アリスは前来た公園まで逃げて来ていた。ここまでの道しか分からず、自然と足が向いたのである。ベンチに座り込み、息を整える。
(あれで消えてくれてればいいけど……)
得体の知れない相手、狭い場所、少ない手数で対抗するのは難しかった。
アリスは緊急用の修繕道具で、何とか二体を直そうとした。だが、針やハサミ程度でどうなる物でもない。
(器具や素材が無ければどうしようもない。せめて記憶が落ちない様に魔力を込めてあげるしか)
上海は人間で言うなら意識不明、蓬莱は身体のあちこちにヒビが入り、顔も半分崩れかけていた。弱々しく手を伸ばす蓬莱を、握り返してやる。身体が崩壊してしまわない様に“糸”を巻き付けてあるが、修理が必要なのに変わりは無い。
(来た)
上海と蓬莱をベンチに横たえ“糸”の結界を作る。グリモワールを傍らに浮かせたまま、アリスは闇に眼を凝らした。作業服、スーツ、エプロン、学生服、何も着ていない者もいた。皆、あの怪人だった。
「貴方達は何者?」
怪人たちは左右からアリスを遠巻きに取り囲んでいた。
「我は幻想郷を守る」
皆が一斉に喋り、一人称は「我」。
「誰がそんなお仕事を頼んだの? 幻想郷はスペルカードルールの制定以来、有力者の大半はそれを 受け入れているわ。更に言えば公式の治安機関は存在はしていない。重ねて聞くけど、貴方は誰?」
「幻想郷を守る。それが使命」
全員が黒い右手を前にかざした。
「お前は罪に加担した。我は幻想郷を守る」
アリスは覚悟を決めた。幻想郷にも、言葉や知性を持たない妖怪は多い。人間のみならず他の妖怪を取って食う怪物もいる。そんな者達にはスペルカードなど意味を成さない。
「七色の人形使いこと魔法使いアリス・マーガトロイド。お相手するわ!」
今のアリスは飛行する事も出来ず、人形の援護も補充も無い。仲間もおらず、状況は圧倒的に不利だった。怪人達の手から、拡散する黒い弾幕が一斉に放たれた。舞い上がったグリモワールが輝き、アリスの足がステップを踏む。
「界踊・ダンシングドール」
やがて動きは、フラメンコの様に情熱的な踊りへ変わった。一通り舞い終わると、怪人達の前衛達は皆自らの弾幕を受け倒れていた。グリモワール自体が作る結界と、 ”糸”で作る結界を組み合わせ、内部へ侵入する射撃を全て弾き返す。踊りは跳ね返す弾丸を不規則にするための、”糸”のコントロールの動きだった。怪人が動揺し、後ろに下がり始める。
「次はこちらから行くわ。『奏糸・肉体モドキ』」
アリスの両隣の地面が砕け、二メートルを越す大柄な人影が計四体、現れた。土や様々な物質を突き固めた様な肌を持つそれには顔が無かった。赤い光を放つ単眼とおぼしき物のみが中央にある。
「ショータイム!!」
アリスがオーケストラの指揮者の様に手を振りかざすと、大地から生み出された巨人は怪人の群に突っ込んだ。そして、力任せに、殴り、蹴り上げ、投げ飛ばし、叩きつける。怪人は当初こそ巨人の力に圧倒されていたが、弾幕を至近距離で一斉に浴びせ、動きをが僅かに鈍らせた瞬間、形勢が逆転した。何名かが命がけで足や手に食らい付き、更にその数を増していく。遂に巨人が倒れたところへ、目を狙い拳鎚が振り下ろされた。腕が砕ければ別の者が代わる。やがてヒビが入ったところに一人が指を当てると、そこから巨人の体内に吸い込まれ始めた、否、侵入したのだ。やがて、巨人の抵抗は弱くなっていき、腹部が二、三度痙攣すると怪人が穴を空けて飛び出した。アリスが舌打ちしつつ回線を切り、巨人は土となって脆く崩れ去った。そしてまた一体、一体と倒れ、巨人は全滅した。
(一体何人!? きりが無いわ)
怪人もさすがに距離を取っていた。アリスの力が並大抵で無い事を思い知ったのか。そうでは無かった。
「我はこの町になる。幾らでも我はいる。そしてお前の力はやがて尽きる。我は幻想郷を守る」
街の各地で、怪人達は次々と人を襲い、仲間を増やしていた。
(この町の人達を同化しているの?!)
怪人達は、歩調はバラバラだが前進を開始した。もはや、アリスに打つ手は残されて無かった。
“糸”の結界でショック、切断などのダメージを受け、次々と前衛が倒れても進軍は止まらない。 動かなくなった身体はどかされ、別の個体が突っ込む。アリスはもはや軍隊蟻に狙われた獲物だった。やがて、一人が結界を破った。心が既に折れていたアリスは、そいつに肩を掴まれても反応すら出来なかった。乱入してくる怪人は、身体を乱暴に大地へ押さえつけた。不気味な暗さが彼女の視界を覆う。
(ああ、あの夢だ‥‥すると、次は)
予想に反して、服には誰も手をかけなかった。だが口に指が突っ込まれ、閉じられない様こじ開けられる。怪人は言った。
「我はお前を殺さぬ。我は仲間を失った。お前を我が主人に捧げ、下部とさせる」
アリスは目を閉じた。
(結局、何も分からないまま終わるのね。ごめんなさい、人形達。神綺様、魔理沙、そして)
怪人がアリスの口内へ僅かに潜入した時であった。
「アリス!!! 何処だ!!」
聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえ、周囲に爆音が響いた。まさか、とアリスが目を見開き、最後の力で術を発動した。
「『糸惨・魔界のマーチ』!!」
かつて紫とスキマで対峙した際に使用した技であった。全身に仕込まれた“糸”が解放され、鋭い刃となって怪人に襲い掛かる。黒い、血とは呼べない物をまき散らして怪人は次々とバラバラになっていく。人形よりも無表情に立ち上がった彼女は、落ちていたグリモワールを拾い、大空に投げ上げた。天空でグリモワールは七色の光を放つ花火となり、役目を終えねぐらの異空間へと還って行く。
それに気付いた爆撃者は、地上で切り裂き魔と化しているアリスを発見する。
「おい、降りるからそれ止めろよ!」
アリスは微笑んで、荒れ狂う糸を止めた。爆撃者はヘリの如くその近くへ降りようとするが、ひるんでいた怪人がまた動こうとしたのを見るや、躊躇無く術を発動した。
「魔符『スターダストレヴァリエ』、拡散式!!」
周囲に星屑型のエネルギー弾が飛び、怪人を蹴散らす。
「ついでだ、持ってけ!!」
手に持った物を四方に投げつける。怪人、の一人がたまたまそれをキャッチした。キノコ、だと認識した瞬間をそれは爆発を起こした。
「さあ、アリス! 乗れ!」
「ええ!」
箒の後ろに躊躇無くアリスは飛び乗った。それが誰か知っていたから。その帽子も、黒白の服も、金髪も、勇ましい性格も。霧雨魔理沙は箒を垂直に上昇させると。一気に加速して怪人が集結していた公園から離れる。
「大丈夫か? アリス」
「私は‥‥ああっ! しゃんは‥‥」
人形達の名前を叫ぼうとしたアリスの横に、二体を抱きかかえて飛行する人影が現れた。
「あの気持ち悪い連中、人形遊びは趣味じゃ無かったみたいね。無事よ」
博麗霊夢はたすきで背中に二体をくくりつけていた。
「霊夢! 二人とも、なんでここに? 私は夢を見てるの?」
霊夢が無表情にアリスへ近づくと、強烈なデコピンを食らわした。
「痛い!!」
「夢や酔狂でこんなとこ来ないわよ。しっかり魔理沙に掴まっていなさい」
「とにかく、キャンプへ向かう!」
魔理沙は箒を加速させた。霊夢もそれに続く。
一方。アキオを連れ去ったトメは、人の居なくなったレストランで静かに食事をしていた。その脇では、青い顔をしたアキオが地べたに座り込んでいる。周囲には吐瀉物が撒き散らされ、凄まじい臭いが立ち込めていたが、トメは何事も無い様に料理を食べ続けていた。彼女の前の席。その上の空間に裂け目が現れた。華麗に椅子へ降り立ったのは、八雲紫である。
「ご相伴よろしいかしら? トメ」
「お久しぶりです、紫様」
若返った顔、それすら本当の顔なのか怪しいが、本性を現したトメは食器を置いて一礼した。
「でもここのレストランは従業員の躾がなってないわねー。客の周囲をこんな汚したままにするフツー? そこのボク、まさか従業員じゃないわよね?」
「ああ、これは放っておいて下され。わしの血を引いた獣人なら、人間の食い方など覚えておいても損は無いというのに……全く料理が冷めてしまう」
テーブルの上には一見普通の料理が置かれていたが、明らかに場違いな物が二つある。一つ、「何か」の掌。一つ、スープの中から外を「見ている」物。
「えー、可愛いとこあるじゃない。お姉さん気に入っちゃった♪」
「紫様、相変わらずですな」
紫は料理を口にし、にっこり笑った。
「さすがトメ、料理の腕は確かねー。でも、人間はみんああいつに乗っ取られちゃったんじゃなかったの?」
「ここの冷凍室に隠れておった娘がおりましてなぁ。活きがよくて助かりました」
「うふふ、いつかの時のプレゼントも活きがよくて美味しかったわ。二人とも、最後まで抵抗してね」
トメの顔が僅かに曇る。
「紫様、その話はまた今度にしてくだされ。今はあの事を」
「あーいいわよ。トメ、これがご褒美」
老婆だった妖怪は、その正体に相応しい不気味な笑みを浮かべて、紫の差し出した封筒を受け取った。だが中の紙を広げ、読み終えた顔から笑いは消えていた。
「この町を私に下さると?」
「そーよ! だってトメちゃんよくやってくれたじゃない。私の式達なんかよりずっといい働きをしてくれたわ! 昔なら一国一城の主よおめでとう♪」
「私は幻想郷の土地を欲しておりました。そして、紫様はそれを約定なさいました」
「だーかーらー♪ 代わりにここの土地をぜーんぶあげるの。一つの街を一人の人間が支配出来るなんて、ゆかりん羨ましいわぁ」
トメの口元に、また不気味な笑いが浮かんだ。
「この人っ子一人いない、廃墟の山を下さると? 貴方のためにひたすら働き、必要だからあの二人も消した。事が大きくなり始めたため、私はこちらの扉を閉めた。やがて、貴方は再び時が来た、と言って扉を開けさせ、あの娘が来た」
笑いが徐々に般若の引きつりへと歪んでいく。
「そして、奴らをおびき出した。私は、幻想郷に住む資格がある筈!!」
紫は袖口で口元を隠しながら、クスクス笑った。だがその目は、先刻の能天気な色から冷酷な魔性を宿している。
「私は土地をあげる、とは言ったけど、幻想郷に住まわせるとは言ってないわ」
「!!!」
「貴方は今後もここに残って私の手助けをするの。この街をまるごと裏から支配すれば、幾らでも好き放題出来るじゃない? 何が不満なの?」
「私は‥‥あの幻想郷の青い空、清い水のせせらぎ、人を堂々と襲える自由さ、それを今も忘れてはおりません!! いつか、いつかあそこへ帰る事を夢見てきたからこそ、貴方に協力したのですよ?!」
「そうね。幻想郷は確かに貴方を拒みはしない。でも」
紫はもはや笑っていなかった。
「残酷が足りないのよね、貴方の人生にはまだまだ。もーっと苦しんで、もーっとあがいてからでないと。この街程度の物、後百は落とさなければ釣り合わない」
俯いていたアキオの顔が、トメを見た。
「ばーちゃん‥‥」
「八雲紫。私にはそのスキマの攻撃も通用しないよ。私の力がお前に肉薄したからこそ、これまでやってこれた!」
紫がスキマを開こうとする。そこをトメの刀印が薙ぐ様に動いた。スキマは入りかけていた紫の右掌を齧る様に、閉じてしまった。
「見事ね。『閉じて開く程度の能力』」
スキマに挟まり切断された右手を、更にトメの刀印が指した。紫の右手先端の傷口が”開き”、肩口まで吹き飛ばした。さすがにスキマ妖怪の顔が歪む。
「私のスキマを直接封じ、敵の傷を増大させる技の冴え、今だ健在か」
「妖怪としての格は紫様に劣っても、この力は私を対等にする」
輝く板を消して見せたのもその力だった。
「いいでしょう。幻想郷でも外界でも、私に脅迫した者の末路は決まっている」
トメの姿が消え、その椅子がバラバラに切り裂かれた。側頭部に位置する大きな耳を覆った、特徴的な帽子の女性が現れた。そこへ、横合いからトメの手刀が刃物の様に叩き込まれる。
「藍。任せたわよ」
「紫様は今の内にご退避を」
紫の式、八雲藍はトメの攻撃を受け流しつつ、店外へ誘導していく。今夜は、特徴的な尻尾が見当たらない。
「さて……ねぇ、ボク?」
半ば廃人の様子で事の成り行きを見つめていたアキオは、近づいてくる紫を見ても、殆ど反応を示さない。
「お婆ちゃんの本当の姿、刺激的だったでしょ? 私たちはね、人を襲って食べないと存在出来ないの。肉をこうして食べる事もあるし、魂を貪るだけの事もある。そして、大切なのは」
紫は残った手でアキオの顎を優しく掴んだ。
「ボクもその血を引いてるの。私達の呼び方だと、”獣人 ”というのだけどね」
青ざめきったアキオの口から、かすれた声が漏れ出た。
「貴方は、両親の事も知ってるんですか?」
「どうでしょうねぇ? 頼みを聞いてくれれば、思い出すかも知れないわ」
「え?」
「ボク、私の手伝いをする気は?」
外の二人は、電柱と街灯の上にそれぞれ立ち位置を確保していた。レストランが轟音と共に吹き飛ぶ様を見て、藍に隙が出来た。その胸を微かに急接近したトメの手刀が掠める。服が裂けただけで傷こそ付かなかったが、藍の金色の瞳が釣り上がる。二人は瞬時に位置を入れ替えた。
「貴様、己の孫ごと爆破するとは! 鬼畜か?」
「妖怪さ。お前と同じく」
トメは店内に予め大量の爆薬を仕掛けていた。そして店内に残した盗聴器で会話を聞き、紫はともかくアキオには犠牲になって貰う事にしたのである。
「紫様がどんな手を打とうとその芽は潰していくだけさ」
上空から、呑気な声がした。
「ざーんねんねぇ? 火薬が一匙足りなかったわぁ」
スキマの中から紫と、少し髪が焦げたアキオが顔を見せていた。
「じゃ、このボクちゃんは借りてくからぁ。藍、後よろしくねぇ」
トメの刀印がスキマ封じに向けられる寸前、今度は藍が仕掛けた。左足の腿から先を飛ばされ、落ちるトメ。だが、藍も右肩に僅かだが反撃を受けた。道路に降りた藍のそこがミシミシを音を立て引き裂ける。全魔力で傷に抵抗する藍。かろうじて右手はぶら下がったが、もはや役には立たない。
「八雲藍。紫様のペット如きがなかなかやるねぇ?」
音も無く藍の前に現れたトメは、左足が戻っていた。傷を”閉じた”のだ。
「お前は外界に長く居すぎた。妖怪でも人間でもない、単なる化け物だな」
「国一つ乗っ取れずに人間に退治され、挙句他の妖怪にこき使われてる貴様の様な奴隷に比べればマシさ」
藍の背中に、九尾の尻尾が開いた。
「紫様は気紛れで残忍、かつ強欲なお方だ。だが幻想郷への愛は誰よりも深い。それこそ奴隷は誉め言葉」
無事な左手から、長大な爪が伸びた。トメも両手の手刀をかざし、攻撃の構えを取る。
「式神『十二神将の宴』」
ただ藍はそう宣言しただけで、何も起こらなかった。
「そうだった。お前も式を使うんだったねぇ。姿を見せなくして散らしでもしたかい?」
答えず、藍は真正面から突っ込んで来た。
「幾ら力があろうと式は式!!」
無防備に斬りかかる藍を、トメは易々と八つ裂きにした。
「!?」
藍の身体は霧消し、八雲の札が破れて散った。
「小賢しい!!」
次々と突っ込んでくる藍の姿を模した式を、片端から斬り裂くトメ。
「超人『飛翔役小角』!!」
突然、強力なオーラが式達の背後から感じられた。ひるんだトメに、式達が次々とタックルを仕掛ける。体勢を崩した彼女は、式の背中を蹴り、夜空に舞う藍の姿を刹那見た。超高速で斬り込んだ藍の爪は、トメの首を高く飛ばした。宙を舞いながら、トメは考えた。
(まだ間に合う! 首と胴体の傷を閉めれば!!)
藍の尻尾から回転する物体が打ち出された。その物体はトメの頭部の前で、花火が爆発した様に手足を広げる。トメの首は細切れとなって地上に落ちた。彼女に止めを刺した者、藍の式である橙は空中で回転し、地面に降り立つ。
「決まったね!」
続