5-1:末黒芒と根分竹秋
「おっはよ~! みんな~、義理ゴム配りの時間だよ~!」
二月十四日。ショコラ高校。午前七時四十五分。
二年B組の教室に元気よく入ってきたのは、クラスのビッチギャル筆頭・
金髪に染めた髪にプリン頭、短めにしたスカートに白いサイハイソックス、全身小麦色に焼いた肌。昨年に続き、クラスの男子全員に義理コンドームを配ってくれるのではないかと期待されていた。
そして実際、彼女は義理コンドームを満載したケースを手に掲げていた。
「やったぁぁぁぁ! 今年は二人分の義理ゴムだぁぁぁぁ!」「うおおおお! 二年B組でよかったぁぁぁぁぁぁっ!」
既に学級委員長の
そんな賑やかな教室の、片隅で。
「タケっちおはよ~」
窓際にある自分の席に鞄を置いた末黒芒が、隣の席の竹秋ににっこりと笑いかけた。
「おっ、おはよう、末黒さん」
「あ、タケっちも委員長から義理ゴム貰ったんだね~。先を越されちゃったな~。じゃあアタシも──はい、これ!」
末黒芒が、手に提げていたケースから包みを取り出した。
「じゃじゃ~ん、ハッピーバレンタイン!」
可愛らしいラッピングの施された──義理コンドーム。
「タケっちには、いつも隣の席でお世話になってるからね~。ちょっとだけ特別にしておいたよ~」
確かに個包装のコンドームだけではなく、小さな精力剤の壜も同封されていた。
「あっ、ありがとう末黒さん! すごく嬉しい!」
「よかった~。放課後、楽しみにしててね。じゃ、他の男子にも配ってくるから~」
「本当にありがとう! 放課後、絶対使うから!」
「うん、待ってる~!」
──そう、約束したのに。
同日。放課後。
根分竹秋は、暗くなった校舎内を全力で走っていた。
向かう先は、二年B組の教室。
最終下校時刻が迫った校舎に、人通りは少ない。
冷たい廊下に、彼の足音だけが響く。白い息が、吐いたそばから後ろへと消える。
教室が見えた。明かりが点いていた。
だが、人の気配は──
「……くそっ」
教室にたどり着く。
扉の窓から、中が見えた。
整然と並んだ机。既に撤収が終わっている。
末黒芒は、もう──
「くそぉ……」
根分竹秋は教室の扉に額を打ちつけ、うなだれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二月十四日。バレンタインデー。
それは、女性がセックスをしたい男性にコンドームを贈る、特別な一日──
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
根分竹秋と末黒芒は、同じ二年B組のクラスメイト。ただそれだけの関係だ。
席替えをきっかけに、席が隣同士となった。ただそれだけ──
「あ、タケっちおかえり~。席借りてたから。今日もありがとね~」
「う、うん……」
二月七日。ショコラ高校。二年B組の教室。
この日、ショコラ高校では全校一斉の健康診断が行われていた。来たるべきバレンタインデーに備えた、特別な健康診断である。
男女ともに性感染症の検査が行われ、男子生徒の場合は勃起時のペニスのサイズが計測される。これによって、推奨されるコンドームのサイズが把握できるのだ。
健康診断を終えた竹秋が教室に戻ると──いつものように、末黒芒によって彼の席が占領されていた。
「あはー、芒ってさ、いちいちお礼言うよね。席借りてるのは毎日のことなのに。そういうとこ好きだよ」
「……真面目」
末黒芒とお喋りをしていた、
全員の健康診断が終わるまでは自由時間ということで、彼女たちは末黒を中心として集まり、お喋りを楽しんでいたらしい。
末黒は竹秋の席に、紅梅は末黒の席に、白魚は寄せてきた自分の席に座っていた。つまり、
(末黒さん、また僕の席に座ってくれてる……)
そう、末黒芒は、わざわざ隣である竹秋の席に移って、友人とお喋りをしていたのだ。
これは珍しいことではなく、日常化している。竹秋は昼休憩にはいつも食堂で昼食をとり、図書室で一昔前のライトノベルを読んでから教室に戻るのだが──そのとき決まって、末黒芒に自分の席を占領されている。
どうしてわざわざそんなことをするのか、竹秋にはわからない。しかし、末黒が許可を取ってからそうしていることもあって、全然悪い気はしていなかった。むしろ、嬉しいくらいだった。
「え~、お礼なんて当たり前のことだよ~」と末黒芒。「それに、タケっちには隣の席でいつもお世話になってるし~」
「あー、じゃあバレンタインにはサービスしてあげる感じかぁ?」と紅梅。
「さ、サービス……?」竹秋の顔が熱くなる。
「あはは~、そこまではまだ考えてないよ~」
末黒芒は、クラスのビッチギャル筆頭である。
昨年度と同様、クラスの男子全員に義理コンドームを配ってくれるのではないかと、密かに期待されていた。
その噂は友人のいない、いわゆるぼっちオタクである竹秋にさえ届いているほどだった。
と、
「……根分くん、オチンチン何センチだった?」
白魚が、唐突に訊いてきた。
「うえっ⁉」
「ちょっと、白魚⁉」と末黒。
「あはー、ズバリ訊いちゃう?」紅梅がニヤニヤと笑う。
「……芒が、すぐにでも知りたいんじゃないかと思って」と白魚。
「も~。タケっち、アタシは委員長を通して聞くからさ、無理に答える必要は──」
「じゅ、17.2センチでした」竹秋は、とっさに答えていた。「コンドームの推奨サイズは、Lです」
「あー、意外と大きめなんだ?」と紅梅。
「……なかなか」と白魚。
「そ、そうなんだ~……」と末黒。
三人の視線が、竹秋の股間に集中する。
「あ、あの、そろそろ座りたい……」
「あっ、そうだったね~。ごめんごめん」
「あー、あたしらもそろそろ自分の席に戻っとくわ」
「……またね」
紅梅と白魚が去り、末黒も自分の席に戻る。
末黒芒がさっきまで座っていた椅子に、竹秋は座った。
(……温かい……)
三人の視線を受け、さらに椅子に残った末黒芒の体温と残り香を感じ、竹秋のペニスはむっくりと勃起してしまっていた。
「ね、タケっち」
「は、はいっ⁉」
隣の席から、末黒芒がにっこり笑顔で囁く。
「サービスできるかどうかはわからないけど、バレンタインデーは一番にタケっちにあげるから。楽しみにしててね?」
※
(末黒さん、好きだ……!)
二月十四日。放課後。
シャワーを浴びて身支度を整えた根分竹秋は、わくわくしながら一人で廊下を歩いていた。他の男子たちの賑わいを避け、少し遠回りをして教室に戻ることにしていたのだ。
(本当に、一番に義理ゴムをくれた!)
末黒芒は宣言通り、登校してからいの一番に義理コンドームを渡してくれた。
しかもどうやら、精力剤の瓶まで同封してもらえたのは、竹秋だけのようなのだ。
(おれだけに、サービスをしてくれたんだ……!)
しかし竹秋はあまり調子に乗らないよう、自分自身を戒めていた。
──タケっちには隣の席でいつもお世話になってるし~……
末黒芒は、いわゆる誰にでも優しいギャルなのだ。だからこの言葉が全てなのだと、竹秋は考えていた。
特別な好意などなくとも、自分のようなぼっちオタクに対してもにこやかに接してくれる。
ただ席が隣という理由だけで──教科書を見せたり落とした消しゴムを拾ったりシャープペンシルの芯を分け合ったり昼休憩に席を貸したりといった些細な付き合いしかないのにもかかわらず──一番に義理コンドームをくれる。精力剤のサービスをしてくれる。
でも、だからこそ。
好きにならずには、いられなかった。
(付き合うとかは無理でも……せめて末黒さんで、童貞を卒業したい!)
(もちろん、余裕があれば、委員長とも去年みたいにエッチなことを……!)
二年B組の教室に向かって、人気のない廊下を歩く。
その時だった。
「うわっ、すみません!」
ふらふらと現れた小柄な男子生徒が、抱えていたプリントを廊下にぶちまけた。
「だ、大丈夫?」
竹秋は思わず駆け寄って、プリントを拾うのを手伝った。よく見ると、その男子生徒はプリントだけでなく大量の荷物も抱えていた。腕には生徒会の腕章が巻かれている。どうやら一年生の生徒会役員らしい。
「大変そうだね」
「はい。宿泊棟が大盛況で……」彼は弱々しい声で言った。「ただでさえ毎年大人気の施設なのに、今年は種井くんの──巨根の一年生の噂もあって、例年以上の賑わいらしくて……」
「巨根の一年生……?」
友人のいない竹秋にとって、それは初めて聞く情報だった。
「これで全部みたいです。どうもありがとうございました」
ぶちまけたプリントを拾い終わると、その男子生徒はぺこりと礼儀正しく頭を下げた。
しかし、どこか危なっかしい。また荷物を落としてしまいそうな気配がある。そもそも、生徒会役員とはいえ、一年生が一人で担う仕事量なのか。
(よっぽど忙しいんだな……)
末黒芒のことを考える。
竹秋は、がんがん前に出られるような性格ではない。だから末黒とのセックスも、どうせ誰かが行った後になる。
去年がまさに、そうだった。雪消美景と同じクラスだった竹秋は、昨年度の教室乱交に参加していた。
参加したはいいものの怯えてしまっていた竹秋を、雪消美景は優しくリードしてくれた。挿入は遠慮した竹秋に、ゴム手コキとゴムフェラを、たっぷりと経験させてくれたのだ。
こってりと、勃たなくなるまで搾り取られた。いい思い出だった。
(去年の経験から考えて、最初は見抜きとかになるはずだし……)
であるならば、多少は遅れても問題ないはずだ、と竹秋は考えた。
(それに、巨根の一年生ってのも気になるし……)
そんな好奇心も胸に秘めつつ、
「……あの、よかったら手伝おうか?」
と、竹秋は言った。
※
宿泊棟の盛況ぶりは本当だった。
巨根の一年生というのも、本物だった。
(うわ、すっご……)
22.3センチ、コンドームの推奨サイズはXLだという。
遠目からであっても見惚れてしまうような威容。竹秋はひそかに自身のサイズが17.2センチであることを誇りに思っていたが、比べ物にならなかった。
どんなセックスをするのか気になるところだったが──のんびりと眺めている暇は、なかった。
「こちらで~す、どうぞ~!」
「根分先輩、次はこっちをお願いします!」
「は~い、こちらで~す……!」
竹秋は、流れで生徒会の仕事を手伝うことになっていた。彼にもできる、人員整理の仕事だった。
(押しに弱いばっかりに……!)
しかし、
「根分先輩、ありがとうございます! 助かります!」
と、そこに。
「あー? 根分じゃん」
「……なぜここに」
「あれっ、紅梅さんに白魚さん?」
末黒芒の友人二人が、宿泊棟にいた。
「どうしてここに……」
「あー? それはこっちの台詞なんだが。芒のバレンタイン、もう始まってるぞ?」
「……私たちは、デカチンくんに用があった」
どうやら二人は、噂の一年生に義理コンドームを渡したらしい。
「あー? まさか芒の義理ゴムを使わないつもりじゃねぇよな?」
「そ、そんなことは……」
「ああー? じゃあなんでここにいんだよ?」
「……答えて」
詰め寄ってくる二人の視線は、なぜか厳しかった。竹秋は怖気づいてしまう。
と、
「──こちらの根分先輩は、ぼくのことを助けてくださったんです!」
横から割り込むように、嫁菜つくしが言った。
「あー? 助けたぁ?」
「はい! 廊下で落としてしまったプリントを一緒に拾ってくださって、しかも今は生徒会の仕事を手伝ってくださってるんです!」
「あ? すごいじゃん」
「……根分くん、偉い」
紅梅と白魚の瞳から、厳しさが消えた。
「あはー、なるほどね。悪いな疑ったりして。そういう事情なら仕方がないよな」
「……頑張って、根分くん」
「あ、うん。それじゃ……」
二人は、機嫌良さそうに去っていった。
(な、なんだったんだ?)
「はっ、根分先輩、また新たな女子の一団が!」
「あっ、こちらですどうぞ~!」
忙殺、だった。
宿泊棟への絶え間ない人の流れ。話題沸騰のデカチン一年生。
彼は精力に関しても本物だったようで、参加者のみならず見学者の足まで釘付けにしていた。その結果、人員整理の仕事は増し、根分は抜けるに抜けられなくなっていた。
そして──
「わぁ、本当に噂通りのデカチンさん……!」
「えっ、あれっ、委員長⁉」
宿泊棟に、今度は二年B組の教室にいるはずの学級委員長・雪消美景が現れた。
「い、委員長が、どうしてここに?」
「うん? あ、根分くん」
雪消美景は、にっこりと微笑んだ。
「生徒会のお手伝いですか? お疲れ様です。私はクラスのみなさんに満足していただけて──大満足させていただいて、今は気になる場所を回ってるところなんです。ところで噂のデカチンさん、本当に素敵ですね。もう遅い時間ですけど、飛び入り参加ってしてもいいんでしょうか……?」
「うわぁっ、もうこんな時間になってるぅっ⁉」
竹秋は久しぶりに時計を確認し、血の気が引いた。
「嫁菜くん、もう大丈夫だよね⁉」
「あっ、はい! 長々とお引止めして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました!」
「うん、それじゃ!」
「あ、根分くん、芒ちゃんがですね──」
雪消美景の言葉を最後まで聞かず、竹秋は走り出した。
※
「くそぉ……」
宿泊棟から二年B組の教室まで、根分竹秋は全力疾走で辿り着いた。
電気は点いている。しかし、扉の窓から人の姿は見えない。
(末黒さんの義理ゴム、使いたかった……)
竹秋が教室の扉に頭をぶつけ、うなだれた。
その時だった。
「あれ、もしかしてタケっち~?」
教室から元気な声が響き、にょきっと窓から顔が覗いた。
「うわぁっ⁉」
完全に不意を衝かれた竹秋は、その場で腰を抜かしてしまった。
「わっ、ちょっと、大丈夫~⁉」
教室の扉が開く。
そこにいたのは──制服の上からコートを着込んで帰り支度を済ませた、末黒芒だった。
「ごめん、驚かせちゃった? 怪我はない〜?」
「あー、何、なんの騒ぎ?」
「……あ、根分くん」
さらに続けて、紅梅と白魚までもが顔を覗かせた。二人も、帰り支度を済ませた格好だった。
「あーあー、根分だいじょうぶ? 何があったん?」
「アタシがタケっちのこと驚かせちゃって……」
「……たぶん、私たちが廊下側の壁に隠れた席にいたから、根分くんは気づかなかったんだと思う」と白魚。
「あはー、なるほどね。根分ってば災難だったね」
「ど、どうして……」竹秋は尻もちをついたまま言った。「末黒さん、もう帰ったんじゃ……?」
「帰ってないよ~」末黒芒はにっこりと笑った。「タケっちのこと、待ってた!」
「お、おれを……?」
「あはー、あたしらが、根分は遅くなるかもって知らせといたんだよ」紅梅が言った。
「……根分くんは、偉かったので」と白魚。
「一年生くんを助けてたんだってね。すごいね!」
「そ、そんな、わざわざ待ってもらってたなんて……」
「え~、だってタケっち、絶対使うって言ってくれてたじゃ~ん」
「あ……」
その瞬間、竹秋は理解した。
末黒芒は、朝のやり取りを覚えていてくれたのだ。
そして、彼女は確かに言っていた。
待ってる、と。
「す、末黒さん……ありがとうございますっ……」竹秋は、泣いてしまいそうだった。「でも、申し訳ないです……」
「え~、いいんだよ~。アタシがしたくてしたことなんだから~」
「あはー、気になるなら迎えに行ってあげればよかったのにさ」紅梅がニヤニヤと笑う。
「そ、そこまでしたらなんか恥ずかしいじゃん!」と末黒。
「ま、あたしは待ってるあいだ宿題してたから、
「……ソシャゲ」と白魚。
「あー、ちなみに、芒はずっとそわそわしてたよ」
「そ、そんなことないよ~。ほら、タケっちつかまって~」
末黒芒が、右手を差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
竹秋はその手を握った。そのまま、彼女が立ち上がらせてくれる。
向き合った末黒芒が、じ~っとこちらを見つめてきた。
「で、タケっちどうする~?」
「ど、どうするとは……?」
「アタシの義理ゴム、使いたいならこれから使わせてあげるよ~?」
「い、いいんですかっ⁉」
根分竹秋は言った。
「あっ、末黒さん、遅くなって本当にごめんなさい! おれ、末黒さんとのバレンタインデー、ずっと楽しみにしてて……待っててくれて、本当にありがとうございます! これからでもいいなら、ぜひ、末黒さんとセックスがしたいです!」
「オッケー!」末黒芒は、にっこりと笑った。「じゃあ、みんなでラブホにレッツゴー!」
「はい! ……えっ⁉」