幻想郷・妖怪の山。守矢神社の三柱を頂点とし、神々や天狗・河童らが騒がしく暮らしている場所である。
天狗の中でも神に匹敵する力の存在、天魔。彼はいつも何処にいるか分からず、フラリと帰ってきては大天狗達を惑わす様な命令を下したり、余所の美女と浮名を流したり、超高速で新聞を書き上げて匿名で投稿したり(いつも低ランクだが)、ひたすら自由な妖怪だった。ある日の彼の気紛れ、いや深謀遠慮な命令により、幻想郷の天狗社会に新しい血を入れる事が決まった。外部から妖怪や獣人を募り、最下級の白狼天狗として同化後、哨戒部隊として訓練・実戦運用する。大天狗はそれ以上の指示を知らず、また先の構想を練る気も無かったため、新しい血が増える事は無かった。
訓練部隊の教官に選ばれたのは、哨戒部隊第一小隊隊長・犬走椛。かつて守矢神社が外界から突然現れた時、博麗の巫女や白黒の魔法使いら英雄と交戦した経験もある彼女は、実力を高く評価されていた。しかし、上位の鴉天狗をも容赦無く逮捕したり、制裁を加えたりする真面目な性格は時に不興も買った。一線から外され、元異種族の訓練部隊へ回されても彼女は不平を言わず、訓練を勤め上げた。その過程で幾つか事件が発生し、訓練兵一名が死亡するアクシデントもあった(この事件に関しては資料が散逸しており、詳細は不明である)。しかし訓練兵二十三名、その後全員無事に訓練を終え、司令官は哨戒部隊第十六小隊を編成、椛を隊長に任命したのである。
妖怪の山、第九地区上空。犬走椛率いる第十六小隊は、全十五地区に分かれた担当地区を哨戒していた。
「こちらマルガリータ。定時連絡」
第一分隊を直接率いる椛が、インカムを通して皆を呼ぶ。
「エクソシスト、第三地区異常無し」
「アイスブレーカー、第十三地区異常ありやせん」
「エル・ディアブロぉ! 第七地区にて手配中の盗賊団のアジトを発見、これを」
椛がインカムに怒鳴りつけた。他の分隊長も大声に巻き込まれ、エル・ディアブロの分隊長を恨んだ。
「先に報告をしろ! 賊が複数に分かれていたらどうするつもりか!」
「お叱りは滝つぼで受けます、隊長! ガハハハ!」
全然反省していない笑い声に、椛は無表情で拳を強く握りしめた。通信機を切って、ボソリと呟く。
「いいだろう、存分に“叱って”やる」
彼女の左後ろを守る第一分隊”マルガリータ”隊員、柘植早十蔵は溜息をついた。椛は再び通信機のスイッチを入れ、最後の分隊モッキンバードと交信し始めた。
妖怪の山、滝つぼ裏の詰所で第四分隊“エル・ディアブロ”隊長、北ノ森牙堂が盗賊団の親玉の首を掲げて自慢していたところ、椛が帰ってきた。数秒後、レバーブローと鳩尾への直撃を受け悶絶した牙堂が運ばれていくと、椛は首を部隊司令部へ丁寧に運ばせる様命じ、隊長室へと引っ込んだ。
第三分隊“アイスブレーカー”隊長、
「十蔵さん、出番にござんす」
「気が進まないなぁ」
「最近ご無沙汰で?」
「教官どころか今は上官だぞ? ホイホイ声かけられるか」
「あっしらに昇進は無いんでござんすよ。別に上とネンゴロネンネンコロコロになっても問題は無いと思いますがね」
「お前さり気無く俺を馬鹿にしてないか?」
「だから、隊長、いや椛姐さんは恋人でも仕事に手心加えるお方じゃござんせん。十蔵さんは椛姐さんを信じてらっしゃらねぇと?」
「負けた。行ってくるよ」
「厄神様のご加護があらん事を」
億は相変わらず雛の熱烈な信者だった。彼女もまんざらでも無いみたいである。
隊長室のドアがノックされた。
「隊長、十蔵です」
「入れ」
椛は部屋の中で、椅子の背を倒していた。十蔵と敬礼を交わしたが、それ以降は目を閉じたまま何も言おうとしない。仕方なく十蔵が先に口を開いた。
「よろしいでしょうか? 隊長」
「勝手にしろ」
「牙堂はアホですが、今んとこ実績は最高クラスです。懲罰はあれだけで勘弁してやってくれませんか?」
「ほー、他人の心配をしている余裕があるのか?」
「何です? 何か俺もミスをしましたか?」
「もし貴様に誰か好きな人がいたとする」
椛は十蔵に背を向けた。
「その人が、他の人を好きになったらどうする?」
「住所教えてくれますか?」
「どうする気だ?」
「文さん以外なら、決闘を申し込みましょう」
「何故射命丸文殿の名前が出る?」
「だってあの人強いですし、隊長が変態を好きになったら手の施しようが」
「ふん」
椛は十蔵の見えない位置でむくれていた。互いに告白しあったのはいいが、部隊編成や実務が始まってからはなかなか二人っきりの時間が取れず、彼女はそれが不満だった。真面目な性格だが、プライベートでのストレスが漏れ出る事もある。
「せめて文殿から奪い返してみせる、とか言えないのか?」
「あの人と三回格闘訓練しましたが、勝負になりません。実力を隠しているタイプは厄介です」
「もういい、何かあるまで待機。退室しろ」
十蔵は、何故か椛が泣いている様な気がした。
「了解であります。しかし最後にもう一つだけ」
人里・商店街では、右へ行ったと思えば、左に引っ張られる。いつか椛を事件だと偽ってデートに誘った時も、彼女は常に先頭だった。椛は、十蔵が久しぶりに見る私服姿だった。けも耳が出る穴付きの黒い四角気味のキャップ、グレイのパーカー、黒いミニスカートという姿である。健康的な脚とパーカーを押し上げる胸が眩しかった。
喫茶店では。
「おお、このクリームの量は女にとっては諸刃の剣‥‥ほら、お前も一口食べる。一口だけ」
露天商のペットを見て。
「可愛い‥‥。でも、生き物は皆先に逝ってしまう‥‥何? 妖怪亀だから心配無い?」
新しく出来たCD店にて。
「~ら~らら~ヅアララ~」
泣いている小さい子を見つけて。
「どうしたんだ、坊や? お母さんとはぐれたのか? よし、お姉ちゃんが抱っこしてやるから泣くな、男の子だろ?」
デートを申し込んだ時、十蔵は相手がしばらく沈黙していたため半ば諦めていた。しかし椛が立ち上がり、目を細めながら飛びついてきた時。喜んでくれていると確信した。人里での彼女と同じく、尻尾が激しく振られていたから。以前の彼なら、そんな変化にも気付かなかっただろう。彼女が迷子の親探しに番所まで行ったため、十蔵は一人取り残された。ふと見ると、古びた店の前に立っている。“飾職”と看板が出されていた。
(河童が経営してる店‥‥じゃないみたいだが‥‥何かあるかな?)
継ぎはぎだらけの引き戸を開けると、鋭い目付きの小柄な老人が、小さな槌と細棒で作業をしていた。十蔵をじろりと睨みつける。よく見ると左目に光が無い。
「何だ小僧、酒のゼニなら昨日払ったぞ!」
矍鑠とした怒声が飛ばされた。だが十蔵はあまり動じなかった。慣れていたからである。
「爺さん、何か買いたいんだが」
「家賃は後一週間待てと伝えろ!」
「いや、注文受けて作る方式の店ならいいんだ、ありがとう」
老人は槌を落とし、机を飛び越えて十蔵の前に立った。
「お前、客だと?」
ワンテンポ遅れた居丈高な態度だが、青年は意思が通じた事に満足し、撤退を止めた。
「女性に装飾品を送りたいんだが」
「貴様、白狼天狗か?」
十蔵の耳を老人は掴んだ。
「痛い痛い!」
「なら銀細工の奴を格安で売ってやろう」
「分かった。帰れと言うなら帰ろう。だから黙れ」
銀は狼系列の妖怪や獣人には有害物質である。老人は因業そうな笑みを浮かべた。
「洒落の分からんガキじゃな。まあ上がれ。ほら」
小柄な老人は十蔵の襟首を掴み、畳上へ投げ上げた。怪力と表現するには別次元の技、である。土足のまま尻から着地した青年は、茶碗を押し付けられた。その香りで何が入っているのかすぐに理解した。
「酒呑ませんのか?!」
「何を言ってる、これは茶だ」
「玉露だね、全く」
天狗は基本酒に強い。他種族から同化した十蔵も、例外では無かった。濁した酒をグッとあおる。老人は酒瓶から直接呑んでいた。
(二杯目は絶対断ろう)
そう思った十蔵の前に、老人が古めかしい木の箱を置いた。
「財布を出せ」
「あ?」
「財布を出せと言ってんだこのガキ」
拳骨が飛び、十蔵は少し酒が早く回った。半ば無理矢理出させられた財布を、親父は逆さにし、札も全部抜き取った。しばらく黙って見ていた十蔵は、老人が箱を開けてもやはり動かなかった。箱に納められていたのは、漆塗りの木製の簪だった。本物の紅葉と見紛うばかりの飾りは丁寧に色付けされ、稲穂そっくりな房飾りが添えられている。
「秋神様は知ってるな?」
「ああ、そりゃ‥‥作物の神様と‥‥ん? ちょっと待て、静葉様は“寂しさと終焉の象徴”じゃないか!! 爺さんそれを想い人に送らせるつもりか!」
再び老人の拳骨が出たが、一度は上体逸らしで回避された。しかし続け様に逆からフックが飛び、十蔵は飛んで奥の襖を突き破った。
「けっ、何も分かってねぇガキが。帰ぇれ帰ぇれ! ‥‥おや?」
開きっ放しだった戸口に、人影が立っている。その背後で野次馬が多数覗き込んでいた。
「ご老人。その簪、見せて貰おうか」
凛とした声で、犬走椛は相手に告げた。ニヤリと歪んだ笑いを浮かべ、手招きする老人。椛は差し出された箱に歩み寄り、帽子を捨てた。老人が何処に隠していたのか、短い組紐を渡す。それで後ろ髪を素早くポニーテールに結い上げ、簪を横一文字に差した。外からどよめきが聞こえた。吹っ飛んだ襖からようやく起き上がった十蔵は、簪を差して悪戯っぽく微笑する椛を見つけた。
「た、隊長?! ブハッ」
折れた歯を吹き出し、くるりと楽しそうに回る彼女に言葉も無い。彼自身はまだ納得がいかなかったが、その簪は確かに椛を一層魅力的にさせていた。
「おや、大きな迷子。随分探したぞ?」
「た、じゃなくて椛、それは止めて下さい。その簪は」
「嫌だ。私はこれが気に入った。お前もなかなか見る目があるじゃないか?」
椛は反対する十蔵を無視して、老人に尋ねた。
「お代は?」
「もうこのガキから頂いた。毎度あり!」
ぶつぶつ文句を垂れながら、土間に降りた十蔵を引っ張る椛。口笛や囃し声、パルパルの飛び交う野次馬を突破し、商店街を駆け去った。
“草の根”というカフェで、十蔵は携帯していた緊急用の丸薬を、コーヒーで流し込んだ。新しく開発された前線用の薬で、痛み止めや治癒速度の上昇など様々な効果がある。椛は簪を差したまま、大きなパフェを食べている。更に横にはぜんざい、ホット・ファッジ・サンデーが順番を待っていた。十蔵は、踵に隠しておいた金で足りるか心配だった。
「椛」
妖怪でもたじろく速度で消費されてくパフェの影から、口元を真っ白にした椛が顔を見せた。紙ナプキンで拭いてやりながら、十蔵は忠告した。
「その簪は止めた方がいいですよ。豊穣はともかく、寂しさと終焉なんて貴方には送りたくない」
「お前は相手を生まれ持った特徴で差別するのか?」
「突然何を‥‥ああもう」
「厄神様とはあんなに親しいじゃないか。祠まで知っているのは、お前と億くらいだろう」
「雛様とはたまたま縁、といいますか‥‥」
「“寂しさと終焉”そんなに悪い言葉か? 妖怪も人も、神すらも皆寂しさを心の何処かに持っている。そして、終わりはいつか必ず来るものだ」
「それは、分かってます。でも、わざわざこんな日に‥‥。それと貴方と終わるなんて縁起でもない」
「お前もまだまだだな。昔の剣豪が言った言葉があるぞ。“刃の下を潜り抜けてこそ、不可能が可能になる”とな。ありのままの事実は、事実として受け入れる。だがそれに縛られる必要は何処にもなく、今を生きるべきではないのか? 寂しさの辛さ、終焉の悲しみは、静葉様が一番よく知っておられる筈だぞ」
椛はパフぇを平らげ、ぜんざいを手に取った。十蔵はぼんやりと上官を見つめている。
「サンデーはお前が食べろ。‥‥お前が心配してくれる気持ちだけは無下にしない。もしこの品に別の呪いでもかけてあるなら、一考してみるかな? ‥‥うむ、いい餡子だ」
十蔵は無言で溶けかけたサンデーを口に入れた。丸薬が歯の傷口を麻痺させてくれたお蔭で、甘く冷たい物体を苦労せずに口に入れる事が出来た。
騒々しいデートが終わり、日も暮れた。夜、椛邸。
十蔵はカチカチに緊張していた。別に布団の上にいるわけではなく、犬走家の食卓に着いているからだ。彼女は一人暮らしなので、他に誰かいるわけでもない。それでも青年は緊張していた。
(非常に失礼だが、料理は味わった事が無い‥‥つまり何が出てくるか分からない。訓練兵初期の頃より怖いぞ)
厨房から黒い煙が来るのかとか、妖怪ですらKOしかねない味ではないか、など無礼極まる事を十蔵は考えていた。やがて、椛が湯気の立ち上る膳を運んできた。麦を混ぜ込んだご飯に香の物、野菜の和え物と煮物、大根おろしに川魚の焼き物、それと熱い味噌汁。どれも全く普通、いや食欲をそそる姿を晒していた。
「いただきます」
椛は机の上に肘を突き、手を組み顎を乗せ、じっと食客を見守っている。十蔵は煮物や香の物に触れ、その舌に懐かしい感触を思い出していた。
「美味しいです、椛。村の、俺の村の味だ」
「そ、そうなのか? 昔習った通りにやっただけなのだが。漬物は河童から貰っ‥‥」
「とにかく、美味しい。幸せです」
少し涙ぐんでいる十蔵を、椛は下から覗き込む。
「味噌汁、飲んでみてくれないか?」
「お、忘れるところだった」
器の蓋を開けると、湯気が立ち上った。合わせ味噌にシジミ(幻想郷に海は無いが、何故か入手出来るらしい)が入っている。口を付けた途端、思わぬ熱さが舌を焼いた。顔をしかめた十蔵に、椛が慌てて水を差し出す。が、十蔵はそれを制止して、汁をすすり続けた。そして、器を置く。
「嫌いじゃありませんが味噌汁は沸騰させると、うま味が飛びますよ?」
椛は短く弁解した。
「すまない、つい慌てた」
「でも、嫌いじゃありません。作り手の温かさを感じる」
そう言われ、耳の先まで赤くなりそうな椛だった。
椛邸の寝室。
月の綺麗な夜であった。椛と十蔵は行燈一つの光の中、寝間着姿で酒を酌み交わしている。入浴を終えた後のため、椛は簪を外していた。今の彼女は、桃色にツツジの花を描いた寝間着に身を包んでいた。崩れた座り方が色っぽい。
「明日も休日だったな」
「誰かが攻めてくれば分かりませんがね」
「私はそうなったら裸でもかけつけるぞ?」
「じゃあ、後ろから服を俺が運ばないと」
「駄目だ、お前も脱げ」
「男のストリップ飛行なんか異変ものですよ。巫女に封印されますって」
椛は酒杯を置くと、立ち上がり帯を解き始めた。十蔵も寝間着を脱ぐ。二人は酒臭い口を重ね、互いの腰を抱いた。軽い口づけを何度も繰り返し、酒でない別の物に酔いしれる。躊躇なく椛は十蔵の足元に膝を突き、優しく陰茎と睾丸を手に包んだ。デリケートなその部分を掴み、動かし、時に少しだけ力を入れる。大きくなった陰茎を、椛は乳房で包んで更に扱きあげた。十蔵が軽く唸ると白い液体が噴出し、椛の上半身を汚す。紙で身体を清めながら、椛は不敵に笑った。
「相変わらずの早漏だな」
「面目御座いません‥‥あえて異を唱えるなら、貴方の技が凄すぎる」
「ふん。なら次は私をどう攻略する?」
椛は布団に横たわった。絵画のモデルの様に横向きへ寝て、視線で相手を挑発する。十蔵は椛の片足を持ち上げ、敢えて陰部の周囲・内股や腹部を舐め始めた。
「じ、焦らしているつもりか?」
青年は無言で舌を使い続けている。その後も彼は陰部に触れず、それでいて椛の感じ易い場所を狙って舐め続けた。椛は段々と不安になってきた。
(何故、私のここを触ってくれない? お前が触れてくれないと、指を使ってしまいそうだ)
椛は時々、十蔵の事を思って自慰をする事があった。しかし、それは彼女に強い罪悪感をもたらした。
(抱いて欲しい、といえば抱いて貰える。まさか、こいつはそれを知って?!)
羞恥で顔を隠してしまう椛。そして、とんでも無い事を口走った。
「は、早く私を食べないと冷めてしまうぞ!」
一方、青年は単に相手の身体の隅々まで攻めたいと思っていただけだった。それが、椛の一言でタガが外れた。
椛の秘所は濡れやすい。彼女が情熱的なのか、体質なのかは不明だが、クンニリングスや指での刺激をしなくても受け入れ体制は整っている。だが十蔵は蜜壺にむしゃぶりついた。わざと音を立てて陰部を攻める。椛は必死で先にはイクまいと、布団を噛んで耐える。十蔵は口を放し、頑張る椛の姿を見て微笑んだ。
「行きますよ」
椛の身体を移動させ、二人と窓の月を平行にした。そして、椛の身体を横にし、自分は相手の片足を跨いで挿入した。
「じ、十蔵!! 何か月が笑ってる様だ!」
「そりゃ兎やおっかない神様が住んでるらしいですからね!」
「そんな壮大な露出、並みの変態でも考えないぞ!」
「風流と言って下さい風流と!」
「お前のは三流だ!」
青年の腕に身体を預けながら、椛は言った。
「あの簪、皆の前でも着けてみようかな」
「服務規程違反ではありません。よろしいのでは?」
「他の男の視線を集めたらどうする?」
「”寂しさと終焉 ”の椛流解釈を知るのは俺だけですから」
続く?