悪徳プロデューサーへの転生 ~バッドエンドを回避するため枕営業させていた彼女たちに優しくしていたら、いつの間にか好意を寄せられてました ※ただし枕営業は辞めません 作:柊咲
三年ぶりの再会。
嬉しさは一切ない。
むしろ笑みを浮かべて私を見る元旦那を見て嫌悪感しか抱かなかった。
「どうして、ここにいるんですか……?」
「どうしてって、お前に会いに来たんじゃないか」
「会いに……会いに、ですって。あなたが残した借金のせいで、私と桜子がどれだけ大変だったと思ってるんですか!?」
「いやいや、それは悪かったって。でもお前、借金を返したんだろ?」
「え……?」
へへっ、へへっ、と口の端をピクピクと痙攣させたように笑う。
「どうしてそのことを、知っているんですか……?」
「え、まあな。それよりよ~」
「答えてください! どうしてそれを知っているんですか!?」
旦那様が肩代わりしてくださってまだ一週間しか経っていない。それなのにどうして知っているのか。
そして彼は足下を見て、ちっ、と小さく舌打ちした。
「金融会社から連絡きたんだよ、どっかの社長が全額支払ってくれたって」
「金融会社から……? 私名義で借金したのに、どうしてあなたに連絡がいくんですか!」
「……ちっ、どうだっていいだろ。それよりよ、やり直さねえか、俺たち」
「何を、言ってるの……」
「借金のことは悪かったって。反省してる。だからさ、綺麗さっぱり無くなった状態でやり直そうぜ、なあ?」
「私がそんな話を聞くと思っているんですか。私と桜子を捨てたあなたの話を!」
どうしてこんなこと言い出したのか。
そもそもなぜ今になって私の前に現れたのか。
その理由はすぐにわかった。彼は私とよりを戻したいんじゃない、桜子の父親に戻りたいんじゃない。
「じゃあよ、その借金を肩代わりしてくれた社長さん……俺に紹介してくれよ」
やっぱりそうか。
私は怒るわけでも、悲しく思うわけでもなく、ただただ自分が情けなく感じた。
こんな男を一度でも好きになった自分を。
「お断りします」
「えっ、いやいや、紹介するぐらいさ、いいだろ別に。どうせ今はその社長の愛人とかやってんだろ? だったらよ、少し体を使って頼んでくれよ、な?」
「違います。それに、なんと言われてもお断りします。……もう私たちの目の前から消え──」
「──あっ、そういえば桜子、随分と綺麗になってたなぁ?」
元夫は、ニタァっとした笑いを浮かべる。
「もしかして、桜子に枕営業とかさせてんの?」
「そ、そんなこと……自分の娘のことをなんだと思ってるんですか!?」
「だってあんな美人だったらよ、変態社長なら高く買いそうだよな……? お前の若かった頃に似て、いい女になったな、んん?」
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「やめて、来ないで!」
「……俺とやり直すか、その社長を俺にいい感じに紹介するか選べよ。じゃないと、これから桜子に会いに行っちまうぞ?」
目の前に立って、「さあ、さあ、さあ!」と結論を焦らせる。
桜子に元旦那を会わせたらいけないとすぐに理解した。
こんな変わり果てた父親の姿を、あの子が見たらきっと悲しむと。
それにもし会えば、今度は桜子にお金を要求する。
綺麗なあの子に枕営業しろとか迫って苦しめる。
だから会わせるわけにはいかない。
でもこの人は、桜子の通う高校は知らなくても、通っている養成学校も、声優事務所だって知ってる。
「どうすんだ? あんまり黙ってると、今から桜子にお願いしに行こうか? ママの代わりに、優しくてお金持ちの社長と枕営業してくれって」
「そ、そんな……っ!」
「だったら早く──」
不意に彼の口が止まった。
私を……いや、私の頭上を見て固まっていた。
「大丈夫ですか、京香さん」
声がして振り返ると、旦那様が心配そうに私を見つめていた。
♦
完璧なタイミングだったかもしれない。
「どうして、ここに……」
「腕時計、忘れてますよ」
彼女が家を出てすぐ、功労者であるトラタローを撫でようと思ったら、トラタローはキッチンから姿を現した。
そしてなぜか京香さんが身に付けていた腕時計を咥えていた。
「あっ、これ……すみません、料理するときに外したまま」
「いえ。明日また来てくれたときに渡せばいいかなって思ったんですけど、これ、娘さんからプレゼントしてもらったものだって前に言っていたので。腕に付けてないことに気づいたら不安になるかなって。それに気付いたのも早かったので、追い付けるかなと思いまして。──来て良かったです」
俺は京香さんの肩を抱き引き寄せる。
「彼女に何か用ですか?」
「いやいや、用って……そいつはうちの妻だ。あんたこそ何者だよ」
「元、ですよね? 私はガレイドカンパニー社長の蛇口蜂馬です」
「え、あっ、あんたが……!?」
名乗った瞬間、目の前の男の顔色が変わった。
「そう、でしたか……いつも妻と娘がお世話になっております。俺は──」
「名乗らなくて結構です。行きましょうか、京香さん」
「え、あっ、はい!」
彼女の肩を抱きながら踵を返す。
「いや、いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ~!」
「あなたと話すことは何もありませんので」
「はあ!? あっ、いや……妻と娘がお世話になっているお礼がしたいので、ねっ、ねっ、ゆっくりお話でもしませんか? お互い誤解もあると思うんで、ねっ?」
徹底的に無視を続けながら、空車のタクシーを見つけたので止める。
「京香さん、どうぞ」
「いやいや、ちょっと無視しないで……。って、おい、無視すんなって! おい──」
「運転手さん、とりあえず走らせてもらっていいですか?」
彼の体を押してドアを閉めてもらうと、タクシーが走り出す。
尻もちを突いた男は「傷害だぞ! 立派な傷害事件だぞ! 訴えてやるからな!」という叫んでいた。
「怪我はなかったですか、京香さん」
「は、はい……助けてくださって、ありがとうございます」
俯いたままの彼女は少し震えていたけど、それでも笑顔で頷いてくれた。