※この作品はR-18です。

椛との日々!!(本編終了)   作:量産機

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新・時にはこんな椛

 山に侵入したとされる妖怪を捜索するため、白狼天狗哨戒部隊は総動員されていた。全十五小隊、いずれも五分隊で編成。内第二小隊の第五分隊は、犬走椛が訓練兵より選抜した者たちを率いる。

 第一小隊隊長は、河童製のインカムから既に三つの定時連絡を受けていた。しかし、最後のが遅れている。

「モルトよりコーン、定時はとっくに過ぎてるぞ! サボって弁当でも食ってんのか!」

 沈黙が返答し、隊長は舌打ちした。

「モルトより本部。応答願います!」

「こちら本部、モルトどうぞ」

「河童の通信機の状態を確認したい。部下と連絡が取れないんだ」

「お待ちください」

 またしても静寂が耳を支配した。隊長は空中であぐらをかき、腕組みをして待つ。

「ただ今河童族の技官が調査したところ、電波に異常は無いとの事です」

「分かった。部下は第十四地区を担当していたが、本当に異常は無いんだな?」

「二度確認したとのことです‥‥司令に代わります」

 聞き慣れた頼もしい声が隊長の緊張を和らげた。

「十四地区には、第八のオールド・トムと第二のマルガリータを向かわせた。君は引き続き哨戒を続けてくれ」

「マルガリータ‥‥あいつらをですか?!」

「以上だ、交信終わり」

 隊長は訓練兵の分隊を送り込む司令部の正気を疑った。すぐに自分が現場に駆け付けようと、号令しかけた時。

「ブレーンよりモルト! 大変です、集落が丸々やられてます! くそっ、血みどろだ!」

「何?!」

 ブレーンは第八地区の担当、十四地区とは正反対の位置である。

「すぐに調べろ! 生存者をまず探せ!」

「もうやって‥‥おい、どうした?!」

 また通信が切れた。隊長は慌ててインカムを操作する。

「ブレンテッド、ライ、第八地区へ行け! 俺もすぐに向かう、現れたぞ!」

「司令部よりモルト、何があった?!」

「第八地区に出現した模様、俺達が仕留めます!」

「すぐに増援を送る。無茶はするなよ!」

「了解!」

 隊長は第八地区へ向け加速した。部下の白狼天狗達が次々と集結し、隊長の後を追う。

(向こうはオールド・トムに任せるしか無いな‥‥)

 

 しかし、隊長の願いは届かなかった。現場には最初にマルガリータ分隊が到着していたのだ。隊長は椛、牙堂を除き最も腕の立つ四番、飛行に巧みなオク、十蔵、そして牙堂である。

「いいか! この地点で降下して調べる。お前たちは私を先頭に、絶対に陣形を崩すな。、何か見つけたらすぐに報告しろ!」

「イエス・マム!」

 椛は得意の“千里眼”で周囲を探索し始めた。部下達も初の実戦に緊張しつつ、警戒を怠らない。椛の目が、ある物を捉えた。更にズームすると、大木の短い枝に何かがぶら下がっている。

「行くぞ!」

 飛翔した椛を追って、部下達も飛んだ。現場に到着した一同は、枝に突き刺された白狼天狗の死体を見た。億が独り嘔吐する中、他の訓練兵達は周囲を警戒する。椛はじっと死体を見つめた。

(おかしい。この死体は‥‥それに何故一つだけ)

 突然、大地を揺るがさんばかりの咆哮が響いた。それも、五人のすぐ近くで。彼らは油断無く警戒態勢を取る。しかし、魔の手は迫っていた。

「ぎゃあああ!!」

 四番が空中へ水平に浮き、喚いていた。彼はそのまま“何か”に体の上下を一息で引き裂かれた。

「よ、四番!」

 あまりに突然の出来事に、十蔵も牙堂も呆然としている。椛だけが素早く反応した。

「おのれっ!!」

 剛剣を大地に突き立て、印を切る。突き出した手の平から”の”の字に見える弾幕が放たれた。無論、お遊び用ではなく殺傷レベルのものだ。何もないと思われた空間で弾幕が炸裂し、先刻の咆哮がまた響く。鏡が砕け散るように偽装が解け赤い体毛に覆われた獣が現れた。

「何なんじゃい、こいつは!!」

「俺が知るかよ?! まるで‥‥」

 後ろ足で直立し体長およそ三m、体毛は全て“血”の紅さ。四番を引き裂いた前足は、異様な大きさの爪で彩られている。黄金色の眼に瞳が無かった。

「熊だ」

 椛は弾幕の構えを崩さず、二人に命じた。

「お前達は億を拾って下がれ! こいつは私が引きつける」

「きょ、隊長!?」

「つべこべ言うな! さが‥‥」

 その脇を駆け抜けた姿がある。

「隊長! 悪いが手柄はワシのもんじゃ!!」

「止めろ! 接近戦で敵う相手では無い!」

 牙堂は盾を捨て、大上段から槍で殴り掛かった。妖怪熊は突然の攻撃と、範囲外から飛んできた剛槍の先端に反応出来ず、まともに脳天を砕かれた。頭を押さえつつまだ倒れぬ相手へ、牙堂は渾身の力で槍を何度も突き刺した。だがまだ獣は倒れない。それどころか両手を広げ、敵へ飛びかかろうとした。

「伏せろ、牙堂!」

 彼が槍を抜いて地面に伏せると同時に、弾幕が飛び獣の頭、砕かれた傷を直撃した。更に十蔵が飛びかかり、右手へ剛剣を食い込ませる。牙堂も片膝から更に槍を敵に叩き込んだ。その後、誰が何をするか、背後からの足音で察したからである。牙堂の背中を蹴り、椛は鮮やかに跳んだ。そのまま空中で身をひねり、獣の首を斬り飛ばす。数々の血を流したであろう獣は、ゆっくりと自らも血の中へ倒れた。椛が更に数発弾幕を撃ちこみ、牙堂が槍で突き刺して、ようやく三人は獣に近付く。

「割とあっけなかったですね‥‥」

「まあ、ワシの槍と隊長の技が冴えていたおかげじゃな」

 椛が牙堂のすねを蹴とばした。

「四番の事を忘れたか?」

「あ‥‥」

「仲間の死体を全て回収して、撤収する。何処かに隠れている億にも手伝わせろ。連絡は私が行う」

「イエス・マム‥‥」

 じっと獣の死体を見つめ続ける椛を不審そうに見つつ、二人は分断された四番の死体と、戦闘に参加しなかった億を探しに出かけた。椛は、胸騒ぎを覚えていた。そして、ある事にふと気付いた。

(静か‥‥静かだ‥‥何故だ?!)

 自分が身に着けたインカムから何も聞こえてこない事に。機械の電源は入っている。彼女の友人である河童に、何度も使い方は習った。試しに呼びかけてみる。

「こちらマルガリータ! テキーラ、聞こえますか?!」

 第二小隊隊長の声返答は無い。周波数を変え更に呼び続ける。

「オールド・トム! こちらに向かっているのでしょう?! ブランコ!  ゴールド! レポサド! 司令部!! 誰でもいいから返事をして!!」

 椛は大声で叫んだ。インカムにではなく、何処へ去ったか分からない部下達へ。

「皆ぁ!! 逃げろ! 早くこの近辺から」

 その眼前に、突然何かが現れた。首だけになったオールド・トムの隊長だった。

「どうした? 探し人の物だったかい?」

 綺麗だが、途轍もなく凄みの籠もった声。先刻の獣とは比べ物にならない鮮やかさで、その者は姿を現した。椛は仲間の首より、それを持っている存在が何か理解した。筋骨隆々の堂々たる体躯、僅かに赤みがかった肌、黄金色の瞳、そして、頭部に生えた二本の角。膝で破ったジーンズを履いている。

「オニ、鬼」

「そうだよ? 立派な鬼だろう?」

 椛は小刻みに震えながら、武器を落として尻餅を突いた。その顔は訓練兵達が見たら仰天する程恐れに満ちている。

「お前には会った事はないが、何もそんな怖がる事は無いじゃないか?」

 鬼は薄笑いを浮かべながら、一歩を踏み出した。椛は距離を置こうとしたが、身体が動こうとしない。

「河童の玩具が使えない事に早く気付くべきだったかな? 最も、ここに来た時点でもうどうにもならないけどね?」

 椛が見上げる位置まで迫っていた。そして、薄笑いを崩さずに告げた。

「君、なかなかいい身体してるね? どんな鳴き声をあげるのかな?」

 椛は言った。

「やめろ」

「おや? いつから白狼天狗が、鬼に命令口調で‥‥」

「やめてぇぇ!!」

 鬼はその方角を見もせず、首を投げつけた。剛剣を両手でかざし、飛びかかろうとしていた十蔵は生首の頭突きを受け、ひるんだ。次の瞬間、鬼は彼の喉首を掴む。剛剣が腕目がけ振られるが、中途から折れた。十蔵は諦めず隠し武器の十手で何度も殴りつける。

「お、意外と痛いな‥‥ここに戻って初めての感覚だ」

 牙堂が反対側から槍を構え突撃した。脇腹に渾身の突きが入る。だが皮膚を傷付けもしない。

「君はダメだね、力不足」

 槍の穂先が掴まれ、手を放す間もなく牙堂は遥か向こうへ放り投げられた。

「さて、次はこいつの首を貰おう。なかなかいい気持ちだったぞ」

 椛の目が見開かれた。鬼の足に縋り付く。

「止めて!! お願いします! 何でもしますから、その男を殺さないで!!」

「それは聞けないなぁ。だって、僕達鬼はこの山の支配者だったんだよ? 古巣に帰ってきたんだ、楽しむ権利がある」

 椛は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、懇願し続ける。例え、それがかなわぬものだと知っていても。

「何でもするって言ったね?」

「はい‥‥」

「じゃあ、この男を殺してみてよ。一寸刻みに、足から。君の剣で」

 十蔵が椛の横に投げられた。

「さあ、やって見せてくれ。君達はどうやら愛し合っている、という奴なのかな? 下賤な者が子孫を作るための口実、らしいけど、真実の愛は例え相手を殺し喰らおうとも貫かれるというじゃないか! その男を殺して愛を証明したら、君は尊敬出来る天狗だ! いつまでも大切に飼ってあげるよ!」

 椛が震える手で、自らの剛剣をまで這っていった。そして、泣きながらそれを引きずり、十蔵の傍らに立つ。

「‥‥嫌だ‥‥せめて、一太刀で‥‥」

「鬼は嘘が嫌いだよ、ワンちゃん。出来ないなら、二人とも殺さないけど、もっと恐ろしい目にあわ」

「雛様ぁ! ご加護をぉ!」

 高速で飛来してきたその物体を、鬼は片手で受け止めていた。不思議な事に顔が潰れもせず、それでいて億の身体は空中で静止していた。彼の片手剣は届いてすらいない。

「君は最後に殺すつもりだったんだが、結界を破る力は無さそうだし。まあ、少し順番が変わっただけだね」

 鬼はここでミスを犯した。彼は圧倒的な力の差から、椛以外の相手を殆ど見ていない。億がスプレー缶を出し、その中身を鬼の顔面目がけ噴霧する行為に気付かなかったのも無理は無い。

 その霧を受けた鬼は絶叫し、顔をかきむしりながら苦しんだ。椛の鼻がその匂いを捉える。

「これは‥‥桃!?」

 桃は鬼の数少ない弱点の一つである。その匂いを嗅ぐだけで鬼は鼻の粘膜と喉を痛め、摂取しようものなら皮膚はただれ内臓や神経に異常をきたす。昔の妖怪の山では野性の桃の木は全て取り除かれ、栽培した者は処刑された。椛は剣を捨て、十蔵に肩を貸しながら飛んだ。億も鼻水を垂らしながらその横に並ぶ。

「教官! あっしは、あっしは!!」

「今は生き延びる事だけ考えろ」

「もし生きて帰れたらワビをいれやす! 教官にも、雛様にも、みんなにも、四番にも!」

 椛は、いつもの冷静さを取り戻していた。鬼相手に、わずかな瞬間だけ生き延びている。 それが彼女を現実に引き戻していた。

(十蔵と億を逃がすには結界を破るしかない。でも鬼はすぐに追いつく‥‥どうすればいい?)

 億のスプレーは鬼の顔を焼いただけである。確かにダメージは与えたが、鬼の力を削るまでは至ってないだろう。鬼の真の恐ろしさは物理的な力ではなく、凄まじい霊力にこそあった。

(駄目だ‥‥どうしてもいい考えが浮かばない‥‥自決しかないのか)

 椛は十手を握ったままの十蔵を見た。そして、不意に停止する。

「教官?! 何故止まられるんで?」

「‥‥早くしないとあいつが」

「いいか。二人とも私の言う事をよく聞け」

 椛の作戦を聞いた十蔵は、黙って首を横に振った。

「逃げるのは億だけでいい。俺も残る」

「貴様、これは命令だ!」

「知らん! じゃあこの場で軍法会議にでもかけろ!」

 椛の逆正拳が、十蔵の腹に素早く入った。

「怒ると隙が多くなるな‥‥お前は」

 寂しそうに笑うと、椛は気絶した十蔵から十手を奪う。

「億。十蔵を背負って、尚先刻の作戦遂行出来るか?」

「任せておくんなせぇ!」

「頼んだぞ」

 椛は億が背中に縛り付けた十蔵に、軽くキスをした。

「また会おうな、いつか何処かで」

 彼の十手を握り、印を切って更に呪文を唱える。瞬間、その髪の毛が逆立つ程の力が炸裂した。

「霊撃!!」

 十手が青い光を放ち始める。霊的な力を持つ武器に、敵に霊力を放出する技の特性を応用したのだ。億は泣きながら敬礼し、十手を受け取ると、自らの出せる最高速度で飛び去った。残った椛は、ぼそりと呟いた。

「ずっと見ていたのか?」

 鬼は変わり果てた姿で、椛の前に突然現れた。顔は腫れ上がり、桃の威力は想像以上に堪えたらしく、口を開け息切れしている。

「君達は実に面白い。何故ここまで抗う? 鬼には勝てない、抗えない。幻想郷では妖怪の格が違えばそれで終わりだ。それが分かっているのに何故?」

 鬼が椛に近付き、顔を舌でなぶり始める。だが椛は、静かな顔でそれを受け入れている。

「哀れだな」

「何? 僕が哀れ? 哀れなのは君さ。これから散々僕になぶられ、生きながら苦しみ続ける体にしてあげるというのに?」

「それは私にも分かっている。だが、鬼に先刻の“何故抗うのか?”は絶対に分からない」

「じゃあ、聞き出そう。君の身体から。脳を覗いたら分かるかも知れないね!」

 鬼が拳を振り上げた。椛は、ただ静かに立ち尽くしているだけだった。

 

 一方、億は一人背負いながら全力で飛び続け、すぐに結界の境界線付近に辿り着いた。彼は結界の壁に目星を付けると、すぐさま十手を突き立てた。結界の力と十手の霊力がぶつかり合う。 だが、億の目にも結果が見えていた。十手の光牙堂んどん弱くなっていき、ついには本来の銀色に戻ってしまった。

「そんな、教官が命張ってらっしゃるのに、あっしはもう何も出来ねぇと!?」

 億は十蔵を降ろし、自らも印を切った。彼の少ない霊力が身体を覆う。

「このあっしの人間爆弾、受けてみやがれ壁野郎がぁ!!」

 彼は結界に向けて走り出した。

「ひぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁさぁぁぁまぁぁぁ!!! ご加護を!」

 大音声で叫びながら彼は結界に飛び込み、弾かれた。全身から煙をあげ痙攣する彼を、覗き込む顔があった。

「私を呼んだ? あの、大丈夫?」

 

 場面は椛に戻る。

 鬼の拳は、いつまでも振り下ろされなかった。椛はさすがに何かがおかしいと気付き、少しずつ後退してみた。鬼はブルブルと震えるだけで動かない。

(あの桃、腐りかけだったのかな?)

 拍子抜けした椛は頓珍漢な事を考えつつ、彫像と化した鬼の背後に回ってみた。その背中に、緑の縁、蛇と蛙の紋に呪文が記された札が貼り付いている。

「こ、これは守矢の! 誰が?!」

「あやややや、さすが守矢のお札は三柱がしっかり作ってくれただけあってよく効きますねー♪ あ、ついでにこうしてやりましょう♪」

 突然現れた射命丸は何処かで見たスプレーを、残酷なまでに鬼へ吹き付ける文。足の先から頭皮まで万遍なく。

「いやー、桃って元々色々な妖怪に効くんですよ。護身用に持ってて良かった」

「文殿」

「はい?」

「いつから見ておられたのです?」

「最初から、です。ただ、私も結界の罠に入ってしまったのは計算外でしたし、鬼が出てきたのはもっと驚きましたが‥‥」

「助けて下さった事には感謝します」

 そっぽを向きながら礼を述べる椛。文はそんな彼女を見て苦笑した。

「いやーそんな大した事はしてませんよ? 本来ならジャーナリストは戦闘行為に加担するなどあってはならないのですが、他ならぬ椛の危機とあっては」

「だが、もう少し、早く」

「え?」

「あいつが、四番が、引き裂かれる前に」

 椛はそっぽを向いたまま、拳を強く握りしめていた。その目元に涙が光っている。

「申し訳ありません。こんな汚い難癖を貴方に言うのは筋違いだ。彼らを死地に追いやったのは私‥‥」

 文はその様子を見て、静かに答える。

「椛。この射命丸文も生きて千年以上経ちますが‥‥あの様な獣が姿を隠し不意を突くのは初めて見ました。助けようが無かったのです、私にも、貴方にも」

 唇を噛みしめ、椛は答えない。

「鬼が現れた時、私は迷いました。すぐに駆けつけ救出するか、もっと確実な方法を採るか。何故、私が後者を選んだか分かりますか?」

「鬼を恐れるのは、この山に生きる者として当然では?」

「それもありますが‥‥貴方達、特に椛を信じていたからです。結界を抜け、天界でこの化粧スプレーを借り、守矢様に強いお札を貰うまでの間、貴方達ならきっと耐えてくれると」

 呆気に取られて、椛の肩から力が抜ける。顔も文の方に向き直っていた。

「け、化粧スプレー?」

「天人のフレグランスは桃を基本とした物が多いんですよ。以前取材して呆れましたけど、今回はそのコネが役に立ちました」

「それを何で億が」

「私が持たせました。最初は震えて動かないものですから、“頑張れば雛が褒めてくれますよ”って耳打ちしたんです。作戦も聞かず飛び出してしまったので、鬼の隙、ご執心の獲物を狩ろうとする瞬間まで待つ羽目になりました。決してイイトコ狙いで隠れていたわけではありませんよ?」

 椛はじっとりと文を見つめた。

「射命丸文殿。私はまだ貴方を信じられない。だが、我が訓練部隊のために尽力してくれた事、今回の事、これらに対し深く御礼」

 文の唇が、突然椛のそれを塞いだ。舌を入れたりせず、貪りもしない優しい口づけだった。やがて二人は対照的な表情をしたまま、離れる。

「貴方は嫌いでも私は椛が今でも好きですよ? 例え、歪んでいようと愛は愛です」

「本当に困ったお方だ。破廉恥すぎる」

「あやややや、殿方と大ハッスルしている貴方に言われるとは」

 椛の顔が林檎が驚く程赤くなった。文は苦笑しつつ、手帳を取りだして硬直したままの鬼を指差した。

「それはそれで、貴方は何故あんな恐ろしい者を眼前にして”哀れ ”と言い放つ程落ち着いていられたのですか?」

「鬼は強すぎるから、弱さを持てない、出せない、認めない。弱いからこそ見える物もある、生まれる物も」

「ほーう、それは妖怪の山にも言える事では?」

「流す血は、白狼の誇りと団結、そして山の守護者という勲章」

 皮肉めいた文の言葉に、椛はそう答えた。

「お二人とも、もうよろしいかしら?」

 いつからその場所に立っていたのか、鍵山雛は億を肩に担ぎ、十蔵をリボンで縛って片手に下げていた。

「殿方を二人も持ち続けるのは少し辛いですね」

 慌てて駆け寄った椛は、十蔵を受け取る。

「こちらもお渡ししておきます」

 十蔵の十手だった。

「ずっと貴方のお名前を呼んでおられましたよ。随分慕われて、いや愛されていらっしゃる様ですね♪」

 からかい気味に微笑む雛に、椛は紅顔で口をパクパクさせたまま何も言えなかった。

「こちらの方は私が。鬼の力が弱ったから結界も破れるでしょう」

 雛は上空へ舞い上がった。椛も十蔵を抱え、文も随伴する。現場には鬼だけが残された。

(僕はどうなるのだろう? こういう体験は初めてだ。興味深々だね‥‥)

 懲りない男だった。

 その上空では女三人が集まったが、さすがにこの場で姦しくならなかった。

「この方は私が預かります。熱烈に信仰してくださるし、以前素晴らしい貢物を頂いたから、少し宴席でもてなしたいと思いまして」

「あの、厄でトラブルを引き起こしたりは‥‥」

「あら、私はいつも厄を貯め込んでいるわけじゃありませんよ、綺麗な体の時もあるわ」

 ウインクする雛。

「必ず基地に帰る様言い含めて下さい、後不埒な事をしたら」

「ま・か・せ・て♪」

 雛は飛び去って行った。文は眼を閉じながら、したり顔で独白する。

「さすが八百万の一柱、私達にはなかなか真似出来ないオトナのオ・モ・テ・ナ・シですかぁ。あの椛、今夜良かったら」

 文が眼を開くと、既に椛はいなかった。

「あやややや!? 今回の件で少しは絆が深まったと思ったのに?! 貴方はいつもそうやって逃げるのですか!」

 

 十蔵が目覚めた時、天井の染みが自分を見下ろしている様な気がした。

(あの世に天井はあるか?)

 すっきりしない頭で、自分がまだ生きてる事を実感する。そして、もう一人、どうしても生きてて欲しい人の事を思い出した。

(ここは、基地の部屋‥‥億が成功したのか?)

 情報が欲しかった。ただ、椛が今どうしているかを。

(余計な心配はいい、教官は何処にいる)

 ふと、ベッド下段の傍らに椅子が置いてあるのに彼は気付いた。その上に、握り飯を包んだ竹の皮と、水筒、何かを書いた紙が置かれている。十蔵は下まで飛び降り、手紙を手に取った。

(報告等で当分基地を離れる。しばらく休む事。牙堂は無事が確認、億は別用があるので気にしない事)

 署名は無かったが、誰が書いた物かすぐに分かる手紙だった。安心した十蔵は、握り飯に手を伸ばした。数分後、床に倒れ寝息を立てている彼の姿があった。

 

「起きてますかー? おーい?」

 目覚めると同時に何が起こっているのか、耳にした声ですぐに理解した十蔵は飛び起きようとした。だが、手足が数㎝も動かさない内に止まってしまう。首を起こして足元を見ると、立派な足かせと、見慣れた自分の裸身があった。十蔵は溜息を吐き出し、眼を閉じながらすぐ近くにいるであろう部屋の主に叫んだ。

「射命丸文! すぐ解放を要求する!」

 相手が上級の鴉天狗であろうと、関係ないとばかり呼び捨てで叫んだ。その腹の上に、文は軽やかに跨る。

「あやや、呼び捨てとは。でも名字付けでは何か師匠と弟子みたいで堅苦しいですね。文、とか文ちゃん、とか文様、とかもっとフレンドリィに呼んで欲しいですねぇ? それか、お・ま・えや、ハニー、とかでも」

「あんたついにスピードの出し過ぎで頭やられたか。ついでにどっかの岩にでも低空で突っ込め! 音速を超えてな!」

「いずれそれは新聞のネタに試してみましょう。今大事なのは一つ」

「黙れ、その先を言うな」

「貴方は椛を愛していますか?」

 思わぬ文の言葉だった。不意を突かれた十蔵は半ば口を開けたまま、その言葉を反芻していた。

(教官を、ア、イ、シ、テ、ル?)

 文は返答しない十蔵を無視して、後ろにある陰茎を掴んだ。

「好き、という言葉も交わした事が無い?」

 文の細い指は、緩急を付けながら丁寧に陰茎を愛撫していく。

「あやややや、貴方達はあれだけ激しく交わり、互いに信頼しあっているのに、基本は何処へ置き去りですか?」

 十蔵は巧みな文の指に、不覚にも射精感が込み上げてくるのを感じ、必死でそれを押し戻そうとしていた。

「気持ちいいですか? 椛より上手でしょう? 別に出してしまってもいいんですよ?」

 拘束具が壊れんばかりの気合で、まだ男は耐え続けた。文は嘆息して手を放す。

「こんなもの、自分で触っても快感を得られるのですよ? ほら、私だって」

 文は着衣のボタンをゆっくりと、焦らす様に外し始めた。十蔵は目を閉じる。やがて衣擦れの音がしばらく聞こえる。

「目を開けてくれませんか?」

「断る」

「いいでしょう。窓を開けて大声で他の鴉天狗を呼びます。面白くなりそう♪」

「椛があんたを嫌う理由が、何となく分かった」

 十蔵は覚悟を決めて瞼を開いた。文の裸体は、以前別の件で既に見慣れている。椛も一緒だったので、あまり罪悪感も無いだろうとタカをくくっていた。両腕を首の後ろに回し、目を細めて淫靡に笑う文は美しかった。顔、黒髪、細めのプロポーション、やや小ぶりな乳房、見えない位置にある下半身も恐らくそうなのだろうが、パーツが全て綺麗に整っている。それに、肌から香りがするわけでも無いのに、甘く性衝動を突き動かしかねない危険な“気”が漂っている。意図して相手を籠絡する術。鴉天狗の文が体得していてもおかしくは無かった。

「ここで貴方に“椛とどっちが綺麗”と聞くのはつまらない。答えは決まっている。でも愛しているわけじゃない。そっちが不思議」

「あい、あい、愛してないなんて」

「本人に告げましたか? 好きとすら言ってないですよね? 全く、茶番ですね」

「何だと!!」

「ワンちゃん同士がサカって交尾してるだけ。飽きれば終わり、大きな出来事があっても終わり、誰かもっといい相手が現れればそれでゲーム・オーバー。コンティニューはありません」

「それ以上教官を侮辱するなら殺す!! お前が鴉だろうと関係ない!」

「おお、怖い怖い♪ はい出ました魔法のフレーズ“教官”。貴方はいつまで訓練兵でいられるのでしょう? 椛が転属を命じられたら?」

「もうやめてくれ! あんたは椛を抱きたいだけなのだろう? じゃあ同じじゃないか、俺と!」

 文の表情から、突然誘惑の色が消えた。静かな瞳、十蔵には見覚えのある瞳であった。

「違います。私は椛を愛しています。一方通行なのが残念ですが」

「嘘を言うなっ!!」

「あや? 本当ですよ? 証明してみせましょうか?」

 文の手が、再び陰茎に伸ばされた。

「今から私は貴方と交わります。貴方も私も、満足するまで。何度も何度も」

「お前はやっぱり狂っている」

「そうですね。でも、私は狂気を貫きます。もしこの場に椛がいても、彼女に愛してると告げられます。貴方の上で娼婦の様に腰を振りながら。激怒した椛に斬られても」

 屹立した陰茎の上に、文が移動した。

「さあ、存分に楽しませてください。そしてせいぜい罪悪感に悩みなさい」

 一瞬だけ妖艶な笑いを浮かべ、一気に腰を降ろす。膣は既に濡れぼそり、スムーズに結合がなされる。

(教官、ごめん)

 文は恐るべき執拗さで十蔵を攻め続けた。騎乗位一本槍だが、緩急、締め付け、体制を前後に入れ替えたり、様々な表情を見せつけたり、十蔵の胸に“の”の字を書いて見せたり、行為に初々しさが残る椛とは真逆だった。絶頂も異常に早く、自らはもう三十回は達している。十蔵も驚異的な粘りを見せたが、時々文が行う口や手での小細工に不意を突かれ、三度ほど達してしまっていた。内一度は文の膣で、である。

(俺はこの鴉に負けた。もう教官の顔はまともに見られないな)

 十蔵は抵抗を諦めた。すると、文は自分から陰茎を抜いた。そして、汗まみれで相手の胸に倒れこむ。

「はー疲れました。久々にいい汗かきましたよ♪」

「それは結構でしたね」

「褒めてるんですけどねぇ? 貴方の胸、いい心地です♪」

「満足したなら俺を解放して下さい。もうここには一秒だっていたくない」

 文は無視して続けた。

「男の胸板って、嫌いじゃないんですよ。ただ私が惚れ込む人がいないだけ。そして今は椛一人を愛している」

「外せ」

「あやや? いいですけど、貴方先刻からナメた口聞いてくれやがりますけど自分の状況分かってます? 私は、貴方を簡単に殺せるんですよ?」

 上体が起き、文の凄まじい手刀が十蔵の頬を通過した。やや深い傷が斜めにぱっくりと開く。

「いいだろう、殺せ」

「お望み通りにしましょう。貴方が今の関係を椛とズルズルと続けるなら」

「本当に分からない鴉だな? じゃああんたは恋敵と散々なさった挙句、そいつを後押しするのか?」

「ええ♪ 言ったでしょう? 男の胸板って、嫌いじゃないと。ただ、これはまだ興味の段階です。この先に私の求める物が見えるのか? まだ分かりません」

 文はこの後拘束具を全て外し、無理矢理十蔵と入浴した。風呂の中でもひたすら喋る続ける彼女に対し、十蔵は終始無言だった。文も刺激する事は喋らず、身体を洗う時に多少ふざけただけだった。

 数刻後、文の家の玄関口。綺麗にアイロンまでかけられた服を返され、黙って袖を通す十蔵。

「今日は泊まっていきませんか?」

「これ以上は、本当に駄目だ。気持ちを整理する時間が欲しい」

「残念ですね。久々に誰かとお酒が飲めると思ったのに」

「基地でいきなり教官と出くわす可能性だってあるんだぞ?」

「最高じゃないですか。押し倒して告白しなさい」

「それであんたの新聞朝一面かい? これ以上話してると、殺されるより勝手に魂が抜けそうだ」

 十蔵はドアを開けると、夕暮れの中を飛び去って行った。文は忍び笑いしつつ、投げキスを送る。

「恋も愛も知らぬ固い絆、綺麗な花を咲かせてくれますかね? しっかり頼みますよ♪」

 

続く?

 

 某所・プリズムリバー三姉妹のコンサート会場。

「うおおおおおおお!! メェ、ルゥ、ラァンッちゃああああん!!」

 十か所を骨折(内複雑が三つ)、内臓多数・右目損傷の巨漢が大音声でエールを送っていた。包帯だらけで松葉杖の異様極まる姿に、会場では新たな妖怪の襲来かと一時騒然になったが、いつもコンサートに来る彼の事を覚えていたメルランが弁護し、事なきを得た。

「愛してるぜハッピー! 樹に叩きつけられてハッピー!! 大地に落下してハッピー! かすり傷でメルランちゃんハッピー!!!」

 

 終演後、舞台裏

「姉さん、顔色悪いけど大丈夫?」

「嫌‥‥私あの人物凄く怖い! 食べられそう!!」

「えー? あんな素直に盛り上がってくれるなんて、私も増々ハッピーだけど♪」

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