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3-1:流氷さより、流氷燕
「ただいま」
二月十四日。放課後。
「おかえりなさい、燕」
学校から帰宅した
「今年はどうだったの?」
「ダメだった」燕は言った。「誰からも、コンドームは貰えなかったよ」
「あら、そう」
にっこりと、さよりは笑った。
「喜ばないでよ、母さん」
「喜んでないわよ」さよりはすうっと笑みを消した。「可哀想な燕。ショコラ高校の女子たちには見る目というものがないのかしら」
「まあ、今年もご縁がなかったってことで……それで」
「安心なさい。ちゃんと用意してあるから」
さよりはエプロンのポケットに手を入れた。
「はい、ハッピーバレンタイン」
ありふれたコンドームの箱を、彼女は差し出した。
「残念賞。お母さんからの義理ゴムよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
二月十四日。バレンタインデー。
それは、女性がセックスをしたい男性にコンドームを贈る、特別な一日──
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「燕のおふくろさんってさ、美人だよな」
二月七日。ショコラ高校。健康診断中の、二年B組の教室。
流氷燕は、友人でクラスメイトの
「クールビューティーって感じでさ、いいよな」
「そうかな」
「そうだよ。かーっ、羨ましいぃ!」弥生は身をよじりながら言った。「いいよなぁ。美人なおふくろさんと義理ゴムエッチ、俺もやってみてぇ~」
「母ちゃんが美人でも、必ずセックスさせてくれるとは限らんぞ」
そう言ったのは、こちらもクラスメイトで友人の
他にも、
「そっか、家庭の方針とかで違うんだっけ」
弥生が記憶を探るように教室の天井を見上げた。
「テレビで見たな。息子に義理ゴムを渡しますかってアンケートで、渡すって回答したのは七割くらいだったんだよな」
「よく覚えてるね」燕は言った。
「マジで羨ましいんだって」弥生の表情は真剣だった。「で、確か渡す年齢は高校生になってからが一番多いって話だった」
「ウチもそうだったなぁ」と引鴨。
「僕は中学からだった」と花見。
(おれも去年からだった)
と、燕は心の中で言った。
「僕は残り三割の、渡さない方針の家庭ってわけだね」と四方木。
「で、義理ゴムの使い方になると、セックスまでするって回答したのはその中の六割くらいで、ゴム素股まで、ゴムフェラまで、ってのがその後に続いてた感じだったな」
「ウチは素股までなんだよなぁ」引鴨は言った。「まあ、母ちゃんの素股、めちゃめちゃ上手いし、色んな体位でさせてくれるし、大満足ではあるんだけどな」
「ゴムフェラってしてもらってる?」花見が訊いた。
「してもらってるけど?」と引鴨。
「そっか。僕のお母さんは、むしろ挿入だけって方針なんだ」
「詳しく聞かせてくれ」
弥生が身を乗り出す。四方木も興味深そうにしていた。
「大した話じゃないよ」花見は困ったように言った。「お母さんはまず自分で軽くオナニーをしてから、オマンコの中にたっぷり潤滑ゼリーを入れて、そのまま挿入だけをさせてくれるんだ」
「バレンタインデーのセックスに乗り気じゃないのか?」と弥生。
「乗り気じゃなかったら、そもそも義理ゴムなんてくれないよ」
花見は首を振った。
「むしろ、敢えてそういうプレイをしてくれてる、って感じかな。ほら、バレンタインデーとはいえ、近親相姦だからさ。キスはダメ、おっぱいを見せるのも触るのもダメ、そもそも上着は脱がない、フェラもしない、クリトリスや下半身に触るのと挿入はOK──それがお母さんの線引きみたい」
「線引きかぁ。そういうのってあるよなぁ」引鴨が言った。「ウチはキスしたりおっぱいやお尻に触るのはアリなんだよな。裸にもなってくれるし。それでも挿入は絶対にダメ」
「そういやお前、姉ちゃんの義理ゴムは使わないのに、おふくろさんの義理ゴムは使うのか?」
「姉ちゃんは姉ちゃん。母ちゃんは母ちゃんだよ」と引鴨。「それに、知らない奴の直後がイヤってのが主な理由だからな」
「ふーん、そうか。そういうもんか」弥生はふむふむと頷いた。「それで、流氷は?」
「……うちは、条件つきでね」燕は慎重に答えた。「もし誰からもコンドームを貰えなかったら、母さんが義理ゴムをくれるって感じ」
「なるほど、そういう線引きのパターンか」と弥生。
「ウチは普通にくれる感じだなぁ」引鴨が言った。花見も頷いた。
「それで、流氷はおふくろさんの義理ゴム、使ったのか?」
「──あー、ごめん、おれちょっとトイレ」
そう言って、燕は席を立った。
「……怒らせちゃったかな?」
背後から、弥生たちのひそひそ声が聞こえる。
「いや、怒ってたって感じじゃなかったよ」と四方木。「答えたくなさそうな感じではあったけど……」
「そ、そうか」弥生はホッとした様子で言った。
「流氷くんって、確か去年は引鴨くんと同じクラスだったんだよね」と花見。「じゃあ、去年は末黒さんの義理ゴムを使ったって感じなのかな?」
「だったと思うが」と引鴨。「あれ、でもあの時、流氷って──」
燕は教室を出た。
※
燕は廊下を早足で──少し前屈み気味で、歩いていた。
目的地は、二年B組の教室から遠く離れた、あまり使われていない、だからこそ比較的清潔なトイレだ。
到着し、中を確認する。誰もいない。まだ健康診断が続いているのだから当然だ。
一番奥の個室を使うことにする。
個室に入り、便座を下ろしておく。トイレットペーパーを何回か巻き出し、そのまま便器の中に捨てる。入口に戻り、石鹸で綺麗に手を洗う。個室に戻り、直接手で触れないように鍵をかける。ふぅ、と息を整える。弾む息は、早足のせいだけではない。
ズボンとトランクスを脱ぐ。
ガチガチに勃起したペニスが、外気に触れた。
「うーん……」
思わず唸る。友人たちが屈託なく語る親ゴムの話で、我慢できなくなるほどに興奮してしまったのだ。
肌寒い廊下を歩くことで萎えることもなかった。こうなったらもう、抜いた方が早い。
(というか、普通に今すぐ抜きたい……!)
トイレットペーパーをペニスにぐるぐると巻いて、即席のオナニーホールを作る。
さらに、効率的に済ませるためにオカズを使うことにする。片手でスマホを取り出し、画像を呼び出す。中学生のころ、家族三人で海に行ったときの写真だ。
実の母親を──水着姿の流氷さよりを、拡大してある。
当時の彼女は三十四歳だった。グラビアアイドルが着るような紺色のビキニを、こともなげに着こなしている。強調された深い谷間に、目を吸い寄せられる。
「母さん……」
小さく呟いて、ペニスを扱く。
写真を見ながら、頭の中に記憶を呼び出す。
日焼け止めを塗ってくれたときの、手のひらの感触。背中に当たった水着の生地と、柔らかな胸の感触。海の中でふざけて抱き着いてきてくれたときの、ひんやりとした肌の感触──
「母さん……!」
普段の彼女の記憶が、そこに重なる。三十七歳になっても、彼女の美しさやプロポーションは変わっていない。
低い声。落ち着いた話ぶり。金曜日の夜に映画を観るときは、燕のことをソファの隣に座らせる。甘い香り。細い腰と、むちっとした尻肉──
それを、掴む。
『燕……』
さよりが囁く。優しい声。太ももが開かれる。陰毛。濡れた大陰唇。小陰唇。口を開けた膣口。甘い香りが強くなる。コンドームを装着したペニス。ぐじゅ、と亀頭部が埋まる。ぐじゅぐじゅっ、とペニスが締めつけられる。母親が喘ぐ。女としての喘ぎ声──
──そう、これは妄想ではない。
昨年の、バレンタインデーの記憶だった。
「母さんっ……‼」
押し殺した声で、母を呼ぶ。一番気持ちのいい射精のために。
ビュプッ、ビュプッ、ビュプッ、ビュプッ‼
トイレットペーパーの中に、おびただしい量の精液を吐き出す。
『……童貞卒業、おめでとう』
母親の優しい囁きを思い出しながら、余韻に浸る。
「オナ禁、しなきゃな……」
燕は呟き、トイレットペーパーを便器に捨てた。
※
燕は、流氷さよりのことが好きだった。
母親としてではなく、一人の女性として。
彼女で童貞を卒業する、そのずっとずっと前から。
だから──
二月十四日。バレンタインデー当日。
燕は、クラスメイトの
しかし、放課後になると真っ直ぐに家へと帰った。
途中、友人の弥生真白が、後輩女子の
どうやら二人は、地域では有名なラブホテルに向かっているらしかった。そこはバレンタインデーの時期になると地域の学生たちがこぞって活用する施設で、現に今も似たような学生カップルが幾組も同じ方向に歩いている。
(如月さんが、上手くやったんだ)
と、燕は思った。心の中で、彼女に祝福を贈る。ついでに、弥生のことも祝福しておく。
だが、それはそれとして、弥生に自分の姿を見られたくなかった。話しかけられたくもなかった。少し迂回して、家路を急ぐ。
そして、
そして──
「ダメだった」
と、自宅の玄関で燕は言った。
「誰からも、コンドームは貰えなかったよ」
昨年と同じように、母親に告げた。
※
「残念賞。お母さんからの義理ゴムよ」
流氷さよりが差し出したのは、普通のコンドームの箱にバレンタインデーの装飾が施された、いわゆるバレンタインデー仕様のコンドームだった。この時期になると、コンビニエンスストアやドラッグストアやスーパーマーケットの入口で、山のように積み上げられている。
つまり、義理コンドームとして渡すのにちょうどいい箱入りコンドーム、というわけだ。
「14.8センチの推奨サイズはM……去年と同じだったわよね?」
「うん。ありがとう、母さん……!」
それでも、燕にとっては特別なコンドームだった。ありふれた箱ゴムが、光り輝いて見える。
「でも先に、手洗いうがいをしないと」
「それもそうね」さよりは、ちらりと洗面所の方を見た。「ならせっかくだし、今年は一緒にお風呂に入る?」
「え」
「寒かったでしょう。お湯は沸かしてあるから、一緒に入りましょう」
箱ゴムのビニール包装を破りながら、さよりは言った。