はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
「うう……のどが渇くぅ……キリッとくる龍火球酒が飲みたい……」
「よしよしかわいそうに。龍火球酒は辛いからダメだけど、ツブラさんに教わった蜂蜜と柑橘とスパイスのお酒を温めてますからね」
私は冬になると毎年必ずエルフ風邪を引く。それ以外に病気にはならないので、いつものこととはいえこの体の不調に心が引っ張られて振りまわされる数日間は長いエルフ生の中で何度味わっても毎回ひどく心細く、辛い。だけど、ひとの愛を遠ざけていたかつての臆病な私とは違って、今の私にはこうやって甲斐甲斐しく看病してくれる可愛い妻がいるのだ……!
「シルキィ君~っ、うう、君と来たらなんて優しくて可愛いんだ~っ……。こ、婚姻してください……」
「レイモンドさんったら。もうしてますってば~」
「してたぁ……やったぁ……」
エルフ風邪は辛いが、心身が弱っている者として子供のように妻に甘えられるチャンスでもあるので嫌と楽しみが半分半分といった感じでもあった。いい年してみっともないとは思うが、私は細くて可憐なのに強くたくましいシルキィ君にたまらなく恋し続けているので、袖をまくって濡れた布を絞る彼女を見ていると幼子になったような気持ちになってしまう。
「ほら、零さないように飲んでね……」
気持ちになってはしまうが幼子ではないので温めてもらった風邪に効くお酒を飲ませてもらって、私は冬の寝具の海に深く沈み込む。
「うう~、シルキィ君好き……、好き好き……なでなでしてください……」
「うふふ、レイモンドさん赤ちゃんみたいですよ? ビッグサイズ赤ちゃんですねぇ……おっぱいでも飲みますか? なあんて……」
「おっぱい!! 飲む!」
「冗談ですよお~、でも元気になったらいっぱい吸っていいから、はやく元気になれるようにちゃんと寝ててくださいね」
「ううううう、治ったらもう絶対めちゃくちゃに揉みしだいて吸ってやるんだ……」
「楽しみにしてますよ、よしよし」
こんなやりとりも毎年のお決まりだ。私もシルキィ君も、このあと私の熱が嘘みたいに下がってはしゃぎながら睦み合ってお互い我慢していた愛欲をぶつけ合うことになるのがわかっている。だから私は、その時の解放感と弾け飛ぶような快感、そして彼女が大好きだという気持ちを改めて味わうために今は我慢して大人しく目を閉じるのだった。
「はぁっ……効いたぁ……」
どれくらい眠っただろうか。次に目を覚ました時、私は風邪の不調が体から完全に消えたことを確信していた。例年通りだ。
「シルキィ君がいないな……一階だろうか……シルキィ君?」
一緒でいいと言っているのに、私が風邪を引くとシルキィくんはたいてい私が寝ているベッドの横に寝具を敷き詰めて自分はそこで寝ている。そこにいるかと思って覗き込んだのだが、彼女はいなかった。
「シルキィく~ん。私の熱は下がりましたよ~。私の可愛い奥さんはどこにいるんですか~? シルキィく~ん」
以前も暖炉の面倒を見ながらソファでうたたねしていたことがあったので、私はそこを探す。果たして可愛い妻はそこにいた。毛布にくるまって、ソファから足をはみ出させている。
「シルキィ君……」
「ふ……あ……」
毛布ごと抱きかかえてあげると、彼女は弱々しく息を漏らして、潤んだ目をそっと開いた。
「シルキィ君……?」
瞳の色が反転していた。顔が赤い。ふわふわの前髪に覆われている額に触れると、それはとても熱くてびっしょりと汗で濡れていた。
「あ……レイモンドさん……元気になったんですね……よかったあ……」
「シルキィ君!!!!」
私は彼女を抱きかかえると、熱い体を寝室まで運んで、さっきまで私が寝こけていたふかふかのベッドに押し込んだ。
「シルキィ君~!!!! 私の!? 私のせい? 私の風邪が伝染りましたか!? し、死んじゃう!? シルキィ君~!!!!」
「けほ、お、落ち着いてレイモンドさん。わたしのはただの風邪です。ちょっと油断しちゃったんです……」
「本当に? サキュバス風邪とかそういうのはないんですか? 本当にただの風邪ですか?」
「サキュバス風邪っていうのはありますけど、全然違う症状なので違います……、大丈夫です、落ち着いて、もうちょっと小さな声でお願いします……頭に響いちゃうの……」
「ああ……ごめん、ごめんなさい、シルキィ君~……」
愛しく小さな可愛い妻が熱を出してぐったりしていると思うだけで、私の視界は涙でぼやけてしまう。彼女がいつも元気で、毎年私の看病をしてくれるからそれが当たり前になってしまって、私ときたらそれを楽しんですらいた。でもシルキィ君も具合が悪くなる時があるんだ……当たり前だ……。
「シルキィ君。何か欲しいものとかして欲しいことはありますか……私にできることならなんでもしますので遠慮なく言ってください……」
彼女を看病できるのは私しかいない。なんでもしよう。例え彼女の風邪の特効薬がエルフの生き血だったとしても、私は彼女を救うためなら喜んで全部差し出す覚悟がある……!
「……えっと……じゃあ、一つだけ、それが済んだら後はもう寝てれば治ると思うので……」
「なんですか、なんですか、なんでもしますよ……」
「まず……ベッドに膝立ちになって……腕を……頭の後ろで組んでください……」
「こうですか? これでいいですか?」
シルキィ君が私に何をさせようとしているのかわからないけど、彼女がそれで元気になるのならと私は彼女の指示に従い、ベッドに膝立ちになって腕を頭の後ろで組む。次は?
「……胸を反らして……ちょっと腰を突き出して……ウエストを捻って……舌先をちょっと口の端からぺろって出してください……」
「ん、こうですか? ん? ぺろ?」
私は不自然なポーズをとって舌先を口の端からぺろりと出した。これでシルキィ君は元気になるのだろうか……。
「……はい、ありがとうございます。とてもセクシー……ナンバーワンです……。すや……」
シルキィ君は満足げに笑うと、そのまま寝息を立てて眠ってしまったようだ。そこには間抜けなポーズの私が一人残される……。
「えっ、今の何!?」
訳が分からなかったのだが、彼女は深い眠りに落ちてしまったのでなんだったのか教えてもらえなかった。私はとりあえず彼女がずっとそうしてくれていたように濡れた布を固く絞って彼女の額に乗せてあげると、病床の妻に食べさせるための何かを作ろうと台所のある一階に降りて行った。
「ああ……そうか……私が風邪っぴきの癖にたらふく食べたからスープの材料が切れている……」
エルフ風邪に臥せっている私にシルキィ君が作ってくれるスープは栄養たっぷりで、食べるとお腹から暖まりぐんぐん元気が湧いてくる味がする。私も彼女にスープを作って食べさせてあげたいと思ったが、昨日まで私が病気だったため備蓄のブイヨンすら切れていた。これは買い物に出なくてはいけないな……。具合の悪いシルキィ君を一人で家に置いておくのは気が引けるが、私だけではどうにもならない。私は出かける準備をした。
「おや……何か埋まっている」
眠っている彼女に声をかけてから外に出ると、軒先によせてある雪の中からなにかがぽつぽつと飛び出している。不思議に思って一本ずぼっと抜いて見ると、それは酒瓶だった。ラベルを見てみる。
「ああ……これは……ああ……、シルキィ君っ……」
それは、昨日私が病床で飲みたい飲みたいとぐずっていた辛いお酒、龍火球酒の瓶だったのだ。彼女は私が冷えたこれを飲みたがっていたから、昨日のうちに雪の中に埋めておいてくれたのだ。そして風邪を引いてしまったと、そういう……。
「うわああああん!!! シルキィ君!!! なんて優しいんだ君は!!! 好きだぁあああああああ!!!!!」
すぐ戻ってきますからね! 私は大声で叫びながら丘を駆け下り、街へと急いだ。
龍火球酒:辛いスパイスが入った強いお酒。ドワーフや屈強な冒険者に大人気。飲むと火が出そうになるので、ドラゴンの酒と言われているが材料にドラゴンは入っていない。