初めての恋は、幼稚園の頃だった。
お父さんや、お母さん。それに、お兄ちゃん。家族に対する好きとは違う感じ。
胸が痛くなるほどドキドキする。
そして、初めての失恋も幼稚園の頃だった。
お父さんや、お母さん。それに、お兄ちゃん。家族に怒られた時とは違う感じ。
胸が痛くなるほどドキドキした。
まぁ、仕方ないよね。彼女にだって選ぶ権利はある。
私が好きになった人が、私を好きだとは限らない。そんな当たり前を、他の人より ちょっとだけ早く実感しただけだ。初恋が叶わないなんて話し、珍しくも何とも無い。
でもさ。
好きな人から言われる「変」の言葉は、柔い幼心を傷つけるには十分だったんだ。
女の子が 女の子を 好きになっちゃいけないんだよ?
はねるちゃん変だよ。気持ち悪い。
そう言った彼女は、きっと彼の事が好きだったんだろう。
通りかかった男の子に目を輝かせると、私のことなんて見向きもしないで行ってしまった。
その傷痕は今でも消えちゃいない。
カサブタが出来る度思い出しては、こんな風に剥がしてるんだ治りだって遅くなる。別に、誰に何を言われても良かった。それでも私は貴女が好きですって、言える自信もあったけど、好きになった子に言われるのはな。
変ってさ。そんなに変だったかね?
我ながら ませてたなっては思うよ? 友情と恋心を取り違えてもしょうがない年頃だったともさ。
でもね、忘れたくても忘れられない。幼い頃の痛い記憶。
確かに今思えばそうかも知れない。女の子は男の子を好きになるものだ。
一般的な常識を、当たり前だと受け入れられるようになってしまえば、過去の恋心が果たして本物だったのかどうか、少しだけ、大人になってしまった私には見分けがつかなくなっている。
それでも私は子供だった。
私が好きになるのは何時も女の子。好きになって、頑張って仲良くなって、今度こそ大丈夫だって思う度、裏切られた気分になる。
私が一番好きって言ってくれてたのに。
「いや…」「ちょっと…」言葉を濁されるだけならまだいい。「ごめんね」って謝られるともう泣きそうだ。トドメの言葉はいつだって「変」だの「気持ち悪い」だの、私の恋心を真っ向から否定するものばっかりで。
泣いて泣いて、もう恋なんかしないって思うのに、そんなのも忘れてまた誰かを好きになる。
違うのか。私が間違っているのか。
なら、女の子である所の私は、世間の言うように男の子と付き合えば良いじゃない。きっと、私にだって出来るはず。だって、それが普通って言うやつで、大人は皆そうしてる。
試しにね、付き合っては見たよ。
でもダメだ。
「いや…」「ちょっと…」って、まさか自分が言うとは思わなかったな。
「ごめんね」って、別れた時の彼の顔は、きっと私の鏡写しだったろう。
気持ち悪かった。
彼に落ち度が合ったわけじゃない。彼氏としてはきっと、慣れないながらもよくやってくれていたと思う。ただ、男の子から女の子として求められる事に、私が耐えられなくなっただけ。キスをされそうになった時がもう限界だったよね。
思わず突き放しちゃって、そのまま逃げ出した。
まぁ、そもそも、好きでもない人からのキスなんて、気持ち悪い以外の何も無いってのはそう。
彼女達もそうだったのかな?
今まで、私が好きになった女の子たち。好きって、告白した彼女たち。
手を繋いで、抱き合ってさ。同性だから許されていたような事も、それが下心からくる感情だったと知られれば、まあ、気持ち悪くなるのは分かるかも知れない。
実に憂鬱だ。
もう、恋なんかしない。
何度したって、私の恋は叶わない。
だからこれは、たまたまだ。
窓際に座る彼女に、ただ視線が向いてしまっただけ。
頬杖を付いた拍子にだとか、机に突っ伏したついでにだとか。何気なく、気が緩んだ私の視界に彼女が映ってしまった。
北見 真冬ちゃん、だっけ?。
あんまり話した事はない。一通りクラスの人に声を掛けてみた後はそれっきり接点の薄かった子だ。残ってる印象としては、大人しい子。教室の隅で一人で過ごしているのが板についている。悪口を言うなら、それこそ壁の染みみたいに目立たない女の子。
自己紹介の一つをとったって「北見真冬です」と、軽く頭を下げて切り上げられるのは、ある意味で心は強いのかも知れない。
「他に言う事はなかったの?」話のタネに聞いてみれば「あんまり得意じゃなくって、そういうの」と、やんわり距離を取られてしまった。
なるほど。
私とは正反対の女の子だと思う。目立ちたくないってそういう人がいるのも、まぁ分かる。でも、自分が主役になれる時間をおろそかにするなんて、私には考えられない。
結局それっきり。
クラスメイト以上の接点を持てないまま、私と彼女は平行線になるはずだった。
だって、私の好みの女の子は、もっとこう、女の子女の子した女の子であって。
言ってしまえば、自分に合わせてくれる子。私のテンションに付き合ってくれる子だ。
無駄に駄弁って、ちょっとした事ではしゃいで見せて、ミラーボールの横にならんだミラーボールみたいな、キラキラした関係でいたかったんだと思う。
なのにさ、ズルいんだぁ。
そういう顔も出来るんだって、気づいた時にはもう、私は彼女に惹かれていた。
北見さんがクラスの男の子と話をしていた。特に用事がある風ではなく、ただの世間話に見える。カースト、なんて言い方は好まないけれど。クラスでも目立つ方の彼が、あんな地味な子となんの話をしているのかと興味が出ないわけもない。
盗み聞きとは人聞きの悪い。
同じクラスにいるんだもん、たまたま聞こえてしまうこともあるだろう。
その時、彼は一体何と言ったのか。彼女はなんて答えたんだろう。クラスの喧騒の中、彼女の声はあんまりにも小さい。辛うじて分かるのは、頬を真っ赤にして、顔を俯けた事だけ。まるで、口説かれているみたい。あんまりにも初な彼女の反応に、なんでか私の方がドキドキしてしまっていた。
さっき何の話しをしていたの?
気になるなら聞きに行けばいいのに。今までの私は確かにそうしていたはずで、でも、今の私は二の足を踏んでしまっている。
変なの。
友だちを作るだけなら簡単なのにな。振られ続けたせいか、及び腰にでもなっているんだろうか? 1日、2日、声を掛けられないまま。それが悪手と知りつつも、勇気なんて急には湧いてこない。まぁ、地味な子だし。大丈夫だろうと高を括ったのも悪かった。
一体そこで何が合ったのか。
後々、流れた噂なんて、その時の私には知る由もない。
何の接点もなかった二人が、揃って学校を休んだ次の日に、揃って登校してくるんだから分からないもんだ。
まさかね。
告白する前から恋が終わるなんて初めての経験だった。
たまたま そこで一緒になっただけ? そうは願ってみても、北見さんの方は満更でもなさそうで、その日の放課後も一緒になって帰るのを見つけてしまった。
3日、4日。日が経つにつれ、二人の距離は近くなる。
最初は緊張していた北見さんも、だんだんと彼に対して遠慮がなくなったのか、笑顔を零す事も増えてきた。大人っぽいっていうのかな? 口元に手を当ててクスリと微笑む。その仕草は私には無いものだった。楽しいことは楽しいと、お腹を抱えて笑う自分がなんだか子供っぽくて、ちょっと恥ずかしくもなった。
可愛いなぁ、ちくしょう。
あの笑顔。独り占めにしたかったなぁ。
でも、そこで嫉妬してしまうのもやな女だし。
せっかくの恋が実ったんなら、もう行くとこまで行ってくれた方が私にだって諦めが付く。
まぁ、でも、良かったのかな。
きっと、北見さんにそんな気はないだろうし。私に告白されたって、彼女を困らせていたはずだ。あるいは、押しに押したら付き合ってくれたのかもしれないけれど。そんな関係は多分、長続きはしなかったろう。
単に振られるよりも、キツイしっぺ返しが待っている。
きっとそうだと自分に言い聞かせ、また、膝を擦りむく前に立ち止まれたのなら良いと慰める。
今日は残念会だな。
一人寂しく街を歩いて、美味しいもの食べて、可愛い服でも買って、カラオケでも、バッティングセンターでもいいな。適当に騒いでさ。ストレス発散した後は、明日の私にバトンタッチだ。
ー
放課後。
学校から開放された私は、友人達からの誘いも断って、一人寂しく街を歩いていた。いちご と ホイップと、いかにも女の子らしくデコレーションされたクレープを齧りながらも、その足が不意に止まってしまう。
北見…さん?
まぁ、そんな事もあるだろう。
近くの学生たちが、その日の気分で行ける街なんて多くはない。
たまたまニアピンしたとして、でもしかし、彼女が入っていったのは有名なランジェリーショップのある建物だった。
ペロリ…。
足が止まる。
指先に残ったホイップを舐め取った後も、私はその場から動けなかった。
回れ右。それが正解だ。お友達でも良いなんて、流石にそこまで図太くはなれないよ。
だって言うのに、足が動かない。
その場から動けないどころか、通りを歩く人並みに押された振りをして、一つと、前に進んでしまう。一歩、動けばまた一歩。2歩と3歩と重ねて動けば、もう止められなくなった。
やってしまいましたなぁ。
敵に塩を送ってしまった。
いや、塩じゃないし、私は敵にすらなれていない。
送ったのは下着だし、気づけば私は北見さんの お友達の枠に収まってしまっている。
上手くやったと言えばそうだろう。
実際、仲良く話すだけと割り切れば、私の口は良く回った。「私達付き合わない?」なんて、言えてしまった自分が怖い。答えは当然NOだ。いや、NOですらない。冗談半分だったんだもん。自分から茶化してみせたんだ。それが本気に取られるわけもなく、ただ、一つ成果があったとすれば「友達付き合いなら」と、返してくれた事。
北見さん を、真冬を応援する振りをして、一人寂しく手を振る私に残されたのは、二人で写った自撮り写真。それに、彼女宛のアドレス。何より収穫だったのは、真冬の下着姿を拝めた事だろうか。
彼氏には悪いが、それくらいの役得は良いだろう。
とっておきの可愛いを選んでやったんだ。私だって、少しは良い思いをしたい。
肌、綺麗だったなぁ。
見た目からしてインドアな彼女の肌は白く、日に焼ける機会に恵まれなかったのが伺える。それに、意外というか、ふひひっ、変な話になるが、おっぱいもなんかこう。ボインじゃないけど、ポインって感じで、こういうので良いんだよってね。
目に焼き付いた真冬の下着姿は如何にも女性的で、小動物チックな私の体型からすれば十分魅力的だった。女の子だって、可愛い女の子は好きなもんだ。
あんなの見せられたらさ。
私でだってドキッとしたのに。男の子からすれば、堪ったもんじゃないだろう。
それがどうぞって、据え膳で出されるんだ。休み明けにはきっと、惚気話にも似た猥談が聞けるかも知れない。
チクリ…。
痛む胸を抑えながら、真冬の後ろ姿が見えなくなるまで手を振って…。犬の尻尾みたいにさ「がんばれ♥ がんばれ♥」て、手を振って…。振った手が疲れてきて、気づけば、落とし所が分からなくなった手を見つめていた。
グーってして、パーッと開いて…。
しばらく立ち尽くした後、私はようやく回れ右。
ー
がたっ…!
椅子をひっくり返しそうな勢いで立ち上がる。
そのまま飛び出していきそうな私を引き止めたのは、真冬の柔らかい手の感触だった。
休み明けの教室。一体どんな惚気話が聞けるんだろう。
あれだけ私をヤキモキさせたんだ。いい加減トドメを刺して欲しいとまで思っていたのに、教室に顔を出した真冬は見るからに落ち込んでいた。
何が合ったのかと尋ねれば、何も無いと返される。
一緒に登校してきた彼氏とも、何処か余所余所しく、努めて距離を開けているようにさえ見えた。
「良いから…大丈夫だから、私は。ね? だから、その。ごめんね 羽流。色々してくれたのに、ダメにしちゃってっ」
「ダメなんかじゃっ! …っ」
声を上げようとして、でも、続く言葉を飲み込んだ。
皆が見てる。そりゃそうだ。いきなり音を上げて立ち上がって、おまけに叫びそうにまでなってるんだ。最近まで大きく関わりのなかった私達が、なにか揉めてるんじゃないかと、思われたって不思議じゃない。
腹の虫を噛み潰す。苦い苦い味が口の中一杯に広がっても飲み込んだ。
「大丈夫だから」「お願いだから」と、真冬に言われたんじゃしょうがない。
これ以上、私の嫉妬で彼女を困らせるわけにもいかなかった。
「あ、あはははっ。ごめんねっ、皆。だって、この子がさぁ。えと…そうっ、水着っ! スク水しか持ってないって言うんだよっ。いやいや、女の子としてそりゃどうよって、ね?」
「はっ!? へ…はね、る? あ、いや…その、うん。でも…だって…」
日頃の行いか。私のオーバーリアクションは笑って受け流されると「まぁ、北見さんならそうだよね」って、意見が大半に収まった。じゃあ、今度皆で水着でも見に行かないかと、耳聡い男子連中がドギマギし始める頃には、一瞬静まり返った教室も、いつもの賑やかさを取り戻す。
なんでだよって、問い詰めてやりたかった。
問い詰めて、それでどうしようっていうのかも分からないまま、今にも彼に掴みかかりそうになる拳を無理に押さえつける。なんでかな、むしろ私には喜ばしいことの筈。でも、好きになった子が振られて泣いてるのに、それを嬉しいだなんて、一瞬でも思ってしまった自分が嫌だった。
そんな罪悪感、罪滅ぼし、でもないけれど。
放課後を告げるチャイムの後、私は彼女の手をぐいっと引っ張って街へ出る。
まるで、しつけの悪い犬の様。少し困った顔をしながらも、真冬が嫌がらないのを良いことに、あっちへこっちへ連れ回し、気づけばとっぷりと日がくれてしまっていた。