「ねぇ…羽流?」
「…はい」
呼び掛ける私に、言い訳は返ってこなかった。
羽流の家。羽流の部屋。ガチャリと開くその扉の前で、私は嘆息していた。
机の上には、仕舞われる事無く積み重なった雑誌の山。その下、ゴミ箱の周りには、狙いを外したティッシュの塊が転がってもいた。
ベッドの上には着替えが散乱していて、脱いだ下着まで、そのままになっているのを見た時には、頭を抱えたくもなる。
約束と違う。
一人で出来るもんって言ったの誰だっけ?
じゃあリビングにって言われるよりは、羽流の部屋に居るほうが全然良いけれど。
彼女の気遣いも虚しく、私の心は思ったよりも休まらなかった。
「この前片付けたばっかりなのに…」
「今朝までは、片付いてたんだよ? ホントだよ? ちょっと…デートの準備でしっちゃか めっちゃか しただけでさ?」
言われて散らかった部屋を見回せば、言い訳という訳でもなさそうだ。
積まれた雑誌はタウンガイドだし、丸まったティッシュには軽い化粧の跡。
散らばった着替えや下着は、あーでもこーでも、取っ替え引っ替えした結果に見える。
「ちょーっと片すから、待っててくれたりは?」
「いい、私がやる。羽流に任せたって、どうせ押入れに押し込むだけなんだから」
散らばってるゴミを集めてゴミ箱へ。グチャグチャになってる着替えを丸めて羽流に押し付けた。コレだけでも、だいぶ変わるっていうのに、どうにも羽流は面倒くさがりで困る。
開きっぱなしの雑誌を纏めても、備え付けの本棚にすら入れる場所がない。
とりあえず、押し入れにでも置いておこうかと開いた引き戸から、バサリ…、ずり落ちた新たな雑誌が、私の足元で羽を広げていた。
「はぁ…」
今度はなんだ。
一見すれば、漫画の週刊誌のようだった。
あまり有名どころではないのだろう。それに、幾らかくたびれても見える。
つまみ上げた雑誌を捲っては見ても、見覚えのある絵柄や、キャラクターは出てこない。
ただ、そうページも進まない内に、これがどういうジャンルの雑誌なのかは理解が出来た。
「ねぇ…羽流?」
「…はい」
呼び掛ける私に、言い訳は返ってこない。
着替えを片付け、顔を上げた羽流は その場で固まっていた。
注がれる視線は当然私の手元。今まさに、パラパラと流れていくページに注がれている。
エロ本だ。
それ自体そう珍しいものじゃない。強いて言えば、紙媒体という一点には、彼女の拘りがあるのかもしれないが、そこはまぁ、どうだってよかった。
ましてや、羽流がエロ本を持っている、読んでいる事にすら、腹を立てている訳じゃない。
あれ?
腹を立ててるの、私?
ふと浮かんだ言葉に、引っかかりを覚えた理由が分からなかった。
意外と動揺してるのかな? 怒ってるわけじゃない。怒るわけがない。
内心、何度も首を振っては見るけれど、もやっとした気持ちは晴れないままだ。
「あの…真冬? それは、その…何て言ったらいいかな…」
「あ、ごめん羽流。違うの。怒ってるんじゃなくって。こういう本読んじゃダメなんては言わないし。むしろ、私が悪いっていうか…。勝手に押入れまで開けちゃって…。見られたくなかったよね? ごめんなさい」
そう、そのはずだ。
私に比べて奔放な羽流が、エロ本を読んでいる。
なんなら、公言していた気もするし、改めて驚く事なんか無いはずだ。なら、私は何にそこまで腹を立てているのか。
手元に落とした視線に映る他人の情事。
男の子と女の子。まったく正しい光景だ。
エロ本なんて基本的には男性向けだし、シチュエーションや、視点がそうなるのも自然な事。扇情的に描かれる女の子の姿に、羽流が興奮するのも無理は無い。
また嫉妬してる。
オウムの次は、エロ本の女の子に?
違う。それだけじゃない何かが、心の奥でチクリと突き刺ささっている。
「まふゆん、待ってっ。絶対 今悪い方に考えた。そんな顔してるもんっ。無理に飲み込もうとしないでいいからっ、ぺってして、ぺってっ!」
「そんな顔って…」
どんなだろう?
机の上に置かれた鏡と向き合う勇気は出ない。
ただ、羽流が慌てるくらいには酷い顔をしているらしく、そんな自分にちょっとだけ驚いた。
「だって、別に。まったく何も思わないかって言われればさ? そりゃ、嘘だけど。顔に出しちゃったのはごめん。でも、私だってエロ本読まないで、までは言わないよ。良い気がしないのは、そうだったかも知れない。でもね? 気になる気持ちは分かるつもり」
その気になる理由の大半は、羽流のせいだ。
以前は普通に、至極真っ当な興味のはずだったのに。今はそう、ちょっと羽流に雰囲気の似ている女の子を見かけると視線が動いてしまう。
こういうの似合うんだろうな、とか。こういう事はしないだろうけど、それはそれで新鮮に思えたり。私にだって、直接言えない欲望の代替わりに使うことはあった。
「ああっ! もうっ! また良い子な振りしてっ、駄々こねないでっ!!」
「は? 駄々こねてなんか。私は別に良いって言ってるじゃない」
「言ってないっ。言ってるもんかっ、そんな顔して。イヤならイヤって言って良いんだよっ。そんなの読まないでって、まふゆんはさっ、言って良いんだよ私にっ。だいたいっ、さっきから全然 話し聞いてくんないじゃんっ。言い訳させてったら。お願いだからっ。それで無理なら、まふゆんが安心できるまで、何でも言うこと聞いてあげるからっ!!」
はぁっ、はぁっ…。
肩で息をしている。
急に大声を上げた羽流は、私の言葉を遮るように一息で喋りきった。
そんなにしなくても、ちゃんと聞くのに。なんて言えやしない。でも、だって、彼女の言葉を遮って、嫌なことを遠ざけようとしたのは私の方。羽流の指摘は全くに図星だった。
「…何でもっていった」
「…言ったよ」
何を想像したんだか。
「何でも」を強調した私に、頬を染めた羽流は、ついと視線を逸らしてしまう。
「ふーん。じゃあ、どうぞ? 言い訳。して見せてよ? 私が納得できる理由があるんでしょう?」
また羽流に甘えてる。開き直った私は、拗ねる自分を隠そうともしなかった。
「なんていうかな…」
失態を誤魔化す為。というよりは、頭の中に散らばった言葉を纏めるように。
エロ本に視線を落とした羽流は、一度言葉を切り、ポツリと話し出した。
「そう…。私にだって、悩んでた時期もありまして。女の子が好きは直せないでも。どうにかして、男の子にも興味は持てないものかってさ。それでその、普通の? エロ本を読んでみたりして…ドキドキ出来たらな、みたいな」
「…ドキドキ、出来たの? 羽流も…男の子にこういう事、エッチ、されてみたいって」
怖くなった。
同時に、理解もする。
胸がもやっとした理由。飲み込もうとして飲み込めなかった嫉妬の正体。
女の子に目移りするまでは許せても、男の子に気を惹かれるのは怖い。
それこそ、オウムや、子供たちに向きかけた嫉妬とは、比べるべくもない。
ただの気の迷いでしょ?
私達の関係を相談した時に、お母さんに言われてしまった。
嫌な言い方だと前置きはしてくれた後、学生の恋愛なんて長続きするものじゃないと釘まで刺される。その上、同性愛なんて尚更だ。それっぽい感じの子たちも、そのうち飽きてしまったのが大半らしい。
確かにそう。
これから二転三転と生活が変わる中、羽流とどうなるかなんて、私達にだって分からない。一緒に居たいと思っていても、いつのまにか自分の事で手一杯になって、すれ違って、疎遠になる。その方が、自然といえば自然なんだろう。
それでも付き合ってられたなら…。
「別れろ」とまでは言われなかった。忠告はした上での妥協点。それが母親の立場からの譲歩。消極的な黙認だったのも分かるつもり。
「されてみたいってのは…ちょっと抵抗あるかな。わー、この子えろーいとは、すっごく思ったけど。まふゆんは、どう? こういうの…。今もやっぱりさ? 男の子が良いって、思ったりなんかは?」
「どうって…私はべつに。だって、のっぺらぼうじゃない、この人。こんな人にときめけって言われても、ちょっと。もっとカッコいい男の子とかさ、色々あったでしょう? リハビリするにしても、表紙の女の子で選ぶのは…」
「あはは、全くその通りで」
言ってて胸がチクリとした。
こんな、のっぺらぼうみたいな男の子に、まさか羽流が寝取られるなんて思わない。けれど、嫌な想像をした。それならまだ、羽流が この子に手を出してる方が飲み込める。これから先どうなるにしても、異性を理由にされたら、私には何も言えないじゃない。
「まぁ、それもダメだったんだけどね…」
「ダメって? 他にもあるの?」
「いや、その…。実際付き合ってた時期もあるんだよ、男子とね? 告られたからってのもあるんだけど。まぁ、良いかなって…。何か変わらないかなって、少し期待して」
「ふーん…」
「あっ、いやっ。勘違いしないでよっ。もう、結構前の話だし、結局一年も続かなかったしっ」
「慌てるんだ…」
「…慌ててないし」
問題ない。意地悪を言っているのは私。
既に精算の終わった関係を証明しろなんてのは無茶。そこを突くなら、私が不貞の証拠を突きつけるのが筋だ。
羽流を困らせてみたかっただけ。
彼女の気を引きたかった。愛情を確かめたい。そんなの、今更疑うこともないはずなのに、私の乙女心は そう言わなかった。
指をクルクル回す。
視線は うろちょろ したまま定まらない。
言い訳の言葉を必死に考えてはいるようで、でも、私を安心させられそうな言葉は浮かんでこない。当然だ。そんな言葉、ある訳が無い。疑うだけならなんとでもいえる。それでも口を塞ぎたいのなら、羽流はさっさと私の唇を奪うべきだった。
いつも見たく押し倒して、他の何も、こんな嫌な事すら、考えられなくしてくれれば良かったのに。
「あー…と、えー…と。どうしたら、信じてくれる?」
後悔だ。
こんな話、しなきゃよかったなって。ちゃんと部屋を片付けておけば、こんな変な揉め方しなかったのに、そんな後悔が彼女の顔からは読み取れた。
「言うこと、聞いてくれるんだよね? 何でも…」
「う、うん…」
確認、ではない。
今の状況。羽流にとっては、およそ脅迫に近い。
「あぁっ、でもっ。あんまりに無茶言われてもっ、私にだって、限度はあるといいますか」
「羽流?」
「あ、はい…」
シュンとしてしまった。
彼女にも予感はあったんだろう。言い訳の言葉も、私が名前一つ呼ぶだけで、意味を成さなくなる。
「おいで?」
手を差し出して、手を引いて。戸惑う彼女をベッドに座らせた。
ちょこん…。自分の部屋なのに、肩身を狭そうにする羽流の隣へと、私も腰を下ろす。
揺れるベッドのスプリング。
2人分の重さに耐えかねてマットが凹む。
寄りかかってくる羽流の両肩に手を置いた私は、後ろから重ねるようにして肩を寄せた。
「自分でも、ちょっと驚いてるんだ…」
「んっ…。驚いてる…って?」
羽流の耳元で、そっと口を開く。
囁きの合間に零れる吐息に耳をくすぐられ、羽流はくすぐったそうに肩を揺らしていた。
「やきもち…。理不尽だよね? 正解、合ってるんだよ。羽流が普通のエロ本読んでるのイヤだなって思った。知らない男の子と付き合ってたって聞いてムカついた。そんな付き合う前の事。ううん、それどころか、知り合う前の話しなのにさ。そんな事言われてもって、羽流だって思うでしょ?」
「そう、ね…。そうだけど、まぁ…妬いてくれるくらい私の事が好きって事でしょ? 悪い気はしないかなって?」
「私はイヤ。自分のことなのに、こんなに思い通りにならないなんて。エロ本くらい何でもない。昔の話だから。どんなに自分に言い聞かせてもね、分からなくなるの。羽流を困らせてばっかりの私なんかが、ほんとに一緒にいて…」
「なんか、はやめようよ? そういうの、聞いてて悲しくなる。私はちゃんと まふゆん の良い所知ってるもん」
「顔でしょ?」
「顔も、だけどさっ。意地悪言わないでっ」
「ふふっ…。ごめんね? ちょっとからかっちゃった。羽流はさ、優しいよね? 私なんかとも付き合ってくれるし。たまーに調子に乗りすぎちゃう所もあるんだけど、そういのも可愛いっていうかさ。さっきもほら? 子供たちともすぐ打ち解けてて、びっくりしたんだよ? なんでオウムとケンカ出来るんだろうって?
オウムとまで付き合えるなら、私なんかを彼女にしなくたって…」
そっと、肌を撫でた。
ただの悪戯だ。晒されている羽流の太ももに指をおいて、すぅっと、撫で上げただけ。
「なんかは、んっ…だめだってば」
「嫌いになる?」
「ならない。なるわけ無い。けど…でも」
「ごめんね、羽流。面倒くさいよね、今の私。分かってる…分かってるんだけどさ」
止められない。
自虐すればするほど、羽流が構ってくれるのが嬉しい。
そんな事無い、大丈夫だから。慰めの言葉が乾いた胸に染み入るけれど、カラカラになった私の心には、一つ二つの言葉じゃ満たされなかった。
しっかりしなきゃ。羽流は、だって、いつも私の事考えてくれるのに。
今日だってそう。動物苦手なの、私のために我慢させて…。そういうの、ちゃんと気づいて上げられるように ならないとダメなのに。羽流に甘えてばっかりで私は…。
彼女の事を抱きしめる。
いや、ほとんど羽交い締めだ。
「はぁっ、んっ、はぁっ…はっ、ん、くっ…」
息が荒い。もう限界だ。いよいよと、今無理に飲み込み続けた何かが喉に詰まり、胸が潰れそうになる。気持ちが悪い。今すぐにも吐き戻したい。
息苦しさに耐えかねた私は、求めるように彼女を抱きしめた。もっと、もっとだ。指が白くなるまで。後ろから腕を回して、柔らかい横腹に、小さな肩に、爪が立つくらい、強く強く抱きしめた。
「ちょっ…痛いよ、まふゆん。抱きつくのは良いけど、もうちょっと…優しく、ひゃっ!?」
すごい声だ。
素っ頓狂っていうのかな。
羽流の首筋にキスをした途端、ビクっと、驚いた彼女は声を上げ、体を震わせた。
薄い肌の上へと舌を伸ばし、押し付けるように舐めあげる。
ペロペロなんて、可愛い音は出ない。ズリュとかズチュとか、私の唾液が引き伸ばされて、かき回されるような、そんな音。ただのじゃれ合いにしては随分と湿っぽい、行為を匂わせる様な音だった。
「まってっ、まふゆん? その…えと、なに? どうしたの、ほんとに?」
「イヤ?」
「イヤっていうか…。なんか、急で…ちょっと」
逃げるんだ…。
身を捩る。振り解かれるまではしなかった。普段と様子の違う私に嫌なものでも感じたのか、抱きしめた私の腕の中で羽流が藻掻いている。
嫌だな私。
すっごい嫌。
なんでこんなに心が重たいんだろう?
何でも言うこと聞いてくれるって言ったくせに。違う…。そんなの、ただの言葉の綾。でも、抱きしめるくらいさせてくれても良いじゃない。いつも好き勝手に抱きついてくるくせに、私がするのはダメなんだ。
ああ、それも違う。
ダメなのに、嫌な事ばっかり考えて。
「いっ…!」
悲鳴の一歩手前。飛び出そうになった声を、既の所で羽流は飲み込んでくれた。
痛いよね。それはそう。晒されていた細い首筋に、私は歯を立てる。
がぶっと、気分は吸血鬼かな。聞き分けのない子犬や、気まぐれな猫の様な可愛らしさはそこにない。
薄い皮膚に歯が食い込む感触がする。
裂けるまではしないけれど、歯型が浮くほどに噛みつかれれば、逃げたくなるくらいには痛いだろう。
「ちょっ、まふゆん? なにも噛まなくたって…いたっ、いたいって、ちょっ、たんまっ、はなしっ…て、ぃっっ!!」
少しだけ、胸が軽くなった。
ちょっと噛みついただけで、抵抗が弱くなる。
首筋に歯を当てられていては、派手に動けないのも当然だ。
逃さない。
それでも、なんとか逃げだそうとする彼女の肩に指を立て、腕を回した横腹に力を込めた。体重を掛けるように押さえつけると、小さく縮こまった羽流は、私の胸の内にすっぽりと収まってしまう。
「逃げないでよ…羽流。お願いだから、私から逃げないで…。言ったじゃん、何でもって。安心させてくれるって…」
ウソつき…。
嫌だ。こんな事言いたい訳じゃないのに。
胸が重たい。私は何を飲み込み続けてきたんだろう?
その重たさに胸が潰され、ぽっかりと、ど真ん中に真っ暗な穴が空いた見たいだ。
見下ろした穴の前。立ち止まって、後ずさる。けど、下がった先は行き止まり。
背中に何かが当たった拍子に、足元が滑った。手を伸ばしても掴めるものは何にもない。伸ばした手にさえ、黒々とした何かが絡みついてくると、私を穴の底へと引きずり込んでしまう。
息苦しい。
落ちた穴の中は、ドロドロとした感情に満たされていた。
不満とか不安だとか、そういった黒々とした感情が、醜く渦を巻いている。
口から、鼻から、耳の穴にまで。嫌な言葉、嫌な匂い、嫌な声が、私の中に入ってきて息が出来ない。
助けて、助けてよ…。
羽流。
「いっつ!!」
その悲鳴ですら、今の私には癒やしだった。
指先が冷たい、心臓だって止まってしまいそう。温もりを求めるように羽流にしがみつく、鈍くなった鼓動の代わりに、彼女のドキドキを押し込んだ。
気づけば、また、首筋に噛みついていた。だって、そうしている間だけは、少しだけ息をするのが楽になるから。
「ねぇ、羽流? どうしたら私とずっと一緒にいてくれる?」
「どうもしないよ。いつまでも一緒だって、分かるでしょ?」
「さっきは逃げたじゃん…」
「いや、噛まれればそりゃ…ね?」
分かるよ。分かってる。私が悪い。
私だって、いきなり羽流に噛みつかれたら、逃げるよそりゃ…。
頭では分かっているのに。飲み込みきれない何かが、ずっと胸の内で、チクリ、チクリ、私の事を傷つけてくる。
「言ったよね? 羽流。私が安心するまで、何でも言うこと聞いてくれるって? 安心させてよ? 何処にも行かないって、ずっと一緒に居てくれるって、言葉だけじゃ、分かんないよ」
肩から手を滑らせて、開いた胸元の奥へと指を差し込んだ。
太ももを撫でた指先が、スカートの暗がりへと潜り込む。
指が触れる先。慌てた彼女は肩を竦ませ、私の手を掴む。閉じた足に力が入り、とっさに腰を引いてしまった。たったそれだけ。ついとか、反射的にとか、やっぱり恥ずかしかったりだとか、理由なんていくらもあるはずなのに。
拒絶されてしまった。
羽流が待ったを掛けたのも良く分かる。
一度悪い方に考え出した私は、次から次へ、まるで坂を転がり落ちるようだった。
「お母さん、言ってたんだ。同性愛って、見たことはあるけど、長続きしないんだって。その場のノリだとか、男除けの振りみたいな? そういうのが殆どで…。
羽流がそうだっていうんじゃないよ? 愛されてる自覚はある…だけど」
逃げないんだ。逃げられないのかな。
そうだよね?
今も私の唇は、羽流の首筋に触れている。
チロチロと、傷ついた肌を舐められていては、逃げようにも逃げられない。
またいつ噛まれるのか。ううん、それどころか、下手に刺激して、激昂した私に 何をされるのか すらも分からない。
羽流の体が小さく震えている。
こちらを伺うような気配は、恐恐と言った具合に、まるで私の事を怖れている様だ。
「この先、何があるかわからないもん。将来の不安なんてさ、きっと羽流も同じ様にあるんだよね。私とは違うことで悩んでるかも知れない。けど、でもね? 今、私はさ。羽流と一緒にいられないことが一番怖くって…」
嫌だな。
そんな風に私を見ないでよ。
「えと、真冬?」
いつもみたいに「まふゆん」って、気安く呼んで欲しい。
あははっ。酷いんだ。脅かしてるのは私なのに、いつも通りにしろだなんて絶対無理。嫌われるかな。もう、嫌われたかな。なんでもって、本当に何でもして言い訳ないのにね。
がぶっ…。
私はまた、羽流に噛みついた。
分からない。分からない自分がイヤ。
なんでこんなに胸が苦しいの? 呼吸の仕方が分からない。羽流に噛みついて、やっと息が出来ている。
「あっ! つぅ…いたっ。あ、はっ、まふゆ…ねぇ、ほんとに」
涙声だ。ああ、違う。ほんとに泣いてるんだ。頬に一筋、濡れた後が見える。
ごめん、ごめんね…羽流。傷つけた肌に舌を這わせると、怯えたように、羽流の肩が跳ねた。
「…しかたないな」
大きく息を吐いた彼女の体から、力が抜けていく。
閉じていた足も、私の手首を掴んだ指先からも。
受け入れてくれたんじゃない。良く言っても諦めただけ。私が落ち着くまで、耐えることを彼女は選んでくれた。
支配欲。
多分そう。
その瞬間、今だけは、少しだけど、羽流を私のモノに出来た様な気がして胸がすく。
「私ね? 一杯一杯、調べたんだ。どうしたら羽流が喜んでくれるかなって? びっくりだよ。色々調べてたらさ、エッチなオモチャって一杯出てくるの。
男の子向けのもの ばっかりだと思ってたから。女の子向けの方が多いくらいでさ。
棒とか、ボールとか。なんか振動するんだってね。それで、すごい凸凹してるの。ほんとに、あんなの挿れて大丈夫なの?
それに、男の子の…その、おちんちんみたいなのもあって、それで、女の子同士でもって…」
指先がもう一度彼女に触れた時、羽流からの抵抗は無かった。
ただでさえ短いスカートは、ズレ上がり、捲れて、晴れた暗がりの向こう側。
差し込んだ光をヌラりと照り返す。
濡れている。
張り付いた下着には薄っすらと、彼女の肌色が透けて見えた。
その割れ目を辿るように、指を沿わせる。ぴくっと、体を震わせた羽流が僅かに腰を引き、口の端から悩ましい吐息が漏れる。
がぶっ…。
「いっ…!?」
逃さない。私はまた彼女の首筋を食んだ。
ああ、きっと違うんだよね。逃げたんじゃなくって、ちょっとした刺激に反応してしまっただけ。でも、許さない。羽流が好きにして良い事なんて一つもない。
「濡れてるんだ…。噛まれて、気持ちよかったの?」
「いや、普通に痛いんですけど?」
「そういう…趣味?」
「違いますぅ。そりゃさ? エッチな事してくれるのかなって、期待はしましたけど? 満足したなら離してよ…。エッチするなら、もうちょっと普通にさ」
「イヤ」
「イヤって…。ぃっ、このっ、また…噛んで。噛むなよ、もぅ…」
ああ、良いなこれ。
羽流の言う事は全部無視。私の思うままに、私の跡を彼女の肌に刻みつける。
ダメなのに。思えば思うほど、満たされちゃいけない欲望が満たされた。
黒々とした胸の内が軽くなり、あれだけ苦しかった呼吸が、また少し楽になる。
ほぅっと、吐息が漏れた…。
私が…男の子だったら、もうちょっと簡単だったのかな。
そうしたら羽流も普通に恋が出来て、私も普通に羽流のことが好きになって。誰にも変に思われない。そうしたら、羽流とずっと一緒に…。
分かってる。そんな事は有りえない。
仮に私が男の子だったとしたら、私達は教室ですれ違う程度の関係でおしまいだ。
分かってる。分かってるんだ。調べれば調べるほどに、私達の関係が普通じゃないって、そればっかりが分かってしまう。オナニーの道具 一つ取ったってそう。
どういう形であれ、穴に何かを挿れるものが大半だ。女の子同士で出来るようにたって、結局は 男性の代用品。
当たり前だよ。そういう風に出来てるんだから。普通は、そうなるようにしかならないんだから。羽流は、ずっとこんな不安抱えて。
凄いな。
私だったら恋なんか怖くて出来ない。そんな余裕は絶対にない。自分の不具合から目をそらすだけで精一杯だ。
がぶっ…。
息が苦しくなって、また羽流に噛みついた。
私の中で黒々と渦巻いていた何かが暴れ出す。イライラしてムカムカして、不安で、怖くて、堪らない。
胸を掻き毟りたくなる様な衝動をぶつけるように、羽流の体を掻き抱いた。
鷲掴みにした。ブラの上からそのまま、彼女の慎ましい膨らみを手の平の中へと押し込める。ズラしたショーツの向こうへ指を沈ませ、顕になった彼女の中を掻き回す。
「あぁっ…! こら…。やるにしたって、もうちょっと優しく…」
「イヤ」
「イヤって…また。ワガママかよ…」
「ワガママはダメ? 羽流も、私を良い子だって言うの? 偉いねって、褒めるんだ。偉くないとダメなの? 良い子じゃない私は、嫌いになる?」
「嫌わないっ。ダメでもないけど…でも、今日のまふゆん、ちょっと…いっつ!」
言わせない。
今、その言葉は聞きたくない。
首筋に歯を立てると、悲鳴が代わりに彼女の口を塞いでくれた。
抵抗が緩む、その度に、私の中で欲望が肥大していく。
愛情なんかじゃない。性欲ですら違っている。もっと暗くて重たいの。独占欲だとか、支配欲だとか、凶暴な感情に拍車が掛かり、歯止めが効かなった。
壊したい。
壊れて良い。
他の誰かのモノになるくらいなら、私が台無しにしてしまいたい。
「あっつぅ…! はっ、あっ…くぅっ。んっ…はぁっ、まふゆん、ねぇ真冬ってば…もうちょい、落ち着いて…ね? 大丈夫、大丈夫だからっ、私…逃げないし…あぅっ!!」
私をなだめようとする彼女の声すら耳に障る。
上がる悲鳴の方にこそ興奮を禁じ得ない。
痛いよね、そうだよね。
首筋を噛まれて平気な訳が無い。乱雑に胸を揉みしだいている内に、ブラはずり上がり、守るものの無くなった柔い膨らみに爪が立つ。
ぐちゃり、ぐちゃり。聞こえる水音は泡立つようだ。一本、二本、膣、割れ目、オマンコに、女の子が一番大事にしなきゃいけない所に指を押し込み、掻き回す。
感じさせようなんて思わない。ただ欲望の赴く方に、もっと水音が暴れるままに、彼女の悲鳴が大きくなる方へと気が急いた。
「どうかな? 気持ちいいよね? 羽流、とっても可愛い顔してるもん、イッちゃいそうな時と同じ顔だよ? 声も、ずっと、響いてて…はぁ、とっても、エッチでね? 変な道具なんか使わなくても、男の子のなんか なくってもさ。私、ほらっ、ちゃんと羽流の事気持ち良くして上げられるんだよ?」
そんな訳あるか。痛い。やめてって。
彼女の悲鳴が聞こえた気がする。ああ、聞こえてるんだ、それは確かに私の
耳には届いていても、まるで心に響かない。もはや、悲鳴と嬌声の違いはなくなり、抵抗する彼女を押さえつける事にすら悦びを感じていた。
「でも、羽流が良いって言ったんだよ? 何でもしてくれるって。何しても良いって。羽流だって、エッチな事好きだよね? もっと気持ちよくなりたいよね?
いっぱいしてあげるよ? 私じゃないと満足出来なくなるくらいに。私だって羽流の事…だから、ね?」
私のモノになって、羽流?
私のモノになろうよ、羽流?
ベッドの上へと彼女を押し倒した私の欲望は、その瞬間こそがピークだった。