はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
やっぱり今日のレイモンドはおかしい。いや、最近のレイモンドは狂化のせいでいつもおかしいけど、今日は逆に変にしゃっきりしてておかしい。まるで討伐対象がどこにいるのか最初からわかっているみたいにまっすぐ前を見据えてずかずかと早足でダンジョンを進んでいた。
「レイモンド、急ぎすぎだぞぉ。印つけるの忘れそうになってんじゃねぇかよ。ちょっと止まれ」
「……っといけない……。すみません」
「焦んないでよ。一番目のダンジョンだって罠はあるんだからあたしが追い付けない速さで先に行かないで。ちょっと座って水飲んで」
緑の炎を出すために立ち止まったレイモンドを座らせる。レイモンドは言えばちゃんと言う通りにやってくれるけど、気もそぞろといった様子で自分が行きたい方向にずっと顔を向けていた。その目にはいつもの性欲が我慢できない状態や、マノンが危なかった時の怒りに我を忘れた状態とはまた違う狂気のようなものを宿している。そんな目をしていた。
こんなときあの娘がいてくれたらな、とふと思う。狂気にかられて野獣のように手が付けられなくなったレイモンドを身一つでおとなしくさせてしまうあの娘。いまシルキィちゃんがこいつの隣にいてくれて、背中の一つでもさすってやったら随分違うだろうに。でもあの娘は今いない。だからあたしがさすってやった。
「潜りっぱなしで討伐依頼の話を知らねえやつらも多分いるだろうから、そういう奴らが例のローパーに会う可能性もあるんだよな」
「そうだね。そろそろ初心者を脱したいってやつらが何日もかけて潜ったりもするからね。あたしたちがそれをやってた時に会わなくて良かったよ」
「リィナ、ありがとう。もう大丈夫です。先に行きましょう」
「煙草は吸わなくて大丈夫なのかい」
「言われてみれば……妙ですね。今日は全然性欲が沸かないんです。いままで何の理由もなく、正気でいるのも難しいくらいに焦れていたのに……そのかわり、ローパーを見つけなければという気持ちばかりがとても逸っています。早くたどり着きたい。ひょっとしたら今回のローパーは私を呑んだ個体と同一個体で、倒したら狂化が治まるのではないかと、そんなことすら思っています」
レイモンドは早口でぶつぶつとつぶやくような話し方をしている。話の内容はもしそうなら喜ばしいことではあるけど、当の本人の様子がおかしいのであたしは簡単にそうだねとは頷けなかった。
「そうだといいね」
暗い通路を一列になって歩く。ドーソンがレイモンドをたびたび促して、緑の明かりで照らしながら行く。一番目のダンジョンはレイモンドたちが踏破して以来なんども担当のマッピング班が調べているが、最奥の階層が更新されたことはない。横穴は増えているが、最深までローパーがいなかったとしてもどこまで潜らなければならないかが前もってわかるのは少し気が楽だと思った。もしそうなったら戻って別のパーティを手伝えばいい。
「そろそろ、以前私がローパーに会った階層なのですが……、誰かが戦っている音がしますね」
耳聡いレイモンドが下への階段を見据えて言う。あたしとドーソンにはまだ聞こえないが、先に潜っていた冒険者だろう。地図を確認してから下に降りる。
「あんたら、人か!!? た、助けてくれ……!!」
しばらく道なりに進むと向こうから怪我をしているようすの女が一人、こちらへ駆けて来た。
「どうした!? あんた、ひとりかい?」
「はあ、はあ、そっちの、エルフのレイモンドか……ってことはあんたらマッピング師だな? 奥で見たことないデカいモンスターに襲われて、仲間がみんな変になっちまって、勝ち目がないからアタシだけ逃げて来た……。頼む! あんたら強いよな!? 助けてくれ……!!」
あたしとドーソンは顔を見合わせた。レイモンドは緑の明かりに照らされて何を考えているかわからない顔をしている。経験上こういう時のこいつは今にも走り出しかねないので、ドーソンに捕まえていてもらおう。
「ドーソン、そのエルフを離さないで。レイモンド。この娘の怪我を応急処置するからその間絶対一人で行くんじゃないよ」
釘を刺してから、あたしは彼女の怪我を手当てした。仲間の人数とか、どこで戦っているのかと聞きながらも、手早く済ます。
「あんた、この緑の明かりがマーキングだからそれを辿って戻って、もし他のパーティーに出会ったらあたしたちとそのモンスターのことを伝えて。あんたの仲間たちを助けられるかどうかはあたしには約束できない。でもあんたは助かって助けを呼んでおくれ。いいね」
彼女は黙ってコクコクと頷くと、手当が済むなりあたしたちが来た道を走って行った。雑魚敵はあたしたちが倒しながら来たから、よっぽど運が悪くなければ誰かしらと出会うだろう。
「行きましょう。大丈夫。私は冷静です」
「なら何よりだ。頼むよレイモンド」
「よっし、行くかぁ!」
ドーソンが手を離すなり、レイモンドが走り出す。やっぱり全然冷静じゃないじゃないか!! あたしたちはそれを追いかけて後に続いた。
レイモンドはさっきの娘から聞き出した場所へ向かっている。やっぱりそうなんだ。この先に、そいつは『居る』。
「おいおい……マジかよぉ。デカすぎるだろぉ……」
「え……こんなにでっかいなんて思ってなかったんだけど……」
広場に飛び込み、『そいつ』が目に飛び込んできたとき、あたしは一瞬ダンジョン内に石塔が立ってるのかと思った。でもよく見ると、その塔には目玉と、でかい口と、おびただしい数の肉でできた毛みたいな触手がびっしり生えだしていて、折れた石柱や石のブロックに絡まり、張り付き、蜘蛛の巣のように広がっていて……。そして、その口からは人間の下半身がにょっきりと生えて、足をバタバタさせてもがいているのだった。
「こいつが、巨大ローパー……!!」
よく見ると、呑まれかけている奴以外にも触手に巻かれてぐったりしている奴らがいた。ぬめる粘液にまみれ、濡れた髪の毛や衣服が肌にべったり張り付いているのにまったく気にする様子もなく、無抵抗で絡みつかれるまま、どろりとした目をしてぶつぶつと何かうわごとを言っている。仲間がみんな変になっちまって、とあの娘は言っていた。
「あんなに大勢で討伐に向かったってのに、たどり着けたのはあたしたちだけってことある!?」
「ドーソン、リィナ、まず彼らを助けます! 気を付けて!!」
レイモンドが風の精霊につむじ風を起こさせて絡まった細い触手をほどき、抜き放ったレイピアで切り裂きながら走る。ドーソンも大剣を振り上げ、太い触手を切断してまわった。あたしは二人が開けてくれた触手の隙間を縫って掴まっている男たちに近づき、ダガーで絡みついた触手を切り、ぼんやりした顔に平手打ちをして目を覚まさせ、安全なところへ避難を促した。
そうしている間にも、ローパーはくわえ込んだ男をぐっぐっと吞み込み続けている。あれをなんとか止めさせたいところだけど、触手が多すぎて近づけない……!!
「その男を離しなさい!!」
レイモンドが放った火球がローパーの一つ目を狙う。意外に素早く閉じた瞼が眼球を守ったが、小爆発の衝撃で驚いたのか、ローパーは口を開けてくわえていた男をずるんと取り落とす。
「ちっくしょ、床がぬるぬるして滑るんだよ……!!」
ずしゃりと音を立てて落ちた身体をドーソンがすんでの所で受け止めた。すぐに距離を取ろうとして立ち上がるドーソンに後から後から触手が迫る。その時、あたしは今までで一番嫌な予感を覚えた。触手の中に一つ、人の頭くらいの大きさの球体のようなものがついている変なのがある……!?
「しつけえ触手だな……っ!!!」
「ドーソン!! 駄目!!! そっちを見るんじゃない!!!」
ギロン、と。ドーソンの目の前で球体が割れて開いて、中からおぞましく濁った色の眼球がしっかりとドーソンのびっくりした顔を映していた。
「あっ……あ、あっあっあっ……」
びくんと一つ痙攣したドーソンは抱えた男を取り落とし、その場に棒立ちになる。助けに行かなきゃ、そう思うけど、ぬるぬる滑る床を走っても間に合わない……!!!
ドンッ!!!!!!!!!
太い腕が、ドーソンを。あたしの弟を突き飛ばした。あたしの弟は、力任せの体当たりの衝撃でこちらに吹っ飛んでくる。
「ぐっ!!!!」
ドーソンの体はあたしに当たって、あたしも弾き飛ばされて、衝撃で一瞬意識が白飛びした。身体が跳ねる勢いの中で、なんでか景色がゆっくりに見える。その景色の中で、こちらに手を伸ばしたレイモンドの体は、無数の触手に絡まれて見えなくなった。
レイモンドは、シルキィは、リィナとドーソンは一体どうなってしまうんでしょうか。
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