは告げた。
スカートのすそを掴み、人の手に強くすがり付いて、言いづらい言葉を吐きだしてくれた。
既に、俺達の間には人に言えない関係がある。正直、袴田のことは何も言えない。八奈見さん自身、性的な行為に対してオープンにすらなっている所はある。
にも拘わらず、口にするのに躊躇いが生じた。
その原因は、やはり俺にこそある。
「……えっと……つまり、八奈見さんはさ……あの時俺が」
視線を向けて、そして意味を知ってすぐに視線を逸らすも確かに向けてしまった。
あの時、俺は姫宮華恋という人間の体に性的な印象を浮かべてしまった。
八奈見さん以外の、女性の胸に、だ。
「えっと……八奈見さん、つまりその」
結論は出た。
あの場で嘘を付いたことは原因ではない。こんなことを言うのは痛いことこの上ないかもしれないが
「その、他の子にうつつを抜かしたから……ってこと?」
「————ッ」
友達で在り、恋人ではない。だけどセフレにはなってしまった。
矛盾をむりやり固めて作った歪な関係、そんな関係だから不定期に起こる動作不良のような症状に八奈見さんは困っている。
「直接すぎる表現は、嫌。ほんとそういうとこだよ、温水君」
「えっと……ごめんッ」
「————ッ!……ほんと、そういうとこだよ、温水君ッ!」
怒るのは筋違い、だけど感情を出さずにはいられない。
八奈見さんは怒っている。そして、八奈見さんもまた姫宮さんと同じく俺を脅しにかかる
「今日、家行っても良いよね」
「親が」
「いないのは佳樹ちゃんから聞いてる……女子グループに温水君の家の利用可能日載ってるから、嘘ついてもわかるよ」
……ガタ
夕暮れの刻、窓から入る日を浴びて八奈見さんが暗く見える。
陰に閉じ込められて、立ち上がった八奈見さんに迫られて、何も出来ない。
「家、行くから……覚悟してッ」
「……ッ」
息を呑む。
顔の前まで近づけたソレによって有無を言えない金縛りを食らっている。
「…………ッ」
音が無い。八奈見さんの指先が優しく俺のこめかみに触れたと思えば、その掌全部が両耳を塞いで頭をがっちりと掴む。決して痛くなく、強引ではない。
逃げ出そうとすれば逃げられるのに、俺は首から下の筋肉の使い方を忘れてしまった。
「家、行くから……いいよね」
「————ッ」
優しく声をかけられた。耳を塞いでいるのに、優しく抑える掌は八奈見さんの声を遮ることは出来ていない。
八奈見さんの声は聞こえている。
聞こえているのに問題ないということにして、八奈見さんは本音を吐きだしてくる。
聞かれたくないのに、聞いて欲しい。矛盾を体現したまま、言葉は続く。
「ほんの少しでも。華恋ちゃんでエッチな想像して欲しくない」
「……私の温水君だから」
「私の温水君は、私でエッチな気持ちになって欲しい」
落ち着いた声色で、確かに告げている。塞ぎ切れていない耳に、八奈見さんの声の温度が、ずっと張り付いて消えない。
「温水君、次は待たないよ……いまから、するの」
「家、行くから」
……————ッ
「!」
手が離れた。
手の湿り気が耳にまとわりついていたから、外気で乾く心地が走る。
冷え付く心地が、怯えている時と似た衝動が体に障る。
「……怖がらないで、大丈夫痛くしないから♡」
「————」
聞こえる。
耳に通る落ち着いた八奈見さんの声、吐き出して安定を取り戻した精神だから
八奈見さんは、楽しむ感情を思い出して顔に浮かべている。
「温水君、家に行ったら……“これ”するから」
「!」
……むにゅ……むぎゅッ
…………むぎゅ、ぎゅぎゅッ
見えない。
息が甘い。
八奈見さんに染みついた、甘い香料と甘い菓子の匂い、そして心を乱す女の子の生の匂いが、逃げ場なく顔面を覆い尽くしてきた。
「温水君の頭にある華恋ちゃんおっぱい、私の“これ”で上書きするから……だから、家に行こう♡」
「————ッ」
一線を越えた八奈見さんは、次もその次も関係なく、俺に“これ”をすると決めている。
「……逃げないでね♡」
「————……ッッ」
したくても出来ない話だ。
こうも密着して、挟まれてしまっては
久々の更新、短くてすまそ
天愛星ちゃんのお話が進まないのでいつもの幕間、八奈見さんのおっぱい成分いっぱいはエピソードを開始します。
更新はきままに、台本執筆の仕事の合間にちょこちょこ進めて、今月以内に書ききれればいいなぁ(願望)
次回もお楽しみに