※2016/4/17、改題、後半増量
ロウタがレイセンの“名前”を知ってから数週間が過ぎた。彼は日々月の使者で訓練に明け暮れ、休みとなればレイセンも含め、玉兎達にあちこち引っ張り回され、主人の綿月姉妹の供もした。やがて彼は、二十の店、九つのデートスポット、先任軍曹を三十回に一度は下す戦闘技術と体力、自分の自動小銃のクセと手入れの仕方、依姫が好きな分野のタイトル八つ等々、様々な事を吸収していった。八俣議員とも五回殴り合い、三勝している。
しかし自分の主人は何故“穢れ”にも似た激しいごっこ遊びが好きなのか、ロウタは時々不思議であった。光当る場所では文武両道、凛としながらも器の大きさも兼ね備える彼女。
月で彼女に立ち向かえる者はごく少数、の筈だった。だが自室での姿は、ペットの雄兎に手玉に取られる(設定の)被虐趣味の持ち主だった。
今依姫は後ろ手に縛られながら床に転がされ、ボロボロに破かれた服(に擬態した液体金属の鎧)を纏いながら、無念そうな瞳で“敵”を見上げている。
「‥‥ここまで乙女を辱めておいて、よくも平然としていますね、外道」
「外道! 実に甘美な響きよ。這いつくばらせた美女が喚くと、より味は増すというもの」
「私をどうする気なのですか‥‥」
「敗軍の女戦士がどうなるか位、耳にした事はあるだろう?」
禍々しいデザインだが、やたら重くて動きにくい衣装を纏ったロウタが、その手に金蔵の棒を出現させた(これも液体金属の演出である)。
「まずはお前の柔肌の感触を確かめるとしよう」
滑らかな皮膚を、棒の先端がゆるやかにいやらしく撫でまわす。冷たい金属の感触が触れる度、依姫は身体を軽くよじる。その反応を楽しみながら、棒は執拗に肉体を撫で回した。
「嫌らしいですね」
「ほう、口だけは抵抗しても‥‥」
悪党(ロウタ)は、棒を純白の下着が見え隠れする場所へと向けた。不意に違う声色がその動きを止める。
「ロウタ、そこは優しくして下さいね‥‥」
雄兎にしてみれば頼みにも警告にも聞こえる。
「重々承知しております」
依姫の倒錯にはルールがあった。それは女陰を幾ら濡れさせても、絶対に挿入をしない事だった。悪党から一転忠実なペットへと戻ったロウタには、その感覚がよく理解出来ない。
「依姫様」
「貴方の様な外道の口から我が名をっ」
「あ、今のは普通にお呼びしたのです」
無言で顔を紅くしながら、依姫は縛られたままの姿勢から器用に起き上がり、正座する。
「貴方もお坐りなさい、何か話したい事がある様ですね?」
後ろ手に縛られたままだが、顔から淫蕩な様子は消え失せていた。ロウタがのそのそと座るのを穏やかな瞳で見つめる。
「よく分からない事なのですが‥‥何故、依姫様は、“前”をお使いになられないのですか?」
「あら、貴方は少し欲張り過ぎです。レイセン“達”とのお付き合いは深いものでしょう?」
ロウタは真っ赤になって横を背けた。依姫はその様子に、美しい顔を僅かに綻ばせる。
「以前にも話しましたが‥‥私にはこの操を守らなくてはいけない理由があります‥‥いささか説得力に欠けているかもしれませんが」
その理由に納得はしていても、雄兎は少しだけ嫉妬を禁じ得なかった。依姫は静かな瞳で彼を見つめながら、諭す。
「ロウタ。自らの立場を考えた事はありますか?」
「立場、ですか‥‥」
「兎達が貴方を愛した結果、情だけが残るわけではありません。貴方を中心として、“家”が作られていくのですよ。貴方の立場とは、数の少ない雄兎としてのさだめ。愛の先に幸せを築き、命を繋いでいくのです」
「とても重い立場ですね‥‥」
「私は喜んで貴方の支えになります。レイセン達も、貴方が求めれば手を差し伸べるでしょう。辛い事もあるでしょうが、一人では無い事を忘れないで。そして、共に歩む者を大切にしなさい」
「依姫様‥‥」
ロウタは己の浅慮を恥じ、同時に禁断の恋を投げ捨て、涙目で深々と頭を下げた。
「今日はここまでにしましょう。部屋へお戻りなさい」
手錠を簡単に外した依姫は、ペットの両肩に手を置くと額に軽く口付ける。
衣服を整えたロウタが部屋を出て、携帯端末を見る。着信が七つ、録音が三つ、メールが十三件。
(電話は‥‥月の使者の仲間からの三つ。後で確認と‥‥迷惑メールは業者と差出人不明がごっちゃ。まともなのはミミからのだけか)
綿月家のメイド兎四つ子姉妹の長女、料理上手のミミ。屋敷内を元気一敗動き回る四姉妹の内、彼女とミムは初めて見る雄兎に興味を持ち、積極的に彼へ接した。下のミメとミモは別の事情から“雄”に興味を示さなかったが。
(‥‥レイセン、どうしたんだ? 最近訓練ずっと休んでるし、家にもいないなんて‥‥)
最初は別の雌、しかも身内に近い存在と仲良くなった事で、何か制裁を食らうのではないか、あるいは絶縁かと恐れていたが、当人がまるで姿を見せないのである。依姫も不思議がっていた。そして、豊姫は相変わらず帰宅しない。
ある寂しい朝食の席。薫り高く焼き上げられた木の実パンを千切りながら、依姫は言う。
「ロウタ、貴方の所にもレイセンから連絡は無いのですか?」
塩を混ぜたシードオイルにパンを漬けながら、雄兎は頷く。
「月の使者に連絡しても、逆に軍曹に行方を訊かれた位です‥‥何かおかしい」
「私が探してきましょう」
「まさか、お手を煩わさずとも」
「月の使者を預かる者として、配下の者を案じるのは当然の事。それに、家族の問題でもあります」
公私混同を悪戯っ子の微笑みでごまかす依姫に、ロウタも釣られて苦笑いする。
朝食後、依姫は政庁へと向かった。携帯端末から網膜に情報を転送させ、執務室までの道中も無駄にせず指示を出す。それでいてすれ違う人に挨拶も欠かさない。集中力を分散させかつその精度を鈍らせない。文武を極めた彼女にとっては、造作の無い事であった。
執務室へ到着し、扉が自動的に腹かれる。入ると、彼女を認識した人工知能が挨拶する、
「おはようございます、依姫様」
“彼”は携帯端末とは独立した機能を幾つか備え、許可された範囲なら自己判断も下せる。依姫にとっては大切な秘書だった。
「おはようございます、ヒサメ。本日の予定は?」
「九時より防衛予算会議が、中央会議室にて行われます。十時半より武器商人のエッズィ様と商談。昼食を挟み、午後からは月の使者の訓練視察となっております」
「メッセージは?」
「ありません」
「じゃ、お姉様に直通の回線を繋いで頂戴」
「アクセス拒否されました」
「‥‥現在位置を特定して」
「豊姫様は都にはいらっしゃいません」
「‥‥どういう事」
依姫は訝しく思った時。突然豊姫の声が部屋に響いた。
「依姫、何か用かしら?」
「お姉様、今何処にいらっしゃるのですか? 少しお尋ねしたい事が‥‥」
「ならば、探し出してみなさい」
豊姫の声は切れた。ヒサメが無機質な声色で告げる。
「逆探知失敗」
一瞬考え込んだ依姫だが、すぐに表情を切り替える。
「今の会話の内容と履歴を消去して。“何があった”かも忘れるのよ、いい?」
「‥‥おはようございます、依姫様。会議の追加資料が届いております、携帯端末に転送しますか?」
「お願い。それと、午後のスケジュールに変更よ。訓練視察をキャンセルして」
「承知しました」
依姫は部屋を後にすると、新たな情報を網膜に投影させた。
(‥‥また補正予算の増額‥‥そのくせ、月の使者への割り当ては減らす、と来るでしょうね‥‥第一次・第二次月面戦争‥‥それ以外にもある実績を紙で記して、難癖をつける方のお尻を叩いてさしあげようかしら?)
玉石混交の中央会議場へと向かいながら、依姫は一旦姉とペットの事は忘れて、不敵な笑みを浮かべた。
午前全てのスケジュールを終え、口やかましい議員達と狡猾な武器商人から解放された依姫は、執務室で昼食を採っていた。煮物に焼いた小魚、すうどんを口に運びながら、ヒサメの読み上げるニュースに耳を傾ける。
「兎の行け不明事件?」
「はい、食物生産区を始めとした労働地帯、都外の住民からも報告が来ているそうです」
「奴隷商人の類かしら?」
「犯人の特定は出来ていない様です、ただし、都内で消えた兎にはある共通点が」
「それは何?」
「いずれも“能力者”あるいはその素質有りと判定された者です」
「‥‥目撃者はいるの?」
「現在、皆無です」
小魚を骨ごと噛み砕き、依姫は自分のペットの事を思った。
「ヒサメ、少し出かけます」
「承知しました」
数刻後、都の一角にある、外への通用門。柿渋色のフード付きマントを纏った依姫は、灰色の毛を持った馬に跨り、外界の空気に晒されていた。彼女が拍車をかけると、馬は足跡も残さず風の様に駆け出した。
月の砂漠の片隅に、人の気配の無い家がある。朽ちた柵や厩舎が、かつて周辺で何かを放牧していた事を臭わせるだけで、誰も近付かない。だが、単騎ここへ駈けて来た依姫には、強い障壁の存在を“見る”事が出来た。並みの者なら近付く事すら拒否し、力を以て破ろうとすれば容赦無く相手を排除する。依姫は壁が守る境界線で止まり、印を結んで祈祷した。瞬時に神の力が彼女と馬を包む。無効化するのに八百万の神の力を借りる必要がある程、強力な壁だった。そして、依姫はこの壁を作れる人物を知っている。
母屋の前で馬から降り、軋み音もしない扉のノブをそっと開ける。咳き込みそうなほど誇りの積もった内部だが、その全てが“偽装”だった。依姫は誰もいない空間に呼びかける。
「私が誰か分かりますね? 地下への道を開けなさい」
依姫の足元の埃が綺麗に丸く消失し、緑の光が円筒状に湧き出て彼女を包んだ。視界が瞬時に薄いネイビーブルーの素材で構成された世界へと変わる。地上に直接の出入り口が無ければ、並みの者には見つけようも無い場所だった。そして、その存在を知るのは綿月姉妹とごく僅かな関係者に限られていた。
薄暗いが、確実に全てを照らす灯り。依姫の記憶違いでなければ、施設は機能を停止している筈だった。だが、彼女を感知し、すぐに敬うかの様に視線を逸らすセンサー群を潜り抜け、本来なら閉鎖されている筈の隔壁・スライドドアを全て潜った先では、“目的”が脈動していた。広大な部屋に人の背を見下ろす程の高さの円筒形の物体が林立している。
依姫は円筒形の物体に近付いた。半透明の濁った液体の中で、何かが動く。長い耳の生えた体、玉兎が漬けこまれていた。俯いていたその顔が、突然前を向いた。目がくり抜かれ、機械を移植されている。他にも四肢を切断され端末を着けられた者、額に“目”がある者、四つの兎耳・四本の腕・異生物の四本足を移植された者、頭が二つある者、異常に筋肉が発達しているが体毛が無い者、その他全てが“手を加えられて”いた。
これらが“何”なのか、依姫は知っている。彼らを見つめる紫の瞳は憂いを帯びている。
円筒が並び、聞こえない筈の恨み節と慟哭を感じながら、依姫は進んだ。円筒の群を抜けた先には、五つの大きな淡い光が横に等間隔で並んでいる。その真ん中で、背中を向けている人影を紫色の瞳が捉える。
「お姉様」
扇子を持ったプラチナ色の髪の女が、李白の“月下独酌”を朗じつつ振り向いた。
「この施設は何故稼働しているのですか?」
詩を止め、豊姫は扇を閉じる。くるりと回り、迎え入れる様に手を広げた。
「動かしたから、よ。当り前じゃない」
「“何故”、動かしたのですか?」
「こういう光景を見たかったから」
豊姫が横に大げさな動きで退き、光に見える巨大な厚さ一メートルの透明素材の向こう側を依姫は見た。
そこでは、十台程の装甲に包まれた機械人形が倒れていた。月では正式採用こそされていないが、“表”の世界に一台でも流れれば兵器産業に革命が起こる。それを、部屋の中央で新たな人形と対峙している兎が全て倒したなど、観戦していた豊姫以外は信じないだろう。
薄水色の髪の毛を持ち、両上腕部に黒いサポーターを巻いたレイセンは、肩で息をしながら、人形を見つめている。その瞳が赤く光った。機械人形は二・三歩後ろへよろめいたが、レイセンの瞳が徐々に輝きを無くしていくと、体勢を立て直した。銃火器は持っていないが、アームが先端から三本の爪が飛び出し、噛みあった。内股になったレイセンは、よろよろと戦闘体勢をとる。
「あら、もう元気が無いのかしら?」
豊姫が指輪をかざすと、兎の身体が飛び上がる様に痙攣し、また目が一瞬輝く。しかし、迫る機械は僅かに怯んだだけだった。依姫は感情を押し殺しながら呟く。
「薬物を使っているのですか」
「能力を限界まで引き出すためよ。普通の訓練では無理だと、貴方が一番よく知っている筈よ? 白馬の騎士様」
依姫は唇を噛んだ。
「お姉様は一体誰と戦うつもりなのですか? 第二次月面戦争では妖怪達を甘く見て、謀略への備えを怠ったのは事実。でもこちらの戦略的優位は揺るぎません!! 我らがその気になれば幻想郷どころか、穢れた大地全て焼き払えます」
「甘いのね。奴らが密かにばらまいた“穢れ”は、少しずつ浸透しているわ。貴方もあのロウタに抱かれたでしょう?」
豊姫の目が、嘲りに満ちた光線となって妹を貫いた。
「お、お姉様!?」
「貴方は強すぎる。月の都でも立ち向かえる者は、片手の指でも数えられる程! 自分を屈服させる相手が欲しいのに、それは叶わない夢。やがて貴方は“穢れ”に身を任せた」
「止めて下さい!」
「自分より弱い者に蹂躙される。より屈辱感を得られるマゾヒストの道に走ったのよ! 兎達にはお似合いの上司だわ!」
二人が言い争いをしている内に、実験室では惨劇が始まっていた。レイセンが殴り倒され、機械人形はその首を掴み上げた。そして、片方の爪が腹部に突き刺さる。兎はゼンマイ仕掛けの様に顔を上げ、尚瞳を鈍く光らせた。が、何も起こらない。
依姫は部屋に出入りするハッチの飛びつき、パスコードを入力するが、扉は開かない。
豊姫が笑う。嬌声を上げながら舞う。
「ほーらほら、バニーちゃんが食べられちゃうわよ? 早く行っておあげなさい? 姫騎士様」
何も答えず、依姫は瞬時に刀を召喚した。激情と悔恨の赴くままに振るわれた刃は、分厚い扉を簡単に切り裂く。そのまま部屋の中へ飛び込んだ紫の嵐は、兎の腸を引きずり出そうとしている機械へと襲いかかる。金属の首が飛び、袈裟切りに胴が裂かれた。動かなくなった残骸へ、依姫は奇声を上げながら刃を叩きつける。刃が床を打ち付けるまでに斬り続け、やがて刀を捨てた。そして、虚ろに床から見上げるレイセンへ近付く。生きている事は分かっていた。腹を裂かれ内臓を晒していても、手のサポーターからほんの少し、投与される薬物が“死なせない”。そして、治療すればここの記憶も消せる。心に、傷も残さない。
(完璧です、お姉様。この兎は機械をもかき乱す力を得ました。でも)
レイセンを抱きながら依姫は生まれて初めて、姉の歌う声を疎ましく感じた。
そして、何事も無かった様にレイセンは再生した。彼女は依姫の執務室で目を覚ました。
「‥‥姫様?」
トヨ、なのかヨリなのかはっきり聞き取れない第一声に、依姫は少し身体を震わせた。
「あの、私、居眠りを?」
綺麗なブレザーに包まれた身体には傷一つ無い。ロウタが“見て”も何一つ分からないだろう。むしろ、健康になっている。不自然な程に。
兎は携帯端末を取り出して時間を確認する。そして立ち上がって主に礼をした。
「依姫様、執務のお手伝いだというのに眠ってしまいました‥‥」
端末を操作していた依姫の指が止まる。静かな声が唇から継がれた。
「構いません。貴方に書類仕事を割り振った者の落ち度です」
「ご、御免なさい」
つっけんどんにも聞こえる声に、謝るレイセン。
「貴方が気に病む事では無いですよ‥‥そう、気に病む事は無い」
依姫は端末を勢いよく弾き、ヒサメに残りの処理を命じた。
「レイセン、家へ帰りましょう」
「え?」
「後はヒサメに任せてよい程度の仕事ですから」
「? 依姫様?」
「私だって‥‥八意様の授業をサボった事位あります! そうですね、いきなり帰ってロウタ達を驚かせてあげましょう! びっくりしますよ!」
作り笑いを浮かべながら言い切る主を、レイセンは奇怪さに包まれながら見つめた。
二人は牛車で屋敷に着くと、門番にメイド達へ何も伝えない様頼み、玄関をそっとくぐった。携帯端末でロウタ達のいる場所は、使用人の休憩室だと分かる。
部屋の扉を開けると、黄色いメイド服姿の二人と目が合った。彼女らはテーブルの向こう側に座っており、四つ子の残り二人は背を向けている。ブレザー姿を挟む形で。
メイドの一人は露骨に腕を絡ませながら、さり気無く胸を押し当て、もう一人は顔を赤くしながら箸で“あーん”をしている。
依姫が驚く向こう側の二人へ、唇に指を当てて静かにする様伝える。レイセンは無表情にその耳元へ囁いた
「銃を持ってきてよろしいですか?」
「いけません」
「では刀をお貸し願います、天誅を加えますので」
「おやめなさい」
レイセンはそれ以上言わず、背後からロウタの脳天に拳骨を落とした。両脇のメイドは何事かと立ち上がり身構える。そして主人とそのペットの存在をようやく認識した。その脇で猛烈にむせるロウタ。その首を素早く決めるレイセン。
「いいご身分ね? 留守の間にもうハーレムでも作ったの?」
「ぐご、ちょ、話せば分かる」
「教訓、答えは聞いてないわ」
首を決めたまま、兎は雄兎を引きずっていく。依姫にはその失笑しかねない光景ですら、内心虚ろに見ていた。
レイセンの部屋に叩き込まれたロウタは、そのままマウントポジションを取られた。平手打ちが炸裂する。
「立場は理解しているわ‥‥でも、何かすっきりしないわね」
「理解あるなら、せめて上から退いてくれ」
「駄目よ。だって貴方を拷問して色々聞き出さなくちゃならないもの」
「拷問て言いましたよね?」
「教訓、聞き返すな」
もう一発飛んできたビンタを、ロウタの右手がガードする。その手には包帯が厳重に巻かれていた。
「‥‥ほら、ミミ達の手伝いしてたら、指を切ったんだ。それをミムがグルグル巻きにしたから、お箸も持てないんだよ」
レイセンは冷たい視線でその手を見たが、振り上げた平手を引っ込める。
「全く、まさかあの四つ子全員と親しいわけじゃないわよね?」
「‥‥仲がいいのはミミとミムだけだ」
「本当にケダモノね。‥‥包丁って手もあったわ」
「‥‥ゴメン、な」
レイセンは素早く雄兎の上から降り、ロウタの横に寝転んだ。
「ゴメンで済んだら憲兵は要らないのよ。この種兎。カンガン、て知ってる?」
「特殊な銃ですか?」
「股の“銃”を取った男よ。ハーレムの管理者だったらしいから貴方には丁度いいんじゃない?」
ロウタは横に寝転ぶ顔を盗み見た。いつもの気だるげな顔が見つめ返してくる、
「そういう事をしたい怖い上官殿は、何処行ってたんだ?」
「‥‥は?」
「ずっと居なかったじゃないか」
「依姫様のお供をしてたわよ? ‥‥何でそんなに心配するの?」
「心配しちゃ、悪いか?」
「居ない間に他の兎と出来てる雄にされるなんて、複雑」
二人はそれから、しばらくじっと天井を眺めていた。互いに手を繋ぎながら。やがて、ロウタはレイセンの上へ静かに覆いかぶさる。雌兎は黙ったまま、軽く瞼を閉じた。合意を確認し、雄は軽く額、瞼、唇へと唇を散らしていく。
控えめに吸い合った後、雌兎の手が雄の乱雑に結ばれたネクタイを掴んだ。ノットを強引に引っ張り、絞首用の輪っか大に広げる。相手が固まるのを見て、レイセンは静かに笑った。
「信じさせてみてよ?」
そのまま自分のネクタイに結び付け、二人は首を繋ぎ合う形となった。身体を離せば首を引っ掛け、距離を取らないと手元が不明になる。ロウタは仕方なく上から脇へと移動、手探りで相手のボタンをいじり始めた。ぎこちなく不規則な動きが、レイセンの服越しに点々と伝わり初々しい刺激となる。ブレザーの前が開かれ、ブラウスの中に指が忍び込む。
レイセンの眼が細まり、微かに潤んだ。顔を見つめ合いながらの胸の愛撫は、抑えていた情欲をみなぎらせるのに十分だった。スカートに伸びる手を掴み、下着へと誘導する。
やがて沈黙に息遣いが混じりだした。指で割れ目がこじ開けられ、ブラの中で抵抗する乳首がみなぎり、唇は肉食と化す。
雄兎は凶悪にいきり立った半身をチャックから露出させた。慎重に、あてがうべき場所を指で探りながら狙いを定める。雌も受け入れんと手を添え、一息に自分へ導きいれた。
分泌された体液が混じりあい、ぬめった音が連続する。二人は互いに相手の体を抱いた。
雌は足も相手に絡めた。やがて、呼吸と絶頂を合わせ、営みの終わりが近づく。
レイセンは涎を飛ばしながらロウタを掴み、引きずり込む様に締め付ける。陰茎が脈動しながら熱く白濁した波を起こし、子宮を飲みかえそうとする。
事が終わり二人はまだ首を繋ぎながら抱き合っていた。
人も兎も夢を見る。起きながら夢を見る者もいれば、眠りの中で延々と悪夢に追いかけられる事もある。
ロウタは武装したレイセンの大群に追いかけられる夢を見た事がある。それ以外には依姫が泣き顔でじっと見つめてくる光景が、何故か彼の心に残っている。他の夢は、目を覚ませばどんなろくでもないものでもすぐに忘れていた。
しかし突然銃を抱えて走っていても違和感無く受け入れる程、寝惚けてもいなかった。
周囲には“仲間”がいる。だが“仲間”の名前が分からない。顔も漠然としている。手の中の銃は重い。が、愛用しているAKとの違いがはっきりしない。
見た事も無い姿の“敵”。右五本、左三本の足で走り、二つの口が捕らえるという目的のみで上下し、灰色に歪む皮膚で飾った見下ろす程の巨体は自らを脅威だと強調する。恐ろしいのに現実感が無く、それでも足は逃げる事を促す。
“仲間”達は次々と数を減らしていく。転んで脱落する者、“敵”に掴まり何処かへ放られる者。声より、消える寸前の激しい動き、痙攣する体、かざされる両手、虚空を描く指、がロウタの心を揺さぶる。
「おや、どうしたの?」
何処かで聞いた声。
「こんなとこで遊んでると、帰れなくなるよー」
声を振り払おうと、ロウタは頭を振った。ひどく重く、力がいる作業だ。
「そんな事やっちゃって、ほーらまた」
足首を掴まれ、転ぶと同時に体が持ち上がる。後ろへ放り投げられると同時に、周囲の灰色の景色、何かを焼き払った後の場所が映った。それらが一斉に回転を始め、雄兎を飲み込んでいく。
自分自身もぐるぐるとひっくり返り、手足をばたつかせた時。顔面から地面に突っ込む。
夢中で口に入った砂を吐き出した。構えるべき得物は消え失せ、重いブーツにナイフを突っ込んでいる可能性も忘れた。身を低くしたまま、左手で顔面をガードする。
地面に突いた右手に、粘つきが触る。ロウタの想像力は無意味に働いた。
「おやおや、止めなさい止めなさい」
無性に腹が立ち、言葉を返そうとしたが口からは何も出てこない。
「そんな物見るんじゃないの。分かる? 見ちゃ駄目」
ロウタの手は意識と反対に、手に付いた粘つきを確認させようと、顔の前まで移動した。
視線がどす黒く、濃く染まった掌を確認する。手を突っ込んだ溜まり、経路、そして、その先で“血”を垂らしている物体。
「あーあ、駄目って言っても、男の子は」
何百という、宙から逆さに吊られ、服を取られ、中の何人かは皮膚も剥がれ、目を真っ赤に見開いた、兎達。
「見て楽しい? ねぇ楽しい?」
言葉にならない声を空しく吐き出し、雄兎は目を背けようとする。が、死体に見知った顔があると“気付いた”。
「はい、もうおしまい。オジブワの教えに従い、ドリームキャッチャーが君を守るよ、怖い怖い夢はあっちいけー」
顔を認識する前に、ロウタの身体から力が抜けた。もう一度、土へ向けて顔が落下する。
その顔面を、柔らかい物が受け止めた。それでも鼻を強打した筈だが、もう自分が何処にいるかを理解した雄兎は不思議に感じなかった。彼が顔を上げると、自分のショックを吸収してくれた羊を模した枕と、それを胸にかき抱いた赤帽子姿がにやける。
「夢の中で目覚めるって不思議でしょ? 坊や」
“夢の中”亭のマスターの本名を、ロウタはまだ知らなかった。
「あたし、ドレミー・スイート。まあ目が覚めたら覚えていないから、外の世界ではマスターのままでいーよ?」
「あんた、一体何者だ」
「おやー? 助けた相手にお礼も無しー?」
元々人を食った様な寝惚け顔が特徴的だったが、現在の表情には何処か嘲笑的な響きがあった。しかしロウタは何故か、あまり嫌な気分にならず、素直に礼を述べる。
「それでいいの。ウサギさんの男の子は貴重だから自重しなさーい」
「己惚れたつもりはないよ」
「ほほー、君のご主人は怖いものね?」
「まあ、そりゃ」
「でも君はご主人に尻を叩かれるんじゃなくて、叩く方なんだよね?」
驚いた雄兎を見て、ドレミーはニヤニヤと笑い続ける。
「綿月家のお姫様の性癖にお付き合いして大変だね。それとも楽しい? それはそれで色々危ないんじゃないかなー?」
顔を真っ赤にしたロウタは、もこもこした玉飾りを大量に付けた相手の衣装を掴んでいた。
「何を言っている? 依姫様を侮辱するのか」
「あれーどうして怒るのかな? 事実でしょ事実、夢の中じゃあ‥‥」
ドレミーが本を取り出し、ページを開いて見せつけた。そこには文字の列では無く、動く挿絵だけが記されていた。
紫色の髪が解かれ、大きく正面で開かれた足に左右それぞれ結び付けられている。
(タイトル、“若奥様は騎士長”だ‥‥)
元々は相方のレイセンが仰せつかっていた内容なのだが、あまりに面倒臭いプレイのために彼女が放棄していたのである。
「夢じゃ、誰もが無防備なんだよ?」
ページであられもない姿を晒していた依姫が消え、別のよく見知ったプロポーションが浮かぶ。それが完全な映像となる前に、本は閉じられた。
「でもご安心、あたしの名前は夢の外に持ち出せない。この記憶もここだけのもの。レンタルは無し。あたしも君の味方。問題は何処にも無しだね」
「本当に味方ですか、マスター・ドレミー‥‥。何があっても“夢”で片付けられる世界など初めて」
「そりゃそうさ。ここの住民になるにはまだ早いね。でも用事はあるから、ここに呼んだ。怖い夢も、敢えて見させた」
「あれは‥‥あんな戦い、知らない筈なのに」
「そう、君の夢じゃない。多分、誰の夢でも無い、昔の戦争。兎が一杯死んだ。少ない男の子もいなくなった」
「そんなものを、どうして‥‥いやそれ以前に、これからもあんなのを頭に抱えて眠れと?」
ロウタは恥も外聞もなく苦悶した。依姫相手のピンクなメモリーで埋め尽くした方がまだマシ、そしてレイセンに狙われる夢も、この時だけは甘かった。ドレミーの顔が、優しさを含んだ笑顔へ変化する。
「あたしのお仕事、表はお酒と料理で君達に夢を与え、裏ではその夢を守る。今回は事情もあって大サービスでござい」
ドレミーは手に握っていた品を放り捨てた。大きく手を広げてジャンプし、雄兎に正面から抱き着く。
「お一人様、夢の“中”でごあんなーい」
「マスター・ドレミー、貴方は一体?」
「夢に生きる女ですよー」
薄くリップを塗った唇が突き出され、ロウタのそれを覆った。長く力の籠った口づけが始まり、思考よりも本能や獣性の様なものが少しづつ盛り上がる。気持ちが浮ついた所へ、ドレミーが大地を蹴って前へ体重を預けた。普通なら相手に寄りかかる姿勢になるのが、足が後方へと流れ、宙に浮きあがる。普通の空間内の重力作用では難しいポーズで、ドレミーは垂れ目をウィンクさせる。ロウタが応えて、彼女の下に潜り込みながら自分も地面と体を水平にした。手を伸ばしワンピースの上から双起を触れると、見た目より大きさと弾力に富んでいる。現実では無い空間だから、実態はどうなのだろうかという疑問は誰もが抱く。ドレミーは照れ笑いのまま何も言わず、ワンピースの両裾を持ち上げ始めた。白く肉付きの良い素足がゆっくりと顔を見せる。撒かれた餌に食いついた雄兎は、そのまま悪戯っぽく戻された裾の中にすっぽり包まれてしまった。しばらくドレミーはやや単純な行動をからかう様に布を押さえていたが、太腿を甘噛みされ、手を離した。そのまま、ワンピースを頭から脱ぎ捨て、放る。彼女は下着を一切着けておらず、灰色の空間で唯一生白い色を放っている。色。ここでロウタは自分が、どこでも無い灰色に満ちた、寂しい空間の漂っていると気付いた。眼下の地面は所々ひび割れた石畳、何も流れない側溝、崩れた柱、雑草らしきものも灰色。寂しくなり、彼はドレミーの素裸に抱き着く。臀部に隠れていた尻尾が現れ、雄兎の股間を器用に撫でる。
「さあ、君の夢をあたしに頂戴」
壺の奥の真実があやふやでもいい、今は静かな眠りが欲しい。自分も衣服を脱ぎ捨てながら、ロウタはいきり立つ。夢の主は尻尾を止め、その肉塊をじっと見つめた。片手で竿、もう片手で陰嚢を包み、尻尾を亀頭に押し当て、動かし始めた。そして、自由な唇を雄の胸板に這わせ、淡いキスマークを残していく。
先走りの液で輝く亀頭に近づくと、尻尾をどけて舌で軽く突いた。それだけで雄兎は耐えられず、濁った液をドレミーの顔にぶちまけてしまう。彼女はその液を拭こうともせず尻尾を竿に添えると、今度は口も使い始める。体内から性欲と体力までもが途方もなく込み上げ、ロウタは興奮の真っただ中にいた。幸いドレミーは紛れもなく彼の味方だったが、これがもし色を好み食らう妖怪なら、彼はあっけなく情けない兎の干し肉となっていただろう。危険性も忘れ、肉棒は正直に反り返った。夢の主は手を放し、自分の身体を上下逆転させた。雄兎は黒い草に覆われた恥部を眼前にし、臀部ごと抱えると地上の野生の兎が水を貪る勢いでしゃぶりついた。ドレミーの方は再び陰茎を口に頬張りながら、尻尾で相手の頭を撫でる余裕を見せていた。直立縦の69という異様な形をしばらく続けた後、夢の主は再び体を戻し、雄兎と目線を合わせる。そのまま足を大きく開いて上から覆いかぶさるが、タイミングよく体を受け止められ主導権を握られた。後は陰茎を天井で吸い上げる側、強引に上へ突き上げる側。何十分という激しい打ち合いの末、ドレミーの身体が後ろへ大きく反り、足が強くロウタの胴体を締め上げた衝撃で膣内に精を放ちながら、陰茎の本体は意識が朦朧としていく。ドレミーが歌っている。
「ねんねんころりよ、ねんねしな、坊やはいい子、獏が夢喰や、悪さは消える‥‥」
ベッドの上でロウタは、薄ぼんやりと目を開けた。眠りの中で何かがあった、というならそれは夢であり、目が覚めれば意味を成さない。そのくせ夢の内容は覚えていない。レイセンに銃で追われる夢だけは例外だったが。以前は夢を見ると寝覚めがひどく悪かったが、今回は何故か気持ちが良い。まるで地に足が着いていない様な、すっきりとした気分だった。何も、疑問は無かった。何も。
隣で、半裸のレイセンが寝息を立てている。その垂れ耳を手に取り、優しく弄んだ後、キスをした。薄水色の髪の兎は小さな声で寝言を呟く。
机の上に置かれていた端末が急に警告音を発した。慌てて跳ね起きるロウタ。掛布団がめくり上がり、ついでにレイセンの白い肌も尻まで露わになる。端末から陽気な声が聞こえた。
「ぐっどもーにんぐ、ロウタ。レイセンと一緒にお部屋で勉強かしら、感心ね。保健体育か美術鑑賞? その内容は捨て置き、十分以内に私の部屋に君一人で来なさい!! あ、服は着てね。以上ご主人でしたー」
着信とかのプロセスを無視して呼びかける声に呆然としながら、傍らの雌兎を起こさない様にベッドから抜け出た。衣服の替えを抱え部屋を出ていく彼を、半開きの眼がじっと見送る。
「ロウタ、入ります」
端末の認証をした後、ノックを二度してから、更に声掛け。依姫の部屋に入る時より、ずっと緊張した。迎え入れる様に開いた扉をくぐると、細い竹の葉が出迎えた。幹は壁に埋め込まれる様な形で、竹林に似せたオブジェになっている。葉に顔をくすぐられつつ短い道を抜けると、テーブルを挟んで二つ置かれた長椅子が置かれている。そこに部屋の主が、背中を向けて座っていた。
「殺風景でしょう?」
ロウタは、相手の表情が見えない事に戸惑った。綿月邸の依姫の部屋も、殺風景といえばそうだが、方向性が違う。
「最近は留守がちだし見せる相手もいないから、殆どの物は目立たない様に隠してあるの。いつも出しっ放しはせいぜいこの応接セットと‥‥」
優雅な後ろ姿が立ち上がり、プラチナ色の髪が翻った。ベーシュ色のナイトガウンに身を包んだ豊姫は、微かに笑う。
「ベッドくらいね」
「豊姫様、ちょっと忘れ物を」
嫌な予感がしたロウタは身を翻し、一目散に逃げ出そうとした。が、次の瞬間柔らかい何かに思いっきり激突する。
「あら、この胸がこんなに好み?」
自分より背が高い豊姫の胸に飛び込んでいた。その感触と微かな香りに、一瞬頭が蕩けかけたロウタだったが、すぐに我に返り離れる。
「も、申し訳ありませんっ!」
「そうね、幾ら文官ぽく見えても、正式には私は貴方の上官、ついでに飼い主。そこへ発情して飛びついたなんて」
「誤解です!」
「強制餅つき労働行きがいい? それとも‥‥」
美しい顔が無邪気さを装う。
「依姫に言いつけちゃおうかしら?」
雄兎は、紫の瞳が裂帛の気合で睨みつけているのを想像した。あまりの恐怖で膝が笑い出した時、豊姫は腰の帯に手をかけた。
「じゃ、私の身体を覆う物が無くなる前に部屋を出られたら許してあげる」
はらり、と音が鳴る様に帯が床に落ちた。ガウンの前が開き、見えてはいけない空間が半ば露わになる。
ロウタは床を蹴り、相手の脇を駆け抜けようとした。が、また豊かな胸の中に、今度は生で飛び込んでしまう。羞恥や嬉しさより情けなさで真っ赤になりながら、今度は長椅子を飛び越えようとした。またしても柔らかい感触。今度は両手で抱きかかえられてしまう。
「うぅん、もっとちゃんと逃げないと駄目」
甘ったるさの中に。微妙な残虐性を感じ始めたロウタは、ナイトガウンを肩からずり落としかけてる相手から離れようとした。だがしっかりと抱かれている上、相手の素肌に触れてしまうためどう動くか躊躇した。
(無駄よ。“海と山を繋ぐ”技からは逃れる事は出来ない)
優しく、だが口調はやや驕慢に宣言する。
「さぁ、覚悟なさい?」
「これをやりたいため、呼ばれたのですか?」
「そうよ。私もごっこ遊びがしたいの」
「‥‥何でしょう、それは?」
「地上の者達は、穢れのために溢れ出る闘争本能・殺戮衝動を“弾幕ごっこ”という決闘で発散している。一種の擬似戦闘ね。私達は穢れを断って生きてきたから、そんな物とは無縁、の筈だった。でも‥‥」
ガウンが床に落ちた。雄兎はそれにも気付かず、青みがかった垂れ目が鋭く金色へと変わって行くのを見つめている。
「地上の妖怪との争いを始め、様々な積み重ねが月を蝕んでいるのよ。その一つが、貴方達の“家族ごっこ”」
「お言葉の意味が分かりません」
「依姫を抱いているくせに、まだとぼけるの?」
豊姫が一歩前へ進み出ると、その圧力に負けてロウタは膝を突いてしまった。
「あの子は貴方達に遊んで貰っているつもりなのでしょうけど、同時に歪んだ愛情も抱き始めている。飼い主とペットが、いつの間にか同等の関係になって、傷を舐めあう。家族ではない、家族になどなれない、でも身も心も許しあう‥‥ごっこ遊びよ! 私も、そろそろ遊びたいわ」
ロウタは、無言で歯を食いしばり、右手を豊姫にかざした。“鏡”が形成されていく。
「無駄よ。私にそれは通じない」
豊姫が指輪を光らせると。それだけで鏡は砕け散る。
「私に反射した力が当たっても、痛手にはならないわ。そんな浅はかじゃ、私を楽しませる事は出来ないわよ?」
雄兎は相手の身体を直視してしまった。肌の滑らかさや白さなど論外、上向きの乳房も髪と同じ色の陰毛も、圧倒的な存在感を持っている。見つめ続けていれば、色香で気が狂う。恐怖を孕んだ美しさが、ロウタの股間を刺激する。痛い程に陰茎が硬くなり、理性が月から地上へと飛んで行きそうだった。
「さあ、遠慮しないでいいのよ? 種兎の本領を見せてみたら‥‥」
危うく雄兎がその言葉で、色々と爆発しそうになった時。希望の紫色が、彼を落ち着かせた。
「お姉様‥‥」
依姫の声に驚いた豊姫は、裸体を隠しもせず振り返る。
「あ、あら依姫? 何かあったのかしら?」
「今、目の前、で起きています」
「そう、そうなのよ。ペットが私を、押し倒そうと」
依姫の声のトーンが低くなった。
「本気で仰っているのですか? ロウタがどうやればお姉様を襲えるのですか?」
「幾らでも方法はあるわ! それより、何故私の部屋に踏み込んできたの?」
「ロウタのパートナーの問いに答えるためですよ。捕虜は何処行った? とのね」
寝室で薄く笑いながら、端末を固く握りしめる雌兎の姿を誰もが思い浮かべた。
「‥‥これから私をどうするの?」
細いが数万の軍勢に匹敵する手が、豊姫の肩に置かれた。
「お姉様は私をマゾと仰いましたね?」
「ええ」
「では、その立場から教えてさしあげますわ」
長椅子に、無理矢理液体金属の鎧が擬態した“服”を着せられ、豊姫は押し倒された。
無表情に、ゆっくりとその身体に覆いかぶさる依姫。舌なめずりしながら、吐息の近付くぎりぎりの位置まで顔を近付けた。豊姫は普段とは違う姿を見せる妹に戸惑う。
「依姫? 依姫さん? ひょっとして怒ってる?」
「いいえ」
短い返答の後。依姫の舌が豊姫の唇に吸い付いた。舌が強引に歯を掻き分け、噛みつく様なキスを繰り返す。主人達が唇を求めあう光景を、ロウタは正座して見学していた。
「ねぇロウタ」
「うん」
「貴方依姫に変な事教えた?」
「ご自身の研鑚の賜物かと」
素早く依姫は豊姫の身体を横向きにして、背後から服越しに胸を触り始める。感触を楽しむと言うより、何があるのか探っている様な触れ方だった。そしてその状態だと、当然雄兎の視線に晒される。
「見ては駄目」
豊姫の叱責をロウタは受け流した。依姫は後ろから更に激しく揉み始める。
「依姫! 止めなさい!」
「私は穢れた女です。ですがそれを恥とは思いません。お姉様はどうですか?」
「穢れから逃げるのは難しいけど、屈してしまう程私は弱くない!」
「あらあら‥‥まるで“お姫様”みたいな台詞‥‥素敵です」
豊姫は、背筋が凍るのを感じた。自分が妹よりも本質で穢れを受け入れているなど、絶対に有りえない、あってはならない事だった。だが、“姫騎士”は背後から冷たい声で語りかける。
「穢れを憎み‥‥地上を恨み‥‥お姉様もいつしか、彼らと似た物になってしまったのかも知れませんね。でも、今はそんな事はどうでもいい」
依姫は胸を激しく揉みしだきながら、片手を尻に移動させる。
「きゃああっ?!」
「可愛い声ですね‥‥私もそんな声を出しているのでしょうか? 分からないのですよ、夢中なので」
「貴方達、ケダモノよ、みんなケダモノだわ!」
「‥‥幾千の年月を重ねようとも、この身は未だ骨肉。上等なケダモノで御座います」
依姫の口が、姉の耳を唇で噛んだ。指を鳴らし、液体金属の鎧が擬態した服が瞬時に飛び散る。同時に、光ろうとしていた指輪を素早く抜き取った。
「“姫”ももう少し武術に励むべきですね。だからこんなあられも無い姿を‥‥」
四肢を鎖により拘束され、豊姫は生まれたままの姿を大の字となり晒していた。さすがにショックを受けたのか、プラチナ色の髪が震えるばかりで声も出ない。
「ロウタは凄いのですよ。私の身体を、痕が残る程叩いて、罵って、不浄の穴を‥‥」
「そこまで具体的に説明しなくていいわよ!」
「私はマゾな姫騎士、当り前じゃないですか。丁度“姫”役が欲しかったんですよ」
「嫌よ!」
「自分で相手の情欲を掻き立てるなんて‥‥お姉様は、そんな淫らな女だったんですね」
依姫は姉の身体に、背後から食らいついた。兎達が交わっている前でだ。大きく開かれた股間に、指が這う。耳に歯が立てられ、豊かな胸は強く握られる。豊姫は、自分が姫騎士どころか怪物を相手にしていたとようやく悟った。快楽に溺れていながら、自由に現実へ戻ってくる事に出来る存在。綿月依姫という傑物は、穢れに身を任せ、それを巧みに吸収してしまったのだ。
相手が喜んでいるかどうかは知らず、恐ろしい怪力で依姫は姉の身体を持ち上げると、自分は銀に光る物体をそそり立たせた。サイズはどうしようも無い程ゴツく呆れた化け物だったが、色が奇怪なのは“仕置”を断行しようとした当人の照れもしくは見栄のなせる業だった。ただ、液体金属の偽物だが。
じっと雄兎が正座して見守る前で、豪華で高慢な色香を纏った女体は、妹の偽りのイチモツを突き立てられた。既に豊姫は理性を失っており、体中からとめどなく液を垂れ流しても、それを止める気すら無い様だった。上下運動の激しさは原初の自然が具現化した様に荒々しく、快楽というより超古代から続く生命の営みのルーツを歪んだオブジェにしてぶちまけたのだった。
床に危険な角度で、痙攣する豊姫が放り出された。興奮冷めやらぬ、尚も生贄を求める古代神でも憑依したのか、イチモツを消失させてからも色情に狂った瞳で、依姫は咆哮する。
雄兎はその乱痴気騒ぎを背中に、逃げていた。自室のドアをロックするや否や、迎え入れる様に上がったかけ布団に飛び込む。
「お帰り、発情期のスケベ兎」
「ありがとう‥‥」
顔の見えない、がしっかりと手を握ってくれるレイセンが今は有り難かった。その背中を思いっきり抱きしめながら、ロウタは震えていた。
全ての端末の電源を切り、二人は部屋に籠っていた。一度だけ手洗いを往復したきり、
ただじっとしていた。部屋の扉に椅子を始め、様々な物を置いてバリケードを作っていたが、用事で出た時にそれもどかしてしまった。子供じみた行為に、無意味さが重なった。
だが大体周囲から見て奇怪な行動も、本人達には大体意味がある。それが無駄か反抗的か無秩序か、後で意味付けされるのが世の常、損害を出さなければ。
レイセンにはロウタと共に籠城の意味がない。彼女自身はただ依姫と共に仕事をしていたが、疲れて眠ってしまっただけなのだ。それだけの事なのに、相方のスケベ兎は消息を心配した。最も信頼すべき存在の依姫が何も言わないのだから、露ほども案じる事は無い。
が、何処かがおかしい。主人の下で自分は何をしていたのか。全く覚えていないなんて事はあり得ない。あやふやな記憶で依姫の仕事を手伝える筈が無い。だが、その依姫は何も言わない。しかし、ロウタは心配した。大いなる下心の産物かも知れない。どれもこれも理屈に合わないが、レイセンはその成り行きに身を任せる事にした。第二次月面戦争以降身についた“かき乱す程度の能力”。を用いなくても、周囲が踊っている。あり得ない、これからも現実には決して起こらない、自分の名前にも“姫”がついた様な、だが多分大した事の無い、今。それを、楽しみたかった。自分の周囲の存在は、そんな程度の事で傷つく程ヤワではないと、知っていたから。
だから、銃も持たずナイフも研がず、ウォーミングアップもせず、ただ気だるげにベッドの上にいる。雄兎は床に寝ていた。
「いいものね、怠惰に溢れ悪徳に死すって」
「月では“死”が無いんだろう?」
「人の姿してれば誰でもオーケーってわけじゃないのよ」
「何処も格差は付き物、か」
「終わりが無いというのも退屈かしらね」
「でも長い時間を必要とする活動もあるそうだ」
「知的活動って、空腹を忘れると同時に本質を見失うわ」
「飢えあるが故に我あり、なんかおかしいね?」
「“おかしい”のはいつだって他人よ」
それきり二人は黙った。延々とこの繰り返しを続けている。素直に感想を言わせればどちらも楽しいと言うのだろうが、そういう雰囲気でも無かった。
何処かの施設。
収納カプセルの列の間で、一人の女が宙に浮きながら歌っていた。人語では無い、古の子守歌。
夢の世界へと移住し、身体を必要としなくなった兎達へ捧げているのだった。
ドレミーは依頼を受け、施設の兎達の精神を夢へと誘った。帰って来ることの無い旅への切符を渡したのだが、眠る事も知らない現実よりは異世界の方が幸せではないか、と獏は思う。
強化措置を受け、現在も無事な者が二人いると聞いていた。雄は逃走後、主人の元へ戻ってきた。奴隷に成り果て自分を失っていたが、元々施設で記憶は消されていたのだから大した変化ではない。雌は二度目の妖怪による侵攻後、強化措置を受け、混乱しながらも生きている。
別の世界に誘わず、生かすため悪夢を喰ってあげた兎“達”がそうなのかも知れない。
それも、何度か眠りを重ねる内に忘れていく事だろう。
当の兎達は、固く手を握り合ったまま眠りについていた。バリケードを難なく乗り越えてきた依姫が、彼らに寄りかかる様にして寝息を立てている。
終わり