拝啓。
貴方と私が初めて出会って、どれ程の時が経つでしょうか。秋神様が貴方の名前と同じ樹を、今年も散らせているのでしょう。私の居る場所では、紅葉を見かけません。今でも妖怪の山の四季おりおりの草花が懐かしく思います。ご自愛なさっておられるでしょうか。
幻想郷を襲ったかの異変はまだ終わっておりません。私ら白狼天狗がこの解決に関わる事は無いと思っておりましたが、事態はそれ程甘いものでは無かった様です。新しい博麗の巫女を始め、若く脆い人の手では、元凶にすら近づけないでしょう。
幻想連合軍、とでも言えばいいのでしょうか。他勢力から派遣された者達と時に手を結び、時に騙し合う。裏の世界に詳しい億を連れてきて良かったです。貴方にも来て貰えれば、というのは贅沢な悩みですね。
牙堂の奴が訓練教官に就任したそうですね。メルラン嬢のファンである事を容認してくれる彼女とは、結婚出来たのでしょうか? しかしあの女性、何処かで見た様な顔でした。
我らの中で唯一山に一度戻る事を許された射命丸殿にこの手紙を託します。
願わくば、愛する貴方とまた共に山の空を駆け回れます様に。
柘植早十蔵
椛は手紙を読み終えると、丁寧に折り畳んだ。当初は彼女も参加する筈だった異変解決だったが、病に倒れ要員から外されてしまった。現在は異変がもたらした山の治安悪化に対抗する毎日である。
手紙をしまい込むと、椛は腰の剛剣、左手の縦を確認する。そのまま滝壺裏の屯所から出ると、既に整列していた部下達が一斉に敬礼する。
「第十六小隊、哨戒任務に出る!」
椛は今日も飛ぶ。かつての教え子、今の連れ合いと住む場所を守るため。そして、いつか見知らぬ未来を作るため。
彼女らの後ろ姿を、射命丸文はカメラに収めた。十蔵にプレゼントする物の一部だった。
「文、久しぶりだな」
背後へ現れた気配に物怖じもせず、鴉天狗は陽気に答える。
「私より大天狗様にお会いされては如何ですか? あんなに恋しがっていらっしゃるのに」
「いい酒は熟成させないとな。お前こそ、いつまでこの箱庭に甘んじる?」
「上には上がいるものですし、さだめは気紛れです。私はまだ貴方の隣に立つには未熟ですよ」
「よく言うな。まあ、道と距離が違っても行きつく先はそう変わらない」
「でも、貴方は山の行先を少しだけ、変えましたね?」
「ほんの少しでいいのさ。変わりたくない奴はそれでいいんだ。だが、余裕が無いといつか全てが駄目になる」
「諸行無常ですよ」
「ああ、良い方にも悪い方にもな」
文は、少し俯き加減になりながら、言葉を紡ぎだす。
「振り返ってもよろしいですか?」
「駄目だ」
「大天狗様が、これほど妬ましく思えたのは初めてです」
「そこんとこは勘弁してくれ。天魔の浮名欲界に轟くも、傍らにいるのはあいつと決めてる。お前は、いずれ俺に並び立ち、大魚を逃したと後悔させてやれ」
「知りませんよ‥‥吠え面かいても」
天魔の気配が消えた。
文は黒い翼を大きく広げ、十蔵達が戦っている場所へ飛び去る。
後には、一枚の羽根がゆっくりと舞っているだけだった。
終