※直接的な性交シーンはありません。
※出てくるキャラは名前こそ原作準拠ですが、設定はほぼオリジナルです。
偉いかも知れない天狗の小さな話
幻想郷。現世にて忘れられた数多のものが行きつく場所。この不思議な世界では、何が起こってもそれが現実となる。
この奇妙な世界では様々な“力”を持つ者が居り、それらをまとめて妖怪と呼ぶ。人間にも力ある者はいるが、時々その境界は曖昧となる。相容れる様で相容れぬ間柄。妖怪は人の恐怖と血肉を食らい、人はそれに抗う。いつしか両者は切っても切れぬ因縁を知り、互いに怠惰ながらも静かな日々を送り始めた。時々“異変”と言う名の刺激を誰かが起こし、誰かが鎮圧する。ガス抜きと言うにはささやかな、しかし必要な事であった。
妖怪達とそれに従う者達が集う場所は、幻想郷の各地にある。その中で、妖怪の山と呼ばれる広大な地域が有った。かつて“鬼”が地上に君臨していた証。その鬼達が地上より姿を消してより、この山は天狗達の支配する場所となっていた。
天狗には大きく分けて二つの種族がいる。背中に漆黒の翼を持ち、強力な霊力と生命力を併せ持つ鴉天狗。身体のあちこちに狼の特徴を持ち、白い体毛の白狼天狗。鴉天狗は白狼天狗のみならず山の妖怪全ての上の立場に立ち、君臨していた。
しかしその支配も長くは続かなかった。山を歪めてまで外界から転移してきた神社。鬼程数は多く無いが、祀られし二柱の力は圧倒的だった。天狗達は妥協し、この異界からの神々を受け入れたのである。
大天狗は鴉天狗の中でも最も高位にある存在だった。そんな彼女の日々は、会議に次ぐ会議・書類の山との格闘・法廷の裁判長・他勢力との交渉などでスケジュールは延々と埋め尽くされていた。天狗の技を極めた彼女は睡眠をほぼ必要とせず、一時間程度の瞑想で疲労も回復させてしまう。睡眠も週単位で三時間程度取れば充分だった。しかしそれだけ仕事漬けの毎日を送っていると、幾ら健康に害が無くても心が少しずつ硬直していくものである。激務の間、少しずつ書き溜めていた新聞は他の天狗に及ばない出来であり、コンクールでは強権を発動して自ら一位を得ると言う暴挙を行った。彼女は一人の部屋で、その勝杯も表彰状も粉微塵に砕いてしまい、それが存在していた場所を何度も踏みつけた。
結界を張っていなければ、肝の小さい天狗なら腰を抜かしていた程の爆発ぶりだった。妖怪の山の鴉天狗にとって、新聞作りはステータスシンボルの一つである。大天狗は真面目に生きてきたせいで、お世辞にも新聞作りの才能に長けているとは言えない。 それ以前に外へ取材に出られる機会も少ない。だが、鴉天狗の上に立ちながら三流の新聞しか作れないという風聞・陰口の類を、自らの内に作り出してしまった彼女は、自分でも制御出来ない行動に出て、更に激しい自己嫌悪に陥った。
瞑想をの時間を削りこっそり相談に行った竹林の薬師から休暇を取れ、と半ば脅された大天狗は、仕事の引き継ぎだけで三日消費し、ようやく同じ日数の休暇を得た。執務室ではなく、飾り気の無い質素な部屋で、スコッチを傾ける。医者は天狗なら“三十年”休暇を取っても問題無いと言ったが、大天狗にその積もりは無い。彼女は僅かな時間だけ、本来の天狗らしく我がままに振る舞ってやろうと考えていた。限られた時だからこそ、贅沢。人間の様な考えだが、大天狗は他の者には出来ぬからと、目をつぶって是とした。
子供じみた仕草でベッドに身体を投げ出す。使う頻度の少ない私室も、いつも従者が綺麗に掃除してくれている。ベッドもいつ主が寝転ぶか知れないのに、きちんと整えられている。大天狗がうつ伏せに身体を横たえ、シーツの心地良い冷たさを味わっていた時である。
「うむ、やはりお前の寝姿は良いな」
反射的に跳ね起きた大天狗は護身の術を放つ。解放された霊力は、それが炸裂する前に四散して消えてしまった。
「おいおい、ここの丁度品も予算から出ているんじゃないのか? あまり鼻高の算盤弾き共を困らせるな」
何処か憎めない、春のそよ風の様な軽口。大天狗はベッドから飛び降り、土下座した。
「‥‥あー、天狗の性にはまだ逆らえんか? ま、修行する暇も無いだろうが、こんなキツい予定じゃあな」
その滑らかな指には、いつも大天狗に付き従う秘書官が持っている筈の手帳があった。
「あ、これ後で持ち主に返しといてくれ。俺が無断拝借しただけだからな。それはともかく、いつまでシケた後頭部見せてるんだ?」
表を上げた大天狗は、机に腰かけた相手を尊敬と恐れの籠もった瞳で見つめる。肩まで長く伸ばした黒曜石の如き髪、目付きは鋭いが、口元に悪戯っ子の様な微笑みが浮かんでいる。天狗の好む修験者を模した衣装も装飾も着けず、“六天”と染め抜かれた渋柿色の着物を着流していた。
説明されなければ、この男こそ妖怪の山にその人在りと謳われ、鬼ですら一目置いた天狗の中の天狗“天魔”であるとは誰も分からなかっただろう。しかし大天狗は、目の前の存在が如何に桁違いの力を持つか知っている。彼の年齢すら覚えている。
「はは、守矢の時以来だな? 大して時も経って無いだろう。ほれ」
差し出された手を恐る恐る握ると、大天狗は気が付いたら天魔の膝の上に“お姫様抱っこ”されていた。常識など打ち砕かれる行為である。
「相変わらずお前は抱き心地がいいな」
大天狗は首筋まで紅潮させ、勇気を振り絞ってお返しとばかり強く抱きついた。天魔は優しく彼女を抱え込んだまま立ち上がり、歩きながらその温もりを楽しんでいた。そして目的の場所の上、ベッドにそっと横たえる。なすがままの体勢を取る大天狗の上にかぶさった天魔は、深く口付けを交わした。
熱く激しい情事の果てに、二人はシーツにくるまれていた。腕枕に身を預けながら、大天狗は乱れた髪の間からぼんやりと相手を見つめている。もし一日でもいい、休暇をこの人と過ごせたら。このベッドの上でだけでもいい、ひたすら痛めつけられてもいい、とかなわぬ願いが、相手に受け流されて消えていく。
「いつもやるだけやってから、になっちまうな」
大天狗が唇を噛んだ。天魔はいつもそうであった。彼は激しく彼女と交わった後、何事か用件を切り出すのだ。実際は大天狗が及びもしない力を持ちながら、いつも何処にいるかも分からない存在。天界にいるとも、欲界の支配者になるべく修行しているとも、あるいは外界にいるとも噂される。それなのに、山に異変ある時は必ず戻ってくる。そして、何か“些細”な頼み事がある時も。
「いつも済まない」
天魔に抱かれている“女”はどれだけなのか、女に芽生えた嫉妬の炎も一言で霧散してしまう。これも神に近付いた者の技なのか、それとも自分のどうしようもない依存心なのか、大天狗の頭は考えるのを拒否した。
「机の上に書簡にして置いておいた‥‥。お前の名前で頼む」
ささやきに無言で頷く。天魔は大天狗を抱きしめ、髪を撫でた。
「大丈夫だ、自信を持て」
黒い髪が、胸の中で震えた。
大天狗が目覚めた時、隣には誰も居なかった。丁寧に乳房の半ばまでかけられたシーツをそっと退けて、女は生まれたままの姿で机の上を見る。
ウィスキーのボトルの下に、書簡が置かれていた。ふらふらとだらしない足取りで向かい、酒を掴んだ。封が切られていない。製造年度も違っていた。ため息をつきつつ、大天狗は書を開いた。
始まり