【ヒント③】
作中のヒロイン殺しは、すべて嫉妬心に起因する。
◆◆◆
旧校舎の窓の鍵を開けておくことができたとおぼしき人物筆頭は、鍵を管理している用務員の
ほかにも心当たりはあるけれど、まずは雑野だ。ここ最近に鍵を借りた人物についても把握しているはずだし、聞き込みの優先度は一番高い。
というわけで、放課後になると歩と武蔵──帰宅部の歩と違って武蔵は陸上部だが今日は休み──は、新校舎一階の端にある用務員室へと向かった。
到着すると、外開きのドアが開けっ放しになっていて室内に雑野の姿が見えた。仕事がないのか、仏頂面でスマホをいじっている。
雑野はギョロリとした三白眼が不気味な、二十代にも三十代にも見える痩せぎすの猫背男だ。
ぶっちゃけ、二、三人ぐらいは殺していると言われても歩はそれほど驚かない。そういう暗く危うい雰囲気をまとっているのだ。
その、てらてらと濡れ照る恐ろしげなギョロ目が、ドアの所に立つ歩たちのほうを向いた。
怖っ──歩はそう思ったし、武蔵も
この、ヤバいやつオーラ全開の容貌で公立の教育機関に勤める公務員だというのだから、世の中は奇々怪々摩訶不思議である。採用面接とかないのかな?
「何だ?」心の芯に響くような妙に迫力のあるハスキーボイスが、問うてきた。
「あ、ああ」と応じたのは武蔵。「雑野さんに少しお話を聞きたいわけで」
「話だぁ?」雑野の眉間が不機嫌そうに隆起し──ちっ、と舌打ち、そして、「入れ」と命じてきた。
有無を言わせぬ圧があった。歩は歩を進める。武蔵も続く。
促されるままに、所々破れているボロいパイプ椅子に座ると、
「で、何」雑野はぶっきらぼうに言った。
「え、ええ」歩は口を開いた。「ぼくたち、例の女子生徒の自殺について調べていまして──」
歩の言葉を遮るように雑野は、「俺を疑ってんだな」と発した。
「いやいやそういうわけじゃ──」武蔵の弁解も、
ふん、と鼻先であしらわれる。「建前はいらねぇよ。警察も俺を疑ってたみてぇだしな。たしかに旧校舎の鍵を管理してんのは俺だし、アリバイもねぇ──ついでに言えば、いちいち、『わたしは無実です』って説明する気もねぇ──疑いたいなら好きなだけ疑え」
「そ、そうすか」
武蔵は引きぎみに相づちを打ち、助けを求めるように歩を見た。このおっさん、癖強すぎね? と思っていそうな目だった。
それには同意だけれど、癖強おじさんだからといってビビっていたら調査なんてできない。歩は質問を投げかける。「この一箇月で旧校舎の鍵を借りた人物を教えてもらえませんか?」
雑野は答える。「借りたのは映画研究会の連中だけだ。旧校舎で撮影したいっつってな」
「なるほど」歩はうなずいた。
映画研究会──通称・映研が旧校舎で撮影していたことは歩も知っていた。前述の心当たりとは彼らのことだ。
知っていた理由は、その映画に兎月が主役として出演していたからだ──彼女から聞いていたのだ。帰宅部で演技のことなんて何も知らないながらも美貌を買われて映研の部員に出演を依頼された兎月は、戸惑いつつも撮影を楽しんでいるようだった。
「その時の映研のやつらに不審な様子はなかったっすか?」武蔵が尋ねた。
「さぁな」座ったまま雑野は肩をすくめた。「そんなふうには見えなかったが、どうだろうな」
その後も少しだけ質問を続け、そして礼を言って用務員室を後にした。
歩の頭には三つのシナリオがあった。
一つ目──兎月恋町を殺害しようと思った映画研究会の部員が、旧校舎での撮影時に隙を見て窓の鍵を開けておく。撮影が終了すると一旦は解散し、そして夜十時ごろ偶然を装おってバイト帰りの兎月に声を掛ける。言葉巧みに旧校舎へ誘い、何らかの手段で自殺に偽装して殺害する。
ただ、このやり方は雑野にも一応は可能だ。鍵を開けておいた理由も、撮影中の兎月が自殺のために鍵を開けておいたと思わせるためと考えれば納得できる──これが二つ目。
というより、本当に自殺だったとしたら解錠は兎月の手によると考えるべきだろう。彼女にはそれができた──これが三つ目。
結局のところ、映研の部員若しくは雑野による他殺又は兎月の自殺のいずれの可能性も現時点では否定できない。
歩たちが次に訪れたのは、映画研究会の部室だった。武蔵曰く、「重要参考人から話を聞くのは調査の基本なわけ」だそうだ。すっかり探偵気取りである。
ノックすると、眼鏡を掛けた男子──三年の学年章をしている──が現れた。「誰?」と問われた。
映画の相談でもしていたのだろうか、眼鏡男子越しに見える室内には数人の生徒が集まっていた。
例の自殺について調べていることを説明すると、彼は不愉快そうにも見える歪みを顔に浮かべながらも入室を許可してくれた。
「あなたたちって二年生でしょ? 恋町ちゃんのお友達?」女子からはぽっちゃりと、男子からはデブと言われそうな体型の女子が、優しげな調子で聞いてきた。
「ええ、クラスメイトです」歩は答えた。
武蔵は、ちらと視線を寄越してきたが、何も言わずに調子を合わせて、「自殺というのが納得できなくて調べてるんす」
「状況から見て他殺の可能性があります」と歩が補足する。「心当たりはありませんか」
「警察の人にも聞かれたけど」眼鏡男子が答える。「俺らは何も知らないよ」
彼がそう言った瞬間、先ほどのぽちゃデブ──もとい柔らか女子が険のある鋭い視線を眼鏡男子にやったのが、歩の目の端に映った。何かあるのか。
しかし、眼鏡男子はそれを隠したがっている? なら聞くべきは、
歩は柔らか女子に向かって、「どんな些細なことでもいいので教えてもらえませんか」と尋ねた。
柔らか女子は、眼鏡男子の溜め息が聞こえないのか、待ってましたとばかりに瞳を嫌らしく輝かせ、まくし立てるように、「今はいないけど、映研にはもう一人部員がいるのよ。三年の子なんだけどね、その子、今回の映画で主役の座を恋町ちゃんに奪われちゃったことに納得いってなかったみたいなのよ」
「それはわからないだろう」たまらずといった様子で眼鏡男子が
「部長が鈍感なだけなんだって」柔らか女子は食い下がり、隣の席で居心地が悪そうに肩を縮めている三つ編み女子に、「ねっ」と非常に重そうな同調圧力を掛けた。
「う、うん、まぁ」三つ編み女子は曖昧に、あるいは恐る恐る答える。「ユウヒさん、お姫様だから」
「そうなのよ」柔らか女子は援軍を得て勝ちを確信したようで、笑みさえ浮かべ、「あの性悪、自分が一番ちやほやされてないと気がすまないのよ。いるでしょ、そういう子? ちょっとかわいいだけで勘違いして調子乗っちゃってる痛い子」
「ええ、たしかに」歩は追従した。「つまり先輩は、そのカシワメユウヒという女子が犯人なのではないか、と言いたいのですね?」
「えっ」しかし柔らか女子は、ぎくりとしたように頬をぴくつかせてから、「あたしはそうは言ってないわ」と言う。「あたしはただ、客観的事実としてユウヒには恋町ちゃんを殺す動機があるって言ってるだけ」
ここまでしておいて誰かを告発する責任は負いたくないということだろうか。小狡い性格というか、女らしいというか。歩はあきれる気持ちだった。こんなのは単なる言葉遊び、屁理屈の類いだろう──まぁいいけど、それで気が楽になるなら。
「わかりました、教えてくださり、ありがとうございます」歩は神妙な声色で言い、「それではほかに何か気になることはありませんでしたか?」と聞き込みを続ける。
「空気悪っ」映画研究会の部室を出て少し歩いたところで武蔵が、辟易とした様子で吐き捨てた。「あの二人、険悪すぎなわけ」
「だね」と歩の相づち。「たぶんあれ、三角関係がこじれちゃったんだよ」
「あーね」武蔵は理解したふうに間延びした声を出した。「めんどくせぇわけ、男と女って」
そんな戯れ言めいた言葉を交わしながら歩たちは、掛け持ちしている演劇部の練習に参加しているという