はらぺこサキュバスが性欲の強い男エルフと一夜のあやまちで契約してしまう話 作:ケロリビドー
ところで私はあんまり料理が得意ではない。このダンジョンの街に至るまで、人間から見たら相当長いこと旅をしてきているので、そんな旅路の野営の際に仕方なく煮炊きの真似事はしていたが、塩を振って焼くとか水を火にかけて適当に煮るとかそういう雑なことしかしてこなかった。街に着けば外食ができるから、旅の途中はそういう感じでいいと思っていた。街に入ってもそうだった。冒険者なんてその日暮らし。あぶく銭を手にして娼館通いにおぼれていた私に自炊なんて丁寧なことをする考えなど無かった。
だから私は、家で誰かにご飯を作ってもらえる喜びをシルキィ君と一緒に暮らすことで久しぶりに思い出させられた。
彼女の小さな手が魔法のように動いて野菜を細かく刻んだり、いろんな調味料やスパイスを適度に効かせて料理をするのを凄いと思うし、私のために作ってくれた美味しい料理を、彼女と一緒になれた幸せの一つとして享受してきた。私はどっちかというと掃除や力仕事などが得意な方なので、代わりに掃除や荷運び、水汲み、薪割りなどを進んでやるようにはしているが、彼女の方が上手にできるから、という理由で食事はシルキィ君に一任していた。
「私は……あのスープをシルキィ君がどうやって作っているのか全然知らないじゃないかっ……」
冬の市場に並ぶ食材の店を前に、私はようやくそのことに気が付いたのだった。
「丸葱と黄ニラがたくさん入っているのはわかってるんだ……それから鶏も……、思い出せ、そんなに複雑じゃないはずだ……」
記憶を手繰りながら思い出した食材を次々と買っていく。思い出すのは慈しみの笑顔で私の口までスプーンを運んでくれる聖女のようなシルキィ君ばかり。私は病床で食べさせてもらいながらスープではなく彼女の顔ばかり見ているっ! 私の馬鹿ッ!! 記憶の中のシルキィ君、可愛いなっ!!
両手いっぱいに野菜の詰まった袋と、買って帰るとシルキィ君が喜ぶ果汁を下げて、私はようやく記憶の中の探し物を見つけた。
「そうだ、あのスープはもともとツブラさんがシルキィ君に作り方を教えたものじゃなかったっけ?」
前回私がエルフ風邪を引いて臥せっていた時にシルキィ君は私のために掬ったスープをあの薔薇の実のような可愛すぎる可憐な唇でふーふーと冷ましてくれながら、そんなことを言っていた気がする。それがわかれば、私が次に足を運ぶ場所は決まった。ツブラさんの店に行って作り方を聞こう。寒い冬の街は人通りが少なく、私の大きな体でも走りやすかった。
「んで? わざわざスープの作り方を聞きに来たわけか……」
「はい! よろしくお願いします!」
店のカウンターでツブラさんは眼鏡を外して両目の間をぎゅっとつまんで私を迎えた。息せききった私はシルキィ君が私と入れ違いに風邪を引いてしまったことを告げる。察しの良いツブラさんに私は元気よく教えを乞おうとするが、彼女から帰ってきたのは厳しい一喝だった。
「こぉのボンクラエルフが! わざわざ降りてきたんだったらまず向かうのはあたしのとこにスープの作り方を聞きに来るんじゃないだろうが!!」
「ええっ!!」
久しぶりに叱られて目を白黒していると、ツブラさんはすぅっと息を吸うと、一気にまくしたてる。
「あんたがそのでっかい手でもたもた野菜刻んだり火加減しくじったりしてる間に誰がお嬢ちゃんの面倒を見るんだい! 今あんたが行かなきゃいけないのは風邪っぴきの具合を診られる人のいるところだよ! スープだったら作っといてやるから今すぐマノンのところに往診を頼みに行きなーっ!!!」
「は、はい! はい! そうします!!」
「まったく! どうしてあんたはこういう時にダンジョン内で発揮できる判断力が働かないんだよ! 早く! 早く! 帰る前にまたうちに寄りな!! いいね!」
小柄なツブラさんの飛び蹴りをお尻に見舞われながら、私は転がるように元来た道へ駆け出した。向かうはマノンのいる教会だ。ああシルキィ君はどうしているだろうか。ちゃんとおとなしく寝ているだろうか。
「んもーっ、やっと午前中のお仕事が終わって休憩しようかってところでしたのに! まあシルキィさんにはわたくしもお世話になってますから、風邪で苦しんでるんだったら診て差し上げたいですわ。ほらほらお急ぎあそばせ」
急に寒くなって体調を崩した人は多いようで、教会の治療院には具合を診てほしい人たちが列をなしていた。私は往診の依頼を教会の受付で済ますとマノンの手が開くのを待って、彼女が出てくるなり掻っ攫うように連れて出た。
そんなことをしているうちにツブラさんは申し出通り例のスープを作っておいてくれたので、両手に蓋をしたスープの鍋、手首には袋に入った果汁の瓶を下げ、マノンには背中にしがみついてもらうというごてごてした状態で、愛しい妻が待つ自宅の道を駆け上っていた。マノンはそんな私の背中で呆れたようにため息をついている。
ツブラさんもマノンも。私の周りの女性たちはみんな優しくて面倒見がいい。私はそのことに感謝しながら、自宅の敷地へ足を踏み入れた。
「シルキィ君! ただいま!! お待たせしました!」
「あ、おかえりなざいれいぼんどざん。ずび、おかいものにいっでだんでずか? あ、マノンさん、こんにぢは、いらっしゃい……」
シルキィ君は暖炉の前で湯気の立っているマグで何か飲みながら、ずびずびと洟の詰まった声で私を出迎えてくれた。ちょっと! 寝ててぇ!?
「ねづはさがりまじだので。喉がかわいだから自分で風邪に効くお酒を煮てまじだ。でぼ、鼻づまりがすごくて……」
「寝ててください! シルキィ君! あとは私が全部しますから!!」
「うや゛あぁあぁ……」
私は鍋を一旦置き、近くに畳んであったブランケットでシルキィ君をぐるぐる巻きにして、今朝やったように担ぎ上げるとベッドに押し込んだ。その後ろを、「まったく、毎日こんなに騒がしくしてるんですの?」などと言いながらマノンがついてくる。
大丈夫なの゛に~と呻くシルキィ君を布団の海に埋め込むと、マノンがさっそく彼女を診てくれるようだった。さっきもらったスープでも温めてたらよろしいですわ、と言われたのでそのとおりに鍋を火にかける。
「本当に……、私はこういう時は役に立たない男だな……」
ふつふつと煮立つ水面を見つめて、私はツブラさんの言葉を思い出す。あんたがそのでっかい手でもたもた野菜刻んだり火加減しくじったりしてる間に誰がお嬢ちゃんの面倒を見るんだい! その通り。だから彼女は自分で自分の世話をしていた。
失いそうになってから慌てるのでは遅いのだ。もっとちゃんとシルキィ君のことを守れるように普段からしっかりしないと……。
「診察が終わりましたのよ。あらあら、お鍋ボコボコいってるじゃありませんの。もう火からおろしあそばせ~」
「あ、ああ。マノン。彼女の具合はどうでしたか?」
階段から降りてきたマノンの声に、私はまた自分が思考の淵に沈んでしまっていることに気づいた。
「どうもこうも、もう熱もそこまで高くはないし、ちょっと鼻に悪いものが残っちゃってるみたいですわね。シルキィさんは風邪の引き初めに自分で判断して養生してたみたいだから軽くて済んだみたいですわね。一晩寝ればよくなるんじゃないかと思いますわ。も~、そんな顔してるんじゃありませんわよ。大丈夫ですわ。しゃんとなさい」
マノンの言葉を聞いて、私は肩に乗っていた重いものがぞろっと一気に落ちたような気持ちになった。大丈夫。シルキィ君は治る。
マノンに礼を言って送っていこうと申し出たが、一人で帰れると断られる。
「ツブラさんが作ったスープ、暖かいうちに飲ませて差し上げて。あなたがシルキィさんにそれを飲ませたくて走り回ったっていう事実が、きっと彼女にとっていちばん良く効く薬ですわ」
ごきげんよう、そう言って笑ったマノンは最近急にすらっと伸びた脚で踵を返して、丘を下りて行ったのだった。
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