時間はやや前に戻る。
魔理沙のいうキャンプ、とは大きな山荘だった。中へ入りアリスは疲れ切って倒れ込む。
「おい、しっかりしろ!」
「死にはしないわ‥‥でも辛い‥‥」
魔理沙はアリスをリビングまで運び、霊夢は茶と食料を探しに行った。上海と蓬莱は静かにテーブルへ横たえられている。スカートの中をごそごそと探していた魔理沙は、液体の入った小瓶を出してきた。
「ほら、霧雨魔法店特性の精力剤だぜ」
「もう、こんな時に止めてよ」
「効果は霖之助で実験済みだから大丈夫!!」
「貴方が時々本当に人間なのか疑わしく思える事があるわ」
軽口を叩きつつ、アリスは魔理沙の薬を飲み干した。数秒後、彼女の体は弓反りに跳ね上がり、顔を真っ赤にさせながら痙攣し始めた。
「ん? 間違ったかな?」
小瓶を見つめる魔理沙を、アリスの靴底(脱がせていないだけで、山荘は基本土足禁止である)が蹴飛ばした。痙攣は治まっていたが、顔は真っ赤なままである。
「馬鹿ぁ! か、身体に火がついたみたいよ!!」
「そ、そんなに効いたか? 霖之助は店走り回るだけで済んだんだが」
「お風呂、お風呂は何処よぉ!? 冷やさないとどうかなっちゃいそうよ!!」
「こっちだぜ、手を貸すから」
魔理沙の手を握った途端、アリスは全身を震わせた。
「アアアッ!!」
「どうした!?」
「知らない!! 早く連れてって!」
トレイに色々乗せてきた霊夢は、この大騒ぎに目を白黒させていた。
その後はアリスに合う下着があるかどうかで大騒ぎし、ようやく三人は一回のリビングでお茶を囲んでいた。
「最初に私達が連れて来られたのも、ここだったんだ」
アリスは驚いた。
「じゃあ、貴方達もあんな苦しい思いをして運ばれてきたの? ここにもあの銀の板があるの?!」
「何を言ってるんだお前?」
霊夢は目を細めた。
「アリス、貴方がこの外界で体験した事を話して貰える?」
アリスは(アキオから魔力を貰った時とか)一部を伏せながら、大まかに説明した。
「不思議ね」
お茶をすする霊夢。アリスは首を傾げる。
「何処が?」
「紫じゃなくて、貴方。八雲の札が遺跡に貼られていたなら、それは封印を意味するものでしょう? 何で虎口へ勝手に飛び込む様な真似をしたの?」
「あまりに何もない場所を調査しろと言われて、奥にあったのがこの札一枚よ? 挑戦と受け取らせて貰ったわけ」
アリスは、今度の事態にはとことん乗る方針で突き進んできた。
「軽率よ。でも貴方がそこで何もしないで帰っても、紫はあの手この手で結局同じ道を辿らせたでしょうね」
「お、勘って奴か?」
「いいえ、単なる推理。紫が、自分の手が既に入っている場所へアリスを向かわせたのは、そこで彼女に何かをさせたかったからよ。だから、わざわざ恥辱を与えたうえ、何も無い現地で自分の札をちらつかせた」
「でも霊夢、お前は最初アリスに軽率だと」
「いきなり外界への通路に飛び込んだ事を指摘したまでよ。せめて引き返して仲間を呼ぶなり、もっと準備を整える位出来たはず。もう過ぎた事だから仕方無いけどね」
アリスは居心地が悪そうだった。霊夢は続けた。
「あの後、貴方が行方不明になったって結構騒ぎになったのよ? 最初に騒いだのは魔理沙だけど」
「おい!?」
「事実でしょ。で、しばらく私も捜索に付き合わされて、その後紫にこの外界へ出る様依頼されたのよ。自覚は無いかも知れないけど、貴方を心配している人は意外と多いって事、覚えておいてね」
霊夢は彼女なりに気遣って、アリスを窘めていた。
「ごめんね。幻想郷でもそんな事に‥‥」
「凹むのはまだ早いぜ。こっちの世界のあの怪人ども、どうすればいいんだか」
「直接戦った私ですらよく分からない奴よ。ただ、街の人は全滅させられたと見て間違いない。人の気配が全くしないもの」
アリスは、アキオがどうなったのか、怪人達の中にいるのか、と気になった。そして、ある事を思い出した。
「ねぇ。なんで貴方達は飛べるの?」
霊夢は無言のまま、アリスの靴を持ってきた。その靴裏に呪文を唱え、取り出したお札を押し付ける。札は靴と一体化した。
「この外界は地面を殆ど塗り固めているから、魔力の循環が悪いのよ。これなら、強引だけど小さな力を集中させて飛べる様になるわ」
「ありがとう」
「お礼は帰ってからのお楽しみにしておくわ。そろそろ、支度をしないと」
「あいつが何か分からないが、今の私達には倒す事しかできないぜ」
三人は玄関へと向かった。
公園の付近に、二十メートルはあろう黒い巨人が立っていた。飛来した三人が距離をとって対峙すると、巨人は口――無いが――を開いた。
「待っていた。幻想郷の者」
相変わらず、大多数が一斉に同じ事を喋っている。アリスは、その身体が複数の人体を組み合せて作られた物だと気付いた。
「まず尋ねるわ! 貴方の内にアキオという人物はいる?」
「お前と行動を共にしていた者はいない」
「貴方は、何者なの?」
「我は幻想郷を守る。我は主に命ぜられて幻想郷を守る」
霊夢が腕組みをした。
「紫、厄介なトラブルを抱え込んでいるみたいね」
魔理沙は獰猛な笑みを浮かべた。
「何でもいいさ! 久々に一暴れ出来るってもんだぜ! ……ああ、アリス」
またスカートの中や袋の中をゴソゴソと探っていた魔理沙は、アリスに何かを投げて寄越した。
「香霖堂からの配達品だ。送料と代引きは後で貰うぜ」
「え、これって?! ゴリアテ!?」
小さな人形は、彼女が研究・開発していた物だった。早速”糸 ”で自らと接続する。
「嘘、結界回路が組み込まれているし、細部も完成してる…どうやって」
その時、怪人、いやもう巨人というべきそれは、攻撃を開始した。全身から弾幕を乱射し始めたのである。
「うわあぁぁぁ!!」
八卦炉を取り出してスパークの体勢に入っていた魔理沙は、慌てて回避する。
「弾幕ごっこも何もないわね。無粋だわ」
霊夢はさすがに涼しい顔をして避けている。しかし、アリスの警告が飛んだ。
「油断しないで! 拡散がくるわよ!!」
巨人は屈みこむと、散弾式の弾幕に切り替えた。
「面倒な奴だぜ!」
三人は時々反撃を試みるも、巨人は何処吹く風といった様子である。しかも、三人をじっと体中の視線で観察している雰囲気も、霊夢には感じ取れた。
「嫌な奴ね。こちらの動きや攻撃を見極めて、一気に畳み掛けるつもりかも」
「お前達あいつの弾幕引き付けろ! 私が一発で決めてやるぜ」
「はいはい、あっち側に要望してね。自分を狙わない様にって」
そんな中。アリスはある決意を固めた。
「二人とも、しばらく耐えて!!」
そのまま後方へ飛び、地上へと降りていった。
アリスはゴリアテ人形の接続を確認した。
(結界回路をにとりが上手く作ってくれてれば、この娘は!)
指令が“糸”を伝わりゴリアテは起動した。
「ゴオオオオオオオオ!!!」
「!!! 何よこれ?! 何でこんな野太い声になっちゃったの!??」
徐々に大きくなっていくゴリアテ。一メートル、二メートル、三メートル‥‥とここでアリスは更なる異常に気付いた。
「ちょ、もういいから! 止まりなさい! お人形がそんな大きくなっちゃってどうするのよー!!」
服も大きくなるにつれてフルプレートアーマーへと変化していく。だが二頭身はそのままなので、勇ましいのか愛らしいのか判断に困る微妙な姿である。結局、巨人より頭一つは低い程度の大きさで成長(?)は止まった。アリスは諦めきった表情で肩をすくめた。
「ああ、にとり。帰ったら口の中に唐辛子とニンニク詰め込んでやるから!! ゴリアテ! やっちゃいなさい!!」
大きな騎士人形は、キョトンと主人を見下ろした。
「何やってんの?! ほら、あそこの大きな奴! 悪い奴よ!」
「ゴゴゴゴ」
太い重低音が困った様な返事をする。アリスは頭がふらつくのを感じた。
(そういえば、この子はまだ“心”の調整が終わってなかった。そして、それは私の役目)
ゴリアテは、上海や蓬莱ほど高度な判断力を有していない。単純な作業ですらこなすのが難しい程である。上から泣きそうな顔をして覗きこんでいる人形に、アリスは力強く頷いて見せた。
「吹き飛べっ!! 『恋符・マスタースパーク』」
回避に優れた霊夢が敵をかく乱し、チャージを終えた魔理沙が十八番を叩き込んだ。光線が巨人の胸部に直撃するが、表面が僅かに焦げた程度である。華麗な回避の舞いを終えて、霊夢が魔理沙の隣に戻って来る。
「弾幕はパワーじゃなかったの?」
「もっとデカけりゃ一発だった! アリスは何やって‥‥え?」
「どうし‥‥!?」
巨人も動きを止めた。二人と一匹は、ゆっくりとこっちへ近づいてくる物体を凝視していた。鋼鉄の甲冑をまとった、十八メートルサイズのお人形さんがゆっくりと歩いている。
「ほら、あんよが上手、あんよが上手!」
ゴリアテの後頭部に立ったアリスが、“糸”で直接歩行訓練、いや操作しているのだ。霊夢が眉毛一つ動かさず言った。
「可愛らしい騎士様ね。頼もしく見えないのが残念だけど」
「いや、それ以前に戦えるのか? あれ」
「巨人は一目惚れしたようだけど?」
確かに、巨人はじっとゴリアテを見つめたまま動かない。弾幕も放たず、凍り付いている。
「なあ、香霖堂の本で一度見たけど、外界だとこういうデカいのが暴れたら、何とか警備隊とかMADとかいうのが攻撃に来るんじゃないのか?」
「何が来ても無駄よ。今この町は大結界で覆われているわ。人っ子一人入れないわね」
「はぁ? お前ここに来ていつの間にそんな事を!?」
「あんたは外界の物好きなだけ漁ってたでしょ。私はきちんとお仕事してたの」
ゴリアテが何かにつまずいて転んだ。家が幾つも派手に潰れる。アリスはバランスを崩しそうになりながら激励する。
「頑張って! 後少しだから!」
人形は転んだまま、大声で泣き出した。バタバタと手足を動かし、大暴れする。そして声はあの野太いままである。アリスは宙に浮いて、地震が発生しているのに等しい後頭部をやり過ごしていた。
「あーもう泣かないの! 痛いの痛いの飛んでけー!! 大丈夫だから!」
「ゴォォォオオオオオオ!!!」
(ひどい、ひどすぎるわ! 私も泣きたくなってきた‥‥)
この時、巨人が動き出した。泣いてるゴリアテに足音を立てて近づいてくる。
「ああっ! ゴリアテっ、戦闘態勢! ていうか立ちなさい!!」
ゴリアテのバイザーが閉まる。それがますます事態を悪化させた。視界をいきなり塞がれた彼女は、パニックに陥っていた。とにかく、大声で泣く、泣く。
「本当可愛くない声」
「幻想郷にもいないぜ、あんな咆哮の人形‥‥メディスンが見たらやっぱり泣くぜ」
二人は後方で観察しながら、のんびり空中で水筒の茶をすすっていた。
巨人は無言のまま歩を進め、ついにゴリアテを見下ろす位置に来てしまった。
「!!」
ゴリアテの眼前に、巨人が右手を差し伸べる。
「我はお前が不思議。我は主にお前を捧げる。お前は、本物の命となる」
ゴリアテは、躊躇なく巨人の手を取った。そのまま、ゆっくりと起き上がる。
「ゴリアテ!!」
危険を感じたアリスは、ゴリアテの制御を「指示」から「直接操作」に切り替えようとした。途端、魔力が逆流してアリスの身体を打った。巨人の手から、ゴリアテの内部に黒い何かが潜入し始めている。ダメージを受けながらも、アリスは憤怒の表情で“糸”を操った。
「知らないおじさんに着いて行っちゃ駄目よ!!」
渾身の魔力が、巨人の侵略を弾き出そうとする。
「我はお前も捧げる。我は主に沢山の人形を捧げる」
巨人の左手がアリスを素早く掴んだ。それはたちまち複数の人間体に分裂(アリスを捕らえたまま)し、一体がまた口から侵入しようとする。
(“糸”でこいつらを斬り裂けば私は助かる。でもゴリアテの浸食は!!)
「魔符『スターダストレヴァリエ』突撃式!!」
巨人のテンプルに、文字通り弾丸が直撃した。特大の光をまとった少女の弾丸だ。結果は、目標の頭部に僅かな凹みが出来た程度だったが、巨人は横に揺らぎ、ゴリアテの手を離した。衝突の衝撃で箒ごと吹っ飛んでいく魔理沙に代わり、霊夢が凹みに小袋を投げつけた。轟音と爆炎が巨人の頭部を覆う。魔法の森の爆弾キノコをありったけぶつけたのである。
霊夢はそのままアリスを捕らえている群へ突進した。彼女の口に侵入しかけていた者の延髄へ、素早く銀の針を突き立てる。瞬時にそいつは霧散した。そのまま優雅に舞う様な動きで、アリスに絡みついていた連中を次々と仕留めていく。頭部を失った巨人へ、ゴリアテの体内に潜入していた黒い物体が戻っていく。アリスはゴリアテの制御を取り戻した。霊夢が舞を終え、無表情に傍らへ立つ。
「ご生還おめでとう」
「これからよ! この子の力はこんなものじゃない!」
「無駄ね。同じ事の繰り返しよ。分かってるでしょ?」
「じゃあ、どうするのよ!? 他に打つ手なんて無いのよ?!」
霊夢の平手が、鋭くアリスの頬で音を立てた。
「頭を冷やして。今眼前であいつはもう再生を半ば終えている。先刻は不意を突けたから援護出来たけど、次は難しいわ。あいつを倒せるのは、人形達だけよ」
アリスは霊夢が何故複数形を使ったか、すぐに理解はした。だが、それを認めたくはなかった。
「出来るわけ無いじゃない!! あの子達は壊れかけてるのよ?!」
「もう時間は無いのよ? 二つの意味でね。ほら、巨人はもう再生を終えたわ」
体勢を立て直した魔理沙がレーザーを放ち牽制するも、再び弾幕の嵐を浴び、ギリギリの所で回避し続けている。
「そして、紫は多分何処かでこの戦いを笑いながら見ている‥‥貴方とゴリアテが乗っ取られたら、私と魔理沙に命ずるでしょう。諸共、吹き飛ばせとね」
「貴方達にはそういう依頼もなされていたの?」
「私はただ、勘を述べたまでよ。人形達が完全に壊れてしまうかどうかは、貴方が如何に上手く早く片を付けられるかにかかってる筈。なら、みんなが生き延びる道を選ぶべきじゃない?」
アリスは目を閉じた。遠く離れていても、まだ”糸”の接続は繋がっている。
(シャンハーイ!!)
(ホラーイ!!)
二体の健気な声が聞こえた。
(私も人形、ね。歪んだ出来損ないの)
アリスの顔から表情が消えた。
(上海、蓬莱。貴方達の”心”を借りるわ)
それは相手に同意を得る事も無い、命令だった。更に、彼女の身体自身にも変化が起きる。目から生気が消え、肌の色は無機質へと変化、手足が細く縮んでいく。
(人形化)
アリスはゴリアテとより強く繋がるため、自らの姿も人形へと擬していた。霊夢は彼女の背後で印を切り、両手を肩に置いた。
(孤軍の魔理沙には悪いけど、焚き付けた責任もあるからね)
霊夢の魔力支援を受けつつ、アリスはゴリアテの中枢を猛スピードで書き換え始める。
(上海、蓬莱の“心”を基礎に、ゴリアテの基本自我を形成。それを私の意思と同調させる)
この間、魔理沙は一人で奮戦していた。弾幕を避け、一撃一撃を果敢に叩き込む。巨人は先刻の攻撃で僅かに身体のサイズが縮んではいるが、魔法使い一人でどうにかなるものではない。
「魔法使い。我はお前に敬意を表する。我はお前を認める」
左手が天空に向けられた。
「落崩『犠牲の多弾頭』」
左手が弾け、魔理沙の上空に何かが撒き散らされた。箒を急降下させ、回避行動に移る魔理沙。空から、巨人を構成していた一体一体が、弾幕を撃ちながら落下してくる。地上スレスレを飛行しながらその猛射を外した魔理沙。だが、大地に激突して次々砕けた者達から、黒い触手が湧き出て魔理沙を追う。
「ブレイジングスター!」
マスタースパークを後方に撃って突撃するこの技は、後方から追いすがる敵を消し去る事も出来た。だが、触手達は直線的な射線を読み、放射状に広がって回避。更に、触手が放った弾幕が、魔理沙の前方の信号機や街灯を破壊し始めた。加速していた魔理沙はこれらを避けきれず、遂には衝突して前のめりに吹っ飛ばされた。魔理沙が窮地に陥った瞬間である。巨人の顔面に、鋼鉄色の鉄拳が叩き込まれた。ようやく、アリスがゴリアテとの同調を完成させたのだった。よろめく巨人へ、ショルダータックルが決まる。背後の建物を潰しながら、巨人は吹っ飛んだ。触手も、統制を失ったのか力無く崩れ落ちる。
「アリス、後は任せるけど無理はしないでね?」
霊夢はそう言い残し、魔理沙の救助へと飛んだ。今のアリス自身には外部の音はほぼ聞こえていない。
(双剣展開!!)
ゴリアテが手を天にかざすと、光と共に二本の長剣が現れた。その剣を手に取り、ゴリアテは突撃する。
(斬!)
上体を起こした巨人は、まず袈裟斬りにされ、止めとばかり首も飛ばされた。天空に霊夢と退避していた魔理沙がつぶやく。
「やったぜ!」
しかし、巨人の残った身体は右腕を平然と上げると、地面を貫き手で突き破った。そして、一度は失われた左手が再生を始めたのである。頭部も飛来し、元の場所に納まる。霊夢がさすがに眉をひそめた。
「塗り固めた地面を突き破って、土の中の生き物に憑依したんだわ。もう何でもありね」
「どうする? 私は、まだとっておきを残してはいる」
「躊躇っている間は無さそうね。合図したら、頼むわよ」
霊夢は単身ゴリアテに向かった。ゴリアテを操縦するアリスの肩に手を置き、直接心に語りかける。
(アリス。まずあいつの動きを物理的に止めて。ただし、“斬って”は駄目よ)
返事も聞かず、霊夢は空高く舞い上がり、真言と印を切り始めた。アリスが承知したかは分からないが、彼女はゴリアテに別の命令を下していた。
(装備、双剣を解除。代わりに蓬莱槍を展開)
双剣が輝き、次の瞬間には一本の長槍へと変化していた。かつて、巨人の仲間であった獣を葬った因縁の武器でもある。
(全力を以てジャンプ)
跳ねる、というより何かに吊られた様な不自然な浮き上がりだったが、ゴリアテは初めて空を舞った。巨人が両手をゴリアテに向けると同時に、槍が天空から投げられた。槍は巨人の胸を貫き、大地に縫い付ける。迎撃態勢を崩して槍を抜こうとした巨人の前に、霊夢が舞い降りた。
「『夢想封印』」
掌から撃ちだされた小さな光の珠が巨人にぶつかるや、その全身を光が覆った。如何なる妖怪をも封じてしまうと言われる、博麗の巫女の奥義の一つ。だが、巨人はまだ光の中でも抵抗を続けている。刺さっていた槍を、渾身の力で抜き取ってしまった。
「今よ、魔理沙」
「ファイナルマスタースパーク!!!」
槍が抜けた瞬間、その胸元の結界にも僅かな穴が空いていた。そこ目がけて魔理沙の最大出力の光線が放たれたのである。光線は結界の穴をこじ開け、内部へ突入する。光線は繰り返し跳ね返り、巨人の身体を焼いていく。
「我‥‥幻‥‥愛す」
誰にも聞こえない最後の言葉を放ち、巨人は燃え尽きていった。巨人が消えるのと同時に、ゴリアテも身体のあちこちから煙を吹いた。その身体がみるみる内に縮んでいく。霊夢達が到着すると、小さくなったゴリアテと、その脇で半死半生のアリスが倒れていた。魔理沙が抱き上げ身体を揺さぶる。
「おい、アリス!」
眼は開いていても、全く反応は無い。霊夢が脈を診た。
「ここから竹林は遠すぎるわね。急いで根拠地へ戻るわよ。ゴリアテも忘れないであげてね」
霊夢達はアリスを背負い、ゴリアテを回収すると最加速で飛び立った。
山荘に三人が戻ると、見覚えのある胡散臭い笑顔が出迎えた。更に、見知った顔と初めて見る者も。
「あらー、あいつの討伐ご苦労さま♪ 二人が元気で何より、ゆかりん嬉しいわ♪」
霊夢は鋭い視線を投げ、魔理沙は無表情でそれに応じた。
「アリスちゃんも無事だったの。これは意外なオマケねー」
その額に針が突き刺さったが、笑顔を全く崩さずにこれを抜いて見せる。
「いったーい♪ 霊夢ったら冗談キツいわよ」
何が嬉しいのか、一人ではしゃぐ紫を皆は完全に無視した。アリスを寝室に運び、丁寧に寝かせる。
「どうすればいいんだよ? アリスは今どうなってるんだ!?」
「ゴリアテを制御するために、自分の存在を人形とほぼ一体化させたのよ。更に、外部からの制御を中継接続したの」
「何言ってるのか全然分からないよ!!」
「要はひどく無茶したの! 貴方こそ何か考えなさい!」
霊夢も混乱していた。複数の針を取り出す。
「何すんだよ!」
「経絡に針を打ち込んで、直接魔力を流し込むのよ。身体が耐えきればどうにかなるわ」
「殺す気か!! 私のキノコ剤を使えば、何とかなるかも知れない!」
「効果がはっきりしない物なんか使わないでよ!! どうすれば……あいつに頼んで、永琳を呼んでくるしかないの!?」
この様子を、紫は邪悪な微笑みで背後から見守っていた。だが、部屋に近付く足音に気付くとスキマに消える。
「二人とも、落ち着け」
知性と包容力を備えた声が、部屋の入口で響いた。霊夢が驚いて振り返る。
「上白沢慧音!?」
獣人ワーハクタクにして、人里の守護者、更には寺子屋恐怖の頭突き先生でもある慧音は、何も書かれていない和紙をアリスの上に広げた。矢立を取り出し、筆に墨を含ませる。
「何をする気だ?」
「彼女は身体と魔力双方にダメージを負っている。ならば、その負担を軽減してやればいい」
慧音の口から呪文が流れだし、それに合わせ手が和紙の上を素早く動き始めた。誰の目にも意味が分からない文様が描き出されていく。紙が全て埋め尽くされると、慧音は両端を摘まんで持ち上げた。その視線が上下左右に動き、ある一点で止まった。特に線が複雑に絡み、交差している部分である。
「博麗の巫女、中心に針を」
銀の光が素早くそこへ吸い込まれる。慧音が口を開けると、針を中心に文様が消えていく。魔理沙が心配そうに口を開いた。
「な、なあ、何してんだ?」
「アリスの歴史の一部を呑んだ。一時的に心と体の苦しみを切り離して、体力の回復を待つ」
「で、戻せるのか?」
「当たり前だ。ただ、その後は彼女次第だろうな」
慧音は立ち上がりながら告げた。霊夢が紙を受け取り、結界を張って保護する。
「後は肉体の回復、慧音、ちょっと手伝って」
「分かった」
部屋を出ていく二人。魔理沙はただアリスを見ている事しか出来なかった。
やがて、お椀に何かを入れて霊夢達が戻ってきた。それを魔理沙に渡す。
「さあ、魔理沙。口移しで飲ませてあげて」
「これは‥‥符水‥‥ってなんで私が?!」
慧音が当然の様に言った。
「問題は無い。アリスはお前に一番心を許しているから、効き目が強いだけだ」
「ええっ?!」
「歴史を作る身は、時として厄介な事を知るものだ」
「この!! 後でその歴史ぶっ壊すぜ」
「無理だ。私の中のハクタクと直接対決でもしないとな。それに私は天狗達と違い、口は堅い。安心しろ」
「覚えてろよ! で、この符水はどこから?」
霊夢がイラつきなが答える。
「慧音に歴史を遡って貰ったら、偶然幻想郷に作り手がいたのよ。そのやり方を私が再現しただけ。早くやんなさいよ!」
魔理沙は水を口にし、アリスに口づけした。幸い、水はスム-ズにアリスの喉を通っていく。
「文の奴がいたらどうなってたか」
霊夢が軽く伸びをした。
「アリスはしばらく休ませてあげましょう。こっちも疲れたわ」
慧音が椅子をアリスのベッド脇に置く。
「私が見ているよ。お前たちは湯を使って、何か食べてくるといい」
「いいでしょう。でも、後で貴方がここにいる理由を聞かせて貰うからね」
「無論だ」
二人が去るのを見届け、慧音はアリスを無言で見つめた。更に、窓のカーテンを開ける。 街のあちこちに火が見えた。それを消す者も、避難する者も、誰もいない。
(この街は死んだ。これは、誰の過ちなのだ? 人か、妖怪か? そして、私は……嫌でもその真実を知る事になる)
慧音はカーテンを閉めた。
「そう。トメを仕留めたのね。ご苦労様、藍」
「もう一つご報告があります。トメの半壊した家を調べた所、まだ『通路』は生きております」
「それは良かったわ♪ 用があるまで、右手の再生に専念して」
「はっ」
中身無く垂れた右袖が揺れた。藍は、使い物にならなくなった右手を自ら斬り捨てたのである。去る式を見送りもせず、紫は足元の魔方陣を見つめた。その中心には、アキオが昏睡している。
「貴方は私を失望させないでね? ボク♪」
つづく