その存在は気付いた。何者かが道を開き、向かっている。残る仲間は少ないが、力はまだ満ちている。あの道は使われてはならない。使った者も、処分されなければならない。
壁に吸い込まれたアリスは、自分の身体を意識出来ずにいた。紫のスキマ空間の感覚の頼りなさとも違う。手も足も無い、叫ぼうにも口が無い。視界だけが光の中を進んでいく。
やがて、光の先に闇が見え、そこへ飛び込んだ瞬間。五体が痛みと共に投げ出された。
「う、ぅぅぅぅ」
目が見えなかった。身体に力が入らない。耳鳴りも酷かった。
「し、しゃんは、ほうら」
うわ言の様に人形達を呼ぶが、返事は無い。糸を操る事も出来なかった。その時、誰かが走ってくる音がおぼろげに聞こえた。
(廊下?)
アリスは、自分が家の中にいるのかと混濁する意識の中で思った。
「何だこりゃ?!」
誰かが何か言っている。しかし、アリスにはそのまま意識を失う事しか出来なかった。
道の脇に並び立つ柱の先端が、淡い光で下を照らしている。
そんな暗い道をアリスは走っていた。背後から誰かが追いかけてくる。理由は分からないが、それは敵意を持って追跡してきた。
(空を。空を飛ばなくちゃ!)
普段なら軽やかに舞う筈の体は、僅かにジャンプしただけであった。
(どうなってんの?!)
黒い石を塗り固めた道は固く、走り辛さを増していた。
「上海! 蓬莱! 援護して!!」
人形達の反応は無い。それ以前に、指先にも、身体のどこにも”糸”が無かった。
追跡者は、追いかけっこを楽しむ様に同じペースで尾いてくる。紫にスキマで蹂躙された時も感じなかった恐怖心が、アリスの心に満ちていた。次の瞬間。アリスは前のめりに転んだ。
(手?! 紫?)
見覚えのある手が道から生え出て、アリスの足首を掴んでいた。手は次々と現れ、アリスの身体をひっくり返し、大地に固定してしまう。
追跡者が追いついた。奇怪な姿だった。人型の頭から足の先まで黒一色で覆われている。その黒ですら、色ではなく切り取られた暗闇の様な違和感がある。手の力に身動きすら出来ないアリスにその怪物は圧し掛かると、いきなり服の胸元に手をかけ、易々と引き裂いた。
「ちょ‥‥止めなさい!!」
震える抗議の声も無視して、黙々とアリスの服を剥いでいく怪物。変態行為というより、何かの作業を黙々と行っている様子が、還って不気味だった。
(嫌だ‥‥嫌だ、こんな事って)
事態を把握出来ず頭はますます混乱し、辱めが恐怖だけを呼んだ。
「ま、魔理沙ぁ!! 霊夢!! 助け」
怪物がアリスの口を塞いだ。そして、あり得ない事に、そのまま口の中へと侵入し始めた。ディープキスなどでなく、怪物の体が軟化して体内へ入り込んでいるのだ。声も出せず、体の中に何か得体の知れない物が広がっていく。アリスはもう抵抗を止めていた。涙と涎と汗で顔を汚しながら、ただ絶望していた。
不意に全ての凌辱が止んだ。
アリスの周囲から全ての物が消え去り、木目の天井が彼女を見下ろしていた。
首の後ろには枕。頭にはひんやりとした薄い物体が貼り付けてあり、カチューシャは外されている。自分が地べたではなく、ベッドに寝ている事を認識するまで、呆然と天井を見上げていた。
慌てて起きようとして、脱力感が体に満ちているのを感じた。それでも力を振り絞って上体を起こすと、自分がいつものブラウスではなく、見慣れないパジャマを着ている事に気付いた。胸に手を当てると、下着も無い。
しかし、今はそれより大切な事があった。頭がふらつくのを意思で抑えつつ、身体に巻きつけている“糸”を確認する。
(あった‥‥すると先刻のは夢?)
糸を動かし、上海と蓬莱の反応を確認した。途端。
「シャンハーイ?!」
「ホラーイ!」
小声だったが、ベッドの下に隠れていた二体が飛び上がり、アリスの胸に飛び込んできた。
「ああ‥‥良かった! 貴方達が無事で!」
二体の従者を愛おしく抱きしめながら、アリスは糸を操作した。
「でもごめんね。今は、ここが何処かはっきり知りたいのよ」
上海の記憶にアクセスし、彼女の視点から情報を得ようとした。だが、上海はいやいやをしてアクセスを拒否する。
「どうしたの? 怖いの?」
上海、そして蓬莱も涙を浮かべているのを見て、アリスは微笑んだ。
「大丈夫。叱ったりしないから」
まだ逡巡していた人形だが、腹を決めた様に目を閉じた。アリスとの間に接続が完了する。
突然光の道を移動しているシーン。慌ててアリスは早送りさせる。闇へ飛び込んだ後から速度を戻した。上海は地に投げ出され、眼前にアリスも落ちてくる。更にその向こう側には蓬莱も吐き出されているのが見えた。
上海の視線は一旦自分達が飛び出てきた方角へ向けられた。あの、何も映さない銀の壁がある。しかし上海はアリスの様子を優先し、そちらへ顔を戻した。“糸”を伝い主人の体調をチェックし、魔力が激減しているものの命の無事を確認した。そこへ足音が聞こえる。アリスも聞こえた物と同じ。 上海は、この時陰形の術を使い隠れてしまった。彼女らはアリス程ダメージが大きくなかったものの、全力で動ける状態ではない上、恐怖が忠誠に勝ってしまったのだ。
部屋の戸が横滑りに開いた。茶髪気味、普通の顔立ちをした、やや背が低い青年が姿を見せる。彼はアリスを見て驚いた。
「何だこりゃ?!」
そして輝く壁を見て、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「ま、またあれが‥‥畜生、今度は何なんだよ!」
泣き出しそうな声で吐き捨て、部屋の外へ飛び出していく。
ここで上海は移動を始めた。開けっ放しになっていた部屋の外へと飛び出したのだ。振り返ると蓬莱も後に続いている。
主人を見捨てた二体は、廊下で部屋が突き当りにある事を確認する。そのまま通路の角でじっとしていると、足音が二つ聞こえた。先刻の青年と、彼より背が高い老婆が現れた。その様子から、角に階段があるらしい。上海は、この階には後二つ部屋がある事に気付いた。
二人は部屋に入ると、しばらく何事か言い争っていた。やがて、老婆がアリスを抱えて出てきた。 隣の部屋を青年が渋々開け、中にアリスを連れ込む。上海は蓬莱の手を引いて走った。部屋の中では、アリスがベッドに寝かしつけられ、靴を脱がされているところだった。ベッドの下は人形達が入れる程の隙間がある。上海達は意を決して部屋に飛び込み、ベッドの下に潜り込んだ。
そこで、映像が不自然に飛んだ。
アリスは記憶への接続を切った。上海達は申し訳なさそうに項垂れている。
「つまり、貴方達も『寝てしまった』のね?」
上海達は魔力を使い切ると、本来の人形に戻ってしまう。だがそうなると、現在彼女らに芽生えている感情や独立性が失われてしまう可能性が高い。そのためアリスは二体に休息を取らせる事を教えたのだが、”昼寝”や”居眠り”まで覚えてしまった。
「いいわ。おかげで状況がよく分かったから。私を見捨てたと思うなら、それは違うわよ? どうしようもない状況で、見知らぬ人間に発見されてパニックを拡大させるよりも、ずっと良い選択だった。ほら、二人とも元気出して」
無言で泣きついてくる人形達の頭を撫でるアリス。これ以上の部屋の調査は自分で行う事にしたが、まだ身体のだるさは残っている。それに、あの異常な夢。
(紫、私をとんでもない所へ追い込んでくれたわね? やりがいがあるじゃない)
部屋の中は暗かったが、窓のカーテンが開き、月明かりが入り込んでいた。
ベッドの脇にサイドテーブルが置かれ、上にアリスの服とブラジャーが置かれていた。
(靴が無い、という事は和風家屋なのかしら?)
スリッパを発見し、脚を突っ込む。脱力感はまだ抜けないが、ふらふらと扉に近づいた。
(『目覚まし』がいるわね)
翌朝。アリスが抱きしめて寝ていた上海と蓬莱が、突然姿を「消した」。
アリス自身も目を覚ます。嫌な夢は見なかった。背伸びをし、身体の脱力が消えた事を感じる。
(あんな物で消耗するなんてまだまだね。これじゃ母様に顔向け出来ないわ)
心中で愚痴る中、部屋の扉が開かれた。茶髪気味の青年が現れる事は、前以て分かっていた事である。
「おはようございます」
アリスは、上海の視覚情報から彼が命の恩人、の範疇に入ると判断していた。今着用してるパジャマを着替えさせ、ブラを外したのが彼だとしても、この場では友好的な態度を見せる事にした。
問題は、相手が目を見開いて凍りついてしまった事である。
(何か間違った事でも言ったかしら)
二度目はややサービス過剰な程、愛らしいスマイルを添付した。
「おはよう!」
青年の顔が少し引きつり、明らかに混乱した様子で天井を仰ぎ見た。
「あ、あ、そ、そのえーと、ぶれっくふぁーすと。OK?」
「????」
今度はアリスが凍りつく番だった。
「ぷ、ぷりーずかむきっちん? いやだいにんぐ? かもーん!」
青年はどたどたと走り去った。
「何あれ」
アリスは呆然としていた。
青年がどうやら朝食に誘っている、と理解したアリスは敢えてそのままの格好で部屋を出た。髪位は整えてカチューシャも着けたかったが、勘の手櫛で我慢した。
廊下を通る時、張り巡らしておいた“糸”を回収した。誰かが近づけば、第一の糸が上海達の隠形を強制発動、第二の糸が彼女らを起動させ、ベッド下に退避、第三の糸はアリスに魔力の警報を送り込み、覚醒させる仕掛けだった。真っ直ぐな階段を下りるとリビングに出た。何処に朝食があるかは、味噌汁の匂いですぐに分かった。
広めの対面式キッチンの中に、見知った顔があった。
「あーら、おはよう。アキオがなんか悪さしなかったかい?」
それぞれの席に碗を並べていた老婆が、にっかりと黄色く太い歯を剥き出して笑った。アキオと呼ばれた青年は奥から焼き魚を運んで来た。
「ばーちゃん、いきなり日本語で言ってもわかるわけねーだろ! それに悪さとはなんだ人聞きの悪い!!」
「人聞きって、今言葉通じないって言ったろうが? それに、お前こういう蒼い眼の綺麗な金髪っ子が大好きじゃないかい。ベッドの下に」
「幾ら言葉の意味が分からなかろうとも、朝から身内の恥を客に晒すか普通!」
こんなやり取りをしながらも、二人はテーブルへ流れる様に料理を運んでいった。
(さっきから全部意味分かってるんですけど。何でこの人達私が‥‥)
途端に脳内へ電球が灯り、アリスは可笑しくなった。彼らの勘違いではなく、自分の鈍感さにだ。
「皆さま、おはようございます」
アリスはパジャマの裾を持ち上げ、片足を下げて大仰なポーズまでとって見せた。
「ごめんなさい。私、普通に喋れます。“にほんご”」
アリスが失念していたのも無理はない。幻想郷の有力人物・妖怪は皆日本語で話しており、また人里もやはり日本語。アリスが日ごろ接する人々は皆この言葉で喋っていた。
だが、今アリスがいるこの場所は、少なくとも幻想郷では無い。恐らく、外界の日本という場所だった。そこに金髪碧眼の娘が突然現れたら、一体何語を喋るかと現地の人は思うだろう。だから、朝のアキオの奇言なのだ。
「いただきます」
きちんと水平に持たれた箸、音を立ててすする味噌汁、アジの干物には少し手間取ったが、ほぼ骨だけ残して平らげた。タクアンを頬張るアリスを見て、老婆は豪快に笑う。
「外人さんにしちゃ随分いい手付き、食いっぷりだねぇ! 本当はパンなりハムエッグなり用意したかったんだけど、生憎材料切らしちまっててさ!」
「私は和食大好きですよ。梅干し、納豆、刺身、胡瓜の漬物、どれも最高です」
アキオがぼそっと呟く。
「……なーんか定番なモンばっかだな」
老婆は威嚇する様にアキオを睨みつけた。
「こら! 客に対してなんて態度をとるかこの馬鹿者!」
「きゃーくーだー?! あのな、二階の‥‥」
そこまで言って、不意にアキオは黙り込んだ。アリスの方はどこ吹く風で、ご飯のお代わりを自ら継ぎに立っている。
「あ、いけねぇ! 講義始まる! 婆ちゃん後頼む!」
背中に老婆の怒鳴り声を浴びながら、アキオは脱兎の如く逃げ去った。
「皿も洗わんと、帰ったらお灸据えてやるぞ、あの馬鹿者が!」
ドアを閉める音が響いた。アリスは何事も無かった様にお茶をすすり終え、手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
彼女には、本当に美味しい朝食だった。幻想郷の仲間と食卓を囲む事もあるが、基本魔法の森では人形達相手に一人静かにとるのが、当然の毎日だった。
(魔界での食事、思い出すなぁ)
母と慕う気さくな魔界神と、様々な魔法使い達や妖怪と卓を囲むのは楽しかった。
(いつから一人に慣れたんだろ?)
空になった茶碗をじっと見つめる。やがて、老婆が食器を片づける音で我に返った。
「あ、手伝います!」
老婆が何か言おうとしたが、手早く空の食器を重ねていくアリスを見て、大きく頷いた。
「それじゃゆすいで貰っていいかい?」
「はい!」
「少し待ってな」
台所をあちこち探し、ピンクのエプロンを出してきた。それを着用し、次々と繰り出される泡だらけの食器を水で清めていく。
アリスは老婆の隣に立って、その齢に似合わぬ肉体に初めて気付いた。足はがに股加減だが、背も腰も並みの若者よりしっかりしている。手も枯れ枝どころか河童の使う機械アームの様に見えた。何より、身長が高い。老眼鏡もかけず、異様にギラギラした眼光、結い上げた髪は色こそ灰色だがまだどの毛も太い。年齢を感じさせるのは顔に刻まれた多くの皺と、そして先刻まで聞いていた声だった。
「あの」
「何だい?」
「どうして何も尋ねないのですか?」
「後片付けが終わって無いからさ」
最もな理由、では無かったが、当面の問題に集中する姿勢には賛成だった。
その後、着替えを済ませ掃除まで手伝ったアリスは(老婆にアキオの部屋の本を見せられた時は、流石に呆れた。ついでに何故か嫉妬もした)、リビングで一息ついていた。お茶を囲んで老婆ととりとめの無い話をしていたのだが、ここでもアリスはある事に気付いた。そして赤面した。
「ご、御免なさい!」
「おや、どうしんたんだい?」
「こういう時って、私から名乗るのが礼儀、ですよね」
アリスは立ち上がり、手を前に組んで真っ直ぐに老婆を見た。
「アリス・マーガトロイドと申します」
深々とお辞儀する彼女を見て、老婆は喉の奥で笑った。
「おやぁ、別に無理しなくてもいいんだよ?」
「しかし、お世話になりっぱなしで‥‥」
老婆の目が光った。
「あんたが名乗れば、アタシも名乗らなくちゃいけないねぇ?」
アリスは内心どきりとした。名乗りを忘れ、恥ずかしさを感じたのも事実だが、それを利用して相手の情報を更に引きだそうという計算も働かせていた。
「金田トメ、さ。よろしく頼むよ」
「は、はい」
「ほら座って。知りたい事も聞き苦しいじゃないか」
アリスが座ると、トメはにやつきながらその眼光で見つめてきた。
「あんたあそこの部屋で何で倒れてたんだい?」
「その‥‥どう説明したらいいのか…」
(まさか結界に覆われた妖怪の隠れ里で、遺跡を調査していたら飛ばされた、なんて言えるわけない!)
今のアリスは既に紫の依頼は達成している。遺跡の中には転送装置があり、それは外界に続いていた。ここで老婆を振り切り、二階へと走ってあの中へ飛び込めば、帰る事が出来る筈だった。そして、それを実行してしまった自分を恥じた。突然身を翻し、リビングを横切って階段を駆け上る。
「上海! 蓬莱!」
人形達を呼び寄せ、最初に自分が放り出された部屋の扉を開ける。
「え」
かつて銀色の壁が存在していた場所には、何も無かった。ただ木の台枠だけが残っているだけである。
「おや。ここに何かあったのかい?」
驚いたアリスが振り向くと、トメが笑い顔のまま背後に立っていた。この老婆はアリスとほぼ同時に反応し、気配も気付かせず後を尾けてきたのだ。朝の団欒は、一体何だったのか。この場所、この外界へやって来た時の恐怖が蘇る。
「こ、この部屋には、鏡みたいな板があった筈です」
「ありゃ、それは大変だねぇ?」
「ここに、確かにあったんですよ!!」
「でも、今は見当たらないねぇ?」
アリスは地底の底に住むあの妖怪の力を、ほんの一瞬でもいいから借りたいと思った。
(トメさんは知っているはず。私がここに現れた時、あの壁が輝いていた事…上海が)
トメの近くを、透明になって飛んでいる上海の記憶。
(上海は中で何が起こっていたか、具体的に見ていなかったんだわ!!)
人形達が見ていたのは、最初の時点だけ。この家の二人が駆けつけてきた時点で、二体は恐怖に駆られて部屋の外へ出てしまったのだ。
(もし、あれが自動的に閉じたり、消えてしまったりする物だったら!!)
アリスはパニックに陥り始めていた。
(まさか、紫はこの事を知ってて?! それとも、この人が何かを隠しているの?)
何も無い壁に、目と歯を剥きながら体当たりした。無情に弾かれた身体は、反対側の壁まで吹っ飛ぶ。
「帰れないの?! 嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!」
アリスの絶叫が家に響いた。
それから、アリスはその部屋の隅で座り込んだままじっと動かなくなった。膝の間に顔を埋め、何も言わずただじっとしていた。トメが何度か様子を見に来た様だが、アリスは興味すら示さなかった。来ていた事にも気付かなかったかも知れない。彼女が何も聞かず、アリスを家から追い出そうともしなかった事にも、興味を失ってしまった様だった。人形達も困り果ててしまい、服の端を引っ張ったり、お叱り覚悟で頭の上に座ったりしたが、反応は無かった。
やがて昼が過ぎ、夕暮れが部屋を包んだ。誰かが軽くノックし、部屋に入ってきた。
「おい。婆ちゃんが晩飯くらい食べろってさ」
大学から帰ってきたアキオだった。アリスは何も反応しない。冷たい視線で彼女を見下ろしていた彼は、突然両手で胸倉を掴んだ。少女は突然の行動に目を見開いて驚く。そのまま廊下へ引きずり出され、壁に強く押し付けられた。アリスの口から苦痛の声が漏れる。
「痛っ!!」
「いいか? お前が何処の誰で、どうしてこの部屋に転がってたのかは知らない。知りたくもない!でもこの部屋にはもう近づくな!!」
まくしたてる青年の顔に殺気を感じ、アリスは本能的に震えた。そして彼の命が危険に晒されてる事にも気付いた。
(上海! 蓬莱! 止めなさい!!)
抜剣した上海と槍を構えた蓬莱が浮いている。主人の危機と感じて攻撃しようとしたのだ。二体はアリスの接続を通した命令を受け、慌てて後ろの扉の陰に隠れる。
「く、苦し‥‥放して」
青年の身長はアリスとほぼ同じ位だったが、驚くほど強い力だった。
「この部屋には何も無いんだ! いいか、何も無いんだ!」
「私‥‥帰りたかった、だけ」
アリスの目から涙がこぼれる。それを見たアキオの手から、一瞬力が抜けた。次の瞬間、アリスの膝が金的付近に食い込んだ。
「グフォ!!」
股間を押さえて後ずさるアキオ。
「お、お前、いい加減に」
「次は引っ掻いて噛み付くわ。このケダモノ」
「う、うう、とにかく、警告はしたからな!」
ピョンピョン飛び跳ねながら去っていくアキオの後ろ姿を見ながら、アリスは乱れた衣服を直した。
(彼も何か知っている。私はもう逃げられないのね)
陰に隠れていた二体を呼び寄せ、音がしない様扉を閉める。
(とことん乗ってやる、て自分で言ったわね。そう)
歩き出しながらアリスは思い出していた。幻想郷の遺跡の扉に、八雲の札が貼られていた事を。
続く