「ふへぇぇ…」
すっきり、さっぱり。お風呂上がりの開放感は日々の癒やしだ。
長風呂から上がった羽流が部屋に戻ると、充電中だったスマホがピコピコと、着信があった事を伝えてくる。
こんな時間に誰からだろう?
思い当たる友人の顔は数あれど、特定するには至らない。
「…およ」
真冬からだ。
珍しい。なにかデートの約束でもしていたっけ? それとも、宿題のやり忘れなんかもあったろうか。彼女からの連絡なんて、そんな事務的な確認ばっかり。
無駄話、それが得意でないのは知っている。それでも私は、真冬とどんな事だって共有したかった。今日食べた夕飯の話しだっていい。なんて事のない日常の愚痴だって、いくらでも聞いてあげられるのに。
一分でも、一秒だって。
彼女と時間を共有したい。彼女の時間を私の物にしたい。そんな、ヤンデレチックな思いは、日に日に高まっていくばかり。
本当なら私だってさ…。
もっと電話とか、メッセなんか送りたいんだけど。
流石に自重した。学校じゃ物理的にも振り回してるのに、お家に帰ってまで休む暇が無いのでは、真冬だって疲れてしまう。
あぁ…。遠慮してるのか私は。
でもなぁ。私の愚痴とか、SNSで話題の何かって、真冬は聞いてて楽しいんだろうか? 話し始めれば付き合ってくれるだけに、それが余計気にかかる。
しんどいって、思われたくないなぁ。重たい女の子だって、思われるのは嫌だなぁ。
しかし。いや、だからこそか。
私はスマホを片手に固まってしまっていた。
「…なん、だと」
目を疑った。
メッセの画面を開くとそこには「はねるん」と、たったの4文字。それだけが浮かんでいる。羽流さんに電流が走った。いいや、雷に打たれた様だと言って良い。
しばらく画面を見つめた私は、一度画面を消した後、もう一度と明かりを付ける。
変わらない。
そこには変わらず「はねるん」と、生まれてこの方、一度も聞いた事のない私の愛称が刻まれていた。
真冬が? なんで?
まったくの油断だった。
「はねるん」と、その後に続く言伝は何も無い。真冬なりの葛藤が目に見えるようだ。勢いで送ったなら消せばいいし、適当な言い訳を並べ立てる事もなく、後に続くのは、私を待ち続けるかのような空白だけ。
もうさ、速攻で掛け直すよね。
メッセを送り返すなんて、迂遠な事なんかしない。
ていうか、それじゃ真冬は反応しないだろう。
「はねるん」と、送られてきてから かれこれ 一時間。その間中スマホを手に固まってるなんて思えないし、待ちくたびれて寝落ちしてる可能性だってある。
寝てたらごめん。
でも、起きて。
いや、起きろ。
このままでは、確実に自分を持て余す。正気を保っていられる内に真冬の声が聞きたい。はねるん、はねるん。電話を待つ間にも、彼女の声が頭の中で反響していた。一人寂しくおっぱじめるのも時間の問題だ。
♪♪♪♪
コール&コール。レスポンスがなくても呼び続ける。
なに、こんな夜だ。まさか部屋に居ないなんて事はないだろう。仮に、お風呂にでも、トイレにでも、あるいは寝落ちしていたって良い。どこにいようが、出るまで続けるだけ。
しかし、それにしたって長いな。
トイレの線が消えたとなれば、お風呂の方か。しかしそれも、真冬の生活リズムを思えば考えづらく、残るは寝ているか…。
もしかして?
私の聡明な頭脳に浮かび上がった検索ワード。
「事後」あるいは「最中」だろうか。それは申し訳ない。私だって、オナってる時に邪魔をされるのはイヤだし、さっさと諦めてくれと思う気持ちも分かる。
仕方ねぇな…。
明日、まふゆん をからかう材料が出来たと思えば悪くはないが、でも、どうだろう? 昨夜は捗ったかい? ナニしてたの? 意味する所は同じだけれど、どこまで攻めて良いのやら。別に彼女は潔癖って訳でもないし、適当にあしらいはするのだろうけど、さじ加減は難しい。変にへそを曲げた彼女は意外と頑なで、宥めるのだって大変だ。
♪
「…おっ」
諦めかけていた私の願いが通じたのか、ようやくと繋がる電話。
けれど、その向こうから聞こえる声は無く、衣擦れのような音や、漏れるような吐息が聞こえるばっかりだった。
「愛してるよ、真冬」
あんまりにも反応が無いもんで「もしもし」代わりに愛を囁いた。
しっとりと、耳を撫でるような告白。電話という性質上、彼女の耳には私の愛の言葉が直接届いたはずだ。初めてこれをやった時「ぴゃっ!」と、驚いた真冬に電話を切られてしまったっけ。送ったメッセは既読無視、その後しばらく電話を取ってくれなくなった。
「…んっ」
息を呑むような声が聞こえた後も、彼女からの返事は来ない。
いまさら照れるも無いだろう。頬を染めながらも、最近は体よくあしらっていたくせに。今となっては、最初の頃の反応が懐かしいくらいだ。
寝ぼけてんのかな?
低血圧そうって言えば、まぁまぁ納得はできた。朝起きて、寝癖でボッサボサになった髪の間から、じろっと、胡乱な瞳で見つめられる。いつも身だしなみを整えている彼女からは、決して想像も出来ないような有り様は、思った以上に私の妄想を刺激した。
同じベッドでもなきゃ、決して見られない光景だ。
例えそうだとしても、誰かと一緒ならすぐに取り繕ったりしそうだし。
私にしかみせない普段の一面。そういうのが見られる関係に、いつかはと、考えるだけでも ちょっとドキドキしてしまう。
「はね…る…」
「ん? どした?」
ぼやけた声だった。思った通り、寝起きなんだろう。
そんな真冬にハイテンションを押し付けるわけにもいかず、トーンを一段と下げた私は、彼女からの返事を待つ。
「たすけて…」
「…っ!?」
言葉足らずだ。
あまりにも情報が足りてない。
いつ? どこで? だれが? 何を? 真冬は私にどうして欲しい?
「すぐ行く。今どこ? 家? それともどっか…」
しかし、考える前に体は動いていた。
着替えるなんて思いもしない。お風呂上がり、Tシャツ一枚のラフな格好で立ち上がった私は、スマホを握りしめたまま部屋を飛び出し…。
「ぇ、ぁ、ちょっ! まってっ、ストップっ!」
電話越しにもドタバタが聞こえたのか、はっと、意識を取り戻した真冬は、慌てて私に待ったを掛けた。
「ストップ? 止まれ? なんでさ?」
「ちがうの…。助けてって、そういうんじゃ…私…」
「そうじゃないなら何? 事故とか事件じゃないっての?」
「うん、大丈夫だから。私、今、部屋で…危ない事とかも全然。少し、寝ぼけてただけっていうか…うん、そんな感じで」
「…寝ぼけてただぁ」
一秒、二秒、電話の向こうに耳を澄ましてみても、不審な気配は何も無い。
スマホから聞こえる彼女の吐息にも不安は見えず、むしろ、部屋を飛び出し掛けた私の方にこそ、慌てているみたいだった。
「…はぁぁぁぁぁっ」
緊張の糸が切れると同時に、大きく息を吐きだした。盛大に、聞えよがしに、最大限の抗議を込めてだ。
「脅かすなよ」
半端に開いた扉。取っ手を掴んだ手を引き上げパタリと閉じる。
そのままベッドに戻った私は、身を投げるように寝っ転がると、天井を見上げながら呟いた。
「ごめん」
「悪戯にしたって、笑えないって」
「うん、ごめん」
「で、何? 助けてってさ? 宿題が終わらないとか?」
「それは羽流でしょ? 明日の英語の宿題、ちゃんとやったの?」
「名前は書いたよ? まいねーむいず、はねる、はねやまって、ローマ字で」
「ローマ字で…。明日、一緒にやろうね?」
「はーい」
嘘である。そも、名前すら書いてないし、今まで忘れてたくらい。
そのくらいの事、真冬にだって想像は付いたはずだ。後で名前くらいは書いとかないと、ローマ字で。まぁ、どうせ5時限目だし。真冬の言う通り、明日やれば良い。それよりも、今大事なのは彼女の事だ。
「それで?」
「…」
雑談をそこそこに切り上げた私は、端的な問を投げかける。
けれど、答えは返らない。水面に石を投げた時見たく、波打ちはするんだけど、真冬は静けさを保ったままだった。
「言えないこと? 言いたくないこと?」
「…言わなきゃ、ダメ?」
「言ってくれないと、ちょっと傷つく。私はそこまで真冬に無関心になれないよ。助けてってまで言われてさ、悪戯じゃないってなら尚更ね。それとも、羽流さんじゃ頼りにならない? 私じゃ真冬を助けて上げられない?」
まぁ、告白の答えって言うなら、電話越しではイヤだけど。
助けてって言うだもん。初めてだよ、真冬がそういうの。彼女が言わなさそうな言葉ランキング、その10位以内には確実に入る言葉だし、実際私ですら聞いたことがない。
寝起きだったから、夢見が悪かったって言われてしまえばそれまでだ。
悩み なんか誰にだってある。ついと、口から零れてしまう事もあるだろう。
そっとして上げるのも優しさの一つかも知れない。だけど私には、助けてとまで言った真冬を放って、電話を切るなんて出来なかった。
「その…いけなくって、私」
絞り出すような声だ。
なにかの拍子とはいえ、必要以上に私を心配させてしまった。
その後ろめたさが、彼女の喉を締め上げる。あんまりにもか細い声音は、スマホ越しでは更に聞き取りづらく、今にも恥ずかしさで消え入りそうだった。
「いけないって? 何? 何処に? 推しのアイドルなんか居たっけ? まふゆん」
「何処とかじゃなくって…。だから、その…笑わない?」
「笑えないよ。助けてって言う程なんでしょ?」
「変とか…思わないでね?」
「なんでさ?」
「約束…。ちょっとでも笑ったりしたら、私、電話切るから…。もうっ、口だって利いて上げないからねっ。それからっ、えと…明日もっ、そうっ、明日から学校も、一人で行くんだから…だから…ね?」
可愛いかよ。
一言纏めて「絶交」だと言い切れない所が最高に可愛らしい。
口も利いてあげない、学校にも一人で行く。重ねた保険の数々が、私に対して脅しになると信じて疑っちゃいないんだ。不器用な愛情表現だった。きっと本人ですら自覚が無い。私からの好意に甘えてもいなければ、そんな言葉は出てこないだろう。
「分かった、分かった。約束ね? 指切りしとく?」
いつもとはまるで逆。急に子供っぽくなった真冬を前にすれば、私ですら大人になれてしまう。
「電話越しでしょ?」
「良いから、良いから」
指切りげんまん呪文を唱えて…。
私に遅れて呪文を呟く真冬。スマホ越しでの合唱自体は何でも良かった。
ただ、ちょっとでも彼女を 安心させて上げたかっただけ。「指切った」の その前に、真冬のペースに合わせた私は、最後に二人、口を揃えて呪文を唱え終えた。
「えと…ね?」
躊躇う様な吐息が漏れる。
一分でも、一時間でも構わない。何も言わず、待ちの姿勢を見せ続けた私に根負けした真冬は、おずおずと秘密を話してくれた。
「私、さっきまで、その…ひとりで、してて、だから…」
「ひとりでって、なにを?」
「えっと…えっちな、こと」
「ひとりで…えっちな…。ああ、オナニー?」
何を言われるかと思えば、何を思えば良いんだろう?
あんまりにも唐突すぎて、思わず聞き返してしまったくらいだ。
予想外? いや、でも、もしかしてと、考えはしたんだし。でも、だからってさ。いけないって、オナニーの相談をされるなんて予想できる訳がない。
「そうだけどっ。そんな言い方…」
「言い方かぁ? ひとりエッチの方がエロくない?」
「言ってないっ! もういいっ、茶化すんだったらっ…」
「ごめんごめん。茶化してたつもりは…。あっと、えーじゃーなに? いけないって、そういう意味?」
「…うん」
これは…困ったな。
頷いた真冬に、果たして私はなんと答えたもんか。
真冬と猥談できるぜっ。なんて、はしゃぐ気持ちこそあれど、とてもそんな雰囲気ではない。彼女にとっての ひとりエッチはあくまで秘め事であるべきで、私みたいにエンジョイしようだとか、オナニーくらい誰でもするでしょ? みたく、割り切って良いものじゃなかった。
「だから、その、うん。平気だから。助けてって、誤解させて、脅かしてごめん。心配してくれてありがとう。夜も遅いし…それじゃあ、また…」
困らせた。そんな空気を伝えてしまったのは不味かった。
恥ずかしいのも当然あっただろう。遠慮をした真冬は、話を終わらせようとして声を遠ざける。
「ちゃんと解消しとかないと、明日 辛いぞ? できそう?」
しかたねーな。
まあ、下ネタの、猥談の経験が無い訳が無い。
女の子同士だって、する時はするし、それこそ、恋バナの延長で猥談に突入したことさえあった。
問題は、真冬にそれが耐えられるかだけど。
「別に…。もう、寝るし…ていうか、羽流がしつこいから、起こされて…。どうせ、明日には落ち着いてるはずだから、いいの…」
「良くないね。実に不健全だ」
「不健全って…こういう事する方が…」
「いけないこと? じゃあ私悪い子じゃん」
「いけなくは…。揚げ足取らないでよ」
ムスッと、真冬の声が膨らんだ。
頬を膨らませたのか、唇のを尖らせたのか。スマホの向こうで不満げにしている姿が目に浮かぶ。
「今日、我慢出来たとして、明日は? 明後日は? ずっと我慢するつもり? 大変だぜ、いつもは気にならない事でも気に掛かって、ちょっとでも気になると、もう一日中気に掛かんの。あんまり刺激しないようにって、頑張っては見てもね? もう焦らしプレイなんよ、それ。我慢して、我慢して、お家に帰ってフィーバーするなら良いんだけどさ。まふゆん、そうじゃないでしょ? また我慢して? 本当に大丈夫だと思う? ちょうど明日体育じゃん。乳首勃ったまま動き回るとか最悪だぜ?」
「…羽流のエッチ。いつも、そんな事考えてたんだ?」
「そうだよ?」
「うっ。そんなハッキリ…」
いつもは言いすぎだけどな。でも、ここは断言しとく所。
罪悪感、忌避感か、羞恥心も多分にあるだろう。無駄に性欲を持て余した彼女の肩を解す程度でいい。全然普通の事だって言い切って上げないと、恥ずかしがった彼女は頑なまま、それじゃ何をしたって やりきれるものじゃない。
「ね? 真冬。する時に私の事、考えてたりした?」
「…そりゃ、少しは」
「ふーん」
ドキッとした。
ドキドキした。
意外と素直に答えた事にも驚いたし、好きな子に、自分の事を考えながらオナニーしてましたって言われて、嬉しくない訳がない。気分はもう、スカートめくりをする男の子。いてもたってもいられなくなった私は、彼女の秘密を暴こうと、その秘め事に手を掛けた。
「ね? まふゆんって全裸派?」
「ぜんっ…ぃゃ、その…私は…」
「ちなみに私はねぇ…」
「まってっ! 言わなくて良いっ。私も言ったんだからってっ、羽流はさ? 言うんでしょ絶対っ」
「ちっ…」
「舌打ちしないの…」
よくおわかりで。
出鼻をくじかれる。同調圧力で攻めていく線が潰されてしまった。
そんな羽流ちゃんマイスターな真冬には、小細工よりも、直接交渉の方が早いかも知れない。
「ね? 一回任せてみない?」
「任せるって…何を?」
「ひとりえっち。うぃず はねるん」
「…っ」
往生際の悪い。スマホ越しにも真っ赤になっているのが伝わってくる。
察しは付いているくせに、はぐらかそうとしているのが丸わかりだ。
ゆらゆらと、揺れるようなその気配。
焦げ付いた性欲と、それを押し留める羞恥心。崖っぷちの心境で、彼女の望む事には大体の予想が付く。
「今さ、ちゃんと服着てる?」
私に決めて欲しい。
それは、困った時の真冬の悪癖だった。
普段は精々、アイスのフレーバーに迷う程度の可愛らしさ。それすらも、迷ったあげくに選ぶのは基本のバニラ。受け身な彼女は選択肢に弱く「どうする?」と、聞かれるよりも「そうして」と、言われる方に安心するタイプだ。
「着ては…いるよ?」
軽く背中を押すように。
いきなり強い言葉を使ってしまうと、いくら真冬でも抵抗が先に立ってしまうから。まずは一歩、見えない崖の向こう側に連れ出す様に。
「じゃあ、服の上から触るタイプなんだ?」
「そうじゃなくって…えと。前は…開けてて」
「あーね。一度始めると全部脱ぐのメンドイもんねぇ…」
「そう…かな。うん、分かんないけど」
ただの雑談。ちょっとエッチな話題を教室の隅でするように。
いつもと変わらない雰囲気で話す私に、だんだんと真冬の警戒心も緩んできたようだ。
「ブラも外しちゃった感じ?」
「ううん。寝る前だったし…。寝る時は、着けないほうだから…」
「わかるぅ…。寝る時まで着けてると、なんか窮屈だよね。お風呂前とかさぁ、全裸になった時の開放感っての? あれ私すきぃ」
「いや、それは…分かんない」
「あれ、まったくない? そういうの?」
「…どっちかといえば、ちょっと恥ずかしい、かな」
「えー、誰が見てるわけでもないのに? 小躍りしない? マッパで? すぽぽぽーんって?」
「しない。しません。一緒にしないで。バカじゃないの」
「あはははっ♪」
バカって言われた。
罵倒されてるはずなのに、照れた声で吐き捨てられる言葉には、好意しか感じられない。想像出来なかったな、真冬がバカっていうの。言わなさそうな言葉ランキングの結構上の方にあったのに、随分と気安く言われてしまった。
「…ねぇ、羽流? もしかしてなんだけどさ…。今、裸なの?」
「あー、まふゆんが私の全裸想像してるー。えっちなんだー」
「ちがっ。想像したわけじゃ、服脱ぐの好きって言うから、だから、それで、そうなのかなってだけ。部屋だと裸の人もいるって…それだけで、想像なんか…」
「私は想像したよ、真冬の裸…」
「…っ」
真冬の声が詰まる。
このまま猥談を続けていても楽しいんだけど、彼女にはそろそろ思い出して欲しい。私達が、どうしてこんな しょーもない話に花を咲かせているのかを。
「脱ぎかけってエロいよねぇ。ライブ感っていうの? 今からするんだなぁって、変にドキドキしちゃう。あ、そいえばパンツって今はどうしてんの? もう脱いじゃった?」
「いや…その…」
さっきまで、照れながらも猥談に付き合ってくれていた真冬の口が重たくなった。
まぁ、流石にか。今パンツ履いてるの? 急に言われれば誰だって警戒はする。
「教えてよ? 一生のお願いっ、ね?」
「それ…9回目」
「数えてたの? どんだけ私の事好きなのさ」
「いや、別に…好きとかじゃ。たまたま、適当に…当てずっぽうってだけで」
「あはははっ♪ どっちなの?」
「どっちでも良いでしょっ」
さらり、髪が揺れる音がする。多分、スマホの向こう側では、真冬はそっぽを向いてしまったんだろう。頬を染めて、胸をドキドキさせて、ほぅっと、吐いた溜息は艶めかしい。
「良くないでしょ? 脱いでるの? 履いてるの?」
「それ、は…。内緒で…」
「言って?」
「うっ…ぁ…」
お願いをされるより、命令をされる事に彼女は弱い。
特に、迷ってる時なんかに言われると、それが彼女の答えになってしまう。
良い子。
なんだろうなって思う。
反抗期らしい反抗期なんてあったんだろうか?
誰かにとって都合の良い子。褒められたかったのか、怒られたくなかったのか。
動機の所までは分からないけれど、それが癖になるほどには、彼女の身に染み付いてしまっている。
「だって…汚しちゃうから」
それを言うのが精一杯の抵抗だ。明確に頷かないでも、ほとんど履いてないと言っているのと何も変わりがない。
「あぁ、まぁねぇ…。終わった後に気づくともう、ぐっちょぐちょで最悪だった事あるわ、私も」
「一緒にしないでって…。私は…そこまでじゃ」
「あれ、ぐっちょぐちょになるまでした事ないの? 恥ずかしがってるのか、なんなのか分かんないけど。変にブレーキ掛けるからイケないんじゃない? もしかして、私に罪悪感とかも感じてたりする? オカズに使っちゃて気まずいみたいなさ?」
「だって、イヤじゃない? 勝手に、その…想像だからってさ」
「まふゆんはイヤだった? 私にエッチな想像されるの」
「恥ずかしいとは思う」
「むしろ、他の女の事考えてる方がイヤじゃない?」
「それはっ…。ん、ぁぁ…うん。そっちのほうが…イヤ、かも」
「でしょー?」
分かってくれて何よりだ。少なくとも、嫉妬を覚えるくらいには真冬は私の事が好きらしい。本当なら、もうちょっとこの辺を問い詰めたいんだけど、今日に限っては後回し。今大事なことはそうじゃない。
「それで? 真冬の中の私は、ちゃんとエッチな事してくれなかったの?」
「しては…くれたよ、うん」
遠回しな言い方だ。あくまでも想像の中の話って体。
聞いてる事自体は何も変わっていないし、真冬にだってそれは分かってる。
どんな風に自分を慰めていたのか、恋バナを友だちの話に置き換えるようなもんだ。ただの建前は、だけど、有ると無いとじゃ大違い。もし直接問い詰めてしまったら、彼女の口は今以上に固かっただろう。
「どんな風に?」
「どんなって…普通?」
「普通ねぇ…」
「普通…うん」
「つまりは、マッパにされたって事? うん、私なら脱がすしな」
「着てます。全部は脱いでません。脱がされそうにもなりませんでした。ていうか、脱ぎかけが良いって言ったの羽流じゃない…」
「そりゃゴールがあるからだろ? 真冬の裸が見れる前提のドキドキなんだっての」
「私の裸なんて、そんな大したものじゃ…」
「それを決めるのは私。まったく、まふゆんの裸も見ないなんて、次する時はちゃんと脱がして貰いなよ? 煽れば乗ってくるはずだからさ?」
「それを羽流が言うんだ…」
「なに?」
「ううん、別に…」
なんというか、思ってたのとは違う反応だ。何か、不満そう? 何が彼女の唇を尖らせたのか分からずに、私は思わず首を傾げてしまう。
「そう? まあ、良いけど。脱がされなかったんなら、どうされたんだよ?」
「どうって…だから、その。私のに、触って…指でね? ちょっと上下に…っていうの?」
私のに、か。羞恥心はだいぶ強い。
まさか「おまんこ 」とまでは言わないだろうと思っていた。けれど、割れ目でも、アソコにすら言い換えられないとは よっぽどだ。
「私のにって、真冬のどこよ? 太ももの内側とか? まぁ、そこそこ気持ち良いとこだけど、流石にそれだけじゃ私でもイケないよ?」
だから、ちょっと意地悪を言った。
何とは言わずに、少しだけ手を引くみたいに。ここで私が「おまんこ」なんて言葉を使えば、きっと彼女は警戒した猫みたいに縮こまってしまうだろうから。
自分から、そう、あくまで自主性が大事なのだ。真冬の口から、真冬自身が、もうちょっとだけ、エッチな言葉を使って欲しい。それを聞きたい私の欲も手伝った。
「だから、私の…その、お股に…ね?」
息を呑む声すら震えてた。もしかしたら、真っ赤になった顔に、涙すら浮かんでたかも知れない。けれど、その見えない涙が私の想像を掻き立てる。
パジャマも開けてて、パンツも脱いでて。オナニーの直後、汗の浮かんだ肌は、ぼんやりと朱に染まる。どんなに自分を弄っても得られない満足感。
その不安は、自分の秘め事を暴かれる事すら 受け入れてしまえるくらいに膨らんで、とうとう「たすけて」と、私に縋る程に苦しかった事だろう。
「分かる。触るか触んないかって所攻めていくの良いよね? パンツずらしちゃおうかなって、考えてる時が一番好きかもしんない」
「ちがっ…。羽流、分かってて言ってるよね?」
「どうかな? さっきから大事な所、ぼかされてばっかだし?」
「…からかってるだけじゃない?」
「必要な事だと思ってる」
下心を疑われれば当然YESだけど、それはもう、ずっと最初から言い続けてる事だ。
「…割れ目。これでいいでしょっ。これ以上は、まからないから…」
「グッドっ。これで まふゆん も私と同じステージに立てたねっ☆ミ」
「降りて良い?」
「そうは問屋が降ろさない」
「買い叩かれてる気がする…」
他愛もない雑談だ。そこに色気は何にもなくて、いつもの調子を取り戻した真冬の声音から、少しだけ力が抜けたようだ。
「それじゃ、やってみよっか?」
「やるって…その」
「割れ目にさ? まふゆんの可愛い割れ目にね?」
「割れ目、割れ目って…。そんな言わないでよ、恥ずかしい」
「いいから。さっきしてた見たいに指を這わせてみて? ゆっくりだよ? 乱暴にしちゃダメだから」
「う、うん…」
イヤとは言わないか。
だからって、素直でもないけれど。諦め半分、興味半分。イク直前でイケないままだとしたら、正直今が一番辛いはず。燻った快感に焦らされながらでは、真っ当な羞恥心の出る幕なんてなかった。
「はぁっ、んっ♥ ぁぁ…はぁっ…ぁっ、やっ…♥」
だってほら、もう夢中になっちゃってる。私と電話が繋がってることさえ、半分忘れたみたい。
くちゅり、くちゅり…。
ゆっくりだって言ったばかりなのに、スマホ越しに聞こえてくる水音は だんだんと大きくなって、漏れる吐息は熱を上げる一方だ。
「まふゆーん。ゆっくりだって言ってるだろ?」
「え、あ…。ゆっくり、してるもん…」
「うそ。なーんか、エッチな音聞こえるんだけど? だんだん、だんだん、大きくなってきてるんだけど?」
「うそ。どうせ羽流が意地悪言って…」
「言ってない」
指摘された事実を隠すように、水音が少し遠のいた。
「だって」とか「でも」とか、何か言い訳をしてはいるけど「うん」とか「そうだね」って、真冬の声が膨れるまで聞き流してやった。
「ほら、ちゃんと気持ちよくしてあげるから。私の声に合わせて動かしてみよ? ゆっくり、上下に、割れ目に沿わせて、いーち、にー…」
「ぁっ♥ はぁ、ふぅ…んっ、ゃぁ…。ね? はねる…。もうちょっと…だけ」
「だーめ。ゆっくりだっつの。はい、さーん、よーん…」
「うぅぅっ…」
意地悪に思うくらいには、焦れったいんだろう。
弾む声が、湿度の上がる吐息に混ざる。彼女の吐息が乱れる度に「真冬?」と、名前を呼んだ。ぐっと息を呑み、取り繕ったように返ってくる返事はかなり不満げだ。彼女には珍しく、その声にはトゲすらあった。
「はぁ…っ。んっ♥ はぁ…ぁぁ、ゃっ…んぅ、あぁぁ…はぁ…♥」
けど、それも最初だけ。
数を数えるほどに、不満げだった声が惚けてくる。はやく、もっとと、焦れるばっかりだった声は艶を増し、快感の音色を強くしていた。
「な? 気持ち良くなってきただろ? 乱暴にすりゃ良いってもんじゃないんだよ」
「…そうだけど、でも」
物足りない、か。
当然だ。絶頂させるための刺激じゃない。むしろ、その物足りなさをもっと感じて欲しいくらい。意地悪だって、思われるんだろうなぁ。けど、快感に素直になれない彼女を気持ちよくする為には、そのくらいの悪役が必要だった。
「ストップ」
切なげに揺れ始めた真冬の嬌声。そのタイミングを見計らって、私は彼女に待ったをかけた。彼女の心を丸裸にする。服を脱ぐのにだって手順があるように、素直になるのだって順番が大切だ。
「ぇ、ぁ…」
「いったん指止めてみ?」
「…」
「真冬、指、止めて?」
「ぅっ…」
語気を強めて言葉を繰り返すと、やっと水音が聞こえなくなった。
「それじゃ、愛液でベタベタになった指で乳首触ってみよっか?」
「ベタベタになんて…」
「なってる。絶対なってる」
「なってない。絶対なってない」
「じゃあ、まふゆん。その指で私と手繋げる?「洗ってきて」とか言わない?」
「…それ、は」
言葉に詰まる。
その答えはただ一つ。今の真冬の指先は、あの時の私と同じか、それ以上にヌルヌルのベタベタになってるって事。
「おっぱい…触ったら良い?」
観念したかのように、話題を切り替えたのが良い証拠だ。
「おっぱいじゃなくて、乳首」
「同じじゃない…」
「同じじゃない。そこ同じにしたら、まふゆん、おっぱい星人じゃん。あ、いや、乳首星人になるのかな?」
「しらないっ。どっちでも良いし、そんな…」
躊躇うような息遣いの合間に、漏れ聞こえてくる小さな嬌声。
愛液が滴る指先で、自分の乳首を愛撫する。いや、させられているのかな。
その違いに、今の真冬が気づく事も無い。触れる乳首、体を震わす快感に没頭するかのように、行為に夢中になっているのがスマホ越しにも伝わってくる。
「どんな感じ?」
「ぁぁ、はぁ…っ、ん。どうっ、て…?」
「真冬の乳首、どんな風になってるのかなって? 自分の愛液でヌルヌルにしてさ、どんな気持ちかなって?」
「それは…。んっ、先っぽ、ぬるってして。ビリビリして…ちょっと、でも」
「気持ちいいんだ?」
「…ん」
「さっきより固くなってる? 胸もドキドキしてて、もっと触りたいって思う?」
「それは…っ。そう、だけど…」
髪の揺れる音がする。
それと同時に、衣擦れの音と、身を捩るような微かな気配に誘われて、くちゅり、水音が呼び寄せられた。
「まふゆん、足、止めて?」
「え、あ、ちが…私、別に…」
「言わなきゃバレないって思ってる? 勝手に太ももスリスリしてんじゃないの」
「だってっ、私っ…もうっ」
「なに? 乳首だけじゃ物足りないって? むっつりめ…」
「だれがっ…。私、別に、むっつりなんかじゃ…。ねぇ、羽流…私、もうさ? 大丈夫だから。今なら多分、ちゃんと…ね? だから…」
「それで? また適当にやって、いけないよーって、私に泣きつくの?」
「泣きついてなんかっ」
相当に焦れったいんだろう。
スマホ越しに聞こえる彼女の声は、ささくれ立っていた。
それこそ、私に意地悪されてるだけなんじゃないかって、疑念が感じられる程だ。
ぶつくさ言ってる お口からは不満がダダ漏れで、ワガママを言う子どもみたいに聞き分けがない。
「ねぇ、まふゆん? ちゃんと気持ち良くして上げるからさ? 信じて欲しいな? そりゃ少しは意地悪も言うよ? あんまりに真冬が可愛いんだもん。でもね、一生のお願い。私に任せて?」
一秒、二秒と時間が過ぎる。
僅かな衣擦れの音と、もどかしく漏れる吐息。
本当は、今すぐにでも自分を慰めたいんだろうな。スマホなんてほっぽりだして、乳首と一緒にオマンコ弄って。それでイケるなら全然いい。だけど、一度失敗した不安は付き纏う。もしかしたら、二回、三回と試してみてもダメだったのかも知れない。
そうでしょ?
不意に「たすけて」なんて漏らすくらいに苦しかったんだ。
たとえ私に意地悪されようとも、今の真冬にスマホを手放す勇気なんて残ってる訳が無かった。もしあったとしても、それはもう意地と自棄。そんなんでオナニーに耽っても、ロクな結果にならないのは彼女自身が分かってる。
「なんか、羽流。お願いしたら、私が言う事聞くって思ってない?」
「思ってるよ?」
「…」
ムスッとしたな。
ささくれ立っていた声音に生えたトゲが逆立った。
ハリセンボンだっけ? まんまるに膨らんだトゲトゲと、真冬のほっぺが重なった瞬間、思わず吹き出してしまう。
「なに笑って…」
「笑った訳じゃ。ちょっと可愛いなって思っただけ」
「…」
「拗てんの?」
「拗ねてない。べつに、そう…いじけてるだけ」
「あはははっ。そっか、いじけちゃったか、あはは♪」
「やっぱり笑って…。これ、言い出したの羽流なのに…」
「そうだっけ?」
「…」
さらにムスッとしたのが良く分かる。
吐息か、鼻息か。吹いた風が不機嫌なノイズに変わり、私の耳をくすぐった。
「ね、まふゆん? お腹に手、置いてみて?」
「おなか?」
「そ、お腹。割れ目に触っちゃダメだからね? 足をモジモジさせるのもなーし」
「…」
無言を抗議に変えながら、だけど、サラリと髪が揺れる音がした。
「…触った、よ?」
ぶつくさと文句は言っても、特に抵抗する様子はない。
あんまりに焦れったいのはそう。でも、言う通りにしてれば気持ちがいいのも確か。不満と快感とを重ねた天秤は釣り合わず、傾いた欲望の針は素直だった。
「いいね。じゃあ、次はお腹撫でてみよっか? 手の平で、ゆっくり、やさしく、ちょっとくすぐるみたいにさ? おヘソを中心に、いっかーい、にかーいって…」
「んっ…ふぅ、はぁ…ぁっ…はぁ…。ね、これ…ぁ、いつまで…」
「んー? とりあえず十数えるまで、かな? ほら、さんかーい、よんかーい…」
「また…わざと、ゆっくりいって…」
「雑にしない。適当にやった分だけ、後で虚しくなるぞ」
「…意地悪なだけじゃない」
「こーら、余計なこと考えないで、自分の体見てあげなよ? ごー、ろーく。ね? 自慰って言うくらいだもん。良い子良い子って、慰めてあげるみたいにさ? なーな、はーち。気持ち良くなってきたでしょ? くすぐったいの中に快感があるんじゃない? きゅー…」
十を数えると同時に、ほっと、吐息が漏れた。
快感に焦れるばっかりで、ささくれだっていた真冬の声音に、柔らかさが戻って来る。
「どうだった?」
「どうって、別に…」
「羽流さんが意地悪してんじゃないって、まだ思う?」
「…次は?」
「あははっ。次はねー」
頷いてはくれない。けれど、悩ましげに先を促された私は、一つ声を上げて笑った後、ニヤリと頬を緩ませた。
「下腹っていうのかな? オヘソから下に向かってね。分かる? 真冬の可愛い割れ目に向かって、指を伸ばしていって。ゆっくり、ゆっくり。指の腹で肌を くすぐる見たいに。そーっと、そーっと…」
ゴクリ…。
息を呑む音が聞こえてきた。
おヘソから続く、なだらかな下り坂。まっさらな肌に引かれた一本の道筋。
繋がる先は彼女の割れ目。下り坂から少し登った丘の向こうにそれはある。
「はい、ストップ」
「っぁ…」
タイミングとしては間違ってないはずだ。
彼女が息を呑んだ直後に声を掛ける。真冬の指先があるのは、きっと割れ目の入口のはず。漏れた吐息が悩ましい。急に指を止められて、文句の一つも言いたそうでもあった。
でも言えない。
私の言うことを聞く度に、彼女の頭は考えるのを止めていく。
だって、そうしていれば気持ちがいいから。多少の意地悪だって、もはや快感を得るためのスパイスだ。一人、焦って指を動かすよりも、私の声を聞いて、言われるままに感じていれば良い。人の言うことは素直に聞いておく。それは、普段の彼女の気質と、とても相性がよかった。
だって、羽流が言うから。
私に責任を押し付けて、快感だけを感じているのは随分と楽な事だろう。
それを利用するって言えば聞こえは悪いけど、でも、利用しない手もないよね。
「そこ、何がある?」
「何って…今、割れ目の手前で、指…。はぁ…ぁ…んっ」
「違うじゃん。ほら、いつもよりちょっと膨らんでる所無い?」
「…っ。それ、は…」
「指、動かすなよ?」
「ぅっ、ぁ…動かして、なんか」
嘘だな。
指摘した途端に声が揺れた。たとえ無意識だったとしても、真冬にはもう、今の自分を無視できないだろう。快感に疼くクリトリス。触れる手前の指先を、そのままになんてしておける訳が無い。
「くり…とりす。でしょ? こう言えば、満足する?」
「お、知ってるんだ」
「バカにして…。授業でだって、習ったし…」
ソースが保健の授業というのは疑わしいが。
だって、まふゆん むっつりだし。今どき、その歳で、エロ本の一つにも手を付けた事がないなんてのは考づらい。スマホを漁ればきっと、お気に入りの何かくらいは見つかる事だろう。
「触りたい?」
「…」
「ていうか、私はしてくれなかったの? 上下にって、それしか聞いてないんだけど?」
「そりゃ…ちょっとは。でも指、掠めただけで…刺激、強くって…なんか」
「怖くなった?」
「…ん」
可愛い。いちいち可愛い。
自分の体に興味はあっても、強すぎる快感の前で尻込みしちゃってる。
いいなぁ。初々しいなぁ。私なんて、どこでそういうの失くしちゃったかな。
オナニーを覚え始めて早々に、ここ触ったらもっと気持ちいいなって、情緒も何も無かったよう気がする。
「指、動かしていいよ? ちょっとだけね? 指先伸ばしてさ、ちょんっと、優しくね? 軽くだよ? クリトリスに」
「…っぁ♥」
早いんだから。
言った瞬間にもう触ってる。お預けを食らっていた犬みたいな反応の速さだ。
「どう? ビリってした? 気持ち良いっていうかさ。なんか、こう…堪んないよね?」
「…うん」
「じゃあ、そのまま。指でクリちゃん転がして? 優しくだよ? 乳首弄ってた時よりさ、もっとずっとね。あんま強くすると、また怖くなるからね?」
「んっ…ゃっ、はぁ…はぁっ、はふっ…ひぅっ、んくっ…はぁっ、ぁぁ…♥」
「ほーら。こわくなーい、こわくなーい。気持ち良い、気持ち良い」
「や、めっ…♥ はぁっ、あっ、んっ…子ども扱いは…ふぁぁっ♥」
熱の絡んだその吐息は、次第に湿り気を増していた。
もどかしく揺れる髪の音も、焦れる衣擦れの音さえも。身動ぎをする彼女の音。
スマホ越しに伝わる その一つ一つが私の耳に直接響く。
なんだろうな。
見えないから余計興奮する。
スマホの向こう側にいる真冬の息遣いですら、すぐ隣から聞こえてくるみたいだ。
ドキドキ、ドキドキ。
聞こえてくる心臓の音は、誰のモノだったんだろう?
気づけば私も、真冬の嬌声をオカズにしながら、自分に手を伸ばしていた。
熱い吐息に喉が乾く。飲み込んだ生唾が、乾いた喉に張り付いて余計息苦しくなった。喉を掻き毟りたくなるような衝動をぐっと抑え込み、よれたTシャツを捲りあげる。
最初はただの一筋だった染み。
丸出しになったパンツは既に濡れていた。それは、じわじわと広がり続け、張り付いた肌には薄っすらと、私の割れ目が浮かび上がってくる。
「怖いって言う割に、気持ちよさそうじゃん?」
「…んっ、ふぅ…はぁっ、ぁ♥ 羽流…ねぇ? はぁ…ぁ、カメラとかで、見てないよね? さっきから…なんで、分かるの? 私の事、なんで?」
「見なくても分かるよ。声、一杯出てるの気づいてない? 今気持ちよかったんだなとか、ちょっと びびって指逃がしたな、とかさ? 言うこと聞かないで、勝手なことしたな…なんてさ? 結構分かるものだよ?」
「うそ…」
盗撮されてるんじゃないかって、知らない内にカメラ通話に変わってたりはしないかなって。見られる事を気にはしても、快感で震える声は収まらない。
むしろ、余計な熱さえ生んでしまって、彼女の余裕を奪っているみたいだ。
「嘘じゃない。はぁ、はぁって、今にもイッちゃいそうで、とっても可愛い」
「やっぱり…うそっ。だって、ぁっ、はぁ…それ、羽流が、はぁはぁしてるの…羽流じゃない」
「あ、バレた?」
当然だ。我慢できるもんか。
濡れたパンツに指を掛け、ずり下ろした。私と繋がった透明な糸が、つぅっと伸びて、その重さに耐えきれずに ぷつりと途切れる。
好きな女の子がさ、スマホ越しとは言え耳元でオナってるんだぜ。我慢とか、その、ちょっと、無理かなぁって。真冬の嬌声をオカズにしながら、私は私で私のクリトリスを弄る指が止まらない。
「ね? 一緒にいこっか? それならちょっとは安心でしょ?」
「そう、だけど…。その、でも、わたし…」
「もう、我慢できない感じ?」
「…」
返事の代わりに、スマホの向こうで頷いたみたいだ。
「いいよ」と言ったその瞬間から、彼女の声は艶を増すばかり。鼻に掛かる嬌声と、切なそうに零れる溜息。そのどれもが間隔を短くしていくと、衣擦れの中に水音が絡まり始める。
「じゃあ、後十秒。ちょっとだけ我慢して? そしたらさ…。私も、んっ、はぁ、多分…いけそ、だから、ね? 指、止めちゃダメだから…一緒に、さ? ぁっ、感じてなきゃ…意味、ないもん…ね? ね?」
「わかっ、たから…はやく、早くして…羽流。私…これ、このままじゃ…辛いの…だから」
「うん、いいよ。それじゃ…じゅー、きゅー…」
「また、そんな…ゆっくり数えて。羽流の…あぁぁっ…いじ、わるぅっ」
ふるっときた。スマホの越しにも彼女の震えが伝わって、私の耳を愛撫する。
「そんな焦って触るからじゃん?」
「なに、が?」
はーち、なーな。
数えながらも、なんとなく、真冬が上手にイケなかった理由に察しがついた。
「さっきのそれ?」
「へ?」
「不健全だっけ? 恥ずかしくって早く終わらせたい。気持ちよくって、早くイキたい。早く、早くって、刺激ばっかり強くしてるから。ほら、また…」
「んんっ…♥」
話してる間にもまた、真冬が体を震わせる。
その震えは、さっきよりも強く、大きくなって、ほぅっと零れた溜息から、快感が抜けていくようだった。まるで、穴の空いた風船みたい。どんなに快感を送り込んだって、それじゃイケる訳がなかった。
ろーく、ごー。
「体だけで中途半端にイッちゃうんだもん。一瞬気持ち良くはなるけど、なんか虚しいよね? もうちょっと気持ち良くなれたはずなのにって、私にもあるよ、そういう時。失敗したなぁって思うもん」
「そんな…。それじゃ、私…また、いけな、いの? 羽流とエッチした時は、だってもっと、気持ちよかったのに。一人じゃ、ぜんぜん…で。羽流にして貰わなきゃ、私…ダメになっちゃったの?」
「ダメなもんか、だから一緒にしてるんじゃん。ちゃんとやり方覚えるんだぞ? ほら、教えてよ。今の真冬、どんな感じ?」
よーん、さーん。
「どうって、だから…。パジャマ、上着、開けてて…おっぱいも見えてて、乳首も、愛液で、私の…。だってね、さっきっ、さっき…触った時から、全然、一人でした時より、膨らんでて。今もずっと、先っぽ、ピリピリしてるの…。今触ったら、絶対…気持ちいいなって思うくらいだし。それにっ、それにねっ、くり、も…クリトリスもっ。ずっと撫でてて、ズボンも、パンツも、脱いでさ。半分、膝のところまで、恥ずかしい格好で…羽流の事考えてたら、愛液も…ドロドロって、もう、太ももまで流れちゃってて…とまんない、止まんないのっ、指、ずっとっ、気持ちよくって…わたし、わたしっ」
しどろもどろだ。
快感で頭の中 グチャグチャにしながらも、必死になって自分の痴態を伝えてくる真冬が可愛い。
にー、いーち。
「羽流はっ! はねる…はっ、どうなの? どんな…感じ、ですか…?」
「私? 私はまふゆん と同じだよ? ほとんど裸みたいな格好でさ。真冬のエッチな姿想像しながら、自分の、私のクリトリス撫でてるの、めっちゃ気持ちいい♪」
「そっか、そう…なんだ。あ、はぁ…♥」
「そうだよ。想像してみ? 私の裸。自分に重ねてさ? 同じ様な格好して、同じ様にクリ弄って、もうイッちゃいそうなのも同じになって。なんかもう、二人でしてるみたいじゃん?」
「うんっ、うんっ。私もっ、もうっ…いっちゃっ、やっと…だからっ…羽流っ」
だから、意地悪を言った。
絶頂寸前の彼女の耳元で ただ一言。
「ストップ」
「一緒にっ…ぇ、ぁ、な…っ、ぁ…ぁぁぁっ」
ポロポロと、零れる涙の音さえ聞こえてきそうだった。
なんで? どうして? 漏れる吐息は言葉にならず、嗚咽にさえ変わっていく。
「ごめん、ただの意地悪」
真冬に責められるその前に、私はさっさと白状することにした。
「まふゆんが、あんまり可愛いもんだから、もうちょっと楽しみたいなぁって」
「うそっ、ばかっ…しんじらんなっ。だって、私…たすけてって、羽流にならって、なのに…っ。ここで、はぁ、はぁっ…こんな、意地悪…はぁ…」
「分かってるって。だからごめんってば。でも正直ね? 今の真冬の泣き声とか、泣き顔想像すると、めっちゃゾクゾクってすんのよ」
「泣いて、ないっ。泣かないもんっ、こんなこと…こんなっ。あぁぁ…羽流、じゃあ…、もう良いでしょ? 十分、愉しんだじゃん。私、一杯言う事聞いたよ? 我慢だってずっと、だから、だからぁ…いか、せてよぉ。お願い、だから…」
可愛い。
可愛い。
可愛い。
そんなの。そこまで言うならもう、私の言葉なんか無視してイッちゃえばいいのに。絶頂の瞬間、その一つまで私に依存してるのが最高に可愛い。
今、真冬が目の前にいたら私は絶対に押し倒していた事だろう。好きな女の子が目の前でオナってて、イカせてって泣きながらさ。絶対無理。もう、ダメっ
て、やめてって言っても、彼女が気をやるまで可愛がってた自信がある。
セーフだ。
スマホ越しで本当に良かった。
物理的に触れられないからこそ、保てる理性がある。
「ねぇ、まふゆん? 最後に一つ、いーい?」
「…なに?」
涙で震える声で彼女は頷いた。
「もっかい言って? イキたいって、イカせてって。そうしたらさ、私。ね? もう満足だから。いいでしょ? 一生のお願い…」
「またそれ…。もう、言えばいいってもんじゃ…」
「そっか。じゃあ、言って真冬。私に可愛くおねだりして見せて? そしたらさ? まふゆんも気持ちよくなれるよ? 気持ちよくなりたいよね? ちゃーんと絶頂させてあげるよ?」
「ぅぁ…。それは、はぁ…んっ…ぁぁ…」
カチカチとなる音は、歯が擦れる音だろうか?
絶頂の直前。興奮が恥ずかしさを飲み込んで、つい口にしてしまった言葉を もう一度。今度は意識して、自分から口にさせる。今の真冬には断れない。
確信があった。私はただ待てば良い。時間が経てば経つほど苦しいのは彼女の方。辛抱堪らないのは一緒でも、こっちにはまだ、そのくらいの余裕はある。
「いかせて…」
一言、たったの一言。
彼女に残っていた理性や、羞恥心が折れた瞬間。ゾクッとした。達成感っていうかさ、支配欲みたいなのに全身が震え上がっていた。
「いか、せてください。羽流、イカせて…お願い。我慢やだ、意地悪も もういやぁ…。お願いだから、一生のお願いっ。今度は私の番…でしょっ。聞いてくれたって、ね? 良いでしょっ、羽流っ」
「うん、良いよ」
ぜーろ。
途端、絶頂の声が耳に響く。
甘く、切なく、そして激しい嬌声につられて、私も絶頂に達してた。
しかし、ちょっと心配だ。こんな時間にそんな声上げて、親御さん達に心配されないだろうか? 今、この瞬間にでもドアを開けられたら大惨事だ。
私は良い。
またヤッてんのかコイツって、思われる位の関係だ。
しかし彼女はどうだろう? 良い意味で雑に扱われてる私と違い、大切にされてそうだしなぁ。
ああ、でも…。
なんか、なんでもいいや。
今は、うん…気持ちいいし。まふゆん可愛いし、怒られたらその時だ。
「ほら、まふゆん、もっかいだよ。私と一緒に…ぜーろ」
「まっ、やめっ。はねるっ、今は…っ。あっ、あぁぁぁぁっ♥」
素直すぎるな、まったく。
私の声と快感がイコールで結ばれてしまっている。そうなるように仕向けはしたけど、こんなに上手く行くなんては思ってなかった。その依存が嬉しい反面、思った以上にドMだったのかと、ちょっと不安になるじゃないか。
「さいごっ♪ さいごっ♪ もっかい、もっかい いこ、まふゆん」
しかし、調子にのった私は止まらない。
すっかり言いなりになってしまった彼女を追い落とそうと、さらなる絶頂へと言葉を繋いだ。
「やだっ、やめ…さっきから、ずっと、羽流っ、イッててっ、止まらなくって、もう、ずっと、気持ちいいから、気持ちいいの、だめ、だから…」
ぜーろ。
「ばかっ、ばかばかばかばかっ! あっ…♥」
とさっと、何かが落ちる音がする。
手から零れたスマホが枕の上にも落ちれば、ちょうどこんな音がするだろうか。
少し、遠くになった真冬の嬌声は未だ冷めやらず、荒い呼吸だけが繰り返し聞こえてくるばかり。
やりすぎたかな。
でも、あんな風に懇願されるとな、真冬が悪いっていうかさぁ…。
あぁ、理性なんか保ててないな、私。電話越しでこれだもん、目の前にいたら何してたんだか。
「はぁっ、んふっ、はぁ…ぁっ。言わせておいて、なに? はぁ…すぅ…はぁっ。人のせいにばっか、んっ、しないで、よ…」
「え、あれ…口に出してた?」
「出てました…」
「あーえー、うん、ごめんなさい♪」
「はぁ…っ、もう…。結構むちゃするよね、羽流って。最初もそうだったけど、調子に乗りやすいっていうの? 一緒にいたら…ほんと、なにされてたんだか、私」
そう言いながらも、揺れる彼女の声は、期待を孕んで聞こえてくる。
こういうとこだよな。無意識で言ってるなら たちが悪いし、分かってて口にしてるなら悪魔的だ。
口では なんと言っていたって、いざ押し倒してしまえば、彼女は私を拒まない。
その関係が正しいのかどうか。決めきれない彼女の代わりに決める勇気をまだ、今の私は持っていなかった。
「えへへ♪」
こぼした笑みは曖昧に。けれど、精一杯の可愛さで着飾った。
「可愛くしたってダメ」
「怒ってる?」
「怒ってるわけじゃ。まぁ、そうせさたのも私だし、自業自得な部分もあるっていうか」
「だよねっ♪」
「調子に乗らない。でも、まぁ…ありがとう。ちょっと、ううん、大分楽になったから」
感謝を言われる頃にはもう、真冬はすっかりいつもの調子だった。
行為の気配はどこにもなくなって、彼女の中にあった私も一緒に消えてしまったみたいで少し寂しい。
「寝れそう?」
「うん。もう、クタクタ。今も、ちょっと眠いかな…」
そういった真冬は、あくびを噛み殺すように声を押し込んだ。
「それはよかった。じゃあ、おやすみ真冬」
「羽流も、おやすみなさい…。あと、ありがとう。また、あした…ね?」
「うん、またね?」
言ったきり。通話は途切れないまま、彼女の返事は返らない。
寝落ちたかな。通話を切るのも忘れてスヤスヤと、スマホの向こう側からは可愛らしい寝息が聞こえてくる。
すぅ、すぅ。
すや、すや。
このまま聞いていても良い。子守唄としては最高だ。
けれど、むくむくと、私の内に芽生えたのは子どもっぽい悪戯心。
「…ぜーろ」
ぽつり、呟いた言葉に真冬の吐息が乱れた。
「んっ…♥」と、鼻に掛かる甘い声。穏やかだった寝息に熱が灯る。
「ばか…」
言葉の割に、その声音は温かい。私を罵倒してそれっきり、通話の途切れたスマホは、つーんっとした機械音に切り替わってしまった。
ばか…。
ばか…。
呟いた真冬の声がずっと頭の中に響いている。スマホを耳に押し当てたまま、私は私で動けない。どこか甘えるように、期待を含むそんな声。繰り返し、繰り返して、今度は私のほうが眠れなくなりそうだった。
ーーーー
次の日。
「うがぁぁぁぁぁっ!!」
朝の通学路。その途中で羽流は吠えた。
突然の少女の叫び。
まばらに歩く同級生たちの視線が突き刺さる。
驚いた小鳥たちは一斉に飛び立ち、道行く野良猫がにゃーと鳴いていた。
ーーーー
ーCパート(おまけ)ー
結局イチャイチャして、遅刻が確定した後。
「ね、羽流。家、くる? もう、学校とかさ…今更いくのも」
「それは…嬉しいけどさ。今日はちょっと…」
「だめ、なの?」
「ダメじゃない。ダメっていうか…昨日の続きが、ね? したくなっちゃうから。どっか、その辺でデートでもしよ? カラオケは…いや、ダメだな。あ、そうだ、映画とかさ? 適当になんか見ようよ? 学校サボって見る映画とか、絶対楽しいって」
「そう…だね」
羽流はいつもそう。なにか隠し事が有る時は、口数が多くなるタイプ。
いつもの照れ隠しくらいなら、そりゃ可愛いものだけど。そうやって、大事な本音まで隠してしまうのは彼女の悪癖だと思う。
「…じゃあ、映画が終わった後なら、良い?」
羽流の手を強く握った私は、ただ小さく頷い見せた。
ちゃんと伝えられただろうか? ちゃんと伝わっているだろうか?
盗み見た羽流の顔は真っ赤になっていた。ちらり、一瞬重なった私達の視線は、見つめ合うこともないまま慌てて逸らされる。
映画の内容なんて覚えてないよ。
羽流だって、絶対そうだ。
ド派手なアクションシーンよりも、感動的なエンディングなんかより、途中挟まったラブロマンスのドキドキが、ずっと印象に残ってしまっていた。
私も、羽流と、こんな風に…。
映画のヒロインと、自分の姿がダブって見える。近づいてきた彼の顔が羽流と重なって、思わず、繋いだ手を強く握り返してしまう。
あっという間だった。
映画もそうだし、気づけばどうしてか、家の前にいるのもそう。
「いやー、たのしかったねー」なんて羽流は言うけれど、本当に内容を覚えているのかは怪しいものだ。映画が終わってから家に帰るまでの間中、名残惜しかったのか、この後を期待してなのか、私達の手は繋いだまま離れない。
少し、汗ばんでさ。
決して、心地の良い触り心地では無いだろうに。私も、羽流も、それが当然のように手を繋いで歩いていた。
「お、おじゃまします…」
らしくもなく、緊張する彼女を家に上げ、二人で私の部屋に入る。
がしゃん…。
鍵を、かけた。
何をやっているんだろうって思う。
後ろ手にして、扉を背中に隠して、私は部屋の閂を落としていた。
「あの…私。頑張る…から」
閉じ込めたんだ。
羽流と、何より私自身を。
だって、そうでもしないと…。
「恥ずかしいし、何して良いかわからないし。何されるか、分かってても、やっぱりちょっと…怖いのも合って。いやって…だめって、言ったり、ね? ちょっと、逃げちゃうかもだけど…。良いから、私は、羽流になら…大丈夫だから…」
恥ずかしくって、恥ずかしすぎて、膝が笑うほどに震えていた。
今にも鍵を開けて、逃げ出しそうになるのを、ぐっと堪えるので精一杯だ。
「いや、その…嬉しいけど。無理しないで、ね? 真冬のこと傷つけたい訳じゃ、私…。気持ちは分かったから、だから…」
「ちがうっ、ちがうよ…羽流。それは、優しいんじゃ…ないよ。ごめんっ…でも。私、ここまでしか、勇気…でなくって、いつも任せっきりで…。だからっ、せめて、羽流の好きにしていいから…おねがい。私の事、私を…」
羽流は気づいてるかな?
さっきのセリフ。少しだけ、映画のヒロインの真似をしてしまった。
私一人の言葉じゃ、あんまりにも恥ずかしすぎて形にならなかったから。
映画、見てよかったな。
後でもう一度、お礼も兼ねて見に行こう。
続くセリフは言えなかった。だって、私の唇はもう、羽流に奪われてしまっていたから。
「あれ。このセリフって…まふゆん?」
「…うるさい。こっちじゃなくて、映画見てて」
ー
こっちのルートなら、甘々のまま最後のエッチシーンに突入出来たかな。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
いいね、高評価等頂けると幸いです。
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