はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
結果から言うと、ものすごーく難航した。もうインプ全然寝なくて、アルベリオは「おまえ、寝かしつけの才能がゼロだわ」とか言いながらもいろいろコツを教えてくれた。口笛が吹けないので、手を叩く音を解除のスイッチにしていたので、叩きすぎた手のひらが痛い。
「別に音だったら言葉でもいいんだぞ。誰でも言うような言葉にすれば運が良ければ簡単に解けるし、逆にめったに言わないような言葉にすれば解いてやる目的で言う奴がいねーかぎり解けねえんだ」
「んー、じゃあ……おはようって言ったら起きるようにしようかな」
「今日はもう無理だな。集中力が完全に切れてるだろ。外も日が暮れ始めてるし。今日は帰って明日また来いよ。俺がいつでも優し~く教えてやるからよ。ケケッ」
レイモンドさんのことを考えるとあんまり時間をかけたくないけど、確かに頭を使いすぎて散漫になっている自覚があった。
「俺らなら誰でも簡単に催眠はできるとは言ったが、集団催眠ができるほどのバケモンはそんなに多くない。催眠は基本的にはかける奴とかけられる奴の一対一の世界を作るのが成功の近道だ。一旦帰ってどうやったらうまく行くかよく考えな。そんじゃま、オツカレ」
アルベリオにおつかれと言われてしまうともうその日はおしまいだ。わたしはおねえちゃんが待っている家へとぼとぼと徒歩で帰った。
「シルシルお帰り~。今日はどうだった?」
台所で大量のシバリックビを揚げながら、おねえちゃんが明るく声をかけてくれた。
「ただいま~。おいしそうな匂い! おなか減った~」
「すぐご飯になるからおてて洗っておいで!!」
言われた通りに水がめの水で手を洗う。近くの棚におねえちゃんとお母さん、あとロスアスタさんの使っている香水がたくさん並んでいた。そういえばわたしは香水って一個も持ってないな。こんなにたくさんどうするんだろうと思ってたけど、催眠の成功に関わってくるんならこだわるのもわかる……。大人のサキュバスとしては一個くらい持ってたほうがいいのかも。そんなことを考えながら食堂に行くと、配膳を手伝う。
「いただきます」
「いただきまーす。で? で? どうだったの?」
ハート形のパンを千切りながら、おねえちゃんは興味深々ってかんじで再び聞いてきた。
「一個目の試験は合格した。けど二個目の、インプを眠らせるのができなかったから出直しになっちゃったの」
「一個目の試験ってなんだったの?」
「ん……アルベリオの誘惑に耐える事」
わたしはアルベリオのさりげないのに強引な手際を思い出していた。なんていうか、女の子の体の芯を揺らすようなすごい匂いの香水だったな……あれ。
「アルアルね~。いい男になったよねえ~。都会で経験をつんで来た男ってみんなあんなふうになるのかなぁ。今のアルアルだったらおねえちゃんも一戦お願いしたいかも~♡
「えぇ……やめときなよ。アルベリオ意地悪だもん。してる最中も絶対意地悪してくるよ」
仏頂面でそう言うと、お姉ちゃんはなんだかクスクスと笑いだした。何?
「シルシル~。アルアルが意地悪するのって、シルシルだけなの。知ってた?」
「へ? 嘘。じゃあこの近所でわたしだけがずっと意地悪されてるってことなの?」
おねえちゃんは我慢できないといった感じでケラケラと笑いだした。
「うふふふ~♡ そうだよ~。だから子供の時からアルアルはめちゃくちゃモテたよ~。アルアルのこと好きにならなかった女の子って、妹のリルリルとシルシルくらいじゃないの~? でもね~。アルアルって、追いかけられるのが好きな男の子だからね~。なんか考えることでもあったのか、急に都会までポーンと行っちゃったけど、そこまで追いかけるガッツのある子がいなかったから未だに一人なんだよ~」
「そうなんだ。変なことする人なんだ……」
「シルシルだって人間の世界にポーンと行っちゃって、エルフと契約結んでくるんだからかなり変なサキュバスだよ~」
「まあ、それはそうだけど……」
よくわからない話を聞いた気がして、わたしはごはんをもぐもぐと食べることでコメントを放棄した。
おねえちゃんは揚げシバリックビが大好きなので、いろんな味付けを試してこれだ、というレシピが見つかったらしく、お店で売ってる奴と遜色ないくらいおいしい揚げシバリックビを作る。あっちに戻ったらまたしばらく食べられなくなるからできるだけいっぱい食べたい。
「相変わらず、おねえちゃんの揚げシバリックビすごくおいしい。なんかこう、いくらでも食べたくなる香りがする」
「でしょ~? 猛りの根を効かせてるからスタミナもつくからね。いっぱい食べていいよ!」
「あっ、これ猛りの根の香りかあ。食欲沸くね」
猛りの根っていうのはこっちにだけあるスパイスで、食べると元気がもりもり沸いてくる。香りつけ一つで随分変わるもんだなぁ……。あ。
「おねえちゃん、あのさ。おねえちゃんももしかして催眠使う時、香水使ってる?」
「使ってるよ~。堕としづらい男っているじゃん。聖職者とか。そういうのの精気を絞る時は前もって使い分けてる……。シルシル、難しい男吸おうとすることもなかったし、あんまり興味持ってなかったから特に教えなかったけど~。何? 興味ある? つけてみる?」
「うん、あるある。貸して欲しい!」
「よし、じゃあごはん食べたら見てあげるね!」
アルベリオは、催眠をかける人とかけられる相手の二人の世界を作るのが成功の近道と言った。匂いで隙をついて心を揺らす方法があるとも。ならわたしもそれをやればいいのだ。彼は意地悪だけどちゃんとヒントをくれたんだ。気分が軽くなったわたしはごはんを平らげて、洗い物をした。
「シルシルに似合うのはこれかなあ……。どう?」
香水の棚の前で、おねえちゃんは自分の香水のコレクションの中からわたしのために香りを選んでくれている。綿にすこし染みさせた香水は、果物のような甘酸っぱい香りがする。
「おいしそうな匂いがする」
「シルシルは色気で迫る感じじゃないから、背伸びした重い香りは似合わないかもだから、最初はこれを使ってごらん。あげるよ」
「いいの? ありがとう」
わたしはおねえちゃんに教えてもらって、香水を手首につけると、それをそのまま耳の後ろに沿わせて香りを移した。
「ねえシルシル。花がどうしていい香りがするか知ってる~?」
「花がどうしていい香りがするか? 考えたことなかった。どうしていい香りがするの?」
「花はね、虫を引き寄せて花粉を移してもらうためにいい香りをさせているの。そうして実を結ぶんだよ」
そうなんだ。でもなんで今そんな話するんだろう。
「シルシルのダーはあのエルフのイケメンくんだけなんだよね。ねえシルシル。シルシルはとっても素敵な大人になり始めてる。たぶんシルシルは自分のことをそうは思ってないかもしれないけど、今のシルシル、やる気に満ちてチャーミングでそれで、すごく美味しそうな女の子だよ。だから、来て欲しくない虫相手にはちゃんと棘や毒を持ってね」
おねえちゃんは、いつもの明るくてニコニコした感じじゃなくて、珍しく穏やかでしっとりした感じの話し方でそういった。わたしはその声を聞いて、おねえちゃん、おかあさんに似て来たなあって思った。
おねえちゃんにおやすみを言ったあと、わたしは自分の部屋のベッドに寝ころんで、香水の瓶を部屋の灯りに透かして見る。キラキラ光ってとても綺麗だ。
「使えるものはなんでも使って、合格するんだ……。レイモンドさんのために。明日こそ絶対合格するぞ……」
隣の部屋にレイモンドさんが住んでいたころの癖で、すこし声を小さくしながらわたしは独りごちた。
ミルキィおねえちゃんもいい女だと思うんですよね。
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