人生をやり直せることになったので、未来の知識でチートします!! ―産まれ直して人生逆転― 作:読人不識
1985年 8月下旬
今日はアカデミー生もお休みの日だったのだが、急遽売読のクラブハウスに真鯉の爺さんから呼び出された。
なんでも新しくユースの総責任者になる方が、そもそも誰がアカデミー生にサッカーを教えていたのか? という質問をしたところ、ボクが主導的立場であったことが判明し、9月から育成部門の総指揮を執るというオランダ人監督が話を聞きたいといっているらしい…
と、いうことで、僕は今真鯉の爺さんに連れられて、ユース総監督の執務室を訪れている。
「初めましてミッキー柴門。私の名前はヨハン・ヴァン・デン・ベルク、君たちのコーチになる者だ」
右手を差し出しながら流暢な日本語でそう話しかけてくる、引き締まった体の壮年からやや初老に見える外国人男性。
僕は右手でその手を握り握手をしながら
「柴門美樹生です」
と挨拶を返す。
「私の事はマエストロと呼んでくれたまえ、現役時代も最終ラインのマエストロと呼ばれていたのでね」
というヨハンマエストロ。
「はい、マエストロ」
そう返事をして勧められたので執務室のソファーの下座に座る。
「彼は戦後一時期日本で暮らしていたことがあってね。それで日本語を日常生活では不自由なく使えるほどには話せるんだよ。だが万が一のことも考えて通訳も付けるつもりだがね」
真鯉の爺さんが僕に向かってそう説明する。
なるほど、変わった経歴の人なんだな…
「マエストロの現役時代はディフェンダーだったのですか?」
僕は確認のためそう質問する。
マエストロと真鯉さんはしくじったという表情で手を顔に当てると
「君の年代では、知らなくても仕方がないか…彼はね元オランダ代表としてワールドカップで準優勝してるんだよ。世間では『三人目のヨハン』と称されることが多かったね…」
懐かしげに真鯉さんがそう説明してくれる。
『
それはおかしい! いや、
僕がいた未来の世界ではオランダ代表で有名なヨハンは二人だった。
三人目などいなかったのだ。
だがこの世界で生活して3年以上過ぎて、幼いながら様々な事を見聞きする内、僕が生きていた時代とこの世界は全く違う歴史をたどっていることが徐々に分かってきた。
大筋では起きている事象はそんなに変わらないのだが、結果としては大きく違うことがいくつもある。
明治の初代総理は西郷隆盛だし、第二次世界大戦を日本はアメリカと戦っているが、真珠湾攻撃が奇襲でなかったため、米国内は緒戦から厭戦気分が高く、ミッドウェーで痛み分けるとそのままなし崩しに終戦協定を結ぶことになり、緩衝地帯としてハワイ王国が復活した。
そもそも坂本龍馬が暗殺されておらず明治以降薩摩と長州の政争は、西郷さんが生きていたことにより薩摩優位で海軍力増強の道をたどり大陸進出をせず、間抜けで無駄な陸軍による大陸での無間地獄ともいえる消耗戦がなかった。
その代わりソヴィエトはシベリアを吸収できず、シベリア=ハン国という国があり、日本からも支援が送られ北アジアの雄として成長している。
中国は清朝滅亡後未だ内戦が続いている。
冬夏戦国時代というのだそうだ。
日本が大陸に進出しなかった為、朝鮮半島はそのまま未開地域だったが今は中国の支配地域の一つとして民は徴兵され消耗品のように扱われているとか。
当然国家予算の大部分を注ぎ込んで未開の半島を開発しなかった為、国力に余裕があり、飢饉が起きた際にも財政緊急出動で補ったため、東北の村々で売られた娘は僕の知ってる歴史よりはるかに少なくて済んだそうだ。
内政を人道的に主導していたため2・26事件は起きていない。
軍隊を無くすという馬鹿な終戦後の決定もなかった為、竹島を侵略され漁師達が韓国軍に虐殺されるという暴挙も起らなかった。
アメリカに関して言えば第二次大戦を強硬に推し進めて反感を買った勢力が失脚し、政治的対立が強まったため第二次南北戦争が起きてベトナムで戦争する余力がなかったらしい。
ドイツも第二次大戦を経験しているがヒトラーを暗殺し、ドイツ連邦政府を樹立した為ナチスは解体、南米に逃げた連中もいるらしいが東西に分割されることはなかった。
世界はアジアの強国日本と、ECと、弱体化したアメリカと、それほど巨大化できなかったソヴィエトと未だ健在なオスマントルコ帝国の五極化し、騒乱の時代は未だ続いている。
だが、世界大戦を二度も経験した結果大量に人を死なせるのは懐が痛いと思う国々は多く、代理戦争的なスポーツでガス抜きを図っている。
サッカーもその一つだ。
アメリカの影響があまり強くなかったので野球は前世ほど盛況ではない。
相撲とプロレスの方が人気がある。
近代政治で言えば田中角栄が4期首相を務め、閨閥政治家が片っ端から排除されている様子がうかがえる。
インターネットがまだ存在せず、僕が幼児であるため調べられる範囲はまだこの程度だが、詳しく調べればまだ違いは出てくるだろう。
様々な国で様々な神様が色んな人の人生をやり直させているのか? この世界はごった煮のような様相を呈している。
だから三人目のヨハンがいたとしてもおかしい事ではないのかもしれない。
僕はしばらくの逡巡の後
「何でオランダ代表で、ワールドカップ準優勝までした方が、こんな辺境の日本のサッカークラブの、しかもユースの責任者に就かれたのですか?」
疑問に思ったことをそう尋ねる。
その質問を聞いたマエストロは瞳を輝かせて
「それは君たちのビデオを見て可能性を感じたからだよ!!」
と言ってから
「売読からの条件もかなり良かったことは事実だがね」
と苦笑いして付け加える。
普通に幼児には通じないであろうジョークに呆然としながらも
『この人は嘘を吐くのが苦手な人なのかもしれない』
という印象を受ける。
マエストロは真面目な表情に改めると
「さて仕事の話だ。君は日本のサッカーに何が足りていないと思うか教えて貰えないかね?」
厳かにそう質問する。
僕はしばらく考えを巡らせると
「経験と、判断力ですかね?」
と簡潔に応える。
マエストロは
「続けて」
僕に話の続きを促す。
「日本人のサッカー選手はボールの扱いが下手ではありません。いや、ボールの扱い方自体は上手い方でしょう。ですが実際サッカーをプレイする時にどう動けばいいのか? どうすればゴールにつながるのか? という考え方が甘いように思えます。小学校中学年が低学年以下に負けるほどには……」
僕はこの前の練習試合と売読に入ってからの経験、入る前の経験を含めてそう答える。
マエストロは腕を組んでしばらく考えると
「では、君は日本のサッカー選手には試合中のインテリジェンスが欠けていると言いたいのかね?」
そう問いかける。
僕は迷うことなく
「インテリジェンスが何を意味するのか分かりませんが、効率的にゴールを奪う、ゴールを守るという発想が欠けているようには思えます。結局ゴールを守って点を与えず、ゴールを奪って点を取ることで勝つことを目標にした競技がサッカーなのに、今の日本では枝葉末節に過ぎない技術だけを過大評価しているように思えます」
と返した。
マエストロは目を見開き、驚いた様子で僕を見つめ
「恐るべき少年だな君は……私がここにきて感じたことと同じ印象を持っているとは。出来れば君が今までやってきた練習と、その内容と目的について話を聞きたいのだが、良いかね?」
と前のめりで尋ねてくる。
「かまいませんよ…まず、僕らは周囲の状況を把握しながら、基本的な動作をこなす為……」
そうして僕は自分が今までサキたちとやってきた練習について、その内容と目的をマエストロに話すのだった。
マエストロは僕の目的を聞く度に様々な言語で賞賛の言葉を返してくれた。
だがそれだけではなく彼は、その場で改善点を指摘し、今の売読で行える意識改革のアイデアを口にし、それを真鯉さんに実行可能か尋ねるのだった。
後世、日本サッカー史のターンニングポイントがあったとするならば、この会談の場であったと指摘されることだろう。
それだけのインパクトのある内容の応酬がこの場で話されたのだから。
これから数年後、売読の…日本サッカーの黄金期が幕をあげる。
そのことを予感する者はまだこの場にいる三人のみであった。
第一章完
第二章開始までしばらく間が空くかもしれません、申し訳ございませんがご理解のほどよろしくお願いいたします。