お昼休み。
羽流と二人、弁当を食べ終わった真冬が一息を付くと、目の前にぴょんっと、何かが差し出される。それは、チョコレートのお菓子のようで、コーティングのされた細い棒が繋がる先は、唇をすぼめた羽流だった。
「ん?」
要求されていることは分かる。
ポッキーゲームがしたいんだろう。
なんで学校でと思わなくはないが、人前だと私が怯むと思ったに違いない。
人前でそういうのしないでって、まだ分かってくれないのかな。
少し悲しい。TPOだとか、私が恥ずかしいとかじゃない。いや、まあ、恥ずかしい事はそうなんだけど、キスを迫るみたいな羽流の顔を、衆目に晒している方が、私には耐えられなかった。
ピンっ…。
指で弾く。
親指に人差し指を引っ掛けて、勢い着けた指先で、ポッキーの軸を弾いた。
そう固いものではない上に、テコの効いたポッキーの軸はあっさり折れると、チョコレートの大部分が宙へと浮き上がる。
実際。鳩が豆鉄砲を食らった所を見た人は、どれだけいるんだろう?
羽流の表情を見れば、多分こんなだろうと思わなくはない。
驚いた羽流の顔。根本だけ残されたポッキーの軸は、キスを待つかのような唇に挟まれたまま。重ね合わせるように、私は唇を押し付けると、ぺろっと、舌先で残ったポッキーを奪い去る。
「ごちそうさま」
「な、あっ…」
食べ物を粗末にしちゃいけません。
宙に舞い、落ちてきた残りのポッキーを掴まえた私は、それを咥えながら羽流に微笑みかけた。
どうだ、恐れ入ったか。
予想外だったでしょう?
人前で私がこんなにするなんて。
羽流ですらそうなんだ。その光景を見ていたクラスメイト達が、固まる気持ちも分からなくはない。
羽流のお陰か、羽流のせいか。
はたして、どう言ったものかは悩ましい。
今まで良い子をしていた分だけ、大人達に知られれば、嘆息されてしまうこと請け合いだ。けれど、今の私には、先生の手伝いなんてもう知らないし、他人の顔色なんかも どうだっていい。
羽流がどう思うか。
私が新たにした線引は、愚直なくらいに真っ直ぐだ。
「レフリーっ! 今のずるいよなっ! ポッキーゲームってそうじゃないじゃんねっ!? 芸術点競おうってんじゃないのっ」
「ん、まぁ…ポッキーゲームでは無かったよなぁ、今のは…」
友人の一人に非情を訴えかける羽流。彼女は困ったようにしながらも、彼女は彼女の友達なので、私の味方するよりも、とりあえず羽流の肩を持つのは当然だ。
「レフリー? 後で数学の宿題見せてあげる」
「それは…」
揺れたか。
ならもう一つ。
「英語も付けたら?」
「セーフっ」
勝った。
やっぱり友情なんて…。彼女たちの関係を揶揄するでもないけれど。私と羽流。
二人の関係に比べれば見劣りはしてしまう。
「買収っ! 買収じゃんそれっ! ていうか、私にも見せろっ!」
「羽流はダメ」
「なんでさっ!?」
「お家デート。宿題を一緒にするって口実、なくなってもいいの?」
「うっ…」
口実、とはいえ彼女にはしっかりやって貰うんだけど。
放課後 居残りさせられたり、テストで赤点とって、一緒にいる時間が潰されては堪らない。
「しょうがないんだから。じゃあ、もう一回戦ね?」
残っていたポッキーを咥え直した私は、ずいっと、羽流に顔を近づけた。
「ちょっ、まっ、まふゆんっ。みんな見てますけど? 見られてるんですけど? 私がっ、恥ずいって…」
「ん?」
言われればそうか。
ちらっと、横を見れば視線のあった男の子が慌てて目をそらす。
最初の内は少なかった観客も、私達が騒ぐにつれて、些か賑も増しているようだった。
けど、まぁ、それだけだ。
羽流との仲を見られて困る事もないし、私達が付き合ってる事自体、既に羽流が言いふらしている。なら尚の事見せつけておかないと。羽流が私のモノだって、誰の横恋慕に邪魔をされるかも分からないんだから。
「ほら、はやく? するんでしょ? ポッキーゲーム」
「ちょっ、まっ。力つよっ、体重掛けんなって、うぉぉぉっ…」
ポキ…。
羽流の頬に突き刺さったポッキーが根本から折れる。
押し付けられたチョコレートが彼女の頬を黒く汚して、その肌からは甘い匂いが漂ってきた。
ちゅっとして、ペロッと舐める。
その瞬間、彼女の頭は茹で上がった。頬を染めた羽流は、力尽きた様にその場に崩れ落ち、へたりと、座り込んでしまう。
♪♪♪♪
昼休みの終わる予鈴の音。
しなびた羽流を拾い上げた私は、教室の出口へと向かって歩く。
顔を上げて、胸を張って、私が羽流の彼女ですって、誰かに遠慮する事は何も無い。私の羽流が騒がしてごめん、とは思うけどそれだけだ。
「え、あっ。北見さん? 授業は? もう先生くるよ?」
「しー…」
クラスメイトの忠告を前に、私は指を立ててみせた。
内緒話をするように。秘密にしててねと、お願いするように。
口元に指を立て、にっこり、微笑んだ私は、そのまま教室を後にした。
「マジか…」「しけ込みやがったぞアイツら…」「北見さんやるぅ…」
ざわり、ざわり…。
教室に広がった波紋は次第に大きくなり、一体何を見せられたのか、だれもかれもが顔を見合わせてしまっていた。
「羽流。人前でああ言う事しないでって言ったよね? 私…」
「いや、それは…そうだけど」
「まだ分かってくれないんだ? じゃあ…」
「ぁ…」
あるいは…。
「まふゆんさぁ…」
「羽流が悪いんじゃん。ああいうことしないって約束…」
「でも、キスしたのは真冬からだよね?」
「ほっぺにでしょ…それくらい」
「それくらい、なに?」
「勝手に、すればいいじゃない…」
どっちに転んでも美味しい。
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