はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
リザードマンはちょこまか動く獲物を追いかける習性があると聞く。だから襲われないためにはなるべく真っ直ぐ走って逃げる必要がある。だけどこの部屋はそれをするには狭いし、リザードレディもかなり大きく幅を取っていた。さっきまでなら白シルキィが出せたので、それを囮にすることができたけど、今はそれができるのはわたし本人だ。絶対ヤダ。怖い。幻惑魔法が使えないとなるとわたしができる攻撃はダガーで切ったり刺したりするだけ。あんなでっかいトカゲに対してはいても完全に足手まとい。少なくともまた使えるようになるまではウロチョロしないようにさっさと離れなきゃ。となると今使えるのは隠密スキルだ。
「……えいっ」
掛け声をかけると、わたしの存在感がすっと薄らぐ。これはサキュバスが夜の窓から忍び込んで、眠っている人間を起こさずに精気を吸いだすのに必須の種族能力なのだ。
(基本能力はちゃんと使えるのになあ……性格が一番サキュバスに向いてないんだよなあ……)
できるだけ足音を立てずに、わたしは石の柱の後ろに回り込んだ。自分の安全を確認してから隠密を解く。
「シルキィ君! ちゃんと離れましたか!?」
「は、離れてます! うひぃ!」
返事をした瞬間、またリザードレディのしっぽが頭上に迫ってきて石の柱にぶつかり、わたしはびっくりして尻もちをつく。
「お前の相手はこの俺だぜぇ!!」
目を開けると、ドーソンさんがリザードレディに切りかかるところだった。リザードレディが鉤爪でその攻撃をはじき返し、そのまま噛みつこうとした鼻づらにリィナさんが放った石が当たり、少し動きの鈍った顎が、後ろに仰け反ったドーソンさんの頭がさっきまであった空間をガチンと噛む。
「噛まれたら最悪だよ! 気をつけな!!」
「あっぶねえ、肝が冷えるぜ!」
「ドーソン、リィナ! できるだけ鼻づらか目を狙ってください! そこ以外は通りませんよ!!」
レイモンドさんは砕けた柱からこぼれた砂をつむじ風で巻き上げ、リザードレディの顔面にぶち当てる。
『シャアアアアアアアア!!!!!!!!』
「んひぃいいい……」
目と鼻の穴に砂が入ったリザードレディが暴れだした。石畳を砕きながらどかんどかんと足を踏み鳴らし、尻尾を激しく振って打ち付ける。振動で落ちてくる石が危ないので、わたしはリュックを頭の上に乗せて小さく蹲った。
「ああ畜生! 剣が欠けちまった!! こなくそぉ!!!」
目を開けると、ドーソンさんがリザードレディの後ろに回り込み、顎を抱え込んで開かないように押さえつける!
「よっしゃ、いっくよー!!」
「いってえ!」
リィナさんが壁を蹴って飛び上がる。振り回される尻尾よりも高い位置からリザードレディの背に着地、そのまま駆け上り、ついでにドーソンさんの背中も踏んづけて頭まで登った。
「チャームポイント潰して悪いね!! えりゃっ!!」
リィナさんのダガーが真っ赤な片目に突き刺さる。リザードレディは吠えながら体を大きく揺すり、しがみついたドーソンさんとリィナさんを振り回す。
「レイモンド―っ!!!!!!」
「手が外れちまう!! 早く何とかしてくれぇっ!!!」
「いっそ離してください!!」
レイモンドさんが駆け寄り、地面を蹴る瞬間に掌を下に向け、風の精霊魔法を発動した。すると剥がれかけていた石畳の下で発動した竜巻がレイモンドさんを乗せたままの足場を浮き上がらせ、リザードレディに向かって発射した! わたしは子供のようにはしゃいでしまう。
「すっごい!! レイモンドさぁん!! やっちゃえ!!」
「喰らいなさい!!」
顎の拘束を解かれたリザードレディは飛び込んでくるレイモンドさんを大きな口を開けて迎え入れる。レイモンドさんは射出されながら両手で練っていた火球をそこに叩き込んだ。火球は大きな火トカゲに変わって、リザードレディの喉の奥に飲み込まれていく。火球を放ったレイモンドさんは身をよじって顎が閉じる前に横に逸れて飛んだ。しかしマントだけが牙に引っかかって食いつかれ、後ろに引き戻される! 火球の炎で燃えたマントが千切れて宙に投げ出されるレイモンドさんを見て、わたしは飛び出していた。
「レイモンドさんっっ!!!!!」
ばん、と音がして、背中にしまっていたサキュバスの羽根が広がる。もちろん隠密スキルで不可視化してるけど、勢いは殺せるはず!!
「ぐあぁっ!!」
「くふぅ!!」
レイモンドさんの大きな体を受け止めて、胸の奥から息が絞り出される。わたしたちは抱き合いながら固い地面に転がった。
ずずん、とリザードレディが倒れたらしい音と振動が伝わってくる。レイモンドさんがかばってくれたのか、地面にぶつかった痛みはさほどなかった。
「レイモンド!」
「シルキィちゃん!!」
ドーソンさんとリィナさんが駆け寄ってくる。わたしたちはのろのろと身を起こし、顔を見合わせた。
「シルキィ君、君、怪我は?」
「あ、ありません。レイモンドさんは……?」
「大丈夫、かすり傷です」
「よかった……わ!」
わたしは今更抱き締められている事実に赤面してしまう。もっとすごいことたくさんしたけど、改めてこういうの、照れるんだもん!!
「ふたりとも無事みたいだね」
「剣が欠けちまったよぉ~。あーあー」
ドーソンさんとリィナさんも大丈夫みたいだった。
「ちょうどいい、その剣で皮を剝ぎましょう。防具屋に売れるので」
「ちょうどいいってなんだよぉ! 俺のよぉ!! 愛剣をなぁ!」
「しかしこのリザードレディでかいねえ。これ以上何かを持って帰るのは無理かもしれないよ」
わあわあ言いながらもみんなで協力して、リザードレディの皮を剥いだ。ひぃん、生臭いよぉ……。
「地下七階まで降りる予定でしたが、今回はここで引き返すべきですね。荷物がいっぱいだし、ドーソンの剣も欠けた」
「あんたがそう言うならそうしよう、レイモンド。ちょうどこの部屋でこの階は終わりのようだし」
リィナさんが親指でくいと示した先に、降りる階段があった。
「誰が作ったのか知らねぇけど、深いトコのほうが逆に設備整ってたりするからダンジョンってのは変な所だよなぁ」
「歩きやすいのはいいんですが、土の魔法が使いづらいんですよね……。さて、元来た道を戻りましょう。シルキィ君も、次に潜る前にもう少し装備を整えたほうがいいです」
「その……次もまた一緒に潜っていいんですか? わたし、皆さんの役に立ててますか?」
次、というレイモンドさんの言葉に、わたしは思わず問いかけてしまう。
「あんたが嫌じゃないんなら、あたしはまたあんたと潜りたいよ」
「ちょうど一人減ってたとこだしなぁ」
「私こそ逆に聞かなければいけませんでしたね。また私たちと潜ってくれますか?」
ああ……。
「はいっ! わたし、頑張ります!!」
こうして私は、レイモンド班の仲間になった。皮袋の水で乾杯して一口飲んだ水は、今まで飲んだ水の中で一番甘かった。
「シルキィ君、地上に戻ったら、どっちがどっちの体かわからなくなるくらい、めちゃくちゃに抱きますよ。覚悟してくださいね」
「ぷぴぃっ!!」
まだ飲んでる最中なのにレイモンドさんがものすごく雄を感じさせる声でそんなことを囁いてくるので、変な声で水を噴き出してしまってドーソンさんとリィナさんにすごく笑われた。
「も、もう! 今そんなこと言わなくたっていいじゃないですかぁ!!」
「ははは。すみません」
「そういうの、地上に戻ってからやっとくれよ!」
「それもいいけど、先に飯な! 金も入るし、今回くらいは歓迎会ってことでパーッとやりたいぜぇ」
土埃で汚れた顔で、わたしたちは笑った。
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