※この作品はR-18です。

女性ヒーロー誘拐事件   作:リュック

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中編

 

「んんぅ……ん?」

 

手首に走った鈍い痛みに、ねじれはくぐもった声を漏らした。寝起きは正直良い方ではないせいなのか、彼女の意識は覚醒しない。

 

「ぁ……ぅ…ん。」

 

硬すぎる床、ひんやり冷える寒さ。親友と選んだお気に入りの掛け布団のフワフワ感には程遠い締め付けられる圧迫感。

 

意識はゆっくりとだが覚醒した。正直、瞼を開けるのですら億劫で全身に感じる鈍い痛みと鉛のような重さがここ数年で類をみないほど最悪の体調を物語っていた。

 

(あれ?……体……動かない……なんで?)

 

体を動かそうとした時に筋肉が上手く動かせなかった。感覚はあるが、まるで石になってしまっと錯覚してしまうほど、首から下の筋肉が動かせない。何がどうしてこうなったのかが酷く曖昧だ。

 

(確か、ヴィランと遭遇して…ウラビディが爆発に巻き込まれて…あれ?)

 

その後の事がもやがかかったように思い出せない。力が入らない、気だるい、そんな状態でねじれはゆっくりと瞼を開けた。

 

「…ん、うぅ?」

 

 何処が硬い床に寝かされているらしく。薄暗い視界に疑問を持ちながらぼんやりと周囲を見渡すが視界が掠れてよく見えない。

目を開いたり細めたりを繰り返し、霞んでいた視界を安定させると、ようやくここがどこなのかがはっきりし始める。はっきりし始めたのだが、問題は場所そのものだった。

 

「あ、れ……?」

 

 うっすらと目を開けた瞳に映ったのは白く無機質な石の壁。フィクションの映画の中でしか知らない冷たく、温かみのない天井だった。

 

「ここ、どこ……?」

 

 首を倒し辺りを見つめる。そこは窓がなく、扉が一つあるだけの殺風景な部屋だった。広さら10m四方程度。床も壁も天井も、全てが石造りで作られており、そんな部屋を蛍光灯の灯りが照らしている。

 

「────よぉ、ねじれ。目は覚めたか?」

 

「っ!?」

 

突如、掛けられた声にハッとする。首を捻り声が聞こえた方向を見ると見知った顔があった。

 

「ミルコ……ミルコさん!?」

 

「ねじれ。久しぶりだな」

 

「あ、お久しぶりですミルコさん。じゃなくて、ミルコさんがなんでここに?」

 

「いやいや、どうしてって…見て分かんねーか?」

 

 そう言われ、ミルコの身体に視線を落とすと彼女の身体は後ろ手に組まされ、首元からつま先までを下を白い糸の様なもので縛られ床に座っていた。巻きつけられた糸は強く巻きつけられているためか、彼女のボディラインがくっきりと浮かび上がり、何処か官能的だ。 

 

「────ッ!?」

 

 ハッとして自分の身体に視線を移せば、自分の身体もミルコと同様に首元からつま先まで縛られていた。両腕は後ろ手に組まされて、動きの起点になるであろう手首、太もも、膝の上下、足首、足の甲は念入りに何十にも巻き付け、縛っている。その中でも特に拳は両手を握りしめた状態で、何重にも巻き付けられており指一本たりとで動かせない。

 

「なっ、なにこれ!?」

 

 危機感がねじれの意識を完全に覚醒させる。拘束から逃れようと身をよじるも、抜け出せる気がしなかった。というのも、体を動かそうとした時に筋肉が上手く動かせない。身体の怠さから察するに、これ程頑丈に縛っておきながら、筋肉弛緩剤の類の薬を打ち込まれたらしく、身体が自身の言うことを聞いてくれない。起きたばかりのぼんやりした頭では、普通気がつくだろうこんな箇所にすら気がつかなかった。

 

「不甲斐ない話だが、私もアンタもヴィランに攫われて転がされていたって話さ。」

 

 ミルコとあろうものが情けない。とため息をこぼす彼女を前にポカンとする。いつも強気な言葉しか漏らさない彼女らしからぬ発言に時が止まった。

 

「ん?どうしたねじれ?お化けでも見たツラしてんぞ」

 

「あ、いえ、らしくないなって思ったので」

 

「プッ!」

 

ねじれの発言がど直球すぎて予想外だったのか、笑いのツボにハマり、クツクツと肩を揺らして笑う。

 

「確かに、ミルコ様とあろうヒーローらしくない発言だったな。」

 

 ニコッと笑う不敵な笑みとゆらりとヒリツク空気。珍しくネガティブになっていた様だが、瞬時にいつもの勝気な彼女の姿に舞い戻る。彼女がトップヒーローの座に君臨する所以を今、垣間見た気がした。

 

「ミルコさん。リュウキュウと私の後輩ちゃん達は見ませんでしたか?」

 

「後輩?見てねーな。私もついさっき起きたばかりだし」

 

「じゃあ、最低でも3日は寝てたんですね」

 

「3日!?そんなに経ってるのかよ…つか、リューキュウまで捕まってんのか?」

 

「リューキュウは分かりませんけど、私の後輩の蛙吹さんは捕まってると思います。」

 

 状況から察するにお茶子ちゃんも同様に捕えられているだろう。リュウキュウだけでも無事であると思いたいがミルコさんを捕らえることができるヴィランとなればリュウキュウも捕まっている可能性は高い。

 

「無事だといいんですけどね」

 

 そんな淡い独り言が溢れた時、部屋に一つだけある扉が開いた。反射的にねじれ達は扉に向かって身構える。見れば黒い喪服のような礼服を着用した中性的な顔立ちの男が部屋に入ってくる。男はねじれ達を見回し、口を開いた。

 

「やぁヒーロー。調子はどうだい?」

 

そう言った男の声にミルコは覚えがあった。

 

「アタシを攫った奴か…顔が別人なのはアタシに対する冗談か何かか?」

 

「え?」

 

今にも噛みつきそうな殺意と闘志を漲らせるミルコの姿にゾクゾクと肝が冷える。

 

「へぇ…分かるんだ」

 

「打ち込まれた薬品のせいで感覚が多少はバカになってるが、匂いと声でわかる」

 

そうか…とミルコの答えに満足した様に頷き、男はケタケタと微笑みながら告げる。

 

「そうだね…まぁ、俺の個性の都合とだけ言っておくよ」

 

「あっそ。それで?私たちになんの用だ。まさか、笑いにでも来たのか?」

 

「いや、君達に聞きたいことがあってね。態々足を運んだのさ」

 

「聞きたいこと?」

 

「知り合いの女ヒーローの情報をありったけ欲しい。」

 

その問いに2人の眉間に皺がよった。溢れる怒りにプツリとキレそうになるも表情に現れないように紙一重で堪える。

 

「何のために?」

 

「そう遠くない未来。この国で世界の運命を賭けた覇権争いが始まる。そうなる前に、可能な限り母体として使える女を蒐集してこの国から出ようと思ってね」

 

「あ?覇権争い?誰と誰が争うんだよ」

 

「ん?そりゃあ、ヴィランとヒーローだろうよ」

 

それ以外誰が戦うんだ?と、首を傾げるヴィラン。あからさまに馬鹿にしている表情。神野事変の件もしかり、裏で何かが起きているのは確かだった。

 

「まぁ、今はどうでもいいことだ。それで、返答は?」

 

「嫌だね」

 

ベェ、と舌を突き出すミルコ。

 

「即答かよ」

 

「断る理由しかねーだろうが。頭のネジイカれてんのか」

 

そりゃあそうだなと男は笑って答える。有象無象のヒーローならばいざ知らず、ミルコ程の女傑が乗るわけがない。

 

「それは残念だ。一応聞いておくけど、ねじれちゃんはどうだい?」

 

「貴方に話すことなんてないよ」

 

そして、当然の事ながらねじれも断った。学生ながらヒーローとして活躍する彼女も同様にヴィランに屈する道理はない。

 

「じゃあ、次は蛙吹梅雨ちゃんにでも聞いてみるよ。それとも、甲矢有弓ちゃんに聞いたほうが良いかな?」

 

「────え?」

 

 何を言っているのか理解できなかった。なぜ有弓の名前がでてきたの?心を読む個性?いや、ミルコさんとの言動からして恐らくは肉体操作系の個性だろう。そもそも、此処にきてから有弓の事なんて考えていないののにどうやって心を読むのだろうか。

 

「ん?君の親友。君の事を銀河一かわいいと思っている甲矢有弓ちゃんだよ。薬で飛んで忘れちゃったのかい?」

 

「…………。」

 

 言葉を失う。目の前のヴィランは知っていて当然だと言わんばかりに彼女が文化祭のミスコンで耳にタコができる程聞かされた褒め言葉を一字一句間違える事なく言い放った。

 

「別に不思議な事ではないさ。裏の世界では優秀なセミプロの情報だってやり取りされている。この計画は何年も前から計画されていた作戦だったからね。君のことは他にも色々と調べさせてもらったよ」

 

「い、色々……?」

 

「例えば、強個性を持っていることへの嫉妬から周りから心無い言いがかりを付けられていたとかね」

 

「ッ!?」

 

「志同じくするクラスメイト。特に同級生のミリオ君と環君。2人との研鑽の日々が君のトラウマを払拭して元の明るい性格になれたんだよね?実に感動的だ。」

 

なんでそんなことまで知っているのか?そんな疑問が吐き出される前に男は答えた。

 

「俺の情報力にかかれば、一個人のプライベートから政治家の裏金ルートだろうと簡単に暴き立てられる」

 

だとしてもだ。そうだとしても上記を逸している。ねじれは底知れなき男に戦慄していた。そして確信する。この男はやると言ったら絶対にやると。確信した。

 

「ダメ……絶対にダメっ!有弓に手を出さないで!」

 

ねじれはらしくもなく懇願するように願う。虚しい願いだが、ソレでもこの男の狂気に友達を巻き込みたくなかった。

 

「それは君の態度次第だね」

 

グッと歯軋りし俯くねじれに男はふん、と目を細める。

 

「………幾つか聞きたいんだけど…良い?」

 

「勿論。なんでも聞いてどーぞ」

 

「では────貴方は、貴方は一体何がしたいんですか?」

 

 そう、ただ己の快楽を満たしたいヴィランとは違う様に感じる。何かに盲目的人なっている宗教犯でもない。達観しているどこか異質な男の価値観。だからこそ、ねじれは男の行動の真意を問う。

 

「目的…そうだな。俺の目的はこの世界からの独立だよ。」

 

「独立?何言ってんだお前。冗談もたいがいに」

 

「黙れ」

 

ミルコを言葉一つで黙らせる。

 

「今俺が話している。質問の時間は終わった後で時間取るから邪魔をしないでくれよ『兎ちゃん』」

 

ミルコを兎ちゃん呼ばわりして男は続ける。

 

「では、なぜそんな場所が必要なのか。かつてのオールマイトを始めとするヒーロー達が現在進行形でやっているのは対症療法だ。俺は原因療法がしたい。」

 

「原因療法?」

 

「そうだ。ヴィランを退治するのではなくヴィランが発生しない社会の設立を目指すのさ」

 

 ヴィランの発生しない社会。誰もが一度は考えたであろう理想。それを目の前のヴィランが語った。皮肉に皮肉を重ねた現実。無惨に攫われた自分の不甲斐なさに頭が痛いが。一先ず心の隅に置きヴィランの言葉に耳を傾ける。

 

「もっと言うと、ただヴィランの発生を減らすのではなく『凶悪なヴィランを減らす』方向で考えたい。取り押さえる手間暇を考えたってそっちの方が建設的だからだ」

 

 実際酔っ払いの口喧嘩程度ならほぼ無害だろ?そう問いかける男の言葉にねじれは思わず頷いた。その程度で済むのならそれに越した事はない。嫌そうな顔をするミルコさんのことは一先ず見なかった事にする。

 

「とはいえ、人はもちろんの事、世界を変えることは絶対に不可能だ。世界平和を掲げておきながら戦争経済は終わる兆しは無いし利益のためならば何千何億人殺そうが許され続けるこの世界が証明してしまったからだ。」

 

 個性黎明期以前より続く人間の悪業による悲劇は未だに終わりが見えない。オールマイトやアメリカNo. 1ヒーロー。スターの活動により黎明期以前よりは微々たる変化ではあるが、減っては来ている。それでも画面の外では涙を流す子供達の姿は今なお教科書の1ページを更新し続けている。

 

「そうして俺の下した結論。世界という水槽が変わらないのであれば、別の水槽を用意してそこに住めば良い。俺はそういう結論に辿り着いた。」

 

「水槽?」

 

「そう、水槽だ。水槽内で病気になる魚ってさ魚単体が病気を作るんじゃなくて水槽の中で病気が発生するんだよ。つまりは環境が病気を作るんだよ」

 

ならば、病気にならない水槽を別に用意するしかない。男はそう断じた。

 

「この世界を運営している連中は変わらない。だから、新しい水槽。世界に蔓延るいかなる国家やイデオロギーにも帰属しない。他の存在を圧倒的に凌駕する軍事力を以って。この世界からの完全な独立と完全循環型の社会を設立し一生涯を終える。それこそが俺の目的だ。」

 

「……具体的にはどうやって独立するってんだ?」

 

「おいおい。俺はアメコミのヒーローじゃねーんだぜ?ヒーローに具体的な計画の説明をする理由はない。」

 

「へぇ…まさかとは思うが、怖いのか?」

 

「怖いね。窮鼠猫を噛む。手負いの獣は恐ろしいものなんだよ」

 

ミルコの見え透いた挑発にケタケタと笑って返す。

 

「でも、まぁ、強いて言うならば、全盛期のオールマイト並みの兵士が数千人規模で国防に携わってると想像しなよ。喧嘩売りたいバカがいると思うか?」

 

思わない。思うわけがない。如何なるヴィランを一撃で粉砕する超人を数千人規模抱える軍隊など相手からしたら絶望しかない。いかなるメリットがあったとしても進んで戦いたいなんて思わない。

 

「その兵士を量産する為に若く強い肉体と個性を持った君達を母胎して有効に使いたい。理解したかい?」

 

「そんなの!誰かを犠牲にする方法なんて貴方が嫌悪する人達と同じだよ!」

 

「何かを手に入れるためには何かを失うんだ。革命のために世界相手に大立ち回りをしようってんだ。大義のためならば犠牲もやむなしさ」

 

「やめとけねじれ。狂人には私達の言葉は伝わんねーよ」

 

 確かに正気の沙汰では無いだろう。ミルコの言う通り、大義の為だからと倫理観や人権を躊躇いなく踏みいじる目の前の男のそれは常軌を逸脱している。

 

「ヴィラン相手にアレほどまでに暴れ狂う君がそれを言うのかい?ミルコ」

 

「ああそうだ。アンタはまともじゃない」

 

「まともな奴はトップヒーローの誘拐なんて企てないよ。」

 

 狂っていると断じるミルコに皮肉で返す。そんな当たり前を今更言うのかと。彼にとっては言われるまでもない当たり前。でもだからこそ疑問が残る。

 

「ねぇ、何で貴方はそこまでその独立にこだわるの?」

 

そう前置きしてから、ねじれは静かに語り始めた。

 

「貴方が本気で理想な社会を望むのなら貴方がヒーローになってこの国を変えるって選択肢はなかったの?」

 

 ねじれの視線が男を射抜く。そんなそんなねじれを男は冷ややかな目で見つめる。

 

「この国を変える…か。なら具体的にどの様に変えるのかな?」

 

「え?」

 

「だから、具体的に、どう変えるのかと聞いているんだ。財務省の顔色を伺い。ヒーローというビジネスモデルを構築し、巨万の富と名声をごく一部の人間だけに集約する。ソレを維持するためならば、助けてと涙すら流せない弱者を平然と殺す汚物の温床をどうやって変えるの?」

 

 世界に未だに蔓延る紛争。埋まらない貧富の差。日常で当たり前に起こるテロ。この国でも当たり前になりつつある惨劇は男の言葉に重みをのせる。

 

「本来ならば助けなければならない人達を、選ばれた私達の為にお前達は選ばれなかったんだから死んでくれと、生まれたばかりの赤子まで殺すこの国を!弱肉強食な世界を一体どうやって変えるんですか?んん?」

 

 意地の悪い問いであることは分かっている。金の卵といえども、社会にでていない一学生に答えられるものではない。

 

「それ、は…皆んなで協力すれば…」

 

「どうやって協力するの?価値観が違うが故に君は排斥されたんだろう?それでも分かり合えるんだ!と声高らかに十字架でも背負って日本横断でもするのかい?」

 

「………」

 

男はねじれの言葉を遮り、深いため息を溢した。

 

「無知とは実に哀れだね。ヒーロー。そして君達は本当に傲慢だ。」

 

「あぁ?余計なおせっかいはヒーローの本質なんだから傲慢じゃないやつはヒーローになれねーよ。」

 

「さいですか。ソレはご立派。でも、俺は顔も知らないこの世界に生きているどーでも良い人間どもの為を思ってやってる訳じゃないし。俺に言わせれば、人間が人間を変えようなど、烏滸がましいにも程がある。」

 

今の人が人であるが故の傲慢。

 

「例えば…ミルコ。俺がヒーローを今すぐ辞めろと言ったところでヒーローを辞めます!ってなるか?」

 

「はぁ?何で私が辞めなきゃいけないんだよ」

 

「だろうな。突然そんな事をいきなり言われたって変える理由がない。当然な話だ」

 

「もっと突き詰めて言うのならば、『お前は人として間違っている!』とか『俺はお前の為を思って言っているんだ!』とか吠えたとて、結局は自分の思い通りにコントロールしたいというエゴでしかない」

 

「違う!誰かの為に汗を流して言葉を送ることは間違いなんかじゃない!」

 

「誰かの為?結局は自分の為だろう?そうする事によって自分が満たされるからやるんだろう?だったらそれは、自分本位の身勝手な押し付けだ」

 

君も経験があるだろう?そんな問いに脳裏に浮かぶは、故郷で経験した苦く、辛い記憶。

 

「っ…それ、は……」

 

「では、なぜ押し付けるのか?それは人間って生き物は自分が絶対に正しいと心の何処かで思っているんだよ」

 

 ヴィランが己の野望と復讐のために誰かを傷つける様に。ヒーローが大義を掲げて切り捨てた人たちを力づくで従えて富と名声を得る様に。彼の言う通り、私達は疑わない。それが正しいと確信しているから。

 

「正しさなんて「正義」とは、特定の誰かにとって都合のいい解釈だ。そんなあやふやな概念はなその時々の時代や支配者を含めた一個人の思想によって変わる。それを他人に押し付けようだなんて無駄でしかない」

 

「無駄だなんて!「事実として、君達はオールフォーワンを更生させて真人間にしようだなんて思わないだろ?」

 

 脳裏によぎるは数ヶ月前に表に姿を現した異形のヴィラン。オールマイトの伝説にある意味でトドメを刺した。伝説の巨悪。そんなヴィランを更生されられるのか?そんな問いの答えはタルタロスで厳重な監視の元何もさせないことしかできない現状が全てを物語っている。

 

「話の通じない猿に態々ご立派な高説を垂れ流すほど俺は暇じゃないし、言葉によって分かり合おうなんて悠長な手段は世界の滅亡が秒読みの現状では既に手遅れなんだよ。余裕のない小市民たる俺じゃあ、マキャベリが君主論で語った様に目的のためなら手段は選んでなんかいられない」

 

「そうやって大義をかかげたら何したって良いとでも?」

 

「大義のためならばヴァランと呼ばれている人を殺せるヒーローがソレを言うのか?まぁ、ヴィラン連合の様に下手に民間人を大量に虐殺したり国家転覆を起こしたりするよりは、現実的な手段だと思うよ。」

 

痛みもリスクもなく世界を変えるのは、絶対に不可能だ。ある程度の犠牲は覚悟しなきゃいけない。そして、

 

「だから私達に犠牲になってくれと?」

 

「そういう事。まぁ、君達も暴力でヴィランを押さえ込んで言う事を聞かせてるんだから、因果が回ったと思って諦めてくれ」

 

男は懐から注射器を取りだした。ねじれの顔が引きつり、ミルコは眉間に皺を寄せる。

 

「語るべき所は語ったし、今度は君達にお話ししてもらうよ」

 

「自白剤か?」

 

「強力な自白剤。米軍でも使われる選りすぐりの逸品だよ」

 

「上等だ!返り討ちに───!!」

 

 ミルコが吠えた瞬間その顔面に靴裏がめり込み、ゴッと蹴り飛ばされた。

 

「その勝気な流儀は嫌いじゃないけど、現状を理解して言葉を言えよ。んん?」

 

ミルコの頭を踏み付ける。痛みがする程度に体重を掛け、ミシリと嫌な音が鳴るミルコの顔が青く染まる。

 

「さて、悪いけど聞きたい事は山ほどあるから…サッサと済ませ────ッ!?」

 

「ッ!?」

 

「なんだぁ…地震か?」

 

いや、地震ならば揺れは部屋全体が大きく揺れる筈。そんな推察が脳裏を埋め尽くしていると、扉が慌ただしく開け放たれた。

 

「ボス!至急、お耳に入れたいことが!」

 

部屋に駆け込んできた部下は、ねじれの視線を気にしながら耳打ちした。

 

「なるほど……喜べヒーロー。救いのヒーローがお前たちを助けに来たぞ」

 

────────────────────────────────

 

ねじれ達が目を覚ます1時間ほど前の話。

 

 少女は、勤勉であった。勤勉な彼女の名前は、夏 薫(なつ かおる)高校3年生のその少女は、その日学校のカリキュラムの一環で指定された山林の清掃ボランティアに参加しており、幸い雪の降らない地域ではあったが、冬の寒さを前に辟易しつつも体を単位という数字を確保する為になんとか身体を動かし、友達と談笑しながらも奉仕活動に勤しんでいた。しかし、今日の彼女はどうしようもなく不運だった。

 

体力のない彼女は学友に迷惑をかけられないと先に進ませて1人で休憩していた最中、身体を滑らせて山道から転落。幸い怪我はなく何とか元のルートに戻ろうとひとまず下山して道を探そうと道なき道を歩き始めた。3日前の出来事である。

 

「お腹すいた……寒い……ひもじい」

 

一向に景色の変わらない木々と尽きた食糧に絶望しつつも希望捨てずに下山していた最中、幸運が転がり込んだ。

 

「これって…洞窟?」

 

岩肌がくり抜かれ漫画やアニメで表現され尽くしたいかにもなソレは、大自然特有の無骨さと力強さを秘めた直径3メートルはある大きな洞窟だった。

 

「良し!これで雨風が凌いて火を焚いて狼煙を上げたら助けが来てくれる!」

 

 それは少女にとって希望だった。三日三晩ろくに眠れず、ずっと慣れない山道を歩いていたのだ。しかし、その油断こそが命取りだった。

 

「ふぅー」

 

 少女が息を吐いて持っていたバッグを地面に降ろした時パキリと枝が折れたような音が鳴った、その瞬間だった。

 

シュルルルルルビシィ

 

「え……?ん!?むぅううう!!」

 

どこからともなく現れた糸が彼女の腰に巻き付き、うつ伏せに倒された。

 

「え!?ちょ…なに!?」

 

突然の出来事に脳が追いつかない。自身の腰にまとわりついた粘着質な物に嫌悪感と不快感が脳内を覆い尽くす。が、彼女の不運はこれにとどまらない。

 

「糸!?このぉッ!…放し───え?」

 

糸から逃れようと思った瞬間、何処から現れたのか、手のひらサイズの黒い大きな影が落ちる。

 

「ヒィッ!? いやっ! 離れてっ!」

 

目まぐるしく襲う恐怖が黒いそれを払いのける

 

「────蜘蛛っ!?」

 

 それは青い目を輝かせたバスケットボール程の大きさの蜘蛛だった。カチカチと金切り音を鳴らす異形の蟲だった。

 

(逃げなきゃ……!このままじゃ…殺される)

 

 だがしかし、逃げようにも既に時は遅く。腰に巻きついた糸が地面に張り付き彼女は既に起き上がる事は叶わない。即ち、端的に言うならば、彼女は詰んでいた。

 

キシャアアアアアッ!

 

 蜘蛛達は獲物を逃すまいと少女に向かって飛びかかり、襲い掛かると尻から糸を吐き出し彼女を拘束し始めたのだ。

 

「嫌だ…助け…て…助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 彼女の衣服が蜘蛛達の手足によって裂かれ、洞窟の奥から際限なく無限に湧き続ける蜘蛛達の手によって無慈悲に放たれる糸は、隙間なく絡みつき、彼女の体を締め付け自由を無慈悲に奪っていく。

 

「やだっ!?やだ!やだああああぁぁぁっ!」

 

目の前に、迫る蜘蛛の顔。 青黒く光る八つの目が、恐怖に慄く彼女の顔を映し出している。 

 

「ひっ!ひぃぃいい!!たすけ────むぐぅううううううっ!!!?」

 

 助けを求める少女に蜘蛛は 『黙れ』と言うように糸で作った塊を彼女の口の中に放り込むと吐き出せない様に糸を吹きかけた。

 

「んんんんんん!!!!!」

 

 少女にとって今日は最悪の日だ。恐慌した頭で彼女は死力を振り絞って、体を揺すり、恐怖に震えた声を洩らした。そんな事などお構いなしに、大蜘蛛は彼女の顔へと、鋭い牙を近づけていく。大蜘蛛の掠れた金切り音が糸越しに肌に伝わる。背筋が凍り、自分が殺されるのだと実感した。

 

 

「何やってんだこのバガ蜘蛛どもがァァァァァァァァァァ!」

 

 

────しかし、運は尽きていなかった。

 

 

『ギギィッ!?』

 

 ドゴンッ!! という轟音と共に面前の蜘蛛が吹き飛ばされた。

 

 瞼が落ちていく。狭まっていくぼやけた視界が捉えたのは猫のコスチュームに身を包んだヒーローの姿。

 

(……たす…かっ…た?)

 

自分は助かるのだと安堵の言葉を胸中で呟くのを最後に、少女の意識は途絶えた。

 

───────────────────────────────

 

更に時間は2日前に遡る。

 

それは少女が行方不明になってから一晩空け、とある会議室での出来事である。

 

オールマイト引退後のヴィランの活性化に伴い、エッジショットの呼びかけで、シンリンカムイ、Mt.レディとの3人でチームアップされたチーム・ラーカーズを筆頭にバトルヒーロー『ガンヘッド』 『Mr.ブレイブ』 『ケサギリマン』といった錚々たるメンバーが収集されていた。

 

「えぇ…マジかぁ…」

 

雄英高校ヒーロー科1年B組所属拳藤一佳はチームアップミッションの一環だから指定された場所に迎えと担任からの指示されたはいいものの一体何がどうなっているのやらと困惑を隠せなかった。

 

「一佳!気後れしちゃダメデス!

 

そんな彼女を励ますのはクラスメイトの角角ポニー。急な状況であっても天真爛漫さを失わない肝が据わった同級生だ。

 

「来たわね。お二人さん」

 

「ミッドナイト先生!」

 

「来たかって・・・どういうことなんです?」

 

「その説明は私もこれから貴方達もよく知ってる彼女達から教えてもらう予定よ」

 

ミッドナイト指さす方向を見るとそこには林間学校でお世話になったプッシーキャッツ、4人と紺色のスーツに身を纏い不健康そうで目にクマを蓄えた1人の男性のあった。皆が彼女達を見つめる中、プッシーキャッツ随一の武闘派『虎』が話し始めた。

 

 「本日皆様に集まって頂いたのは先日未明にとある山岳地帯で行方不明になった女子生徒の捜索活動と公安から依頼された調査案件の解決のために皆様にチームアップ要請をさせていただきました。」

 

(山岳救助に長けたプッシーキャッツがチームアップ要請?しかも公安からの案件?)

 

頭から不穏な雰囲気にが滲み出るが、事務仕事でOLキャッツとなったラグドールが話を進める。

 

「行方不明になった女子生徒は『夏 薫』(なつ かおる)18歳。高校3年生。無個性。清掃ボランティアの最中行方不明になりました」

 

「場所は?」

 

「アチキ達ヒーローにとって曰く付きの冥堂山です。」

 

冥堂山。その名前がラグドールから告げられた瞬間、場が騒然とし始める。

 

「成る程なソレで俺たちが呼ばれた訳だ。」

 

「不安定な超人社会にとってこの案件は確実に解決したい政府上層部の思惑もあるのかね」

 

「え?その冥堂山で一体何があったんですか?」

 

プロヒーロー達が話の本質を理解し始めた一方で、話しについて行けてない拳藤が尋ねる。その疑問に答えたのは雄英教師であるミッドナイトだった。

 

「10年前。オールマイトが解決できなかった未解決事件があってね。その未解決事件の場所が冥堂山なのよ」

 

「っ!」

 

「時期は違うけど山に登った親子連れの成人女性と8歳の子供の登山客が遭難して行方不明になってね」

 

「そうです。当時はオールマイト達ヒーローと地元の警察を含めて300人体制で捜索したんだけど、手がかり一つ見つけられずに捜査は打ち切り。未解決事件として世間を賑わせた」

 

「現在は、山道も整備し直して遭難者が出る要素は限りなく潰していたのたが

 

ラグドール達から出た言葉に拳藤とポニーの2人は驚愕の表情を浮かべる。いくら戦闘に特化しているとはいえあの全盛期のオールマイトの機動力をもってしても見つけられなかったという事象がいかに以上なのかを理解しているからだ。

 

(あのオールマイトが命を救えなかった場所。だったらプロの皆さんがここまで気合が入るのも頷ける)

 

(Revenge match!)

 

拳藤とポニーが如何に因縁の場所出会ったのかを噛み締め心の中で呟く。すると再びラグドールが話を続ける。

 

「それと、これは偶然なのかもしれないただの推測にすぎないんですが、この冥堂山を中心に半径300キロの地点で最近世間を騒がせている誘拐事件が起こっているんです。」

 

「「!?」」

 

女性ヒーロー誘拐事件。あのミルコが行方不明となりヒーロー殺し並みに現在進行形で世間を騒がせている騒動だ。

 

「待った。いくら何でもこじつけじゃないのか?ソレを言い出したらのどんな場所だろうが潜伏先になり得るんじゃないか?」

 

そんな疑問をケサギリマンが投げかけた。確かにその理屈は余りにも暴論が過ぎる気がする。

 

「公安委員会の目良です。その問いには私から答えます。」

 

黒いスーツの男が疑問に答える。

 

「その指摘はご最もです。拉致された女性は公にに公表されていない数も含めると、既に200人を超えました。把握されていない人を考えたならば、その数は更に倍に膨れ上がるでしょう。そんな大人数を現在進行形で拉致監禁できる施設はそうない。」

 

個性黎明期以前に起きた拉致時間ですら攫われた最多人数は数十名程度。ソレを圧倒的に超える200人という数字に場がざわくつ。

 

「Unintelligible!Unintelligible!Unintelligible!」

 

「うん、気持ちは分かるけど、今は抑えて」

 

思わぬ桁に隣にいるポニーが日本語を忘れてエラーを起こしていた。A組に負けず劣らず我の強いクラスメイトに、注目が集まる。非常に申し訳ない。

 

「ゴホンっ!話を続けます。さらに、先ほど警察から連絡があったのですが、リュウキュウとインターン活動中の雄英高校の生徒3人も行方不明となったそうです」

 

「なっ!?」

 

「リュウキュウ…ってことはお茶子ちゃんが!?」

 

そう声を荒げるガントヘッドの声にラグドールは重々しい頷いた。

 

「お茶子と蛙吹だけじゃなくねじれ先輩まで…」

 

「確かに、信じられませんネ。みんなStrongデスから」

 

片や雄英ビック3にまで上り詰めた実力者。蛙吹だって1年の中じゃあ上積みに位置するほど万能に物事をこなせるし、特にお茶子は爆豪相手にあれ程の胆力と某クラスメイトが疎ましく思うほど騒動に巻き込まれて実践を積み上げている。そんな彼女達が簡単に攫われるとは思えない。だが、現実は信じられない程残酷で度し難いほど何でも起こり得るものだから。信じがたい事だが事実なのだろう。

 

「防犯カメラなどの映像は?」

 

「残念ながら、同時刻に発生した銀行強盗達の個性により周囲2キロのカメラは全て潰されていました。」

 

「では、その銀行強盗のヴィランにも逃げられたと?」

 

「いえ、幸いなことに、銀行強盗達はリュウキュウ達に取り押さえられた後、その場に気絶され放置されていましたので、今は警察の方々にお願いして尋問中です」

 

ならば、そのヴィラン達から情報があれば良い。だがしかし、ここまで隠蔽工作を徹底するヴィランだ。得られる情報などたかが知れているだろう。

 

「話を戻します。リュウキュウ達と連絡がつかなくなった時間と場所から冥堂山は車で1時間もあれば辿り着ける程度の距離しかありません。」

 

ヒーローにとって因縁の場所、人を隠すには都合の良い大自然の要塞、移動距離も時間も現実的。積み上げればあげるほどあからさまな悪意と合理性を感じる。

 

「ミルコを始めとするトッププロヒーロー達を無力化しようと考えるのであればソレ相応な広さと設備が必要になります。」

 

「だから公安は冥堂山が怪しいと?」

 

「あくまで可能性の一つと考えているようです。冥堂山周囲の山脈の広さ捜索難易度を考えた結果、女子生徒の捜索活動と同時並行で可能性の一つである潜伏先の調査も同時にやってしまうほうが合理的だと」

 

それは確かにその通りだ。とはいえ、仮に公安が冥堂山に何かが確実に潜んでいると断言できる情報を持っていたとしても、憶測が過ぎる現段階でここまでの人数を投入するのは余りにもリスクが高い様にも感じる。

 

「私達も実際に痕跡を辿り切った訳ではないです。しかし、攫われた被害者達が冥堂山にいるのかも分かりませんが、この最悪の想像通りなのだとしたらば夏さんが攫われるのも時間の問題です」

 

「待て待て!冥堂山の近隣の山々だって500〜1000mはある山々に囲まれた山脈地帯だ!この人数で捜索にあたってる最中にミルコやリュウキュウを倒せる手練れに各個撃破されたら太刀打ちできないぞ!」

 

そうだ。それこそエンデヴァーやホークスといったこの国でも指折りの強者でなければ厳しい様に感じる。

 

「冷静さを失ってはいけない。」

 

手をぱんぱん、と叩いてそう言うエッジショット。

 

「エッジショット」

 

「あくまで俺たちがやる事は夏さんの捜索であり、件の誘拐事件の調査はあくまでもついでだ。そもそも本当に潜伏しているのかは確定ではない。違うかい?目良さんとやら?」

 

「そうです。あくまでも私達の本命は夏さんの捜索です。誘拐事件に繋がる不穏な痕跡があるかどうかは間中さんの安全が確実に確保されてから行います。」

 

「では、ここから先はラグドールさんにお願いします。」

 

そう言うと目良は後ろに控えていたラグドールと変わると背後のホワイトボードに地図を示し、次いで懐から取り出した指し棒である地点を指した。

 

「間中さんが行方不明になった山道から半径5キロの地点は既に地元警察が探索済みです。よってアチキ達が探索するのはソレよりも奥。彼女が下山しようと降って行った場合最も通り可能性が高いこのA地点。」

 

「Aっと。」

 

ピクシーポブがペンを取り出し、ラグドールが映したこと地図の上にAと書く。

 

「そして、件のヴィランがでくわす可能性が最も高いとおもわれるB地点。この2つのポイントを重点的に調べていきます」

 

「Bっと。」

 

マンダレイが同様に地図に書き込むと、ラグドールは一つ頷き説明を再び始める。

 

「B地点にはシーズンになると地元の人がタケノコなどの山菜をとるのに使う山道も通っており30分もあれば高速に乗れる公道もあります潜伏するにはおあつらえ向きです」

 

「成る程、仮にB地点に潜んでいなくてもヴィランを逃がさないように出口を塞げるのか」

 

「そうです。このB地点はラーカーズの皆さんを中心にお願いしたいんですが、よろしいですか?」

 

「構わない。捕縛は俺たちの十八番。そうだろうカムイ?」

 

「勿論です。」

 

「岳…マウントレディも頼むぞ。山岳救助じゃお前ほど頼りになるヒーローもそういない」

 

「勿論ですよ。あと、いま本名で呼ぼうとしてましたね?」

 

「気のせいだ」

 

3人とも、その辺で。眉間に皺を寄せた虎が低い声を出す。いつの間に背後に立っていた彼(?)が、ドスのきいた低音でシンリンカムイとMt.レディの背中にポンと手を置いた。何で俺までと目を逸らすシンリンカムイは怒っていいと思う。

 

(カムイさん何故か不遇なんだよなぁ…)

 

(これがパラパラってヤツですか!?今度物間に聞いてみまショウ!)

 

(虎…さては面白がってるね…)

 

(ネコネコネコ…間違いなく楽しんでる)

 

(サーチがなくなってもアチキ分かる。カムイ君は間違いなく不遇なキャラだね)

 

ソレをみた各々の反応も大分酷い。どうやら、そんな彼の受難はこれから先も続いていくらしい。

 

「ゴホン!兎に角、彼女の保護。ソレと並行してヴィランに結びつく不穏な痕跡の調査。被害者が無事にご家族に再会するためにも、ご協力よろしくお願いします」

 

ラグドールがそう言って締めると、会議は配置や装備に対する打ち合わせに議論を重ねていくのだった。そして、

 

「何やってんだこのバガ蜘蛛どもがァァァァァァァァァァ!」

 

この虫の知らせが少女の命をあと一歩のところで繋いた。

 

『ギギィッ!?』

 

突如乱入した土魔獣に気押される

 

「ピクシーポブ!目の前にいる大量の大蜘蛛に心当たりは!?」

 

「ある訳ないでしょッ!マンダレイッ!」

 

異形型。それも昆虫の個性を持つ人は当然の如く存在する。場合によってはリュウキュウの様に巨大化する人もいるにはいるが、流石にこの数まで分裂する個性と複合されているケースは聞いたことがない。

となると、『脳無』のように人為的に作られた生物兵器となるのだが、しかも辺り一面の山肌を覆い尽くすこの数はどう考えたって異常だ。

 

「手がかりどころかど本命?何にせよここで食い止めなきゃ歴史上類をみない生物災害になる!」

 

「あったりまえよ!逆立ってきたぁ!」

 

大蜘蛛と土魔獣達。双方入り乱れての乱戦は

 

《本部!こちらA地点北部担当のマンダレイ!行方不明の少女を保護しました!しかし、突如現れた無数の大蜘蛛と遭遇。ピクシーポブの土魔獣と乱戦中。至急増援をお願いします!》

 

《こちら本部のラグドール!了解!付近に散ってるヒーロー達が向かってる。なんとか持ちこたえて!》

 

《了解!是が非で助けるから!》

 

「ピクシーポブ!増援がくるまで私達でなんとか持ち堪えるよ!」

 

「勿論!休止中に衰えたなんて思わせないよ!」

 

双方共に拮抗している。

 

(アッチは大丈夫そうね)

 

蜘蛛達はピクシーポブが抑えている。

 

「大丈夫!?よく頑張った!」

 

「うぅ……ぅ……」

 

顔は恐怖のあまり顔色は真っ青で三日三晩ろくに食べずに歩き続けていたせいか頬もやつれていた。

 

(顔色は真っ青…でも脈と呼吸は正常な範囲内。よかったぁ…間に合った!)

 

それでも正常な呼吸と脈拍に安堵する。行方不明の少女の危機をギリギリのところで救えた。そんなことを考えていた時だった。

 

『ギィイイイアアアアアアア!!』

 

「……っ!? しまっ──」

 

ほとんど一瞬の出来事だった。ピクシーポブが抑え込んだ大蜘蛛達は数メートルは離れていた。しかし、魔獣の壁を抜けた大蜘蛛の1匹がその距離が一瞬で詰められ、二人を捕らえるべく覆い被さろうとしていた。

 

(あ、詰んだ)

 

眼前に迫る死を前にようやく状況を飲み込んだマンダレイであったが、もう遅かった。土魔獣で2人の援護をしようとするピクシーポブに対し、マンダレイも振り向きざまに仕込み鉤爪で応戦しよつと立ちあがろうとするも、迫る大蜘蛛よりも早く動き出すことは叶わなない。

 

『ギィイイイアアア────っアア゛っ!?』

 

牙が彼女達の軟い肌を突き刺す刹那。不意に響いた鈍い緑腕が、大蜘蛛をぶっ飛ばした。剛腕を形作るソレは蔓の束。一本一本が鍛錬と経験によって鍛え上げられた強靭な蔓が二人を守るべく飛び出したのだ。

 

「皆さん!無事ですか!?」

 

「ヴァイン!」

 

古代ローマのトーガを纏った彼女の名は塩崎茨。かつて林間学校で指導した女生徒が2人の命を繋いだ。

 

「ラーカーズの皆さんは!?」

 

「エッジショットさんとMt.レディはC地区の補佐を!カムイさんはB地区で殲滅戦!私はグレープジュースとセロファンと共に皆さんの援軍です!しかし、予想以上に数が多く、2人は周囲の大蜘蛛達の足止めに従事してます!」

 

つまり、依然として、この大蜘蛛達は周囲に拡散し続けている。増援は期待できそうにないらしい。

 

「邪魔ダァァァァァァァァァ!」

 

声の主。ピクシーポブが大蜘蛛達を蹴散らしながら木々の間を駆けていく。

 

「戻ってキタァァ!大丈夫?2人共!?」

 

そうしてなんとか2人の元に戻ってこられたピクシーポブが2人と背中合わせになる様に大蜘蛛達と対峙する。

 

「ヴァインが来てくれたから大丈夫。でも、復帰してそうそうに、この大群相手に大立ち回りなんだけど。やれそう?」

 

マンダレイが仕込み鉤爪を構えながらピクシーポブにそう尋ねる。

 

「うーん…私だけならちょっと厳しいかな?」

 

そんな問いにピクシーポブがニヤリと笑って答える。

 

「なら、私達もいるから大丈夫。そうでしょ?ヴァイン。」

 

「勿論です。この日のために磨いた力ですから」

 

マンダレイは笑いながら、塩崎はいつもの様に真顔で淡々と告げた。

 

「ねこねこねこ!ソレは何より。じゃあ────暴れるよ!」

 

後ろには守らなければならない今日を生き抜いた少女が1人。守る為にピクシーポブは土魔獣を突撃させ、巨像を巨蟲の群れを蹂躙していく。一瞬遅れて塩崎の蔓が大蜘蛛へと切り込み、守るための死闘の幕が上がる。

 

───────────────────────────────────

 

 そんなこんなで、死闘が始まり30分が経過。無限に押し寄せるかと思われる大蜘蛛達相手にギリギリで立ち回るも要救助者1名を抱えて戦闘が本職でないヒーロー2名とセミプロ1名の耐久戦は余りにも過酷だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「はぁ、はぁ…… しつこいなぁ……」

 

「………っ、っっ……」

 

 死屍累々と積み上がった大蜘蛛だった死骸に囲まれ、なんとかこの場を切り抜けた三人は、辛くも大蜘蛛達を殲滅した。しかしながら、さすがに疲弊し始めたのか、全員が肩で息をし、膝に手をつけ、流れ出る汗を拭っていた。

 

「もうむり……しばらく戦いたくない……」

 

特にピクシーポブの言語能力が死んでいる。目も死んでる。

 

「はいはい、被害者の前で弱音を吐かない。」

 

「わかってますぅ…………」

 

 とはいえ、そうピクシーポブが弱音を吐きたくなるのも無理はなく、彼女の土流は強力だが、一歩間違えば土砂災害に繋がりかねない危険な個性だ。ましてやこの大蜘蛛達を同時に相手をしながら味方を巻き込まない様に土魔獣の精製と防御をこなした彼女が一番疲弊していた。

 

「とはいえ、なんとか切り抜けた」

 

「えぇ、一先ず撤退しましょう。迷える子羊さんに休息を与えねばなりません。」

 

 ただ、彼女達はこの時、気を抜いてしまった。なんとかなった。などと気を抜いてしまった。最悪の現実は、私達の想像をはるかに超える形で具現化するのだと。

 

そして────それは、突然飛来した。

 

 ぽとりと、何かが彼女らの足元に落ちる。ピクシーポブがハッとして足元に目を向けた時にはもう遅い。それはパン!と軽い破裂音と共に、大量の煙を吐き出した。

 

「煙幕!?新手!?」

 

「げほ!げほ!ヴァイン!蔓で煙をふきと────んんっ!?」

 

 辺り一面を白く染め上げる程の粉塵が舞う。一寸先も見えない濃霧の中でそれでも周囲を警戒する中、数度むせることで行動が遅れたピクシーポブの声が途絶え、ズルズルとなにかが地面を引きずっていく。

 

「ピクシーポブさん!!?」

 

「ピクシーポブっ!?」

 

塩崎が蔓を束ねて薙ぎ払い、煙を払う。背後にいたはずの間中さんの姿も無かった。

 

(不味い!)

 

《ラグドール!ピクシーポブと夏さんが攫われた!探索に優れたヒーローを───っ!》

 

刹那、足元に走った痛みにマンダレイは視線を落とした。

 

「こんな時に───ッッッ!?!?!?!?!?!?!?」

 

削られた視野に飛び込んだ光景は、蜘蛛。脚に、太腿に、腹に、胸に、腕に。

体の至るところを手のひらサイズの子蜘蛛達が這いまわっている。その脚が動く感触が肌に伝わった瞬間、マンダレイは堪らず金切り声を上げて藻掻き始めた。

 

「な、ぁ────ッ!!?? 煙幕に隠れて地面、からッ……!!??」

 

 地面から、またしてもゾンビのように一斉に湧き出したその子蜘蛛どもは、マンダレイの体躯を縛り上げようと一斉に糸を吐きながら這い回る。

 

《マンダレイ!?どうしたの!?応答して!?》

 

無線から聞こえるラグドールの言葉に反応なんてしてられない。───“不快”。人間の細胞に刻まれた恐怖はマンダレイの脳みそを簡単に埋め尽くした。

 

(不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い!)

 

そんな彼女の叫びなど蜘蛛に届くこともなく、無慈悲に糸は身体に巻き付けていき、彼女の体を締め付ける。

 

「ぐぅ……っ!ほどけっな、い!」

 

──────プチュッ!

 

「っ……!?」

 

 首筋と手首に打ち込まれた鋭い痛み。振り返るとそこには小型の蜘蛛が牙をつけたている。牙を伝って血液に‘‘何か‘‘が流し込まれたと同時に視界が歪む。 地面が揺れ、まともに立つ事すら出来なくなってしまう。

 

(毒針!?…不味いっ…痺れて……)

 

血液に‘‘何か‘‘がドクっ…ドクッ…と流し込まれていくと同時に視界が歪む。

察するに神経毒の影響か、手足の指先が痺れ、両足から力が抜け膝が曲がりちゃんと真っ直ぐに立っていられなくなる。

 

「あぐっ───くぅ……っ!」

 

 毒針によって、もがきが小さくなったことを契機に蜘蛛達はさらに糸を巻き付け彼女の動きを完全に奪いにかかる。器用に手足を使い、両腕を後ろ手に捻り上げると、腕と胴体を一緒になるように巻き上げる。

 体の首から下をまるで一本の棒のように縛られ、糸を巻き付けられた胸や太ももが卑猥に歪む。元々大きな彼女の胸が糸によって強調され、より一層その大きさを主張していた。

 

「んっ……くぅっ────あぁっ!」

 

(ダメだ……私の力じゃ解けない……)

 

なんとか逃れようともがく彼女の抵抗は、お前の抵抗など無意味だと、そんな嘲笑うかのようにギチギチと糸が軋む音だけが周囲に響く。

 

「マンダレイ!今助け────!?」

 

そんなマンダレイを助けるべく、身体に這い回る蜘蛛を蔓で振り払おうとする茨。しかし彼女の眼前が黒に染まった。

 

「んなっ!?」

 

それはマンダレイの身体に張り付いソレらよりも一回り大きい蜘蛛だった。

本能故か、あるいは屈強な同胞を蹴散らす獲物に怯えた故か木々の上に潜んでいたソレらが茨に向かって飛びかかったのだ。

 

「フンッ!」

 

そんな刹那の一瞬。瞬時に対象を蜘蛛へと変更し、張り付く前に迎撃する。鍛え、叩き上げられた強靭な棘の蔓は並みの物量など簡単に覆す。

 

もっとも───。

 

「な!?」

 

蔓によって切り裂かれ、割れた蜘蛛から放たれたのは、緑色のガス。獲物を仕留めるべく、溜め込んだ体液が気化。そして体外に放出されたことにより気化したガスが膨張する事により猛烈な勢いで噴出した。

 

「ガスっ!?」

 

 すぐさま地面に伏せ息を止める。しかし、予想以上にガスが充満する速度が速く少し吸い込んでしまう。猛烈な勢いで体力が奪われていく。体の状態から察するに麻酔ガスのソレに茨は眠りそうになるのを必死に耐える。しかし、

 

「ギギギッ!ギギギッ!」

 

「キャシャァァァァァッ!」

 

それは手のつけられなかった猛獣が見せた致命的な隙。並みのヴィランであれば、悪くない手ではあったのかも知らないが、数千を超える軍隊を前には悪手同然。今度こそ、白いトーガを纏ったヒーローに蜘蛛達が襲いかかる。

 

「キシャシャア────ッ!」

 

大蜘蛛達は待ち望んでいた瞬間の訪れに我先にと飛びかかり、散々大立ち回りをしてきた塩崎に津波のように押し寄せる夥しい数の大小入り乱れた蜘蛛達は軍隊アリを遥かに凌駕する群れとなって塩崎を組み伏せた。

 

「しま────っ! このっ!! 離しっ────っ!!」

 

なんとか立ちあがろうと圧し掛かる数匹を必死に振りほどくが、塩崎自身の膂力は平均よりも多少は優れているが、所詮はドングリの背比べ。個性に依存した彼女では自身の何倍もの体格の獲物を捕え、運ぶ蜘蛛達相手にかなう道理がない。多勢に無勢で腕を押さえられ組み伏せられてしまう。大小様々な蜘蛛達がわらわらと塩崎の身体に絡みつくが、なんとか辛うじて、彼女の白い手だけが小さい蜘蛛を払おうとするのだけが垣間見えた。

 

「ヴァインっ!だ、誰かぁぅっ!────むぅうっ!?」

 

 そんな塩崎をみて、助けを呼ぼうと叫ぶマンダレイ。しかし、待っていましたと言わんばかりに彼女が口を大きく開けた瞬間、彼女に張り付いた一番大きい大蜘蛛が、彼女の口の中に糸の塊を捻じ込み、マンダレイの口を塞いだ。そうして、絶対に吐き出されまいと、彼女の身体を器用に回転させ、口の上から覆うように二重、三重にと口を塞がれ呼吸の通り道をどんどん奪う

 

「む゛〜〜〜!!んぅぅっ〜〜!」

 

強烈な危機感に全身を激しく暴れさせ、跳ね、身を捩るが、無慈悲に吹き付けられる粘糸の戒めは一切緩まない。それどころか、体を蝕む毒と塞がれた口による酸欠によって、みじろぎも弱々しいものに変わっていく。

 

「おやめなさいっ!?……はな、し────あぁっ!?ぁ……っ!」

 

そんなマンダレイと同様に個性すらマトモに使えないほど、恐怖に満ちた塩崎もまた必死に身体をゆすって蜘蛛達から逃れようと抵抗する。しかし、無常にも蜘蛛達に吹き付けられて巻きつけられていく粘糸は確実に彼女の動きを封殺し、捕らえていく。

 

「やっ、やだっ────やめて、ゆるし───むぐっ!?」

 

己の末路を想像し、思わず漏れた許しの言葉などに目もくれず、悲鳴をあげようとした塩崎の口をマンダレイ同様に塞ぎ、黙らせた。

 

(ダメ……い、いや……放して…助け……て……)

 

(ごめん……虎……あと…お願い…)

 

そんな彼女達全身が白い糸で覆われるのに、一分と掛からなかった。

ネチャリ…ネチャリと僅かにもがき、滑り落ちる音が蜘蛛達の群れの中で虚しく響く。こうして、蜘蛛の毒牙に落ちた2人の姿は洞窟の奥底へと消えていく。ねじれ達とヴィランが邂逅した直後の出来事だった。




最新話は絶賛執筆中だから気長に待って手もらえたら幸いです。
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