はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
目を覚ますと、最初に感じたのは水の匂いだった。あの生の肉のようなおぞましい臭いはまだ残っているものの、それは汚れたわたしの体からにおってきているだけであって、わたしのいる空間には清浄な水の匂いがいっぱいに充満していた。
「あ、起きたね。怪我はなさそうだけど、どこか痛いところはないかい?」
ぼんやりした視界はゆっくり像を結ぶ。優しく微笑んで覗き込んでいたのはリィナさんだった。
「リィナさん……わたし……ここ、どこ?」
「ここはおんなじ階層のセーフティーゾーンだよ。あんた気絶しちゃったからここまで運んだんだ」
ゆっくり起き上がって見回すと、レイモンド班とライオット班の人たちが焚火を囲んでいた。ローパーがいたところみたいに人工物で舗装された部屋じゃなくて、自然にできた洞穴っぽい部屋だった。地面はごつごつした岩だったので体がぽきぽき言った。
ぼんやりと手を握ったり開いたりする。足の間にある尻尾もぱたぱたと動かして……。
「あっ!!!!!!!」
わたしは尻尾が可視化されていることに気が付き、慌てて掻き抱いて隠す。触ればわかっちゃうけど角も見えてる!? 羽も見えてる!? 服もおねえちゃんが作ったサキュバスの恰好のまま!!
「シルキィちゃん、あんた人間じゃなかったんだね。まあ、なんとなくそうなんじゃないかと思ってたけど。安心おしよ。あんたのことはあたしのマントでくるんで連れて来たし、ここにいるやつらしかその角やら尻尾やらは見てないと思う。ライオットはギルドに説明に行くために先に地上に上がっちゃったけど、あいつもそういうことバラすような男じゃないから。それに、あたしたちの命の恩人が人間じゃなかったからって、あたしたちは扱いを変えたりはしないよ。信じてもらえると、いいけど」
信じてもらえるといいけど、って。初めてレイモンドさんと会った時、レイモンドさんも同じような話し方をしていたな、と思いだした。リィナさんのこの暖かさもまた、レイモンドさんが教えて守ってきたものなんだと思って、胸がきゅうっとする。
「あ、そうだ。レイモンドさん! レイモンドさんは? 無事ですか?」
ライオットさんのことを言われて、焚火のほうを見て、わたしはようやくそこにレイモンドさんがいないことに気がつく。最後に見たレイモンドさんの姿が痙攣しながら黒い液体を際限なく吐いている姿だったので、そこに彼がいないことをとても不安に思った。
「レイモンドは今あっちで体を洗ってる。なんか、前にローパーに呑まれたときもここで後始末したんだってさ。なんでかこの部屋は自然にお湯が沸いてるんだ。あたしたちも疲れたし一晩ここで休んでから地上に戻るつもりだから、行ってゆっくり話してきな。あいつも酷かったけど、あんたの今の姿もなかなか負けてないくらい汚いし」
臭いし! って笑って私の背中を叩くリィナさん。確かに全身どろどろだった。マントはなくなっちゃってて、レイモンドさんからもらった小鳥のマント留めもどっかにいっちゃってちょっとしょんぼりしたけど、レイモンドさんが生きてて、無事で、すぐに会えるなら、きっとお守りとしての役目を果たしてくれたんだと思うことにした。
焚火を囲んでる人たちに軽く挨拶して、わたしは水場のほうに行ってみる。精霊の明かりがともっているおかげで足元がよく見えた。洞窟みたいになってるところをくぐると空気が変わる。音を消してるんだ。後始末ってなんだろう……。
「レイモンドさぁん、大丈夫ですか? シルキィです……」
「はっ!? えっ!? シルキィ君!?」
そこには全裸でお湯に膝まで入って、全身びしょびしょに濡れたレイモンドさんがびっくりした顔でこっちを見ていた。太いミミズみたいな何かをまとめて縛ってぎゅうぎゅう引っ張っていて、なぜだか半勃ちになっていたおちんちんがわたしを見た瞬間がっちがちに上を向いた。
「ちょ、わっ!! 違うんです!! さっきまでずっと腹の中で泥食い蟲が暴れていたから変な刺激を受けてて!! それで急に君の顔を見たから!! あれ? 違わない!! お、おかえりなさい、シルキィ君!!」
「……ぷっ」
あっははははは、と。取り乱すレイモンドさんがおかしくて、わたしは涙を流して笑ってしまった。だって、記憶の中の彼やわたしが作った虚像はとってもかっこよかったのに、本当の彼はこんなに表情豊かでかわいいんだもの!!
「も~。そんなに禁欲がキツかったんですか? わたしの顔見ただけでそんなになっちゃうなんて……」
「いやいや……そんな、どろどろのなんだか、泳衣みたいなそんなエッチな服着た君なんか見たらそりゃあ、まあ。こうもなりますよ。それより、君も体を洗いませんか。泥食い蟲は多分これで全部始末できたので……君をもっと近くで見たいです」
レイモンドさんのお誘いに応えて、わたしは汚れた服を脱ぎ捨てると裸になってお湯だまりに足を踏み入れた。縛った泥食い蟲を遠くにぽいと投げ捨てたレイモンドさんが両腕を広げて腰を落としてわたしを迎えてくれる。
「レイモンドさん! 会いたかった!!」
わたしはパシャパシャとお湯の中を走って、裸の彼に飛びついて抱きしめた。太い腕で、レイモンドさんもわたしを抱きしめ返してくれる。濡れた胸に顔を擦りつけると、わたしの顔についていた汚れが溶けて彼の白い体を黒く汚した。ああ~、しゅきしゅき。レイモンドさん、しゅき!!
「私も、とても会いたかったです。こんなに汚して……、助けに来てくれてありがとう、シルキィ君。もうだめかと思った時に君の声が聞こえたんです。ありがとう、ありがとう……」
ありがとう、ありがとうと繰り返すレイモンドさんは泣いてしまっていた。わたしの髪の毛の汚れが移って黒くなった頬に涙の筋が走る。
「と、とりあえず頭とか体とか洗いますね!! このままじゃレイモンドさんもどろどろになっちゃうので……!!」
「うん……待ってる……」
子供みたいな返事をして大きな体を折り曲げ、くすんくすんとべそをかきながら大人しく待ってるレイモンドさんを尻目にわたしは体の汚れを落とした。量が多くてもこもこのわたしの髪の毛は洗うと濡れた犬みたいにぺっちょりしてしまうから、あんまりグラマラスじゃないのが強調されちゃう感じがしてちょっと情けないけど、汚れてるよりは全然ましなのできれいに洗ってから改めてレイモンドさんのところに戻ってきた。わたしの姿を見たレイモンドさんはもう泣き止んでいたけど、何故だか耳まで真っ赤にして黙っている。
「レイモンドさん?」
「ああ……どうしよう。君、そんなに可愛かったんでしたっけ。しばらく会ってなかったからそう思えるだけ? 久しぶりに会った君が可愛くて可愛くて私、変になってしまいそうなんです……」
若草色の目を泳がせて、レイモンドさんはどうしようどうしようと両手で顔を抑えて悶えている。乙女みたいな仕草になっちゃってるけど、おちんちんはガッチガチで湯気が出そうに固くなっちゃってて、それを見たわたしの頭に浮かんだ言葉は一つだけだった。
「しょ~がない人だなあ~……」
頭皮まで真っ赤になってる彼のおでこに、わたしは背伸びしてちゅっと一つキスをした。
「シルキィ君……」
「レイモンドさん。わたし、レイモンドさんのことが好きです。愛してます。レイモンドさんはどうですか? わたしのこと、どう思ってるのか聞きたいです」
わたしは、催眠の能力を使いこなすことができるようになった。だから、他のサキュバスみたいに今ここでレイモンドさんに催眠をかけて、わたしのことを好きだと思わせて、そう言わせることなんてもう造作もない。だけど、わたしはそうはしない。レイモンドさんの本当の気持ちを今ここで聞かせてほしい。だから、若草色の目をまっすぐ見つめて、答えを待った。
「私、私は……、シルキィ君」
「はい。レイモンドさん」
わたしの両手を握った大きな手に、ぎゅっと力が入るのを感じた。
「君と初めて会った日、苦し紛れに軽い気持ちで契約を結んでしまったけれど。今となっては……あれは一夜のあやまちではなかったと、その、思っています」
契約を結んだ次の朝。わたしも大変なことをしてしまったと頭を抱えて転がりまわって、でも彼のことを知るうちに、その契約が二人を結んでいることに安心感を覚えるようになっていった。だからわたしも、もうあやまちだなんてずっと昔に思うのをやめていた。レイモンドさんもそうだったんだ。嬉しく思いながら、わたしはレイモンドさんの次の言葉を待った。
「シルキィ君。いや、サキュバス・シルキィ。私は君のことを……、君を、どうしようもなく、愛しています! 私と、婚姻を結んでください!!!」
最後のほうは叫ぶように、レイモンドさんは言い切った。そのまま食いつくように唇を重ねる。言葉はもういらなかった。産まれたままの姿の二人はお互いを抱きしめて、離れていた間を取り戻すように夢中で口づけを交わした。
お待たせしました。やっとですよ。二人へのおめでとうの気持ちは感想、評価、ブクマでいただけると二人も喜ぶと思います。この物語はレイモンドがシルキィのことを好きになるまでの話として書き始めましたが、もうちょっと続きます。引き続きおつきあいください。