※この作品はR-18です。

人形使いと人形と夏の思い出   作:量産機

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アリスの巨人殺し

 時間はやや前に戻る。

 魔理沙のいうキャンプ、とは大きな山荘だった。中へ入りアリスは疲れ切って倒れ込む。

「おい、しっかりしろ!」

「死にはしないわ‥‥でも辛い‥‥」

 魔理沙はアリスをリビングまで運び、霊夢は茶と食料を探しに行った。上海と蓬莱は静かにテーブルへ横たえられている。スカートの中をごそごそと探していた魔理沙は、液体の入った小瓶を出してきた。

「ほら、霧雨魔法店特性の精力剤だぜ」

「もう、こんな時に止めてよ」

「効果は霖之助で実験済みだから大丈夫!!」

「貴方が時々本当に人間なのか疑わしく思える事があるわ」

 軽口を叩きつつ、アリスは魔理沙の薬を飲み干した。数秒後、彼女の体は弓反りに跳ね上がり、顔を真っ赤にさせながら痙攣し始めた。

「ん? 間違ったかな?」

 小瓶を見つめる魔理沙を、アリスの靴底(脱がせていないだけで、山荘は基本土足禁止である)が蹴飛ばした。痙攣は治まっていたが、顔は真っ赤なままである。

「馬鹿ぁ! か、身体に火がついたみたいよ!!」

「そ、そんなに効いたか? 霖之助は店走り回るだけで済んだんだが」

「お風呂、お風呂は何処よぉ!? 冷やさないとどうかなっちゃいそうよ!!」

「こっちだぜ、手を貸すから」

 魔理沙の手を握った途端、アリスは全身を震わせた。

「アアアッ!!」

「どうした!?」

「知らない!! 早く連れてって!」

 トレイに色々乗せてきた霊夢は、この大騒ぎに目を白黒させていた。

 

 その後はアリスに合う下着があるかどうかで大騒ぎし、ようやく三人は一回のリビングでお茶を囲んでいた。

「最初に私達が連れて来られたのも、ここだったんだ」

 アリスは驚いた。

「じゃあ、貴方達もあんな苦しい思いをして運ばれてきたの? ここにもあの銀の板があるの?!」

「何を言ってるんだお前?」

 霊夢は目を細めた。

「アリス、貴方がこの外界で体験した事を話して貰える?」

 アリスは(アキオから魔力を貰った時とか)一部を伏せながら、大まかに説明した。

「不思議ね」

 お茶をすする霊夢。アリスは首を傾げる。

「何処が?」

「紫じゃなくて、貴方。八雲の札が遺跡に貼られていたなら、それは封印を意味するものでしょう? 何で虎口へ勝手に飛び込む様な真似をしたの?」

「あまりに何もない場所を調査しろと言われて、奥にあったのがこの札一枚よ? 挑戦と受け取らせて貰ったわけ」

 アリスは、今度の事態にはとことん乗る方針で突き進んできた。

「軽率よ。でも貴方がそこで何もしないで帰っても、紫はあの手この手で結局同じ道を辿らせたでしょうね」

「お、勘って奴か?」

「いいえ、単なる推理。紫が、自分の手が既に入っている場所へアリスを向かわせたのは、そこで彼女に何かをさせたかったからよ。だから、わざわざ恥辱を与えたうえ、何も無い現地で自分の札をちらつかせた」

「でも霊夢、お前は最初アリスに軽率だと」

「いきなり外界への通路に飛び込んだ事を指摘したまでよ。せめて引き返して仲間を呼ぶなり、もっと準備を整える位出来たはず。もう過ぎた事だから仕方無いけどね」

 アリスは居心地が悪そうだった。霊夢は続けた。

「あの後、貴方が行方不明になったって結構騒ぎになったのよ? 最初に騒いだのは魔理沙だけど」

「おい!?」

「事実でしょ。で、しばらく私も捜索に付き合わされて、その後紫にこの外界へ出る様依頼されたのよ。自覚は無いかも知れないけど、貴方を心配している人は意外と多いって事、覚えておいてね」

 霊夢は彼女なりに気遣って、アリスを窘めていた。

「ごめんね。幻想郷でもそんな事に‥‥」

「凹むのはまだ早いぜ。こっちの世界のあの怪人ども、どうすればいいんだか」

「直接戦った私ですらよく分からない奴よ。ただ、街の人は全滅させられたと見て間違いない。人の気配が全くしないもの」

 アリスは、アキオがどうなったのか、怪人達の中にいるのか、と気になった。そして、ある事を思い出した。

「ねぇ。なんで貴方達は飛べるの?」

 霊夢は無言のまま、アリスの靴を持ってきた。その靴裏に呪文を唱え、取り出したお札を押し付ける。札は靴と一体化した。

「この外界は地面を殆ど塗り固めているから、魔力の循環が悪いのよ。これなら、強引だけど小さな力を集中させて飛べる様になるわ」

「ありがとう」

「お礼は帰ってからのお楽しみにしておくわ。そろそろ、支度をしないと」

「あいつが何か分からないが、今の私達には倒す事しかできないぜ」

 三人は玄関へと向かった。

 

 公園の付近に、二十メートルはあろう黒い巨人が立っていた。飛来した三人が距離をとって対峙すると、巨人は口――無いが――を開いた。

「待っていた。幻想郷の者」

 相変わらず、大多数が一斉に同じ事を喋っている。アリスは、その身体が複数の人体を組み合せて作られた物だと気付いた。

「まず尋ねるわ! 貴方の内にアキオという人物はいる?」

「お前と行動を共にしていた者はいない」

「貴方は、何者なの?」

「我は幻想郷を守る。我は主に命ぜられて幻想郷を守る」

 霊夢が腕組みをした。

「紫、厄介なトラブルを抱え込んでいるみたいね」

 魔理沙は獰猛な笑みを浮かべた。

「何でもいいさ! 久々に一暴れ出来るってもんだぜ! ……ああ、アリス」

 またスカートの中や袋の中をゴソゴソと探っていた魔理沙は、アリスに何かを投げて寄越した。

「香霖堂からの配達品だ。送料と代引きは後で貰うぜ」

「え、これって?! ゴリアテ!?」

 小さな人形は、彼女が研究・開発していた物だった。早速”糸 ”で自らと接続する。

「嘘、結界回路が組み込まれているし、細部も完成してる…どうやって」

 その時、怪人、いやもう巨人というべきそれは、攻撃を開始した。全身から弾幕を乱射し始めたのである。

「うわあぁぁぁ!!」

 八卦炉を取り出してスパークの体勢に入っていた魔理沙は、慌てて回避する。

「弾幕ごっこも何もないわね。無粋だわ」

 霊夢はさすがに涼しい顔をして避けている。しかし、アリスの警告が飛んだ。

「油断しないで! 拡散がくるわよ!!」

 巨人は屈みこむと、散弾式の弾幕に切り替えた。

「面倒な奴だぜ!」

 三人は時々反撃を試みるも、巨人は何処吹く風といった様子である。しかも、三人をじっと体中の視線で観察している雰囲気も、霊夢には感じ取れた。

「嫌な奴ね。こちらの動きや攻撃を見極めて、一気に畳み掛けるつもりかも」

「お前達あいつの弾幕引き付けろ! 私が一発で決めてやるぜ」

「はいはい、あっち側に要望してね。自分を狙わない様にって」

 そんな中。アリスはある決意を固めた。

「二人とも、しばらく耐えて!!」

 そのまま後方へ飛び、地上へと降りていった。

 

 アリスはゴリアテ人形の接続を確認した。

(結界回路をにとりが上手く作ってくれてれば、この娘は!)

 指令が“糸”を伝わりゴリアテは起動した。

「ゴオオオオオオオオ!!!」

「!!! 何よこれ?! 何でこんな野太い声になっちゃったの!??」

 徐々に大きくなっていくゴリアテ。一メートル、二メートル、三メートル‥‥とここでアリスは更なる異常に気付いた。

「ちょ、もういいから! 止まりなさい! お人形がそんな大きくなっちゃってどうするのよー!!」

 服も大きくなるにつれてフルプレートアーマーへと変化していく。だが二頭身はそのままなので、勇ましいのか愛らしいのか判断に困る微妙な姿である。結局、巨人より頭一つは低い程度の大きさで成長(?)は止まった。アリスは諦めきった表情で肩をすくめた。

「ああ、にとり。帰ったら口の中に唐辛子とニンニク詰め込んでやるから!!  ゴリアテ! やっちゃいなさい!!」

 大きな騎士人形は、キョトンと主人を見下ろした。

「何やってんの?! ほら、あそこの大きな奴! 悪い奴よ!」

「ゴゴゴゴ」

 太い重低音が困った様な返事をする。アリスは頭がふらつくのを感じた。

(そういえば、この子はまだ“心”の調整が終わってなかった。そして、それは私の役目)

 ゴリアテは、上海や蓬莱ほど高度な判断力を有していない。単純な作業ですらこなすのが難しい程である。上から泣きそうな顔をして覗きこんでいる人形に、アリスは力強く頷いて見せた。

 

「吹き飛べっ!! 『恋符・マスタースパーク』」

 回避に優れた霊夢が敵をかく乱し、チャージを終えた魔理沙が十八番を叩き込んだ。光線が巨人の胸部に直撃するが、表面が僅かに焦げた程度である。華麗な回避の舞いを終えて、霊夢が魔理沙の隣に戻って来る。

「弾幕はパワーじゃなかったの?」

「もっとデカけりゃ一発だった! アリスは何やって‥‥え?」

「どうし‥‥!?」

 巨人も動きを止めた。二人と一匹は、ゆっくりとこっちへ近づいてくる物体を凝視していた。鋼鉄の甲冑をまとった、十八メートルサイズのお人形さんがゆっくりと歩いている。

「ほら、あんよが上手、あんよが上手!」

 ゴリアテの後頭部に立ったアリスが、“糸”で直接歩行訓練、いや操作しているのだ。霊夢が眉毛一つ動かさず言った。

「可愛らしい騎士様ね。頼もしく見えないのが残念だけど」

「いや、それ以前に戦えるのか? あれ」

「巨人は一目惚れしたようだけど?」

 確かに、巨人はじっとゴリアテを見つめたまま動かない。弾幕も放たず、凍り付いている。

「なあ、香霖堂の本で一度見たけど、外界だとこういうデカいのが暴れたら、何とか警備隊とかMADとかいうのが攻撃に来るんじゃないのか?」

「何が来ても無駄よ。今この町は大結界で覆われているわ。人っ子一人入れないわね」

「はぁ? お前ここに来ていつの間にそんな事を!?」

「あんたは外界の物好きなだけ漁ってたでしょ。私はきちんとお仕事してたの」

 ゴリアテが何かにつまずいて転んだ。家が幾つも派手に潰れる。アリスはバランスを崩しそうになりながら激励する。

「頑張って! 後少しだから!」

 人形は転んだまま、大声で泣き出した。バタバタと手足を動かし、大暴れする。そして声はあの野太いままである。アリスは宙に浮いて、地震が発生しているのに等しい後頭部をやり過ごしていた。

「あーもう泣かないの! 痛いの痛いの飛んでけー!! 大丈夫だから!」

「ゴォォォオオオオオオ!!!」

(ひどい、ひどすぎるわ! 私も泣きたくなってきた‥‥)

 この時、巨人が動き出した。泣いてるゴリアテに足音を立てて近づいてくる。

「ああっ! ゴリアテっ、戦闘態勢! ていうか立ちなさい!!」

 ゴリアテのバイザーが閉まる。それがますます事態を悪化させた。視界をいきなり塞がれた彼女は、パニックに陥っていた。とにかく、大声で泣く、泣く。

「本当可愛くない声」

「幻想郷にもいないぜ、あんな咆哮の人形‥‥メディスンが見たらやっぱり泣くぜ」

 二人は後方で観察しながら、のんびり空中で水筒の茶をすすっていた。

 

 巨人は無言のまま歩を進め、ついにゴリアテを見下ろす位置に来てしまった。

「!!」

 ゴリアテの眼前に、巨人が右手を差し伸べる。

「我はお前が不思議。我は主にお前を捧げる。お前は、本物の命となる」

 ゴリアテは、躊躇なく巨人の手を取った。そのまま、ゆっくりと起き上がる。

「ゴリアテ!!」

 危険を感じたアリスは、ゴリアテの制御を「指示」から「直接操作」に切り替えようとした。途端、魔力が逆流してアリスの身体を打った。巨人の手から、ゴリアテの内部に黒い何かが潜入し始めている。ダメージを受けながらも、アリスは憤怒の表情で“糸”を操った。

「知らないおじさんに着いて行っちゃ駄目よ!!」

 渾身の魔力が、巨人の侵略を弾き出そうとする。

「我はお前も捧げる。我は主に沢山の人形を捧げる」

 巨人の左手がアリスを素早く掴んだ。それはたちまち複数の人間体に分裂(アリスを捕らえたまま)し、一体がまた口から侵入しようとする。

(“糸”でこいつらを斬り裂けば私は助かる。でもゴリアテの浸食は!!)

「魔符『スターダストレヴァリエ』突撃式!!」

 巨人のテンプルに、文字通り弾丸が直撃した。特大の光をまとった少女の弾丸だ。結果は、目標の頭部に僅かな凹みが出来た程度だったが、巨人は横に揺らぎ、ゴリアテの手を離した。衝突の衝撃で箒ごと吹っ飛んでいく魔理沙に代わり、霊夢が凹みに小袋を投げつけた。轟音と爆炎が巨人の頭部を覆う。魔法の森の爆弾キノコをありったけぶつけたのである。

 霊夢はそのままアリスを捕らえている群へ突進した。彼女の口に侵入しかけていた者の延髄へ、素早く銀の針を突き立てる。瞬時にそいつは霧散した。そのまま優雅に舞う様な動きで、アリスに絡みついていた連中を次々と仕留めていく。頭部を失った巨人へ、ゴリアテの体内に潜入していた黒い物体が戻っていく。アリスはゴリアテの制御を取り戻した。霊夢が舞を終え、無表情に傍らへ立つ。

「ご生還おめでとう」

「これからよ! この子の力はこんなものじゃない!」

「無駄ね。同じ事の繰り返しよ。分かってるでしょ?」

「じゃあ、どうするのよ!? 他に打つ手なんて無いのよ?!」

 霊夢の平手が、鋭くアリスの頬で音を立てた。

「頭を冷やして。今眼前であいつはもう再生を半ば終えている。先刻は不意を突けたから援護出来たけど、次は難しいわ。あいつを倒せるのは、人形達だけよ」

アリスは霊夢が何故複数形を使ったか、すぐに理解はした。だが、それを認めたくはなかった。

「出来るわけ無いじゃない!! あの子達は壊れかけてるのよ?!」

「もう時間は無いのよ? 二つの意味でね。ほら、巨人はもう再生を終えたわ」

 体勢を立て直した魔理沙がレーザーを放ち牽制するも、再び弾幕の嵐を浴び、ギリギリの所で回避し続けている。

「そして、紫は多分何処かでこの戦いを笑いながら見ている‥‥貴方とゴリアテが乗っ取られたら、私と魔理沙に命ずるでしょう。諸共、吹き飛ばせとね」

「貴方達にはそういう依頼もなされていたの?」

「私はただ、勘を述べたまでよ。人形達が完全に壊れてしまうかどうかは、貴方が如何に上手く早く片を付けられるかにかかってる筈。なら、みんなが生き延びる道を選ぶべきじゃない?」

 アリスは目を閉じた。遠く離れていても、まだ”糸”の接続は繋がっている。

(シャンハーイ!!)

(ホラーイ!!)

 二体の健気な声が聞こえた。

(私も人形、ね。歪んだ出来損ないの)

 アリスの顔から表情が消えた。

(上海、蓬莱。貴方達の”心”を借りるわ)

 それは相手に同意を得る事も無い、命令だった。更に、彼女の身体自身にも変化が起きる。目から生気が消え、肌の色は無機質へと変化、手足が細く縮んでいく。

(人形化)

 アリスはゴリアテとより強く繋がるため、自らの姿も人形へと擬していた。霊夢は彼女の背後で印を切り、両手を肩に置いた。

(孤軍の魔理沙には悪いけど、焚き付けた責任もあるからね)

 霊夢の魔力支援を受けつつ、アリスはゴリアテの中枢を猛スピードで書き換え始める。

(上海、蓬莱の“心”を基礎に、ゴリアテの基本自我を形成。それを私の意思と同調させる)

 

 この間、魔理沙は一人で奮戦していた。弾幕を避け、一撃一撃を果敢に叩き込む。巨人は先刻の攻撃で僅かに身体のサイズが縮んではいるが、魔法使い一人でどうにかなるものではない。

「魔法使い。我はお前に敬意を表する。我はお前を認める」

 左手が天空に向けられた。

「落崩『犠牲の多弾頭』」

 左手が弾け、魔理沙の上空に何かが撒き散らされた。箒を急降下させ、回避行動に移る魔理沙。空から、巨人を構成していた一体一体が、弾幕を撃ちながら落下してくる。地上スレスレを飛行しながらその猛射を外した魔理沙。だが、大地に激突して次々砕けた者達から、黒い触手が湧き出て魔理沙を追う。

「ブレイジングスター!」

 マスタースパークを後方に撃って突撃するこの技は、後方から追いすがる敵を消し去る事も出来た。だが、触手達は直線的な射線を読み、放射状に広がって回避。更に、触手が放った弾幕が、魔理沙の前方の信号機や街灯を破壊し始めた。加速していた魔理沙はこれらを避けきれず、遂には衝突して前のめりに吹っ飛ばされた。魔理沙が窮地に陥った瞬間である。巨人の顔面に、鋼鉄色の鉄拳が叩き込まれた。ようやく、アリスがゴリアテとの同調を完成させたのだった。よろめく巨人へ、ショルダータックルが決まる。背後の建物を潰しながら、巨人は吹っ飛んだ。触手も、統制を失ったのか力無く崩れ落ちる。

「アリス、後は任せるけど無理はしないでね?」

 霊夢はそう言い残し、魔理沙の救助へと飛んだ。今のアリス自身には外部の音はほぼ聞こえていない。

(双剣展開!!)

 ゴリアテが手を天にかざすと、光と共に二本の長剣が現れた。その剣を手に取り、ゴリアテは突撃する。

(斬!)

 上体を起こした巨人は、まず袈裟斬りにされ、止めとばかり首も飛ばされた。天空に霊夢と退避していた魔理沙がつぶやく。

「やったぜ!」

 しかし、巨人の残った身体は右腕を平然と上げると、地面を貫き手で突き破った。そして、一度は失われた左手が再生を始めたのである。頭部も飛来し、元の場所に納まる。霊夢がさすがに眉をひそめた。

「塗り固めた地面を突き破って、土の中の生き物に憑依したんだわ。もう何でもありね」

「どうする? 私は、まだとっておきを残してはいる」

「躊躇っている間は無さそうね。合図したら、頼むわよ」

 霊夢は単身ゴリアテに向かった。ゴリアテを操縦するアリスの肩に手を置き、直接心に語りかける。

(アリス。まずあいつの動きを物理的に止めて。ただし、“斬って”は駄目よ)

 返事も聞かず、霊夢は空高く舞い上がり、真言と印を切り始めた。アリスが承知したかは分からないが、彼女はゴリアテに別の命令を下していた。

(装備、双剣を解除。代わりに蓬莱槍を展開)

 双剣が輝き、次の瞬間には一本の長槍へと変化していた。かつて、巨人の仲間であった獣を葬った因縁の武器でもある。

(全力を以てジャンプ)

 跳ねる、というより何かに吊られた様な不自然な浮き上がりだったが、ゴリアテは初めて空を舞った。巨人が両手をゴリアテに向けると同時に、槍が天空から投げられた。槍は巨人の胸を貫き、大地に縫い付ける。迎撃態勢を崩して槍を抜こうとした巨人の前に、霊夢が舞い降りた。

「『夢想封印』」

 掌から撃ちだされた小さな光の珠が巨人にぶつかるや、その全身を光が覆った。如何なる妖怪をも封じてしまうと言われる、博麗の巫女の奥義の一つ。だが、巨人はまだ光の中でも抵抗を続けている。刺さっていた槍を、渾身の力で抜き取ってしまった。

「今よ、魔理沙」

「ファイナルマスタースパーク!!!」

 槍が抜けた瞬間、その胸元の結界にも僅かな穴が空いていた。そこ目がけて魔理沙の最大出力の光線が放たれたのである。光線は結界の穴をこじ開け、内部へ突入する。光線は繰り返し跳ね返り、巨人の身体を焼いていく。

「我‥‥幻‥‥愛す」

 誰にも聞こえない最後の言葉を放ち、巨人は燃え尽きていった。巨人が消えるのと同時に、ゴリアテも身体のあちこちから煙を吹いた。その身体がみるみる内に縮んでいく。霊夢達が到着すると、小さくなったゴリアテと、その脇で半死半生のアリスが倒れていた。魔理沙が抱き上げ身体を揺さぶる。

「おい、アリス!」

 眼は開いていても、全く反応は無い。霊夢が脈を診た。

「ここから竹林は遠すぎるわね。急いで根拠地へ戻るわよ。ゴリアテも忘れないであげてね」

 霊夢達はアリスを背負い、ゴリアテを回収すると最加速で飛び立った。

 

 山荘に三人が戻ると、見覚えのある胡散臭い笑顔が出迎えた。更に、見知った顔と初めて見る者も。

「あらー、あいつの討伐ご苦労さま♪ 二人が元気で何より、ゆかりん嬉しいわ♪」

 霊夢は鋭い視線を投げ、魔理沙は無表情でそれに応じた。

「アリスちゃんも無事だったの。これは意外なオマケねー」

 その額に針が突き刺さったが、笑顔を全く崩さずにこれを抜いて見せる。

「いったーい♪ 霊夢ったら冗談キツいわよ」

 何が嬉しいのか、一人ではしゃぐ紫を皆は完全に無視した。アリスを寝室に運び、丁寧に寝かせる。

「どうすればいいんだよ? アリスは今どうなってるんだ!?」

「ゴリアテを制御するために、自分の存在を人形とほぼ一体化させたのよ。更に、外部からの制御を中継接続したの」

「何言ってるのか全然分からないよ!!」

「要はひどく無茶したの! 貴方こそ何か考えなさい!」

 霊夢も混乱していた。複数の針を取り出す。

「何すんだよ!」

「経絡に針を打ち込んで、直接魔力を流し込むのよ。身体が耐えきればどうにかなるわ」

「殺す気か!! 私のキノコ剤を使えば、何とかなるかも知れない!」

「効果がはっきりしない物なんか使わないでよ!! どうすれば……あいつに頼んで、永琳を呼んでくるしかないの!?」

 この様子を、紫は邪悪な微笑みで背後から見守っていた。だが、部屋に近付く足音に気付くとスキマに消える。

「二人とも、落ち着け」

 知性と包容力を備えた声が、部屋の入口で響いた。霊夢が驚いて振り返る。

「上白沢慧音!?」

 獣人ワーハクタクにして、人里の守護者、更には寺子屋恐怖の頭突き先生でもある慧音は、何も書かれていない和紙をアリスの上に広げた。矢立を取り出し、筆に墨を含ませる。

「何をする気だ?」

「彼女は身体と魔力双方にダメージを負っている。ならば、その負担を軽減してやればいい」

 慧音の口から呪文が流れだし、それに合わせ手が和紙の上を素早く動き始めた。誰の目にも意味が分からない文様が描き出されていく。紙が全て埋め尽くされると、慧音は両端を摘まんで持ち上げた。その視線が上下左右に動き、ある一点で止まった。特に線が複雑に絡み、交差している部分である。

「博麗の巫女、中心に針を」

 銀の光が素早くそこへ吸い込まれる。慧音が口を開けると、針を中心に文様が消えていく。魔理沙が心配そうに口を開いた。

「な、なあ、何してんだ?」

「アリスの歴史の一部を呑んだ。一時的に心と体の苦しみを切り離して、体力の回復を待つ」

「で、戻せるのか?」

「当たり前だ。ただ、その後は彼女次第だろうな」

 慧音は立ち上がりながら告げた。霊夢が紙を受け取り、結界を張って保護する。

「後は肉体の回復、慧音、ちょっと手伝って」

「分かった」

 部屋を出ていく二人。魔理沙はただアリスを見ている事しか出来なかった。

 

 やがて、お椀に何かを入れて霊夢達が戻ってきた。それを魔理沙に渡す。

「さあ、魔理沙。口移しで飲ませてあげて」

「これは‥‥符水‥‥ってなんで私が?!」

 慧音が当然の様に言った。

「問題は無い。アリスはお前に一番心を許しているから、効き目が強いだけだ」

「ええっ?!」

「歴史を作る身は、時として厄介な事を知るものだ」

「この!! 後でその歴史ぶっ壊すぜ」

「無理だ。私の中のハクタクと直接対決でもしないとな。それに私は天狗達と違い、口は堅い。安心しろ」

「覚えてろよ! で、この符水はどこから?」

 霊夢がイラつきなが答える。

「慧音に歴史を遡って貰ったら、偶然幻想郷に作り手がいたのよ。そのやり方を私が再現しただけ。早くやんなさいよ!」

 魔理沙は水を口にし、アリスに口づけした。幸い、水はスム-ズにアリスの喉を通っていく。

「文の奴がいたらどうなってたか」

 霊夢が軽く伸びをした。

「アリスはしばらく休ませてあげましょう。こっちも疲れたわ」

 慧音が椅子をアリスのベッド脇に置く。

「私が見ているよ。お前たちは湯を使って、何か食べてくるといい」

「いいでしょう。でも、後で貴方がここにいる理由を聞かせて貰うからね」

「無論だ」

 二人が去るのを見届け、慧音はアリスを無言で見つめた。更に、窓のカーテンを開ける。 街のあちこちに火が見えた。それを消す者も、避難する者も、誰もいない。

(この街は死んだ。これは、誰の過ちなのだ? 人か、妖怪か? そして、私は……嫌でもその真実を知る事になる)

 慧音はカーテンを閉めた。

 

「そう。トメを仕留めたのね。ご苦労様、藍」

「もう一つご報告があります。トメの半壊した家を調べた所、まだ『通路』は生きております」

「それは良かったわ♪ 用があるまで、右手の再生に専念して」

「はっ」

 中身無く垂れた右袖が揺れた。藍は、使い物にならなくなった右手を自ら斬り捨てたのである。去る式を見送りもせず、紫は足元の魔方陣を見つめた。その中心には、アキオが昏睡している。

「貴方は私を失望させないでね? ボク♪」

 

 つづく

 

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