はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
約束の日。わたしはツブラさんのお店に預けていたダガーを取りに街に出た。そのままギルドでレイモンドさんたちと合流するつもりなので、新しく買ったマントなどを着ていく。もちろん、レイモンドさんにもらったピンクの小鳥のマント留めもしっかりつけている。これがあると、レイモンドさんといつも一緒にいるような気持ちになれた。淫紋でいつも繋がってるじゃん! って頭の中のおねえちゃんのイメージが突っ込んで来たけど、そういうんじゃなくてさ、もっと普通の恋人っぽいつながりっていうかさ……。
「まだ恋人……ではないんだけどさ」
わたしの体の中でレイモンドさんに見せてないとこなんかないし、レイモンドさんは手だって握ってくれるけど、それでもわたしたち二人はあくまで契約者同士なのだ。
「う~、頑張るもん!!」
へにょっとしょげそうな顔を両手でぺちぺち叩いて、わたしはツブラさんのお店のドアを開けた。
「いらっしゃーい、お、レイモンドが連れてたお嬢ちゃん。調整終わってるよ」
カウンターにいるツブラさんの顔の周りには赤銅色のオーラが見えていた。これはきっとドワーフのオーラなのだろう。おねえちゃんがエルフのオーラは緑色って言ってたのに、レイモンドさんのオーラが蜂蜜色なのもきっと何か理由があるんだと思う。でもまだそれが何かわからないから、一旦頭の外に追いやる。
「ありがとうございます、ツブラさん! わぁー、ほんとに軽いなあ」
「握って見なよ」
受け取ったダガーの柄を握って、鞘から抜く。この前よりもさらに握りやすくて、きっとこれからの戦いで活躍してくれそうだと思った。
「とっても握りやすいです!」
「そいつはよかった。そいつに何かあったら相談しに来なよ。他の物が欲しかったり、防具が気になったりした時も来ておくれ。他の店よりいいもの置いてる自信があるからさ」
「はい! その時はよろしくお願いします!」
返事をして、ダガーを腰に装着する。うん、本当に軽くていい感じ。
「なあ、あんたさあ。レイモンドに惚れてるだろ」
「ふわっ!!?」
ツブラさんがいきなりそんなことを言うので、わたしは変な声が出てしまう。
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんでそんなことっ!?」
「うろたえすぎ、そんなんで隠せてるわけないでしょうよ。まあ、あいつに惚れてる女はいっぱい見て来たからね、すぐわかるわ」
「そ、そうなんですか?」
「惚れる女はいっぱいいる。寝た女もいっぱいいただろうね。でも、そこから先に進んだ女は知らないんだよね。あいつ、顔に鎧着てるから」
「顔に? 鎧? ですか?」
「あたしはさあ。エルフなんか大嫌いだけど、あいつはなんか放っておけないんだよね。たぶんあんたもあいつのそういうとこが気になってるんだと思うけど。あいつ、エルフらしくないだろ? 知り合ってずいぶん経つけどさ、あいつ、ちょっと前までエルフらしくなろうとしてみたり、人間の真似してみたり、わけのわかんないことしてさ、今は一生懸命人に親切にすることで自分のこと好きになろうとしてる最中だからさ。他人を好きになってる暇がないんだよ。今までそれを受け止められるほど根性のある女がいなかったってことでもあるけどね。まあ、あいつとどうにかなりたいんなら、どうやったらあいつの顔の鎧を引っぺがして裸にできるかを考えな。これはこれからのお得意様にあたしからの助言のサービスさ」
くしゃっとしたウィンクで、ツブラさんは見送ってくれた。わたしは店を出て、冒険者ギルドへ向かう。レイモンドさんの顔の鎧かあ……。人は誰でも期待された自分になろうとして無理するときはあると思う。わたしもサキュバスらしくできなくて今ここに出てきてるんだし、全然わからない話でもなかった。だけどもしそれがレイモンドさんにとって重くて窮屈なものなんだったら、脱いで軽くなって欲しいなって思う。
「なんかいつもより騒がしい……かも?」
そんなことを考えながら歩いていたらギルドのある建物に到着した。いつも賑わってはいるけど、今日はなんだか嫌にざわざわしている……。屈強な人が多くて怖いんだけど、わたしはレイモンドさんたちを探して中に入った。
「お、おはようございます、お待たせしました……! 何かあったんですか?」
背の高いレイモンドさんの秀でた額と長い耳が人ごみからひょっこり出ていたのですぐ見つけることができた。
「シルキィ君、おはようございます。ちょっとトラブルがありまして……」
「トラブル?」
見ると、怪我をした猫獣人の女の人がリィナさんに介抱されている。この人どこかで見たことあるな……。
「ライオット班のアーダだよ。こないだ会ったろぉ?」
あ、そうか。この間隣に分岐した穴でマノンさんの後ろにいたもう一人の女の人! 暗くてよくわからなかったけど、猫獣人だったんだ。
「ほら……水飲んで……一体全体何があったんだい。ライオットとマノンは?」
リィナさんが差し出したお皿から舐めるようにぴちゃぴちゃ水を飲むアーダさん。
「さっき尋常じゃないようすで駆けこんで来たんですが……息が切れて話ができないようなので落ち着くのを待っていたんです」
レイモンドさんが眉根を寄せながら教えてくれた。
「んく……んく……。ハー、ハー。く、苦しかった……ニャ。お水ありがとうだニャ……」
「そんなことはいいんだよ。あんたが一人で帰ってきたってことは何かあったんだろ? 早く話しておくれよ」
「三十七階で、違反者と会って、戦闘になったんだニャ。奴ら数が多くてニャーたちだけじゃ捌ききれなくて、一番足が速いニャーに、ライオットが助けを呼んで来いって……」
「それはいつの話ですか?」
「昨日の、多分夜中だニャ。ニャーは休まずに走ってここにたどり着いたニャ。ライオットがかなり頑張って、何人かは倒してるはずだけど、心配ニャ。今いける奴に、加勢に行ってほしい……ニャ。ハァ、ハァ」
アーダさんは一気に話すと、ぐったりとして荒い息をした。
「みなさん……」
レイモンドさんが班のみんなの顔を見回す。こころなしか顔が青ざめているようだった。
「おい、しっかりしろよ。あんた班長だろレイモンド。言いたいことははっきり言え」
「その口から出る言葉によってはあたし、あんたを見限るよ。言いな」
ドーソンさんとリィナさんはまっすぐレイモンドさんを見据える。わたしはレイモンドさんの手をそっと握った。
「マップの先に行けるのはマッピング師だけです。私は助けに行きます。一緒に来てくれますか?」
『当たり前だろ!!』
ドーソンさんとリィナさんは、まったく同じ表情と言い方で答えた。
「シルキィ君、君は無理についてこなくてもいい。私たちの帰りを待ってもいいです。私は君にも無茶をさせたくない。どうしますか?」
レイモンドさんの顔は真剣そのもので、顔の部品全てが鋭く尖った印象で少し怖かった。わたしはツブラさんの言葉を思い出す。
(今は一生懸命人に親切にすることで自分のこと好きになろうとしてる最中だからさ。他人を好きになってる暇がないんだよ。今までそれを受け止められるほど根性のある女がいなかったってことでもあるけどね)
そんな人を一人で待つなんて、わたしは嫌だ。
「行きますよ! 何言ってるんですか!? わたしは、わたしはレイモンドさんの……レイモンドさんのお弁当でしょ!! お弁当持たずに冒険に出たら! その、大変なんですからっ!!」
は? 弁当? なに? みたいな声が周りから聞こえてくるけど気にしない!! わたしはレイモンドさんと一緒に居たいの!!
「わかりました。では、行きましょう。一刻を争います」
レイモンドさんの手が、わたしの手をぎゅっと握り返した。
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