幻想郷は夏を迎えていた。妙に肌寒い夏で、魔法の森も例外では無かった。
魔法使いアリス・マーガトロイドも、箪笥から夏向きの服を引っ張り出すのをやめ、いつもの服を身にまとった。
「上海、蓬莱。いらっしゃい」
部屋の脇の小さなベッドに寝かされていた二体の人形の瞳へ、光が宿る。
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
お決まりの挨拶をして、二体はアリスの前に浮遊してきた、
「今日は魔法の森で調査を行うわ。貴方達はいつも通りサポートをお願いね」
浮遊する人形達はこくりと頷いた。
「それと‥‥みんな?」
姿は見せなかったが、笛の様な響きが応えた。
「お留守番お願いね」
笛が聞こえるのに頷き、アリスは外への扉を開けた。
二日前の事。魔法の森、香霖堂にて。
「説明して貰えるかしら?」
カウンターの前で頬を膨らませ腕組みをした少女を見て、店主森近霖之助は軽くため息を吐いた。
「この結界回路は二日前に私が予約して、貴方もそれに同意した筈。前金まで受けとってね?」
カウンターの上には、コンパクトに似た白い丸みを帯びた物体が置かれていた。その表面には、脈打つ奇怪な線で魔方陣が描かれている。
「だから前金は返すと言っているだろ?」
霖之助はアリスと目を合わせない様に、札束を入れた袋をカウンターに置いた。
「君が帰った後、新しい客が来てね。どうしてもこの品が欲しいと仰るんだ。先約があると断ったが‥‥その」
「金額で撤回というわけ?」
霖之助は答えず、手元の文々。新聞に目を通し始めた。アリスの頬が怒りの紅で彩られ始めた。
「信用した私が馬鹿だというわけね。いいわ。ならば腕ずくよ。相手の名前を言いなさい!!」
アリスは“弾幕勝負”でその相手と戦い、品物の所有者になろうとしているのだ。その背後から突然声をかける者がいた。
「あーらアリスちゃん、久しぶりね?」
空中に不自然な割れ目が開き、中から紫色の服を着た女性が顔を見せていた。
「八雲紫! 貴方が何故この結界回路を欲しがるの!!」
「そんなの私の勝手じゃないー。欲しい物はどんな手を使っても手に入れるものでしょ?」
「いつからコレクターになったのよ!」
「その部品見てからよ」
アリスの堪忍袋の緒が切れた。背後で上海と蓬莱が抜剣、槍を伸ばす。その手にグリモワールが召喚された。
「表出なさい。いいえ、ここで勝負つけさせてもらうわ」
少女の身体を魔力のオーラが覆い始めた。霖之助が慌てる。
「おい! ここで弾幕戦始めるつもりか?!」
振り返ったアリスの目は異様に冷たかった。
「文句言える立場?」
「当然だ! 僕は君の言った通り商売人だよ。条件のいい買手に落札して貰って何が悪いんだ! その報復で店を」
音も無く忍び寄った蓬莱がちょんちょんと彼の尻を槍でつつき、黙らせてしまった。
「蓬莱、それ以上何か言ったら‥‥」
「シャンハーイ?!」
もう一体の人形の警告にアリスは本能的にその場から飛び、天井ギリギリのところで身をよじらせ後方へ着地、しようとした。冷静さを忘れ、当の相手に背中を向けていた事に気付いたのだ。遅かった。
着地点、いや空中に静止したとしても、開かれたスキマから逃れる事は出来なかったろう。アリスの姿は、穴から這い出た無数の手に捕まり、引きずり込まれた。店内からは紫も蓬莱も姿を消していた。眼鏡の位置を治した霖之助は、迷惑そうに吐き捨てる。
「後は当事者同士で解決してくれよ!」
スキマ空間。並みの者が引きずり込まれたら、まず助からない所だ。足を着く場所も手で掴む物も無い。まともに立つ事すら出来ず、方向感覚も目に入る物も全てが異常。ここは八雲紫の道だけではなく、狩場でもあるのだ。
アリスは、空間の何処から生えているのかも分からない手達に抑えつけられていた。腕達は奇怪な行動をとり始めていた。アリスの服の中に侵入し始めたのである。
「ちょ、何のつもりよ?! 弾幕で勝負しなさい!!」
指が胸元に到達し、下着の上からミドルサイズの柔らかい双丘を撫でまわす。ロングスカートの中も何本もの手が這いまわり、ストッキングの上で指を遊ばせ、挙句には黒い布を脱がせようとし始めた。
「やめてっ! 最低よっ! こんな仕打ち!!」
「あーら? 怒りに任せて、戦闘力を持たない人の家を壊そうとする貴方だって」
余裕の笑みを浮かべ、紫が姿を現した。
「森近さんを本当に傷つける気は」
手がブラをこじ開け、乳房を鷲掴みにした。苦悶の声と共にアリスの弁解は中断される。
「どんな理由があろうとも、戦闘力の無い一般人を巻き込もうとした行為は許されない」
「先に手を出したのは、ああっ!!」
ストッキングを下げられ、下着の上から指が秘所に触れていた。乳房は片方が揉みしだかれ、片方は先端の突起を弄ぶ。しかも微妙な力加減を崩さない。アリスは己の悔しさと官能の境が徐々に薄れていくのを感じ取っていた。
「もう許してよ! 放して! 結界回路はあげるから!」
紫の手に回路が現れた。
「これ、何に使うつもりだったの?」
アリスは答えなかった。紫が眉を上げると、手達のセクハラ、いや蹂躙に近いそれは激しさを増した。汗と涙を流しながら、歯を食いしばる。
「大方、趣味の人形作りに必要な物だって事は想像がつく。確か、ゴリアテだったわね?」
下着の中に指が何本も乱入し、愛撫を始めた。そして、しばらくの沈黙の後、アリスは身体を仰け反らせる。荒く息を吐きだしながら、彼女は白状した。
「追加機能よ‥‥身体の大小を自在に行わせるための」
「あらあら。そして、河童に頼んで作らせたのね?」
アリスの全身を手が撫で回し、乳首を捻られると同時に二度目の絶頂を迎える。
「でも、折角の品物は盗まれてしまった。そして盗品の行く先は闇屋か香霖堂。諦めてた貴方は、偶然これを香霖堂で見つけた」
紫の手の上でぽんぽんと回路が跳ねる。
「喉から手が出る程欲しいでしょ? でも、あーげない」
胡散臭くも可愛らしく舌を出す紫に、アリスは反抗的な視線をまた蘇らせていた。
「貴方の差し金ね。ゴリアテの改良を止めさせるための」
「ご明察。でもご店主はこの事を知らないから。彼は売りに来た者から買い取っただけ。そして、今は私の手中にある。これも、貴方の‥‥官能も」
何か言おうとしたアリスの口を何本もの指が押さえ、更に別の指が侵入してくる。全身への愛撫もまた始まった。
「そして、この子達も」
手を拘束された、不安そうな上海と蓬莱が運ばれてきた。
「よく見ると可愛い子達ねぇ。私の式にして、橙の遊び相手にでもさせようかしら」
快楽に混乱していたアリスの顔が瞬時に正気へと戻り、口の中の指をまとめて噛んだ。緑色の血を噴きながら後退する指。
「その娘たちに手を出したら」
再び召喚されるグリモワール。アリスの身体を凌辱していた手達が一瞬で切り刻まれ、蒸発する様に消えていく。上海と蓬莱も瞬く間に救出され、アリスの後ろにふらふらしながら隠れた。紫は軽く目を見張る。
「あら、なかなかやるわね? ただ人形を操るワイヤーでは無いと‥‥これだから魔女は油断出来ないわ」
「キノコが好きな魔女も、図書館の魔女も、寺で聖女の仮面をかぶった魔女も同じよ」
「その割に、私の愛撫には抵抗が無かったわね?」
意地悪な笑みに、ドヤ顔で返すアリス。
「好きにやらせておけば、貴方が色々喋ってくれると思ったの」
紫の顔から笑みが消えた。が、それは怒りではなく何かを考え込んでいる様子であった。
「七色の人形使い、アリス・マーガトロイド。貴方に依頼したい事があるわ」
時は戻り、魔法の森のアリス。あの後、紫に八雲邸まで飛ばされ、風呂で当主に散々身体を洗われた挙句(そして湯船で優雅なボディと巨乳を見せつけられ)、食事(人肉ではない)と酒まで振る舞われた。その後、依頼の内容を聞かされたのである。
(魔法の森で小さな遺跡が見つかったから、それを調査して欲しい、か)
無論、アリスは最初断った。紫がスキマ空間においてやった事は、既に殆ど「水に流して」いる。だが、結界回路の返還は認められず、更に上海と蓬莱が再び捕らえられた。
(理由は話さない、気に入ったとかで回路も渡さない、人質は取る。妖怪と人間の悪いところだけを切りぬいて作られてるのかしら、あのスキマは)
それでも、結局アリスは依頼を受けた。煙に巻かれて弄ばれ続ける位なら、いっそ紫の思惑に乗ってみようと思ったのである。紫の式である墓場鳥の先導に従いつつ、アリスは低空を飛んだ。やがて目的の場所に辿りつく。
(紫はここをどうやって見つけたのかしら?)
大量の植物に覆われているが、石で作られた建造物である。墓場鳥が枝にとまり、ある壁面を見つめていた。そこだけが派手に崩れている。
「上海、前方警戒。蓬莱は後ろをカバーして」
フォーメーションを組み、軽く飛び上がり遺跡内部へとアリスは入った。墓場鳥はそれを見届けると、美しい声で一鳴きし飛び去った。
遺跡の中は暗かった。アリスが呪文を唱えると、人形達の体が光り始める。上海が露骨に嫌そうな顔をした。
「我慢しなさい。他に誰も見てないわよ」
人形達を照明代わりにしつつ、アリスは奥へと進んだ。内部には、屋根を支える柱が時々見える程度で何一つ目立つ物は無い。かつてかがり火でも焚いたらしき台が倒れている程度だ。
不自然な程、物が無かった。蟲一匹もいない。やがて、呆気なく最奥の壁に行き当たる。
「何よあのスキマ、本当に悪ふざけでやったのかしら?」
呆れるアリスに、上海が注意を促した。壁の中央に、八雲の物と思われる札が貼りつけてある。
「いいじゃない。とことん乗ってやるわよ」
札を引き剥がすアリス。突然、壁が轟音を立てて横滑りに開き出した。
「何これ」
銀色が、壁一面に満ちていた。だが、その表面は光りながらも何も映していない。奇妙な物体だった。
(魔力は感じない。でも、わけが分からない……)
アリスは、自分が不用意に手を伸ばしていた事に気付いていたかどうか。銀の壁面に指先が降れた瞬間。一人と二体の人形は、可視出来ない程の粒子にまで分解され、吸い込まれた。
そして、遺跡はまた静かになった。開け放たれた銀の壁だけが、輝いていた。
「紫様。何故アリスに依頼をしたのでか?」
「あら藍、どうして気になるの」
「いえ、普段なら博麗の巫女にお話を持ちかけられるので」
「この一件はね、霊夢を使うには危険、魔理沙では力不足なの。他に単独行動が出来て実力を持ち、『妖怪過ぎない』者。そして」
紫は残忍に笑った。
「いなくなっても、誰も気にしない」
続く