はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
「嫌な予感がする……」
「あ? なんつった?」
レイモンドが呟きと共に下向き加減の長い耳をピクっと立ち上げる。道を知らないので少し後ろを小走りでついてきていたアルベリオがその呟きを聞きとがめ、詳しく聞きなおそうとした。
「やっぱり『上から』行こう……ちょっと急ぎます!」
「おい! 聞けよっ」
アルベリオの声が聞こえているのかいないのか、レイモンドはそう言うと突然路地裏に積んであるガラクタを踏み台にして塀を駆け上がり、壁の欠けているところなどに指を引っ掛けてあっという間に近くの建物の屋根まで登ってしまう。アルベリオは舌打ちとため息を一つずつつくと不可視の翼を広げ、散歩でもするようにトントンと身軽に壁を歩いて登った。
「わかる! わかるぜぇ~、おじちゃんもお前くらいのころ、大人が見てるそういうもんが不思議でならなかったもんなぁ~」
「あ……ええと……はい」
ララミィとリットを呼び止めた酒臭い男はにやにやと笑いながら話を続ける。リットはいけないものを買おうとして失敗した姿をずっと見られていたことを恥じ、どう返事したらいいのかわからない。
「なあ、おじちゃんが代わりに買ってやろうか?」
「え……いいの?」
「おうよ、そのかわり頼みたいことがあるんだけどよ、ちょっとそっちのおじょうちゃんも一緒にこっちに来てくれよ。なあに、全然大変なことじゃないぜ……イヤなこともしねえから……へへへ」
「リット、駄目。帰ろ」
ララミィは普段からアルベリオによって嘘つきとそうじゃない奴をよく見分けろと言われている。目の前の男は酔っている様子なのに目をかっぴらいて瞬きもせず、とても不自然な様子だった。演技臭い。そうでなくてもこんな昼間から酒を飲んで子供に声をかけるような男は怪しすぎた。
「いいから来いって!」
「わ、わあッ!!」
リットの手を引っ張って人通りの多い所に逃げようとしたララミィだったが、リットは反対の手を男につかまれてしまう。子供の力では引き戻す事が出来ず、暗がりに引っ張り込まれてしまった。
「おっと、お前も逃げるな」
「わッ、いつの間にっ! やだ、離してッ、むー!」
自分だけ姿を消して一人で逃げるべきか、でもそうしたらリットが、と悩んだ数秒の隙をついてララミィの背後から新しく別の男が現れた。さっきの男よりやせ型だが、冒険者崩れなのだろう、ララミィの肩を強い力でがっしりと掴んで離さなず、騒ぎ始めた彼女の口を大きくてタバコ臭い手で覆って叫べなくしてしまう。
いつの間にか特に治安の悪い区画に来てしまった二人を助ける大人はいなかった。
「へへへ……コロコロむちむちしやがって、いーもん食わされて甘やかされてんな……メスガキが……」
「お? そっちは男か? オスガキも乙なもんなんだよな……げへへ……」
「な、何するの……ぼくたち、お金持ってないです。持ってるけど、絵物語が買えるくらいのお金しか持ってないですッ……」
「あーあー、構わねえ構わねえ。お前らを人買いに売って金増やすからよ……」
「むー! むー! がぶッ!!」
「痛っで!!」
口を押さえる男の手に想いきり噛みつき、ララミィが拘束から逃れる。
「こんのクソガキがッ!!」
「やめて! ララちゃんに酷いことするなッ!!」
噛みつかれた男の怒りの拳がララミィに迫った瞬間、リットがその腕に取りすがる。狙いを逸らされた殴打の軌道はララミィの頭のすぐ横で空を切る。
「おい、顔はやめろ、値が下がるだろうがッ」
「でもよぉ、このクソガキども……大人を舐めやがって……」
取りすがられた男はリットの胸倉を掴み、反対の腕から引き剥がした。小さな少年は持ち上げられて、地面に足もつかない。
「リット!? どうしてッ!?」
「ぼ、ぼくだって男の子だもん!! 女の子が危ない目に遭ってたら助けたいんだッ!!」
なぜ会ったばかりの自分を助けようとしたのか、と言外に問いかけるララミィの言葉にぶらぶらとぶら下げられながらもリットは叫ぶ。恐怖で涙を溢れさせた瞳で、悪漢をキッと睨んでいた。
その言葉を聞いた男たちは一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間爆発したように笑いだした。
「おいおいおいおい、あんまり笑わせるんじゃねえぜ!」
「かっこいいねえ、ヒーローさんよ!」
「ひゃはははは、ひー、笑い死んじまう、助けてーっ!」
「わははは、そんなちっちぇえ拳で何をどう助けるって? 気持ちは立派だがそんなんでぽこぽこ殴られたって羽虫が止まったくらいだっての!!」
「彼はまだ子供なので。代理の拳はこっちです」
「あ?」
ずしん、と重い音がして、頭上からなにか巨大なものが落ちて来た。巨大なものには長くて太い腕が生えていて、その先端で石の様な拳が握られており、ブンと空気を切るような音を立ててリットをぶら下げた男を殴り抜いた。怒りに逆立った金色の髪がゆらゆらと揺れている。こめかみにビキビキに血管を浮かせた白い鬼のようなエルフの足元に、昏倒した男がどさりとその身を沈めた。
「レイちゃ!!」
「死なれると嫌なので手加減はしました。怪我はありませんか? 遅くなってごめんなさい」
「て、てめえは色ボケレイモンド!! くそッやべえ!!」
残った男がくるりと背を向けて駆けだす。路地裏の出口に差し掛かろうとしたところで、大きな黒い羽を広げた何かが優雅に真っ直ぐ、しかし勢いよく落ちてきて、そのまま土足で男の背中を踏みつぶした。
「ぐええッ!!」
「ったく、足速すぎだろ……屋根の上あんなふうに走り回ったらモンスターの噂が出るわ……。んで? 俺はこいつのほうをコテンパンにすればいいってわけだな?」
男が咳き込みながら見上げると、しゃがんで顔を近づけて来たアルベリオの褐色の肌がめらりと赤く変わり、黒目と白目の色が反転し、白い角がずるりと現れた。魔性の者を目にした男が小さく悲鳴を上げると、アルベリオは二重にブレたような複雑な発声で言葉を紡いだ。
『お前は子供が恐ろしくてたまらなくなる。これはお前が子供を心から守りたいと思えるようになるまで続く。せいぜい恐怖を楽しみな』
「は……へ……っ?」
男は何を言われたのか一瞬理解できなかった。しかし、じゃりっとちいさい足音が耳を叩いた途端、今まで感じたことのない恐怖が心ににじり寄ってくる。恐る恐るそちらを見ると、そこには小さなサキュバスが腕を組みながら男を怒りのまなざしで見下ろしていた。
「ヒ……ひゃ……ひゃぎゃ……」
ぶるぶると慄く男の目に、その女児はどう見えているのだろうか。それは頑是ない唇を開いて一言、言い放った。
「おじさん、大人なのにララが怖いの? なっさけなあい! ざぁこ、ざあぁーッこ♡」
「い゛やーッ!!! 怖いぃいいいい!!!! 子供怖いぃいいいい!!!!!」
泣きわめく男を淫魔の親子がそっくりな表情で指をさして笑っていると、伸び切った男を肩に担ぎ上げ、反対の腕でリットを抱き上げたレイモンドがニコニコと近づいてくる。
「人買いとつながりがある者を見つけたら捕まえて差し出すようにギルドから依頼が来ていましたので。その人も拘束して突き出しましょう。それからみんなのところに戻りましょう」
あとはそれから、ね。と優しく声をかけられ、リットはうつむいて爪先を見つめた。ギルドで受け取った報奨金を、レイモンドは子供たちに渡した。悪人を見つけたのはリットだから、という理屈で、リットは他の子供たちにやったじゃんと褒められたが、当の本人は心に苦いものを感じていた。リットをそそのかして抜け出したララミィもバツが悪そうだった。
「子供が見てはいけないものがあるところには背伸びをしている子供を見つけて悪いことをしようとする悪い大人がいるものです。悪いのは子供に悪さをする人のほうに決まってますがそういう人に悪さをする理由を与えないように、これからは気をつけてくださいね。リット」
「ララ、ララ、ララララララララララよぉ~! 勝手にいなくなったらパパびっくりすんだろうがよぉ~。この年で馬鹿な精気袋を誘っておびき出すのはすげえ才能だけど実技は学び舎に上がって実習すませてからだぁ~。いきなり大人になろうとすんな~。知らないとこではパパから離れんなよ、わかったか?」
二人の保護者は、それぞれの子供にそれぞれの理屈で教育的指導をするのだった。
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