はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
「シルキィちゃん……あんた……その羽って……」
わたしの姿を見たリィナさんが驚きの声を上げた。幻惑に全部の力を注いでるから見えなくしてた羽が見えてるんだ。サキュバスってバレちゃったな。でもいいんだ。レイモンドさんが助かればなんでもいい。そんなことは全部後で考えればいい。今はこいつをどうしたらレイモンドさんを助けられるか。それだけに集中する。
とにかく、この数だけはやたらにある触手をなんとかしなくちゃいけない。触手に掴まらずにレイモンドさんの所に行く方法を考えなくちゃ。ローパー農場のおじさんは、ローパーはあんまり頭が良くないって言ってた。ってことは言葉を使う催眠は使えない。インプは芸を覚える程度には賢いから眠らせることができたけど、同じ方法は通じないと思う。
「触手の数にくらべて、わたしたちの数が少なすぎるんだ。だからすぐ捕まっちゃう。なら、こっちの数を増やせばいいんだよね」
わたしは右手を横に突き出して、そこに新しい光を呼び出した。それはぐにゃぐにゃと形を変えて、生きているかのようにそこに出現する。いっぱい練習して作れるようになった、わたしのピンチを救ってくれた、わたしの作り出した新しい虚像。性欲の強い男エルフがわたしの隣でゆっくりと大きな体を起こして立ち上がった。
「ほら、生命力がいっぱいの雄が食べたいんでしょ。おかわりはいらないの? あっちにもこっちにも、ほら、そっちにだっているんだよ!!」
羽から出した幻惑はダンジョンの広間にもう一つ部屋を作って、わたしたちを囲んだ。その壁はつるつるに磨いた大きな鏡。ダンジョンの中にはそんなものないかもしれないけど、ローパーだって水面に映った自分の姿くらい見たことあるでしょ? そのおっきな目に映った水面にさらに映った自分の姿は?
幻惑で作った鏡は、そこにいるわたしやレイモンドさんの虚像、周りを見回して驚くリィナさん、そしてローパーの姿をも、どこまでもどこまでも繰り返し繰り返し映して、増やした。
それを見たローパーは四方八方に触手を伸ばして捕まえようと試みる。でもね、それは全部ニセモノなんだよ。
「うわっ!! なんだこれ!! 何が起こってるんだ!!?」
「リィナ!! 大丈夫ですの!!?」
そこにライオット班が追い付いてきた。マノンさんが駆け寄ってきて、リィナさんを助け起こす。
「マノンさん!! もっと! もっと大勢でかからないとだめです!! もっと助けを呼んできてください!!」
「えっ!? へっ!? あ、わ、わかりましたの!! リィナ!! 行きますのよ!!」
疑問を挟まれる前にまくし立てて、二人には助けを呼びに行ってもらう。入れ替わりにライオットさんとアーダさんがわたしのところまで来た。
「ライオットさん!! アーダさん!! 今、レイモンドさんがローパーのお腹の中に閉じ込められてるんです!! ローパーが鏡に気を取られてるうちに助けに行かないと! 加勢してください!!」
「レイモンドが……? んじゃここにいるのは……。あっ、これ本物じゃないのか!? 触れねえ!!」
レイモンドさんの虚像の中を、ライオットさんの手がスカッスカッと通過する。
「不思議な術を使うもんだニャー。でも要するにあそこまで行ければいいニャンね? こういうのはニャーは結構得意ニャンよ」
「なんだかわからないが、レイモンドは俺を助けに来てくれたからな。俺もあいつを助けなきゃ、男がすたるってもんだよ。行くぜ!!」
「ありがとうございます。あ、ライオットさん! 目玉のついた触手に気を付けて!! 目が合ったら動けなくなりますよ!!」
了解! と返事して、ライオットさんは剣を構えて走り出した。わたしは虚像に走り回って触手を引き付けるように命じて、アーダさんと一緒にライオットさんを追う。
虚像と鏡像に数を割かれているとはいえ、それでも何本かはわたしたちを捕まえようと伸びて来た。身軽な猫獣人のアーダさんはひょいひょいとそのすべてを躱して進む。ライオットさんは鋭い刃で触手を何本も切断しながら、道を開けてくれた。わたしもダガーを抜いて、触手をかいくぐりながらレイモンドさんの所へ向かった。
ローパーの胴体は相変わらずボコン、ボコン、と波打っているけど、なんだかさっきより弱弱しい気がする。頑張って。頑張ってレイモンドさん!!
シュルシュルシュルッ!!!!
「きゃあ!!」
レイモンドさんに気を取られていたのがいけなかったのか、細い触手が一本素早く伸びてきてわたしの足首を掴み、わたしの体が持ち上げられて逆さまにぶら下げられた。しまった、と思う間もなく顔の前に目玉のついたもう一本の触手が近づいてきてギロンと目を剥く!!!
「ぎゃああああああ!!!!! 気持ち悪い!!! あっち行って!!!!」
咄嗟に握っていたダガーを突き出すと、その刃は溶けかけたバターに刺さるように目玉の真ん中の黒いところにストッと突き刺さった。
(そいつは薄いが、しっかり強いよ。切れ味もいい。あんたを守ってくれるだろう)
「うおらあああああああああッッッ!!!!!!!!」
ライオットさんの雄叫びが聞こえ、わたしの足は触手から解放される。剣で切断してくれたのだ。わたしは広げた羽で落下の衝撃を殺し、再び走る。
「こっちこっち、こっちが薄いニャ!」
アーダさんの前にも目玉の触手は現れていたようだが、特になんともないようだった。そうか。これ、そうじゃないかと思ってたけど、女の人には効かないんだ。
マノンさんとリィナさんに助けを呼びに行ってもらったのはちょっと失敗だったかもしれない。けど、女の冒険者の人も何人か駆け付けてくれることを願う。
「レイモンドさん、レイモンドさんっ!!」
アーダさんとライオットさんが触手を切断し続けている間にわたしはローパーのでっかい胴体によじ登る。触手はぬるぬるねちゃねちゃなのに、胴体は案外カサカサしていた。レイモンドさんがいるはずのところまでたどり着くと、わたしは名前を呼びながら、ダガーを突き立てて胴体に穴を開けようと試みた。
「くっ、結構固いっ」
ガチっと衝撃を受けて、ダガーを握る手が痺れる。だけど、わたしは諦めない。右手が駄目なら左手で、どっちも駄目なら噛みついてでも穴を開けてやる。そしたらきっと、レイモンドさんが中から拡げられるはず……!!!
「頑張って……!! レイモンドさん頑張って……!!!」
少しずつ表皮を、中の肉を削り取って行く。繰り返しダガーを振り下ろし続けているといきなりマントを何かに掴まれ、後ろにグンと引っ張られた。
「くっ、邪魔、しないで!!!」
振り向くと触手の一本がマントを掴んでいる。ローパーの体から手が離れる瞬間わたしは小鳥のマント留めを外して、マントを触手にくれてやった。落ちかけたが羽を動かして体勢を整え、穴開けを続行する。
ズボッ!!
何度か頑張っているうちに、ダガーが深く中に入り込んだ。ローパーの肉を破ったのだ。慌てて引き抜くと、空いた穴を押し広げて何かが出ようとしている。わたしも裂け目に両手の指をかけて、力いっぱい左右に引っ張った。
ビチッ……ベリ……ミチミチミチッ……!!
中からわたしがしてるのと同じように、太い指が裂け目を押し広げていく。
あ……この指……。わたしの体の上を何度も行き来して、わたしを啼かせたかたちの指……!!
「レイモンドさん!!!!!!!!!」
「ガ……ア……」
メキメキと木が倒れるような音を立てて裂け目が大きく拡がり、中から黒褐色の粘液にまみれた人型の何かがにじり出て来た。わたしはその大きな体を抱き留め、足の力でローパーの胴体を押しながら引っ張り出した。
獣の仔が産まれ落ちるかのようにその体はずるりと落ち、抱きしめられたままわたしも地面に落下した。
『ワァアアァアッ……!!!!!!!』
落ちていく間、入り口から大勢の人が駆け込んでくるのが見えた。マノンさんとリィナさんがこっちを見て、何か叫んでいる。地面でバウンドして、わたしたちはバラバラに転がる。わたしはすぐに起き上がり、どろどろの彼の体に駆け寄った。
「レイモンドさん……?」
真っ黒の顔をハンカチで拭うと、白い額やすっと通った鼻が現れる。確かにレイモンドさんだ。だけど……。あれ……?
「……息、してない」
気が付くとわたしはつんざくような声で悲鳴を上げていた。両指を組んで一つにして、レイモンドさんの胸板を叩き続けていた。その行為に意味があるのかとかもう何もわからなくて、泣き叫びながら叩き続けた。
「シルキィちゃん、貸しなぁ!!!!」
ドカッ!!!!!
後ろから、男の人の声がして、返事をする間もなくレイモンドさんの体を一気にひっくり返し、ごついブーツの足で思いっきり背中を踏みつけた!!
「ガバァッ!!! ゴボゴボッ!!!! ゲッ!!! ガッ!!!! ひゅー……ひゅー……」
うつぶせになったレイモンドさんの鼻と口から、大量の黒い粘液がごぼごぼ溢れて、手足がビクビクと痙攣する。やがて引き攣るような呼吸音が微かにし始め、やがて落ち着いた音に変わっていった。
「よっしゃー!!!!! 巨大ローパー、討ち取ったりーっ!!!!!!!」
頭上で、ライオットさんの雄叫びが聞こえる。ローパー、倒したんだ。中腰になっていたわたしはへなへなと座り込みレイモンドさんを抱き起こしてる人の顔を見た。
「俺だってちょっとはカッコいいだろ? レイモンド、無事だぜ。シルキィちゃんよぉ」
「ドーソン!!!」
「リィナ!! 無事かよ!! ごめんな! なんかついさっき動けるようになったわ!!!」
抱き合って喜ぶ双子を見ていたら、なんだか視界がぼやけてきた。自分が泣いてるのかと思ったけど、手が重くて確かめられないまま、薄れゆく意識の中で、わたしは自分の体が横向きに倒れるのを感じた。
ローパー倒せました。応援ありがとうございました。まだ終わりじゃありませんよ。引き続き感想、評価、ブクマなどで応援をくださいね。