はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
次の日、私は二番目の試験に再チャレンジするべくアルベリオのいる学び舎を訪ねた。
「ふぅん、向上心あるじゃねーの。つまんねーオンナって言ったの撤回してやるよ」
アルベリオはわたしが香水をつけているのにすぐ気が付いたらしく、わたしの首筋に顔を近づけてわざと音を立てて匂いを嗅いでくる。こうやって露悪的にふるまうのもおねえちゃんが言ってたようにわたしだけにする意地悪なのだろう。やめて欲しい。
「今日は絶対眠らせて見せるんだから」
レイモンドさんと初めて体を繋いだ日、レイモンドさんが甘い香りのハーブティーを煎れてくれたのを思い出す。あれでかなり緊張がほぐれてスムーズに事に及べた。レイモンドさんはそういうことが自然にできちゃう人なんだな……うう~。しゅき。会いたい。
「だめだめ、集中しなきゃ。今はこの子との時間」
インプはこっちでは畑を荒らす害獣で、果樹園なんかによく出る。甘い果実の香りなんてきっと好きだろう。わたしは香水をつけた手首を近づけるようにカゴを持って、中のインプを見つめた。インプはふんふんとわたしの手を嗅いだり、ときどき舐めようとしてきたりしている。こうみるとちょっとかわいいかもしれない。懐くことってほとんどないし、なんども殺したことあるけど。わたしはさらに覗き込んで、インプの目を視線で捉えた。
『眠れ。おはようの挨拶を聞くまで、おまえが目覚めることはない』
言葉を発した瞬間、頭の中でカチリと何かが入れ替わるような感覚がした。この子の意識を触れている感触がある。声の出し方がわかる。これがサキュバスの催眠なんだ。一度レイモンドさん相手にできたんだもの。やり方がわからなかっただけで、わたしにもできるんだ。
「やるじゃん。合格だ」
アルベリオの声で我に返ると、カゴの中のインプはすやすやと寝息を立てていた。
「やり方わかったな? 羽で空を飛ぶのとおんなじだ。一回やれちまえば、あとは場数踏むだけだぜ。それにしても、ちゃんと俺の話聞いてたんだな。別に持ち込み禁止とは言ってねえからな。ちゃんと講義の復習できて偉いぞ、お利口さんだな、シルキィよお」
「どうも……」
「なんだよ。褒めてやってんだからもっと嬉しそうにしろよなあ。これに合格できたら試験はあと一個だけなんだぜ?」
ケケケ、と笑いながらアルベリオは眠るインプが入ったカゴをどこかに持って行った。あの子はこれから試験のたびに意味なく眠らされるんだろうな……。
「さてそれじゃあ言った通り最後の試験に移る。内容だが……俺と催眠で勝負をして、おまえが勝ったら合格だ。おまえの催眠に俺は抵抗しないが、だからといって何もしないわけじゃねえ。負けたらどうなるかは、お楽しみだぜ、シルキィ」
「え? ちょっと!! アルベリオ!?」
教卓に戻ってきたアルベリオが、突然大きな羽を広げて宣言する。皮膜を拡げた骨の先から、幻惑の光が蒸気みたいに大量に噴き出して、あっという間に部屋中に拡がり、わたしの視界をすべて覆ってしまった。どこを見ても桃色で、伸ばした自分の手もよく見えない……!
「いきなり始めないでよ!! びっくりするじゃない!!」
「苦情は受け付けねえぜ。これが試験だって教えてやっただけ俺はやさしいっつーの」
わたしはびっくりして、姿は見えないけどそこに居るだろうアルベリオに抗議したけど、虚をつくのは催眠を成功させるのに一番有効な手だ。最初の試験もアルベリオは特に試験だって言わずに始めた。だから確かにこれが試験だっていってくれただけいいのかも……いやいや。騙されないでシルキィ。アルベリオは何かわたしに幻惑をしようとしている……。
桃色の光が次第に薄らいでいく。建物の中に居たはずなのに、見えて来た足元には踏み固められた土が広がっていた。わたし外にいる。ここは……。
「嘘……ここ、ダンジョンの街……!!」
消えていく光の向こうにあったのは、わたしがレイモンドさんと泣いたり笑ったり過ごした、ダンジョンの近くにある人間世界のあの街だった。いつもは人でごった返している大通りの真ん中で、わたしは立ち尽くしていた。誰もいない。街は何一つ変わったところがない、記憶の通りの姿なのに、人だけがいなくてシンとしている。
「もしかして……ここでアルベリオを探し出して催眠の勝負をしろって言うんじゃ……」
わたしは恐る恐る歩き出す。わたしが居るところは小部屋だったので、広く見えても歩き出したら壁にぶつかるんじゃないかと思ったのに、体は歩いたら歩いただけ先に進んでしまい、いつまでたっても壁に当たることはなかった。
(こんなの絶対フェアじゃない……。こんなすごい幻惑魔法をぱっと使えるアルベリオに催眠勝負で勝てっていうの?)
いつのまにか駆けだしていた。この幻惑は多分わたしの記憶から作ってるんだろうから、わたしの行ったことのない場所はきっと見ることができない。試しに行ったことのある店と知らない家のドアノブを捻ってみたら、家の方だけ鍵がかかっていて入れなかった。通ったことのない道に行こうとすると、知っている道に出てしまう。町中を探し回らないといけないかと思ったけど、これを見るとそこまで大変なことではなさそうだった。
腹が立つ。大好きな人がいる街のまがい物の中で、アルベリオを探させられていることに。
(アルアルって追いかけられるのが好きな男の子だからね~)
レイモンドさんを救うために受けてる試験なのに、これじゃまるでわたしがアルベリオを追いかけてるみたいじゃない。どこにいるの。アルベリオの奴。
ギルド、ツブラさんのお店、路地裏、娼館通り。知ってるところを回る。誰も見ていないのでわたしももう羽を広げて飛んでいた。めぼしい所を探し終わったところでわたしは無意識にある場所を避けて探していたことに気付く。なんでって、そこにアルベリオがいたら嫌だからだ。でも、アルベリオはわたしに意地悪だからきっとそこにいる。わたしは腹を決めて、レイモンドさんとわたしが住んでいた宿に向かった。
「最悪……ほんとに意地悪」
洗濯場にも食堂にもわたしの部屋にもアルベリオはいなくて、そうしたらもうここしかない。わたしは初めてレイモンドさんと繋がった部屋のドアノブを回す。ドアは簡単に開いた。
「アルベリオ……! ……!?」
試験官の彼の名前を呼びながらドアを開ける。中に居たのは、赤い肌のインキュバス……ではなかった。
「やあ、そんなに息を切らせて。大丈夫ですか?」
「嘘……」
そこに座っていたのは、世界一愛しい大きなかたち。輝く金髪に若草の目と長い耳をした、レイモンドさんの姿だった。
「れ、レイモンドさん……どうして……」
不意打ちで目に飛び込んで来た最愛の人の姿に、うっかりぽろっと涙がこぼれた。駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られたけど、今の自分が一体何をしている最中だったのかをすんでのところで思い出して足を止めた。
「……汚いよ。アルベリオ。こんなの反則でしょ」
「なんだ、もうバレちゃったのかよ。もうちょっとエルフってやつをやってみても良かったのによ」
目の前のレイモンドさんはそう言うと、ケケ、と口の端を吊り上げて舌をへらへらさせる笑い方をする。レイモンドさんが絶対しない笑い方。間違いない。こいつはアルベリオだ。
「そんな顔すんなよ。何もしないわけじゃねえっていったろ。おまえが香水使って第二の試験を突破したのと同じで、俺も何でも使って勝負するだけだぜ」
「……やめてよ。それ以上その姿でいるの」
「やだね。すげえな。マジイケメンすぎるだろこの顔。まあ俺は元の俺の顔もイケてるとは思うがね」
手鏡を覗いて、顎を撫でるアルベリオ。その仕草は本物のレイモンドさんもする仕草なので、わたしはだんだん落ち着かなくなってきた。
「やめてってば! アルベリオ!!」
『動くな』
「!!」
頭の中を這うような声が響く。
『砂糖菓子、猿真似、殺処分、以上の三つの言葉を連続して聞くまでおまえの手足は動かない』
しまった……二人だけの世界にまんまと閉じ込められて、わたしは動けなくなる。
「さあ、おまえはここからどうやって俺に勝とうか。できるまで付き合ってやるよ。シルキィ」
シルキィ、ピンチ!! どうなるの!?
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