朝礼が終わった訓練基地。
風が強く吹いていた。広場には、三人の男だけが立っている。
「いいのか? お前達」
十蔵は戦闘用の防具、盾、木刀で武装していた。巨大な金剛杖と頑丈そうな籠手を装備した牙堂が頷く。
「ワシは教官にまだ一度も勝った事が無いからのぉ。このまま勝ち逃げは許せん」
億は体中のあちこちにわけの分からない物体を巻き付けていた。その上から黒いマントを羽織る。
「あっしは二度と逃げやせん」
十蔵は内心まだ葛藤していた。
(言うなって命令されたって、言わずにはおれなかった)
皆に助けを求め、残ったのは二人。彼らを道連れに死出の旅路となるかも知れない。
その顔を、牙堂が覗き込んだ。
「何だぁ? 言いだしっぺがシケた面してんのか?」
「お前達、死ぬかも知れないんだぞ? 鴉に刃向うという事は」
「それがどうしたんじゃ。教官の去り際のお言葉を忘れたのか?」
「“流す血は、白狼の誇りと団結、そして山の守護者という勲章”か。何処で習ったんだか」
十蔵は天空を見上げた。
「行くぞ」
鴉天狗治安部隊本部、小会議室。椛は入室してから挨拶以外発言を許されず、検察役も書類を一束提出するだけ。弁護人もいない。裁判というには粗末な光景が部屋では展開されていた。
「検察側の証拠は揺るがぬものであり、被告人犬走椛の罪は明白である。当鴉天狗治安部隊軍法会議は、被告に対し有罪を宣告する。刑は軍刑務所にて千年の服役とする」
裁判長の鴉天狗は、槌で机を叩いた。
「被告人、白狼風情に本来資格は無いが、慈悲の心で最後の言葉を聞いてやろう」
「裁判長殿。以前何処かでお会いしましたか?」
「何?」
「いえ、お顔を何処かで拝見した様な」
「戯言を、下賤の者が。外界の血を扱っておると目まで腐るか?」
椛は一つだけ思い出した。相手は、訓練部隊の創設に反対していた高位天狗、それも筆頭クラスであった(鴉天狗は軍人と文官の間が曖昧である)。
「大天狗様を動かされるとは、余程我らが目障りなのですね」
「道理を弁えておられる。貴様らの様なクズなど不要だそうだ」
(じゃあ、”あのお方”はどうなのだろう。いつも肝心な時にいらっしゃらないから)
その頃、治安部隊本部の正面玄関前に来訪者が訪れていた。二名の番兵が格子戸の前で、三人のマントと三度笠姿のと押し問答をしている。
「だからここでは一般人が傍聴出来る裁判などやっておらん!」
「そこを何とか通してやってくれませんかねぇ」
「駄目だ駄目だ」
「どうしてもですか?」
「当り前だろう」
「やれ、億」
三人の中で一番背の低い男がマントの下から両手を出した。唐辛子の絵が描かれた小型のスプレー缶が門番に浴びせられる。目を掻き毟りながら絶叫を上げる彼らを、牙堂が難なく叩きのめした。
億は飛び上がって門を越えると、詰所の中へ押し入って、警報を鳴らした最後の一人をスプレーで片付け、門の開閉レバーを動かした。三度笠を外し、十蔵は億から事前に渡されていた無骨なガスマスクを着ける。治安本部から殺到してくる群衆へ、マスク姿の億と牙堂が次々と小さな円筒形の物体を投擲し始めた。物体は地面に落ちると、鈍い音と共に強い光を放ち煙を撒き散らした。目をやられ、煙を吸い込んだ鴉天狗は次々と無力化されていく。そこへ十蔵と牙堂が襲いかかり道を開いた。三人は正門を突破することには成功した。しかし、玄関を蹴り開けた向こうでは、抜刀した鴉天狗達が大量に待ち受けていた。億の特殊武器はもう護身用しか残っていない。それでも、三人は前へ歩を進めた。
鴉天狗の一人が全力の前蹴りを受け、吹き飛ばされた。牙堂は首を鳴らしながら呆れる。
「何と、鴉天狗も大してワシらと変わらんのぉ」
既に八人の天狗が彼に倒されいた。しかし、警備兵は次から次へと湧き出てくる。十蔵は木刀を折られ十手で戦っていた。
(まずい、速攻で行くつもりが)
相手を盾で押し、跳びあがって後ろ蹴りを叩き込んだ。そこへ新たな相手が二人襲い掛かる。盾と十手で受け止めるが、さすがに劣勢は免れない。しかし、億が背後から一人ずつ襲いかかり、鴉天狗は目を押さえながら喚きつつ離れた。億の手に握られた物を見て、十蔵は片眉を上げる。
「すぷれーとやらがお気に入りか?」
「最近人里流行りの、トウガラシ入りにござんす!」
素早く背後から来た敵へ二丁拳銃で浴びせる。だが、まだ敵は二階から降りて来る。 牙堂も既に二十人は倒しているが、徐々に疲労の色が見え始めていた。
そして、玄関の扉が開かれた。
「終わった、か」
億の蒔いた催涙+閃光もそろそろ効き目が薄れる。そして外から警備の連中が雪崩れ込んでくるのだろう。
(まだだ!!)
近くの新手を一人盾で吹き飛ばし、もう一人ローキックから十手の尻で殴りつける。最後の最後まで暴れるつもりであった。
背後から意外な声が聞こえた。
「随分と忙しそうだな!」
「九番?!」
「考えたら、カラス野郎をぶちのめせるなんてそうそう無いからな!」
玄関から訓練兵仲間が次々と突入してくる。更に意外な人物が現れた。
「第一小隊!?」
隊長は鉄鞭で斬りかかってきた鴉天狗を殴打し、九番がメイスでそいつを気絶させる。笑いながら隊長は鞭を肩に乗せた。
「軍法会議も数が多い方が楽しいだろうぜ! 下は任せろ、行け!」
「感謝します!!」
敬礼も忘れて十蔵率いる訓練兵達は階段へ突進した。
会議室。
「どうした?! 何故誰も報告に来ないのだ!」
部屋にいるのは、裁判長、検事、後ろ手に手錠をかけられた椛、警備兵が二人だけである。
「随分と仲間思いだな? 群れた狼どもめ、天狗全軍を招集して皆殺しにしてやる!」
呆れた顔で椛が問う。
「では何故なさらないのです?」
「招集には大天狗様の許可がいる。ここには連絡手段が」
「随分と勇気のあられるお方‥‥」
「ほほう? この狼、いや犬が!」
裁判長は椛を突き飛ばした。倒れ伏した彼女を蹴りつける。
「この山の序列はかつて絶対だった! 鬼が上に立ち、恐怖を撒き散らしながらも完璧な力で支配していた! 我々はその下で何も考えず鬼に犠牲を差し出せばいい!」
椛は憐みの視線で裁判長を見つめた。
「貴方、まさか」
その時、扉が大きな音を立てた。重い物がぶち当たる音。裁判長は警備兵に扉を守る様に命じ、自らは椛を引きずり起こした。警備兵が押さえるのも虚しく、扉の鍵が壊れ、二人は吹き飛ばされた。彼らが起き上がる前に、億がトウガラシを大量に浴びせ、牙堂が一殴りで黙らせる。
十蔵は盾を捨て、十手一本になっていた。全身に激闘の傷跡が付き、顔の傷も増えている。
「訓練部隊所属、認識番号十二番・柘植早十蔵! 椛教官を返して貰おう」
裁判長は短刀を椛の喉に突きつけた。
「犬同士仲の良い事だな? もう貴様らは逃げられん。皆殺しだ!」
後方から隊長が現れた。
「どうぞご勝手に、俺達は死を恐れない。しかし哨戒天狗を全部始末して誰が山を守るんです? まさか貴方が?」
「貴様らが知る必要は無い。お前らはまずこのメス犬が血祭りに」
「どうやって?」
隊長の冷めた返事に、裁判長は容赦なく短刀で椛の喉を抉ろうとした。しかしその手には何も握られておらず、彼は無意味かつ奇妙な動作を強いられる事となった。
「あやややや、お探しの物はこれですかぁー?」
場違いに明るい声。短刀をお手玉して遊んでいるその姿は、まさしく射命丸文だった。
「幻想郷最速の名は伊達じゃありません♪」
「この鴉天狗の面汚しがぁ!!」
その顔をカメラに納める文。
「もう少し悪人顔してくませんと♪」
裁判長が完全に気を逸らしている間、椛は大きく身を沈めた。そして、軽くジャンプして高く足を上げ、その爪先を裁判長の顔にめり込ませた。鼻を砕かれのけぞる男を無視して、十蔵の元へ悠然と歩み寄る椛。
「教官! ご無事っ」
彼が過去何度食らったか分からない、上白沢流頭突き制裁が炸裂した。
「馬鹿! こんな事をしでかして死んだらどうするつもりだ!」
「以前と言ってる事が逆でしょ! 頭突きのされ過ぎで後先分からない頭になりましてね!」
腕組みして不貞腐れる十蔵を椛はしばらく睨みつけたが、嘆息して首を振った。
「なら私が支えてやらんといかんな。大馬鹿を認めるなら」
文がニヤニヤしつつ、二人に注意を促した。
「真打ちのご登場ですよ」
扉から白狼天狗を露払いにして、三人の人物が現れた。東風谷早苗、洩矢諏訪子、そして、囚われの鬼だった。鬼は手に諏訪子の鉄輪を嵌められている。十蔵達が脇へ引き、三人は鼻血を流す裁判長の眼前に並んだ。裁判長は鼻を押さえながらも強気の姿勢を崩さない。
「守矢様が一体何の御用で? まさか下っ端どもに誑かされましたかな?」
諏訪子が答えた。
「それがお山の天辺に関わるお話でねぇ。ちょっとこの鬼さんの話を聞いてくれる?」
「私は何も知らん!」
鬼の焼けただれた顔が歪んだ。
「君、僕の前で嘘をつくのかい? 僕はしっかり覚えているよ。わざわざ地底まで来た君が、妖怪の山に地底の妖怪を引きつれ、騒ぎを起こせと土下座した事を。その内四天王も呼び寄せ、鴉天狗が守矢に反乱を起こすとも言ったね?」
裁判長は言葉を失った。鬼は嘘をつかない。早苗が畳み掛ける。
「先刻、大天狗様からもお話を伺いました。鬼の存在をちらつかせ、色々と無体な命令を出させたそうですね?」
「安っぽい志となけなしの力しか持たぬ神どもが。鬼の恐怖の素晴らしさに比べれば貴様らなどただの寄生虫だ!」
鼻から手を離し、裁判長が立ち上がった。白狼天狗が彼を連行していく。諏訪子が居並ぶ白狼天狗達に告げた。
「あんた達は一旦戻っておくれ。この件は私達にも関わりがある様だから、そう簡単には片付かないだろうからね」
二柱は鬼を促し、部屋から出て行った。
「よーし、鴉臭い場所からさっさとオサラバするぞ! それと椛!」
手錠を億に外して貰った椛はキョトンとした。隊長が歯を剥き出して笑いかける。
「ヒヨっ子共を預けたぞ!」
そのまま部下に指示を出しながら部屋を出て行ってしまった。椛は顔を引き締める。
「各員速やかに基地へ撤収!」
「イエス・マム!」
皆が素早く立ち去る中、椛はぽんと手を叩いた。
「ああ、そうだ、あの顔だ」
傍らの十蔵が不審がる。
「何の話です?」
「お前達が来る前、連続婦女暴行事件があってな。あの裁判官の息子だからだな、顔が似ていたのは」
「親はクーデター、息子は性犯罪者ですか。で、そいつはどうなったんで?」
「“手術”をしてやった」
部屋の男達が背筋に悪寒を覚えて、彼女を見た。椛は十蔵を捕まえて引き寄せ、耳元でささやく。
「ん? “悪い子”にしかやらんぞ?」
それから数日後、訓練基地・道場。
閉め切った道場の中で、腕組みして目を閉じた椛が、相手の斬撃を紙一重で回避し続けている。午前の訓練は終わったが、十蔵が椛の鍛練に付き合わされているのだった。結局、椛と訓練部隊への処分は撤回され、大暴れした白狼天狗にも咎めは無かった。司令官は多くを語らず、鴉天狗側で何があったのかも分からない。鬼の処分も不明のまま。
だが、訓練兵達にとっては厳しくも変わらぬ日々が戻ってきたのだった。椛は今、両手を拘束された状態で何処まで戦えるか鍛練していた。十蔵が正眼から斬りこんだ瞬間、素早くその懐に飛び込む。瞬間、男の身体は椛の”背中”に投げられ、宙を舞った。受け身を取り損ね背中を強かに打った十蔵は、剣を捨てた。
「教官、参りました!」
「二人きりの時は名前で呼べと言ったろう? 後私はまだこの結果に満足していない」
「じゃあ椛、どうして‥‥欲しいんですか」
「実際に手を縛ってくれ、それならより緊張感が出る」
数分後。帯で両手を縛られた椛が在った。
「うむ、悪くない」
「真面目に仰ってるんですよね?」
「お前もカンが鈍いな?」
「口に出さないだけです」
椛は縛られた手で十蔵を引っ掛け、強く強く口づけした。
「先手は私がとったぞ、さあどうしてくれるんだ?」
十蔵によって下の道着を脱がされた椛は、秘所・尻、そして尻尾を指で刺激されていた。自分の相方が、尻尾に興味を示す事はあまり無かったため(どうでもいいが、十蔵にも尻尾は生えている)、椛はそこを撫でられる度に小刻みに反応した。
「椛、尻尾が弱いんですか?」
「ち、違うぞ! だって、そんなとこ普通は‥‥それ以前に、お前尻の触り方が嫌らしいんだ!」
突き出された小ぶりで可愛らしいとも言える形の桃を、十蔵は悪戯心たっぷりで撫でまわしていた。時に忙しく動く尻尾に頬ずりしてみたり、ひくつく菊門をなぞって蹴りを喰らったり彼は忙しかった。
「俺もあまり慣れていないもので」
「馬鹿っ、慣れなくていいっ」
顔を真っ赤にしながら椛が喚く。聞こえていないふりをしながら、十蔵は怒張した陰茎を下から椛に押し当てた。
「も、もう挿れるのか? 私は、まだ、ちょっと」
「いえ、そんな勿体ない事は」
十蔵は角度に気を付けながら、椛の秘所に陰茎を擦り付け始めた。最初はあまり潤っていなかった秘所も、陰唇や陰核に押し当てられる圧力と、うっかり入ってしまうのではないかという焦燥感から愛液を徐々に湧き出でさせた。秘所から滴る愛液はもう十蔵の腕部を濡らす程溢れている。
「もういいだろ、早く、頼む!」
椛は、あぐらをかいた十蔵の上にゆっくりと腰を下ろした。
「お前の顔を見ていたいのに‥‥」
「先刻まで目を閉じて訓練していたじゃないですか」
十蔵は腰を突然跳ね上げた。
「ううっ、それに、いきなり突き上げるな! やっぱり、ああ! 嫌、だこの体勢!」
「背後を取られたら敗北ですよ?」
「私を‥‥玩具にする気だな」
椛は罵りながらも、顔は上気して表情も脱力しつつあった。
「その言葉は返答を誤ると、どこぞの変態鴉天狗と同じになりそうですので。代わりに」
もっと激しく突き上げる。椛は達してしまい、前に倒れこみそうになる。慌ててその身体を支えた十蔵は、接合したまま立ち上がった。
「ちょ、何?!」
快楽の余韻に浸る暇も無く、椛は慌てて縛られたままの両手を床に着いた。
「無茶するな! せめて膝を!」
「頑張って下さい、俺も限界まで突貫します}
「くぅぅぅぅん!」
しばらく二人は悲鳴と嬌声と唸り声の中で、豪快な交わりを続けていた。そして、最後が来た。
「うおおおっ!」
十蔵が達するのを感じた椛が、瞬間気を抜いた。ついでに彼女の手からも力が抜け、陰茎までも膣から抜ける。迸る熱い液体はまだ道着に包まれていた背中へ撒き散らされた。二人は気まずい沈黙に包まれ、しばらく立ち尽くしていた。やがて、椛が呟いた。
「後で許さないからな‥‥本物の獣の恐ろしさを教えてやる‥‥」
「声に迫力がありません、椛」
「うるさい、この大馬鹿」
某所・ある天狗のタイプライター
※報告書の一部
白狼天狗に哨戒部隊の兵力増強という名目で、他種族を多数同化させた件。
他種族の内一名が、教官の女性白狼天狗といつの間にか男女の間柄となり(このきっかけは更に調査する予定)、やがて恋愛関係を結ぶに至った。彼らは幾つかの山内のトラブルも解決しており、今後も要観察対象として重要な存在である。
射命丸文
天魔様へ
続く?