花子と寝た翌朝、下半身の違和感に気づいた俺は、人間関係の瀬戸際的な分岐路に立たされていた。
寝ぼけ眼で下を向けば、無造作に剥がされた掛け布団のかわりに、花子のピンク色の髪が見える。
……目覚ましフェラと呼ばれるプレイがある。それは朝、男が目を覚ますまで、女が先に起きてフェラをするという……二次元では時々見るプレイだ。その目覚ましフェラが、今まさに花子によって現実に行われていた。
夢の一つが叶った……! とか言っている場合ではない。というのも、相手の性欲を高め、それを吸い取ることを目的に性行為をするサキュバスにとって、相手が寝ている間にかけるアプローチは無意味であるはずなのだ。だから恋人や……せめてセフレの関係であるならともかく、仲良くしようとはいっても所詮は無理やり共同生活を送らされているだけの関係にあって、彼女がわざわざそんなサービスまでしてくれることの意味が分からない。
意味が分からなければ、適切なリアクションのしかたも分かるはずがない。一歩間違えばどこからでも修羅場に発展しかねない不安とストレスに塗れたこの監禁生活において、その不可解さはとてもおそろしいものだった。とはいえとにかくポジティブな反応をしておくに越したことはないと思い、安牌を選んだつもりで、「起きました」の意味も込めてぽんぽんと花子の頭をなでてみる。
「んぁ、おはよぉ」
「おはようございます。……これ夢だったんですよね」
「朝フェラ?」
「そう」
「ならよかったぁ。……
「いや、それは正直、昨日あれだけしたので……」
「そっかぁ」
気を悪くした風でもなく、彼女はさっさとプレイを切り上げて体を起こす。
「他にも夢があったら、いつでも言ってね」
そう言って微笑む彼女から、俺は確かにプレッシャーを感じた。これはまた「誘われている」のだ。順番的に今日……つまり監禁三日目の相手はチャカで間違いないけれど、四日目の相手として花子は早くも予約を入れようとしている。けれどAにも配慮しなければならない俺にとって、その誘いをどう捌くべきかは中々難しい問題だった。……というか、考えても上手く答えを出すことは出来なかった。
そんなイレギュラーな起床を経て、花子と共に降りた二階で顔を洗い、食堂に降りて他の二人と合流すると、なんだか妙に朝帰り感があって気まずさを感じてしまう。昨日は目が覚めた時も花子が隣にいますようにと祈ったほどなのに、それが叶ったら叶ったで微妙に居心地の悪さを感じるとは、自分の心も大概ダブルスタンダードがひどい物だ。
おはようと挨拶を交わしあって、各々何かしら軽く口に入れる。ここに集まる理由のメインは腹ごしらえではなく作戦会議にあるのだけど、会話にだってツマミはあった方がいい。
殻を剥く手間が存在しないツルツルのゆで卵を召喚しながら、今後の方針についてを語るべく、チャカが仕切り役を担った。
「で、今日は何する?」
「何しましょう……?」
「クイズの方はどう? 順調?」
「うーん……。まぁ、手詰まりではないです」
言いながらチラと隣に座っている花子の様子を伺う。彼女はにこりともせずにトーストをかじっていた。ぱらぱらとこぼれてしまうパンの粉は、どこにも着地せず無へと消えていく。
「ルール違反にならない範囲で聞きたいんだけど、進展とかはある……?」
「まぁ、消去法的な感じでなら」
「私たちは、ただ待ってるだけで大丈夫そう?」
「そう……ですね。詳しくは言えませんけど、その、まぁ大丈夫です」
「そう。……じゃあまぁ待つしかないね」
待つ。俺は夜の訪れを、彼女らは具体的に何なのかも分からない進展を。今はただ待つしかない。
べつに月明かりがクイズの答えを照らし出すわけではないけれど、人間がまともにセックスを行える頻度には限度がある。俺の必勝法を実行するにはセックスが必要で、まともに性欲を伴うセックスをするには、毎晩の機会に作戦を重ねることが無難だ。半日もすれば性欲が全快するだとか、昼間は昼間に遂行するべき作戦があるだとか、そういう具合になっていればより良かったのだけれど。俺の力では現実はそう上手くもいかない。
「ってことはさ、アタシたちって基本暇ってこと?」
Aがずいずいと迫るような口調で言う。彼女が朝食として食べているグラノーラには、フレークよりも多いのではないかというほどの小粒なドライフルーツが入っている。
「まぁ、そうなんですよね、本当に。旅館内にヒントの書かれた紙でも隠されてるとかだったらよかったんですけど……」
「……一応聞くけど、正解できる目処は立ってるのよね?」
「……微妙です」
「微妙って……」
Aは大きくため息をつく。すると、チャカが一瞬だけ彼女に「言っても仕方ないでしょうが」という目を向けた。それで花子の言っていた「チャカさんだってAに不満があるはず」に少し真実味を感じたのは、先入観というやつだろうか。
コップに入った牛乳を一口二口飲んでから、そのチャカがパンッと手のひらを合わせる。
「まぁ、やることがないのは仕方がない。誰かが何かを思いつくまでは、ゲーセンにでも行って遊びましょう。卓球もまだやってないし」
「……そうね」
Aがしぶしぶ納得して、花子もこくこくと頷く。それで俺たちは朝食のあと、おそらく各々全員が「でも二週間毎日この生活だとさすがにしょうもないな」と思いながらも、ゲーセンコーナーへ向かったのだった。
数十分後、カンコンカンコンとピンポン球の跳ねる音がリズミカルに響く中、俺とチャカはパイプ椅子を召喚して得点係を担当していた。浴衣の美女がきゃっきゃうふふと卓球を繰り広げる光景には、牧歌的な幸福と男性視点の煩悩がちょうどよく混じっているように見えたけれど、俺たちが監禁されている身である以上前者については幻想だった。
ずっと見ていると否応なしに分かることだけど、サキュバスの卓球は微妙に次元が違う。球を打つという行為には速度や力だけでなく技術が絡むものだから、いくら強靭なサキュバスといえども素人が完璧を体現することはできない。狙った場所にピンポイントに球が飛ぶことは稀で、アウトになったりネットになったりは茶飯事だ。けれどフットワークに関しては、彼女らのスペックは人間のそれではない。サキュバス相手の卓球に「左右に揺さぶる」という概念は存在しない。彼女らは息も切らさずに、卓球コーナーの端から端まで瞬時に移動できてしまうから。
初めはそういう怪物じみた力は封印してもらう形で俺も混じって遊んでいたのだけれど、興味本位で試しにサキュバスvsサキュバスの本気の戦いを見せてもらったところ、普通に戦意を喪失して今の得点係に至る。
「はいデュース〜」
ルールは10点先取。得点表を捲って9を二枚表示させながら、チャカがふとこちらに顔を寄せてくる。
「さっき食堂で話し忘れたんだけどさ」
「はい?」
「今晩は私ってことでいいんだよね? 順番的に」
「あ、はい。お願いします」
「明日からはまたジャンケンにする? それとも、この三日と同じ順序で回していくか」
「あー、皆がそれでよければ、同じでもいいですね」
「っしゃあ!!」
会話を引き裂くように、Aのおたけびが響く。チラと試合の方を見たチャカは花子と確認のアイコンタクトをとって、Aの方にアドバンテージとしての10点目を入れた。
夕食時、そろそろ献立が思いつかなくなってきたな……と思いながらダメ元でメニュー表を欲すると、和洋中なんでも揃った分厚いラミネート加工の冊子が召喚された。それを参考に各々食べたいものを探す。
……今日一日、本当にこれといったことを何もしなかった。卓球で遊び、ゲーセンで遊び、Aが各々の自室の中でだけ(部屋の主であるかどうかに関わらず)漫画の単行本を召喚できることに気がついたきり引きこもりになり、残りの三人も「じゃあ六時になったら夕飯で」と約束してまったく同じルートに入った。少年漫画を一気読みしていた俺は途中でハッとひらめき、エロ同人も召喚可能であることを発見したけれど、よく考えなくても、性欲が貴重とされる今の環境ではそんな物に需要などなかった。
例のお父さん作戦以外に目下の手がかりが何も思いつかないにしても、パーソナリティに密接なクイズの性質上、この引きこもりぼっち生活はさすがにまずいんじゃないか……? そんな気持ちを一日かけて強めたことが、強いて言えば今日唯一の収穫だったように思う。
そして同じこと考えているのは、やはり俺だけではなかったらしい。一人用の鍋にいささか多すぎる気がする量の七味を振りかけながら、チャカが言った。
「今日はさすがに引きこもりすぎた」
「俺も思ってました」
「クイズって、私たちの個人情報? に関することなんだよね? 引きこもってて進展する……?」
「……しないですね」
「……まぁじゃあどうやってコミュニケーションを取るんだって話だよね。遊ぶだけは遊んだし」
「ですよね」
「あと思いつくコミュニケーションといえば、貴重なセックスくらいだもんなぁ……」
難しい顔をしながらそう言ったきり、チャカの言葉は続かなかった。
グラタンを食べていたAが会話の続きを担う。
「ボードゲームとかは? それかなんか、それ系のテレビゲームとか。マリオパーティみたいな」
「いいかもですね。誰かの部屋に集まってやりますか」
「誰かって、まぁアンタのところでしょ」
本当は複雑に思うところもあるだろうに、Aはサラッとそう言う。あるいは自分の部屋に来られるよりマシだと考えたのかもしれないが。
一方、パスタをフォークに巻きながら話す花子は、なぜだか心底気楽そうだった。
「あ、そういえば。お菓子くらいは部屋でも出せたんだけど、みんな気づいた?」
「あ、そうだった。私も出したよ」
「アタシも。ジュースも出せたし」
「……え? うそ、出ませんでしたけど」
「えっ……?」
三人の視線が俺に集中した。
お菓子の件は俺だって試した。引きこもって漫画を読んでいれば、自然と何か手頃な物がつまみたくなる。だから念じてみた。けれど何も出てこなかった。飲み物ですら、お茶や水ならともかく、ジュースの類は出せなかった。
しかしどうも他の三人の方は違ったらしい。俺は咄嗟に、この場で漫画が召喚できないか試してみる。するとやはりそれは叶わなかった。食堂に漫画はふさわしくないからだ。しかしその一方で、食堂内であってもジュース系はもちろん、スナック菓子のようなデザート未満の菓子系を召喚することは問題なくできた。
俺自身が一律で菓子類を召喚できないわけではない。しかしゲーセンの百円玉の件を鑑みるに、ここで召喚した菓子を自室に持ち帰ろうとしてもそれは出来ないのだろう。
検証の様子を見ていた花子が言う。
「……お菓子を食べながら漫画が読みたいなら、誰かの部屋に行けってこと?」
言葉にされる前から、そうなのではないかと俺は薄ら察していた。
この旅館は、あの黒幕の少女は、まったく本当にそういうことをする。
「それだったら、漫画も出せなくしちゃえばいいんじゃないの?」
「たしかに。どうして漫画はセーフだったんだろう?」
「出せること自体に気づいてもらうため、とか……?」
「あぁなるほど。ってことは、明日にはもう出せなくなってたりしてね。途中まで読んだ物があったらモヤモヤして、他の人の部屋に行ってでも続きを読みたくなるから」
「うわっ、ありそう……」
Aとチャカの二人が考察を進めていく。その内容を聞くに、彼女たちの思考もかなりこの旅館の性格の悪さに適応してきていることが察せられた。
その後夕食を終えたあと、風呂に入り終えて寝支度まで済ませて、あとはチャカが訪ねて来るのを待つだけとなった俺は、部屋で改めて漫画の召喚を念じてみる。……するとサキュバスたちの考察がズバリ当たっていたことが判明した。黒幕の陰湿かつ姑息なやり口に、俺はどうにも言い表しようのない戦慄に近い感情を抱かずにはいられなかった。
その旨を、部屋にやって来たチャカに話す。
「え、本当にそうだったんだ。えぐいね」
言いながら、彼女は他の二人とは違い、敷かれた布団の海の上ではなく、部屋のテーブルのまわりに備え付けられた座布団付きの薄い木製の座椅子に腰を下ろした。
そしてそのまま、当たり前のように煎餅を召喚して、それをかじり始める。なるほどこちらが相手の部屋に行くのではなく、相手をこちらの部屋に招き入れることでも、菓子類の召喚条件は達成されるらしい。
「部屋じゃなくて人みたいだね、問題は」
「……あぁそうか。きっと、部屋自体をそっくり交換することで対応されたくないんでしょう」
「あ、なるほど。それは思いつかなかった」
念じれば叶う力にまつわる仕様と、周到に回り込んでくる性格の悪さが、続々と判明していく。チャカに「食べる?」と言われて、半分に割られた煎餅を受け取ると、銃を彼女に取り上げられた時とは違ってそれが消えたりすることはなかった。とにもかくにも「女に近づけ」ということなのだろう。それが達成されている限りは、部屋の中でも菓子くらい好きなだけくれてやると。
歯磨きはあとでもう一度すればいいか。そう思いながら、なんとなく落ち着かずに立ったまま煎餅をかじっていると、電源の入っていない真っ暗なテレビの方に目を向けながら、なんでもないことのようにチャカが言った。
「ところで相談なんだけど。とりあえず今日、私とのセックスは無しってことにできないかな」
「……え?」
「え? って。聞こえたでしょ」
「いや、聞こえましたけど……。どういうことです?」
「んー。そんなに今晩やりたい……?」
「いや、うーん……。そういうわけでは、まぁ、ないですけど。……正確にはあったりなかったりですけど」
実際は、気持ちとしてはほぼまったくない。チャカに魅力を感じないわけではなく、昨日今日とセックスには困らない生活をしているのだから、べつに一日くらいお預けをされても正直こちらとしては構わないのである。ただ例の作戦の遂行だけがネックなのだ。……が、花子から「わたしのことが好みじゃないならそう言ってほしい」と詰められた経験が、本心を素直に口にすることをはばからせた。
そんなこちらの思考をどこか読んだような調子で、チャカはあははと笑う。
「いや、実を言うとね。私はべつに死んでもいいと思ってるんだ」
「はぁ……?」
「考えてもみてよ。そりゃあ餓死は餓死だけど、初日にも言った通り、私たちサキュバスは不死身なんだよ? 死んだら生き返ればいいだけだと思わない?」
「だけって……」
死にたくない。そう言って、人目につかない場所で俺に泣きついてきた少女のことを思い出す。チャカの主張とはとても一致しない、虚勢を剥がされたAの裏の顔のことを。
そして同時に、あの時Aがこう言っていたことも思い出す。「まだ死んだことがない」。……あの時は聞き流していたけれど、改めて考えるとその言葉の意味は「死んだことがないから、死ぬのが怖い」という……裏を返せば「死んだことがある人にとっては、そうでもない」というものだったのだろうか?
だとすれば、今目の前にいるチャカは……。
「もちろん、仮死でも死ぬのが怖いって子はいるよ。Aちゃんとかはたぶん、特にそうなんじゃないかな。……でも少なくとも私は違う。死んだら生き返ればいい。もし私を生き返らせるだけの性欲のあてがなくて、クイズに正解して脱出出来るってなった時に、私は死体の状態で元の世界に帰らされるんだとしても。それならそれで全然いいんだよね。向こうで生き返らせてもらえばいいだけなんだから」
「……つまり?」
「つまり、私に性欲をくれるくらいなら、他の子に回してあげてほしいってこと。……サキュバスと同じ部屋で寝て何もしなければ、次の日はさぞ溜まってるでしょ?」
「……なるほど」
理屈としては、まぁ分かる話だった。
そもそも初日にチャカが言っていたことが本当なら、男一人でサキュバス三人分の「食事」をノンストップに賄うことは相当ギリギリか、あるいは無理な話だ。クイズの回答期限は二週間というけれど、三人全員が健康に暮らせる期間もそれと同じだとは限らない。……ならさっさと間引いてしまった方が効率的だという話は、あくまでも理屈の上だけでなら、理解できなくはない。
けれど、理屈を理解できることとそれに賛同できることは違う。誰も見捨てたくない……という道徳や感情論を抜きにしても、彼女の目論見にはとてつもない欠陥があった。
「でも、チャカさんを見捨てるという判断はないですね。というか、可能な限り誰も見捨てられません。……これは道徳心とかではなくて、打算の話です」
「打算?」
「そうです。サキュバスが一人死んで、じゃあ残りの二人と俺であとの暮らしは仲良くやっていきましょう……って、そんな割り切った風にはならないでしょう、現実として。仮死だろうと実際に死人が出たら、まぁ確実にパニックになりますよ。それこそAさんなんか特に」
「……それは、まぁそうかもね」
俺の視点から見て明らかに死に怯えているAはもちろん、花子だって死ぬことが怖くないという風にまでは見えない。チャカが死んだあとの世界でその二人と上手くやっていく自信が俺にはない。というか下手をすれば、かえってもう一人くらい余分に死人が出てしまうことすらあり得る。
その点を指摘すると、チャカは難しい顔をしたまま返事に詰まってしまった。彼女が黙ると、俺も何も言えなかった。会話のなくなった部屋の中は嫌に静かで、視界の隅には、シワ一つ付けられていない布団がいつまでも虚しく広がっている。
すっ……と音もなく、チャカは立ち上がった。そして体ごとこちらへ向き直り、
「まぁでも、今日一日くらいは大丈夫でしょう」
と言ったきり、すたすたと歩いて、そのまま布団に潜り込んでしまった。
「ちなみに私たちは、念じるだけで歯磨きをしたことになるんだよ。青ウニくんも同じかは知らないけどね」
そう言ってチャカは布団の中でいたずらに笑って、眠りにつく気なのか目を閉じる。……歯磨きをするには二階へ行くしかないことを知っていて今その話を振ってくるのは、まるで他の子の部屋に行っても構わないのだと言っている風にも受け取れる。
正直、性欲の濃度が足りていないことは昨日の花子にも指摘された通りで、まったく否定できない。チャカの言うこと自体には確実に一理ある。しかしその一方で、彼女のやろうとしていることの欠陥も指摘した通りだ。それらを踏まえた上で、俺はいったいどうすればいいというのか。
テーブルの横、布団から離れた位置に立ち尽くしたままの俺に、するとさらに追い打ちをかけるような言葉が寄越される。
「ちなみに今日の私は、君に襲われるようなら全力で抵抗するからね。……そうしたらどうなるんだろうね? 君を守る力が本当に発動するなら、私はその力に殺されるのかな」
「……なんでそんな物騒なこと言うんです?」
「決まってるでしょ。他の二人が、私より死にたくなさそうだからだよ」
「……そんなこと言ったって」
チャカの言っていることは無茶苦茶だ。彼女は、死にたくない者が死ぬくらいなら、パニックくらい引き起こしてしまえとでも言うのだろうか。
どういう精神構造によることなのかは分からないが、ともかくチャカは、Aや花子に対する自己犠牲の人であるらしい。そういう前提で考えてみると、彼女の行動原理もぼんやり程度には理解できて来るような気がする。たとえば昨日、自説が正しければ結論としてどうしようもないということを分かった上で、なぜチャカは俺の自室に押しかけてまで問い詰めるような真似をしたのか……について。その答えは、彼女が最悪の場合には「刺し違え」でもいいと考えていたからではないか? と。
その見解が当たっていれば、今目の前で寝ている彼女も、抵抗すると言ったからには本当にしかねない。それに関して俺に左右できることはない。黒幕が味方をすることで物理的な力関係では俺の方が勝っているのだとしても、主導権までもが常にそうだとは限らないということだ。
集団生活の常として、俺は今「譲歩」を迫られている。
「……あ〜。じゃあ分かりました、チャカさん。性欲温存の話は了解です。ただそのかわり、こっちからも一つだけ要求していいですか?」
「なに?」
「クイズのために、どうしても試したいプレイがあるんです。そして幸い、そのプレイに俺の射精は必要ない。出すものを出さなければ、温存だって出来るはず」
……衣擦れの音がして、むくりとチャカが起き上がる。
「そういうことなら、ね。……何がしたいの?」
「一つは、射精させない程度に、なんでもいいから俺に奉仕してほしいこと」
「うん」
「もう一つは、…………俺のことを「お父さん」って呼んでほしいんです。それと、大好きってたくさん言ってほしい」
「……えっ?」
次の瞬間、そのトンチキな要求に目を丸くしたチャカは、二階まで届くのではないかというほどの大爆笑を響き渡らせたのだった。