ある日、稀神サグメはニュースを見ていた。彼女は端末による配信という形より、昔ながらの紙媒体での報を好んだが、それでは情報の鮮度にいささか遅さを生じる。死より遠い月でも、情報には時間が容赦なく課せられるのが不思議だった。分析と考察を含めても生き急ぐ事から誰もまだ、逃れられないのだろうか。サグメが食事などの目的以外では滅多に開かない、真珠の様に滑らかな唇を舐めた。丁度、手元で新聞の姿に変化させた高性能端末がニュースを映し出す。
「綿月姉妹‥‥」
うっかり、だった。サグメは慌てて両手で口を塞いだが、もう遅い。その力がいつからあるのか、はっきりと鑑定したのは地上に隠れ住む八意の賢者。眼前にある神羅万象、ただ一言口を開けば流転、されど意のままに操る事能わず。その力ある故に月に上がり、余人と交わらず日々を過ごす。もし常闇の獣、復讐の狐が現れれば舌は迎え撃つ技となるが、時々意図せずして禍を招く事もある。綿月姉妹にその舌禍は不幸となるがその逆か。
これから起こる事の黒幕ではないが、原因と言える存在は子供っぽく口を閉ざしながら、目当ての恒星間ドラマチャンネルの番組表を探し始めた。
綿月邸では、久しぶりに家族全員が揃っていたが、共に団欒を楽しむ雰囲気も余裕も無かった。大慌てで政庁から帰ってきた姉妹が、自分達に新たな辞令が下ったと告げ、ペット達も随行する事になったのだ。
「全く、行き先があそこで今夕に出ろってどういう話だよ」
「教訓、文句より手を動かして。行くのが最初なのは貴方だけ」
「憧れの青い星に行けるのに、ロマンティズムの欠片も無いとはね」
「あの星はオブジェクト以上の価値は無いわよ。遠くから見ているから綺麗なの」
「深淵を覗き込む云々とはよく言ったもんだ。こっちも真っ青になりたくはないね」
「よく言うわね、御主人様の前でよく青くなってる癖に」
「心はいつも真っ赤な純情」
「せいぜい養殖のにんじん色でしょ」
ロウタとレイセンは軽口を叩きあいながら荷造りをしている。彼ら自身は銃、野営用具一式、食料などを既に揃え、パッキングの最中だった。今回は綿月姉妹のお付き人なのだが、メイド達の代わりも彼らが務めなければならない。ただ、主は自分の世話をする事に抵抗の無い、兎達より遥かにしっかりした実力者だった。更に豊姫が能力を使えば、滞在先へ数秒とかからない筈だという。二人は浮遊機能付きのつづらを何処か飛んでいってしまわない様、見ているだけで良かったのである。その中身も殆どが手際よく詰め込まれてしまっていた。儀礼用の衣服が圧縮されて四十着、普段着と寝間着が同数、下着などはその三倍もあり、緊急万能コテージを始め特殊装備の類まで含めても、一メートル四方の大きさのつづらはまだ余裕があった。ロウタは自分が中に入っていても物事へ支障が無い様に思えたが、本当にレイセン達に詰め込まれそうになってその考えを捨てた。
旅支度を終え、兎達が正門にて主人を待っていると、いつもの服装と変わらぬ綿月姉妹とつづらを押すメイド達がやってきた。
豊姫は帽子と扇子、依姫は刀を下げている。二匹は姉妹の前に膝を突いて礼をし、訓示を待つ。頷いた豊姫は、扇子を閉じて宣言した。
「これより、地上へ参りまーす」
過日、依姫にお仕置される目に遭ってからは、少し態度や言動が遠慮がちだった豊姫だが、この時の声は必要以上に明るかった。周囲が突然微かな緑色の粒子に包まれた。ロウタは立ち上がりかけたままの姿勢で意識が微かにぶれ、綿月邸とメイドが消えていくのを目の当たりにした。粒子とは別の緑が代わってじわじわと周囲を覆い始め、やがて薄暗い深緑となり、辺りを染める。一応、銃を肩から外して構えた。月で動画や立体体験システムでしか見られなかった場所に、彼は今立っているのだった。
そこでふと彼は気付いた。周囲の色が随分と野生的で毒々しく、それ以上に何かが臭った。まさかと思っていると被っていたメットが反応、自動で透明バイザーが展開した。
順調にしては物々しい雰囲気に疑問を感じたロウタは、レイセンと主の方を向く。
「‥‥あれ、お二人はどうした?」
雌兎は自分の近くに誰かが立っている筈の空間を、黙ってじっと見つめていた。
綿月姉妹は何か意図があって地上に降りなかったわけではない。サグメの舌禍が巻き起こした干渉、豊姫の幸運、依姫への神々の加護、招かれざる第三者。これらが絡み合ってささやかな回答を導き出した結果。
固く不毛な肌を晒した地面のあちこちから灼熱が噴き出し、空は果てしなく暗い。目を凝らせば、透き通った亡者達が大なり小なり様々な悪徳に手を出し、漂っている。
「生きるものの数だけあるという、地獄かしら」
「見覚えがあります。以前の“侵攻”で斬り込んで混乱させました」
「ああ、あの時のね‥‥私がうたた寝している間に終わった」
「ええ。でも今回はどうなるか」
「“彼女の世界”なら、簡単に逃げおおせる事は難しいわ。地上降下は中止、一汗かきましょう」
「‥‥レイセン達‥‥」
「安心なさい。あの子達はタフよ」
この時地獄の主は、奇抜なデザインであるシャツの下の胸に、何を当てれば乳首が目立たないか悩んでいた。
端末の通信、地図機能が反応しない事を確認し、二人は銃を構えながら用心深く進んだ。
メットのバイザーに次々と情報が投影されては消えていく。危険を示す真っ赤な文字で。
「素晴らしい森ね。浮遊している花粉・胞子は、月の都には持ち込めない類ばかり」
「警報を大きくしたら、抜けるまで鳴りっ放しだねこりゃ」
「無事に抜けられる森とは思えないわ。‥‥一部の植物に歩行による移動が見られる。飛行でもしないと」
「どっこい今回の装備にはジャンプを助ける物すら無し」
「嫌なピクニック」
ヘルメットが無い場合、呼吸器を保護する代替手段を見つけても九十パーセントの確率で物質による悪影響が身体へ現れ、月の医療施設で処置を受けないと深刻な後遺症が残る、と簡易AIが警告する。
「言うのはいいが、ついでに帰る方法を教えてくれれば楽なんだが」
「苦難の先に美味しいご飯があるのよ」
「限りなく楽園に近い世界で苦難か」
「そりゃ‥‥」
不意にレイセンの声が途切れる。振り向いた雄兎の頭上で乾いた破裂音が響いた。不気味な体毛の鳥が飛び立つ中、逆さ吊りになりながらレイセンが発砲する。木から伸びたツルが足へ不自然に巻き付き、植物では有り得ない力で上までつまみ上げたのだ。ロウタは慌ててナイフを引き抜き、相方を捕らえた木へ斬りつける。が、大男四人分以上はある幹には傷が付いただけで、鍛えた植物なのか擬態した動物なのか微妙な存在の注意を還って引いただけだった。堅い果実をぶら下げた枝が振り下ろされ、ヘルメットを強打される。
ダメージは無くても一瞬の怯みを呼び、ロウタの足もツルに絡まれ、一気に吊り上げられる。銃を落としてしまいながら、ナイフを振るい幹よりは柔らかい怪奇植物に挑んだが、今度は相手がしなやかで斬り応えが無い。別の方向から伸びた一本が、彼の喉首に巻き付いた。毒を感知したヘルメットだが絞首を防ぐ機能までは無い。パニックを起こしてナイフを振り回すが、やはり有効な手では無い。ツルが徐々にその力を自らに込め、雄兎の首を締め上げる。久しぶりに命の危機を自覚し、ロウタは無暗に体を動かすが、状況は全く好転しない。主人の命令に素直に従い過ぎて、神霊の怒りを買ったのだろうか。自分でも意味の分からない事を考えていた。
「上海、蓬莱、行きなさい!」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!!」
森に凛とした声が響いた。銀色の閃光が走り、ロウタの身体を縛っていたツルがバラバラに切り裂かれる。捕獲から逃れ、今度は重力に身体を掴まれる。落下する彼の襟首が何かに引っかかり、しばらく浮遊したかと思うと、また放り出された。這いつくばった彼のヘルメットを、軽く叩く音がする。
「貴方新種の妖怪? つるつるの変わった頭ね」
跳ね起きたロウタがナイフを構えようとして、空の手のまま間抜けなポーズを取る。その頭上へ、彼と同じ様に救出されたレイセンが落ちて来る。雌兎は、青いロングスカート、白いケープに金髪の娘と、互いに興味深そうな視線を交換した。
「永遠亭でお会いしたかしら?」
「残念ながら薬師見習いじゃないです」
文字通り尻に敷かれてピクリとも動かない雄兎は、人形達に剣でつつかれても何も言わなかった。
金髪の娘は、自分の家に兎達を招待した。道すがら、現在位置が“魔法の森”という場所である事や、先刻の木が“孫柳”という厄介なへそ曲がり(ロウタはへそ以上に食い意地が厄介だと思った)という事を聞かせた。レイセンは、喋る人形をうっとりして抱きしめているため、殆ど耳に入っておらず、ロウタはやや陰気な顔をしたもう一体がうなじを触ったり、尻を剣で軽くつついたりするので注意が逸れていた。
沢山の人形・その衣服・部品が並ぶ居間で、娘はハーブティーと焼き菓子を二匹に振る舞った。緊急の解毒剤の位置を思い出しながら、ロウタは甘い香りと微かな酸味のする飲み物をすする。
「そのお茶は、魔法の森の瘴気に惑わなくなるのよ。一休みしたら、外まで送ってあげる」
シャンハーイ、と人形からお菓子の供応を受けていたレイセンが質問した。
「ありがとうございます。あの‥‥」
「何?」
「この近所に、私達の様な兎が住んでるとこってあります?」
「野兎ならこの森にもいるわよ」
「いえ、化身出来る者達です」
「そうすると永遠亭になるのだけど‥‥?」
「やはりそうなりますよねー」
「‥‥貴方達、ひょっとしたら‥‥」
部屋の中に銃声が響いた。ギョッとして二人が振り向くと、ホラーイと呟く人形がロウタと銃を取りあう姿勢のまま、固まっている。雄兎が引きつった笑みを浮かべた。
「安全装置、外れてた」
金髪の娘は何かを察した様だが、事情を深く聞こうとはしなかった。お茶の時間が終わると、二匹を森の外まで案内すると言う。
「この子に着いて行けば、竹林の案内人の家まで案内してくれるわ」
人形はシャンハーイと全身で気概を表現した。うっとりした顔のレイセンを横目に、ロウタは頭を下げた。
「色々ありがとう御座います、世話になってしまって‥‥」
「別にいいのよ」
「後、家の中で‥‥えと、修理代は領収書込みでお願いします」
「だったら送り先を言いなさい」
「つ‥‥」
正気に戻ったレイセンがロウタの爪先を踏みつけた。
「つ、痛ぅ!」
「申し訳ありません、これ以上は機密なのです」
金髪の娘は目を細めて笑った。
「困った兎さん達ね。家の事は気にしないでいいから、早く行きなさい。ただし」
二匹の持つ銃を指さす。
「それはやたらに使わない方がいいわ」
シャンハーイと手を振る人形に倍返しでヘルメットを振り、二匹は竹を主にして組んで作った一軒家に到着していた。外には“竹林案内・妖怪退治・炭販売、御用承り候”と看板が出されている。その下に“在宅”と回し看板が出ており、大きな呼び鈴が外にぶら下がっている。
鳴らしてしばらく待つと、戸が静かに開き、真っ白だが光沢のある髪を持った女が出てきた。赤いサスペンダーとお札を装飾代わりにしたモンペが印象的だった。
「‥‥?? 何だ、お前らは?」
兎達の恰好を見て、女の目が鋭く光る。レイセンは努めて敵意が無い事を示すべく、愛想笑いを浮かべた。
「永遠亭へ行きたいのですが、竹林を通る必要があると聞きまして」
「その通りだ」
「こちらで案内して頂けるとの事」
「そう、だが‥‥」
女は首を傾げながら二匹の姿格好を眺めていた。見覚えがある様子だが、だからと言ってどうしていいか迷っていた。
「お前達、輝夜の手先か?」
「え!?」
ロウタは珍しく相方が取り乱すのを目にした。確か、蓬莱山輝夜という四股名の様な名前は聞いた事がある。ただ、どういう人なのか、はっきりしない。月の使者の標的、賢者の弟子、永遠の命ゴロ、クイズマニア。様々な呼ばれ方をしていた。
「その人がどうかしたのでしょうか?」
ボケッとした返答に、女は毒気を抜かれた。家から出て来ると、回し看板を“不在”に変える。
「飛べるか?」
「いいえ‥‥? 何の事です?」
「ああ、別にいいんだ」
その後、不思議な女性は竹林を先頭に立って進みながら、奇妙な問いを何度もした。
「お前らは兵士なのか?」
「ええ」
「私を殺すのか?」
「物騒ですね」
「輝夜が命じればやるんだろ?」
「飼い主や上官で無い方に言われても困りますねぇ」
「え、お前兵士なのにヒモもしてるのか?」
「飼い主ならいらっしゃいますけど」
「輝夜の周りは変態ばかりなのか」
「‥‥その輝夜って人は誰なんです」
「言っただろ、変態だって」
レイセンは黙っていた。ロウタはまだ自分が喋っている相手(二人)の事を知らない。
月に戻るまで知らないままかも知れない。多分、知識を得た所でどうにもならない。だから、今はそっとしておく。
会話がズレながらも弾む白髪の女と雄兎。誰かが竹の影から覗く気配を感じながらも、一人と二匹は静けさに包まれた頑丈な門の前に何事も無く着いた。
「どうもはっきりしないが、お前達は本当に輝夜の手先じゃないのか?」
「蓬莱山部屋に入門した覚えは無いですよ」
「‥‥その言い方、いいな。今度あいつと殺り合う時に使わせて貰う」
何故か意気投合してしまったロウタと女は、握手した。レイセンはじとついた視線でじっと見つめている。
「じゃ、生きてたら帰りも呼びな。安くしといてやるよ」
「有難うございまーす」
深々と礼をするロウタを見て、雌兎はため息を吐いた。
「気楽でいいわね」
「陰気であるよりポジティブであれ、と、ここのところ体験で学んだ」
「別に人生哲学はそれでいいけど、この屋敷では私が許可するまで黙ってなさい」
「そういえば、ここ永遠亭とか言ってたけど‥‥?」
「教訓、命令にし・た・が・え」
レイセンはそう言い放つと、通用門を叩いた。二回目を叩こうとした時。
「どちらさんだい。急患かな?」
門の上に人影が現れた。ピンク色のワンピースを着た小柄な少女だった。レイセンの顔を見ると、胡散臭さと意地悪さを混ぜて笑う。
「おやー? これはこれは、あたしらとはお毛々の色が違うウサギちゃんだね」
ロウタは相方と、門の上の少女を見比べてみた。身長はともかく、顔つきも髪の色も違う。が、頭から生えた耳などはそっくりだった。
「ん、耳?」
「命令忘れたの? 次は蹴るわよ」
相方の階級が普通に上と思い出して、雄兎は背筋を正した。門の上の兎耳は少し驚く。
「ありゃ? ひょっとしてつがいって奴?」
「答える必要も義理も無いわ。賢者様に取り次いで頂戴」
「なーにさお高く止まっちゃって。地上のウサギには聞かせるネタ無いってのかい。大方、ケツまくったクチだろうにさ」
「悪い言葉を使う子はお尻をまくられて叩かれるのよ?」
「はっ、あたしのは天地開闢を起こす程の音を立てるね。なんなら見せてやろうかい」
言うなり門の兎はワンピースをまくって、ドロワーズを履いた後ろを突き出した。
「我が尻をくらえ、天上の兎ども!!」
哄笑する相手に、青筋を立てたレイセンは静かに銃の安全装置を外した。ロウタが慌てて止めようとするが、既に怒りで目が真っ赤に燃え盛っている。そんな二人を、背後から投げられた巨大な網が絡めとった。もがく中から、弾みで何度か暴発があったが、ピンクのワンピースの裾にすら当たらなかった。
「さて、そろそろマジなお話しといこうか?」
兎が指を鳴らすと、竹槍や竹弓を携えた者達がゾロゾロと姿を現した。全員顔の横や頭上に独特の獣耳が見える。
「なんか間抜けっぽく見えるけど、手の込んだ花火持って、ここに遊びに来たわけじゃないだろう?」
網が本日二度目の囚われを経験した二人を、泥沼の様に絡める。彼らは気付いていなかったが、網はごく僅かに動きながら、中の獲物を締め上げている。ただの捕り物網では無い。
「妹紅の奴にも困ったもんだねー。急患なら仕方無いけど、明らかに健康で厄介な鉄砲持った兎なんて、こちらから見ればねー」
竹槍の包囲網が近付いた。ロウタは魔法の森と違いナイフすら抜けない状況に目を白黒させ、レイセンは生きて帰ったら訓練をもう一度真剣にやり直そうと心に決めていた。
門の上で寝ころびながら、兎は横腹を掻く。
「というわけで、厄介事の種はさっさと駆除しましょ」
手が振られると、竹槍が更に接近し、突き、刺さらずに後退していった。代わりに武装していない兎達が現れ、簡単に網を二人から外してしまう。ついでに銃も奪われ、門の上で辺りに大笑がまき散らされた。
「そろそろご挨拶して、厄介事からお客さんになってちょーだいな」
二人は邸内に通され、装備を解いた。が、正装を持ち合わせておらず、仕方無くブレザーのままでいる事になった。無礼な兎に連れられ、広間に通される。正座する二人が足の痺れを感じ始め、兎などはあぐらをかいて欠伸を始めた頃。奥の襖が優雅に開いた。緊張した二匹が背筋を伸ばし、兎も素早く正座に戻る。しばらくの間、重苦しいが何かが違った雰囲気が場を支配した。襖が開かれたのに、上座に座るべき者は何故か姿を現さない。ロウタは改めて自分が月の常識の及ばない異郷に来ていると実感した。そして、痛感した。背後から素早く頭を掴んだ指で。
「だーれーがー四股名みたいな苗字ですってぇ?」
レイセンの位置からは、細く典雅な指が見えるのだが、その一本一本がそれこそ重量級の力士並みの握力で頭蓋骨を絞っていた。ロウタは、前衛画家が見たら舌なめずりしてスケッチしそうな苦悶顔をしながら、頭上の脅威を振り払おうとする。
「てゐからしっかりと聞いたわよ。求婚してきた横綱を投げ飛ばしたこの鉄の指で、折り畳んで料理してあげようかしらぁ?」
苦痛を言葉に出来ず呻く相方を見て、レイセンはそっと頭を振った。竹林で感じた気配は、ワンピースの兎の物だったのだろう。
「教訓、口は禍の元。骨は拾ってあげるわ」
頭を押さえた雄兎は放っておかれ、座へ着座した輝夜とレイセンは相対した。
「お初にお目にかかります、綿月姉妹の飼い兎、レイセンと申します」
「永琳から聞いているわ。第二次月面戦争では、色々と大変だったわね」
「その時はご挨拶もせず、大変なご無礼を致しました」
「いいのいいの。こうやって会えたからよしとしましょう。‥‥ところで、貴方達」
「‥‥はい?」
「ひょっとして新婚さん‥‥?」
眼を輝かせて、輝夜はレイセンに顔を近づけて来た。先刻、雄兎を片手で粉砕しかけた剛力の持ち主とは思えない。月の人間は、皆何処か極端な一面を持っているが、噂に聞いたかぐや姫もやはり同類なのだろうか。
「申し訳御座いません、あの愚かな雄は豊姫様に拾われた未熟な後輩に過ぎませぬ故」
「え、豊姫ってそんな欲求不満だったの!?」
レイセンは言葉に詰まった。豊姫では無く、依姫の方が欲求不満という事実は伏せておこうと思った。
「そ、それは置いときまして‥‥八意様は如何されたのでしょうか?」
「永琳は里にお出かけよ。雑用係のイナバがこれまた用事で居ないから」
「そうなのですか‥‥」
「永琳に何か用だったの? ま、大丈夫よ、私がいるから」
「姫様?」
てゐと呼ばれた兎が、何処からか出した万国旗と薔薇で周囲を一瞬に飾った。
「こちらにおわすお方はいずれ宇宙の女帝となるお方、者共、頭が高い!」
思わず平伏した二匹、その前で胸を張る輝夜、タンバリンを叩くてゐ。
「問題はいつ即位するなんだけどねー」
「機が熟したらよ! そう、あれの花が咲いて巨木になった頃!」
「優曇華の花以上に巨木とか、一神教の審判が終わってもまだ始まりそうにないね」
「あんたはここで留守番、即位式に呼んであげないわよ。それは置いといて、そこな月の兎達!」
二匹は表を上げた。
「「ははっ」」
「宇宙はともかく、今この永遠亭の主、ぷりんせす・ざ・むーんたる私に仕えなさい」
「「私達は綿月家の所有ですが?」」
「堅い事は無し。あの二人は永琳の縁者、つまり貴方達も私の家族みたいなもんなの」
「「月を狙うスッポンみたいに飛躍している様な」」
「ええーい、四の五の言うな」
輝夜の細腕が、ロウタの襟首を掴んだ。そのまま一気に片手で肩へ担ぐ。
「私の部屋に来なさい。月のげーまーの腕を見せて貰うわ」
担いだ雄兎が抵抗の兆しを見せると、素早く両手で腰を締め上げ、輝夜は大きな足取りで歩み去る。レイセンは何も言わず身を小さくして後を追い、てゐだけが残された。
「遊び相手が欲しい、て素直に言うのは無しなのかね」
急患により帰りが遅くなる、と永琳の矢文が届き、輝夜の熱烈な勧めもあって、二匹は永遠亭にしばらく逗留する事に決めた。元々、月の繋がりがあるから漠然とレイセンは頼ったのだが、結果的に良い判断となった。ピンクのワンピース姿の兎てゐは、地上の兎を束ねる大妖怪と自らを紹介し、二匹に敬意と尊敬と貢物を要求。さり気なく受け流された。
てゐをどう思うにしても、居候のままでは忍びないため二匹は家事を受け持つ事にした。晩御飯で輝夜が珍しい物が食べたいというため、携帯口糧の中にあった粉末シチュー、各種干し野菜、圧縮缶詰を調理する事にした。
永遠亭の台所で二匹が立ち働いていると、戸の隙間、物陰、天井板のずれなどから興味深そうに多数の視線が観察を始めた。レイセンは材料に伸びる手を指で弾き、ロウタはかまどと大釜と戸棚に隠れていた者を見つけた。やがて鍋に水を入れる段階で、雄兎が声を上げる。
「手伝わねーと飯抜きだぞー?」
あちこちから、黒髪の兎達が姿を現し二匹を取り囲んだ。その中にさり気なく混じっているてゐを、レイセンの垂れ目が見つける。
「大妖怪兎さん、にんじん刻んで」
「あたしはお毒見役」
「お料理のロシアンルーレット、て知ってる?」
「鈴仙より怖い事をさらっと言うね」
「‥‥なんか不思議な感じね、同じ名前の先輩の居場所に自分が立ってるって」
「服と臭いが似てる位で、別人だよ。ほらここの趣味も違う」
スカートをめくって中を覗いたてゐの顔面を、跳ね上げた足が襲った。
「次やったら身体で包丁研ぐわ」
「兵隊さんは何処も容赦知らないのかね、彼氏も大変だ」
「あれはスケベなだけよ」
大騒ぎの末に白く香るシチュー、水に浸して戻した干し野菜の炒め物、缶詰から出したクモノコイの味噌煮、アポロタケの漬物、それと炊き上げた麦飯が完成した。
食卓で姫はお椀に鼻をかざし、頷く。
「これ、イナバが時々作ってくれる汁物の香り! さすが同じ月の出身ね!」
二匹は少し困った顔をした。携帯用のシチュー粉に適当な材料を入れて煮込んだだけなので、亡命の先輩が如何なる手妻で作った物とは比較すべくも無い。が、姫もてゐも他の兎達も喜んで食べている。野菜や魚も好評だった。
「坊やも女伍長も、ウチに住んじゃえば?」
麦飯に漬物の切り身を乗せながら、てゐが何気無く言った。レイセンの階級は的中しているが、皮肉交じりの当てずっぽうである。
「いえ、私達は‥‥」
「綿月のお二人がって言うんだろ? だったらあの二人も呼べばいいのさ」
口を開けたまま停止する二匹の前で、輝夜が手を打った。
「それいいわね! 永琳なら説得してくれそうじゃない!」
「でしょ?」
にっかりと笑いながらてゐは、碗を持って動かない二匹にウィンクする。結果が上手く行こうが裏目に出ようが、長く生きる兎は楽しむつもりだった。いつもの相方とは反応こそ違っても、いじるのに絶好の相手であるのには変わりない。逃してしまっては勿体無く、そのためもう何人か力のある綺麗好きが同居しても構わなかった。
空で月がひっそりと支配者顔を見せている頃、食事も後片付けも終わり、永遠亭の風呂場では黒髪を纏めた美姫の背中をレイセンが流していた。綿月邸の浴場に匹敵する大きさの浴場は、二人で入るにはやや狭すぎる。
「上手ね、気持ちいいわ」
「ありがとうございます」
「豊姫達の背中って、どんな感じ? 私より綺麗?」
屈託無く質問する輝夜に、兎は苦笑した。
「豊姫様は知りませんが、依姫様は逞しいです」
「それって、ムキムキのバッキバキなの?」
「まるで弓の様にしなやかですよ」
「おっぱいはどう? 控えめなの気にしてるって本当?」
「形は素敵です、大きさなんて飾りですよ」
「じゃ、触り心地は?」
「それはいずれご自分でお聞き下さいな」
「そうするわ! ね、今度は私の番! ほら座りなさい」
滑らかな肌に湯を浴びると、輝夜はレイセンと場所を入れ替えた。生の背中をじっと見つめると、指を這わせる。
「可愛い肌」
「そう、でもありません」
「イナバとてゐを比べてみた事があったわ。みんな食べちゃいたくなる程だった。貴方もよ」
指に代わって舌が首筋から、肩甲骨の辺りを這い始めた。
「い、いけません」
「あの坊やはただの後輩なんでしょ‥‥。操を立てるなんて、多情な兎が言う事かしら」
一見細くたおやかな手が、脇の下越しにレイセンの乳房を下から触る。ロウタの様にすぐに吸い付くわけでも、揉みにかかるわけでも無い。まるで虫が歩くかの様に這った。
「不満ならいいのよ、坊やを呼びましょ。そして‥‥」
兎の耳元で、熱と色を込めた声が囁く。かつて地上の男がこぞってなびいたのは、美しさに惹かれての事だっただろうか。その身体からごく僅かに感じる危険な淫蕩。男共はこの香に惹かれ、自滅の道へと入り込んだのではないか。
「私を、私を好きになさって下さい、どうかあの愚かな雄はお許しを」
「どうしちゃおうかな‥‥ねぇてゐ、貴方どう思う?」
胸の輪郭を指先で弄び白い背中に頬ずりしながら、輝夜は背後の湯舟に声をかけた。
ギョッとするレイセンは小さな気配が動くのを感じる。音を立てずに扉から入ってきたのだろう。
「いけませんぜ、姫。新入りはビシっといかないと」
「ビシっと、ね。という事でウサギちゃんは食べちゃう事にけってーい」
「そんな、御無体を」
抗議するレイセンの背中に、輝夜の口が吸いついた。背筋を舐め上げ涎塗れにし、痛い程口で吸う。乳房を両手で弄ぶが、先端には未だ指も触れない。捕らえた獲物を少しづつ嬲るその様は、輝夜の本性なのか、長い時を紛らわす一瞬の遊戯か。レイセンは久々に恐怖を感じ始めていた。輝夜の舌が背中から、吐息と舐める音を引き連れて首筋に移動し、片手が股間に忍び寄る。慌てて阻止しようと動く手を、輝夜はしっかりと握ってしまう。
「手だけでも人間は睦みあえるのよ」
指が逃れようとする掌を捕まえ、解きほぐし、絡ませる。接近した輝夜の胸が、レイセンの背中に張り付いていた。
「殿方が嫌いなわけでは無いけど、私を満足させる程の人にはなかなか出会えない」
胸に残っていた手が乳首を弾く。レイセンは、その一撃だけで軽く達してしまった。
「ならば欲するがままに掴み取る。永琳もイナバもてゐも兎達も、貴方達も愛させて」
唇が兎の耳にそっと触れる。絡み合った手が離れ、今度こそ股へと割り込む。兎の下の口を優しくなぞり、人差し指と薬指が器用に割れ目を開いて中指が侵入した。切なげに小さく喘ぐレイセンの胸が丁寧に刺激され、首筋と肩は舐め回され、背中に押し当てられた乳房は、独特な感触と刺激を兎にもたらした。洗い場の床にお湯以外の液体が流れ、湯気に包まれた女体は汗まみれだった。
その一方。とっくに風呂から上がったてゐは、風呂に入る前に身体を引き締めたいというロウタに付き合っていた。足を天井に結わえた紐に引っ掛け、ゆっくりと腕立てをする。
てゐがその角度を薄笑いしながら確認し、気合を入れた。
「♪あたしら竹林ゲリラ兵~♪ 巫女でも鬼でも罠かけろ~♪ ズボっと落ちたぜ誰の穴~♪ 鈴仙だったよ丸見えだ~♪」
片足で頭を踏まれながらも、ロウタが尋ねた。
「その名前被りしてる兎は誰なんだ?」
「鈴仙・優曇華院・イナバ。亡命者の筈なんだけどね」
「知ってるレイセンは一人しかいないな」
「ご本人も普段月の事は忘れてるんじゃない? ただ武装したあんたら見たら、フラッシュバック起こして暴れるかもね」
「お留守で良かった」
「今異変解決に出てるんだよ。知ってるだろ? どっかで誰かが騒ぎ起こしたら、巫女とイカれた仲間達が飛んでって解決すんのさ」
「飛べない身には関わり無し」
「あんたの飼い主は経験済みだって聞いたけど‥‥ところで今何回目?」
「百二十い‥‥」
「余裕だね~角度上がりまーす♪」
足を結わえた縄が上げられ、雄兎は身体を支えるのに歯を食いしばった。その眼前に、小さな素の姿の兎が現れる。
「ん? どうかした?」
てゐが小さな兎を抱え上げ、耳元に持っていく。人型に化身出来なくとも、兎達は取り次ぎなどの仕事をこなす知能がある。その親玉は、小さな使者をロウタの頭に載せた。
「客来たみたいだから、その子がいいってまで保持」
「お、お安い御用」
てゐがスキップしながら玄関へと向かうと、ロウタの頭の上で兎はもっふり座り込んだ。
「どいてくれるかー?」
彼の不幸は、地上の素の兎との会話を知らなかった事である。
玄関に誰が来たか、てゐは兎から話を聞いて大体検討がついていた。本来なら輝夜自身が出迎えるべき相手だと分かっているが、彼女の内の悪戯心は、久々の大物を逃すまいと沸き立ってもいた。愛しき大国主様を己を差し置いて身に宿せるというのも、少し気に食わなかった。
早業で慎ましやかな和の礼装に着替え、表情も念入りに引き締め、摺り足で客を迎えると、彼女の予想は的中した。
姉はひしゃげた帽子と、袖がちぎれた服で扇子を使っていた。刀を杖代わりにした妹はリボンが無くなりザンバラ頭で、ロングスカートを破り捨てたのか太腿がしっかり見える長さとなっている。
「綿月姉妹、八意永琳先生のおわす永遠亭に救いを求めます」
てゐは三つ指を突き、しとやかに礼をして見せる。
「遠路遥々お越し頂き恐縮で御座います。本来なら姫と八意永琳自らお出迎えするところ、薬師の本領を果たさねばならぬ次第にて、不肖わたくしめが接待を申し付かりました」
依姫は不安そうな顔をした。
「薬師の本領? この地上では多くの者が病に苦しむと聞きましたが」
「左様に御座います。しかも大事が眼前にて起こり、一刻も早き処置が求められました」
「まさか、あの子が?」
「この地にて、鈴仙・優曇華院・イナバを名乗る者で御座います」
刀を握る手に力を込め、依姫が一歩進み出た。
「何があったのです?」
「まず、お上がり下さいませ」
豊姫が微かにてゐを扇子の影から見つめたが、その表情に一点の澱みも感じられず、それが還って不気味だった。だが如何なる理由があれ、二人は永遠亭に駆け込む必要があった。異界の地獄を突破するのに力を使い果たし、何とか辿りついた先はかつての師匠こそ住むが、統べるは不倶戴天のスキマ妖怪、幻想郷。八雲紫が力を消耗した二人を賓客としては扱わない事は、誰もが容易に想像出来た。
扇子を閉じ、豊姫は靴を脱いだ。
「世話になります」
依姫は少し迷った後、刀をてゐに渡した。兎は恭しく受け取り、見えない位置で微かに笑った。
二人は客室に通された。替えの部屋着と茶を運んだてゐは主達に伝える、と言う。無論主など何処にも居ないが、豊姫達はそれを知らない。数分後。てゐはまず、依姫だけを呼び出した。廊下の先を歩く兎に、並みの人ならば夢でうなされそうな鋭い視線が注がれる。
「地上の兎、私達をたばかれば貴方の頭と耳の毛を全て綺麗に剃り上げて晒し者としますよ? 八意様も無礼討ちとあれば許容される筈」
「お戯れを。私はただの兎に過ぎませぬ」
てゐは依姫を浴場へと導いた。
「鈴仙は現在ここで治療中です。急ぎ中へ」
自分にとって絶対の名前が居るという思い込み、何かあっても能力ですぐに屋敷内なら逃げられる。それが依姫を動かした。脱衣場へと向かい、てゐの開いた戸から中を見る。
そこでは身体を重ね、互いの陰部を舐めあい、蜜をすすり合う、輝夜とレイセンがいた。
「あら、よっちゃんじゃない。お久しぶりね」
「御無事だったのですか」
予想していた斜め上の状態に依姫が呆然としていると、てゐが背後から呟いた。
「嘘は言ってないよ? “レイセン”が姫によって長旅の疲れの治療中‥‥」
素早く尻を蹴飛ばす。湯と女の香りが立ち込める中へ依姫が転がり込むと、てゐは素早く戸を閉めた。
「いらっしゃーい、お風呂場で無粋な恰好ねぇ」
「お手伝いしますから、すぐさま脱ぎましょう」
「貴方達!?」
床を素早く這いずり、淫乱な獣と理性を無くした兎が依姫に纏わりつく。輝夜が素早く唇を奪うと、レイセンが部屋着の腰帯を解いた。
「何をするのですか」
「女と女と女が濡れた肌‥‥言うまでもないでしょ」
「お風呂で濡れるのは当たり前でしょう!」
慌てて半ば脱げ落ちた服の裾をかき合わせる。
「止めなさいレイセン! どうして貴方がここに居るの!?」
「兎は意外としぶといのです。ご主人様に捨てられて森の中、食べられちゃいました‥‥」
嘘泣きをしながら、レイセンも実は少し首を傾げていた。消えた主人が何故風呂に現れ、輝夜の舌攻撃を受けているのか。自分もごく自然に、恥じらいながら抵抗する依姫の服に手をかけている。
「依姫様、好きですよね。あいつにこうやって服を」
背中のほつれを見つけ、そこに指をかけて引き裂く。依姫も絹を裂いた様な悲鳴を上げた。
「破いてもらうのが」
「好きって、遊びでやって貰うのが!」
輝夜が舌なめずりしながら、依姫の顎を掴んだ。
「風紀委員長みたいな貴方が、雄兎に弄ばれてるの‥‥見事な穢れっぷりね? ゾクゾクしちゃう」
「褒め言葉からも貴方の退廃が匂うわ。八意様から何を学んだの!?」
「貴方と同じ、保健体育が主ね」
言い合っている隙に、レイセンは服を破り続け、依姫の尻を丸出しにした。布の残骸で乳房と前を隠している扇情的な恰好で、依姫は座り込んでしまう。
「止めて下さい!」
「お黙り、この姫騎士」
輝夜が、全裸で仁王立ちしながら謎の威厳を迸らせる。
「貴方の趣味は全部暴露されちゃったわよ。そこの捕虜が全部吐いたわ」
「くっ、卑怯な‥‥て、今はそういう事をしてるんじゃありません!」
「諦めなさい、月の罪人と言われるなら、悪っぽい事もしなくちゃ」
「知りません」
「結構。ではレイセン、貴方の姫騎士殿下を説得してあげて」
兎は依姫の臀部を強めに掴んだ。そのまま相手の反応も構わず、強く揉み続ける。唇を噛んで耐える姫騎士の顔に輝夜の唇が迫った。肉と肉が合わさったが、依姫は輝夜を拒む様に口を開こうとしない。竹林の姫は諦めず、噛みしめられた口をじっくりと舌でねぶった。上下からもたらされる異種の官能に依姫は涙目で耐えていたが、動きが弱い。ヘカーティアの地獄を抜け出してきた代償は安く無かった。遂には上の侵入を許してしまい、輝夜の舌と唾液が口内を蹂躙した。キスが終わると、唾液の糸が橋となってまだ二人を繋ぐ。
レイセンが尻を離し、依姫は自分を隠していた布を手放した。
「綺麗よ、よっちゃん。ペットも主も素敵な身体だわ」
輝夜は依姫を正面から抱きかかえ、足を開かせながら後方へ引っ繰り返した。薄い毛に覆われた陰部と、ひくつく菊座が大きく開かれて露わになる。輝夜は指を掲げ、それをレイセンは舌先で濡らした。涎塗れになったものを、遠慮も容赦も無く依姫の尻へと突き立てる。依姫は屈辱的だが興味のあった体位と、股越しに自分を出入りする指がもたらす歪んだ快楽を貪り始めた。輝夜は中指も滑り込ませ、緩急をつけて上下させる。レイセンが息を呑んで見守る中、指が強く締め付けられた。顔を真っ赤にして、穢れながらも生命を漲らせた痙攣を起こし、依姫は尻と股を天に向けながら達した、
部屋に残されている豊姫は、冷めたお茶をすすった。彼女はてゐの正体と本性に気付いていたが、依姫以上に永琳の力を頼みにしていたため、軽々しく行動する気は無かった。
しかし、妹の帰りが遅い事が気になる。残り少ない力を振り絞り、妹の居場所への空間と部屋を繋げようとしたが発動しない。永遠亭には人間だけではなく、強大な力を持つ妖怪が訪れる事がある。治療だけならともかく、永琳のカルテや薬を狙ったり、患者の誘拐や殺害、永遠亭メンバーへの破壊工作など不穏を企む者がいた。底知れぬ力を持ちながら、敢えてその力を隠している賢者だったが、拠点の防衛に関しては出し惜しみをしなかった。
“特別待合室”と裏で呼称される客間は、足を踏み入れた全ての者を徐々に結界で覆い、その技を気付かず封じてしまう。てゐは最初から知っていて、綿月姉妹を案内したのだった(輝夜達に弄ばれている依姫は、単に力を使う事を忘れている)。
動く事が出来ない豊姫へ向けて、てゐは用意していた刺客を盾代わりに前へ立たせ進軍を開始した。客間の入り口を荒々しく開け、刺客は中に踏み込む。豊姫は眉をひそめた。
彼女が見上げる程の身長だったが、恰好がおかしい。頭からすっぽりと紙袋をかぶり、騒々しいトゲ飾りの首輪を着けている。更に手を垂らしながらゆらりと近付いてきた相手を見て、顔が引きつる。袋と首輪以外何も着けていない。全身を構成する筋肉は逞しくも、適度に細くて問題無い。ただその股間で凶悪に天を睨むイチモツが良くない。サイズも大きすぎるし、そんなモノを堂々と見せびらかすという事は露出魔の類か、もっと直接的な目的が考えられた。男はゆっくりと部屋を進み、二重の意味で棒立ちになった。頭の袋も取らず、薄気味悪くじっと立っている。豊姫はこの隙に逃げると決め、扇を手に取ろうとした。指が空を切り、慌てて最後に扇を置いた場所を調べる。
誰かが音を立てて扇を開いた。光が放てれば相手を射殺せる眼光で、依姫が睨む。既にワンピースに着替えたてゐが、物陰から役者気取りで扇を高く掲げた。豊姫へ不敵に、実に黒く不敵に笑うと、脱兎まんまに逃走した。逃げながら、床に垂れていた紐を引っ張る。
男の頭部を覆っていた袋が飛び、肉体に不釣り合いな大きさの頭が現れた。豊姫がその人相が自分のペットのロウタに似ていると認識する間に、てゐは部屋の外へ逃げていった。
豊姫は兎料理のレシピを考える前に、軽犯罪者から性犯罪者へ変わろうとしているペットの事を考えなくてはならなかった。雄兎の変貌の原因には心当たりがある。月にいる頃からの怪しい噂“ヤゴコロジルシ”。永琳の作り出す薬はあまりに優れていたため、噂に尾ひれがついていた。たった一錠で、強壮剤・媚薬・興奮剤を一辺に注射するより強烈な効果をもたらす、などと言われていた。そんな物が実在しなくても、てゐは長い永琳との付き合いからある程度薬の知識を得ており、雄兎を巨大な軽犯罪者に変えるなど造作も無いだろう。
色々と豊姫が考えすぎていると、全身を堅く肥大化させたロウタの手で簡単に捕まった。
が、こちらもこちらで筋肉が膨れ上がっている上、理性を何処かへ忘れてきたため、簡単に足を引っ掛けられ、小内刈を決められた。ペット、だったものの上にそのまま倒れ込むが、巨大なモノに支えられてしまった。
「いい加減にしまいなさい!」
少し顔を赤くしながら、豊姫は反射的にモノを叩いてしまった。相手の顔よりそちらが近かったという事は、苦しい言い訳であった。叩かれた当のモノは、剛直を保ちながらも有機物のしなやかさでショックに耐え、何事もなく豊姫の眼前に戻った。意地になった彼女は往復で張り飛ばすが、還って悲劇を呼んだ。モノの先端から白く濁った野性的な液体が飛び、豊姫の顔面に絡みついたのだ。瞬間に目を閉じたので顔射の文字違いは避けられたが、顔に流れる液体は彼女が知るより量も粘度も臭いも多く、普段滅多に出さない怯えの声を出してしまった。射精しながら何処も全く動じていない雄兎は、そのまま豊姫の肩を掴み、胸元に顔を突っ込んだ。部屋着を鼻でどかし、豊かな乳房に食らいつく。顔の液を手で慎重に拭いながら、豊姫は激しい胸の愛撫に息を漏らした。乱暴に乳首を吸われ、舌で乳房の先端を広くこね回し、舐められ続け、切なげに指を破れる程噛んだ。
胸を涎で散々に濡らし、息を乱す豊姫をロウタは抱えて床に置く。そしてまた荒々しく下半身に噛り付いた。陰部を舐めるというより、むしゃぶりつく。依姫に折檻された時を思い出し、今自分を嬲っているのは元々頼りない、かつて自分が手を加えた兎だと考えると、新たな劣情に自分が巻き込まれていくのが分かった。股間が液を分泌し、全身が燃えて来る。
「来なさい」
顔が乾いた精液でひどく汚かったが、命ずる声は反比例して荘厳だった。ロウタは言われるまでも、とばかりに、そのモノを素早く突き入れた。豊姫は歯を食いしばる。一方的に貫かれて果てるより、先に搾り取るつもりだった。締まる膣は男根を必死で掴み、入りきらない奥は軋みながらも突進を受け止める。相手の肩に爪を突き立て、歯が砕ける寸前まで食いしばった。久しぶりに、充足していた。おしとやかの仮面を被り、自然と人気の集まる妹のそばに立つ日々。慣れたが、それでもたまに弾けたかった。兎達に手を加えたり、地上の妖怪を恫喝したりではなく、男でも女でも一ダース程抱え込み、酒を浴びる程呑み、月甘瓜の上で甘い匂いを嗅ぎながら昼寝する。
我がままになりたい。何処か遠慮した、綿月らしさが残ったスタイルから抜け出す。
妹が何故空想の設定まで使って穢れるのか、少しだけ豊姫は分かった。そして、ロウタの顔中の穴から煙が吹き出始めた時、彼女の口も開かれた。理性を捨て、少しづつ喘ぎを絞り出していく。
雄兎が精液をぶちまけた時、豊姫は飛んでいた。自分が何処にいるかすら忘れ、彼女は意識を手放した。同時にロウタは煙を出し続け、その身体は萎んでいく。
永琳が永遠亭へ帰ってきて目にしたのは、ガリガリに痩せて瀕死寸前の雄兎と、それを抱きしめて離さない豊姫、看病疲れで若干頬がこけた輝夜とレイセン、抜身の刀を杖代わりにてゐを探す依姫だった。
鈴仙・優曇華院・イナバが解決に参加した、月を巻き込む大異変。純狐らへの迎撃に重責を担う筈の綿月姉妹が動かなかったのは、その時月に居なかったためかも知れない。
永遠亭関係者は口を閉ざした。永遠亭に四人程居候が増えている事についても、何も語らなかった。ただ、優曇華院が異変から帰還した後、大慌てで一度外へ逃げ出していく姿が目撃されたという。
後、てゐは上から下まで本当に毛を剃られた。