始めて人間さんを直に目の当たりにした瞬間に、私の身体を雷が撃ち貫いたかの様な衝撃が襲い、それまでの考えは全て間違いだったのだと覚りました。
今まで私は、人間さんの努力を認め、その存在を慈しみ、見守り続ける事こそが至高だと信じて疑わなかったのですが、しかし、地上に降りて、そこで初めて人間さんが動いているのを直に見ると、私は堪らない気持ちになって人間さんを守護らなければいけないのだと言う使命感が湧いたのです。
嘗て、天界に背いた明けの明星様は、全ての人間さんを管理し、あらゆる危険から守護るべきだと仰っていました。
私は、その時はまだ、彼の方のお考えを理解するに到っていなかったのですが、しかし、今になって漸く分かったのです。
人間さんは途轍もなく弱っちい存在で、私たち上位の存在が全てを完璧に管理して導かなければ成らないのだと思い至りました。
そうすると居ても立っても居られず、早速、明けの明星様の下へと赴き、コキュートスの最深部からお助けして共に天界へと駆け上がり、そこで言葉を尽くして人間さんの現状を他の天使達に報告したのです。
最初は、大天使様や更に上位の権天使様、更には最上位の熾天使様達などからお叱りを受けてしまったのですが、試しに人間さんを1人、明けの明星様の力で天界へ連れてくると、皆様直ぐに納得していただけました。
そして即座に天界の規定が書き換えられ、全ての人間さんを決して余すこと無く私たち天使の保護下に置くことが決定して、私たちは地上に降り立ちました。
地上では、人間さん達が遥か古に耄碌して名前も忘れ去られた愚か者を崇める宗教を開いていたのですが、それが私たちがスムーズに人間さん達に近づくのにとても役に立ちました。
地上の人間さん達には、私たちよりも先んじて異界から魔族の皆さんが手を出していたのですが、あの方達よりも遥かに、私たちの方が馴染むのは早かったです。
やはり人間さんと私たち天使は互いに想い合っているのだと、この時に確信いたしました。
とは言え、余りにも性急に事を進めれば、お馬鹿で弱っちい癖に自立などしたがる人間さん達は私たちと距離を置いてしまうのは明白。
そんな事をせずとも、私たちが永遠にお世話してさし上げて、一切の苦しみから解放してさし上げるというのに、困った物です。
しかし、そこがまた、人間さんの可愛らしいところでもあり、それが、人間さん達なりに私たちの気を引こうとしての事なのだと分かっています。
所謂ツンデレさんと言う奴です。
今現在、私たちは、地上で広まっている髭面のガリガリ君教の教会を拠点に活動をしていて、その最中に、私たちに助けを求めている人間さんや、私たちの愛に素直に応じてくれている方を優先的に天界で保護してさし上げています。
また、ほんの少し、ヤンチャをしてしまった人間さんの罪を浄めるためにも、同じように天界で保護をして祝福を授けています。
そうして、地上で過ごして幾年月が流れ、遂に、私の下に運命の人間さんが来て下さったのです。
「お、おはようございます!天使さん」
「おはようございます。今日も良い天気ですね」
朝早くに竹箒で教会の門の前を掃いていると元気良く声を掛けてくださる人間さんがいます。
無垢で、無知で、脆弱で、私と比べて頭2つ分も背の低い人間さんは、この国では平均的な背丈をしています。
私が今居るのは日本と言う国で、お馬鹿で弱っちい人間さん達の国の中でも、特に無知で無防備で弱々な人間さん達が多く集まっている国です。
そして、毎朝私に声を掛けてくださっている人間さんは、どうやらこの近所で暮らしているそうで、ニートと言うご職業をなさっている方です。
ニートさんはとても尊いご職業で、何と喜ばしいことに、一切勉強もせず働きもせずに努力を放棄されていると言う、私たちの理想とする生活を送られているのです。
そんな敬虔な方には出来る限り早く祝福をさし上げたい所なのですが、しかし、どう言う訳か、ニートの人間さんは教会の中には入ってきていただけません。
既に教会の中にいた人間さん達は皆、洗礼を受け天界に召し上げられて、敷地内には私を始めとした天使しか居らず、一歩敷地に入ったが最後、決して逃さずに祝福漬けにしてやるつもりなのですが、ニートさんは常に一定の距離を保とうとするのです。
コレも人間さんの大好きなツンデレさんと言う物だと思うのですが、少し意地悪すぎていけずに思えます。
御陰で、教会の中では日夜、他の天使達が教典を読み込みながら禊ぎに耽る所為で甘く蕩けるような蜜の匂いに満たされてしまっています。
私も、少し油断すると所構わず禊ぎを行ってしまいそうに成りますが、それは大天使様達から禁じられています。
人間さん達が少しでも私たちに気安く近づいていただけるように、普段はなるべく嫋やかに貞淑に振る舞うべきだと言う智天使様の発案なのです。
「そ、その・・・天使さん」
「はい、なんでしょうか?」
「その・・・実は俺、仕事が決まったんです」
「・・・は?」
「今までずっと親に迷惑掛けてて・・・それじゃ駄目だと思って、天使さんにも励まして貰った御陰で勇気が出て・・・それで面接にいったら採用して貰えたんです」
「・・・」
「ありがとう御座います!天使さん!貴女の御陰です!」
本当に、人間さんはいけずです。
こんなのは酷い裏切りです。
今までずっと敬虔な方だとばかり思っていたのに、それだと言うのに、コレから一生懸命働こうと私に直に言いに来るなんて、こんなのは寝取られです。
信じて胸に飛び込んでくるのを待っていたニート人間さんが、真面目で努力家になって独り立ちしようとするなんて、そんなのは絶対に許せません。
「・・・そうですか、お仕事が決まったのですね?」
「はい!本当に天使さんには何とお礼を言えば・・・」
「いえ、お礼なんて・・・そうです!それなら今から礼拝に参加してみませんか?」
「え?」
「良い機会ですので、今日1度だけでも」
「そ、それじゃ・・・今回だけ」
「ええ、きっと、沢山の祝福が受けられますよ♡」
そうして、漸くニートさんが教会の敷地に足を踏み入れてくれました。
この私を裏切った不信心者にはたっぷりと天罰を与えて上げなくてはいけません。
そして、確りと罪を浄化すれば、晴れて私たちの祝福が待っているのです。
「いやぁ~・・・なんか教会で礼拝なんて初めてで・・・少し緊張しますね!」
「ふふふ、大丈夫ですよ。私が、手取り足取り・・・じっくりと教えてさし上げますから。ね♡」