はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
「……? ???!」
それは可愛らしい子供のキスだったが、ちゅーなどという微笑ましいものではなく、ぢゅううううう、とでも表記するべき力強い吸い込みだった。吸われると同時にレイモンドの体から力が抜け、ぺたんと膝をついてしまう。
「レイモンドさん! 大丈夫ですか!?」
「あっ、だめ!! 離れなさい! ララ!」
シルキィが異変に気付き、ミルキィがララミィを抱き上げると、ぢゅっぽん! と音を立てて唇は離れた。
「レイちゃ、おいしい!! ララ、お腹いっぱい!! ごちそうさま!」
「……あ……? こ、これ、私、精気を食べられましたか?」
レイモンドは目を白黒させてシルキィを見上げた。
「こら、ララ。勝手に食べたらダメだろ」
「どうして? パパいつもララが上手に精気吸えると褒めてくれるのに」
「あー……サキュバスとしては合格だが、今は人間の振りして親戚のうちに来たんだからダメなんだよ。親戚のことはご飯として扱ったらダメなんだ。わかるか?」
「うーん、よくわかんない……」
「とにかく、レイちゃんに謝りなさい」
「はーい、レイちゃ、ごめんなさあい」
アルベリオに窘められると、ぺろ、と舌を出して片目をつむりながらララミィは可愛く謝罪をし、レイモンドとシルキィは苦笑いをした。
「びっくりしちゃった……こんなに小さいのに優秀なサキュバスなんだね……ララちゃん」
「そうなのよ〜、特に姿を消すのが上手いんだよね〜」
強烈すぎる初対面の挨拶を済ませ、ハーブティを淹れながらシルキィはお腹いっぱいと言いながらクッキーをもりもり食べるララミィを眺める。シルキィはサキュバスとしては落ちこぼれだったので、まだ学び舎にも入ったばかりなのにサキュバスの才能の片鱗をギラギラに出している姪っ子を見て驚いてしまったのだ。
「そりゃまあ、俺とミルキィの娘だから優秀なのは当たり前だぜ。ていうかお前がダメすぎんだよ」
「なによ! ばか!!」
「ははは……まあまあ……」
レイモンドは声を上げて笑いながらアルベリオに悪態をつくシルキィをなだめつつ、珍しそうに見た。ご近所で兄妹のように育ったと聞いていたので驚きはしなかったが、初めて見る妻の姿だった。知り合ってからずっと、自分に対しても近しい他人に対しても温厚な彼女が声を荒げることなどほとんど見たことがなかったので、彼女にもそういうところがあって安心したのと同時にほんのちょっとだけアルベリオに嫉妬する。自分もシルキィの幼少期を見たかったと思ってしまったのだ。
「ね~シルシル~。お姉ちゃん人間のお洋服の店見に行きたい~。連れてって~」
アルベリオとシルキィが言い合う様子は昔からよく知っているミルキィはまったく気にせずマイペースに二人の間に割って入り、希望を口にする。彼女はサキュバス界で優秀な針子をしており、シルキィの婚姻のドレスも作ってくれたのだが、とても好奇心旺盛な性格でこちらの世界の被服に非常に興味がある。今回は人間の装いから貪欲にアイデアを得て、サキュバス界に持ち帰りたいらしい。
「そうだねえ、じゃあララちゃんはどうする? ママたちと一緒に来る?」
「ララお洋服屋やだー、ママがお洋服見だすとつまんないんだもん! パパといる!」
「あらそーお? やったね。じゃあんた私たちが服見てる間レイモンドくんと一緒にララ見ててよ」
「あ? しょうがねえな……。いいか? 付き合ってもらって……」
「喜んで!! ララちゃん!! 今日はレイちゃと一緒にお出かけしましょ!!」
アルベリオは頭を掻きながらレイモンドに伺いを立てる。それに対してレイモンドは元々輝かんばかりのかんばせをぱあっと明るく綻ばせて喜んだ。
「ララ、パパよりおっきいひと初めて見た! レイちゃ肩車して!!」
「いいですよ。はいどうぞ」
「きゃあ、高い高い!」
人間に扮していると人前で羽を出して飛ぶことができないので、ララミィはレイモンドに肩車をねだる。アルベリオも赤い肌を褐色に変え、出していてはいけないものをすべて隠して人間の振りをしている。
誰もが見上げるほどに大きいレイモンドはシルキィですら顔を見ながら一緒に歩くのが難しい。地面を歩くララミィはさらに小さいので肩車の方がお互いに姿勢は楽だった。
「すまねえな、ララ構ってもらってよ」
「いえいえ、ララちゃん可愛いので肩車させてもらって光栄です」
男同士二人きりでなく子供がいるので、レイモンドは普段自分が面倒を見ている子供たちの所に向かった。友達と遊べればララミィも退屈しないだろうと思ったからだ。
「アルベリオさんってあちらの学び舎の先生なんですよね?」
「ああ、そうだが……」
「私、今街の子供たちにいろいろ教えてるところなんですよ。別に先生ではないのでまねごとですけどね。ゆくゆくはこの街にも学び舎を作りたいと思っていて……、よければ色々教えてください」
レイモンドは人懐こい性格なのでアルベリオにあれこれと話しかける。しかし、頭の中で「この人、シルキィ君のこといじめたりしてて結局シルキィ君のこと好きだった人なんだよな……」などと考えており、アルベリオも「ちくしょ~、俺からシルキィぶんどっていったつよつよイケメンエルフ野郎と何話したらいいんだよ~、しかし本当に顔がいいな。シルキィの旦那じゃなけりゃ俺が食ってるんだけどな……」などと思っていたのであまり会話は弾まない。目に入る露店の菓子などをアレ食べたい! とねだるララミィのわがままが助かるくらいだった。それでも、お互い子供を教えている大人の立場なのでその方面で少しずつ会話を始めて行った。
「っていうかよ、この街、学び舎もねえのかよ」
「そうなんですよね……。教会や孤児院に拾われる子達は教育を受けられるのですが、親を亡くした子供が多く、救ってくれない信仰対象や大人におもねる気にならない子は物乞い同然で育ちます。なにせ荒くれものの集う街です。治安もそんなに良くはないです。シルキィ君の話を聞いているとサキュバス界はここよりも随分整っているようですね」
「まあな。こうやっていろんな世界と行き来できるからよそから技術を取り入れられるし、基本的に全員ノリがいいから、新しもの好きなんだよ俺ら」
いいですねえ、とレイモンドは笑う。
三人は貧民街と呼ばれる区画にやってきた。ここに行くところのない子供たちが勝手にバラックを建て、身を寄せ合って雨風をしのいでいるのだ。
「みんな! こんにちは! 誰も怪我とか病気とかはしてないですか?」
レイモンドが良く通る大きな声で呼びかけると、様々な年齢の子供たちがわらわらと顔を出す。上は15歳くらい、下はララミィより小さいだろうか。アリの巣みてえだな、とアルベリオは思った。
「レイモンド先生! それは誰だ!?」
「私の義兄です! 彼も先生ですよ! 安心して!」
一番年上と思われる少年がアルベリオを見て誰何する。レイモンドの答えを聞いて出てきても良いと判断したようで、全員がぞろぞろと外に出てくる。
「姪っ子が遊びに来たんです。今日はダンジョンの付き添いはできないので勉強をしましょう。リットはこの子と遊んであげてくれますか?」
レイモンドは子供たちの中から、ララミィと同じくらいの年のリットと呼ばれた赤毛の少年に彼女の相手を頼んだ。アルベリオは面倒だとは思ったが、彼も元々先生気質なのでレイモンドが読み書きを教えている子供たちの半分を受け持った。
そんな大人二人を見ながら、レイモンドの思惑に反してララミィはちょっと機嫌を悪くしていた。リットと遊べと言われたが、彼はひどくもじもじして話しかける勇気も出ないようなので彼女にとって結局ミルキィたちについて行ったのとあまり変わらない退屈さだった。
「あ、あの……ぼく、リット。八歳。きみは?」
ようやく勇気を出したらしいリットが話しかけてきたので、ララミィはちょっとイライラしながら答えた。
「ララミィ。ララでいい。六歳だよ。リット、年上なんだ。もうちょっとおっきい声でしゃべればいいのに」
「は、話すの、得意じゃなくて……」
うつむき加減でぼそぼそ話すリットは素晴らしい相手とまではいかないが、退屈しきっていたララミィはまず彼と仲良くなってみようと思った。
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