はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
「できた! シルシル、綺麗だよ」
ミルキィおねえちゃんが、小鳥のマント留めをリボンのひだひだで囲って可愛い飾りにしてくれて、わたしの髪につけてくれた。
「かわいい! ありがとうおねえちゃん!!!」
「えへへ~♡ シルシルの晴れ姿だもん、おねえちゃん頑張っちゃったよ~」
あれから少し経った晴天の日。わたしは宿屋の自分の部屋で、おねえちゃんが作ってくれた白いドレスを身に纏って、くるりと回ってみる。お花の形にしたリボンの飾りがたくさんついてて、心までドレスを着たみたい。人間向けの服を作るのは初めてって言ってたのに、こんなに素敵なドレスを作っちゃうなんておねえちゃんはすごい!!
「いや~、いい刺激になったよ~。新しい下着のデザインいっぱい思いついちゃうかも!」
「ありがとうおねえちゃん! 本当に素敵!!」
レイモンドさんとわたしが婚姻することに決まって、レイモンドさんはサキュバス界に行くことが出来ないから、そう考えるとわたしがこっちに定住するほうがスムーズなので、もうわたしはサキュバス界には里帰りの時にしか帰らないということになる。愛されて育った娘さんをご家族から奪ってしまったみたいで申し訳ないとしょげるレイモンドさんに、じゃあせめて婚礼のお披露目の式をして、ご家族に来てもらえばいいのでは? と提案してくれたのはマノンさんだ。貴族ならまだしも冒険者や平民が婚姻するときにわざわざお披露目の式なんかしないけど、だからってやったらいけないってことはないでしょう? と腰に手を当ててマノンさんはにかっと笑っていた。
「アラアラアラアラアラアラアラ、アラアラアラアラアラアラアラアラーッ!!!! シルキィちゃん可愛いわぁ~♡♡♡ 若いころのママそっくり~♡♡♡ どうしましょうロスりん、チェルキィもう泣いちゃいそう~」
「チェルっちは今でも昔と変わらず可愛いぜ……でも今日の主役はちゃんシルだから、チェルっちを褒めるのは控えめにしておくか……よかったな。ちゃんシル。どこに出しても恥ずかしくねえ花嫁だぜ」
ロスアスタさんとおかあさんは時々ちゅっちゅっと軽いキスとか交わしながら、わたしのドレス姿を喜んでくれる。
「レイを助けたのは気まぐれだけど? こうやって愛するチェルっちの愛娘のちゃんシルを幸せにしてくれるんだったら助けて正解だったじゃん?」
「ロスアスタさん……ありがとう」
ロスアスタさんの精気で育ったレイモンドさんの魂は二つの種族が混じり合って、それはレイモンドさんの進む道を複雑な曲がり道にしてしまったけど、でもロスアスタさんがレイモンドさんを助けてくれたから今こうやっていられる。だからわたしはその事実にお礼を言った。
「シルキィ君、準備はできましたか……うっそ……ほんとに? どうしよう、私の隣の部屋に女神が降りて来ちゃった……」
隣の部屋から自分の支度を済ませて入ってきたレイモンドさんがその場でよろけてしゃがみ込んで口を抑えて壁にもたれ掛かった。そ、そんなに?
でもそんなこと言ってるレイモンドさんも、白のベストとひざ丈ブーツをかっこよく着こなして、複雑な形に髪を編み込んですごく素敵……だからしゃがんでないで立って欲しい。
「でかい図体でなに丸まってんだよ。部屋に入れないじゃないか」
レイモンドさんを軽く小突きながら入ってきたのはドワーフのツブラさんだった。レイモンドさんの装いは彼女が監督してくれた。エルフは婚礼の時髪を編み込むんだそうだけど、それも彼女がしてくれたのだった。ほんとうにこれどうやって編んでるんだろう。すごい。
「エルフのやり方なんか知らないからドワーフ式だけどね。文句なんか言わせないからね」
「言いませんよ文句なんて……さすがドワーフの緻密な手作業。感服です」
「ハッ、エルフに褒められるなんて気持ち悪いね!! まあやっと肩の荷が下りてせいせいしたよ」
ツブラさんは憎まれ口を叩くけど、嬉しそうだった。思えばツブラさんはずっとレイモンドさんのことを気にかけてたし、わたしにもいっぱいアドバイスをくれた。だから彼女にもお礼を言う。
「ありがとう、ツブラさん。わたしたちを見守ってくれて」
「幸せになるんだよ」
「さあ、それでは行きましょうか」
レイモンドさんの手を取って扉をくぐる。宿屋のおかみさんがわたしたちを見て泣いていた。思えばおかみさんにも迷惑ばっかりかけちゃったな……。手を振って挨拶すると泣きながら振り返してくれた。
わたしたちは非日常の装いのまま、目的地へ向かって街中を通った。みんなびっくりして振り返る。果汁の屋台のおじさんも、お洋服屋のお姉さんも、採集を止められてレイモンドさんに悪態をついていた子供の冒険者たちも、それ以外の人たちも。
「目立ってしまっていけませんね、ちょっと急ぎましょうか」
「わ、きゃっ……」
レイモンドさんが急に私を抱きかかえて、足を早めた。若い女の子たちがそれを見て黄色い歓声をあげた。
「ちょっと!! あんた足が速いんだよ!! まったくもう!!」
ツブラさんに怒られながら、わたしたちは丘の上に登る。そこにはレイモンド班とライオット班の仲間達や、ギルド長のカストロビエホさん。煙草屋さんのヒラヒラさんなど、お世話になった人たちがわたしたちを待っていた。
「教会にはわたくしの独断で勝手に式を行うことを内緒にしてましたのに!! 街道の真ん中をお姫様だっこでつっきる人がありますの!!?」
プリプリ怒るマノンさんにレイモンドさんが叱られる場面もあったけど、レイモンドさんが一番気に入ってる丘の上でわたしたちの婚礼の式は執り行われた。
「もう一度確認しますけれど、わたくしたちの信仰の式でよろしいんですのね?」
「エルフの司祭はここにはいませんから、精霊たちにはあとでふたりで祝福をいただきます」
「エルフの婚礼は精霊に祝福をもらうんですね」
「ええ、精霊たちの中にはエルフから転生した私の先祖なんかもいますので、そういう人たちに報告をするんです。サキュバスの婚礼はどんな感じなんですか?」
「サキュバスのは『あたしら番わね?』『おけまるちゃん』『ウェーイ』で終わりですね」
「それはそれは……」
「こら! しゃべってないで早くこっちに並ぶんですのよ!!」
そうして、マノンさんの執り行いの元に、わたしたちの婚礼が行われた。笑っている人、泣いてる人、それぞれだけど、誰もがわたしたちの婚姻を喜んで祝福してくれて。
優しい人たちのいるこの街でこれからもふたりで生きていける。わたしはもうはらぺこサキュバスじゃない。おなかもこころも、幸せいっぱいのサキュバスだった。
「では、精霊の祝福を受けてきますので、申し訳ないですが皆さんはしばらくお待ちください」
レイモンドさんに連れられて、わたしは高い木がたくさん生えているほうに移動した。レイモンドさんがいつも飲んでいるお茶と同じ蜜のような香りがする薄黄色の花が咲いている、高い木。なんだか、レイモンドさんにとても似ている。
「あっ……?」
ぽう、とうすぼんやりした光が、花の間からいくつも飛んできた。
「君にも見えますか? 毎日私の精気をいっぱい取っているせいでしょうかね。私と同じものを君が見てくれるのはとても嬉しいです」
『□□□□……□□□……』
サキュバスのわたしの耳には風や小動物の声が混じり合ったような不思議な音にしか聞こえないけれど、精霊たちはレイモンドさんに語り掛けてきて、レイモンドさんもエルフの言葉でなにやら答えを返す。彼は話の途中でわたしを抱き寄せて精霊に見せたり、声を上げて笑ったりしているけれど何をしているかわからないのでわたしはとりあえずにこにこしていた。
やがて、わたしの顔の傍に綺麗な色の光がふたつやってきた。レイモンドさんの瞳の若草色にとても良く似た綺麗な緑。
「シルキィ君を花嫁として祝福してくれるそうですよ」
「あ、ありがとうございます。ふつつかものですが、よろしくお願いします……っ」
「おーい!! そろそろ俺たち行くよ! 酒場で祝杯上げるからちゃんと来いよな!!」
遠くでライオットさんがわたしたちを呼んでいる。
「行きましょう、シルキィ君」
「はい!」
『□□□□□□……』
えっ?
先に歩き出したレイモンドさんを追いかけようとしたわたしの耳元で、精霊が何か言った。
「どうかしましたか?」
「あ、大丈夫です!! 今行きます!!」
気のせいかもしれないけど、精霊さんたちは『私たちの息子をよろしくお願いします』って、そう言ったように聞こえた。
「シルキィ君、ほら!」
「わっ! また!!」
レイモンドさんが大きな手をわたしに差し出す。その手を取ると、彼はぐいっと引っ張ってまたわたしをひょいと抱きかかえてしまう。駆けだしたレイモンドさんは思い切り引き絞って放たれた矢のように早くて、わたしはきゃあきゃあ喚く羽目になったけど、びゅうびゅうと風を切っていく間にだんだん楽しくなってきて気が付くと笑ってしまっていた。
どこまでも広がる青空の下、わたしたちは笑う。ずっと笑っていよう。いつまでも、いつまでも。二人で一緒に。
今回は最終話とエピローグを同時に更新します。