4-1:種井大梁
「
二月十四日。朝。
ショコラ高校、一年A組の教室。
種井大梁は、戸惑っていた。
「あー、失礼します。二年B組の
「失礼しまーす。三年A組の
「失礼します、一年C組の小草生です。あの、種井さんって方はおられますか……?」
次々と訪れる、初対面の女子生徒たち。
「あはー、君が種井くんか。噂は聞いてるよ。ハッピーバレンタイン!」
「……ハッピーバレンタイン」
「ああ、他にもいっぱい来てる感じなんだね。じゃあ私も、ハッピーバレンタイン!」
「ハッピーバレンタインです、種井さん。私のも、よかったら……」
次々と手渡される──義理コンドーム。
「お、おい種井、どういうことだよ⁉」
「なんでお前、そんなにモテてるんだ⁉」
クラスメイトの男子たちにも、詰め寄られる。
(ど、どうしてこんなことに──?)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二月十四日。バレンタインデー。
それは、女性がセックスをしたい男性にコンドームを贈る、特別な一日──
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
心当たりと言えば、一つしかなかった。
「……え、すみません。もう一度言っていただけますか……?」
二月七日。ショコラ高校。一年A組の教室から出て、すぐ外の廊下。
健康診断を終えた種井大梁は、クラスメイトの
この日、ショコラ高校では全校一斉の健康診断が行われていた。来たるべきバレンタインデーに備えた、特別な健康診断である。
男女ともに性感染症の検査が行われ、男子の場合は勃起時のペニスのサイズが計測される。これによって、推奨されるコンドームのサイズが把握できるのだ。
そして、下萌桃華は保健委員だった。長めの黒髪を三つ編みに結わえている、黒縁眼鏡をかけた小柄な女子生徒。一年A組の保健委員として、クラスの男子全員からペニスのサイズを訊いて回っていた。
そんな彼女に、大梁は言った。
「22.3センチ。コンドームの推奨サイズは……XLだって」
「にじゅうにっ……えっくす……えええっ……?」
下萌桃華は顔を真っ赤にし、大梁の股間へと視線を向けた。少し、後ずさりされる。
(やっぱり、こういう反応になるんだ……)
教室の外で聞いて貰って正解だった、と大梁は思った。
そう、種井大梁は、巨根の持ち主だった。
30センチ! といった超ド級ではないにしろ、日本人の平均は遥かに超えたデカチンである。
「あっ、ごっ、ごめんなさい。22.3センチの、推奨サイズはXLですねっ。ありがとうございましたっ!」
下萌桃華は眼鏡をかけ直し、慌ててスマートフォンでメモを取っていた。そうしながらも、大梁の股間にチラチラと視線を注いでいた。
(バレンタインデーのコンドーム、やっぱり貰えないのかな……)
女性は、巨根を喜ばない。少なくともポルノグラフィーが描くようには、単純に相手が巨根であることで嬉しがったり気持ちよくなったりはしない──
大梁は性教育の過程で、そのような知識を身につけていた。
それでも保健委員である彼女に自身のサイズを伝えたのは、バレンタインデーに自分のペニスを受け入れてくれる女子が誰か一人でも現れ、コンドームを手渡してくれる展開を夢見ていたからだ。
それが──
二月十四日。バレンタインデー当日。
「種井、何があったんだ? 何でそんなにモテてるんだ?」
他のクラスからの訪問が少し落ち着き、種井大梁はクラスの男子たちによる尋問を受けていた。
「お前が超絶イケメンで、本命ゴムを貰いまくってるってんなら話はわかる。でも、こう言っちゃなんだけど、お前はイケメンじゃないよな」
「酷いこと言うなぁ……」
しかし事実ではあった。小太りの体型で、顔の造作もふっくらとしている大梁は、いわゆるイケメンでは決してない。勉強や部活動で、華々しい成績を収めているわけでもない。
「うん、ごめん。本当にごめん。でも、わからないんだ。確かに種井は穏やかでいいヤツだし、その性格と体型が合わさって一部の女子に刺さってるのかもしれない。でもそうなると、今度は義理ゴムばっかってのが謎だ」
そう、十数人の女子が大梁を訊ねてきて、渡されたのはことごとく義理コンドームだったのである。
そもそも、手渡してくれたのはクラスも学年も違う、よく知らない女子生徒がほとんどだったのだ。
と、
「ん? えっ、お前これ……⁉」
「あっ……!」
その時、一人の男子が机の上に並べられた義理コンドームの中身に気づいた。
「種井お前──まさかデカチンだったのか⁉」
「あっ、ほんとだ! この義理ゴム、サイズがだいぶでかい! すげぇ!」
「サイズXL……? えっ、つまり何センチなんだ……?」
「いやいや、XLってことは、長さだけじゃなくって、太さも相当ってことだぞ……!」
どよどよどよっ……! と、男子たちがざわめく。
(ああ……)
クラスの男子にも、バレてしまった。隠し通したいほどのコンプレックスではないが、やはり気恥ずかしい。
「そうか、これで謎が解けたな」男子の一人が言った。「種井はデカチンだから、こんなに女子にモテてるんだ!」
「バカ。んなわけあるか」別の男子が即座に否定した。「現実はポルノグラフィーじゃねえ。チンポがデカいのをありがたがるのは、むしろ男の方って言われてるくらいじゃねえか」
「ちょうど、今のおれたちみたいにな」
「あ、そうか。えっ、じゃあ、なんでなんだ?」
うーん、と男子たちが首を傾げる。大梁もそこが不思議だった。
と、
「落ち着け、お前ら」
一人の、眼鏡をかけた男子生徒が進み出た。
「なんだ、何か考えがあるのか?」
「ああ。いいか? そもそもポルノグラフィーのようには現実の女性はデカチンを喜ばない──これは、主にデカチンで突いたからといって単純に気持ちよくなったりしないって意味だ。デカチンが過ぎると、そもそもオマンコに入らなかったり、入っても痛みがあったりする。入ったとしても、的確に性感帯を狙わなければ意味がない……そういう意味だ」
「つまり?」
「つまりそれは──デカチンに興味のある女性が一定数存在することを、否定するものではないっ!」
眼鏡の男子は力強く断言した。
おおお……と他の男子たちがどよめく。
「女子だって色々なんだ。デカチンに興味があって、実際に見てみたい、触ってみたい、あわよくば試しにセックスもしてみたい……そう考える女子たちだって、一定数いる。そんな女子たちが、バレンタインデーという機会を活用して、種井にアプローチをかけている。これは、その結果なんだよ」
「しかし、こんなに何人もいるものかね」
「それは、種井がデカチンであることが全学年の女子に知れ渡ったからだ」眼鏡の男子は言った。「うちのクラスでチンポの情報収集をしてくれたのは、保健委員の下萌だったろ? 保健委員のネットワークは、個人や学級委員長のそれに比べれば、ずっと広いからな」
「そうか。だから学年もクラスも違う女子たちが義理ゴムを渡しにきたのか」「母数が大きければ、一定数の女子もそれなりの人数が集まるってわけだ」
確かに、大梁がペニスの情報を教えたのは、保健委員の下萌桃華しかいない。彼の推理は恐らく的中している。
信じがたいことだが、目の前にある義理コンドームは全て、大梁の巨根が目当てで贈られたものということだ。
(ま、まさかこんなことになるなんて……!)
「それで種井は、どうするんだ?」
男子の一人が訊いた。
「ど、どうするって?」
「義理ゴム、使うのか?」
大梁は、改めて目の前の義理コンドームたちに視線を落とした。その向こう側にいる、手渡してくれた女子たちの姿が脳裏に浮かぶ。
「つ、使うよ、もちろん!」種井大梁は言った。「せっかくだから、全員分を使いたい!」
おおおおおおお……! と、一際大きく男子たちがどよめいた。
そこには、遠巻きに事態を眺めていた女子たちのどよめきも混じっていた。
「大梁、お前……漢だな!」
「俺もそう思うぜ。応援してる!」
「あ、ありがとう。でもこの量、どこでどうやって使えばいいんだろう……?」
大梁が不安に思った、ちょうどその時だ。
「失礼します」
一年A組に、新たな訪問者が現れた。
「三年C組の
「三年の如月って……元生徒会長の⁉」入口近くにいた男子が反応した。
元生徒会長・如月千夜子。
一年生にとっては半年に満たない任期でも、その勇名は轟いていた。眉目秀麗、文武両道、才色兼備……そういった四字熟語を体現した、超人的な生徒会長だったとのことだ。
その能力の高さによって、バレンタインデーにおいても生徒たちのために大活躍をしていた……と伝えられている。
如月千夜子は、噂通りの存在感を放っていた。チョコレート色の髪をセミロングにした、まるでグラビアアイドルのようにスタイルのいい女子生徒。身長も高く、男子たちだけではなく女子たちまでも、一瞬で彼女の雰囲気に魅了されてしまっていた。
「ま、まさか如月先輩まで、種井に義理ゴムを⁉」
「あはは、ごめんなさい。私は義理ゴムを配ってないんだ。期待させちゃったかな?」
「あ、いえ……」
如月千夜子の気さくな物腰に、入口近くにいた男子はたちまちドギマギとしていた。
「生徒会は引退したけど、バレンタインデーは特別忙しい行事だからね。今日は、そのお手伝いで来ました」
男子の輪が割れ、大梁の席に如月千夜子がやってきた。
「種井大梁くん、だよね?」
「は、はい」
「種井くんに、宿泊棟の使用許可が下りました」
如月千夜子が、複数枚のプリントを差し出した。
「放課後、貰ったコンドームを使用する際は、ぜひこちらをご活用ください」
※
宿泊棟。
ショコラ高校の敷地内にある施設の一つで、主に文化部の活動や、運動部の合宿で使用されている。
そして──何十畳もある畳の大広間、大量の布団、さらには男女別の大浴場まで備わっていることで、バレンタインデーにおける屈指の人気スポットともなっている。
如月千夜子に手渡されたプリントは、その使用に関わる書類だった。
二月十四日。放課後。
種井大梁は、受け取った義理コンドームと必要事項の記入を済ませたプリントを手に、宿泊棟を訪れていた。
あれから、昼休憩に新たな訪問があったり、同じクラスの女子がこっそりと手渡してくれたものも加わって、受け取った義理コンドームはさらに数を増していた。
(下萌さんまで義理ゴムをくれたのには、驚いたな……)
移動教室の途中、下萌桃華は二人の友達と一緒に、素早く義理コンドームを手渡してきたのだった。同じクラスの生徒ということで、気恥ずかしさがあったのかもしれない。
(デカチンに引いてたわけじゃなかった、ってことなのかな……?)
「あ、種井くん来たね」
宿泊棟の入口に設営された受付で、如月千夜子に出迎えられた。彼女は元生徒会長として、積極的に手伝いに参加しているらしい。
「じゃあ種井くんは、二階の大広間を使ってください。大浴場の場所はわかるかな? しっかりとシャワーを浴びてきてね」
大梁は身支度を整えた。
そして──
宿泊棟二階。畳の大広間。
幾つも敷かれた布団の一枚に、大梁は正座をして待機していた。
大梁の周囲は、既に二十人近い女子で取り巻かれていた。彼女たちは枕元を避けるように、布団の周囲を長い半円形で二重に取り囲んでいた。手前の女子は正座で、後ろの女子は立って待機をしている。
その人の多さから、他の布団を使用する生徒たちから、何事かという視線を向けられていた。
「うん、そろそろ始めよっか」
大梁の布団の枕元に、如月千夜子がやってきた。
「参加人数が多いので、ここは元生徒会役員である私、三年C組如月千夜子が仕切らせていただきます。皆さん、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします……!」
よろしくお願いします──と、集まった女子たちも挨拶をして。
いよいよ、種井大梁のバレンタインデーが始まった。